誰も助けてくれない -Can you hear me?- 作:麒麟犬
-グリフィン北アメリカ支部の音声ログより再生-
『スオミ、報告よ。犯人は確保して今から一時的に治安組織の留置所で拘留させるわ。尋問には9と416が就く』
『了解です。お疲れ様、と言いたいところですがG11さんと一緒にこちらに回ってください。これから新しい作戦を展開しますので』
『休む暇もなく?一体誰の発案なのよ』
『そいつは私から説明するし作戦を指揮するぞ45。不満かもしれないがな』
『M16……あなたが作戦指揮って……ハリーは?』
『お休みしてもらってるよ。さすがに大事になって倒られちゃ困るから力に物を言わせてな。今はぐっすりだよ』
『あなたはいいのかしら?私達が作戦に加わることなんて、あなたが一番気に食わないんだと思うんだけど』
『仲間や妹が戦地で孤立無援、通信が出来ずに状況が分からないと来たもんだ。今は手が多い方が良い、お前のでもな。でも勘違いするな、私にだって恨むほどじゃなくても腹立たしいことはあったんだ。それを水に流した訳じゃないし、みすみす死なせたらタダじゃおかないぞ』
『でしょうね。私も指をくわえて見ているつもりはないどころか死なせたくない人もいる。それはM16、あなたもそうでしょ?最大限にできることは全部するわ、それは約束する』
『ならいい。今から送る保護区内の合流地点に到達したらそこで待っていろ、後にSOPIIとスオミとあいつの教え子が到着する。そうしたら陸路でダムのあるエリアに向かって作戦開始だ。詳細は彼女達から聞いてくれ』
『了解。でも意外ね、こういうのはあなたも出張ってくるものだと思っていたんだけど』
『私も行きたかったが、指揮官が動けないしスオミに指揮を任せるにしては今回のは重すぎる。調整役といったのは私がするよう、ヘリアンさんから言われたんだよ』
『なるほどね、単に私に背中を預けたくないから、というわけでないようで何よりね。私だってそんなこと言われたら傷つくし』
『嘘ばっかり並べているなよ45。正直のところ、
『はいはい、わかっているわよ心配しないで。わりと今言ったことは本心よ。だけどM16、今回の件は一筋縄で行きそうにないわ。UAVによる電子支援とは別で攻撃する支援が必要にもなってくる。敵兵士が光学迷彩を使って姿を隠しているわけだし手間がかかる』
『心配するな、それであれば指揮官とヘリアンさんがアメリカ政府に『貸し』を作ってる。それを今回から少しずつ返してもらうさ』
『政府への『貸し』?そんなものいつの間に』
『この間お前達がワシントンで一悶着あった時にだ。どう指揮官が走り回って種を捲いたのか知りたいか?』
『……いえ、今はいいわ。それでどういったことが頼めるの?』
『お前が言った通りにだ。衛星を利用した熱源観測並びに滅多にないミサイルを積んだ無人機による航空支援、なんでもござれだ。ただ操作をするのは現地入りするお前らだけどな』
『わかったわ、必要になったらこっちから要請する。でも今になってそこまで支援を取り付けたのは何故?』
『ダムか情報のどちらを選ぶか、話を聞いたところ私達が基地にいない間に奴らから一方的な交渉を持ち掛けられたらしい。応じなければダムをドカンするだけでなく有害物質を流して水道そのものをダメにするそうだ。タイムリミットは日付が変わるまで』
『もう六時間は切っているのね』
『そうだ。それとこれは私の見立てだが、奴らは愉快犯とそう変わりがない。応じたとしても事故を装ってスイッチを押してくるだろう』
『子供みたいに無邪気に、という風にか。それはこっちで捕えた奴からも窺い知れたけど、そう考えて間違いはないわ』
『とにかく今は時間が惜しい。こっちからはスオミが今しがた飛び出して準備に向かってる。合流地点でG11と待機していろ、そこで飯でも食ってな』
『了解、AR小隊と404だけじゃなくゲストも交えた混合部隊で反撃開始ね。それとM16、奴らの部隊の正体だけど……』
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――――――
<18:24>
太陽が沈んだことで光源になっている物があるとすれば基本的に何もない。強いて言うならば代わりに空に浮かぶ月による光だ。今宵は満月であるので一際明るく多少は視界に映る物の区別はしやすくなっている。とはいえ、それが戦場で有利に働くアドバンテージになるのかというのには心許ない。敵地に進むのであればフラッシュライトを点灯させて行くのは命取り。ましてや今回敵対している怨霊達の装備には熱源感知だけでなく暗闇に対して有利に立てれる暗視装置がある。こちらにも鹵獲した同じものがあるが数は多くない。
