扶桑の兄妹外伝~ブレイブウィッチーズ 佐世保の英雄の弟妹~   作:u-ya

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かなり久々の投稿でございます。





第6話「初陣とサウナと季節外れの紅葉」

1944年4月初頭、オラーシャ帝国

 

東部戦線の要衝――ペテルブルグより南東へ数十キロ進んだ先にある森林地帯。雪化粧の施された多種多様の落葉樹林が生い茂るこの場所で、スオムス陸軍の装甲歩兵を主力とした部隊が陸戦小中型ネウロイ群と交戦状態に入った。

魔法力を帯びた銃弾に砲弾、血のように赤い閃光が絶えず放たれ、弾雨となって降り注いだ。爆音や衝撃がオラーシャの大地に響き、揺らしては寒空へと消えていく。

ネウロイの奇襲を合図に始まった戦闘は戦術レベルながら激しいものであった。白銀によって彩られた美しい自然風景の中で展開される魔女と異形の戦い。その主戦場から数キロ離れた雑木林では、航空歩兵と装甲歩兵の二人組が茂み中に身を潜めていた。

 

「…………」

 

そのうちの一人。スオムス空軍から連盟空軍第502統合戦闘航空団『ブレイブウィッチーズ』に派遣されている航空ウィッチ――ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン曹長は、右手にスオムス軍制式採用自動拳銃L-35、左手には扶桑陸軍の破片手榴弾『九七式手榴弾』を握り締め、小動物のように震えていた。

視線を地面に落としている彼女だが、不意にネウロイの気配を感じた気がしてハッと顔を上げる。茂みの外にはこの短時間で見慣れた白銀と木々の風景が広がっているだけで、自分達を付け狙っている陸戦大型ネウロイの姿はなかった。気のせいだったこと理解し、スオムスのウィッチはホッと胸を撫で下ろした。

 

「しっかりしろ……」

 

ふと他者の声がニパの耳朶を叩いた。それはつい先ほど知り合い、同じ茂みの中に身を隠している隣人が発した囁き声だった。言葉遣いは、ぶっきらぼうながら叱責とも激励とも受け取れるものであった。

彼の名は雁淵輝、扶桑皇国陸軍装甲歩兵で階級は准尉。配属部署は違えど、輝もまたニパと同様に扶桑の原隊から502部隊へ派遣されている。本日の彼の任務は、ストライカーユニットのトラブルで墜落したニパの救出と、彼女の愛機の回収だ。

ちなみに、ニパが左手に握っている九七式手榴弾は主兵装備のMG42を紛失した彼女と不憫に思った輝が与えたものである。

 

「けど、本当に上手くいくの?」

 

ニパが震える声で不安を吐露する。額には冷や汗が滲んでいた。二人の周辺には本隊とはぐれたらしい大型陸戦四脚ネウロイ――人類側の通称は『クモ』――が徘徊している。敵の狙いはニパだ。

ニパを見失って随分経つというのに、陸戦ネウロイは諦める様子もなく、未だに彼女を探し続けている。

オラーシャの深い森林と4月に入っても残っていた積雪が、ストライカーユニットを損傷し、墜落したスオムスウィッチをここまで生き延びさせていたのだ。

 

「…………」

 

輝は何も答えず、茂みの外に鋭い視線を向けていた。その手には両足に纏っている扶桑皇国陸軍の陸戦ストライカーユニット――九七式中型装甲脚“チハ”の主兵装『一式47mm対ネウロイ砲』が握られているが、ニパと合流するまでに小型ネウロイの一団と交戦したため残弾は一発のみ。

他に武器といえば、ニパに渡した九七式手榴弾とリベリオン製のスモークグレネード。そして普段から護身用とさして携帯している自動拳銃M1910。大型ネウロイを相手取るには心許ない。せめてチハの副兵装である九七式7.7mm機関銃があれば……。

逃げることも考えたが、いくら陸を駆ける装甲歩兵とはいえ人一人抱えてネウロイから逃げ切るのは不可能に近い。茂みから出た途端に大火力のビームによって蒸発してしまうだろう。加えて、味方の前線まで距離にしておよそ10キロはある。ならば、と輝が提案したのが奇襲だった。

