誰も助けてくれない -Can you hear me?- 作:麒麟犬
<20:34>
開口一番に尋ねられたのが無線を手に持っている者の名指しによる確認。戦術人形であるグローザはまだわかる。I.O.P社が公認し出版されている自律人形のカタログには御多分に洩れず『
であれば、自分の名を何故知っているとローガンは思う。ここまでの戦闘で自分は敵方に名乗った覚えはないし個人情報を開示するようなことこそした覚えがない。強いてあったと言われても仲間に名を呼ばれたぐらいだ。
「こっちの方で聞いてきたということは俺達とは友好関係なんて到底築ける筈もない連中だよな」
『過去に暗殺稼業に身を置いていた君であれば共感できると思っていたんだが、意にそぐわなかったかな?』
「安心しろ、きちんと分かり合える敵じゃないということが伝わった。あれだけで深く考える必要もない、明確なメッセージを残してくれてるんだからな」
『ふむ、バラバラ趣味はないのか。なら君は何の為にナイフを握って来たのか聞かせてもらいたいな』
「目の前に立ちはだかる敵兵をどかす以外に何があるってんだ。てめえらみたいに不必要に死体を嬲る趣味は俺にはねえよサイコ野郎」
この相手とやり取りをしているだけで頭にくるものがあった。ローガンも必要があればナイフを足に突き立てるなりして情報を聞き出そうとはするが、生きている人間を前にして死体を切り刻むことなどしたことはない。
あくまで銃やナイフは主に命を絶つのに使う物であり、殴打して気絶させたりするのは副次的な用途でしかない、それがローガンの認識だ。
したがってこの怨霊達のやり方には賛同できない。過去に欲求を満たすために動物の死体にテーザーガンを当てたりするなどして弄ぶ事例はあったがそれよりも酷い。ローガンが血肉をまき散らす現行を目の当たりにしたわけではないが証言した者がいる。それだけでもうローガンには寝返るなんて到底ありえない、敵対するだけの理由が十分に揃ったと言える。
『まあいい、君にはいずれまた『招待状』を送らせてもらうとしよう。今回の本件はグローザの方にある』
「私を無意味な尋問にかけたというのにしつこいわね。『砂漠の湖』なんて、私達が知っているわけないじゃない」
『嘘であることはもうこちらとて知っているんだが置いておこうか。やはりとは思うが、オレを覚えていないのか?』
「……は?」
この者が知人であったことにグローザが固まる。ローガンも驚きはしたが、ここで口を挟むなりして余計なことをしないようにつぐみ成り行きを見る。
琥珀色の瞳に更なる陰りが生まれたが、その持ち主は動揺を抑えながらも声を発した。
「私が知っている人間に異常な殺人癖を持つ知り合いはいないわ。指名している『グローザ14』は別個体じゃないかしら」
『いいや、君の事さ。もうすぐで二十年にもなるが、大隊規模の鉄血襲撃で基地は壊滅した極東ロシア支部、そこの副官を勤めていながらエースだった『グローザ14』。間違いなく君だろ』
「何故そこまで知っているの。私の横にいる人のことまで知っているのも気がかりだけど、そんな過去のことまで知っているのはもうこの世にいない筈よ」
『それはそうさ。なにせオレはまだ未熟だった君の前で死んだと認識された人間なのだからな』
そこまで言われたことで思い出したのか、グローザの顔色がさらに蒼白になっていく。脇にいながら繰り広げられている戦況を見ていたローガンが再度見た時には唇がわななき、恐れが表面化してきた彼女がそこにいる。スオミと一緒にいる時でも見せたことがないその様子で彼女にとって只事ではないことが窺えた。
「まさか……超国家主義者の……!」
『ちゃんと思い出したようだな。あそこで君に声帯ごと喉をやられた苦痛を君に思い知らせてやりたいと思ったのが二十二年前だ。生き残ったことだけは知れたけど消息が追えなかったけど、まさかここで再開するとは思わなかったよ』
「何故生きているのよ……あの時に負わせたのは一目見てもわかるぐらいの致命傷で死ぬのは時間の問題だと思っていたのに!」
『オレも当時はそう思っていたさ。なにせ喉に穴が空いてまともに呼吸ができなかったからな。息苦しさだけでなく、脳が認識できないだけの痛みと出血している感覚、今じゃあれもあれで乙なもんだよ』
無線機から聞こえてくる声とそれによって生み出される台詞にローガンは悪寒が背筋を伝って駆け巡ったのを感じた。どちらか片方だけであればまだ神経が逆撫でにされただけで済むのだが、日常会話のように話されることで忌避したいと本能が呼び掛けてくる。直感でこの後にも紡がれることがよろしくないことだということも頭に
『参ったね、武力と恐怖による国の統治なんて息巻いていたが、死にそうになった時は『死にたくない』って思ってしまう。そんで後悔するのはここまででやれなかったことだ。だからある奴に命を拾わせてもらった時にはやりたいことを精一杯やろうと思ったよ。金にものを言わせて無理矢理押し通していたりもしたが離れているとどうしてもできないことがあった。何だと思う?』
「それで遺体を嬲ることに繋がったと言うの……!?」
『不正解、そこまで短絡的に話は進まないさ。単純な話、君への礼を含めての復讐だよ。君達でもやられたら少しはやり返したくなりはするだろう?それと同じだ、オレはオレが経験した以上の苦痛を味割ってもらおうと、ブラックマーケットで得たとある情報を裏社会にそのまま流した。真偽はどちらかおいて、もしガセでも損はしないと言って礼金を渡してくれたのが鉄血だったことには驚いたよ』
それで心臓が跳ねたのはローガンもだったが、こちら以上だったらしく声を失ったかのようにグローザは喘いだ。続きを促すことが出来なくなった彼女に代わり、ローガンが無線機を取って口にマイクを近づける。言葉選びで少々詰まったが、ここで遠回りの言い方をしては嫌な言い返しを受けて彼女の傷を余計に抉ると思い、ストレートにわかりやすい言葉で言った。
「……それがグリフィンに関わる情報だっていうのか。各支部にいる指揮官を……殺すのに繋がるやつ」
『その通りだローガン・ブラック!今オレ達がいるここアメリカにイギリスやドイツに中国、そして極東ロシア!最初に目当ての支部が襲撃されて指揮官が死んだというニュースを知ったときは笑いが止まらなかったよぉ!!』
言われていることが正しければ、グローザがいた極東ロシアを襲撃したのは鉄血ではあるが、それを成功と至らしめるのに十分な情報を流していたのはこの男だったということになる。当時グリフィンがいかなる状況下に置かれていたかローガンは知らない。だが、あげられて五ヵ所の支部が襲撃されて手酷い痛手を被ったことは間違いないだろう。
それに今しがた上げられた支部の中に一つ、アメリカも出てきている。南アメリカとのどちらなのかははっきりと言われなくとも、思い描く時系列でみて恐らくハリーの父親、健在だった先代指揮官がいた支部だ。
ならばもう疑う余地はない。この男はハリーにとって、彼の父親に従っていた人形やAR小隊や404小隊だけでなく、グローザにとっての仇である。
『目当てだったグローザの存亡だけがオレは気がかりだったが、発表された声明では人形の生き残りはないとされていた。だけどオレの手で殺せなかったことだけが心残りだったよぉ!だからオレはその欲求の渇きを癒す為に好き勝手に人を殺して、一人一人を憎い相手に見立てて切り刻んだ!何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度何度も何度も何度も何度も何度もなぁ!!』
「てめえ……!!」
『だけど虚像を重ねるだけじゃ意味がない、癒えるのは一瞬だ。単に戦場で殺すだけじゃ追い付かないとまで考え付いたオレは、世界中に散っている重罪人や異常性癖者を集めて組織をつくった、名は知ってるかなぁ!?知らねえってんなら―――!!』
「そこは仲間に聞かせてもらったよ……。背景としている赤い布地は血色を意味し、骸骨はてめえのように武器を持つロクでなし。名は『アネクドート』、滑稽な小話を指し示したのを異常者の集まりとして置き換えた凶悪集団だってな……!」
スオミ達と合流した際に45から説明された時に知ったことだが、アネクドートというのはソ連崩壊まで公開されるような話ではなかった、不満やジョークの捌け口とされていた小話だ。語源がギリシャ語で『公にされなかったもの』と表現されているのである。『言論の自由』が憲法とされていたものの、厳しい言論統制社会であるソ連は許されないこととして秘密警察で弾圧していた。
自分達の
だが心の準備が出来ていたしてもこれは予想以上だろう。なにせ一つの蓋を開けてみれば復讐に執着するあまり、歪んだ嗜好の持ち主がいるのだから。
「殺すッ!貴様どこにいる姿を現せ!!
