誰も助けてくれない -Can you hear me?- 作:麒麟犬
誰しもが赤子の頃に初めて自分の足で立って歩いた時の事を覚えているわけではない。その幼子の両親からすれば良い意味での一大事なのだが、物心がつく前に起きた出来事を記憶に留められているのは少数だろう。その行いに自ら臨んでやることの『自主的』な意思があるのか否かと問われれば、恐らく否である。人間も含めた動物が自らの足で立って歩く、飛ぶという行いは遺伝子に刻まれた『本能』の一つであり、そこまで考えられるほど精神的にも発達していない子供にわかる筈もなく仕方ないことだ。
唐突だが、『戦い』というのは人間の『本能』に含まれる。例えば日常生活中にその者にとって精神的にどうしても受け入れられないことがあったとして、手が出るのが早い者であればそれの発生源を潰す行動を物理的にする。または武器を振りかざされて自己の生命が脅かされそうになった時、閃いた手段を行使して自己防衛に努めたりもしたりもするなど、過去を巡れば似た事例がたくさんある。前者と後者に違いはあれど共通していることがあるとすれば目に見える見えない問わず、自己を形成している要素を守る為に根元を断つ行いをすることだ。
よって、人生で何かを受け入れつつも受け付けれないものに当たった時は拒否したりすることは『戦い』の一つであって『本能』に含まれる。しかしそれはあくまで自分や大切な誰かの身を守るために戦うべく備えられた『本能』でしかない。そこからさらに発展させて武器に変える者など一握りしかいないのだから。
長い歴史を振り返れば名を残した偉人がいた。また己の理想、言い方を変えれば野望を実現せんとする指導者がいた。自分の夢を叶えるべくして彼らに従った兵士がいた。自己防衛の『戦い』という『本能』から『闘争』を新たに自分の『本能』の一つだと位置づけ、自主的に戦地に赴く。そんな彼らのように確たる覚悟が出来ているのなら、あとは自我を突き通すだけで大抵のことはなんとかなる。
だがそうした覚悟もさせてもらえないまま、武器を取らなければならない状況に陥った者はどうすればよいのだろうか。
死地に足を運んで戦うことなど、命が脅かされることを第一に忌避し現世にて生を謳歌する者達には簡単に出来る筈もない。それでも安全地帯など短時間で数えれる程度しかなくなった現代では、誰かから奪うか与えられるかしなければ生きていけない。食いつないで自己を守る為の目的を持っていても、
生と死の瀬戸際と同様に広い世界を放浪していって、両手をついて地面を見た時に映りこんだのは一振りのナイフ。刃渡りも大したことない、子供でも使える小さな刃物だった。
やや霞む視界で思うがままに手に取ってから視線を上げればパンと飲料水が入っている容器を手に持った老人がいた。その者にとっても久方ぶりにありつけると思っていたのだろう、束の間の幸福に出会えたことで喜色が表情に出ていた。
背後には何かの神を祀っていたのであろう小さな祭壇があったので、恐らくそこからくすねたのだろう。
しかしそんな細かいことはどうでもよかった。
さらに腹の奥底で燻っている良心とはかけ離れているもう一人の自分が囁いてくる。そのまま自分が生存するのに必要なことをやれ、と。
ナイフを手にした時から時が緩やかに流れ、逡巡したのは束の間だった。ナイフを老人に向かって振りかざす様に脳内でイメージしながら涸れていた喉から声が吹き出させて裸足で駆ける。傷だらけで土や泥だけでなく煤で黒くなっている両脚にこれだけの底力が眠っていたのを内心驚いてはいたが今はどうでもよかった。
とにかく今は腹を満たし、喉を潤すことが第一であって他のことなど投げ捨てていたのだから。
本来なら弱っていた子供の足なのだからよっぽど老衰してなければ逃げ切れただろう。こちらに気付いていながらも逃げれなかったのは、老人も衰弱していて骨ばった両脚に力が入らずに歩くことすらままならなくなっていたからだったのかもしれない。武器を持たれて命の危険を察知していながらもパンと水を手放さなかったのは何故だったのか、今でもわからない。
ただわかったのはただ一つ。
鉄血との戦争によって生み出された難民達の生存戦争に足を踏み入れたこと。そして、まだ一桁であるその歳で少年はナイフを持って人生初の殺人を犯したこと。
