扶桑の兄妹外伝~ブレイブウィッチーズ 佐世保の英雄の弟妹~   作:u-ya

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ネウロイのサイズの定義がよくわかりませんが、作者個人としては――

人間サイズ~数m程度が小型

軍用機や戦車サイズが中型

重戦車以上軍艦以下までのサイズが大型

ストパン2期最終回に出てきた巨大コアやブレイブのグレゴーリ、劇場版の潜水艦みたいなネウロイが超大型

――だと思っています。


第5話「三毛猫と雪イタチ」

「……じん……新人っ……起きろっ!新人!」

 

「う……う~ん……」

 

誰かが耳元で声を張り上げている。眠りの淵にいた扶桑皇国陸軍の装甲歩兵――陸戦ウィザード――雁淵輝准尉は、自分の鼓膜に突き刺さる声の主が十代半ばほどの少女であることをすぐに理解した。それに加え、人の声とは別の轟音が輝の周囲に響いている。

鬱陶しく感じながらも、扶桑陸軍ウィザードは重たい目蓋を開いて、相手の顔を確認する。

 

(この人、誰だ?)

 

目を開けた輝は、スオムス陸軍の野戦服を纏った北欧系の美少女を視界に捉えた。

どこかで見たような顔だが、名前が思い出せない。記憶を辿りながらぼーっと少女を見つめていると、強烈な手打ちが頭に炸裂した。

 

「おいっ!いい加減目を覚ませ!死ぬぞ!」

 

「い゛っ!?」

 

頭蓋を通して脳へと響く痛みと衝撃で、一瞬のうちに輝は覚醒した。

苦悶の表情を浮かべて頭を持ち上げると、自分と少女が横倒しになっている中型装甲兵員輸送車『Sd.Kfz.251/1』の影に隠れていること、木々の葉や枝に雪が積もった森林の中にいることに気付いた。

何故自分がこんなところで寝ていたのかが分からず、輝はぐるりと首を巡らせる。彼と少女のほぼ真横の位置にもう一台のSd.Kfz.251/1が同じく横倒しになっているのが見えた。スオムス陸軍兵が6名、車輌の影に身を潜めている。負傷者もいるようだ。

すぐ後ろでは輸送トラック『ZIS-5』が大破炎上している。運転席から引っ張り出された二人の運転手が別の兵士二名に介抱されいた。傍らには、スオミM1931短機関銃を手に持った兵士がもう二人いる。

 

「よし、起きたな!ほら、お前のだろう?」

 

そう言って北欧系美少女は、扶桑の一式47mm対ネウロイ砲を手渡す。

訳が分からぬまま受け取った輝だったが、すぐさま自分の武装であることを理解する。やたら足が重い気がして目をやれば、九七式中型装甲脚“チハ”を履いていた。

 

(そうだ!502ウィッチの救助に向かって、それで……)

 

漸く気を失う前のことを思い出した輝は、状況を把握するため、Sd.Kfz.251/1の影からそっと顔を出す。

第502統合戦闘航空団『ブレイブウィッチーズ』補助部隊・ストライカーユニット回収中隊に配属された輝は、新しい同僚の顔と名前を覚える暇もなく、墜落した502ウィッチの救助及びストライカーユニットの回収任務に参加することとなった。

スオムス歴戦の勇士であるアウロラ・エディス・ユーティライネン大尉の指揮の下。中隊は、それぞれ機械化装甲歩兵と機械化歩兵が搭乗した二輌のSd.Kfz.251/1、回収したストライカーユニットを運搬するためのZIS-5一台で車列を組み、哨戒飛行中エンジントラブルで墜落したニッカ・エドワーディン・カタヤイネン曹長の元へ向かっていたが、途中で陸戦型ネウロイ群の強襲を受けてしまう。

ビームの集中砲火によってトラックを破壊され、装甲兵員輸送車は揃って転倒し、車列は崩壊。装甲歩兵と機械化歩兵の面々は雪化粧の施されたオラーシャの大地へ投げ出された。この時、輝は地面に頭を強く打ってしまい、ほんの数分であるが気を失っていた。彼を叩き起こしたのは、中隊の副長的存在であるレーヴェシュライホ少尉だ。

 

(結構いるな……)

 

正面には数m程の小型が多数と、コアを有しているであろう中戦車サイズの中型ネウロイが数体。まるで餌を見つけた蟻のように地を這い、回収中隊に迫る。黒光りする四足歩行の物体が群れを成して蠢く様は、人間の生理的嫌悪感と本能的な恐怖心を煽るものだった。