『はは、ははははははははははははははははははははは!!それでこそだグローザ、吠えて怒り狂え!雷雨として君の真価を解き放って見せろ!そうなった時の君を殺すのが、オレにとって強力な『癒し』だ!!』
「いい加減にしろこの屑が!あんたみたいな人間なんか、この世で生きているのに値しないゴミよ!そんなに『癒し』を渇望しているなら何も感じなく済むように死ね、死んでしまいなさいよ!あんたみたいなのをなんで私は憎まないといけないのよぉ!!」
『楽しいからに決まってるだろぉがぁ!!誰しもが感情を持って生まれてくる!悦び、憤怒、悲哀、愉快が生きる上での最上のスパイスだ!人生を謳歌する上でそれらを活かさなくてどうする!?銃弾が飛び交う世界ばかりで知らなかった君が悪いッ!無知は罪なりだ、グローザ14ッ!それこそが君が犯した最大の罪なのだからなぁ!!』
冷静を欠いたグローザが無線機を地面に叩きつけようとした素振りを見せたので、ローガンは即座にグローザに格闘術を駆使する。彼女の両脚を片脚で払って体全体を空中に浮かせ、顔を掴むと手前に僅かに引っ張って
頭を打ち付けたりしないようには配慮した。そしてこちらの行動に対処できなかったグローザが仰向けに倒れるので、ローガンは彼女の片腕を踏みつけて押さえ左手でもう一方も動かせない様にする。全体重ではないが足の方にはある程度はかけておいて無線機に加わってる握力を弱めさせてその手から奪った。
地獄の使者を彷彿とさせる殺気が向けられながらもローガンは奪い取ったそれを口元に近付け、努めて平静を装って言った。
「口上は結構だサイコ野郎。まとめればてめえらは俺達の敵であって、鉄血と同じぐらいにタチが悪いことというわけだ。もうこれ以上に何かを言って飾る必要はねえ」
『……ほう、君にはグローザやオレのように復讐するといった理由がないだろう。わかりあえないのだとしても、受け入れられないとして拒否すればいいだけで、結局は無関係でいられるんだぞ』
「無関係も何も、もう命のやり取りをしているのだからもう知らんぷりは出来ねえよ。グローザの事を抜きにしても、俺にもてめえを追うだけの理由は出来てる」
最初に思い浮かんだのは前指揮官に従って戦っていたとされている404小隊。かつてより丸くなったとされている彼女達は各々で基地内にて仕事をしたりと活動している。見かけたりすれば演習訓練で組んだりして挑み、終わったら互いに問題点を指摘するなどする。汚れ仕事をしながら放浪していた彼女達だからこそ得ている戦闘技術がある。無論そればかりに傾倒しているわけでなく、それぞれで獲得している個性だって忘れてはならない。
そして頭に過るのは自分を家族として受け入れてくれたAR小隊。執務室として割り当てられたその夕刻に訪れてみれば、彼女達は飾り付けられたその部屋で笑顔と温かい言葉が出迎えてくれた。クラッカーによる紙吹雪に紛れて見える彼女達に自分だって救われたのだ。『お前達の為にも戦う』、彼女達に立てた誓いを今だって忘れてはいない。それを嘘にしない為にも、友好関係を深めつつ訓練で競ったりと様々な面で時間を共にしている。
加えてローガンには主に二人の少女達から贈り物がある。戦闘服の下にはAR15によるドックタグが、鼻から下を覆うようにしてこさえられた45手製のスカルマスクが。そして自分の左腕の上腕にはグリフィンのマークや、シャドー隊の隊章だけでなく、友好関係にある部隊を示すとしてAR小隊と404小隊のそれだってはっきりとわかるようにプリントされた蒼天の腕章が。
そんな彼女達の過去にあった出来事。彼女達がかつての上司の死に苛まれたのはもうローガンにだってわかってる。
ならば、やることはもう明らかだ。
『やる気に満ち溢れるのは結構だか、こちらにも事情というのはある。そこにはもうオレはいないことだけは踏まえておいてくれよ』
「逃げたければ逃げればいいさ。だけど必ず見つけ出して仕留めてやる。どこへ逃げて隠れようとも、てめえの背後に出てきてやって喉元に俺の牙を突き立ててやる」
その無線機を地面に置くと、ローガンはナイフを抜いて切っ先を向ける。最後にはっきりと聞こえるよう、一層声を張り上げて言った。
「忘れるなよ、『
バギンッ!と画面に刃物を突き立てられた端末は機能を停止し動作しなくなる。呆然としたグローザへの拘束力を弱めてローガンはそれをそこから戦場へと投げ放った。
――――――
<20:41>
手を貸してやって助け起こそうとした途端、お見舞いされたのは手加減など微塵もない拳によるフックだった。その一発だけが強烈だったからか、着けていたスカルマスクが外れてその場にハラリと落ちる。
ゴッ……!と今日一日で複数人に何度も殴られている頬に叩きこまれたが、ローガンはそれを躱すにしても防ぐ気にもなれなかった。感情を露にして思いのまま叫び、無線機を叩きつけて壊そうとしたあの時のグローザの表情がいつも見させられている幼き頃の誰かと重なったからである。受け身を取ることすらもせず、ローガンは転げまわって仰向けになった。
倒れたこちらに追撃を仕掛けて彼女は馬乗りになってさらに拳を振るったが、片手では数えれなくなり空中に振り上げられたタイミングでピタリと動きが止まる。
さすがに戦術人形の腕力を遠慮なく振るわれたおかげで意識が朦朧としてきていて痛覚も麻痺し始めていたが、次に来る筈の衝撃が来ないことにローガンは空を見る。
「なんで……なんでなのよ……!」
両目から零れた涙が重力に従って落下し、彼女の拳に代わってローガンの頬を叩く。感覚が分からなくなっているというのに、それの落下点にある神経によって熱が伝わってきた。
泣き顔のグローザは感情モジュールによる思いが投影されている行き場のない拳を力なく今度はローガンの胸を叩く。
「なんであなたが、そんなことを言えるのよ……。死にたくないのなら関わらなければいいのに……グリフィンにいるのなら
「……わるかったよ。お前だってお前の事情に土足で踏み入られるのが嫌だろう。頼んでもいない他人にずけずけと踏み込まれたちゃ腹も立つしな。だったら殴られるのにも納得がいくよ」
「そうじゃない、私が言いたいのはそうじゃない……」
馬乗りになっていたグローザが横に退きはしたがまだ体を起こす気になれない。すぐ横では皆が戦っているというのに、ローガンはまだこのまま星や満月が浮かぶ夜空を眺めていたかったからだ。
すぐ横にグローザが蹲るように両脚に顔を埋めたのをなんとなく気配で感じながら、ローガンは深呼吸してから言った。
「どちらにしても、俺だって奴らに目をつけられたんだ。ほんの数回しか戦っていないというのにな。否が応でも戦わざるを得ないのだから今までのような文句は受け付けないぞ」
「わかってるわよそんなこと……あなただって覚悟を決めているだってことぐらい……でも私が抱いているのはそうじゃないの……」
「じゃあなんだってんだよ……」
軽く殴られた箇所に自分で触れ、身体に走る電気信号にローガンは顔を顰めながらも思いのままグローザに聞いた。顔を横向きにすれば彼女を見れるだろうが、彼女も泣き顔を誰かに見られるのは避けたいだろうからそちらを見ない。それと比較してみて無数に散りばめられている星々の魅力が強調されて見えてもきた。
「私があなたの事を知って最初に抱いたのは他の人形と同じく懐疑心よ。でもよくよく考えてみたら、訓練されていても人間が鉄血と戦うのに並の精神では耐え続けれるわけがない。敵は味方の損壊を気にせずに淡々と殺戮を繰り返す抹殺者だもの。ベテランの兵士でも『死』が溢れた惨状を何度も見させられていたら心が壊れるのに、あなたは今よりも若い時から見てきているのでしょ。タスクフォースに属しているより前からも」
「……そうだな。時には鉄血兵がうろつく市街地を潜り抜けて行くことだってあったが、その時には必ずといっていいぐらい民間人達が惨殺されている現場を見てきたよ。肉片が浮かんだりもしていた大きな血だまりが出来ている、そんなのを何度も」
今になっても思い出す。複数人にしても単独であったにしても鉄血兵に見つからないようにしてやり過ごし、瓦礫などに身を隠しながら行こうとしたその物陰に死体があるのを見つけた。死後硬直が始まる直前の、ダラリと力なく倒れ、両の目は絶望により涙を浮かびながら殺された人間のそれを。それは大の男だけじゃなく、老人に女性や当時の自分とは歳がそんなに違わない子供のもあった。
それを十代前半に毎回に近く見続けて枷が壊れていたのだろうか、と自問することがある。だけどその問いに対しての明確な答えなど返ってくる筈もなく幾度も徒労に終わった。
「正気でないことも疑ったけど、精神疾患を患っているという情報もなかった。それで私に惨めだと思う、感情が生まれたわ。モジュールが誤作動したのではない、生き物にはあって然るべきというそれが」
地面に密接している後頭部までもが痛くなってきたのでローガンは頭の向きだけ変えてグローザを見る。すると彼女も赤く腫れた片目だけを覗かせて自分を見ていた。
「それが何か、あなたにわかるかしら……?」
「わかるわけないだろ、俺はお前じゃない。言ってくれなきゃ伝わるわけないだろ」
身体全体までもが悲鳴を上げるが、ここまでの予定外の作戦遂行で自己主張するのは当然だともいえる。それでもローガンは内にいる本能の嘆きを無視し、よっこらせと身体を起こした。
斜め後ろにいるグローザが立ち上がる気配は、まだない。
「本部からここに来る原動力にもしていたけど、
再び涙に濡れていくその声を背中で聞きつつ、ローガンはこれまでのグローザとのやり取りを思い返す。
刺々しかった彼女の一つ一つの言葉、それらに密かに内包されている気持ちをローガンは考えたことなどなかった。表に出されている言葉を全て飲み込み、そこにある意図を読み込んだだけである。それで彼女自身は人間である自分を嫌って突き放しているのだとずっと思っていた。