その少年、ローガン・ブラックは水を飲んでからパンを胃に押し込んだことで正気に戻り、目の前で転がっている老人の死体による罪悪感でまた大声をあげて泣いた。
――――――
もういい加減にやることやらなければならないだろう、と壁から背中を剥がして虚弱だと偽って主張してくる両脚を奮い立たせて立ち上がる。状況確認ということで幾つか焚かれているフレアで照らされているハルカの方にローガンは歩いていった。こちらに気付いた民兵のリーダーは淡々と聞いてくる。
「もういいのか?この先でゲロられるのはごめんだぞ?」
「普段の何倍ものストレスで追い込まれているとはいえそこまで軟弱じゃないさ。もう気にしなくていい」
やれやれとローガンは首を左右に振ったが、内心まだ余分に圧し掛かってきている心の重石は除去できておらずに地団太を踏んでいる状態にある。惨たらしい現場が出来上がろうとしている様を目の当たりにするのはローガンの人生としては四回目になるが、やはり脇に置いておけるものではなかった。
ただ現状を顧みて、四層以降にまで先行されている鉄血兵に追い付くにはもう立ち止まってはいられない。元から数日間という時間が敵方にあったのでもう敵陣の中に潜入するのと同じなのだが、E.L.I.Dまでもが地下内に徘徊しているのなら長居は避けるべきだ。シンプルな話でグリフィン所属の自分達とハルカが率いる民兵による集団、それらの総数は元から決して多くはなかったが先程の戦闘で絶望感がさらに上乗せされた状態にある。
「一応小耳に挟んではいたが聞き間違いがあるのはマズい。さっきの戦闘で受けた損害はどれぐらいだった?」
「……あたしの部隊の半数がやられたよ。予備の弾薬や装備を預けている連中を最優先に逃がしたのは正解だったが、補給員の半分も餌食になってしまった」
「となると補給ができるのはさらに限られたものと量でしかないってことか。割とシャレにならない痛手になってしまったな……」
「すまん、これに関してはこっちの失敗だ」
「結果論で責めても仕方ないし良かれと思っての判断だったんだろ。だったら俺からは特にいう事はないよ」
とはいえ先程の戦闘で消費した物資の補給がロクにできないのは手痛い損失である。『ハニーバジャー』の弾である.300BLK弾は使う者がローガンしかいないということで自分で管理している。予備として持ち出しているのは弾倉二本分、つまりローガンがさっきの戦闘で消費した分が丸々返っては来るので問題ない。ただし、416や数人の民兵が使用している銃の弾薬である5.56mm弾、バルソクや大多数の民兵が使用しているAKシリーズの7.62mm弾などが心配になってくる。SMGなどまで話を広げればキリがなくなるほどのことにハルカと嘆息し、頭を掻きながらローガンは言った。
「あそこから逃げおおせたものの、噛まれたりしている奴もいないよな。引っかかれたりもすればアウトだが」
「そこだけは不幸中の幸いだ。あたしも含めて細かいすり傷はあっても爪で引っかかれたりした切り傷はどいつのどこにもなかった。あんたらの方……いや、あんたはどうなんだ」
「俺も問題なし。アドレナリンで痛覚が遠のいているってこともなくな、きっちりと休んでいる間にもチェックされたよ」
ハルカがローガンに絞って聞いてきたのはE.L.I.Dによる感染が戦術人形に及ぶことがないということを思い出したからだろう。
自律人形は風邪や感染症で体調を崩したりはしない。ただ二日酔いで半日以上まともに動けなくなるM16のように人間を模して体調不良を表したりするが、内部構造が悲鳴を上げているだけで大抵のことは彼女達自身で片が付く。元々ばい菌やウィルスによる体調不良というのは医学的にプロセスは違えど、繁殖するには宿主が生物であることが絶対条件になっている。人形である彼女達を覆っているのは人類そのもののとほとんど変わらない人工皮膚ではあるが、あくまで本物その物に寄せているだけであって生物由来のオリジナルではない(人から皮膚をホイホイと切り抜くのは人道的に反しているだろう)。それに出来物が生まれても大事になりはしないのである。
ローガンが聞いた話によると、似せた症状を起こしても本格的に行動不能に陥ることは近代の戦術人形にはないらしい。彼女達がモジュールの作用で咳をしたとしても、本当に重い病状を見せないという事だ。