中隊長のアウロラ、テッポ、ハロネン――三人の陸戦ウィッチが応戦し、押し寄せるネウロイ群を次々と破片に変えている。さすが“スオムスの英雄”と言うべきか。アウロラは既に中型ネウロイの大半を撃破している。

同行していたスオムス陸軍兵の殆んどが、負傷者の対応に終われていたが、手透きの二人組がカールスラント製の対ネウロイロケット発車器RPzB54“パンツァーシュレック”を構え、群より突出した小型ネウロイの相手をしていた。彼らが防護壁代わりにしているSd.Kfz.251/1は装甲防御に優れ、多少の攻撃ではビクともしないだろう。

また、小型ネウロイは攻撃力と防御力が低く、再生能力を持たない。魔法力が使えない歩兵でも、小銃ないし機関銃による集中砲火や重火器で対処が可能だ。しかし、動きが素早いためパンツァーシュレックの弾頭を当てるのは困難である。

 

「待て、雁淵准尉!」

 

完全に出遅れてしまった輝。前に出て、アウロラ達に加勢しようと身を起こした彼の肩をレーヴェシュライホが掴んだ。

 

「お前は戦場を迂回し、カタヤイネン曹長の救出に迎え!ネウロイは私達が引き受ける!」

 

輝の耳に顔を寄せ、声を張り上げるレーヴェシュライホ。銃声や砲声、爆発音が轟く戦場でも聞こえるようにとのことだろうが、耳元で怒鳴られた輝は不快そうに顔を歪める。

 

「俺1人で……ですか?」

 

念を押すように輝が訊くと、レーヴェシュライホは「隊長の指示だ!」と前置きした上で言葉を続けた。

 

「事は一刻を争う!カタヤイネン曹長が墜落した場所はすぐ近くだ!彼女も襲撃されているかもしれない!」

 

輝達が向かっていたカタヤイネン曹長の墜落地点。それはネウロイの群れの向こう側だった。曹長が敵に発見されている可能性は極めて高い。

墜落したことで、ストライカーユニットは損傷し、カタヤイネン曹長も負傷しているはずだ。ネウロイから自分の身を守れるはずもない。レーヴェシュライホの言う通り、一刻を争う事態だ。

自分に白羽の矢が立った理由を輝が知る由もない。もしかすると、チハの性能がIII号突撃装甲脚に見劣りすることや、輝にとって回収中隊の一員としての初陣ということであまり期待されていないのかもしれない。

 

「この際ストライカーは放っておけ!カタヤイネン曹長の救助が最優先だ!分かったら、早く行け!」

 

「り、了解!」

 

レーヴェシュライホに急かされ、輝はネウロイと逆方向に陸戦ストライカーユニットを走らせた。

持ち主と共に地面に叩きつけられはしたものの、問題無く稼働している。それがありがたかった。

チラッと振り返り、交戦中の味方とネウロイが見えなくなったところで輝は進路を変更し、カタヤイネンの曹長の元へ向かう。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

ストライカーユニット回収中隊とネウロイの交戦地域より南へ数キロ地点――

 

(うぅ……何で、こんなにツイてないんだよぉ……)

 

ひとりの少女が雪で白く染まった茂みに身を潜め、自らの不幸を嘆いていた。

彼女はニッカ・エドワーディン・カタヤイネン――愛称は“ニパ”。スオムス空軍所属の航空ウィッチで、階級は曹長。原隊であるスオムス空軍第24戦隊第3中隊を離れ、人類連合軍(連盟空軍)第502統合戦闘航空『ブレイブウィッチーズ』に参加している。

スオムス空軍でも屈指の技量と撃墜数を誇るエースウィッチなのだが、同時に呪われているとしか思えないような不幸体質の持ち主でもあった。

床にトーストを落とせば、必ずジャムやバターを塗った側が下になる。道を歩けば、通りかかった車に泥水を掛けられる。ランニングコースとなっている基地の堡塁の上を走れば、鳩が彼女の頭目掛けてフンを落とす。たまの休日に街へ出掛ければ、ペンキたっぷりの缶が頭上から降ってくる。ストライカーを履いて空を飛べば、戦闘が無くとも何らかの理由でユニットが火を吹き、墜落する等々、不幸話に事欠かない。まるで災難の見本市、ある意味才能だ。

今日も今日とて。哨戒任務中にストライカーユニットのエンジントラブルが原因で墜落、飛行不能となる。

不幸中の幸いと言うべきか。積もった雪がクッションになり、空から地面へ落下したにも関わらずニパは軽症で済んだ。服もストライカーもボロボロだが、傷は固有魔法の『超回復能力』を使って自己治癒できるため、余程重傷でなければ大事には至らない。

ニパは、ゆっくり傷を癒しながら502部隊のウィッチ達、もしくはストライカーユニット回収中隊が救助に来てくれるのを大人しく待てばいい……はずだった。

 

――ザクッザクッ!