だがそこで、抱かれていた彼女の感情を知ってみてはどうだろうか。これまでの彼女は自分が得ている技術を教えることがあったとしても、『それを持っている自分が戦術人形達の先達の一人であることを誰にも伝えていなかった』。精神に病を抱えている彼女が自身の経歴を誰にも明かさずにいたのは、単に彼女の指揮官を喪ったことにより自信すらも無くしたからでもない。戦闘技術を自分が持っていてもあったとされている『強さ』を見失い、何もない空っぽの容器と同一だと感じていたのだろう。
嫉妬や羨望といった幾多の感情が混ざり合い、痛烈に感じさせられる台詞を自分にぶつけていた時、グローザも胸中は複雑だったのではないだろうかとローガンは思う。聡明な彼女なのだから、感情の糸でこんがらがった固い塊をそのまま相手にぶつけてしまう、その行いの愚かさで更に自身を責めていたに違いない。
「もう嫌……誰かを憎みながら戦うのが……死を悼みながら堪えるのが耐えられない……嫌い、大嫌いよ私自身も、全部……」
心根から折れかけていたのはきっと自分と初対面を果たしたあの時からなのかもしれない。実力があることを周りに認められていても、誰にも悲鳴をあげているもう一面の自分を気づいてもらえていなかったのだから。
訓練や演習でハイスコアを叩きだすだけでなく、実戦で足を引っ張らずに他者と息を合わせて勝利に貢献して見せた。それにこうしてグローザの感情の底で大きくなっていた『腫瘍』を知れた。
ローガンは地面に落ちているスカルマスクを拾い、泣きじゃくりながら顔を俯かせているグローザの方に寄った。
「グローザ、お前にはきっと俺なんかの言葉じゃ安っぽすぎてなんの励みにもなれない。あまりにも経験していることがヘビーすぎて、俺自身もどんなことを言えばいいのかわからないしな。だけどさ、自分からだと無価値でどうしようもない、鉄血の奴らなんかに嘲笑われても仕方ない存在なのだとしても絶対に『空っぽの人形』だということはないんだよ」
まだグローザは顔を上げないが、言えるだけの事ならローガンにある。こんなことを何度もやれるとは思っていないが、そうしなければ前に進めない少女がいるのであればもう言うまでもない。少女に揃っている要素を全て伝えることをするまでだ。
「まずさ、お前が大事にしているその装備。ライフルじゃなくて拳銃の『マカロフ』だが、そんな傷だらけの代物を大事に取っているんだ。きっと今はいないお前が仲良くしていた奴の形見だ、そうだろ?お前はどんなつらい目に遭っても過去になった人との繋がり忘れずにいられ、
戦術人形はASSTで繋げられている武器の他の装備の携帯を許されてはいる。ただ同じ名を冠する銃と同じように満足に扱いづらいという理由で持っていない人形もいるが、グローザはここまでで傭兵と怨霊との戦闘でサイドアームとして使ってみせた。それだけでは単なる思い過ごしだったのかもしれないが、年代物を思わせる傷や凹みの修繕跡がもう物語っている。グローザがそこまで新品の『マカロフ』と交換しない理由はおそらく今は亡き友人の遺品なのだろうとローガンは思ったのである。
反応は返ってこないが、はっきりと言ったので伝わってはいるようで否定も聞こえてこない。それに僅かに顔を浮かしてきたので、ローガンは目線を合わせるようにしゃがんで高さを合わせた。
「第二に、お前は自分の指揮官の喪失に我慢しながらここまで生きてみせた。PTSDなんかにへこたれずに戦い続けてきたなんてすげえよマジで。それだってお前が誰にも引けを取らない『強さ』じゃないのか?」
「そんなわけないじゃない……単に私は抜け殻になりながら惰性に任せてきただけよ……」
「精神疾患になっている奴がそこまで耐えれることなんてまずない。メンタルセラピーは受けてたかもしれないが、精神病棟に入らないだけでも間違いなく何処かで自殺してる。それなのに誰かの『死』を見ても正気でいられてるんだ。俺にでもわかる、お前のそれは過去になかったアドバンテージだ」
無論、したくても戦術人形の安全装置が働いてしたくてもできなかったのかもしれない。しかしそれで無力に捕らわれることにならず、銃を握って
「最後にさ、グローザ。45やG11、皆が援軍としてきてくれただろ。傲慢だとは思うが、あの二人とバルソクは主に俺の為に来てくれた。SOPIIは同じ小隊メンバーの奴らの為に。あんなに嬉しそうに飛び跳ねているのは俺も見たことないよ」
持ち上げられて見えてきた赤くなっている琥珀色の瞳とローガンは目を合わせる。そこからずっと逸らさずに、一番に言うべきことをそのまま言った。
「じゃあスオミは誰の為に来たんだと思う?副官のあいつのことだ、きっとハリーの手が回り切らない仕事をやっていたんだろうさ。でもそれを投げ出してまでこっちに来たぞ」
「副官だもの……同じ基地の人形が追いつめられているような危機的な状況下になって人手が足りないのであれば彼女はあなた達の為に……」
そこで嬉しい間違いをしてくれたことにローガンはにっと口角を上げて笑う。雷が無い土砂降りの雨が内側で降り続けているグローザにそのまま言った。
「バーカ、それだけじゃねえよ。スオミは自分が倒れ込んでしまっても仕事をしようとするぐらい責任感があっても頑固な奴だ。分けてもらったサバ味噌のお返しを気にしたりもするぐらい生真面目で、短所の克服を一生懸命になって実行するぐらい努力家でもある。そんなあいつが任されている役目を投げ出してこっちに来た」
頭をわしゃわしゃと撫でてやりながら、ローガンはそのまま言う。電脳の働きが鈍くなっているせいか察しが悪くなっているグローザに。
「お前を助けたいと、『過去を明かすぐらい心を許している友達の
グローザは顔を完全に上げて目を見開くが、そこは絶対に間違いないとローガンは確信していた。厳しい取捨選択をしてきたであろう彼女が克服した大のロシア嫌い。並の向上心ではどこかで挫折し諦めるであろうそれをまだ子供だったハリーに寄り添って生きてきながら立ち向かって打ち勝った。
先代指揮官の息子でまだ二足歩行が出来ていない頃から世話してきた他では置き換えれない大切な存在だから、そういった理由があったのかもしれない。理屈を織り交ぜた、矛盾した感情論で他人がいう事を突っ撥ねてきたのかもしれない。そもそも、単に頑固で知られない負けず嫌いが働き、前述した理由などなかったのかもしれない。
しかし副官の責務を放り投げてここまできた。彼女からすれば全滅していたかもしれないと思えるこちらの現状など何もわからないというのに。
「そんな……そんなわけが……!」
「まだつまらないことを言うのならお前の頭をグリグリしてやろうか、ん?本部から来た素性がわからない誰かさんに一番向き合った奴を信じることすらできないのかよ」
頭から手を離し、グローザの胸元に軽く拳を当てる。理不尽に苛みながらもそこで活動を止めない彼女の仮の心臓を指し示すように、膨らみがない箇所にあてがった。
「誰かに言われることで気付くことっていうのはやっぱりある。良し悪しはともかく、デカい衝撃を受けさせられたりもするとびっきりの代物もあったりする。グローザ、お前は絶対に無価値でどうしようもないクズなんかじゃない、鉄血の阿保共に嗤われたりする謂れもない。誰よりも理不尽に辟易し憔悴、そんで激しく自己嫌悪するだけでなく、惨めだと思える感情が湧きながらも自分の足で立つことだって出来る、そんなスゲエ奴なんだよ。そんでそんなお前を助けたい、一緒に帰りたいっつう衝動を体現しているスオミが近くに居てくれてるんだ。間違いなくお前には、お前が慕っていた指揮官への気持ちと同じぐらいに価値のある『強さ』があるんだよ!いい加減に気付けよこの
グローザの額にデコピンを打ち、反射的に瞼を閉じて怯む彼女にローガンは笑った。
考えるのをそこそこに、湧いてきたままに行動する。『欲』があるからこそ『衝動』に駆られる、ということだ。子供から大人になって生きていくのであれば、自制をして『欲求』を抑えることを覚えなければならない。生命活動を継続するのに必要なことは除いて、『本当にそのようなことをしても大丈夫なのか』と考えなければならない。『大欲』というのはその延長線上、『衝動』に強く繋がる『欲求』であり、あまり褒められたものではない。
怨霊達が犯した行為は当事者の自分達からすれば決して容認できない、許し難いことだ。たとえ自分達の仲間でなくとも死体をバラバラに解体することを見て見ぬフリをすることなどできない。
その声に耳を傾けずに『大欲』のままに行為を続けることがもし、母が自分の子供を守りたいが為にどんなことでも行動して守り通したいという強い『大欲』と同じことだと言われたら。
もし、互いにとっての友を助けたいが為にここに駆けつけることが『大欲』によるもので罪なのだとしたら。
んなことがあってたまるか、ふざけんじゃねえ。屁理屈並べて陥れようとしているんじゃねえよ。
そうして自分と同じステージにまで格下げようとしていること、そうした『欲求』を抱くことこそ最大の罪であり『大欲』だ。阿保みたいな言い分を並べて変に捻くれている同類を増やしたいと、自分と同位の存在を作ろうとしていることをまず先に問い質すべきである。
「『ぶつかっている壁を迂回してなかったことにすることなんてできるわけない』、今がその時だ。俺はお前を助けることはできないけど、せめて一緒に助かる為に歩みを揃えることならできる」
以前スオミが言っていた台詞である。自己嫌悪とトラウマで形成された壁にどう対処するのかはグローザ次第。自分は手伝いをちょっとするだけで、あとは背中を押してやるだけだ。
ローガンはスカルマスクの両端を掴んで後ろ手に持っていく。グローザに殴られた頬の傷を見せない為にも、ローガンは念入りに位置を調節し固定する。そうした後ですぐにホルスターの『P226』を抜いてグローザの背後で揺らめいた景色を撃った。