大型ネウロイはその細長い脚で積雪を踏みつけ、同じ場所を何度も行ったり来たりしている。いずれは輝達の近くに必ず戻ってくるだろう。

やつが至近距離まで近付いたら、陸戦ストライカーユニットを緊急始動して即座に接近し、一式47mm砲による零距離射撃を見舞う。それが輝の思惑だった。

他国の対ネウロイ砲に比べて火力不足とされている47mm砲だが、砲弾は装甲歩兵の魔力を纏っている。至近距離で叩き込めば撃破は無理でもコアを露出させることぐらいは出来るはずだ。

コアが剥き出しになればもうこっちのもの。ネウロイの心臓部であり、最も脆い箇所である赤く輝半透明の十二面体。威力の低い拳銃の弾でも弾倉一つ分の数を叩き込めばコアを破壊出来る。

それでも足りない場合は、輝がネウロイの注意を引いている隙にニパが手榴弾もしくは自身の拳銃でコアを攻撃する算段だ。いち兵隊が立てた即席の作戦にしては上等だろう。少なくとも輝はそう考えていた。

 

「…………なんだよ、感じ悪い」

 

輝の態度気に入らなかった――無視されれば誰だってそうだろうが――のか。ニパはムスッとして不満を零した。皮肉なことに。輝の素っ気ない対応が結果的にニパの緊張を解したのだった。

扶桑の装甲歩兵とスオムス航空歩兵は、祈るような気持ちでチャンスを待っていた。

この奇襲を成功させるためには、殆ど鼻っ面までネウロイを引きつける必要がある。時間はゆっくりと過ぎていく。時が進むにつれ、1分が永遠にも思えてきた。気が付けば、雪を踏み締める足音も聞こえなくなっていた。

ニパの脳裏に「ネウロイは諦めたのでは?」という考えが過った。輝も同じことを考えたが、すぐに「いいや」と頭を振った。

ネウロイからしてみれば、ストライカーユニットを駆るウィッチ・ウィザードは空陸問わず天敵と呼べる存在である。人類と敵対する異形の軍にとって、魔法力を有する少年少女は大きな脅威なのだ。見逃してくれるはずがない。

 

「――っ!?」

 

ふと輝の肌が粟立った。それと同時に雪の上を進む足音が聞こえてきた。ネウロイだ、ネウロイが来たのだ。

47mm砲を握る輝の手に力が込もる。音を聞いたり目で見る前に気付けたのは、陸戦屋独特の感というものだ。

 

「ひっ!?」

 

隣にいるニパが小さく短い悲鳴を上げる。それに応えるかのように、ネウロイはゆったりとした速度で少しずつ接近してくる。

先程までの大股染みた動きとは打って変わり、雪の感触を噛み締めるかのように低速で進んでいる。罠の気配を感じ取ったとでもいうのだろうか。だが、それでもネウロイは確実に二人の方へ近付いていた。

木々に紛れているとはいえ、距離的にはもういつ見つかってもおかしくない。すぐにでも飛び出したい気持ちを、輝はぐっと飲み込んだ。

程無くして、陸戦ストライカーならば一瞬で詰められるほどまで距離が縮まった。どうやら勝利の女神は輝達に味方したらしい。

 

「今だっ!」

 

輝はネウロイの足下目掛け、スモークグレネードを放り投げた。突然発生した煙幕に驚いたのか、ネウロイは独特の悲鳴を上げて動きを止める。

続いて、“チハ”に搭載された魔導エンジンが輝の魔法力を受けて始動する。生き物の咆哮のように力強いエンジン音が静寂な樹林に響き渡った

茂みから勢い良く飛び出した輝は、ネウロイに目掛けて突撃を敢行する。向かって来る自分の存在に気付き、振り向くネウロイの動きが輝からはスローモーションに見えた。狙うのは胴体下部に備えられた巨大砲。

自分を焼き払おうと旋回した砲塔から閃光が放たれるより速く、輝はネウロイの下部に潜り込んだ。巨大砲にい一式47mm対ネウロイ砲の砲口を押し付け、トリガーを絞る。ビームが発射されるよりも先に火を吹く47mm砲。魔法質量弾の接射を受けた砲塔は過負荷に耐えられず爆発を起こした。

悲鳴を上げるネウロイ。漆黒の装甲を構成していた金属は飛び散り、そのいくつかが輝の皮膚と衣服を掠める。

硝煙とネウロイから発せられた水蒸気――のような白い煙――が晴れると同時に、赤い光を放つ半透明の十二面体が輝の視界に現れた。

 

(勝った!)

