誰も助けてくれない -Can you hear me?- 作:麒麟犬
今でもあの時のことは鮮明にに思い出すことはできるはずなのに、なぜ忘れてしまっているのだろうか。あれだけのことをしてしまったのだから無意識に記憶に蓋をしているのかどうかなのかも定かじゃない。
ただ、行ってきますといえば「行ってらっしゃい」と、ただいまといえば「おかえり」と言ってくれる温かさ。それを感じられるのが久々で無くしたくないと思える。ベタで当たり障りもない理由なのかもしれないが、それでもかまわない。
だからあいつへの返答もどうなのかは、もう既に決まっている。
――――――
ワシントンD.C内には政府の役人たちの力を借りずに強く生きようとする人達がいる。それはグリフィンの管理地区外の人達も同じではあるが、自分達で防衛の術を考え、物資を調達し、施設内の設備をよい物へ変えようとしていく。グリフィンとは違う方法で、立場で人々に手を差し伸べていく人達がいるのは、かつてグランドに属していたローガンもよく知っている。その成果が他ではあまり見ないUAVやドローンである。だがあれは性格の悪い元貴族の司令官がスポンサーだったからっていう癪に障る事実があったからだ。
その民生施設の一つが以前停電し明かりだけでなく電源に接続している機器が完全にダウンし騒然となっていた時期があったのだが最近復旧したのだという。それだけならまだただの変哲もない報告だ。45が掴んだ獲物の尻尾はそこからだ。
その施設に運び込まれる物資に他にはない物が混ざっている。例えば、戦術人形に使われる関節オイル。グリフィンにいる人形や404小隊の45達、そして鉄血のイントゥルーダーのようなハイエンドモデルを筆頭とした連中にも三か月に一回程度、定期的に給油管を通じ補給をしなければならないものの一つだ。関節オイルを使用するのは戦術人形の者達のみ。発電機の燃料として使うことはできない為、人形やロボットを持たない彼らが代用として他に使えるだけの用途はないといえる。それなのに、なぜ運び込まれているのか。
あくまでこれに鉄血が絡んでいるというのは45、彼女の勘だ。電子の海の、電脳世界にないだけでその民生施設に関節オイルを必要とするロボットがいるのかもしれない。それでも入手ルートを簡単に確保することが出来ない物資を運び入れられているそこを疑わずにはいられない。
数十分前に45が話した自身の考察を頭の中で反芻しつつ、入手した位置を双眼鏡で見てみる。一見すれば不要になったコンテナで防衛壁を築き、そこに銃を持った民間人達が見張りを行っていた。
「G11、目標の方だがそっちからはどう見える?俺からすれば黒に近いグレーだと思うんだが」
「う~ん……夜間の作業とかもしてたりするけど、全部手作業だね。それに人間以外見当たらない」
やはり、とG11と共にローガンも思った。彼女の言う通り、たしかに地上で仕事をしている民間人達はすべて自分の手で行っている。それに作業用のロボットも人間以外いない。
「となればやることは一つ……準備はどうだ?」
『あともう少しだよ。それと、そろそろ予想ルートに最後の物資回収班が通ると思うんだけど416、そっちは?』
『ええ、今しがたルート上に物資を落とさせて確認したわ。45の言う通り、関節オイルがあるわね。それも大量によ』
45と9は内部への潜入の為の準備、416は事実確認の為最後の巡回を終えてオイルを運んでいた軍用トラックを襲撃・無殺生で確認したところあったのだった。
上っていた建物の屋上から二人で一緒に降りたローガンは駆け足で416の元に向かう。G11は45達との行動の為別れた。言われたところに向かうと、彼女は少々本道からでは見つけにくい細道にトラックを移動させていた。近寄ったローガンに彼女は荷台から一丁の銃器を放り投げた。受け取って見てみると、バレルからストックまでカーキ色の銃身に大きなドラム型の弾倉、取り付けられているホロサイト以外の色が統一されているM32グレネードランチャーだった。