タンッ!と発射された弾丸は狙われた方にまっすぐ飛んでいき、そこにいた怨霊を地獄へと返す。そして少々違う位置で土埃が立ったその上に二発お見舞いし、反撃がないままに迷彩が解除されて絶命した怨霊達を一瞥して振り向いて驚いているグローザに視線を戻した。
「もう一度ここからだ、グローザ。踏み出す第一歩のやり方はお前が決めろ。もし躊躇っているのなら二人三脚で一緒に歩いてやるよ」
――――――
<21:04>
援護位置にいた自分達に迫ってきたので位置が知られたと断定し、グローザと共にローガンは準備したラぺリングアンカーを利用して追撃が来ないうちに降下する。
まだ気合が入り直されていないせいか、危なげにグローザが地面に到達したことで緊急事態に備えていたローガンはその構えを解いて周辺警戒をしながら彼女と前進した。火炎が巻き起こり、銃声が轟く即席の広場、そこで張られているテントの間をそうしていて、全体の状況を掴むべく無線機を操作する。
「AR小隊のM4、聞こえるか?」
『っ……やっと戻ってきました……一体そっちで何があったんです!?長い間応答が無かったので心配しましたよ!』
「わりぃ、こっちも色々あってな。とりあえず今は居所がバレたもんだから降下して移動している」
銃声に紛れて聞こえてきたのはM4の声。緊迫している状況下にあるようであまり余裕がないようだった。
『ジャミング装置が目の前にあるので、片付けたらすぐにそちらに向かいます。その後で合流を―――』
無線から聞こえているM4からの声が一瞬遠のいた。不意打ちを仕掛けられたのと同様に全神経の注意が逸れて外的な方に視線が動く。
聞こえて注意が向けさせられるのは背後からの銃声で、次に感じたのは自分の側頭部を掠めて地面を掠める銃弾による熱。延長して地面を抉った銃弾を目で追うことはせずに、推測による弾道を辿っていくと狙撃地点として到達し無線相手としていた怨霊達の中心人物とやり取りをした位置。
距離はまだそこまで離れていないのでまだ肉眼で見えるかもしれなかったが、即座にローガンは詳しく見ずにグローザの手を引いて自分もろとも物陰に隠す。そのアクションが完了しそうになったのと同時に第二射が飛び、わずかに隠れそびれていたローガンの右腕をまた掠める。脳に届いた痛覚による信号により、倍以上の痛みと熱が伝わってきた。
傭兵達とのカーチェイスをすることになった当日に決死の覚悟で突撃した時に一発が上腕を貫通していたので、当然そんなのは二日三日で簡単に治る怪我ではない。なんとか通常通りに動かせはしても完全に癒えているわけではないのだから、重ね合わされた銃創の痛みは尋常じゃなかった。
「痛っつう……!くそっ、随分と行動が早いな……!!」
『シャドー1、ローガンさん!そちらの状況は!?』
「狙撃を受けて襲撃されている!掠めた程度しか被弾していないけど、追いつかれて強襲されるのは時間の問題だ!」
『RO、ハインドドローンをローガンさん達の方に……!』
『残念だけど45と一緒でこっちも精一杯よ!合間を縫って援護にいこうにも詳しい位置が分からないし、正確な射撃もできそうにないわ!』
銃声の数を増やしテントの生地を貫通させて怨霊達の射撃から逃れるのに何もせずにこのままでいるつもりなどローガンには毛頭ない。すぐさまグローザの手を掴んで移動しようとするが、彼女の様子からして十二分な速度を保ってのそれができない。だからといってローガンは彼女をここに置いて捨て去るどころか何処かに押し隠して戦う気も全くない。
逆境に直面しているというのに昂ぶる戦意にローガンはニヤリと笑った。敵が違っても微細に状況が違っても、結局のところやるべきことはかわらないのだから。
『シャドー1、こちらは敵リーダーの排除が完了しました。これよりそちらに合流するようにしますのでそれまで持ち堪えてください!』
「オーケー、できるだけ早く頼むぞスオミ。わけあってグローザがまだ戦えない状態だ。お前達が来るのを心待ちにするよ!」
応答してから瓦解してきてるテントなどによる十字路に飛び出したところで、正面から怨霊二人が接近してきてるのを目視で確認する。すぐにローガンは片手で持ってしっかりとストックを肩に当てている『ハニーバジャー』を撃って牽制し、左右に別れた隠れたところで十字路を左折し逃げる。
「ほらグローザ、お前も止まらずに頑張れよ!迷いが振り切るまで時間を稼いでやるから!」
「そんなことを言われたって……私はあなたに酷いことを……」
「ああそうさ、お前にグサグサと言の葉による刃で刺されたよ!だけどそんなことばかりでクヨクヨしていられるかって話だよ、そんなに疑われるならお前が納得のいく結果出せばいいだけだったしな!」
背後にいるグローザの方は見てはいないがまだ晴れた表情をしていないのは言葉の端々で察するができた。慰めの言葉による誤魔化しでは何も意味を成さないので、そのまま自分がもうじき一週間前になる出来事による傷をぶっちゃける。正直なところ、そんなことにまで気を回せるほどの余裕などないのだが、なぜか今のこの時だけはそちらに意識を割くことが出来た。
「言われたことに反抗する、そんな気概を持つだけでいいんだよ!お前の指揮官の死に間接的に関わったあいつに何も感じないわけないだろお前なら!」
「当たり前じゃないそんなの……今回はみすみす逃がしてしまったけど、これで終わりにするつもりなんてこれっぽっちも……!」
「だったらそれに火の種を投げ入れちまって爆発させちまえ!復讐に取りつかれるようだったら俺達が祓ってやる!お前も肩の荷を誰かに任せちまうだけの図々しさを持ってしまった方が良い!そこらだけがあいつと似ているんだしお互いにやり合っちまえよ!」
ローガンに不意打ちを仕掛けようとしている怨霊が迷彩が機能しないまま飛び出してきたが、グローザの手を一旦離し突かれてきたナイフを屈んで避ける。そしてつんのめって前によたよたと来たところで背に乗せて一気に放り投げた。地面に倒れたところで戦闘不能になるよう急所を蹴り上げてその場で動けなくし、再び迷い人になっている少女を引き寄せて背後に誘導。
痛覚を通じ電気信号を引き続き発し続けているのを無視し、ここまで走ってきた道筋を辿って追ってきた怨霊に『ハニーバジャー』による銃弾を浴びせかけ、本格的な反撃を食らう前にそこから離れた。
「許しが欲しいなら面向かって直接あいつからもらっちまえばいい!副官としていろんな奴を纏め上げてきたんだからお前の我が儘に付き合ってくれるだけの器があるだろうさ!なにせこれまでに失敗による後悔や挫折を味わってきて乗り越えてきたんだ!思い悩んでるお前のことだって絶対見捨てずに抱え込んでくれるだろうよ!」
その役割による心労を抱え込むのはローガンだけではないし、その相手の了承を得ていないので無責任なことではある。ローガンはあくまで北アメリカ支部で居を置き、指令があれば戦場に向かって潜入し目的を達成する、まだ自分以外の隊員なき『シャドー隊』の隊長でしかない。戦術人形ほど効率よく戦うことはできず、継戦するにしても彼女達よりも限界が早く訪れる人間だ。そんな自分では抱えきれる事情もたかが知れており、努力しても越えられない壁はある。
だがそこでグローザが座り込んで動けなくなっているのを見て見ぬフリができない者がローガン以外にもいる。事情の端々を知ったAR15、そして彼女のメンタルモデルに『迂回せずに立ち向かう』という多大な影響を与えたスオミ。
路頭で佇んでいる迷子を助け出すように、ローガンが彼女達と共にグローザに手を差し出すこと。
その行いは、絶対に間違っていない。
「俺から言う事はもうなにもねえ!あとはもうお前自身が考えろ、そんで決断しろ!銃を取って戦うのなら奴らに雷雨を降らしてやれ!!」
陰鬱になっているグローザの表情に変化が起きたのを視界の端で捉えはしたが、それを最後まで見ずにローガンは降りかかってくる火の粉を払う。
やがて心のどこかで来ないで欲しいと忌避していた『ハニーバジャー』の弾薬が無くなり、ローガンは脇に自身の主力武器を下げると『P226』をホルスターから抜いて戦闘を続行する。そしてそのタイミングで、遠くから
『スオミ、こっちも装置を破壊して目的を達成!私達もローガンとグローザに合流するよ!』
『了解SOPII!現在はM16が代理として作戦指揮に待機している筈です!私達と同様にシャドー1の方に向かいながらコンタクトを取るようにしてください!』
『ならこっちでチューニングしておくわ。ハインドドローンがやられて、残りはROが操作している一機だけよ。動けない彼女の護衛をしつつであれば手間取らない筈だから』
「どっちにしても早くしてくれよ!こっちもそろそろ限界だ!」
45からの応答に続けてローガンが無線に向かって叫び、先回りしてきた怨霊の方に『P226』を撃つが、対人戦でハンドガンで捌ける敵などアサルトライフルやSMGよりも少ない。水平に構えながら命中させても殺傷力も劣るので、当たり所がよろしくなければ即座に反撃を受けてやられるのがオチだ。
「追い込まれてきているというのに、私の銃を使おうとしないのね」
「あらやだなんでそんなことが思いつかなかったのかしらとか言えばいいのかよ!?そんなことしたら強奪したと誤解されてぶん殴られるのが目に見えて来てるんだよバカァ!!」
偽りのない本音をただただ口にしただけだったが、それを聞いたグローザが緊迫した状況下にあると言うのに噴き出した。空気を読んでの行いでないことにやや腹が立ったが、それを境に彼女はグリップを握っていても力なくぶら下げていた『OTs-14』を両手で持った。
「ごめん、まだスッキリしたわけじゃないけどなんとか頑張ってみる。不甲斐ない私の為にも戦ってくれる?」
「切迫してるし言わずもがなだ。ダチの為になら俺だって出せるものは全部出し切るよ!」