 

そう確信した輝はすぐさま47mm砲を投げ捨て、ホルスターからM1910を引き抜いてコアに向ける。リベリオンの西部劇に登場するガンマン並みの素早い動作だった。

しかし、コアに銃弾を撃ち込もうとしたその瞬間。ネウロイの黒い脚が輝に向かって飛んで来た。それは蹴りだった。履帯で走る人類側の戦車には無い攻撃方法だ。

 

「危ないっ!」

 

つい先程まで身を置いていた茂みから悲鳴にも似たニパの叫び声が上がる。おかげでネウロイの蹴りに気付くことが出来た輝は、左手を使って魔力シールドを展開する。

飛行に魔力を回さなくていい装甲歩兵は、航空歩兵よりも強力なシールドが張れる。なのだが、咄嗟のことが展開が不完全だったためか。衝撃を殺し切れず、輝の小さな身体は数メートルほど吹っ飛ばされてしまう。大地との激突。凄まじい衝撃と激痛によって、輝の意識が一瞬飛ぶ。

 

「雁淵准尉っ!」

 

ニパが茂みから飛び出してきた。危機に陥った輝を救うため、右手に握ったL-35を発砲しながらネウロイに向かって突進していく。

しかし、ネウロイは無謀な突撃を行うニパにも、己の身体に当たり、パチンコのように弾かれる9mm×19mm弾にもなんら反応を示さず、輝にジリジリと躙り寄っていた。

余程さっき奇襲が頭にきたらしい。ネウロイに生物的、人間的な感情があるかはわからない。だが、ニパにはそう思えた。そして、輝の元まで来たネウロイは前脚を振り上げ、彼を踏み潰そうとした。

 

「やめろぉ!」

 

怒号と共に、ニパは全弾撃ち尽くしたL-35を投げ捨てた。利き手に持ち替えた九七式手榴弾のピンを咥えて引き抜くと、ネウロイの下部に放り込んだ。

扶桑陸軍の九七式手榴弾は他国の標準的な破片手榴弾に比べて炸薬量が少なく、威力は低い。

しかし、装甲歩兵用の物は対ネウロイ砲や航空歩兵用の対物ライフル弾及びロケット弾等に使用されている魔法弾のように特殊な儀式を施されて威力を向上させている。そのため、陸戦ネウロイに有効打を与えることが出来た。もちろん、コアの破壊も容易であるのだが……。

 

「雁淵准尉!シールド張って!」

 

ニパが続けて叫ぶ。輝は爆発の衝撃と飛散する破片から身を守るべく、彼女の指示に従ってシールドを展開する。

九七式手榴弾の遅延時間は4、5秒。輝とニパはシールドを張り、起爆の時を待った。が、10秒過ぎても九七式は沈黙を保ったままだった。

 

「…………えっ?」

 

確かにピンを抜いたはずなのに、起爆しない扶桑製の手榴弾。戦闘中にも関わらず、思わずニパは目を丸くして呆然とする。まさか不発だったのだろうか。

 

「………………あっ!しまった!」

 

固まってしまっているニパと異なり、九七式を使い慣れている輝はすぐさま原因を突き止めた。

原因は九七式手榴弾の設計だった。投擲され、手から離れてからプルコードやレバーによって自動的に信管が作動する他国の手榴弾と違い、九七式はピンを抜いた後に鉄帽や地面にぶつける要領で起爆筒を叩き、内部の導火線部に摩擦発火させた後に投擲を行う。

扶桑の装甲歩兵である輝はもちろんこのことを理解しているが、ストライカーユニット以外の扶桑製兵器に疎いニパが知るはずもなく、九七式のやり方が当たり前となっていた輝は、うっかり説明を忘れてしまっていたのだ。

このうっかりミスも“ツイてないカタヤイネン”の不幸体質に起因しているのかもしれないが、ニパの運の無さを鑑みるに例え使い方を説明していたとしても不発に終わっていたかもしれない。

 

「うぐっ!」

 

原因を理解したものの、戦闘はまだ続いている。ネウロイは己の脚の先端を輝の展開したシールドに叩きつけた。魔力障壁越しに衝撃が伝わり、輝は苦悶に顔を歪ませる。

必死にもがくも、圧倒的なパワー差と体格差により身動きが取れなかった。

 