なので前進しているのに先頭を歩く者が装備するのが必須である、ということでローガンが引き続き一つ装備している、のだが。
「……なんでお前までが俺達についてくるんだよ」
「ここまで来たら別にいいだろうが。『オアシス』に関しての情報を渡したんだしその礼をもらってねえぞ」
「捕らわれている時に助け出したんだぞ。あそこから一旦抜け出すのに協力こそしたが、それでチャラにならないのか」
「あれでプラマイゼロにはならねえよ。命を拾わせてもらえたのは感謝しているが、見返りとして協力、奴らにも関係している情報を渡したんだ。見返りをもう少しだな」
そんなやり取りをしたのが数分前。ローガンとバーンズが遠距離まで見通してROと共に前衛に付き、M4とAR15が武器のないグローザを中心に後方を警戒。暗視装置が無いので危ぶまれるが、ローガンは全員にあることに伝えていた。
それはへり二機による回収の際、高場に陣取っていたKar98kによる爆破の合図に関係している。姿形が見えないようにしてもそこには何かしらかの跡が残る。それは足跡だったり音、何かに触れればその触れたものが動いたりもする。
後方への警戒をそう言って任せ、前方に見えるだけでなく偶に見晴らしのいい遠方にいたりした怨霊を見つけては避け、倒したりして問題のない装備を剥ぎ取る。まるで山賊といった盗人みたいではあったが、相手は正気とはさすがに思えない気性を抱えている。『戦線で驕るに留まらず躊躇えばこちらが死すことになるのだから使える物は何でも使え、たとえ敵の装備であっても』、そうローガンは教えられた。
ヘッドショットで倒した怨霊の二人組に近寄りゴーグルを回収する。そしてそれらを後方の二人に声を掛けてから投げ渡していると、『As Val』を調べているROに話しかけた。
「それでRO、やっぱり銃自体に何か細工されているか?」
「ええ、GPSが内蔵されているだけでなくユニットが組み込まれています。詳しく調べてみないとわかりませんが、構造自体はASSTに酷似していますね」
「やっぱりか。となるとこいつらの銃を使うのは諸刃の剣って感じだな。フラググレネードとかしかこいつらから回収できないのはちとキツイんだが……」
「ですが組み込まれているのはあくまでこの『As Val』のみです。『マカロフ』や『GSh-18』のサイドアームには含まれていないのでそちらは普通に運用できます。GPSもこちらで無力化したのでグローザさんに渡しても大丈夫ですよ」
「よし、よくやってくれた。それぐらいの電子技術が俺にもあればって本当に思うよ」
「それ以上ローガンさんの幅ができることの幅が広くなったら私の立つ瀬がないじゃないですか。せめてこういったことは私達に任せてください」
ぷんぷんと腰に手を当てるROに苦笑している間にグローザとバーンズがそれぞれで小銃と弾薬を手にする。投擲物などあらゆるものを回収していくのを見て待っていると、M4と同様に見るべき方向を向いて警戒態勢を解かないでいるAR15から声がかかる。
「それでローガン、ダムの内部にどこから侵入するの?セキュリティはROに解除してもらうんだとしても、それを予測して奴らは対策を施していると思うわ」
「あ~……一応考えてはいるんだが何も思いついてない。何か案があるのであれば一考したいんだがお前の方は?」
「いくつか思いついたのはあるけど、どれも派手に戦うことになりそうだから使えないわ。どうしても爆薬を使うことになってそうなったら交戦は避けられないから」
大体悩んでいるところは同じか、とローガンは頭を掻く。AR15も困っているのを表しているかのように溜息を吐き、肩越しにこちらを見ているので空色の瞳しか見えていないが少しだけ笑っているように思えた。
AR15達と合流する前、外と面していたあの扉のセキュリティは正体不明の通信相手に解除してもらった。しかしそのプロセスまでも聞いていたわけでなかったので、違法解除による警報の作動があり得たか、それすら定かではない。状況を考えると、今はまともに戦えるほどこちらには余裕があるとは言えない。被弾したペチェネグが撤退してから負傷したのが軽傷で済んでいるのが幸運でしかなく、正面から戦えば彼女みたいに胴体に受けて重症に陥るのかもしれない。
