誰も助けてくれない -Can you hear me?-   作:麒麟犬

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改めて歴史を振り返ってみたらソ連は他国に割とエグイ事やってたんだなぁ……


23.ファミリー・エルフ -Don`t bother alone-

猪突猛進とは言わずとも、それに近い物理的な勢いと気迫で自身が定めた目的地にまで駈け出そうとしたスオミを止めたのが一時間ほど前。

落ち着かせた彼女をグローザと共にラボの修復室から食堂に移動し、空いているテーブルの席に座らせる現在に至るまでの行いを振り返って一言で表すとしたら『苦労した』しか思いつかない。

昼休みの時間がもうあともう少しという時間帯になって落ち着けるようになったわけだが、今から昼食を取るようであれば間に合わないことは誰かに言われなくてもわかっている。なので空腹を訴えてくる胃袋には我慢してもらうことにした。それでも一応飲み物だけでもと思い、ローガンは紅茶を三つ注文した。

 

「すいません、お二人とも。私がもっと早く落ち着いていれば手間を掛けさせてしまうことはありませんでした。特にローガンさん、昼食をとらなくて本当にいいんですか?」

「大丈夫だって。一食ぐらい抜いたって人間は死ぬことはないし、我慢さえすれば一日何も食わずにいたって問題ないんだしな。この後戻ったら作業しながらしこたまコーヒー飲んで紛らわすさ」

「カフェイン過剰摂取で自殺を志願しているのあなた?ならエナジードリンクを飲んだらいいわよ、あれは一缶にコーヒーの五倍以上のカフェインが入っているんだから量をあまり飲まずに済むわ」

「そんなアホみたいなことを望んでないし、炭酸は空きっ腹にきついから勘弁してくれ」

 

冗談か本気だかわからないグローザの台詞にローガンは難色を示しながらも時間を改めて確認。急ぎの用件は特にないし、大型バイクの返却は当人が来てからでいいし、高速道路ゲートに当たっての後始末がまだ残っているが、それも結局は簡単な報告書を作成すればいいだけなので手間も特にかからない。先日までスオミの方に流されていた事務処理が内容も量のどちらも面倒だったから、というのもあるが。

他にやろうと考えていることはないわけではない。暇を出されたとはいえ、射撃訓練などで感覚を鈍らせないようにしたいとも思う。

まあそれでもやっぱり急いでやるわけではないしなぁ……と運ばれてきた紅茶に口をつけつつボンヤリと考えていた。

 

「コーヒーが好きな人からして、紅茶ってどう映る?」

 

落ち着かせたスオミに話題を振るとしたらなにがいいか、とシフトしていたところでグローザがそう話を振られたので、斜め向かいに座っている彼女の方を見た。その目はまだ付き合いの浅い、仲があまりよろしくない知り合い程度にしかなっていないローガンでもわかるほど『空気を読め』と訴えていた。

読むも何も、少々困っていたし話題としても触れ易いとも思えたのでそれに甘えることにする。とりあえず持ち上げていたカップをコースターに戻した。

 

「ん~……まあ、上品な飲み物だなとは思うな。美味く淹れるなら手間かかったりするけど、それはコーヒーも同じだしな。お前は?」

「大体同じ認識ね。私がどちらかを飲むのであれば紅茶だけど、たまに苦いのが飲みたくなったりするから少し砂糖を入れて飲むわ」

「ケーキとかスイーツを食うのであれば?」

「……紅茶ね。コーヒーだと後味が全部打ち消されて何を食べたのか分からなくなるし」

 

紅茶かコーヒーのどちらを選ぶのかというタイミングで、ローガンは目配せでグローザが持っていた手荷物からスオミの方にスライドさせると、そこでグローザも思い出したように手を入れて目的のものを引っ張り出すと包んでいる小さい紙の包みと一緒に横に座っている友人の目の前に置いた。

 

「とりあえず、はい。ここにいる人形達から聞いたけど、この近辺でおいしいお菓子はN01のケーキ店のだって聞いたの。お詫びのつもりも兼ねて食べて」

「いいのですか、グローザさん?あそこで売られているのは割と高値だって聞いたんですけど……」

「いいわよ、別に。ここに来てから私に良くしてくれているのだし、そのお礼の意味もあるのよ」

「それじゃあ、いただきます……!」

 

グローザの微笑む姿など、ローガンからだとほとんど目にしたことがない物を見た。先日バルソクに対しての指南の時と今の違いといえば、相手に対しての接し方だろうか。

人間でも相手によっては態度が変わってしまったりする。それを察せられてしまっては失礼になってしまうが、第一印象やそれまでの交流などから壁を厚くしたり崩したりしている。ローガンでも、AR15には自然体で接することが出来ても、45であればどこかでからかわれると考えて身構えてしまってたりしているのだ。決して45が苦手というわけではないが、どこかできっかけがあれば切り込んでくる彼女の相手をすることになるので落ち着かない。とはいっても、あれはあれで45からのコミュニケーションだから気を本当に悪くしているわけではないので勘違いしてはいけない。それを踏まえてみても、ローガンにとって彼女達は『友人』という認識である。

どこか半歩引いたようにしているグローザの様子にどこか遠慮しているような雰囲気を感じる。なぜ、そうしているのかがわからない。

そう考えながらローガンはグローザと共にスオミが満面の笑みで菓子を食べ終わるまで待っていた。

 

「……そういえば、ローガンさんから先日頂いた鯖の味噌煮のお返しをしていませんでした」

「あ~……まああれは別に気にしなくていいさ。今度別の機会でいいから。それもらったら殴られそうだしな」

 

スオミの横にいる人形から殺気に似た皮膚を指すオーラにローガンは浮かべた表情と口元がひくついたが、こちらの言動に小首を傾げた彼女に気付かれることはなかったらしい。スオミは百点満点の笑顔で食べ進めていき、紅茶を飲んで一息ついた。

 

「ごちそうさまでした。美味しかったですよ、グローザさんありがとうございます!」

「どういたしまして。かかったお金は安くはなかったけど、喜んでくれて何よりだわ」

(あ、やっべぇ……なんかすっげぇ気まずいしやりにくくなった……)

 