「雁淵准尉!コイツ!准尉を離せ、このっ!」

 

輝をなんとか助けようと、ニパは足下に落ちていた石をネウロイに投げつける。石ころでネウロイに立ち向かう姿はなんとも滑稽に映るが、本人は至って真剣なのだ。

コアは露出している。魔法力を利用した攻撃によって一時的に自己再生能力も停止している。

あと一歩、コアさえ破壊できれば勝てる。墜落した自分を助けに来てくれた装甲歩兵を助けられる。その思いが、ニパを突き動かしていた。

だが、小さい石をいくらぶつけようがコアにはヒビ一つ入らなかった。考え無しにL-35を乱射したことを、ニパは心底後悔する。

 

(ちくしょう!俺は、こんなところで死ぬのか!?)

 

屈辱に駆られた輝が心の中で叫ぶ。まともな人生を送っていれば、朝起きて「今日、俺は死ぬのだろう」などとは思わない。死と隣合わせの生活を送る前線兵士にとって、それは皮肉抜きで贅沢なことだ。

輝とて扶桑皇国陸軍人の端くれ。ネウロイとの戦いで死ぬことを覚悟していなかったわけではない。あと一歩のところまで追い詰めておきながら、むざむざ殺されるのことが我慢ならないのだ。

左手でシールドを維持しつつ、蹴撃を受けた際に落としたM1910へ右手を伸ばそうとする。人差し指の先がグリップに触れる。その時だった。

魔法力を纏った無数の弾丸が、上空よりネウロイに向かって降り注いだ。発砲音と共に耳朶を打つストライカーユニットの魔導エンジン音。航空ウィッチ部隊による急降下攻撃だ。

大型陸戦四脚ネウロイの上面装甲は人類側の戦車と同様、前面や側面に比較して薄く、そして脆い。故に空からの急降下攻撃も有効な戦術の一つなのだ。

空からの集中砲火を受けた上面装甲は容易く削れ、ネウロイは堪らず悲鳴を上げる。さらにはダメ押しとばかりに撃ち込まれた一発のロケット弾により、ネウロイのボディはコア諸とも粉々に吹き飛んだ。

ロケット弾の着弾地点にいた輝とニパだが、魔力シールドのおかげで大事には至らなかった。

 

「た、助かったの?」

 

「……みたいだな」

 

地面から身体を起こした輝は、質問とも独り言とも取れるニパの呟きに応じる。なんとか命は助かったものの、二人とも泥だらけになっていた。

ふと空を見上げた輝の瞳に4つシルエット――シュヴァルムを組んだ四人の航空ウィッチの姿――が映った。

顔触れは502の戦闘隊長で、長い金髪と黒のカチューシャの組合せが印象的なアレクサンドラ・I・ポクルイーシキン大尉。

美しい銀色の髪を靡かせた502の教育係曹長にして、カールスラント空軍のベテランウィッチ――エディータ・ロスマン。体格は小柄ながらも、ぷっくりした艶のある唇がアダルトな雰囲気を演出している。

今朝、宿舎の廊下で顔を合わせたばかりの自由ガリア空軍ウィッチ――ジョーゼット・ルマール少尉。通称“ジョゼ”は、青リボンでまとめたツインテールの茶髪に透き通るような蒼い瞳という可愛いらしい外見をしている。

そして、輝と同じ扶桑皇国出身の航空ウィッチ――下原定子扶桑海軍少尉。水練着と同じ濃紺色の第一種軍装は些か地味な印象を受けるが、艶のあるボブカットの黒髪と赤い瞳の組合せによって美人が際立っている。

いずれも統合戦闘航空団のメンバーに相応しい、世界に名だたるエースウィッチ達だ。

輝とニパのことを心配そうに見下ろしていた空の四人だが、しばらくして地上に降下し始めた。4機のストライカーユニットのプロペラによって巻き上げた風が木々を揺らし、雪を舞い上げる。

 

「二人共、無事ですか?」

 

まず一足先に地上に降りてきたアレクサンドラ・I・ポクルイーシキン――通称“サーシャ”が二人に声を掛ける。

モスクワ方面より侵攻してきた飛行型ネウロイの迎撃に向かったブレイブウィッチーズ。自分達の任務を終えた彼女らは二手に分かれ、ネウロイの奇襲を受けたストライカーユニット回収中隊と哨戒中に墜落したニパの救援に来ていた。