 

(また来た!)

 

雪面を踏みつける足音がニパの耳に突き刺さる。彼女を付け狙う何者かが、ずっと前から周囲を徘徊していた。

程無くして、腹に巨大な砲塔を抱えた四本脚のシルエットが彼女の眼前を横切る――大型の陸戦ネウロイだ。神は無情にも、不運に見舞われたスオムスウィッチの元へ死神を遣わしたのだ。

カールスラント陸軍の重戦車を上回らんばかりの巨体を目の当たりにして、不安と恐怖に駆られるニパの頬に嫌な汗が滲む。息を殺してジッとしていると、大型ネウロイは木々の奥へと消えて行った。取り敢えずは助かったらしい。ニパはホッと胸を撫で下ろした。墜落してから、もうずっと緊張と安堵の繰り返しだった。

 

(どのくらい誤魔化せるかな?5分?10分?)

 

陸戦ネウロイは明らかに自分を探している。遠くより響いてくる足音に怯えながら、ニパは必死に考えを巡らせた。

おそらく、一生分の幸運を掻き集めて30分といったところだろうか。不幸体質とはいっても、ニパは悲観主義者というわけではない。しかし、どうしても助かるイメージが湧いてこなかった。彼女の置かれている状況は、それほど絶望的だった。

ストライカーユニットとインカムは故障し、主兵装として装備していたMG42も紛失してしまっている。サイドアームの拳銃は残ってるが、大型ネウロイ相手では豆鉄砲もいいところ。

しかも敵はニパを見つけられずいながらも、彼女が隠れている茂みの半径100メートル以内から出ようとしない。獲物を逃がすまいと、周囲に目――ネウロイに目はないが――を光らせている。一歩でも茂みの外へ出ようものならすぐに見つかり、大出力ビームによって瞬時に原子レベルまで分解されるだろう。

戦うことも、飛ぶことも、味方と連絡を取ることも、走って逃げることも出来ない。

 

(アウロラねーちゃん……来てくれるよね?)

 

ホルスターから取り出したPPKを握り締めながら、ニパは自分を可愛がってくれている陸戦ウィッチの顔を思い浮かべる。

ニパは同じスオムス出身のアウロラを「ねーちゃん」と呼び慕っている。二人は姉妹同然に仲が良いが、ファミリーネームを見て分かる通り、アウロラとニパに血縁関係はない。

世界最高峰の陸戦ウィッチであるアウロラには、航空ウィッチの妹がいる。スオムス空軍のトップエース――エイラ・イルマタル・ユーティライネン少尉。愛称は“イッル”。エイラは現在スオムスを離れ、ブリタニアの第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』へ派遣されている。

ニパとは同じ第24戦隊第3中隊に所属していた親友同士で、アウロラもまたニパを二人目の妹のように可愛がっている。エイラがアウロラを「ねーちゃん」と呼ぶのが羨ましかったニパは、いつしか自らもそう呼ぶようになっていた。

 

「おい、あんた」

 

「ひっ!?」

 

不意に背後から何者かの声が聞こえた。聞き覚えない声だ。驚いたニパは短い悲鳴を漏らし、肩をビクッと跳ね上げた。

 

「バカッ!声を出すな!」

 

「ムグッ!」

 

叱責されると共に、やや乱暴な動作でニパの口が塞がれる。

ネウロイが付近を徘徊している状況下で、彼女は不用意にも声を出してしまった。気付かれたかもしれない。

 

――ザクッザクッ!

 

(見つかった!?)

 

重量感のある足音が近付いてきた。ニパの心臓がドクドクと早鐘を打ち始める。

 

「静かに。大丈夫だ、やり過ごせる」

 

そっと耳元に囁かれたニパは、チラッと背後に目をやる。背後にいたのは目麗しい容姿をした扶桑系の美少女(?)だった。

 

(うわぁ、綺麗な人だな……)

 

ニパはポッと頬を染め、初対面の美少女(?)の顔に見とれる。

北欧系のニパと比べて鼻は低いが、顔立ちは全体的に整っている。茶色の髪は短めに切り揃えられていて、ボーイッシュな印象を受ける。

よく見ると、頭部には使い魔のものらしき猫耳が発現していた。小柄で華奢な身体には不釣り合いな扶桑陸軍の制服を身に纏い、両足には扶桑製の陸戦ストライカーユニットを装備している。

専門外のニパにはストライカーの名前まではわからない。しかし、彼女(?)が扶桑陸軍に属する装甲歩兵だというのはわかった。

 

「?」

 

(あ、ヤバッ!?)