「……ありがと、ローガン。最初はこんなことを言うとは思わなかったけど、ここであなたに会えてよかったわ」
「どういたしまして……!」
出会って当初からグローザからフルネーム以外で名を呼ばれたことがなかったのだが、ここでそうされたということはようやく折り返せたという所だろう。落ち着いて飲み物を口にできるのであれば握手でも交わしたいところだがそれを敵方が許すはずもなくひっきりなしに銃弾を飛ばしてくるのでそれができるわけがない。
後方から敵の接近に対応すべくローガンがナイフを抜きつつ振り返り、『P226』を構えて撃とうとしたところで『友』となった少女から声を掛けられた。
「前方からも接近してる。互いに背後は任せて正面に集中して対応するわよ、問題ないかしら?」
「心配するな。ねえよ!」
グローザと背中合わせになった状態から彼女と同時にローガンは走り出し、お馴染みの構えで二人の怨霊に立ち向かう。
これまで自分達が逃げの姿勢で在った為に意表を少々突かれたのか、一人がたたらを踏んだのを見逃さずにローガンは『P226』で撃つ。銃弾は身体の中心を捉えて致命傷へと至らせたことだけを認識し、手に持っている小銃を撃つのではなく格闘戦の姿勢になった怨霊に突撃した。先手として『P226』を銃口を突き出しながら発砲したが、その怨霊は半身で身体を回転させて放たれた銃弾を躱す。
そして今更気づいたが片手には見覚えのある注射器が握られており、注射針の先が怨霊の片脚に刺さっていることに気付いた。中身の注射が終わったことで抜かれたそれが放り投げられることなく、逆手に持たれたままにこちらに高速で接近してくる。ナイフを扱うように繰り出される薙ぎ払いを反射で上体を後方に逸らして回避し、次の攻撃としてきた蹴りを両腕をクロスして防御。仰向けに倒れそうになるところで後転し受け身を取り、『P226』とナイフを思わず放してしまうだけでなくビリビリと痺れる腕に伝わった衝撃で察した。
「そういうことかよ……!」
グローザの装備を取り返すべく事務室に突入した時に交戦した怨霊達の身体能力が向上したのは、目の前にいる怨霊の片手に握られている注射器によるもの。それ自体に見覚えがあるのは、ローガンも全く同じのを所持しているからだ。こちらの気を失わさせて連れ去ろうとしたが失敗した怨霊の持ち物から拝借した物の中にあったそれを、ローガンは腰のポーチから取り出す。
こちらの武器二つは地面に転がっており、それらを優先して取りに行こうものなら手痛いどころではない攻撃を受けてしまうことはもう言うまでもない。身体能力が戦術人形並にこちらより格段に優れている以上、敵方にはよろしくないアクシデントが起きなければ勝てない。技術はともかく『力』を象徴する一つの要素が向こうに分があるのであれば、とローガンは拝借した武器を掴み同じく逆手に持った。
こちらの出方を見ていたのかはわからないが、首をゴキリと鳴らした怨霊が突っ込んできた。ただ注射器の先をこちらに突き立てる、通り魔のような素人がやるようにだ。それでも脚力が上昇しての突撃だったので、回避するどころか受け止めきれずにローガンは倒れてしまう。
馬乗りになった怨霊が注射針をこちらの顔面に突き立てようと振り下ろそうとしたので、ローガンは即座に腕を掴んで抵抗したが、御多分に洩れず腕力も強化されているのだから焼け石に水で下ろされる速度が遅くなっただけだった。
「負け、るかよこんなところで!」
グググ……!と針が自身の眼球に迫ってきたところでローガンは無理矢理怨霊からは何も働かされていない横軸の力を加えてずらす。それにより注射針の先はローガンの眼球から逸れたが、深々とローガンの右頬を抉った。
「ぐっがぁああああああああああああああああああああああああああ!!」
火炎で頬を焼かれたような痛みにローガンは叫びながらも、左腕の肘鉄を食らわせてマウントポジションから怨霊を落とした。倒れまいと肩肘をついている敵の首に背中から左腕を巻き付け、力づくで剥がされる前に右手に持った注射器を敵兵に突き立てる。仕組み上から刺されば中身が無くなるまで自動で注射されるそれを首に刺されたことに怨霊も動揺したのか、さらに剥がそうと必死になるがそれを許さずにさらに深く差し込む。こちらの顔を掴むようにグローブに包まれた指先が滑るようになったその時に注射が終わり、ローガンはそれを前方に蹴って距離を取って出方を見た。
インフルエンザなどといったウィルス性疾患に対しての予防として予防薬を注射することがあるが、適量であるからこそ危険がないように思える。だがどのような薬物でも、誤った量で過剰に注射されれば副作用が生じる。それは注射される薬によって様々だが、生体に大きな影響を及ぼす劇薬であれば死を招くことがあってもおかしくなく、むしろあって然るべきだ。身体能力を上昇させる薬など、身体に易しい薬物でないことなどもう目に見えている。であれば、それが注射器二本分注射されればただじゃすまない。
案の定、その場で立ち上がることなく倒れ、注射された首元から全身を掻きむしり始めてのたうち回った。
ローガンは自分のハンドガンを拾うと、もうすぐには戦えず死に絶える道へ直行している怨霊に弾丸を撃ち込み、先に撃たれて動けなくなっていたもう一人の方にもとどめとして一発撃ち込んだ。
「一先ず片付いたわ!」
「こっちもだ!今のうちに持っていける物はもらっておけ!このままじゃあまり持たないしな!」
ローガンはリロードを済ませた『P226』を戻し、怨霊が所持していた『As Val』を複数の弾倉と一緒に手にした。ロシア製の銃を持つのも久しぶりだなと思いながら、同数の敵を倒したグローザとまた合流する。
「見つけたぞスオミ!こっちだこっち!」
空になった『P226』の弾倉を取り換えていると、バルソクの声が聞こえてきたのでそちらの方に顔を向けてみる。服の所々に穴が空き多少は負傷しているのは目に見えていたが、煤にまみれているその顔に曇りがないのは一目でわかった。彼女に引き続き、名を呼ばれたスオミやG11も姿を現してこちらに駆け寄ってくる。
「各自で目的達成できたようだが状況はどうなってる?」
「私達の保護区への悪影響を及ぼしかねない根は断ちましたが旗色が悪いのは明らかです。こちらも数十人倒していますが巣穴から出てきた蜂のように出てくるのでキリがありません……!」
「アタシ達もここまでは逃げながら戦ってきたけど……まったく、気持ち悪い……!」
疲弊している様子は全員にはないが、余裕が残されているわけでないだろう。暫定的に脳内で現在地を割り出してみるが中央に追い込まれているようでもあった。
「だけど基地との通信ができるようになった、それは活路を開く鍵を得たのと同じだぞローガン。そうだろスオミ?」
「ええ、たしかにそうですね。45さん、無線状況はどうなってます?」
『もうちょっと待って……よし、接続完了!各自、周波数を今から言うのに変更して!数値は―――!』
45から言われた周波数にローガンも端末から操作して変更する。一連の操作が終わった直後に聞こえてきたのはノイズだけかと思われたが、すぐに耳障りな音は取り除かれ聞き慣れた声が聞こえてきた。
『やっと繋がったか。こちらグリフィン北アメリカ支部のM16、応答しろ』
『聞こえてるわM16。詳しくは省くけど、現地にいたAR小隊の過半数や私達援軍、それとローガンにグローザもなんとか生きてる。だけど状況は芳しくないわ』
『ああ、こっちでも衛星スキャンで確認した。そっちに南側から歩兵だけでなく戦闘ヘリまでもが高速で接近してる。数が多い、大部隊だ』
『それは派手なパーティになりそうね……スオミ、こっちはROを連れて移動をするわ。このままじゃ見つかる』
「わかりました。それとこのままじゃ私達が押し潰されるのをただただ待つだけです!M16、航空支援をお願いします!」
航空支援という単語を聞いてローガンとグローザは驚きに声を漏らしそうになったが、遅ればせながらここに駆けつけた友人達には動揺の色が無い。むしろ待ってましたとばかりに拳を打ちつけたり、マイペースな雰囲気を崩さずとも気をさらに引き締め直していた。
『了解した、敵識別多弾頭の新型プレデターミサイルを積んだUAVをそちらに向かわせる。到着まで一分、それまで持ち堪えろ!』
続いて歓喜の声を漏らしそうになったが、すんでのところで口をつぐんで抑える。
南からここに接近している大部隊となると、ダムの方で常駐していた部隊なのだろう。ヘリを連れてる部隊となるとローガンが把握している情報ではそれしか考え付かないのだが、それ以外にも展開していた、なんて事態は想像したくない。
ともかく、退くべき方向として真反対の北に向かって時間を稼ぐのが無難な判断だ。自分達の小銃では多数の敵兵に装甲だけでなく破壊するのに長けた兵装をまでも兼ね揃えている兵器には無力である。
「とにかくここから移動しましょう。前方に二名配置して四方向に展開してここを突破します!AR小隊、私達は北へ向かいますので合流してください!」
『了解、急いでそっちに向かうわ!』
「グローザ、お前はスオミと一緒に前につけ!右側の敵は俺がやる!」
「ええ!」
スオミに並び立ったグローザが移動しながら撃つのを脇目に、ローガンも設置されてたり転がってたりする無機質な物資の間から出てくる怨霊に応戦する。常に動きながらの射撃であり、その場しのぎで手にした不慣れな銃なので命中率が如何せんよくないが、だからといって銃を持ち替えるのは悪手だ。火力が足りなくなりこちら側に出てくる敵すべてに対処しきれなくなる。
スオミとグローザが制圧した敵の死体を跨ぎながら右側に出てきた三人目を倒したところで、後方を見ていたバルソクが声を上げた。
「来たぞ、敵増援部隊だ!」
高速で接近してきているとは聞いていたがあまりにも早すぎる―――!