「たまには、派手に暴れたいでしょ?」
「兵士とか以前に男としてもそれは素直に思うよ」
ウィンクする416からグレネード弾も受け取り装填、セーフティをかけて背中に背負う。それからローガンは顔半分を覆うスカルマスクで口元を覆った。
作戦ブリーフィングを45から受けた後に、ローガンはグリフィンとの通信ができないようにするために無線機を調整されたのだが、そのついでのように404小隊からの贈り物ということでスカルマスクをもらったのである。そのマスク自体はM4の持っているのとあまり変わらないように見えるのだが、明らかに手描きによるものだということが窺えるものだった。ぷいっと顔を背ける45にその時のローガンは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「さて、こっちの準備は済んだわ9。45のターミナルへの侵入は済んだ?」
『うん、そのようだよ。あとはそっちが指定されたポイントに向かってくれればいつでもいけるよ』
コンテナによる防衛壁を伝っていくと、施設外周のとある一角に銃器のようでそうではない、発射口にフックが取り付けられている機器が置いてある。上を見上げれば先に上ったであろうG11が手を振っていた。
「フックショットなんてよくあったな」
『ん、さっき9が置いていった』
『ここに来る前にちょっとね。アメリカ兵士からちょろまかしたんだ』
「いつからお前、そこまで手癖悪くなったんだよ」
416がこちらの腰に両手を回したところでローガンはフックショットをコンテナ上部に発射。バシュンッ!とフックが飛んでいき、安全に引っかかったことを示すランプが赤から緑色に変わったことで巻き上げが作動。二人でコンテナ防壁の上について一望できる位置についてみると、中はとても広く住居スペースや農畜スペースなどと分かりやすく区切られている。特筆すべきものが、訓練エリアだろう。グリフィンの訓練場に負けておらず、全面砂と土ではあるが射撃の的となるターゲットも揃えられておりよっぽどの内容の演習を求めなければ文句ないものだった。
「配置についたわ、45」
『了解。あとはローガン、そっちの端末でいつでもできるわよ』
ローガンが自分の端末を操作してみると、先程まではなかったメニューが追加されている。だがご丁寧に『ブラックアウト』と分かりやすくなっているため特に困ることはなかった。
「そんじゃ始めよう、404小隊」
『了解』
各応答を聞いたローガンは停電ボタンをタッチした途端、目前に広がる施設の電源が全て落ちて全体に闇が満ちる。内部で見回りをしていた民間人が慌てた様子で状況確認などを始めた。
『停電したけど監視カメラの方は無事。非常電源で作動しているわ、操作はこっちのものだけど』
「オーケー。そんじゃこっちは行動開始する。G11は敵のスポット、416は俺とだ」
「うん、わかった」
「ええ、行きましょう」
段々となっているコンテナを降りていき、目の前の農畜の倉庫から調査を開始。
45が内部のカメラを操作し不審な動きがないかを監視、その間無防備になっている彼女を9が防衛。G11が施設全体の敵の動きを見て内部で直接探索を行うローガンと416に知らせることになっている。自分達が探すのは鉄血に繋がるものの証拠の確保、ならびにその追跡である。そう、ローガン達の最終的な狙いはこのワシントンD.C内に潜んでいるかもしれないイントゥルーダーの排除だった。
ローガンがイントゥルーダーからの間接的な置き土産をもらう前に、彼女は自分の役割を『後方支援』と言っていた。実行は誰かに任せて自分はその誰かを援護したことになるが、それだけではこのワシントンD.C内にいることの証明にはならない。だが一つ、彼女はローガンに自分はここにいることを証明することにもなる行動をしていた。
イントゥルーダーを映した画面の電源が落ちる直前、『鍵』と呼んでいたUSBメモリーをちらつかせていたのである。そして最後の台詞の『私の元にまで来てみなさい』。これでイントゥルーダーがアメリカの首都に潜伏してることが考えられる。