それに関連してこれはハリーからも何度も保障されたことだが、自律人形がE.L.I.Dからの感染させられる行為をされても彼女達が怪物にならない、ということだった。医学的な説明はローガンにはできないが、E.L.I.Dになる対象に人形は当てはまらないという事である。実際にローガンは見たこと無いが、『感染』ではなく『被爆』という表現をされていることからE.L.I.Dの元になる『
「退くのなら今のうち、ではあるがその気はお前達には無いだろ?」
「当然だ、鉄血のクソ共に部下をあんなにされてあたしが何もしない道理は無い。もちろん今も頑張ってくれている連中を守るのが最優先だが、実行した野郎が目の前にいるのなら飛びつく勢いさ」
「ならいい。だったら――――――」
今後に関しての話し合いを始める流れが形成された所でタイミングを測ったようにして一人の民兵が歩いて来た。顔はフレアの逆光で陰になっていたのではっきりとはわからなかったが、身につけている装備と色で誰なのかが察しが付く。ハルカに選ばれた兵ではない、融通の利かない者が来たことにローガンは内心溜息を吐きたい思いだった。
「リーダー、長居せずこんな所からさっさと動きましょう。奴らは遠回りしてでもオレ達のところに来るはずです!」
「……ハモンド、てめえが言っているのは任務続行ではなくここからの撤退を言ってるな?」
「冷静になってくださいよリーダー!あんなのがこんな地下にうようよいるんじゃ全滅します!」
ここまでの二度、武力もチラつかせてこちらに対し強硬姿勢を取っていた時とは打って変わった様相にローガンは目をパチクリとさせた。頭脳はともかく一人前だと吠え猛っていた猛獣が尻尾を丸めているのだから、今日初めて顔を合わせたローガンだけでなく416なども同一人物であることを一瞬忘れてしまうだろう。
「てめえもよくよく考えろ。現状じゃ真っ直ぐ家への帰り道だってわかってはいない。地道に探そうにも化け物どもが徘徊しているのだからまともに探せないだろう。だけどそれを効率よく探し出せるアイテムを持っているのは……」
「この守銭奴野郎か……だったらこいつを無理にでも……!」
「だから視野を広く持てって今までにも言ってきただろクソバカ野郎が。時には生きて帰るのに遠回りをしなければならないことだってある、今回がそうだ。さっさとやることやって全員で帰るのが吉だ」
「そんなまどろっこしいことをしなくてもいち早く帰れるでしょう!頭数ならばこちらの方に分があります!」
その男、ハモンドの言うことにローガンは砂漠の移動の道中で脳裏によぎっても無視していたことを思い出して今更ながら肝が冷える思いになった。いくら戦闘に特化した自律人形、416のような頼もしい戦術人形が味方にいてもやはり数には勝てない状況が圧倒的に多い。広い世界を見渡せば目につく民兵とまで言わずとも、純粋な戦闘力が劣るローガンにも同時に捌くには限度があり、この地下内で協力している民兵達が総出でかかってくることになれば負けることは言わずもがなだ。
もしハルカが今の時点でハモンドの言うように脱出するべくローガン達を脅してきた場合、後に解放されたとしても『オアシス』の奪取に大幅な遅れが生まれる。戦力の低下も相まって劇的に不利な状況に追い込まれることは間違いない。まだ待ち構えているだろう鉄血と巣食っているE.L.I.Dがはっきりとどれだけのものかはわかっていないが、もしそうなればもう目的達成など不可能に近くなる。
だからといってもローガンとしても反論したくないわけではない。とくにハモンドに対して言いたいことは少なくとも彼に対しては大きい、威力のあることが胸の奥で熱を帯びている。しかしそれは今言うべきことではないと、口を挟むべきではないとして静観することにした。
「ンなバカなことしてみろ。生きて帰れたとしても最悪の場合は国外テロ指定組織に載せられる、命を拾って帰れたとしても死ぬのが遅れるだけのことだぞ。どっちにしてもこんな所に勝手にノコノコ足を運んだてめえにも非がある、いい加減に認めろ」
少しだけ場所を変えよう、とばかりに仕草で誘われたのでローガンはハルカについていく。今さっき話をした一部の物資、壁に立て掛けられている弾薬などの入った三つの鞄の傍にまで来たところで立ち止まると物色を開始。