「なら一つだけ、私から提案があります。どのみち騒ぎにはなりますが、私達の存在が接近してきていて位置がすぐには知られることはない方法です」
「おっ、是非聞かせてくれM4」
一から策を練り直すにしてもどういった方向性で考えるか、そうローガンが悩み始めていたところにエリート部隊の隊長から提案が一つ生まれる。当てにしていないわけではないのだが、約一時間前までは追跡に支援はあれど自分で切り抜けてきたようなものだ。どうしても一人だけで考案しようとしてしまう癖が出てきてしまう。
自己嫌悪に陥りそうになる気分を振り払い、ローガンはM4に続きを促す。
「私達の手持ちの装備だけでやり繰りするのでなく、施設に備えられている物を利用してみてはどうでしょうか。ダムの通路にある火災報知器を作動させれば早期避難の為に各エリアを区切る扉のロックは解除されますので」
「なるほど、たしかにそれも一つの手ね。でも作動させるのは私のハッキング、それとも実際に火気を近づけるのM4?」
「前者よ、ごめん私よりも電子機器に強いROだからできることだからやってくれる?」
「気にしなくていいわ、その分敵兵への相手は任せていいかしら」
もちろんとばかりに頷くM4に倣ってローガンも同様にしてからAR15を見ると、彼女も今度は顔を完全にこちらに向けて微笑んでいた。詰まっていたところに提案されたM4の突入方法に異論はない、それはAR15も同じだったようだ。
「なら確認しましょう。ダム内部へはROによる火災探知機へのハッキングによる突入、入ったらグローザのASSTで装備の在処を探知しそこへ向かう。だけど道中で奴らと遭遇した場合は交戦するとしても、そのリスクを減らすこととか、なにかできないでしょうか?」
「たぶんあのメッセンジャーからの置き土産だろうが俺の端末にダム内部を示すリアルタイムマップが入ってたよ。自分達だけでなく敵の位置もわかる優れものだがどうだ?」
「それがあるのなら、先手を取られることがないでしょうね。では交戦することになったことも考えまして、ローガンさんはグローザさんの護衛としてAR15と一緒に先頭をお願いします。適宜に敵兵の電子装備の妨害をするとしてROは真ん中に、私とバーンズ氏は後方警戒しつつ援護します」
AR小隊の隊長としての歴然とした姿勢、自然と背筋がピンと張られたような気がしたローガンである。
―――☆―――
人気のないように見えるダムに到着してから、ROの探知機へのハッキングや内部状況の確認をしている間に、ローガンはおかしなデザインのゴーグルを操作しつつ付近の偵察をすると言ったので私もついていった。ただ赤外線で知られない様に高台から一望するのに身を低くしつつも覗かせるのは頭だけ、とだけは言われている。
そうしてダムがある南西側、内部でアルファと合流して脱出し一旦腰を下ろしたとされている付近からダムを私も全体的に見降ろしてみる。目を凝らしてよく見ればわかったが、小石が風にも吹かれてもいないのに飛んで行ったり湿りのある地面から足跡が生成されていたりと、不自然な事象が起こっていたりしている。戦術人形という枠組みに私もいるのでわかることではあったが一般兵にはなかなかわからないことだ、分からなくても仕方がない。
「双眼鏡で見ただけじゃなかなかわからないわね。本部に注文して別の視覚モードも搭載してもらったらいいんじゃないかしら」
「今回の事でそれはとても共感できるよ。今はこうして敵から頂戴して使えているからいいが、もしダメだったら詰みに近い。ていうかお前らと合流する前に俺は死んでたよ」
「そうなる前に退けたでしょ。なに、また頭をグリグリされたいの?」
「いや、割とマジで勘弁してくれ。仲間内だからコミュニケーションの一環として認可されるけど、あの痛みは拷問にも匹敵するものがあったぞ」
「ふ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん?」
「あっいや!別に根に持ってるわけじゃないぞ、あれはあれで効果的だし駄々を捏ねて言う事をなかなか聞かない場合のSOPIIにもいいぞ、うん!」
何を思ったのか、私が少し含みを持たせて声を発すると冷や汗を流し始めたローガンが慌て始めた。緊迫した状況下に置かれているというのに、こちらを見て言葉を並べる彼。これだけを見ると本当に鉄血との戦いを生き抜いてきたのかが怪しく思えるかもしれないが、射撃や格闘においての戦闘技術は