ローガンは舌打ちしながらも飛びかかってきた四人目をストックで一回殴ってよろめかせ、できた隙をついて銃弾を浴びせかける。その敵が倒れる様を見ることも許されず、五人目も湧いて出てくるので対処しようとしたが、装填している『As Val』の弾が切れた。すぐさま『P226』をもう一度抜き放ち、仲間に命中させられる前に片を付けたがすぐさま別の問題が発生する。
「先回りされてます、バックですバック!!」
「このままじゃやられる、下がって!」
前方に目を向ければたしかにそこには複数の銃口がこちら向けられていた。ただその数が多すぎであり、十字に展開しているこのフォーメーションで突破するのは無理がある。
ローガンも皆のように頭を下げて少々下がって転がっている大木の陰に身を隠した。『As Val』の弾倉を取り換え、逆側についているコッキングレバーを手前に退いて射撃準備を整える。その間に距離を詰めようとしてくる怨霊をG11が間髪入れず二人倒して他を足止めしてくれた。
「まだゾロゾロと来る!遠回りでも何でもいいから進行ルートを変更した方が良い!」
「同意見だし早めに動こう!このままじゃ増援部隊にまで追い付かれる!」
「引き続きついて来てください、迂回してここから逃れます!」
『AR小隊は西側から合流する、誤射に注意して!』
「このままであれば合流出来ます、そのまま来てください。ただしクロスファイアにも気を付けて!」
迂回路を割り出した副官にローガンも続き、フォーメーションを組み直してそこから離れる。追撃しようと来る敵をマシンガンの戦術人形であるバルソクが『AEK-999』による持ち前の火力で倒し、頭も出せない程の牽制射撃を行った。
近くから一際大きく轟いているそれに紛れて空からまた聞き覚えのある駆動音が聞こえてくる。
ガァアアアアアアアアアアアアアアア!!と弾丸をばら撒きながら接近してきているのだからもう確認するまでもない、ダムの事務室で姿を現した敵戦闘ヘリのハボックだ。
「敵のヘリが来やがったぞ!」
『心配しないでください、こちらで引き受けます!』
ROが遠隔操作しているハインドも追い縋るようにして出現し、積まれているミサイルポッドから誘導ミサイルが発射された。推進装置から推力を生み出しているそれが目標に命中し、空へ留まることが出来なくなったハボックが墜落する。しかし敵としてローガン達を強襲しようとしているのは一機ではない。
「RO、無理に落とそうとはするな!支援機が到着するまでの時間稼ぎが出来ればいい!」
『わかってはいますが下手をすれば全滅を招きかねません!どちらとも引き寄せてそちらから引き剥がします!』
ハインドドローンがこちらの頭上を通り過ぎてハボックを挑発する。それの際に機銃を当てられたことに腹を立てたのか、追加のハボックがROのドローンの後を追って行った。
「そちらを確認しましたAR小隊、そちらから見て左手の道へ行ってください!そこから北へ行きましょう!」
『了解!』
見えてきたAR小隊のM4にSOPII、そしてAR15との合流が成功した。北へと続くであろう曲がり角で彼女達と顔を見合わせたが、こちらの様相に一番憤慨したのはローガンの予想通り桃髪の少女だった。見て明らかといった表現がピッタリ当てはまるぐらいにこちらの隣に立ち、時折出てくる怨霊に対し移動しながら射撃を外すことなく出番が無くなってしまう。
本来なら冷静になれなど声を掛けるところだが、敵に対して鬼と化するAR15にそんなことをする勇気が出てこなかった。
『通達、そこの戦闘地域一帯がプレデターの射程圏内に収まった!いつでもいいぞ、使え!』
『ローガンの端末であれば無線操作出来る筈よ!こっちはROの本体護衛に手一杯だからそっちでお願い!』
「わかった、認証コードを教えてくれM16!」
『よし、コードは―――!』
走らずとも歩かず、そんな早歩きよりもやや早い程度の微妙の前進ではあったが、ここから走って北へと一気に駆け抜けた。道中にM4やG11が肩を撃たれたりしたが、誰かが遅れるといったことはなく北側の林へと退避が完了する。
それぞれで木々に身を隠し、必死に応戦する中でローガンはM16から言い渡されたコードを端末の画面に表示されたダイアログボックスに入力。そしてデータ処理が終わった後に出てきたUAVの観測映像から敵を識別した。まずは暫定的に自分達より南側にいる歩兵や敵兵の熱源全てを敵として断定。そして少々離れたところでグリフィンが保有しているSUVを撃っている敵車両にもターゲット認定した。
「全員、ミサイルを撃ったぞ!着弾までそう時間はかからない、45とROも備えろよ!」
発射されたミサイルに搭載されているカメラに切り替わり、画面に高さや落下速度までもが表示される。風による影響で少々狙いが狂ってしまうがそこをなんとか操作し補正した。
「逸れるんじゃねえ、こっちに来いよ、さあ……!」
画面が一度ブラックアウトし、再び満月の夜空の高高度で飛行しているのであろうUAVの観測映像に戻った。
木の陰から顔を覗かせて様子を確認しようとした途端、聞こえてくるのはドドドドドドドドドドドドドドッ!!と多弾頭のミサイル着弾による音と、それにより墜ちたヘリの機体の爆発音。ギュルルルルルルルルルルルル!!と制御を失った機体が落下し、バァンッ!!とこの先地面とずっと接着することになった途端に爆発したその様を見て胸がすく思いだった。
UAVからの観測映像だけでは判断がつかないので覗いてみるが飛んでくる銃撃が無く、動く人影もないので制圧できたとしてローガンは自陣側にいる皆の方に向く。
「各自、状態を報告してください」
スオミからの呼びかけにローガンも応え、同じ大木で身を隠し身を寄せていたAR15と拳を打ち合わせようと持ち上げた。彼女もこちらに言いたいことはあったようではあったが、勝利による喜びを噛みしめる一環としてのこちらの行為には同感らしい。仕方ないといった諦めているようではあっても笑みを浮かべているその表情でAR15はローガンと左拳と右拳で軽く打ちあった。
『……な~んか、ローガンとAR15が仲睦まじくしているのは気のせい?』
「睦まじくはしてないけどなんでわかったんだよ45。お前、俺のどこかにセンサーか何か仕込んでるんじゃないだろうな?ていうか別に分かち合っただけだってんだからいいじゃねえか」
『知ってる?仲間外れって地味な嫌がらせに見えるけど、実は精神的に来るいじめの一つなのよ。省かれて私は悲しいわ……』
「はいはい、こっちに来たら功労を称えるわよ。いずれにしても回収してもらう為に集まらないとだし早く来なさい」