ローガンは自身の中で湧いていた疑問点を切り出すタイミングを見失ってしまった。それも最も最悪な方向で。

仲が良いという点に別に口を挟むような野暮なことはしないどころかそうであって欲しいとは素直に思う。だが自分の中で生まれていた棘を二人、というよりもスオミに取り除いて欲しいというにはあまりにも頼みづらい。

鉄血を相手にする時は遠慮する必要がないので策を講じやすかったが、今回は味方がそうだ。ある程度までは気遣ってやらなければならない。

どうしようかと考えていた時だった。

 

「その……ローガンさんも聞いて欲しいんですけど、グローザさんに告白しておきたいことがあるんです」

 

自分を除いてグローザと談笑していたスオミがそう切り出してきたのである。少々陰を落とした雰囲気になった彼女にローガンは空になった紅茶のカップを置いて話を聞く体勢になった。

 

「今は他の人形の方々から見て大分克服できたみたいですし私にもその自覚があります。でもやっぱり完全にはできていません。心がけてもう二十年は経つというのに、まだこうして悩めているだけいいのかもしれませんが私は自分が情けなくなります」

「話の流れからしてあなたの苦手な物ってことよね。私が以前にいた別支部の基地でもあなたと同じ名前の『スオミ』というSMGの人形はいたわ。メンタルモデルからして全くの別人だけどね。その彼女から直接ではないけど、伝手で聞いたことはあるわ。あなたの苦手なのはやっぱり……」

「はい、私はソ連時代から生まれている銃を持つ戦術人形が苦手なんです。それも周囲から『超』と形容される程の」

 

知ってはいたが、やはり直接言葉にされると来るものがあるのだろう。グローザは体を強張らせていた。ロシア生まれの相手にとって衝撃的に感じる、隠してきた思いを打ち明けながら謝意を浮かべるスオミと、自分自身がやったことでなくても後ろめたさを感じているグローザ。それらを見たローガンでも二人の様子には無理もないと思った。

ローガンも学んだ歴史によれば、KP-31(スオミ)が生まれた国であるフィンランドと、『ロシア連邦』と名前が改まった後にOTs-14(グローザ)を製造したソ連には戦争時代の因縁がある。掻い摘んで説明すると、第二次世界大戦が始まって間もない頃に、属国化を図っていたソ連はフィンランドに相互援助条約を結ばせるために圧力をかけていた。国境線の変更だけでなく、自国にソ連軍の兵士の駐屯を許すことにもなるこの条約の要求にフィンランドは応じず決裂。そして11月末に『冬戦争』が始まった。フィンランド軍は粘り強く応戦したものの、犠牲を多く出すことになった。結果的には領土と工業生産力の一部を譲渡することになったものの終戦。明確にどちらの国が勝利したとは記載されていなかったものの、フィンランド側から譲渡することになったものからして戦争に辛くも勝利したのはソ連の方だろう。

 

(だけど今になってみても無茶苦茶すぎる。明らかな侵略行為だったって話だし、ソ連のそれまでの行いも含めて当時の他の国から非難を浴びるのは仕方ないどころか必然だ)

 

それに戦争が始まる前にも外交交渉として両国は行っていたが、ソ連側からの条件に納得できないフィンランドは首を縦に振らなかった。フィンランドも譲渡案を提案したりもしたが相手も拒否し、芳しい結果を得られずに帰国することになったのも冬戦争の開戦の一因だ。

そして後々に力を蓄えて軍備を強化したフィンランドはソ連とまた『継続戦争』と後に言われる戦争で戦った。失地奪還の為に、である。

先の戦争で独立こそ守ったものの、無茶苦茶な条件を突きつけられた挙句に戦争を始めさせられたフィンランドからすればソ連は打倒すべき敵だ。しかし彼らの努力も虚しく、国境を冬戦争前の元に戻すことはできず、多くの不利を我慢しなければならなかった。

継続戦争にはヒトラー時代のドイツも関わっているが、ソ連との確執はドイツより決定的なものだった。

そんな歴史の背景があればスオミがソ連どころかロシアのことを嫌っているのも無理もないともいえる。

 

「ロシアの人形の方々には軟化できていますが、まだ文化的なものは受け入れれてないんですけどね……あはは……」

「むしろそこまで克服できていることに驚きだよ。昔のお前がどれほど嫌っていたのかは知らないけど、そこまで努力できているのは褒められることじゃないのか?」

 

弱々しく笑うスオミにローガンはフォローを入れて、同意を求めるためにグローザの方に話を振った。どのような思いがあったにせよ、グローザは我に返って頷いた。

 

「……そうね。私の知る『スオミ』はロシア銃の人形が関わっていたりすれば叫んだり激怒したりしながらどこかに走って行ったけど、今のあなたのようなメンタルモデルを持つ個体とは初めて会うわ」

「マジか。よっぽどだな、それ……」

「ええ。だから私も内心は驚きだったのよ、昨日までのパトロールで組んでいたあなたを見て。雑談交えての私の身の上の話も静かに聞いていたし、親切にしてくれたから」

「不快な思いをさせていなかったのならよかったです……」

 

しかし一つ疑問が出てくる。そこまでロシアというよりもソ連を嫌っている理由はわかった。だがその苦手意識を無くそうと努力を始めたきっかけは?

『超』という形容詞がつくほどの苦手意識がある物の克服など、そう簡単にできるものではない。野菜が苦手な子供がやるのとは大分難易度が変わってくる。それも自分の祖国を愛しているのであれば尚更で、一ヵ月や二ヵ月で月単位でできるものではないだろうとローガンは思う。

 

「一つ聞かせてくれスオミ。お前がそこまでロシアに対しての嫌悪感をなくそうと決心した理由はんなんなんだ?」

 

そう聞くと、スオミは両目を閉じて何かを考えた後で、首筋にかけて服の内側に仕舞っていたロケットを取り出した。これまでその存在に気付かなかったそのロケットをスオミが開けると、内側にはスオミ本人と一人の男の子が写った写真が貼られていた。

スオミの手の平に乗ったそのロケットの写真を見て、ローガンは首を傾げた。どこかでこの男の子には見覚えがあるが今一ピンと来ない。いや、目元や顔立ちをよく観察してみると……

 