そしてもう一つ。もしここの民間人が鉄血と繋がっているのだとしたら、それはローガンとしても腸が煮えくり返るような経験の繰り返しである。以前潜入したとある地域の民兵達のように最後には利用されて捨てられ皆殺しにされてしまうかもしれない。これもイントゥルーダーがローガンにわかるようにわざと残してる痕跡であることも考えられるが、ここの施設の者達はあの民兵達のように自分達の仲間を殺していない。ならば過ちを犯す前に食い止めることもできるはずだ。
もちろん、ここまででも可能性の話だ。彼女が遠く離れたところから自分に接触したことも十分に考えられる。しかし少なくともここで動けば実行犯である鉄血兵を逃さないで済むことは確かだ。
このことを聞いた404小隊は不確実なことなので渋るかとローガンは思っていたのだが、予想に反してやる気を出し始めたため拍子抜けであった。
「室内はクリア。特に怪しい物もなし」
「よし、次だ」
そして現在、農畜、装備、器具などの倉庫を順々に探索していって先に突入した416の報告を聞いたローガンは端末を操作し展開されている地図にマークを入れる。この地図は45とリンクしているため、彼女達への情報の伝達が早い。
『気を付けて、行く先の広場に人影が三つ。なんかわからないけど装置の前で作業をしている』
『まずいわね、そこは施設全体の電力装置よ。復旧作業が終わったら一気にやりにくくなるわ』
「ならやることは決まったな」
G11のスポット、そして監視カメラを使って詳しく何をしているのかを報告する45のおかげでこの後の行動が決まる。
件の三人を確認しローガンは416にハンドサインでわざと物音を立てるように指示。頷いた彼女は近くの木造の建築物の壁を叩いて物音を出した。次第に大きくなってきた足音が二人分であることを確認した416は叩いた建物の屋根に上る。そして一人を飛び降りた勢いのまま気絶させると同時に、ローガンも動いてもう一人をCQCで壁に投げつけ眠らせた。その物音で作業で残っていた最後の一人も近づいてきたところを首を絞めて中断してもらった。
「G11、他に人影は?」
『ん、問題なし。近くにもう誰もいないよ』
『ついでに言うと全体的にも気が付かれてないわね。カメラでも確認できるわ』
彼らを近くの無人の建物に押し込め、再び作戦続行。くまなく探索をしていく。しかし例の関節オイルなど、戦術人形のメンテナンスに必要な物資が備品の倉庫にある以外に特にこれといったものが見つかることがなかった。
「何も見つからないわね……当てが外れたのかしら」
『どうする?なにもここにないんじゃこれ以上は……』
「……いや、そうでもないさ」
『ローガン?』
以前のことを思い出す。停戦を取り消すとイントゥルーダーが言ったあの直後、大量の鉄血兵がどこから出てきたのかが目に浮かんでくる。撤退するために回収班までの元へと走っていた時にダメ押しとばかりに自分の見える範囲でマンホールが三度外され蟲のように出てきた。しかしこの周辺は地面が砂と土による地域だ。アスファルトの下に下水道がある地区ではない。
「なあ、お前ら。もしここの連中が鉄血に繋がってたとしたらどうやって奴らに関節オイルを運んでいると思う?」
『それは陸路による運送になるんじゃ?』
「その通りだ。だけど中身が詰まったドラム缶のあれを人が手で運ぶには手間がかかり過ぎだ。となると、乗り物に頼る必要があるよな?」
ローガンは近くにいる416に笑いかけた。
「行くぞ、416。ここのトラックだ。片っ端から調べてやろう」
――――――
「なんでここを調べることが思いつかなかったのかしら……」
「まあ俺も最終的には……てな感じでしかなかったから誰も悪くねえよ」
運転席を調べてみれば案の定、メモ書きのような地図があった。位置はワシントンD.Cの住宅街を赤のバツ印で示しており、メモ書きの端には近くには『重要!』といったような注意書きがある。
「45、プラン変更だ」