やれやれとローガンはそこに座り込み、何の気も無しに視界に映るグローザの方に焦点を合わせた。スオミから手を貸されながら立ち上がり、何かを話しているようだがこちらまで聞こえてこない。それでも二人の表情は晴れやかであり、先程の助け起こし起こされの一連の行動も互いになんの躊躇いはなかっただろうとローガンは思う。話してる最中にコロコロと表情を変える、そんな会話している内容はなんであれ、あの二人であれば悪い方に転がることはないだろう。
「帰ろう、ローガン」
差し出されるその手の持ち主を何の気も無しに見上げる。背後には彼女の同じ小隊メンバーの二人がこちらを見ているが、手を差し出している少女のように敵意は全くない。微笑んでいたり、満面の笑みだったり、いずれにしてもあるのは親しみによる親愛だけ。そして戦闘から抜け出せたことにより桃髪の少女も口元を緩めている。こちらを労る気持ちも含めたその手の力を借りない理由が、ローガンにはなかった。
白く細いその手を取ってローガンは立ち上がり、内心にしまい込むだけでなく口を動かして言った。
「まったく、長い一日だったな……」
今朝から続いていた作戦行動が終わったこと。それは他の何よりも揺るがない事実だった。
――――――
ダム内部に仕掛けられた爆弾解除も含め、回収要請に応じた迎えのヘリが来たのはそれから二十分後の事だった。本当にもう残党がいないかどうかだけを確認した後はそれぞれで談笑したりと腰を落ち着けており、自身で応急処置を済ませたローガンも手渡された水筒から水分を補給したりと休憩していた。そんな時に聞こえてきたローター音が本当にグリフィンのによるものなのかどうか、それを自分達の目で確認するのに精神をまた研ぎ澄ませたりと疲労が重なったが、徒労で終わるだけの笑い話で済むのだから悪いことではない。
回収用ヘリのチヌークのハッチが開き、中から現れた顔ぶれにローガンは溜息を吐いた。
「目の下の隈がまだ消えていないぞ。もう大丈夫なんだから任せて休んでればいいじゃねえか」
「半日以上ここで作戦行動に準じていた君達が居るのだから、上司である僕が長時間休んでいるわけにはいかないよ。それに満身創痍なのはお互いさまじゃないのかな?」
「現場の兵士を嘗めるな、まだ体力は持つさ。それにワシントンの時よりもまだ大分いいだろ、傷だらけでも俺気絶してないし」
ハリーと軽口を叩き合っていると、ローガンは護衛として連れてこられた戦術人形以外にもう一人、ここに来ている人間に気付いた。モノクルをつけているその顔つきから生真面目な性格を思わせている雰囲気を崩さない人間である。一応敬礼でもしておくべきかと思い佇まいを正そうとしたが本人に片手で制された。
「よくやってくれた、ローガン。こうして実際に活躍してもらっているのを見させてもらって、僅かに私の中にあった疑心も晴れたよ。君は信用できる兵士だ」
「そう言ってくださって嬉しい限り、ありがとうございます。ここに残って尽力した甲斐がありました」
「だけど作戦行動の細かい所に少々問題はある、それだけは気に留めておけ。今回は目を瞑るが、もし目立ったことがあればこちらからも手を加えなければならなくなるからな」
「あ~……了解です」
しかしそんなことをいってるヘリアンの顔も比較的明るく、視線がこちらからずれたので追ってみると、他の人形達と同じように手当てを受けているグローザの方に行き着いた。少々疲れているのが目に見えているが、一つの大仕事を終えることができて達成感に浸れてはいるらしい。
「『そっち』もうまくやってくれたようだな。もし彼女が望むのなら……いや、望むだろう。あれでも普段は気さくで愉快な一面も持つ奴だ、面倒を見てやってくれ」
「……拒否権はなさそうですね。わかりました」
こちらの肩に手を置いて言ってくれたことを飲み込むと、ヘリアンは頷いて当の本人の方へ向かって行った。ハリーは何があったのか大まかに察してくれていたようで、特に何も言わなかったが受け入れることになるだろうから知る必要はある。後日ちゃんと話すことにして、基地の副官だけでなく総司令官と話を始める少女をもう一度見た。
彼女が何を考えているのか、それを知っているのは当人しかもういない。ただ一つだけ言えることは、先に待ち受けていることに怯えていながらも勇気を振り絞って歩き出せたことだけ。ローガンはそれを得るまで待ち背中を押しただけに過ぎない。
だが大きな一歩だろう、とローガンは思う。過去にあった記憶の
もう手の内にはないものを思い出しては仕方がない。そんなことをしているのであればむしろ、手の内に入ってくれたものを大事に、失くさないようにした方がよっぽどいい。
そのことを教えてくれた者達に敬意を払い、横に立っている友の背を押した。全体を一望してから一点で止まったのをローガンは見逃さない。
「お前も行って来いよ。一番信頼している副官が仕事をしたんだ。労いの言葉を一つでもかけてやらなきゃ嘘になるだろ」
「……うん、そうだね。ごめん、じゃあまた後で」
「別に謝る必要はねえよ」
ひらひらと手を振ってスオミがいる方へと向かうハリーを送り出し、ローガンはチヌークの座席に座り込む。仮眠とまでいかなくとも目を閉じるだけでも大分違ってくる、ということで壁に寄りかかって休んでいると近くに誰かが寄ってきた。こちらの名前を呼ぼうとしたところで寝ていると思ったのだろう。息をすぐに呑んだのがすぐにわかった。
「あれ?ローガン、寝てるの?」
「そのようだけど……今日一日ずっと任務だったんだし、休ませてあげた方が良いかなって思ったのよ」
「一番の功労者はローガンなんだろうしそうするのは吝かじゃないけど……でも本当に寝ているのかなぁ?」
最初にこちらに来たのは声からしてAR15らしいが、後になってきたのは45だろう。前者はどうやらローガンが寝ているだけだと思ったらしいが、もう一方はそうではない。こちらが狸寝入りを装っていることに気付いているような声色になった。本来ならここで寝てないと言って目を開けてやるなりすればよかったのだが、疲労が重なって気が緩んでいたこともあっていらぬ悪戯心が湧いていたのでそんな簡単なことが考え付かなかった。
一人に八つ当たりで殴打された痕を他に見せまいと外さなかったスカルマスクが取り払われ、鼻から下が外の空気に直に晒された。それで耳に聞こえてきたのは驚きに息を呑む、そんな空気の流れの音である。
「あ~あ~……これはなかなかに酷いね……。マスクが一部抉れていたし、傷をあまり見せまいとしていたのかと思ったけど、まさかこんなになっているなんてさすがに思わなかったわ」
「こんなに痣になって……
「まあそうでしょうね。敵ならやられたままではいないだろうけど、仲間内ならあまり手を出せないのがローガンよ。サンドバックには喜んでなりはしないけど、発散するのには付き合ってくれるのだから……」
あれ、な~んか聞いてて恥ずかしくなるようなことを言われてません?具体的にいえば居心地悪くなってきてますしいたたまれなくもなってきているんですが?