「これは今から二十年ぐらい前ですが、私と指揮官……いえ、ハリー君と撮った写真です」

「どっかで見たことがある顔だと思ったらこの子ハリーか!」

「ええ、この頃のハリー君はとても可愛かったんですよ。お出かけしてる最中に手を繋いで歩いてたら急に放して、私よりも先を走っていくと思ったら振り返って笑いかけてくるんですから。あの子を追いかけて捕まえたら『鬼さんに捕まっちゃった~』と言って力をあまり込めずにジタバタしてました。私が作ったご飯もあまり美味しくなくても美味しそうに食べてくれてたりしてくれました。口の周りを汚したりしながらも夢中で食べてくれて……あ」

 

思い出話に浸っているのか、ロケットを胸に抱きながら過去の事を口にしているが、ハートマークが空中に浮かんでいるのが見えるほどスオミは幸せそうに話していた。突然語り出したことにローガンは驚いたが、そんな彼女が微笑ましく思えた為口出しする気はさらさらなかった。その束の間、スオミも自分がしていたことに気付き、顔を赤くして俯いたのですぐにその先を聞けなくなったが。

催促する意思も全く起きなかった。彼女は純粋に過去の事に固執することはなくとも、尊んでいたのだから。

 

「幸せ、だったのね。今の指揮官と当時、時間を共にできたのが」

 

隣のグローザも同じ心境のようで、柔らかい笑みを浮かべている。

その台詞で顔を上げ、長い間彼の隣に立っていた人形は両手で大事そうに持っているロケットを見つめながら微笑んでいた。

 

「……はい、とてもとても幸せでした。家族として傍にいることができて。戦術人形(わたし)が人間の世話、というのはおかしな話かもしれませんが、一緒にいて苦労することはあっても心の底から嫌になることはありませんでした」

戦術人形(わたしたち)が指揮官という存在に従うにしても、彼らも人間なのよ。製造されたばかりの私達に知識や技術はあっても、それらを活かせるだけの経験はない。それを積むまでは面倒を見てもらうことになっても、その逆だってあってもいいんじゃない?たしかに彼らから常識をインプットされている私達からしてもちょっとだけでも違和感を覚えて然るべきよ。でもだからといってやっていけないわけではないわ。だって子供というのはまだ小さくても一つの命なんだもの」

 

本物の家族として認められるのは血の繋がりというのはさほど重要ではない。肉親であれ、養親であっても。親になる存在が人間でも人形であってもだ。まだ儚い命を育むことを咎められる必要はない。その命を慈しみ、尊く思えるのであれば誰だって守り通す資格を得ることはできる。守ろうとしているその子が自分を必要としてくれているのであれば尚更だ。

 

「でもそれがどうつながる?ハリーが子供の頃のこと……といってもあいつの父親が亡くなった時の事しか知らないけどよ、それがお前の苦手なロシア関係と繋がりが見えてこないんだが」

「……それなんですよ、ローガンさん。ハリー君がまだ七つになって間もない時にあの子のお父さん、先代指揮官は亡くなってしまったんです。悲しみに暮れることはあの子にもありましたけど、私達より早く立ち直ってあることを始めたんです」

「あること……?」

 

子供は感受性が良いこともあって好き嫌いが激しい傾向がある。とはいっても、それは世界中の子の数ほど違いがあり、同じものに嫌悪感を抱いているのだとしても他の物までも合致するとは限らない。食べ物、動物、物の形状や色。人間関係も当てはまるが、それは生きていくうえで必ずぶつかる壁であってローガンにだって好感を抱く人物がいればそうでないのもいる。だからそれに関しては一旦置いといていいだろう。

話はスオミが克服しようと今でも頑張っていることから始まっている。そこから考えると、当時のハリーにとって苦手に思っていたことだろうが、『あること』の見当がつかなかった。

ローガンとグローザは顔を見合わせてなにかわかったかどうかの意思の交信をしたが、互いになにもわからないということで心中でクエスチョンマークを浮かべることしかできない。こちらの様子を一旦窺っているスオミに『わからないことを考えてみても仕方ない』ということで素直に聞いてみることにした。

 

「それって、なんなんだ?」

「……当時のハリー君は、『銃器』というそのものが大嫌いでした。自分が持つにして、自分ではない誰かが持つにしても、泣きながら捨ててくれと懇願するほどに」

「銃そのものがか……?でもあいつは……」

「ええ。ですがハリー君はモデルガンを持って撃つことから始めて、大体二年ほどで克服しました。きっとお父さんの後を継ぐという目的を持っていたのかもしれません」

 

スオミは両目の青い瞳を閉じ、若干俯くようにして語り始めた。そんな彼女に口を挟むことなど、出来はしない。

 

「まだ十代にもなっていないどころか、まだ歩くこともできなかったそんなあの子の世話を先代指揮官に任されて約七年、私も見ることがなかったハリー君の成長で気付かされたんです。使命を果たし最良の結果を得るには、逃げているばかりではダメだと、ぶつかっている壁を迂回してなかったことにすることなんてできるわけないんだって。あの子は自分が忌避していた物の一つは『銃』であることを理解し、立ち向かう道を選びました。それを見た私はなにをすればよかったんでしょう?」

 

人生において分かたれた道に明確な正解などない。誰かがその先を知っているわけではなく、結果など誰にもわからない。

その時のスオミが選ぶべき選択肢はどういったものがあっただろうか。達成するまで励ますか、諦めるように諭すか、または応援するようにして自分の殻に閉じ籠るか。どれを選ぶにしても、スオミ本人は見て見ぬフリをすることはできなかったに違いない。それだけ、衝撃的だったのだろう。

 

「でもこれだけはわかりました。『私も立ち止まってばかりはいられない』って。単純に戦果を上げるだけじゃなくて、ハリー君のように私も変わらなければならない、そう思いました。ですから私も、大嫌いと言うほど苦手としていた物を受け入れることを始めました。それまでは顔を合わせる以前に、名前を聞くことも嫌だった9Aさんやモシン・ナガンさん達と、ロシアの方々との交流ができるように」