だけどそんな彼は今こうして私が少し態度を変えてみれば慌てたりと外見からはあまり感じれない取っ付きやすさが出てくる。強面の人に話しかけてみたら思ったよりも話しやすくフレンドリーだった、というのはよく聞く話だ。そんな実例が思ったよりも近くにあるのだと実感できた二カ月ぐらい前の頃で、人も人形もそう簡単に変わりはしないが打ち解けているのに嬉しくないといったら嘘になる。
とりあえず起き上がった嗜虐心の赴くままに、私は標的と定めている獲物に食らいついた。
「へぇ~、でもその言動からだと自分からあの子と同レベルと認めているようなものだけどいいのかしら?」
「あぁもういつもなら否定しているけどあれをまた食らうことになると思うとそれどころじゃねえや!ていうかAR15、あなた様なんか
「別に今回が初めてじゃないでしょローガン。それに私に茶目っ気なんてあったのね、自己分析はしているというのに驚きだわ」
「取っ付きにくいよりはいいけどよ、それを俺以外にも見せたら友達は増えると思うけどそうしないのか?」
「イヤよ。私だって恥ずかしいと思うことはやっぱりあるし、こんな様を曝け出すのだってそうそういないわ。まだ気にしないでいれるのはあなただけよ」
「おぉう、なんか色々と考えさせられる台詞だぞそれ。世の男子だったらいいように勘違いするから気を付けろよ」
はっと我に返って自分が言ったことに少々気恥ずかしくなり反射的にローガンの脇腹をどついた。口を突いたら簡単に出てしまったようだった、そのことからさらに羞恥心が働いて加減はあまりできていない。
おぐぐ……と痛む箇所をさする彼から意識を戻し、状況に変化があるかをもう一度双眼鏡で覗いて確認する。さきほどと違うことがあったとすれば会話を始める敵兵が出始めたぐらいだ。手摺に軽く腰掛けているに留まらず、光学迷彩を解除したことからして気を緩めているようにも見える。だが手元にはロシアの小銃を携えているので攻撃をされるものなら即座に対応できるようにはしているのがわかった。
「それでローガン、あの事……あいつからの話を信じれる?」
「……信憑性はともかく確定事項からして『オアシス』については頷けれる。情報が出揃っていないから断言できないが、ロシア急進派に与しているらしい奴らの目的はそこに行き着くのに必要な何かだろう。お前があのUSBメモリーが『地図』だと言うように重要な何かだ」
「でもそれがどうして私達の手の内にあることが知られたのかしら。あれの存在は基地内でも限られた要員しか知られていないわよ」
「……スパイによる情報漏洩の可能性がある、そう言いたいのか?」
ギラリと光ったローガンの眼光、そしてその奥に一瞬垣間見えた感情を私は何かは知っている。人形である私達も鉄血に対してもしばしば嫌悪と一緒に抱くことがしばしばあるそれ。相手が敵ではないにしても気迫を感じさせるだけのことは今までもあったが、真剣なのを私達に見せたことはあってもベクトルをこちらに向けたことはなかった。
演技もなしで私が返答に窮していると、ローガンは自分がどういった表情を浮かべていたのか気が付いたらしい。かぶりをふって謝意を示してくれた。
「ああわるい……そういう関連で嫌な想像しかできないから……」
「ううん、私もごめん。あまり口に出すべきではないのに迂闊だったわ」
互いに謝りはしたがやや気まずい空気が流れる。私としては決してローガンとの関係を悪化させるようなことになりたくない。
以前45は私がローガンと共にしている時間が多い、それで心情や言葉で飾られていない素の彼を曝け出させているのが羨ましいと言っていた。要するに、彼女はローガンが感情と本音を嘘偽りなく口に出していること、それに驚いているということだ。しかし、それはすなわちローガンが抱えている負の感情も露出されることにもなることを表すことになる。
口だけで理解を表現するのは簡単ではある、問題はそうなった時で言葉の通りに行動できるかどうか。誰かに指摘されることは無くとも私はわかっている、つもりでいたのだろう今日までは。それが今、彼に知られることはないだろうが固めていたメッキが剥がれて自覚せざるを得なくなった。
「……とにかくお前のような人形達から自覚あるままの情報漏洩はないだろう。漏れ出ているのだとしたら人間のみで構成された情報分析班の誰かか、自覚ないままに操られたりしている人形だ。証拠はないがロシア政府の連中がそういった工作をしてきてもおかしくはないだろう。なにせ安全の保障が無いのに外部組織の兵士にASSTを実験も含めて組み込んでいるんだ、倫理とか目には見えない価値観が違う俺達からすれば疑わしい以外にない」