 

視線に気付いた少女(?)が見つめ返してきた。ニパは反射的に目を逸らす。

疚しいことなど何もない。だが、ニパは何故か悪いこともしくは恥ずかしいことをしてしまったような気分になった。羞恥心から顔に熱が加わり、スオムスウィッチの頬が一層赤くなる。オラーシャのひんやりとした空気が、火照った顔に心地好い。

隙間から茂みの外を窺ってみると、ネウロイがこちらに戻って来ていた。四本の細長い脚を踊らせながら、ターゲットであるニパを探している。その様子を、ニパと少女(?)は息を殺して見つめていた。

やがて目標が見当たらないことに気付いたのか。ハニカム模様の刻まれた漆黒の巨体は、先程とはまた違った方角へ移動し始め、木々の向こうへ去っていった。

 

「はぁ~……」

 

墜落してから、もう何度目かの命拾い。ニパの口から大きめの溜め息が漏れ出る。ホッとした様子の彼女に、少女(?)が小声で訊いてきた。

 

「あんたが、502のカタヤイネン曹長か?」

 

「えっ?あ……う、うん」

 

ニパは身体を180度回転させ、自分の背後に突然現れた見知らぬ少女(?)と向き合った。

 

「えっと……スオムス空軍曹長で、第502統合戦闘航空団所属のニッカ・エドワーディン・カタヤイネンです」

 

と、ニパは簡単な自己紹介をした。茂みの中で身を屈めたまま、生真面目に敬礼する。

 

「俺は雁淵輝。扶桑皇国陸軍東欧方面軍西オラーシャ駐留軍からペテルブルグ基地へ派遣された装甲歩兵で、階級は准尉だ」

 

「やっぱり、扶桑陸軍の人なんだ……けど、なんで扶桑の装甲歩兵の方がここにいるんですか?」

 

首を傾げながら、ニパは重ねて訊ねる。扶桑陸軍が東部戦線に展開していることは知っているが、502の担当戦域に扶桑の装甲歩兵がいる理由が見当たらなかった。

東部戦線を担当する連合軍東部方面総司令部内には、東オラーシャ方面司令部・西オラーシャ方面司令部・オストマルク方面司令部と、大きく分けて3つの部署が存在する。

管轄する戦域の大部分が、広大且つ過酷なオラーシャであるため、ペテルブルグに拠点を置く第502統合戦闘航空団『ブレイブウィッチーズ』と、オラーシャ重工業の一大拠点“チェリャビンスク”に前線基地を構え、ウラル防衛を担当する第503統合戦闘航空団『タイフーンウィッチーズ』の2つの統合戦闘航空団を有しており、それぞれ西オラーシャ方面司令部と東オラーシャ方面司令部の直属となっている。

扶桑皇国陸軍東欧方面軍を構成する2つの軍も同様であり、東部方面総司令部の隷下に入ってからは各々オラーシャ駐留軍・東オラーシャ駐留軍と名を改められている。

そして輝の原隊で、ペドロザヴォーツクやベロモルスクを拠点としている西オラーシャ駐留軍の東部戦線における主な役割は、ベロモルスクからペテルブルグへと続いている白海・バルト海運河と、ペドロザヴォーツク~ペテルブルグ間を繋ぐ単線鉄道の防衛及び安全確保である。これらは東部戦線の要衝――ペテルブルグへの補給路兼連絡路だ。

帝政カールスラント陥落以前、ペテルブルグとかつて扶桑皇国海軍遣欧艦隊の拠点であった港町――“リバウ”への補給はバルト海を使用し、物資を積んだ艦船が直接向かうのが普通だった。しかし、カールスラントの陥落に伴い、バルト海はネウロイが多数飛来する危険地帯となってしまった。

バルト海での艦船の航行が不可能になると、スオムスやオラーシャ方面への補給物資バルトランド西部の港湾都市“ベルゲン”に陸揚げし、そこから陸路で運ぶか。もしくは、バルトランドの北部海域であるバレンツ海を航行してコラ半島北岸にある不凍港“ムルマンスク”の港へ海路で運ぶこととなった。