「……話が繋がってきたな。ハリーの親父さんが亡くなったのをバネにして、あいつと同じようにお前も正面から向き合った。そういうことだよな?」

「はい、そうです。そして私と十代半ばになったハリー君はお互いに努力の結果を褒め合ったりもしました。AR小隊の皆さんや、基地であの子の成長を私と一緒に見守ってくれていた皆も声を掛けてくれました。とても、とても嬉しかったです。『完全』という結果に至ることはできなくても、柔軟に受け入れれるようになったことを褒めてくれて……」

 

でも……、とスオミの両目から、声と一緒に涙が零れた。

グローザはロケットを持つ彼女の左手に自分の手を重ねる。ここにいるのはハリーと同じ人間のローガンだけでなく、スオミという一人の人形と変わらない自分もいるのだということを教えるように。

 

「ハリー君が……指揮官になってからはとても不安なんです……いつか、お父さんのように不意を突かれて命を落とすんじゃないかって……誰にだってどうしようもないことはあるというのは理解しています。でも私達より後方にいるのだとしても危険がないわけではないんですよ……」

 

戦場にいるというのであれば、どこにだって命の危険は隣り合わせで存在している。大なり小なりあるのであって、完璧に安全な地帯など見つかるわけない。指揮官であるハリーは隊の全体に指示を出すために後方に下がり、戦況を見極めて集中力を途切れることなど許されず、自分の身を自分で守ることにまで気を割くことはできない。その役割を必要最低限の人員はいる形で警備に当たる。だがそれにだって限界はある。最低限ではないにしても、戦力がそれ以上であれば、指揮官であるハリーはその場にいる者達全員を見捨てる形で逃げることしかできなくなる。そうなったとして、彼に追い付いて命を奪うことは難しいことではないだろう。

 

「私はハリー君と……指揮官と多くの時間を過ごしてきました……笑って、怒って、泣いて……言いたいことを言い合って喧嘩したも仲直りして……それなのにオムツを替える必要があるほど小さかったあの子が今では大人になって戦地にいるんです……一緒にいた時間は多くても奪われてしまうのは一瞬で、あの人の……あの子の笑顔が一瞬で消えてしまうようで……だから、私は……!」

 

限界を迎えて泣きじゃくり始めたスオミを庇うように、グローザは両肩に手を置いて彼女の方に寄せていた自分の方に引き寄せた。

ローガンにだってスオミの気持ちはわからないわけではないどころか、痛いほどわかる。とても辛く、苦しい気持ちとこの先も向き合わなければならないのだから。

ハリーをここから遠ざけることが出来たらどれほどいいのかと、考えることはあったのかもしれない。でもそれは叶わない願いであり、エゴでしかない。なぜなら『ハリー・クロスハート』という一人の男は人類を守るという生き方を自分で強い意志と覚悟をもって選んだのだから。もし『ここから自分と逃げてくれ』と言ったとしても、彼は絶対に『オーケー』とは返さない。ローガンにもその確信がある。

思わぬ形ではあったが、ローガンが疑問に思っていた、『何故こうして副官の立ち位置に拘っているのか』の理由が大体分かった。

それは、幼少期から面倒を見てきたハリーへの感情、彼が命を落とすことがないようにという強い、傍に居続けたいという思いだった。

 

「……こんなこと言っても、単なる俺自身の気休めにしかならないと思うけどさ」

 

手を伸ばし、テーブルの反対側にいるスオミの頭に手を置き、自分が抱く気持ちをそのまま言った。

 

「お前は頑張ってるよ、スオミ。ここにいる誰よりも、ひょっとしたらハリー以上にな。……悪かったな、お前が抱えていたものを知らなかったとはいえ、あいつの所に行くのを妨害してしまった」

 

両目を泣き腫らし真っ赤になったその顔は今一度、しゃっくりを上げながらも我慢していたものがあったのだろう。流していた涙の流れが一際大きくなった。

見た目相応の少女のように、スオミは泣いた。周囲の目も何も気にせず、堪えていた感情をすべて吐き出すように。

グローザも我慢できなくなったのか、目尻に光るものができながらもスオミをあやす様にして抱き締める。包み込まれるようになった少女は自分をそうしてくれている相手に体を預け、背中に腕を回してひたすら泣き続けた。

もう、ローガンからも何も言うことはできない。できることはただ、彼女が陰で誰にも明かすことが出来ずに苦しんでいた様から解放されるのを見守るだけ。

昼休みの終了を告げるベルがもう大分前に鳴っていたというのに、自分の事情を優先して動こうとする気が全く起きなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平和主義という思想を掲げている者であれば、銃は勿論、ナイフやフラググレネードといった人を傷つけ殺めることが出来る武器に強い忌避感を覚えるという。だが2061年に発生した『蝶事件』からは誰でも本格的に銃を持って戦って生き抜く術を身に着けなければならない時代になった。要は、そのような思想ばかりを振りかざすことが出来なくなったのである。暴走を起こした鉄血工造株式会社の戦術人形との戦いが誰にでもある以上、自分の身を守れる程度には自身を鍛えなければならなくなった。

それよりも前に2045年の第三次世界大戦の切っ掛けとなった2030年に世界規模で発生した大災害の『北蘭島事件』。今はもうあまり見かけないが、この世のものとは思えない異形のものと化したE.L.I.Dもいる。

鉄血や人間の犯罪者との戦いで忘れそうになるが、奴らとの避けられない戦いもあるということを忘れてはならない。

大型バイクの回収として基地に来た民間人の応対も終わった後、体を動かすことにして手始めに射撃訓練としてターゲットを撃ち続けた。

装填していた弾倉の中身が無くなったタイミングで訓練が終了し、ローガンは成績を確認。療養に入る前に得ていた成績とあまり変わらなくなってきたことを確認しつつ、『ハニーバジャー』を近くに置かれているカウンターの上にストラップと一緒に寝かせ、事前に用意していた炭酸水を飲んで一息ついた。

訓練場には銃器のメンテナンスをしている職員とローガン以外誰もいない。午後になってから二時間経った今の時間帯は事務処理の仕事の為にここに訪れる人形や人はあまりいないのである。

カウンター横の壁に背中を預けると、脳裏に過るのはスオミの泣き顔だった。

 

「一瞬で消えてしまう、か……」

 