無機質な物質で形成されているわけではない、火にくべられれば燃える有機物で成り立っている
下手に拗らせてはこの間みたく45からノーモーションスマイルパンチを食らうことになる、と結論付けてローガンは白旗を上げた。
「……頼むからこれをやった奴には突っ込まないでやってくれ。吹っ切れて立ち直るきっかけを作ってやる為の必要経費だったんだよ」
「やっぱりね。私が基地で見かけた時はなにかが喉元につっかえているようだったから、まさかかな~って思ってたけど」
45の方は仕方なしと肩を竦めるが、AR15の方は釈然とおらずぶすっとした顔だった。それを見たローガンは苦笑いになりそうになったが、脳から生み出されるアドレナリンが切れたことでそんな表情の変化にも痛みが生じた。すぐに顔を顰めて痛む箇所に手を当てて耐え、心配する彼女達に言った。
「心配しなくていい、大丈夫だ。時間があればこんな怪我も治る」
「……帰ったらちゃんとした治療を受けなさい。さすがにそのままで自然治癒に任せるにしても、完治するまでその顔を見るのはメンタルに悪いわ」
「言われなくてもそうするさ。45のみならず、お前からも殴られるんじゃ……あ、やめて。そう拳を片手に打ち付けるのはやめてくださいとても怖いです人形の腕力がバカにならないのはもう学習しましたから勘弁願います!」
黒いオーラをうっすらと浮かべるAR15からローガンは腰を浮かして逃げ出そうとした。身体の節々からの訴えまでも無視して両脚に力を込め、外へと駆け出そうとしたところでハッチの上で立っている人形を見て止まった。
「お取込み中だったかしら?それなら出直すけど」
「ああいやむしろナイスだグローザ!いやナイスなのかよくわからないけど後ろの方々が怖いから助けてくださいな!」
すぐさまグローザの背後に回った大の大人を見た途端にAR15は何か言おうとしていたようだが、電脳の処理が様々な結果をを弾き出した末には言えなくなったようで深く溜息を吐いた。45は彼女の肩に手を乗せて用があるようにしてこちらに来たグローザの方を見た。
グローザも最初は状況を掴めなかったようだが、ローガンのスカルマスクが取り払われ顔の下半分が晒されていることに気付いた。それが一体どういうことなのか、わからない彼女ではない。鋭い視線が向けられていることに得心がついたのか素直な想いを言葉に乗せて行った。
「ごめんなさい、今日まで私は自分の事で精一杯だったからローガンを傷つけたわ。私だって大事なものが傷つけられれば怒るから、あなた達が私に憤りを感じるのもわかる」
45はともかく、AR15の方は謝罪されるとは思っていなかったようで毒気を抜かれたように表情が消え失せた。心境の変化と言われれば聞こえはいいが、ここまでで彼女が参加している会話を聞いている限りでは謝意を示した台詞を聞いた覚えはローガンにもない。だから少なからず自分も目をパチクリとさせてしまう衝撃を受けた。
「AR15、あなたの言う通りだった。この男……ローガンは敵意を抱く者には容赦しないし、言葉遣いも悪くなる。だけど誰かを助けるのに必要であれば自分から自身を火の中に投じるような無茶をしてまで成そうとする危うい面もあることも。そうした手段で身体を張って信用させてくれるんだってことを、あなたは言いたかったんでしょう?」
「……そうよ。私もまだ実戦の場でローガンと共にしているのはそんなに数多くはないけど、安全と危険の境界線が無いに等しいわ。付きっきりで引き留めることはできないけど、恩人が自ら死にに行こうとする真似を止めるのが悪いだなんて誰にも言われたくないわ」
「異を唱えるつもりはないから安心して。明日のあなた達の指揮官の命日の数日後に私は一度本部に戻ることになるけど、そこで移転手続きをするつもり。ヘリアンさんに申し出でてみたら許可してくれたからたぶん大丈夫。でもまあ、ローガンに恩を返す、というのもそうだけど……」
グローザが振り返って修復を受けている人形達の方を見たのでローガンも倣ってみる。ただもう別で同じ人形を見ている者を目の当たりにしているのでなんとなくわかっていた。
「あなた達の副官からも『お願い』されちゃったしね。私情では組織を動かせないけど、忙しかったりするのにかまけて長い間空席にしていた副官代理の席について欲しいって。私自身も彼女と一緒に時間を過ごしてみたい、そんな感じね」
「前向きに考えてくれているのは何よりだが、軟化しすぎじゃねえのかグローザ。俺からすれば全くの別人としか思えねえぞ」
「別にいいじゃない。凝り固まってたのを起爆して吹き飛ばしてたら気持ち的に軽くなったんだもの。文句を言うのはいいけどこうなったのはあなたのせいよ?」
45とは違った大人っぽい悪戯心に満ちた言葉をぶつけられてローガンは押し黙った。後ろ手に組んで小首を傾げてながら微笑んでいるが、琥珀色の瞳に映っている自分はさぞ滑稽な様になっているのかもしれない。
考えるのも億劫になってきているのだから、ローガンはもう細かいことは明日から考えることにした。
とりあえず今ローガンがすべきことは……。
「ええとだな……」
グローザの言ったことから色々と問い詰めようと、顔面パンチをお見舞いする時には必ず浮かべていた黒い笑顔をもう隠すことなく表出させた45と、仕方ないとはいえ自分が彼女に言ったことが暴かれたこともあって羞恥心やら何やらが織り交ざっているようなAR15。その二人がゆっくりとにじり寄ってきていたのだから。
この後ローガンは誰かに助けを求めることも何もできず、二人から詰問を受けることになった。そんな様を眺めるグローザの内面に長い間降りしきっていた雨が止み、『雷雨』という異名とは無縁に思える晴れ間が差し込んだということ。彼女が本部へ発ったその日にローガンはスオミから教えられたが、AR15と45から様々な釘を刺されていたのでなかなか複雑な心境であったという。
―――<Unknown>―――
『……誰だ?』
『よう、オレ様が死んだと思っていただろ?』
『まさか……貴様、生きていたのか……!!』
『おかげさまでな。確認を取るつもりだったんだが今の言動ではっきりした。てめえだな、あのクソサイコ共を差し向けたのは』
『……貴様のような野良犬を使い潰すにしてもあまりにも危険性が出てきたんでな。暴かれる前に消してやりたかったんだが生きているとは想定外だ』
『おかげでオレ様について来てくれてたあいつらが全滅しちまった。もうてめえなんかに従う理由なんざ何一つねえ。いずれは追いつめて殺してやる』
『好きにしろ。貴様ではなにをしてもこっちのことを嗅ぎまわることなぞ出来はしない』
『そうか?政権を行使できる側に回りたいといって、ロシアの急進派に実戦データの収集にも役立つと言って情報を提供し、亡命しようとしていること。オレ様を死なせるようとしているさっきの言動で信憑性が上がったぞ。本当だとしたら鉄血のネットワークも存外に馬鹿にならねえな』
『あの鉄屑どものネットワークにアクセスするなど、戦術人形ではない貴様がしてタダで済むはずがないだろう!』
『ああ、必要なプロセスを省いての強行アクセスなんてすればそりゃあそうだ。エンジニアみたく電子に強い人間でなけちゃあ、奴らの検査プログラムに引っ掛かって即アウト。こんな風に悠長に通信している暇もねえよな』
『だったらなぜ……!』
『もう絶対に友好関係にはならない、敵になってるてめえには教えてやらねえよクソが。だけどまあ、思いもよらないお友達が出来た、とだけは教えてやる』
『……まあいい。貴様が今回の件の首謀者であり逃亡している凶悪犯と仕立て上げることはできる。精々逃げ回るといい』
『追われの身となっているのは今も昔も変わらねえ、痛くも痒くもねえよ。そうやって泥を自分とは関係ねえところに塗りたくっていればいい、いずれは全部返ってくるんだ。そうしてもう表舞台に立てなくなるのを楽しみにしているさ』
『さらばだ、『爆炎』。貴様がまた怨嗟の炎を吹きあがらせる噂を心待ちにしてやる』
『心配するな。次にデカい祭りをやるんだとしたら、てめえが死ぬ、その時だ』
長くなったけど前回のを投稿した翌日からフルスロットルで書き進めていたのでなんとか間に合わせれました。とはいっても〆切とかはないので誰かに怒られるということはないのですが気持ちの問題で……へっへっへ。とにかく、構想を組み立てた当初よりも膨らんで二倍のボリュームになってしまってました。三章に入ってから四話書いた後で『あれ、これじゃ考えてた枠内に収まらなくね?』と感じてたんですが案の定、こんな様です。でもまあ、原点に一度立ち返って丁寧に話を進めるようにはするという私の目的は概ね達することが出来たのでまだ良しとできます。とにかく、ここまで付き合ってくださっている方々には感謝以外にありません。
さて、今回の三章では『観念』と『大欲』をテーマにしていました。前者の方は特に作品中で言及していませんが、グローザがローガンに対して出会って当初抱いていた懐疑心を主とした考えが『物事に対する考え』という意味の『観念』に当てはまるのではないでしょうか。その延長線上で私達人間にも根付いている『固定観念』というのが戦術人形の彼女達にあるか否か、そこまで描写したかったのですが残念ながらそこまで私の文章力などではできませんでした。今後も努力しますが、あってもおかしくなく、むしろあって然るべきだと私は思います。『大欲』の関しては今回の作品中で描写したように、主な敵部隊として登場した『アネクドート』に象徴させました。人権侵害にもなるかもしれないと思い、直接的に『そういった考え』が異端だとは表現しませんでした。ですが、身体の仕組みを理解するのに出回っている解体新書があるというのに、自分の目で体の構造を、骨や血管などの位置や形状を確認したいとばかりに死体を切り刻む、という行いを皆さんはどう思われますでしょうか。いずれにせよ、日本では死体遺棄の罪に問われることにはなるので、よろしくないことではあるのはたしかです。海外ではどうかはわかりませんが、宗教が関わっているにしてもどうだったにしても気持ちが良いことであっていいわけではない、と日本人の私は思います。『アネクドート』はそれを快楽の為にしている、という一役に立たせ、敵として印象強く残るようにしたつもりです。
そして今回の話を進めるのに主なキーパーソンとなったのは、言うまでもなくスオミとグローザです。三章で主軸に置く人形を考えていくのにまず思いついたことは、『ベテランとしての実力を兼ね揃えた』人形でした。 二次創作なので結果的にはこじつけてしまえばいいだけなのですが、それを立ち絵見ただけで窺わせるようなキャラを選びたいと思って探していたのですが、グローザを見た瞬間に私は『これだ!』とすぐに採用しました。そして三章のテーマに則っていくのにあたり、個人の考えの転換点をグローザに作る、原作の設定に従って『インパクトのある出来事を語れる』人物を考え、指揮官であるハリーの副官として登場しているスオミを取り上げましたね。それが良い方に悪い方に転がったのかと問われればなんとも、てな感じではありましたが。
とにかく、久しぶりに二次創作で自分なりに凝った大筋を立てたかなぁ、てな感じです。それでも本家の作品には遠く及ばないとは思いますが、逆に気楽にやれるのでありがたいことでもありますね(笑)
さて、今回はここまでにさせて頂きます。ここまで付き合って読んでくださってる方々がいてくれることが私が作品制作の活力の一つとなってます。重ね重ねながらありがとうございます。今後ともこの作品をよろしくお願いします―――
イメージソング・Celtic Woman 『You raise me up』