「一夏……?」
「どうした箒?幽霊でも見たような顔して」
「本当に、一夏なのか?」
「ああ、俺は俺だ。ちゃんと足だってある」
「一夏……いちかぁ……!」
「すまないがラブコメは後にしてくれないか?」
突如として戦場に現れた一夏に、箒が感極まって抱きついたところで通信を入れて現実へ引き戻す。
箒だけでなくシャルロットと鈴も一夏の登場に驚いていたが、事前に知らされていた俺と簪さんに驚きはない。
「っと、そうだな。俺も戦うぞ、そのために来たんだ」
「一夏、アンタ怪我はどうしたのよ?」
「なんか治った」
「はぁ!?」
鈴は一夏に身体の怪我の事を訊くが一夏からの返答に素っ頓狂な声を上げて目を丸くする。
しかし、一夏の乱入で様子見に徹していた福音だが乱入者を敵と認識したのか甲高い機械音声を上げて翼をはためかせる。
「戦えるならちょうどいい。手伝え、敵さんは待ってくれないぞ」
俺がそう告げると一夏は頷いた。鈴もシャルロットも聞きたいことはあっただろうが、それを後回しにして福音に意識を切り替える。
「い、一夏!」
「大丈夫、今度は上手くやるさ。見てわかる通りパワーアップしたんだぜ?だから箒はここで待っててくれ」
「待ってくれ、私も一緒に────」
「……ダメ。篠ノ之さんの機体はもう限界だから。下がって」
一夏と共に戦おうとした箒だが、彼女の機体は既に武装を維持するエネルギーがないことを全員が知っている。そのため、簪さんが箒に下がっているように忠告する。
「今度こそ、守ってみせるさ」
一夏はそう言って箒に微笑むと福音へと意識を切り替えこちらへと機体を走らせる。
「よお、早速で悪いが働いてもらうぜ。福音は見ての通り
「あのエネルギーの翼を手っ取り早く攻略するには白式の零落白夜が打ってつけってワケよ」
「僕達が全力で隙を作るから、一夏はチャンスを見て福音に斬り込んで欲しい」
俺が手短に福音の状態を、鈴とシャルロットが大雑把だが即席の作戦を説明する。
「行けるな?一夏」
「へっ、上等だ!」
「……作戦、開始」
簪さんの言葉により全員が福音へ向かって飛び立つ。
箒は最後まで何か言いたげな表情をしていたが結局言葉が見つからずに、俺達を見送るしかなかった。
「私は、また見ていることしかできないのか……」
皆が福音へ向かった後、残された紅椿の展開装甲から放たれる赤い光の中には微かに黄金の粒子が混ざっていた。
「再戦といこうじゃねえか!」
進化したIS『
福音は乱入者に機械音声を上げながらエネルギー翼から弾幕を放つ。
しかし一夏は左腕を前にかざしながら真っ直ぐに突っ込んでいく。
よく見ると左腕の先から薄い光の膜が盾のように展開しており、福音から放たれたエネルギー弾の嵐はその光の膜に触れた途端に霧散する。
「零落白夜の光か」
一夏の左腕に新しく生まれたユニットから発生しているのは零落白夜と同じエネルギーを無効化するものだと理解し、同時に箒を守ったカラクリも判明した。
「うおぉぉぉぉ!」
雄叫びを上げながらそのまま一夏は真っ直ぐに福音へと突っ込む。
盾のように広がっていた左腕の光は消え代わりに爪のような形を形成する。
あれが盾の形態ならば、これは爪の形態だろう。
福音は翼を前面に交差させて広げて爪を受ける。エネルギーで形成された翼は零落白夜の光によって消えるが、つの光が装甲に到達する直前に福音は翼を犠牲にしてひらりと身を回転して一夏の突撃を躱す。
「まだだぁ!」
一夏も即座に身を反転させ、左腕から光弾を放つ。福音は翼で受け止めることはせずにスラスターを吹かせて光弾を避ける。
あれも零落白夜の光だろう。あの左腕のユニットは射撃形態にも対応しているようだ。
「オッケー!一夏の機体についてはだいたい分かったわ!」
「もう翼が再生してる。やっぱり一撃で決める必要があるね」
「引き続き、前衛は俺と一夏で行こう」
「了解……援護する」