掛けていた時間が多くなるほど、失った時の喪失感というのは比例して莫大なものになる。歳が十八にまで積みあがった頃から銃を持って戦い始め、横に並んでいた友人たちを失うのは心が痛む。それに、これまでに順に得ていた五人の相棒達が命を落とした時の喪失感もかなりのものだった。

――――――それでも、立ち止まってはいられない――――――

親しき誰かがいなくなったことに涙を流す者に対し、今なら誰にでもあることなのだからそれに囚われた気になって甘えるな、というのは失言だ。そのようなことを口にするのは、言うのは簡単であるということを知らずに生きてきた、自己中心的な人物でしかない。生命が散るという事。それを恐れながらも生きて行かなれければならないとはいえ、一方的に突き放すような台詞を吐けば反感を買うだけだ。

――――――ざけんな、好き勝手言ってんじゃねえ――――――

それに人生で経験し慣れてしまえば、未経験だったことを知らなかった自分を見失うことになる。歩き方や機械の操作みたいに易しいのならいいが、人や動物の命を奪う事、奪われることになったらどうだろうか。息をするようにしてそれらのようなことがあっても何も感じないようであれば、もう『怪物』でしかない。

――――――そんなのは御免蒙る――――――

敵と見定めている相手に対処しなければ自分が、或いは傍にいる誰かが傷つくことになるのであればローガンだって迷わず銃でその者を撃つ。罪の意識を感じるのであればその後で良い。どのような経緯と理由があったにせよ、殺人で手を汚すことは決して褒められることではないからだ。

――――――でも、彼女達だけではなく人間(おれたち)もやらなければならないことでもある――――――

そんな嫌な役割をAR15に、戦術人形達に押し付けるのは間違っている。遠い未来、鉄血との戦いが終わって人類の往来がまた盛んにある時代になってからも起こらないことはないだろう。ローガンじゃなくても、人間というのは過ちを繰り返す。盗難、誘拐、殺人。テロだって発生しても全くおかしくない。でも、今を生きる人間達だけでも『手を汚すことの意味』を知り、それを後世に語り継いで欲しいと思う。きっと無駄で終わるだろうが、何もせずにいて後悔するよりはいい。そうするためにも、犯罪者の対応を戦術人形だけに任せておくわけにはいかない。鉄血への対処だって、元は人間を滅ぼす思考を始めたAIを作り出した人類側に非がある。開発者としては良かれと思って別の意図をもっていたであろうが、現状がこうなっている以上はもう言い訳の仕様がない。その原因解明も、いずれは自分達がやって反省をしなければならないだろう。もう二度と、こんな暗黒時代にならなくていいように。

 

「……おっ」

 

思考に没頭していたところ、無意識に飲み進めていたらしい。手に持っていた炭酸水の容器が空になっていた。

五メートルほど離れていたところにペットボトルのゴミ箱が見えるので、そこに目掛けて投擲。弧を描いて放られたペットボトルは回転しながら飛んでいくが、目的の空間に入らずに失敗。カラカラとプラスチック特有の乾いた音を立てながら床に転がった。

溜息を吐きながら拾って、設置されている枠内に放り込んだ瞬間だった。

 

「取り締まりの時間だぁあああああああああああああああああああああああ!!」

 

ここ訓練棟と本部を繋ぐ出入り口への扉が開くというよりかは蹴破られ、そこには鬼の形相をした戦術人形が二体。

 

「そ、SOPIIにM16!?なに、なんなん!?」

「なにもどれもクソもあるかっていう話だよローガン!食堂でスオミを泣かせたっていう目撃証言があるんだよ!どんな酷いこと言って傷つけたか白状しなよ!」

「そうだぞーローガン。早めにゲロっちまえばお前に痛い目を合わせずに済むから私達は心を痛ませずに済むから早くしろよー」

 

訂正、鬼の形相をしているのはSOPIIだけで、彼女の斜め後ろにいるM16は声色だけは真剣だが、ニヤニヤしながら自分を見ている。

片手に持っている拳銃を突きつけてくることからして、SOPIIの剣幕はマジだろう。

 

「あいつが泣いちまったのはたしかに俺も関係しているけど、あの場において誰にも悪意はありませんと俺は主張する!」

「本人に自覚はなし、と。SOPII、まずは一発だ」

「一発ってなんなん痛ってぇ!?」

 

バスンッ!と一発がローガンの肩に命中。石のような硬いなにかが強力にぶつけられたような痛みに悶えながら、足元に転がった物体を確認した。一見したところ銃弾のような金属ではないことは明らかで、形こそそれではあるが青一色で所々に皺のような小さい谷が表面にできている。それに痛みはあるもののこうして痛がるだけで済んでいることから殺傷力は低い。これらから察するに、

 

「おいぃ過剰過ぎませんかね、仲間内での質問でゴム弾使う奴がどこにいるってんだよぉ!?」

「拙速に事を運ぶ、だよローガン!時間を無駄にせず本当のことが聞き出せないのであれば多少の実力行使は仕方ないってことで二発目もいっとく!?」

「いやいやちょっと待とうか狂犬少女よ!これじゃあ一方的に(なぶ)ってるのとあまり変わらないということは……わからないよなお前は!」

「こちらを侮辱する発言もあり、だなメモメモ……SOPII、いいぞもう一発撃っとけ」

「お前はお前で面白がってるだけだろうが愉悦ぶっこいてんじゃねえぞアバン!?」

 

こちらがゴム弾による銃撃を受けてるというのに対し、M16は明らかに全てわかってるような表情である。こちらの返答や様子をデジタルパッドに書き込んでいる内容も、明け透けな悪意もありまくりでまともに取り合うつもりなど皆無だ。

というよりかはローガンからすればなにがどういうことかまったくわからない。あの場にはローガンやグローザだけでなく、たしかにまだ人も(まば)らにいたので誰にも見られてないわけではないだろう。傍から見たらSOPIIが言うようにローガンがスオミを泣かせたように誤解されても仕方ないかもしれない。それでも目撃証言が広まるのが伝わるのが早すぎる。まだ二時間しかたっておらず、あともう少しで三時間になろうとしている時間帯だ。

ここにいる二人以外に、人為的に広めた誰かがいるだろう。

そこまで考えたところで、追加でもう一発のゴム弾を治療中の右腕の上腕に命中しシャレにならない痛みが電気信号として脳に伝わった。

 