だが、陸路に問題があった。ベルゲンからの鉄道は、スオムスやオラーシャへは繋がっておらず、途中でトラック輸送を行い、さらにはバルトランドとスオムスの間に では再び船に積み替える必要があった。

恐ろしく効率の悪いこの方法は、大量の物質や大型兵器のような質量物資を輸送するのには適していなかったのだ。ましてや、遠く離れた最前線のペテルブルグへの補給に、このやり方は殆んど用いられていなかった。

それはムルマンスクに関しても同じこと。海路はともかく、ペテルブルグまでの陸路は垂線距離で1000キロ以上ある。鉄道を結んでいるとはいえ、物質の揚げ降ろしと鉄道移動を考えると、物質がペテルブルグへ届くのに2日は必要であった。さらに鉄道が単線であることや、ムルマン駅の能力の問題から、大量の物質を運ぶのに適していなかった。

そこでコラム半島を通り過ぎ、白海の奥にあるベロモルスクまでさらに航海し、そこから白海・バルト海運河を利用して直接ペテルブルグへ補給物質送ることにした。

ブリタニア方面からでは航海距離が長くなり、白海・バルト海運河も1000トン程度の小型船舶以外は航行不能であった。鉄道での移動距離も半分になるため、ベロモルスクはペテルブルグの新たな玄関となった。

そして、そのベロモルスクとペテルブルグを結んでいる補給路を守ることが西オラーシャ駐留軍の主任務であり、あちらも陸戦ネウロイの襲撃を頻繁に受けているはずだ。機甲部隊と並ぶ――実質的には、それを上回る――主戦力である装甲歩兵を、ペテルブルグ方面へ派遣するだけの余裕が果たしてあるのか。ニパには疑問だった。

 

「転属だよ」

 

「転属?」

 

と、輝はぶっきらぼうな口調で質問に答えた。それをニパが鸚鵡返しする。

 

「ラル少佐あたりから聞いてないか?ストライカーユニット回収中隊に欠員が出たから、俺が呼ばれたんだよ」

 

「あ、なるほど……」

 

納得したニパはポンと手を叩く。そういえば一昨日あたりアウロラから、「人手が足りないスオムス陸軍の代わりに扶桑の陸軍が追加の人員を送っくれた」という旨の話を聞いていた。

ちなみに、アウロラはニパと世間話する際も酒盛りをしていた。

 

「そういえば、アウロラねーちゃんは?無事なの!?」

 

「詳しい話は後だ。まずは、この状況を何とかしないとな……」

 

そう言って輝は、ネウロイが去っていった方向へ目をやる。ニパもつられて視線を動かす。

陸戦大型ネウロイの姿はうっすらとしか見えないが、ザクザクと雪を踏みしめる音が聞こえてくる。やつは諦めていない。

輝が合流したことで、 ニパの不安と恐怖は大分軽くなった。しかし、危機的状況に変わりはない。

 

「何とか、なるかなぁ……」

 

「どうせ逃げられやしないんだ。死にたくないなら戦うしかねぇだろ?」

 

「まさか、あいつと戦う気?」

 

「やつをブッ潰さなきゃ基地には帰れない、腹決めろ」

 

ネウロイを双眸で捉えたまま、輝は弱気なニパを叱咤する。

輝が気付かれずニパと合流できたのは、奇跡と言っていい。茂みから出ようとすれば、今度こそ見つかる。ニパを抱え、全力でこの場から逃げ切ることも考えたが、それを見逃してくれるほど敵は甘くないだろう。2人が安全圏へ離脱する前に、巨砲から迸り出る熱線によって跡形もなく消し飛んでしまう。

ならば戦うしかないが、あの大型陸戦四脚ネウロイは非常に厄介な相手だ。

昨年、西部方面総司令部が実施したガリアのノルマンディー地方上陸作戦時に同じタイプのネウロイ群が、第一陣として上陸したカールスラント及びリベリオン陸軍の機甲部隊と交戦している。

連合軍の大艦隊による艦砲射撃を物ともしない再生能力。カールスラントが誇る88ミリ砲でも容易には貫通出来ない重装甲。人類側のトーチカなどを一撃で粉砕する圧倒的火力。

ストライカーユニットと武装の殆んどを失った航空ウィッチと、他国に比べて貧弱な装備しか持たない装甲歩兵の2人組では勝ち目が薄い。

 

「考え……って、どんな?」

 

と、ニパが訊く。不安ながらも、意を決して輝の案に乗ることにしたのだ。すると、薄笑いを浮かべながら答える。

 

「ここに来る途中、俺達は奴らの奇襲を受けた。そいつをそっくりそのまま返すのさ」




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