 

「サーシャさん!来てくれたの!」

 

サーシャと顔を合わせた途端、ニパの顔がパァッと明るくなる。サーシャはサーシャで、我が子を心配する母親に似た表情でニパを見ている。

 

「私達は大丈夫です!ユニットは壊れちゃいましたけど……」

 

そう言いながら、ニパはばつが悪そうに後頭部を掻いた。持ち前の不幸体質故に、彼女は502でも指折りのユニット壊しとなっている。

そのことで戦闘隊長のサーシャにしょっちゅう迷惑を掛けてしまっていて、ニパは大変申し訳なく思っている。

 

「良かった……」

 

ニパ達の無事を確認したサーシャはホッと胸を撫で下ろす。その姿からは、やはり子ども想いな優しい母親を連想させられる。

次にサーシャは輝の方へ身体向け、軽く会釈しながら彼に謝意を述べた。

 

「雁淵准尉、ニパさんを守って頂きありがとうございます!」

 

「あ……」

 

慈愛に満ちた聖母のようなサーシャの横顔に見とれていた輝は、彼女に話し掛けられたことでハッと我に還った。

 

「い、いえ。任務ですから……」

 

誰かに面と向かって礼を言われのはずいぶんと久しぶりのこと。輝は顔全体がカァと熱くなるのを感じた。

赤面したのを悟られまいと、顔を伏せる小柄な装甲歩兵の様子にニパとサーシャは不思議そうな表情で首を傾げていた。

一方、年長者のロスマンは輝の心中を察していたらしく、微笑ましげに彼を見据えながらクスクスと小さく笑声を立てていた。

カールスラントウィッチのすぐ隣に立っている元リバウ航空隊の扶桑海軍ウィッチは何故か頬を軽く赤らめ、熱の込もった視線を輝に注いでいた。

 

「あれ?准尉、怪我している?」

 

と、ニパが輝の左腕を指差した。ネウロイの対処に夢中で本人も気が付かなかったが、確かに左腕を負傷している。出血もしていて、制服の袖が赤く染まっていた。

 

「大変!すぐ治療します!」

 

そう言って輝に近寄ると、ジョゼは傷口に両手を翳した。すると、手の平から発せられた青く暖かな光が傷を覆い、みるみる癒していった。

 

「治癒魔法か?」

 

と、輝が訊くとジョゼは「はい」と頷いた。治癒魔法とは、攻撃系の固有魔法と同じくらい稀少とされる念動系の固有魔法だ。

魔法力やコントロールによっては重傷者すらものの数分で全快させることが可能で、薬草や医薬品の効力を高める等と応用も利く。

しかし、輝はレアな魔法をお目にかかれたことより、最初に顔を合わせた時と今のジョゼの雰囲気が違うことの方が気になっていた。

清掃中に輝の喫煙を叱りつけたジョゼは、鬼教官顔負けの凄まじい剣幕を見せたので気の強い印象を受けた。だが、目の前ジョゼは全体的に大人しく控え目な印象と、別人のようだった。

今と今朝で、何故これほどまでに違って見えるのか。輝は後ほど知ることとなる。

ジョゼの治療によって傷も塞がり、ニパと彼女のストライカーユニットも回収した輝は、合流した回収中隊のメンバーと共にペテルブルグへ引き返した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

数十分後、ペテルブルグ第502統合戦闘航空団基地――

 

ペテルブルグにおける初任務及び版初陣を飾った輝は救助したニパを連れて、無事に――墜落していたので『超回復』が使えるニパともかく、ストライカーは大破していたが――502基地へ帰投していた。

当基地における軍務は、初日の朝からいきなりハードだったが、欧州屈指の激戦区であるオラーシャではよくあることだ。

ストライカーユニット回収中隊の格納庫では、ひと仕事終えたスオムスウィッチ達が車座になり、談笑していた

。スオムス語の賑やかな会話と笑い声が格納庫全体に響き渡る。

輝も中隊長のアウロラから「混ざらないか?」と誘われていたのだが、出来るだけ当たり障りのない言い方で断り、隅に設けられた喫煙所でひとり一服していた。

中隊唯一の扶桑人であるが故に疎外感を覚えたり、新人の身立場から遠慮しているわけではない。元々輝は大勢でガヤガヤ騒いだりするのは好きではないのだ。

 