「ばっ……かやろぉ!傷口に塩をすり込む如く、銃創にゴム弾ってか!?」

「おっとっと、SOPIIそこだけはやめとけよ~?さすがにそこを痛めつけてしまうのは気の毒だ、別の個所を狙え~」

「もっと喚かせたかったんだけど、仕方ないかぁ!」

「楽しそうにしてんじゃねえとツッコミたいけど一つ聞かせてもらおうか!お前達に情報をリークしたのはどこのどいつだ!?」

「ん?カルカノ妹だ」

「ぶっ飛ばすあんのライアーウーマンめ!!」

 

カルカノM91/38という、狙撃銃の戦術人形で穏やかな性格で言う事は淡々としているが嘘つきであることはローガンも知っていた。姉は皆と一緒に戦う人形であるのに対し、彼女は孤高で単独行動で敵を撃破して任務を遂行するタイプだとも。基地内でも度々会話したことがあったが、彼女の嘘に騙されたことも片手で数えれない程はある。

 

「おぉっと、ここで我々同志に対する新たな危害予告だ。SOPII、フルファイヤ」

「え、ちょまっ――――――!」

 

バババババババッ!!と発射されたゴム弾たちがローガンを無慈悲に襲う。背中に当てられながらもカウンター上のハニーバジャーを手に取ると台を倒し、戦場でしているように盾にしつつ叫んだ。

 

「もう尋問でも何でもねえじゃねえかよ!もうこれじゃあいじめですよお嬢さん方!これだったらPTAに報告して対処してもらうことも吝かじゃないぞ!」

「ローガンは子供じゃないでしょ何言ってんの?」

「畜生冷静に突っ込まれた上に俺の頭のネジもどっかに行っちまってた!」

 

脳内がオンボロマシンのローガンと化せばもうどうしようもない。頭のネジどころか歯車の動きもおかしくなり、いつも通りの思考ができない。

状況整理もままならない現状で、こちらからは(するつもりはないが)手出しもできない、ということも考えれずに頭抱えて『あー、あー!』と呻くことしかできない。本物の銃弾が飛び交う戦地ではないというのに、背筋を駆け上がった怖気に唆されて現地さながらの動きもしたりと、身体の方でしか正常でしかない。……いや、自陣で演習でも何でもない場でそんな動きをしているあたりでおかしいのかもしれない。

 

「……まぁいいっか。SOPII、もういいぞ。ローガンは食堂でスオミに傷つくようなことを言ってないしやってもいないよ」

「えっ、でも……」

「お前も本当はわかってるだろ。カルカノ妹は虚言癖があるわけで信憑性が幾分欠けてる。たしかに他から聞いた話じゃスオミが食堂で泣いちまったのは事実らしいが、近くにいたローガンと本部からのお客さんがメンタルを傷つけたことの証拠は何もない。状況から見た推察を聞いただけだったろお前も」

 

そろ~り、とローガンは顔を即席のカバーシールドから出して相手の様子を窺ってみる。気まずそうにちらちらとこちらを見るSOPIIの真紅の瞳と視線が重なったので、こちらはジトッとした雰囲気を意識して一直線に凝視。効果はあったようで、彼女の顔は曇って俯いた。そしてローガンはそのままスライドして確信犯を先程よりも強く睨んだ。こちらは少し申し訳なさそうにしながらも、やれやれと首を横に振っていた。

 

「面白がってSOPIIを止めなかったのは謝るよ。口答えこそしたものの、結局お前は手を上げなかったんだし非は全面的にこっちにある。肝心の話を当事者のお前からちゃんと聞いてなかったんだしな。だから話してくれないか」

「……その発言に嘘偽りはないよな?二段構えで騙された挙句、他人不信になったら完全にお前らのせいだぞ」

「しないよ、絶対に。こういうことをすると知られたら常識人の妹達に止められるだろうから、そうなる前に多少荒っぽくさせてもらったんだよ。それに、なんか湿っぽく色々と考えてそうだしな」

 

目力を緩めずにM16を見つめ続けたが、言ってることに虚偽はなさそうだった。実際あれこれと考えてたわけで、精神的に疲れているのもある。

事務処理の日常や夜の酒の席で冗談を口にすることがあっても、相手の顔色を的確に把握しながら話すのがM16だ。話のペースの配分に緩急をつけ、相手の中で整理させたりして落ち着いて話させているのを何度も見てきた。

とはいえ、こちらは体の何ヵ所かに暴徒制圧に使用する非殺傷弾を受けたことにより痣が出来ていても全くおかしくない。差し引いてもこちらが損するだけな気がするのが否めず、不満が湧いてくる。

頭の中で足し算や引き算を繰り返した結果、今日になって何度目かわからない、息を深く吐きつつ倒したカウンターを立て直しながら二人を見ずに話した。

 

「……グローザと一緒に、あいつが経験や過去から感じていた不安とかを聞いてたんだよ。ロシアというかソ連っていうか、苦手なものを克服するために頑張っているってのはお前らは以前から知ってるんじゃないのか?」

「……うん、スオミは一生懸命頑張ってるよ。ロシアの人形達と自然と会話が成立するように今は頑張ってるし、表面的に見え辛くなった時に私は抱き付いたもん」

「たしかにな。大体推測はできるけど、あいつが抱えてた不安ってのはそこまで揺らぐほどのものだったのか?」

「親の身になれば誰でも感じそうな、とびっきりのをな。俺とグローザはそれを黙って聞いてただけだ」

 

立て直したカウンターを備え付けられている布巾で軽く拭いた後で自分の銃だけでなく置いていた私物を一旦戻した。射撃訓練の次にやろうと考えていたピットの準備として、持ち出していたバックに弾薬ケースと予備の弾倉を順々に入れてチャックを閉めた。

 

「……なるほど。まあ誰にでも抱えてるのはあるしなぁ」

「なんか意外だな。M16、お前はもっと掘り下げて知ろうとしてくるもんだと思ってた」

「キリが無くなるだろ、それだと。『楽な生き方に逃げてる』とか『丸投げしてる』って誤解されるかもしれないけど、ずぶずぶと思考の沼に嵌っていくのに付き合うのは『人生の伴侶』って奴の役割なんだと私は思うよ」