「ええ、どちらにしても見過ごすことはやっぱりできないわね。ただでさえ他国に侵攻してこんな事件まで起こしているのだし知った人全員が無視することはできないんじゃないかしら。まあそれでも指摘されるような物なら自分達を棚に上げて喚くだけに終わるでしょうけど」
どのみちこの事件を解決にまで導いたところで世界情勢が好転することはない、その見識はローガンも同じだったようで溜息を吐きながら頷いた。だからといって手を抜くことも諦めるという選択肢を取りはしないが。
「二人とも、そろそろハッキングも終わって準備が整うそうよ。M4が戻ってきてくれって」
「よし、そんじゃグローザを頼むぞAR15。手筈通り俺は先頭に立つから取り戻すまでのボディガードをよろしく」
無線を下手に使えないということでグローザが私達に知らせる為に小声で掛けてきたので皆のいる方へ戻る。ローガンは自分の銃を構えながらモニターを確認できるようにということで端末のバンドを少々緩めてから小銃を構えながら見れるように調整し、私は残弾を確認しながら後に続く。そんな私の横に顔色がまだ回復しきれていないグローザが並んで歩いてくる。
「顔色が優れないけど大丈夫なの?だからといって休むことはできないけど」
「気にしないで、私は人形なのだからこれぐらいで停まるほど柔じゃないわよ……」
そう言っている彼女の顔色は顔面蒼白で、人間であれば腹にある物を吐き出しているだろう様子だ。各機能のチェックをしたROによれば『記憶』としてメモリーに残されている中でメンタルが衝撃を受けた出来事、つまり人間でいう所のトラウマが繰り返し再生されていたらしい。観客席にいるのでなく、その時にモジュールなどの感覚器で得ていた情報を感じつつ何度もループするらしく想像するのも少々恐ろしくもなる。
「なら中に入ったら私から離れないで。極力ないようにはするけど戦闘になって流れ弾が飛んでくることだって考えれるから」
「バカにするんじゃないわよAR15。私はあなた達よりも踏んだ場数は少なくてもそれで潜り抜けた死線は厳しいものだったわ。僅差はあるでしょうけど実力は負けていない、いつもの装備があるからといって調子に乗らないで」
「……私は別にそう言った意味で言ってないわよ。単純にあなたの装備の在処が分からなくなるから下手に前に出すぎないようにって言いたいだけ。でもちょっと待ちなさい、奴らに苦しまされていてのだから気持ちはわかるけど口が悪すぎる。I.O.Pを含めた技術の機密保持も含めてでもあるけどあんたからの申し出なのだからそのデカい態度を何とかしなさいよ」
「頼みはしたけどそこまで知ったことではないわ、いずれは皆どこかで撃たれて死ぬのよ。そいつに気を使っていたらその分無駄になる。人間も人形も深くまで関わって感情を移入したら苦しむだけよ。それなら誰が近寄ってきても突き放すわ酷い手を使ってでも。個として弱いから群れを成す生物と同じように私は見られたくないしそんな奴らと一緒にいたくない。しつこいようなら殺すわ」
仲間を仲間として見ずに見下しながら罵倒して場合によっては同士討ちを躊躇せずにする、それを聞いた私は頭に来てグローザの進行方向に立ちはだかった。交差した視線とそれが空中で火花を散らす、なんて表現は馬鹿馬鹿しいとは思うが今がまさしくその時。戦地にいるのだから時間を有効活用しなければならない、それ自体はわかってはいるが目の前に明け透けに設置されている地雷を無視することは私にできなかった。
「もう一度言いなさいグローザ。しつこいようなら、なんですって?」
「あら、聴覚モジュールの不具合かしらAR15。それとも感情モジュールによる動作で処理が追い付いてないの?仕方ないわね、もう一度はっきりと教えてあげる。あなたみたいに目の前に立つようなものなら誰であろうと関係なく殺す、と言ったのよ」
胸倉を掴んで近くの大木に叩きつけたい欲に駆られてそうしてしまいそうだった。一層ざわつく気持ちを欲と一緒に奥歯を噛みしめて我ながら必死に抑え込むように努める。
「あんた、わかってるの……今の発言を報告したら現メンタルの抹消だけじゃすまされない。下手すれば分解の廃棄処分になるだけの失言だって……!」