5.56弾、7.62弾も多いとは言えないが多少の補給も可能であり、運搬中においての事故によって誰も死亡することがないよう、殺傷が目的ではない投擲物もそれなりに収納されている。だが……。
「さすがに全員分のがあるとは言えないな。それぞれがどの程度まで消費したのかはわからないがあれだけの数を相手にしたのだし少なくないだろ」
「たしかに。あたしも指揮しながら奴らとは戦ったが弾倉の装填が二本分出来たらベストだが……」
「全員に分配するわけだからそんな贅沢はできないぞ。精々空の弾倉に一本出来ればいいと思える程度しかない」
限られた物資しかなくともなにもできないよりはいいだろう、とローガンはあることをハルカに提案することにした。果たしてそれが良い方に転ぶか、またはその逆か。その結果はいるとは思っていない神のみぞ知る、というものだが現状を見てみればこれが最善策の一つだろう。
「ハルカ、この先余計な物を担いでいれば移動の妨げになって走って逃げれるのが逃げきれなくなることだって考えられる。だったらここで持っていける物だけを身に着けて余ったのをここに置いてく方が良いかもしれない」
「……わかっているのか?それだと場合によっては有り得ること、長期的な戦いに望めなくなると言う事だぞ」
「そんなのはもう言い出す前から行き着いて承知している。だけど下手に持ち歩いて足を鈍くすればE.L.I.Dから逃げ辛い、だったらいっそのことここに捨てるのも一つの手だよ」
「たしかにそうではあるが……だがそれにあいつらが納得するかどうかも問題だな。あたしにとっても潤沢にある物資を手放すのはそう簡単にできることじゃないしな」
それはローガンにも痛いほどわかる。手元にある限られたものをなんとかやりくりして活路を開いていれば、豊富にある選択肢そのものを捨てるのは抵抗を感じる。装備に限らず食糧などの備蓄もそうであり、思い切り良く切り捨てれる者などそうそういない。
ローガンがこれを提案できたのはそうしなければ生き残れないと感じたことにもよるが、もうこの世にはいない人生の恩人との経験から得たことの方が大きい。苦い思い出の一つではあるが今こそ糧にする時だ、とローガンは振り切りながらハルカに言った。
「日本人は全員が貧乏性にかかっていると聞くが、お前もそうなのか?」
「あたしが知っている同郷の人間は身分的にはあたしとそうかわらなかったが、全員物を大切にする方ではあったな。罰当たりなことをするのは大体価値を知らない大馬鹿野郎だ」
「俺みたいなアメリカ人はそうした大馬鹿野郎に見えたりするか?遠慮することなく言ってみろよ」
「…………いや、さすがに今日会ったばかりの奴にそこまで言えるわけないだろ」
言おうか言うまいかの躊躇を一瞬みせたが最終的には日本人特有の遠慮が出てきてハルカの口を塞いだ。だがその言葉からして彼女達東洋人からすると、ローガンも含めた欧米の人間はそういった物の管理がずぼらのように見えるのだろう。
ここからどう説得しようかと静かにローガンが思案していると、ハルカは仕方ないとばかりに溜息を吐いた。
「だけどまあ、少なくともサバイバルに関連している事の価値を知らないわけではないんだろうとは思う。今回みたいな仕事を任すなら人形が一番なのだろうに一枠に人間のあんたを加えているんだし信頼されているんだろう。納得させれるだけの成果をそれまでに出してなきゃ聞く耳持たれないのは当たり前なんだから、あんたの案に乗っかることにするよ」
「本当にいいんだな?何か忘れ物があったのだとしてもここに後戻りすることはできないぞ」
「さっきの一か八かの爆破しての撤退、それに反対しないでついてきてくれたんだ。だったら今度はこっちの番。やり方によっては損失を抑えれるんだからそっちの方が断然譲ってもらっている感がちとあるがな」
ローガンからすればこじつけに近い理由から挙句譲ってもらってしまったが、ハルカも他に案が浮かばなかったのかもしれない。余分の物資を捨てるのは妙案とは言い難いが、時には荷物を軽くして機動性を確保するのが時にはある。ここからは尚の事慎重かつ迅速に勝負に出る必要はあるので身を軽くするのが一番、というのが過去と同じ手段をとって経験したローガンの狙いだ。