 

こちらに歩いてきたM16は電源を入れたままになっている電子パッドを、ローガンのと同じカウンターの上に置いた。メモ帳のアプリが起動されている画面には、先程の質疑応答の様子などが記載されていない。

 

「そうじゃなくても、歩み寄ってやる必要があるんじゃないのか?人生、溜め込むと後々に我慢(もたなく)なって感情が爆発することだってある。そうなって欲しくないなら、捌け口になっても俺なら構わない」

「ローガンは優しすぎなんだよ。口悪く文句を言ったりしても、黙って聞き入れてるじゃないか。それじゃいつの日か、溜め込まれたお前自身が風船みたいに破裂してしまうぞ」

「それを言ったらお前はどうなんだよ。AR小隊だけじゃなく、他の奴らと随分と話し込んでることだってあるじゃないか」

「そりゃあそうさ。妹達は家族だから踏み込む。他は結局は肩を並べる戦友ってだけで、どこかで触れられたくないっていう確かな壁が存在している。妹達なら心置きなく、てなわけではないが無理矢理にでも殴って砕くだけの度胸は私にもあるさ。でもあいつら以外はさ、結局は繋がりが比較して細い他人みたいなものだから、壁に手を置いて囁いてやることしかできないんだよ。『誰かを頼りたくなったら私の所に来ても良いからな』って。今回はスオミから話されたことだからいいが、自分からゴミ箱になりに行くようじゃ自分の事情が入れれるだけの余裕がなくなってしまう」

 

何の気もなしに、二人が来る前にペットボトルを投擲したゴミ箱を見てみる。投げて入れれなかったのは単にコントロールが定まらなかったわけではない。こまめに大型のポリ袋が持ってかれてないから、内容量がもう限界を迎えて入れれるだけの枠が無かったからだ。それが自分の精神的な、ストレスや不安の行先になってみたらどうだろうか。他人が遠慮なしに入れ続けていったとして、自分が捨てれなくなったとしたら。基地にいる誰かの事情ばかり抱え過ぎて、自分の事が考えれなくなることになったら。

 

「そうなったらローガン、お前は破綻してしまうぞ。精神面だけじゃない、身体的にもな」

 

それにな、と言葉をつづけるM16はこちらの目をのぞき込むようにして、その隻眼でこちらを直視してくる。

 

「人間ってのは結婚して夫婦になるんだろ。そうしたら互いに嫌でも相手の事情に踏み込む必要があって、自分はそうしてくるパートナーにオープンにならないとだ。そうしたことで相手を思いやることは大前提だけど、傷つけ合ってしまうことだって必要なんだよ。傷つけられても許すことで、切れない繋がりを生む。そうして繋がった伴侶の事情を優先して抱えて、その他の奴は二の次だ。家族を優先して何が悪い、って話だよ。もし抱えきれなくて倒れそうになっても、ちゃんと支えてくれる奴がいるんだ。そんで一緒に拾って、考えて、最良の結果を導き出すのを手伝ってもらう。苦楽を共有する夫婦ってのは、そういうものだろ?」

 

ニカリと笑ったAR小隊の姉はローガンの額を小突いてきた。思わぬ不意打ちで多少よろめいたが、立ち続けることはできる程度の衝撃で問題はなかった。

 

「誓約した人形の役割も変わらないさ。誓約相手にI.O.Pから所有権を移譲されるとかそんな細かいことは置いて、寄り添って生きていくのがやるべきことなんだ。さすがに子供を産むことはできないけど、それでも問題があれば一緒に悩むことならできる。戦闘だけじゃなく、家事だってなんだって、練習さえすればな。だからさ―――」

 

M16がこちらの胸に拳を当ててくる。殴打して傷つけるような強さではない。軽く当てて言い聞かせるような力加減だ。

 

「―――もう少し楽な方向に逃げていいんだ、ローガン。一人でも仲間の為に尽くそうとしているお前の姿勢、私は好きだ。でもそこまで責任感を背負い込んで、悲観的になったら仕方ないし長くもたないぞ?」

 

握り拳から手が開かれ、M16の人差し指が自分の胸の中央を突いてくる。大体同じ加減で優しく触れて、くるくると描いている円の中央にあるものを知っているように、上目遣いでこちらを見上げて笑っていた。AR15やM4のように静かに微笑むものではなく、ニカッと快活に口角を上げている笑顔だ。

拳をこちらに当てた際に気付いたのかもしれないが、それに対してはなにも言わずに彼女は身を離した。

 

「……まさか戦術人形に人生での物事の考え方を説かれるとは思わなかったな」

「余計なお世話だったか?AR15が気にかけてるお前だから口出しさせてもらったけど」

「いや、皮肉も何もなしで貴重な意見だったよ。たしかに重く受け止めすぎていたのかもしれない、礼を言うよ」

 

ストン、とM16の言葉の一つ一つが胸の中に落ちて行った気分だった。それらが積み重なって感情に繋がる回路を塞いでいた栓を吹き飛ばし、壊死しようとしていた一つ一つの出来事に対する考えが好転していく。悲観していたわけではないが、現実的に重く考え込んでいたことをここで自覚した。楽観的にとまではいわずとも、ポジティブに。戦地にいることで長らく忘れていたようで、気分が軽くなった。

一方的にリンチまがいのことを受けたのでまだ思うことはあるが、M16の助言でそれも薄れている。普段は無邪気な少女をいつまでも縮こまらせるわけにはいかないので、バツが悪そうにこちらを見ているSOPIIに視線を向けた。

 

「もう怒ってないよ、SOPII。さすがにやりすぎだったからすぐに水に流すことはできないけど、今後しないのならもう何も言わないからそんなに居心地が悪そうにするなよ」

「ホントにもう怒ってない……?」

「本当だよ。敵でもない誰かを苛める趣味は俺にはないし、お前も同じ部屋で仕事して一緒に飯食う機会も多いんだ。そういう関係の悪化なんて俺だって御免だよ」

「……うん、ありがとう。それとごめんなさい、ローガン。スオミもローガンのことを信用していたということを、私自身が信じれていなかったよ」

「それなら気にするな。自分ではない誰かの信頼関係を正確に測り切れることなんてないんだからな」

 