「雁淵さん!」

 

ふと快活な声が輝の耳朶を打った。短くなった軍用煙草を灰皿に押し付けてから振り返ると、基地に帰投した際に別れたニパの姿があった。彼女は息と膨よかな胸を弾ませながら輝の元へ駆け寄る。

ニパの胸は、502において航空団司令のグンドュラ・ラルに次ぐ大きさを誇っている。スオムスカラーのセーターでも隠しきれない巨乳は、否が応でも周囲の――特に男の――目を引いてやまない。

 

「カタヤイネン曹長?」

 

「ニパでいいよ。親しい人はみんなそう呼ぶから」

 

ニッと歯を見せて笑うニパ。その眩しい笑顔からは優しさと親しみ易さが滲み出ていて、彼女の人柄が伺えた。

 

「あれ?煙草吸ってる?」

 

ニパは火を揉み消したばかりの軍用煙草に気付き、さも意外そうに片眉を上げる。

可愛らしい見た目の輝が喫煙をするとは思わなかったのだろう。彼が煙草を嗜むようになってから、ニパ以外の人間も似たような反応を見せていた。

 

「そんなの俺の勝手だろう……」

 

輝はぶっきらぼうに応じる。普通に返したつもりだったが、少々辛辣な口調となってしまった。輝は内心で(しまった……)と呟く。

 

「あっ……ごめんなさい」

 

輝が気を悪くしたと思ったのか。ニパの表情が微かに曇る。

 

「いや、別に…………」

 

と、輝は短く返した。もっと気の利いた言葉を返せば良かった。口下手で愛想のない自分がつくづく嫌になる。

孝美やひかりなら。優しく社交的で自然な笑顔の作れる姉や明るく天真爛漫な妹ならば、こうはならなかっただろう。

その後しばらくの間はどちらも口を開かず、二人の間に気まずい沈黙が流れた。

いつの間にかアウロラが近く来ていた。ヴィーナの酒瓶を呷りながら心配そうな表情で隊の新人と妹の親友を見守っている。

尤も、その飲みっぷりは心配している人間のそれではなかったが……。

 

「…………それで、なんか用があったんじゃないのか?」

 

沈黙に耐えかねた輝が用件を訊ねる。彼の問いに顔を上げたニパは、少しだけ元気を取り戻したように思えた。

 

「えっと、一緒にサウナどうかなって?」

 

「サウナ?ああ、スオムス式の蒸し風呂か」

 

「うん、私も雁淵さんも汚れちゃったから。サウナでスッキリしないかなぁ、って思ったんだけど……」

 

人見知りするお国柄故か。ニパは両手の人差し指をモジモジさせ、恥ずかしそうに提案を述べる。声も途中から蚊の鳴くように小さくなっていた。

 

「蒸し風呂かぁ……」

 

そう独り言ちながら、輝は自分の身体を改めて確認してみる。

一日は始まったばかりだというのに、服も肌も髪も泥だらけ。さすがにこんな状態で基地内を彷徨けない。輝はニパの申し出を喜んで受けることにした。

 

「場所分からないんだ。案内してくれるか?」

 

「もちろん!さっそく行こう!」

 

スオムスウィッチの声音に明るさが戻った。輝は上官のアウロラと、回収中隊において副長的立場にあるレーヴェシュライホ少尉に一言断ると、ニパに案内されてサウナの設置された建物へと向かった。

 

「大尉」

 

同郷の可愛い妹分。そして、彼女と同い年で友人候補でもある新人装甲歩兵を微笑ましげに見送るアウロラに、レーヴェシュライホが声を掛ける。

 

「もしかして、カタヤイネン曹長は雁淵准尉について誤解しているのでは?」

 

そう訊ねるレーヴェシュライホに対し、アウロラはヴィーナを一口呷ってから応えた。

 

「まぁ、何ごとも経験さ」

 

と、アウロラは厭らしい笑みを浮かべる。レーヴェシュライホは経験で知っている。悪戯を思い付いた際に見せる悪い笑顔だと……。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

オラーシャの首都『ペテルブルグ』は、ネヴァ川の河口にできたデルタ地帯に建設された都市である。島々を結ぶ運河が縦横無尽に通っていることから“北のヴェネツィア”とも称される美しい街だ。

島の一つに建っているペトロ・パウロ要塞。そこを改装して造られた第502統合戦闘航空団基地。その様相は軍事基地というよりは、まるで王族が住まう宮殿のようだ。

 