『そうね。近くまでさっき416が停めたトラックで向かえる?』
「少し遠回りにはなるがいけないことはなさそうだ。G11、そのトラックは誰かに持ってかれてたりするか?」
『ううん、大丈夫。誰にも触れられてないよ』
「んじゃ俺達はそっちに戻る。少し本道に寄せといてくれ」
『9、たしかさっきバイクを鹵獲してなかった?』
『うん。押さえ切れなくなった緊急時の為に二台ね~』
『なら大丈夫ね。私達も向かうから現地で集合しましょう、ローガン』
「了解」
通信を終え、メモ書きの地図を手に侵入したのと同じ経路で施設内部から脱出、さきにG11が垂らしていたロープで防壁を降りて戻ると道端に移動させてあるトラックの助手席でG11が待っていた。
「ここはあんたが運転するものじゃないの……?」
「やだよ……眠いし事故ったらやだもん……」
「……相変わらずだな、お前」
「それにこうすればローガンに膝枕で寝れるもん……着いたら起こして……」
「やれやれ……」
最初はローガンが運転しようと思ったのだが、気を利かせて416が運転席に乗り込んだ。そうなると、ローガンは二人に挟まれた位置に入りG11の枕となるのである。コテンッと猫のように丸くなった彼女はほんの数秒で寝息を立て始める。仕方ないのでメモ書きを渡して運転を416に任せ、頭を撫でながら束の間の休息に体を休めた。
「それにしても、お前達なにもかわってないな」
「それって良い意味で?それとも悪い意味?」
「どっちもって言った方がいいか?こうしている時もそうだけど、さっきの探索の時もそうさ。9の援護による45の支援、狙撃と観測をして知らせるG11、そんでお手本の様なクリアリングをするお前」
「もちろんよ、私は完璧なんだから」
昔であれば無表情でそういうだけだったが、今隣に彼女は胸を張り得意げな顔になっている。取っ付きやすくなったこれに関しては良い方向の変化なのだろう。
「あなたはどうなの?」
「俺は……どうかな。あの時と比べれば技術的な面であれば成長しているとは思うけど、精神面は……」
「人間は歳を食えば考えが多少変わるわ。私達に見た目の変化はないけど、精神的に変化は起こす。それならあなたもかわってるわよ」
「そういうもんか……」
歳月人を待たず、ということわざがある。意味は年月は人の都合を一切待たずに過ぎていくものなので一時でも大切にしろというものだ。そこから考えると、自分は時間というものに対して無頓着かつ臆病だったと思う。作戦開始時間とかそういうものではなく、これまでは過去の柵から振り返るのが怖くなってたからだ。それでも、前よりは幾分は楽になってはいる。
「まあグリフィンに来てからは、良い意味で変われたかな……」
「……グリフィンで?」
「まあ、色々とあったんだが……ちょっと長くなるけど聞くか?」
「ある程度かいつまんで頂戴」
一ヵ月ほど前までの、自分がグリフィンに来るまでのことを話した。グランドでの作戦のこと、AR小隊、ハンター、そしてその時まで相棒だった男。時間としてはさして長くはないが、416は時折相槌をうち、基本は黙ってローガンの話を聞いていた。
「……そう、そんなことがあったのね。私達も楽ではない道を通ってきたけど、あなたが通ってきたのも茨どころか先の見通しがつかない茂みを歩いてたという事よね」
「まあ、そうかもしれないな。それに、こんな時代じゃ誰かが死ぬのを飽きるまで見させられる。それじゃいつの日か誰かを殺すのにも何の躊躇いもなくなってしまいそうだ」
「それで、あなたはあいつと会ったという事?」
「あのままグランドにいたんじゃ、色々と危うかったしな。精神的にも大分参ってたよ。んな時にハリーに、グリフィンに保護されてグランドからは完全に足を洗ったよ」
「……あなたとって、あいつはどんな奴?」
「昔のことを知らない俺の意見じゃ、お前らからすれば不快かもしれないがそれでもいいか?」
横目で416の方を見てみると彼女はこちらに視線を向けた後、すぐに前方に戻して頷いた。