「怒ったかしら?それでも私が消える前に邪魔者を消せるから構わないわよ。どう足掻いたって私だっていつかは風化して忘れ去られる存在で例外ではないわ」
「この……!」
咄嗟にグリップを握っていない右手で胸倉を掴んだが結局は何もアクションを起こせず離す。私自身もグローザの言ってることが正しいとわかってるからだ。
いつかは私達という戦術人形は役目を終えて用済みになり記録だけの存在となり忘れ去られる。人類史に残されている伝説というおとぎ話、それと同じように実話かどうかが怪しいこととして扱われかねない。一概にそうなるとは言い切れないが、第二次世界大戦の終結の一因にもなった日本の広島という地域に投下された核兵器。それによっての凄惨さを表していたといわれている原爆ドームがあったと言われているがもう百年以上前の話だ。鉄血が世界に進出した影響で傷跡が上塗りされているのかもしれないが私からすれば『歴史』ではなく『伝説』に等しく思える。
「否定しないだけでなく手を出さないということはあなたもわかってはいるのよね。やはり長らく戦い続けてきた小隊の参謀役を勤めているのは伊達ではないわ、私でもあなたような人形を消すのを躊躇するぐらいよ。それと勘違いしないでほしいのだけどあなたも含めたAR小隊のことは認めていないわけではないの、単に私個人はライバルとして見ているだけよ」
「とってつけたような意味合いの修正ね。それに今のあんたからそのまま受け止めれることが出来るわけないじゃない、さっきの度が過ぎた自己主張で好印象を持つ言葉は台無しよ。気持ちが悪いけど必要なことにならない限りは報告しないつもりよ」
「そんな温情のあることが言えるということは優しいのねAR15。失敗は誰にでもあることだけど、十九年前の六月に『あんなこと』をやらかしたAR小隊の一員には思えないわ」
十九年前の六月、それを言われた瞬間に私の時が止まったようだった。フラッシュバックするのは目に焼き付けさせられた記憶、それで私達は先代指揮官の死とは別の十字架を背負った。両手を縛られて膝をついたあの時、私はどう自分を責めたのかさえもありありと思い出せる。
「結構なことね、自分達で失敗を招き寄せておいて懲罰はなし。それで各々の成長に繋がるなんて喜ばしい話じゃない」
「……本部のデータベースで知ったのね。いずれは誰かに指摘されるとは思って覚悟していたけど」
「あのことを本部で知っていない人形はいないわ。基本私達が生み出した結果にしか興味を示さないヘリアンさん以外の上層部の連中でも時々口にすることがあるぐらいよ」
私も経験した過去を掘り返し挑発しているのはわかってる。結果はどうなっているか分かっている悪ガキのように火に油を注いで反応を楽しもうとしているのだと。テンプレートに沿ったやり方ではあるが効果的ではある、何よりも私の性格を知っているといっても過言ではない身勝手なことから口走られて私には。
「あんた、私がいる小隊を貶しているのそれとも称えてるのかどっちなのよ」
「もちろん後者よ。仲間は大切にしても他者の血と命を糧に前に進み続けようとしているAR15。あなたの小隊は今もまだ未熟な小隊長で統率されている雛鳥部隊だって、そう言ってるのよ」
ここまで押さえこもうとしていたがついに沸点に到達してしまった私は大木に叩きつけるべく再度胸倉を掴もうと腕を伸ばす。片腕ではあるが戦術人形の腕力を発揮させれば抵抗されない限りぶん回せる筈だ。
だが伸ばして掴もうとしたところで気付いてしまった。グローザの表情の笑みがついさっき見たのと違って悲哀に満ちたものになっていたことに。
「グローザ、あんた……」
自然と伸ばしていた腕が止まって口が同様に動く。意図していたことにならなかったせいかグローザの表情が憂いだものから怒気を宿らせたそれになっていこうとした時だった。
「おいお前ら、俺だけを最初に活かせて仲良くお喋りってか~?」
恐らく自分だけがM4達の元に向かっていることに気付いて引き返して来てくれたのだろう。現場ではいつも身に着けている左腕の端末の位置を調節し終わったらしい。戻った彼は自然と私とグローザの間に立つようにして歩いてきた。
「……別になんでもないわ。ごめんなさい、早く戻りましょう。これ以上時間を浪費するのは得策ではないわ」
「ちょっと待ちなさいグローザ!まだ話は終わってないし私は……!」
「グローザの言う通りだ。ほれほれ、俺だってできるだけ早く終えて飯にしたいんだからその為にもって事で協力しちくりー」