了承したハルカが民兵の皆に招集をかけている間に、ローガンは身の上の確認を互いに行っている416にG11、バルソクの元へと寄って行った。遠巻きに民兵達の円陣を眺めている彼女達がこちらに気付くとそれぞれが手を止めずとも意識をこちらに割いているのが見て取れる。
「気分は?」
「最悪」
「体調は?」
「少し良くなった」
416からの問い掛けに淡々とローガンは答え、預けていた今は亡き友から贈られた銃である『ハニーバジャー』を手に取って弾倉を引き抜く。中身がまだ残っているそれを叩きこんでからチャージングハンドルを引いたりと動作確認を行った。
「首尾は?」
「まずまず。それでどう転ぶかは俺達次第」
ハルカからの説明でどよめく民兵達を遠巻きに眺め、数人から向けられる視線からは逃げずに正面から受けて立つ。キリキリと胃が痛みながらも耐えているとG11が袖を引っ張ってきたのでそちらを見てみる。彼女は彼女で416に問われていないことによるものなのか、こちらへの上目遣いはまさしく幼い子供のようだった。
撤退成功直後のことの礼を含めてその額に軽くデコピンをかますと416が呆れたように言ってきた。
「
「別に気にする必要はないさ。単に俺のトラウマをなんとなくでもわかってくれているだけなんだからな」
額を軽く摩る少女の頭をターバン越しに撫で、ローガンはハルカがしたであろう説明を彼女達にもするべく口を開く。脳裏に過った、数日前の出来事を記憶の棚に押し込めながら。
――――――
<九日前>
「―――以上が我々が置かれている状況です。『オアシス』の在処に関する情報は洗い出していますが難航しています」
『……ふむ。敵からの証言と得ている情報から、戯言として片付けるには大きくなっているな』
ローガンからの説明に頷いたのはグリフィン英国支部の指揮官、オリバー・ワトソン。ホログラムで映されている十人程度の指揮官の一人で濃い無精髭を生やしているその初老の男性の手にはタブレットが持たれている。恐らくその画面にはローガンが入念にチェックして数日かけて作成した資料が表示されているだろう。前日まで残業し根詰めていたデスクワークが過ったがそれを思い出して耽るのは後でで良い。
無意識に脳が現実から夢想へとシフトせぬよう心がけながらローガンはハリーも含めた全体を見渡す。
現在ローガンがいるのはグリフィン北米支部に置いて一番の高部に位置する会議室。今日まで踏み込んだことがなかったが、普段は保護区内で治安活動を続けている組織、区内の賑やかしを従事している団体などの最高位の人物を招いて話し合うのに使っているらしい。そこで保護区で目についた出来事やこれからの予定を報告してもらってこちらから可能な対策を受け持つ、という場でもやはり緊張感は今回は格段に増しているのだろう。ここ北米支部で踏ん張っているハリーの表情にも一ミリたりとも余裕が感じられなかった。
本部に戻ったヘリアンの傍に控えている司会・進行役の男性が重々しい雰囲気に冷や汗を浮かべながらも口を開く。
『質疑応答に移ります。各自で疑問に思う事がございましたら挙手を行ってからお願いします』
ホログラムで青白く浮かび上がっている各支部の指揮官がもう一度ローガンが作成し送信した資料に目線を落としながら思案している。その中で、ロシア中央本部の重鎮たちは同じデータに指差しながら何かをホログラム越しに隣の者と話していた。組織の最高責任者であるヘリアンはそんな者達を見渡しながら無言を貫き通しているのも含めてローガンは内心戦々恐々としていると、一人の指揮官が手を上げているのが目につく。そちらに視線を動かしてみるとアジア支部の女性指揮官、リー・チャンがほんわかとした様子のままこちらを見ていた。
始まってから変わっていないその雰囲気で忘れそうになるが今は会議であることは忘れてはならないと、ローガンは彼女に促す様に掌を向けながら言った。
「……どうぞ」
『ありがと~。それじゃあさ、『オアシス』を確保した後の事だけどどういう風に君は考えているか聞かせてもらえるかな~?』
柔らかい口調とその雰囲気に所々で張りつめている精神を支えている柱が揺り動かされるが、動かされただけまた支柱を動かしてなんとか立て直す。それからローガン自身が考えていることをありのまま言った。