「……昼間から茶番を見せつける、色々と腹黒いわけだから人の重要書類を燃やそうとする、わりとひどい無茶ぶりをする、酒癖も悪いとかもあるよ」
でも、と続ける。
「あんなになってた俺にとことん付き合ってくれたんだ。だから、今のあいつが努力も何もしないってことはないと思う」
「……もしかしたら、そう思わせるためのブラフなのかもしれないのよ?」
「それでもだよ。あいつが悪人であるなら、俺があいつらを助けに行く際に支援を惜しまないことを間接的に約束することはなかっただろうさ。もしそうだとしても最終的には引きずってでもグランドに返さずグリフィンの基地に連れ帰っただろうしな。だからあいつのことは信じれるよ」
「よくそんなことが恥ずかしげもなく言えるわね。羞恥心というのが備わってないのかしら」
「恥ずかしいに決まってんだろ、言わせるな恥ずかしい」
ピシャリと言い返されたことに416は笑い、顔を少し赤くしたローガンを見てさらに笑った。
「あなたがそんなこと言うのなら、私は信じれるわ。あいつのことは嫌いだけど」
「さいでか」
「でも勘違いしないで。私が信じるのはあいつを信じてるあなたよ」
それに、と416は続ける。
「45にとって、あいつは指揮官の形見のような存在。そんな大切に思ってたものに裏切られたのだからちょっとやそっとじゃ揺るがないわよ」
「なんで俺があいつらの喧嘩の仲介人をやるようになってんだよ」
「あなたも薄々は気付いてるんじゃない?通信機をグリフィンと連絡できなくされたときに」
「……なにかあったんじゃとは思ったけど、やっぱりそうだったのか」
「簡単に言えば、昔のことを根に持った腹いせよ。まあ半分はそうでももう半分は違うだろうけど」
「……どういう意味だよ」
さあね、と416はすまし顔でトラックを駐車する。気付けば目的地に到着しており、既にバイクから下りて偵察を済ませたらしい45と9がこちらに手を振っていた。
メモに従って到着したところはワシントンD.Cの中でも荒れ具合はまだトラックが運転できる道が残っている程度に軽微であり、地面の陥没がないと言える。首都の住宅街ということで高級なものとなっているようで建物の損害も道路と同じようにほとんどない。ただし、ここが鉄血に巣食われていること影響しているせいか人の気配がなかった。
まだ寝ていたいと愚図るG11を起こし、ローガンは一旦下ろしていたバジャーとグレネードランチャーを持ってトラックから下りた。
「準備は?」
「もう済んでるわ。目標は廃校となっている建物。ローガンは私と9と一緒に敵地を襲撃、416はG11と外から援護と監視よ」
投げ渡されたナイトビジョンゴーグルを受けとりそれをニット帽越しに頭に取り付ける。まだ発砲はしていないが改めてバジャーの弾倉と内部の点検、グレネードランチャーとP226も済ませたローガンに9はトトトッと近づいた。
「ねえローガン、私達と本当の家族にならないの?」
「『お前も家族だ』だとかぬかしてファミパンかましたことがある奴が今更何言ってんだ」
「それについては謝ったじゃん。あの時は相互利益の為じゃなく45姉を一方的に利用していたと思ってんだよ~」
「どうだかな」
頬を膨らませる9にローガンは笑いながら頭を撫で、バジャーのチャージハンドルをガシャリッと引いた。無論、あの時顔面に食らわされたパンチは痛かった為忘れてはいないがいつまでもそのことで寝に持っているわけではない。あくまで思い出として記憶しているだけだ。
「……ねえ、ローガン。45姉は私よりもっとローガンに来て欲しいと思うんだ」
今45は416とG11とは別行動になる為、別れる前にここまでで得た情報を共有している。それに隠れてひそひそ声のような、声量を大分落としたささやき声でローガンに9は話す。
「たぶん、45姉は今でも404以外の誰かも信じれるようにもなりたいんだと思うの。普通の、グリフィンの人形達みたいに」
「ハリーの父親みたいな人を、か?でもそれは……」
「うん、そんな人はいない。似たような人格の人はいても、全く同じ人は絶対いないよ。それは45姉もわかってる筈」