致し方なしとばかりに踵を返したグローザの背を押すようにしてローガンは言葉を投げかける。普段のような調子になった彼女に追い付くべく、私は歩調を速めて行こうとしたがAR小隊並に馴染みになっている男に肩を掴まれた。その時の私はムッとなるどころか胸の内が焼かれる会話による行き場のない感情で爆発しそうだった。数分間の出来事を忘れることはできなかったことなど到底できず衝動のままに振り払おうとしたが、こちらに寄せられた顔を見て停止する。とはいえどこかで期待していたことにはならず、彼の口が私の耳元に寄せられた。
「気持ちはわかるが下手に触れば噛まれる。お前らがこの一帯から離れる鍵だから変なことで負傷されては元も子もないし基本俺に任せてくれ」
その台詞に一度思考が止まったが彼女とは違ってローガンが言ってることの意味はストレートでわかりやすい。理解した私はすぐに追い抜くようにして歩き始めたローガンの隣に立って歩調を合わせる。少しだけ見上げれば視界に収まる彼の顔を外さずに言った。
「今のグローザは危険よローガン。あなたでも彼女と言葉を交わそうとしても……」
「だったらさっきので撃たれていただろうさ。お前達の話の詳細は聞いてないから分からないけど、自暴自棄になってはいることだけは俺でもわかったよ。お前もそれに気付いただろ?」
「そうだけど話を逸らさないでよ。あんなにモジュールが生む感情を暴走させてる人形を私は見たことないのよ。ガンスリンガーを気取る奴みたいに銃を撃つことはなくてもカンにきたらお終いだわ」
今のグローザの精神状態はピンと限界まで張りつめさせたピアノ線と同じだ。所々が劣化して細くなってきてしまっている理性を踏みつける、そんな簡単で単純な衝撃だけで断ち切れてしまいかねない。メンタル回復の為に精神科医を招いたとしても付近に同等の実力者を待機させたりしない限りは医者も始められもしない、そんな状態だ。
したがって兵士としては上々ではあるが医者としての免許がないローガンに任せるのはあまりにも危険すぎる。銃撃はもちろんのこと格闘戦でもいずれは負けることは明白だ。
「ヘリアンさんから聞いた人の過去をベラベラと話すのは良くないとは思うんだがこの際言うしかねえよな。AR15、グローザは大分前に自分の指揮官を喪っているんだ」
「……え?」
上司として従っていた指揮官を亡くした、そう聞き入れた私だったが続きをローガンに知らずと促していたらしい。彼は息を吐くと足を止めた私の方に振り返って言ってくれた。
「あいつの左手の薬指にある『誓約の指輪』がどんなのか、お前には説明が必要であることはないよな?」
「大丈夫、戦術人形であればそのことは人形としての常識の範囲内よ。でもあれを贈った人は本部で今も生きているのだとばかり……」
「まあ俺も指輪がどんなのかを聞いただけじゃそう思うだろうな。だけど最初に聞いた話でそんなのも考え付かないかったよ。まさか副官に就いていて付き従っていたのも想定外だった」
「それでローガン、グローザってここに来るまでもずっと……?」
戦い続けていたのかと聞こうとしたところで彼は自分の口に人差し指を立ててこれ以上は何も言わない様にジェスチャーする。考えてみれば気持ちはわかる。ローガンも本人の認可をもらわずに喋りたくないからだ。
差し迫っている時間と事態の進行、早歩きにそろそろなっていかなければM4とROにそろそろ申し訳ないので急ぎ始める。
「とにかく、俺があいつが言いたいことを全部聞き出してみるさ。それで全部胸が晴れるわけではないだろうが多少はマシになる」
「それってあなたの経験談?」
「そうであって欲しいっていう願望だな。トラウマを明かしても気まずくはなるが、まあ血栓みたいのを取り除いて流れを少しは良くすることはできる。ああでも……」
脇目を振ってみると一緒に小走りになっているローガンが笑っていた。かつて浮かべていた自虐的なものでなければ視察で外出した時の行楽を表しているわけではない、なにかに感謝していても恥ずかしい、はにかんでいるという表現が当てはまるそれだ。
「前言撤回、経験談も含まれる。この間、完全に克服には至ってないけど肩の荷が少しは下りたよ。そうできるようにしてくれた恩人が俺の隣にいるしな」
「私のこと?え、でもそれっていつのこと?」
「あ~……まあ覚えていないのは悲しいことだけども……感謝してる気持ちにはそこまで関係ないから、うん……」