「鉄血の目論見が世界規模であることからして、恐らく北米支部の力だけでは解決に辿り着けれないでしょう。それに『オアシス』から入手できた情報等は西や東に関わらず駆けまわることも十分に考えられます。なので各支部の皆さんに伝達して協力を求めることでしょう」
『まあそうだよね~。『オアシス』に関しての情報は入手できてもその後の事はまだわかっていないんだから仕方ないよ~。うん君の考えはわかった、ありがと~』
『では次にこちらからさせてくれ、ローガン。『オアシス』は一旦置いておいて、奴らが政府のお偉方の感情操作を元に四度目の世界大戦を引き起こそうとしていることに関してだ。それだけのことを可能とするには大きな火種が必要になる。根拠などまで提示しなくていいがそれはどう予想できている?』
「それについては僕から説明させていただきます」
オリバーからの質問に横で待機していたハリーが立ち上がった。ここまでで必要なことの応答しかしなかった彼が出てきたことにローガンを除いた全員が視線を向ける。
ハリーからの目配せに従ってローガンは一旦腰を下ろして用意されている椅子へと座る。途端に精神を研ぎ澄ませたまま三十分以上立っていた疲労が押し寄せて来た。可能であればこの会議室から出て食事にありつきたいが終わりはまだまだ先だろう。
「オリバー指揮官の言った通り、第四次世界大戦は爆弾でそれに点火するには火種が必要です。点火するにはほんの小さな火種では不十分ですし表向きの理由が因果関係で結びつくものだと誰もが思うものでなくてはなりません。オリバー指揮官であればとうの昔にそこに行き着いているのでは?」
『ああ、俺もそこまで考えている。精肉店に野菜が、パン屋に米が置いてあったら違和感しかないがそう思うのは決められているテーマというのがあるからな。第四次世界大戦勃発を誘発させるのに鉄血が世界の首脳陣に食物を投げつけるだけでは到底できることではない』
「それともう一つ。水面下で国同士の武力による小競り合いが起きているというのにメディアに大々的に報じられていない。どこかでボロが出ていてもおかしくないというのに一切どこからも」
『たしかにそうね~。それはどう予想しているのかしらハリー指揮官~?』
くるくると指に自身の髪を巻き付けているリーを一瞥したハリーはまたオリバーに戻す前に全体を見渡す。そうしている間に胴のような思いを抱いているのかはローガンにはわからないが、芳しくないような心に栓をさせて詰まらせてくる、それに類する物だというのがなんとなくわかった。
「第三次世界大戦の影響もあってさすがに慎重になっているのだと思います。鉄血工造という共通の敵がいる以上は彼らも望んで戦争を引き起こしたいとは思わないでしょうし引き起こされる悲惨さは知っている筈です。なので首脳陣は互いに画面越しに睨み合いながら牽制しているのが現状でしょう」
『でも世界がそうなっているとは限らないでしょう~?日中戦争だとかイラク戦争みたいに歴史に刻まれている因縁があれば簡単に黙っていられるとは思えないわ~。心に巣食う負の感情が強ければ強いほどその相手国の悪い所が目につきやすくなるのだもの~』
これは国同士の事でなく普段の日常生活においても当てはまることだろう。言動などが気に入らないというのは些細なことではあるが、もしそれによる刃物が自分に向けられた者であれば話が違ってくる。腑に落ちない理由でそれが自分に突き立てられれば反感を覚えるのは当然だ。
特に戦争という舞台で互いに暴力をもって傷つけ合った結果がどうあっても怨恨だけは必ず残る。愛国者を体現する兵士であれば尚のことで、ソ連時代のロシアを嫌っていた(らしい)スオミがいい例だ。製造される過程でそうプログラムされているのはそうした歴史を忘れないよう製造主の意図があったのかもしれない。だがいずれにしてもそう毛嫌いされるほどの根があれば比例して憎しみが増幅している。それが現代の国を動かしている人間達に全くないわけではないだろうし、複数国の諍いである世界大戦であれば尚の事捨て置くことでもない。
「たしかにそうでしょうね。ですが核戦争から始まった世界大戦で何かが違ったのかもしれません。僕は心理学者ではないのでそれ以上の推測はできませんがね」