ローガンが現地入りした際にはに曇ってた空の雲は消え、瞬くような無数の星が光っている。そこに9は祈るように、そして本当に欲しいと渇望しているようにして夜空に手を伸ばし『でもね』と続ける。
「願わずにはいられないんだよ。私達は影の存在、人形達の間での都市伝説でしかない。そのようになっているのは404としていいことなんだろうけど、私自身はそう思わない。だって指揮官といたあの基地での居心地はよかったんだもん」
404小隊としての人形の自分と、グリフィンの人形としての自分。その二極のどちらがいいのかというと後者だとUMP9という戦術人形は言う。安心できずいつ死んでもおかしくない戦場と温かい食事と寝床がある基地。仕事を終えたローガンでも帰るのなら絶対後者だ、それ以外にありえない。ローガンも自分が殺されようとしているのであればその前にその敵を躊躇なく撃つ、そう即答できる。それと同じようなものだ。
「だからさ、45姉はローガンに縋りたいんだよ。せめてあの指揮官のように信頼に足るだけでもいいから人間と、普通の人形のように生きたいんだ」
「404小隊ではない誰かを信じ、普通の人形のように、か……」
「うん。昔の私も45姉もこんなことを考えなかったよ。あそこで、グリフィンにいて考え方が変わった。それはあの子と喧嘩別れになった今でも変わらないよ」
掲げていた片手をおろし、9はローガンに身を寄せる。その行為自体に特別な意味はないだろうが、彼女自身も誰かを必要としているかのようだった。
「だから……お願いだよ、ローガン。45姉を助けて。きっと今でもあの子と喧嘩したことを後悔してる」
当時のグリフィン所属の人形達、AR小隊や404小隊も相当精神的に追い込まれていたに違いない。AR小隊の彼女達は危機に間に合わず彼の死に立ち会い涙を流した。404小隊も指揮官の死を知り、涙しつつも息子であるハリーに期待した。しかし思ってた結果は得られず、彼もまた父親の死に追い込まれていたであろうハリーを糾弾した。それを後に冷静になった彼女達はどう思ったのかはローガンにはわからない。
45達と初めて会ったあの頃、彼女達の戦っている様は戦術人形ではなく荒ぶる肉食動物のようであった。銃を撃って戦いはするものの、空になった弾倉をリロードするのではなくわざわざ走り寄ってナイフや拳で殺していた。彼女達の事情に首を突っ込むべきではない、そう判断して訳を当時聞かなかったのだが誰かの死に、信頼していた誰かを失ったことを嘆いていたのであればわからなくはない。
なぜなら―――。
「……9、45を、皆を呼んでくれ」
もしこのまま鉄血の元に行って自分がやられたとしたら、後になって生き残った彼女達に何の意味も残せないだろう。
――――――
「とりあえずさ、お前ら休んだらどうだよ。ちと雑談もしてさ」
素っ頓狂なことを言い始めたローガンに45やG11、416も『はあ?』といった顔になる。当たり前である。今回の目的はイントゥルーダーの追跡、あわよくば撃退である。せめて彼女がいなかったとしても実行犯の鉄血を捕えることを目標としている。要は時間との勝負だ。それを一番承知している筈の当人が突然『まったりと休め』と言われたらそんな反応になる。
「なに馬鹿なことを言ってるのよ。今回の鉄血のポンコツを潰すことに一番こだわってるのはあなたじゃない」
「ついに頭がおかしくなっちゃった……?」
「いやいやまさか。天下の『狼王ロボ』様がそんなはずないでしょ、仮にも単独でここに誰にも気づかれずに潜りこんで見せたのよ。そんな人が頭の中がくるくるパーになる筈はないでしょ、ねえ?」
……416の最後の煽りに若干イラァとしたのはここだけの秘密である。
「まーまー、とりあえずここまで来ればデカい動きがあれば嫌でも伝わってくるだろ。俺やG11はともかく、三人は少し休息を入れたらどうだ」
「え、私まだ寝れるから休憩必要だよ?むしろ今すぐにでも寝てしまうぐらいだから必要なんだけど」