一夏の進化した機体を大雑把にだが理解した俺達は即席の作戦を立てる。
全力で一夏をサポートし零落白夜によって福音を撃破する、言葉にすれば単純にして簡単だが実際はそう上手くはいかない。
それでも、やるしかない。
「いくぞ一夏」
「おう!」
不知火を握りしめ、一夏と共に福音へ向けて切り込む。福音の放つ弾幕を回避しながら接近し、斬撃を放つが福音は易々と飛び退き回避する。
「読んでたよ!」
「くらいなさい!」
福音の回避地点にシャルロットと鈴の援護射撃が入り、たまらず福音は更に横に飛び退き回避する。
「貰った!」
そこを狙い、一夏が零落白夜を発動させた雪片弐型を構えながら福音へ突っ込む。
しかし福音は既に零落白夜が危険と理解したのか、セシリアへ向けて放った濃縮エネルギー弾を一夏に向けて放つ。
一夏はそれを一刀の元に切り裂くが、その隙に福音はスラスターを最大限まで稼働しひらりと紙一重で攻撃を躱す。
「させるかよ」
一夏へ追撃しようとする福音へ向けて不知火を振るい、発生したビーム刃を飛ばして牽制する。
福音は攻撃対象をこちらへ変え、翼から大量の弾幕を放つ。俺はそれを撃ち落とそうと再び不知火を振りビーム刃で弾幕を相殺させる。福音はその隙に翼を翻し俺の方へと接近する。
スラスターを稼働させ、回避行動に移ろうとするが、その瞬間にアラート音が響きエネルギー残量がほぼ尽きた事を知らせる。
「ヤバっ…」
いくら補給したとはいえ、非常用の携帯式タンクでは容量もそんなに多くはない。無理な戦闘行動により陽炎のエネルギーはこの最悪な瞬間に尽きかけてしまったのだ。
『Uraaaaaaaaa!』
福音が咆哮し、俺を確実に仕留めるとばかりに陽炎を包もうとエネルギー翼を広げながら迫る。あれを喰らえばラウラと同じように撃墜されてしまうだろう。
「喰らえば、な」
そう呟いた瞬間、福音に真横から飛来した砲弾が直撃する。
『!?!!??』
困惑した様子で機械音声を上げる福音へ、今度は青いレーザー光が放たれる。たまらず福音は俺を標的から外し、離れていく。
「なんとか間に合いましたわ」
「ああ」
射線の向こうに目を向ければ射撃体勢を解きこちらへ向かってくる青と黒の二つの機体。俺の危機を救ったのは戦線離脱していた筈のセシリアとラウラだった。
「大丈夫か、鋼夜」
「助かった」
ラウラが俺の側へと機体を動かし心配した様子で訊いてきた。
二人は機体をステルスモードにして接近してきたのだ。気配に気付けたのは本当に運が良かったとしか言いようがない。
「あとは私たちに任せて下がってくれ」
「…………」
ラウラの言葉に何も答えず、改めて陽炎の様子を確認する。
装甲はほとんどが熱や銃弾で損傷し、スラスターも激しく消耗している。
一度撃墜されたものを無理やり動かしている状態。機体がとっくに限界を迎えていることは分かっていた。
「いや、まだだ!」
俺とラウラの間に、箒の凜とした声が割って入る。そちらへ振り向けば、黄金に輝く紅椿を纏った箒の姿があった。
「話は後だ、受け取ってくれ!」
箒は黄金に染まった腕で俺の機体とラウラの機体に触れる。
「なんだこれは……エネルギーが回復していくだと?」
「
ラウラと俺の機体も黄金の粒子に包まれ、ハイパーセンサーには「ワンオフアビリティー《絢爛舞踏》発動」の表示と共に機体のエネルギーが回復していく。
「これなら戦える。行こう箒」
「まったく、仕方ないな。私も共に行こう」
止めても無駄と悟ったのか、ラウラは止めなかった。
「ああ、急ごう」
そうして俺達は福音との戦闘へ戻るために機体を走らせた。
「受け取れ一夏っ!」
俺たちにしたように、箒の腕が一夏に触れる。すると黄金の光が湧き上がり一夏を包んでいく。
「エネルギーが……ありがてぇ!これならいける!」
「皆にも!」