「冗談。嘘だって、ちゃんと覚えてるわよ」
目に見えるほどガックリと肩を下ろして暗くなるローガンに私は少しだけ吹き出してしまったがすぐに否定する。人間でありながら戦う兵士は彼と出会う前にも見てきたが、大量の鉄血兵に対して単独で善戦した者はなかなかいなかった。それだけの装備があったのもあるが、扱えるだけの技術とパニックを起こさない図太さが無ければ意味がない。今こそ所属組織が変わったせいで彼自身の私物や基本的な装備はあるものの民生組織から得ていたドローンは所持していない。が、それを抜いてもローガンは強いのだから、忘れる筈もない。
ましてや恩人なのはお互い様だ、私だって二日の内に二回助けられてる。それなのに負の底なし沼に沈みそうになっていた彼を無視したらもう自分を許せなくなる。
「それでも、あなた一人だけに一任することはできないわ。吐き出させる前に暴挙に出ることだってあり得るのよ。そんなことになったら……」
「おいおい、別に俺一人で全部やるとは言ってない。ただ『基本的』に俺があいつにぶつかるだけであって、もしもの時のセーフティは任せるつもりなんだよ」
返す言葉に詰まったが独りよがりですべてやるつもりでなかったことだけはすぐにわかった。思考が至ってなかったのは私の方であることの安堵と悔しさを深呼吸と一緒に吐き出し、こちらに手を振っている友人たちに私も振り返す。
「頼んだぞ」
「任せて」
もう距離もそこまでないのでペースを緩め、ローガンと拳をかち合わせる。最後の言葉によるやり取りは短かったが本当に言いたいことだけはもうわかってる。それにまだ話すようならもう彼女らにも聞こえてしまう。それだったらこれで十分、私もいつも以上に頑張れる。誰かに必要とされて戦う、それが私も含めた戦術人形としての役割だ。力のない見ず知らずの人の声に応えるのはもちろんだが、こうして私の力を必要としてくれている人が近くにいる。優先して守るなら反撃手段を持たない民間人か助力を求める仲間か、そう聞かれたらどちらも取るつもりでもある。そこにローガンがいるのなら尚更だ。
「ローガンさん、そちらで何か変わったことはありましたか?」
「いや、これといって大きな動きは受けられなかった。強いて言うなら気を抜いてる奴が見回りをしているぐらいだよ」
「わかりました。それでは打ち合わせ通りにいきましょう。先行は頼みましたよ」
「了解、だけど遅れるなよ」
M4から指定されたポジションに入り何事もなかったように飄々としているグローザの前に立つ。そしていつでも交戦できるようにセーフティを解除した。同じく銃の安全装置を操作したローガンが入口に立つとハッキングをした状態で待機していたROに目配せする。対する彼女は頷くとハンドサインで合図を送り、握り拳になった瞬間にローガンは扉を蹴破って突入した。
ジリリリリリリリリリリリリッ!!と耳障りなベルが鳴っている空間に私も飛び込む。その先にある、私達にとって理解が出来ないエゴが密集するエリアへと。
唐突ですが、航空支援、ていう単語の響きが私は好きです。あくまで感覚的な物であって明確な理由を説明することはできませんが。それで連想するのですが、今も拝見しているゲームのプレイ動画を字幕実況で投稿している方がおります。プレイスキルがあるだけでなく、ネタを挟んだりとおもしろいので私としても一押しの方です。他にもナイスプレイとはいい塩梅で踏んでくれるドジが良くて笑わせてもらってます。そんな方の動画の「とあるFPSのキャンペーンシナリオをプレイしている時に、目視で攻撃目標を指定して敵を一掃するということがあったのですが、自身も至近距離にいたので巻き込まれてました。金属の槍を触らすので正確にいえばあれは航空支援ではなかったのかもしれないのですが、深く考えたらキリがないのでそこまで潜りこまないようにはしてますが、良くも悪くも航空支援という単語には色んな記憶があるので馴染み深いものになってます。……理由になってるがなこれ。
目標としまして第三章はあと三話ぐらいで終わらせたいところなのですが、どうなるかなこれ。所々に追加の話を挿し込みながら長引かせすぎてしまっているとタイピングしながら後悔していますけど、(前回とかは特にそうですが)重要なところなので致し方なし、といった感じです。とはいえちまちまと挟んでしまったのは悪かったなぁ……。
それでは今回はこの辺で―――
『AR15のキャラが若干崩壊しそうになってたのは秘密(もう秘密じゃない)』