「さっきトラックで涎垂らして俺のズボン濡らしてたんだからお前に反論権はない」
「……ぐすん」
「寝ては駄目だけど、話を聞くだけだから起きてろよ」
G11がすとんと腰を下ろし、9もローガンの隣で座るが残りの二人は違う。45は訝しそうにローガンを見ており、新しいおもちゃがもらえたような顔をしている416はニヤニヤしている。
「とは言っても、俺が少し話をするだけだからお前らは聞いてるだけでいい」
バジャーの内蔵サイレンサーを左手で掴み、ストックを地面につけて自分も瓦礫を椅子にして座る。ふーっと溜息を吐いて未だに腰を落ち着けない二人を無視して話を始めた。
話の内容としてはなんてことのない、一人の男の話だ。生まれは忘れたが幼少期に両親を亡くし、十代前半になってからは少年兵としてナイフのみを持って走り回った日々から話は始まる。鉄血や人を平気で殺す同じ人間の悪党を殺しまわっていくが死なずに生き残ってしまい、二十代半ばにまで歳の数値は増えていった。
本題としてはそれからだ。夏に入ってからの偵察任務で人形達の小隊に出会った。彼女達と出会ってその翌日、その人形達の迎えに来たヘリが鉄血によって落とされたため男は相棒と共に救出に向かった。その作戦の結果としては成功、人形達は一人も欠けることなく終わらせることが出来たのである。ただし、その男の相棒は帰ってこなくなった。それで男は過去のトラウマも合わさって悲しみに暮れて荒れてしまい、後々に保護という形で移送してくれた組織で彼は問題を起こしてしまう。それは、自分に手を差し伸べてくれた人形を払ってしまったことである。その人形と喧嘩してしまった彼はそのことも合わさって睡眠不良・食欲不振に陥ってしまう。
自室に引きこもって陽の光に怯える毎日。そんなある日、組織の指導者はこう言った。『死にたいのなら死ねばいい。結局は自分の命なんだから使い方と終わらせ方は自由だ。ただし、それで自分を生かしてくれた人達の意味を無かったことにしてもいいならね』。結局は自殺をするなら構わないからやっていいよというものだ。だがその男の幼少期を生かしてくれた両親、戦い方ではなく生き方と言って教えて親身になってくれた教官、そして歴代の相棒達による自分への命のリレー。全てなかったことに、意味がない、無駄なことにすることはできないと男はそう叫んだ。指導者は『ならやるべきことはわかってるだろ?』と言ってその場から去った。
「そこからは男は喧嘩していた人形との仲直りを終えて、誰かの為にも、元の生活に戻るように戦い始めるのでした。ちゃんちゃん」
気付けば45も416も真剣な顔をして黙って聞いていた。G11は俯いてはいたものの眠りに落ちているのではなく、話の中であった指導者の台詞を反芻していたようだった。9は静かに涙を流してローガンの上着の袖を握っていた。
「なんでこんな話をしたのか分かるか、45?」
立ち上がり45の顔を見る。彼女は信じられないものを見ているような表情を浮かべていた。
「たしかにお前が過去に対して抱えている後悔と憤怒はごもっともだよ。でもそれをいつまでもそのままにしていいわけではないんだよ」
「……何を言いたいの」
震えるような、それでもなんとか絞り出したような声を漏らすローガンははっきりと告げた。
「ハリーともう一度話せよ。それも今度はちゃんと面を合わせてな」
「ふざけないで!」
ガンッという鈍い音が辺りに響く。45が気付くと、自分は戦術人形としての腕力を発揮した拳をローガンに放っていたがそれをローガンは片手で受け止めていた。
「なにをふざけるなだよ。ていうかそれは俺の台詞だ。色々と理由を並べてはいるけど、結局は俺をお前らの喧嘩に巻き込んだんじゃねえか」
握った拳を横に払われた45は数歩後退し呆然としたがギリリッと歯を食いしばると顔を上げて叫んだ。
「あなたが、あんたなんかが私達を知った気になってんじゃないわよ!裏の世界にいることが私達よりも短いあんたが神様を気取るなんて大間違いに決まってんでしょうが!!」