「ここだよ」

 

ニパの案内で到着したのは、基地本部から少し歩いたところに建っている小屋だった。こここそが502に所属するウィッチーズ専用のサウナだ。

航空団設立当初は、502の中核である航空ウィッチ部隊のメンバーのみが使っていたが、後に合流した直属の補助部隊――ストライカーユニット回収中隊の陸戦ウィッチも利用するようになっていた。

スオムスウィッチに手を引かれて、輝は小屋へと足を踏み入れる。扉を潜った先は脱衣所だった。左右のスペースには、それぞれカゴの置かれた脱衣棚と大量の薪が積み上げられている。

 

(男女で分けられてないのか?)

 

小屋の大きさから察してはいたが、浴室も脱衣所も男女を分けた構造にはなっていない。ウィッチ用に造られたのだから当たり前と言える。

基地に勤務している男性陣がここを使うことはまずない。ウィザードに関しても、陸海空の所属を問わずウィッチよりもさらに稀少な存在であるため、ウィッチ部隊の駐留する基地においても見かけることは殆んどない。

仮に配属されるようなことがあっても、入浴時間を分ければいいだけのことだ。

 

(やっぱり、いつものパターンか……)

 

輝は足下に向けて顔を伏せ、うんざりしたように深い溜め息を吐いた。やはりというか。ニパは彼のことを、小柄で目麗しい容姿からウィザードではなくウィッチ――つまりは女だと思っていた。

自分は歴とした男だというのに。いつものことながら気が滅入る。

 

「カタヤイネン曹長」

 

「ニパでいいよ」

 

「……ニパ、勘違いしてるらしいが俺はああああああぁ~!」

 

会話の途中、ニパに視線を移した輝が面白い言い回しで叫び声を上げた。自分の性別を勘違いしているニパの誤解を解こうとしたわけだが、彼女は既に服を脱ぎ始めていた。

 

「?……どうしたの?」

 

靴とセーター、白の重ね履きズボンをカゴに収めたニパは、淡い水色のローライズズボンと同色のスポーツブラのみ身に付けているという悩ましい姿となっていた。

15歳らしからぬ発育の良さ故にサイズの合うものが手に入りににくのか。胸の大きさに比べて明らかに下着のサイズは合っておらず、スポーツブラにも関わらず乳房が零れ落ちそうになっている。

 

「え、え~っと……その……じ、実は……」

 

「もしかして具合でも悪いの?」

 

ニパは輝の元に歩み寄り、心配そうに彼の顔を覗き込む。たわわな果実が少年の至近距離でたゆんと揺れる。

 

「じ、実は……俺は……」

 

「雁淵さんは?」

 

「…………男なんだ」

 

「……………………へっ?」

 

輝の一言でニパの両目が点になり、間の抜けた声を漏れる。

暫し沈黙を挟んだ後に彼女は気付いた。輝の履いているズボンがウィッチ用のそれではなく、男性用――さらに言えばウィザード用――のハーフズボンタイプであることに……。

一時的に停止していた思考も段々と回復し、輝の言葉の意味をしっかりと理解する。そして、それと同時にニパの顔がみるみる真っ赤になっていった。

 

「か、カタヤイネン?」

 

「き……き……」

 

「き?」

 

「きゃあああああああああああああ!!」

 

――バチ~ン!

 

乙女の悲鳴と平手打ちの乾いた音が木製の壁を通り抜け、オラーシャの寒空に響き渡った。

その日の午後。基地本部の入り口では左頬を紅葉のように腫らした扶桑陸軍ウィザードと、彼に平謝りするスオムス空軍ウィッチの姿が目撃されたそうな。




今回登場した九七式7.7mm機関銃は九七式車載重機関銃の装甲歩兵版(ただし、名称・装甲歩兵の副兵装という設定は作者の想像)です。

九七式手榴弾や47mm対ネウロイ砲など。公式によるメディア露出が少ない故に陸戦ウィッチ・ウィザードの装備に関しては作者の想像が多分に含まれていますので、悪しからず。

ただ魔法弾と同じ儀式を施した手榴弾に関しては『オーロラの魔女』でアウロラさんが化物威力の手榴弾を使用して陸戦ネウロイを吹き飛ばしているので、公式設定に存在すると思います。


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