いつものように抱っこをねだって抱き付いてきたSOPIIの頭を撫でてやる。鉄血相手には喉元に食いつく狂犬だが、ハリーに対してもじゃれつくこうした態度を見てみると、ただの人懐っこいワンコである。

 

「それで、スオミ本人はどうしたんだよ?」

「落ち着くまで傍にいるってことでグローザに任せたよ。俺には厳しいけど、スオミには親身になっていたしな。自分の悩みを打ち明けたこともあったし、あいつからすれば信頼に足るってことじゃないか」

「あの客人には不透明なことがあるが仕方ないか。毛嫌いしていたロシア関係の人形にあいつがそこまでできてるんだ、たぶん大丈夫だろう」

 

生憎だが、スオミの思いを共有できたからと言ってグローザと距離を縮めれたということにはなっていない。そんな都合がいいことなど、ローガンだってほいほいとあってたまるかと思うし、彼女の性格からしてそんな夢見がちな物事の見方はしていないだろう。ローガンも自覚してはいるが、前に言った自身が鉄血と戦う理由を『子供が抱くエゴ』といったようにしてバッサリと切り捨てていたこともある。堅実過ぎず、理想に逃げすぎてない、というラインで定めていた一つの理由をズダボロに言われて憤りを感じなかったわけではなかったが、あれでグローザの片鱗を知ることが出来たともいえる。

 

「そういえばお姉ちゃん、疑惑で忘れていたけど元々のローガンへの用件のアレのこと言っておかないと」

「ああ、そういえばそうだったな。ちょっと待ってろよ……」

 

M16は置いていた電子パッドを手に取っていくつか操作した後で、ローガンの方に画面を向けてきたので黙読してみる。。そこには全体的に黄色やオレンジなどの暖色で秋らしい色合いで作られている文書のデータが映し出されていた。題名から始まり、一通り目を通した後でローガンは口を開く。

 

「……これ、つまりは料理対決ってことか?」

「そういうことだな。一ヵ月後に私達こと、AR小隊も参加するんだが……料理の腕に覚えがある奴がいなくてだな」

「でも前にローガンがスープ作ってくれたことあったでしょ?あの時は状況が状況だけに凝ったものは作れなかったみたいだけど、基地内なら作れるんじゃないかな~って思ったんだ」

 

SOPIIから言われたスープというのを思い出し、ローガンはそんなこともあったなと思い返す。

 

「そこで、だ。ネットの情報だけじゃ心許ないし、当日までに基本的なことだけでも教えて欲しいんだよ。あとは私達が作ったの料理の味見もお願いしたい」

「そんなきちんとしたことまで俺は知らないぞ。時間がある時で良ければ別にいいけど、そういうのを教わりたいなら他に適任者がいるだろう」

「うん、私も最初はそう思ったよ。でも騙されることはないだろうが、その適役も参加してるといったら?どんな気分になるよローガン?」

「あ~……」

 

明確に言われていないがわかる気がしてくる。なんかこう、勝負の前から負けた気がしてくる。単純な敗北感と悔しさだけじゃない。AR小隊全員で教われたのだとしても、様々な面で申し訳ないような気分にまでなるということが想像できた。

形容しがたい感情で微妙な顔つきになったローガンに苦笑いしながらM16は肩に手を置いた。

 

「まあつまりそういうことだ。私達としても基礎を彼女からそこまでして教わるつもりはないんだよ。だからお前に白羽の矢を立たせてもらったんだが、どうだ?」

「……今しがたの講座料をって感じで言わねえんだな。その方がありがたいけど」

「まさか、そんな面倒なことは言わないさ。同じ屋根の下で仕事して、飯も食べてるんだ。それ以前にお前には部隊壊滅の危機を救ってもらった恩もあるんだ。こういうことから返していかないとだしな」

「私はそこまで堅苦しいことは言わないけどさ、もうローガンも『他人』じゃなくてAR小隊の『家族』だよ。この先だって苦しんでいるのなら何度だって助けるよ」

 

抱き付いたままになっているSOPIIも裏がないように満面の笑みでこちらの胸に顔を埋めてくる。彼女の吐息が着ている薄着を通じて肌をくすぐってきたが、こそばゆい感覚が『心配しなくていい』と語り掛けているかのようだった。顔を上げればM16と目が合う。彼女も目を細めて、こちらの返答など言わずともわかっているというのに、何も言わずに待っていた。

やれやれ、と声を発さずにローガンは呟く。自身への呆れも含めて抱く思いとしては、たった一つ。

秋よりこの先には頭を悩ませることなど多いのだというのに、楽しそうにやろうとしているんじゃ便乗するしかないじゃないか。




記念イベ初日でグローザが出ちゃった……それもまだ十週目になっていないぐらいに……。といった感じで現在進行形で育成しております。イベントの詳細を読んだその日から溜め込んでいた作戦報告書などを全部使い、レベルを一気に上げてからはスキルレベルもとんとん拍子で上げて行って、現在は全体的に編成しなおした、昼戦だけでなく夜戦もできる第二部隊の隊長をやってもらってます。……ここまで夜戦で真価を発揮するのだということは知らなかったな、とか思いながらレベルを上げたり色々と。グローザが育ってきたのはいいが、交換したキャラとか、後日お迎えするAUGの事も考えると……あぁん、資材が足りなぁい……。
という風に蛇足を最初に置かせてもらいました。第二次世界大戦に入って間もない頃にあった冬戦争というのは、学生の間に学んだ記憶がありません。『日本史』、ということで直接的な関係が無かったからかもしれませんが、ちょっとやるせない気分になりましたね。高校二年生からは理系の道を私は選んでいたので、高校からの世界史であれば知れたのかもしれませんが、もうあとの祭りってやつですね。とにかく、ドルフロの世界にそうした歴史を織り交ぜることにもなると、自分でもまた調べてみたりと大変だということはわかりました。私としましては今回はそれを一番響いた話だったと思います。
さてさて、ドルフロのイベントで周回したりということで先週のように、しばらくは週末に投稿していくことになりそうですが、ご容赦いただければ幸いです。そろそろ、派手に行きたいのであれば、下準備も大事なんですぜうへへへへ。
というわけで今回はこの辺で。
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