「……たしかにそうだな」
「それにもう一度顔を合わせて話せって?できるわけないでしょ!私はあんなロクでなしを捨てたんだから!」
「なんでだよ。お前はあいつの何が気に入らなかったんだ?」
「全てよ全て!普段の生活態度が几帳面でしっかりしていすぎてうるさいところとか!決められた休憩時間よりも長く休んでたら注意してくるところとか!仕事をやっている時は誰かにちょっかいを出されても怒らないところとか……!」
「それで、他には?」
「私が教えた情報収集を卒なくこなして見せたところとか、辛いことがあっても顔に出さないようにしているところとか、慣れないことでも徐々にできるように努力をしているところとか……」
止まらない。彼女の吐き出すハリーへの不満点は止まることを知らない。やがて―――
「趣味にしているスポーツがテニスだとか……考え始めた時に無意識にする癖とか……笑った時の顔が指揮官に似ていて……!」
―――涙と共に、ハリーを先代指揮官と重ねてしまっていた自分の過ちを口にし始める。まるで、自分で自分にナイフを突き立てるかのように。
「あの人の息子だから当たり前なのに、おかしくないのに……みんな、みんな……指揮官と比べてしまっていて……私は……!」
「……もういい、45」
路頭に迷った幼子のように泣き始めた45の肩に両手を伸せると、彼女はよろけてローガンの方へと額を彼の胸元へと当てる。そして手をローガンの背中に片手を、もう片方はベストの端を掴んだ。ローガンの方も頭を片手で撫でてやりながら背中に手を回す。彼女の体は思ったよりも華奢でか細かった。
「お前も気付いてたんだろ、自分がハリーに八つ当たりしてしまってたんだって。だったら答えは簡単だ。これまでのことをちゃんと謝ってしまおう」
「でも……でも……私はもっと酷いことを言ってしまってて……あいつが許してくれるわけ……!」
「なら俺も謝ってやるさ。誰にだって過ちはあるもんだ。人ってのはそういうのをやってしまっても、やられてしまってもそういうのを積み重ねて大きくなっていくもんだ」
「ローガン……!」
「心配するな。今のお前は俺とは違って一人じゃないだろ」
彼女が泣きながらも周りを見渡せば、長年共に戦ってきた友人たちがいる。彼女達は涙を流しながらも笑みを浮かべ、やれやれと呆れているようでもなく肩を竦め、無表情ではあるが意思を感じさせる瞳を有しながらもローガンの台詞に頷いた。それを見た彼女はさらに悲しみによるものではない涙を流す。
「ごめん、なさい……ローガン、ごめんなさい……!」
「今はそれでいい。少しずつ、撒いてしまった種を回収してしまおう、な?」
「うん……うん……!」
それからも彼女は、45はしばらく泣き続けた。小隊のリーダーとして流せなかった分だけでなく、自分が積み重ねてしまっていたものによる重みからようやく軽くなれたことで痛みから逃れられた子供のように。
どうも私は展開を急ぎすぎる傾向があります。本来ならこの展開は早くても次回のつもりだったのですが、メモ書きで『この話数では~や~』みたいな感じで決めてるんですが後になって『……あれ、これいらないんじゃねえのか』といった感じに添削していき、結局は前倒しのような形に。うん、じっくりとやっていくのは私には向いてません。申し訳ないです。
さて今回は45に焦点を当てております。いや、物語の中で彼女だけが抱えているんじゃなく、404全員が共通して思うところがある物だとは思います。ですが416と9は後になってから冷静に考えて『~ってことだよな』っていう風に割り切っていますし、そうとれるようにしたつもりです。ですがまあそれをリーダーの45に気付いているだろうということで話していなかったのですが……ハハハ、自分でもタチ悪いなと思います。原作のキャラを擁護するために言っておきます、彼女達はここまで性格悪くないですから。深層映写のストーリーとか彼女達が関わっている動画を見てくりー(ネタバレ注意)
とりあえず今回はこの辺で。
ではでは―――
『ファミパン人形』