箒は同じようにシャル、鈴、セシリア、簪さんの機体に触れてゆきエネルギーを回復させる。皆、驚いてはいたが渡りに船の好機と見て一層戦意を奮い福音を倒すと決めたようだ。
「俺に作戦がある」
福音の放つエネルギー弾を避けながら全員へプライベートチャネルの回線を回す。エネルギーが完全回復した今の陽炎ならば福音を止められる。
俺の提案に全員が賛成し、実行に移すことになった。
深呼吸して気持ちを落ち着ける。
直ぐに全員の準備が整ったので俺は福音へ向けて機体を走らせる。
「頼むぞ」
「任せろ!」
追従するのは真紅のIS、箒の紅椿。
『graaaaaaaa!』
福音はエネルギー翼から大量の弾幕をばら撒いて反撃するが、それを不知火を振ることにより弾幕を打ち消して接近する。
福音は接近戦は不利ということを学んだ様子で翼とスラスターを起動させ距離を取ろうと図るが、そこに銃弾やレーザー光が降り注ぎ福音の行動を阻む。
「逃がしませんわ!」
後衛に控えるセシリア達の援護射撃だ。援護が功を成したようで福音は回避ルートを探すために一瞬動きが鈍る。
「そこだ!」
その隙を逃さずに箒が加速し福音へと躍り出る。
箒が福音をその場に縫い付ける時間、それが俺の考えた作戦の第一段階。次の段階へ進む。
俺は陽炎のリミッターとエネルギーラインを解放する。
背部のスラスターとアンロック・ユニットがスライドし、搭載された天叢雲剣と合わせて翼のように広がる形へと変形した。変形したスラスターからは赤い粒子を噴き出し機体を赤く染める。
「『
イメージするは真紅の翼。変形したスラスターからは真紅に染まった膨大なエネルギーによって形成された翼が現れる。それを羽ばたかせ、福音へと迫る。
福音は避けるのは無理と判断したのか、箒を弾幕で追い払うと対抗するかのように4対のエネルギー翼を前面に展開し受け止める体勢に入った。
赤と銀。二つの膨大なエネルギーがぶつかり合い火花やスパークが走る。
雄叫びを上げながらフルパワーで翼を維持する。
しかし、このまま鍔迫り合いが続けば出力とエネルギーの関係で俺の方が翼を維持出来ずに負けるだろう。だから福音は防御に出たのだ。
本命は────
「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
雄叫びと共に、白い機体が駆け抜ける。
それは風のように疾く、銃弾のように
翼が消え、映り込むのは福音の首の装甲を雪羅で掴む一夏の姿。零落白夜の光を纏ったその左腕は触れるだけでISのエネルギーを溶かしてゆく。
本命は、一夏だ。
翼による鍔迫り合い中に瞬間加速による強襲と雪羅によるエネルギー無効化の機能を使いお互いの翼を破って福音へ掴みかかる、というものだ。
──福音は残った力を振り絞り腕を一夏の首へと伸ばすが、その腕は触れることなく力を失い落ちる。それに伴い福音は徐々に色を失い装甲が解除された。
そして操縦者と思われるISスーツ姿の金髪の女性が海へ真っ逆さまに落ちて行く。
「しまった!」
「しまった、じゃねーよ」
それを予想していた俺は落下地点へ回り込みISの腕を解除して福音の操縦者を受け止めた。
出撃前に資料で確認したアメリカ人の女性、ナターシャ・ファイルスで間違いはなさそうだ。
その時、彼女の首に掛かっている翼状のネックレスが光り、弱々しい幼子の声が流れ込んできた。
『オカ、ア……サ……マ……モ、ル……』
福音は最後まで搭乗者を守ろうとした。無理な成長を遂げてまで、我が身を犠牲にしながらも、戦った。
俺は、それを、分かっていながら、助けられなかった、約束を守れなかった。
「もういい……もう、いいんだ」
涙を堪えながら、俺は薄れゆく幼い意識へ向けて言った。
「よく頑張った」と。
作戦は成功した。しかし、表情は晴れないまま俺は旅館への帰路についた。
3巻の始めが2年前とか嘘だと言ってよバーニィ
今回で福音戦は終わり、次回は束さんと鋼夜達による伏線回収回です