『そんな政府の人間のケツに火をつけるどころか爆発を起こすことなんてそんなのもう一つしか考え付かない。坊主、まさかとは思うが……』
「ええ、オリバー指揮官のお察しの通りです。EMPという対応策が取られていますが炸裂すれば大勢の死者を生み出す。それだけでなく放射能を撒いて生物に変異を起こすか正体不明の病気を発症させることも第二次世界大戦で日本の広島と長崎という地から得たデータがあります」
そこまで言われてこの場にいる誰も察することが出来ないわけではないだろう。EMPが有効で放射能をまき散らす大々的な兵器などすぐに思いつくのは一つしかない。
静かに傾聴していたヘリアンがようやく口を開いて正解を言った。
『核兵器か』
「その通り。鉄血の手にそれが渡ってしまえば彼らにはもう簡単なことでしょう。どこかの国の者であることを記録上で偽って起爆するなどと方法は様々。それが世界中で起きればもう最悪の事態になります」
実際に世界大戦を誘発させるのにどのような手段を使うのか、そこまではまだハリーと考察しても情報が無いせいで何一つとして形になっていない。ただ重要なのはそこの国の者ではなく他国が自国であることを示されること。鉄血が民間人に対し条件付きで武器の供給をするのにあたって他国の武器を、アメリカにはロシアの銃を流していたのと同じようにすればロシア側からの工作を疑ってしまう。もちろんそれだけでは決定づけることはできないが、逆にいえば不足している部分を埋められれば断じられてしまうということでもある。
一同に似た動揺が見え始め、本部にいる幹部たちが主に騒ぎ始める中で指揮官たちは顔を見合わせながらもそう考え着くのが正しいのかどうかを確認し合い始めた。
「……やっぱりこうなったね。大体は予想できていたことだし知っていたけど」
「ヘリアンさんを除いて幹部たちは慌てふためいていても、現場慣れしている指揮官は皆冷静だな。いや、動揺していてもなんとかしないといけないことだと無意識に知覚しているからだろうけど」
「この差はもういつ見ても呆れてしまうよ。一から段階踏んで上り詰めてきた人も一応いるといっちゃあいるけどそれはほんの一握りだ。多くが大理石で築き上げられていたスロープを歩いて来たのだからこれを見ているだけでもちょっと腹立たしいよ」
「同感ではあるがお前も理性を無くすようなことにならないようにな。まだお前が取り乱したところなんざ見たことないができれば目にしたくはないんだからな」
やれやれ、とローガンは先日導き出した『鉄血による核兵器使用』の考察に不備が無いかもう一度考えてみる。
一昔前から戦術核兵器使用に当たっての理論というのがある。簡単な話が核兵器を使用された際に同じ手段で報復する、それの有効対象としてされている相手はあくまで『国』でなければならないということだ。鉄血工造というのは『国』ではなく人類の敵、いわばの巨大なテロリストの一つに分類される。もし鉄血が核兵器を素性を隠さぬままに使用すれば核理論が適用されぬまま同兵器で報復されないが、それでは彼らに取って望んでいる結果は得られない。ならば核兵器から始まる国同士の潰し合いを始めさせるなら……というようにハリーと考えていった結果が核理論による報復だった。
考えすぎなのかもしれないが、なんの狙いも無しに行動しているということは戦い続けているローガンからしてもあり得ないと思う。なぜならハイエンドモデルがそれぞれで違った特性を持っている、それを持たせているという現実がある。それだけでなくコンピューターウィルスを用いての戦術性まで確認されてもいるからだ。
オリバーがまた挙手したことにより指揮官たちの視線が彼に集まる。今度はローガンが答えるべきだと思って立ち上がると英国の指揮官は言った。
『一つ確認させてくれ。第三次世界大戦が実質終結した後に各国がまたの惨劇を防ぐべく全核兵器を放棄した、というニュースがある。それを信じるなら地球上に大量殺人兵器はないということになるが』
「その発言を信じるなら、でしょう。政府の最高トップがそう報告で受け取っている、というだけで幹部が記録を改竄・隠蔽しているというのだってゼロではありません。俺は元から信用していない人間に対しては疑り深いのですが、過去に言ってることとやってることが全く違う、正反対の事をしている政治家なんてたくさんいました。それとオリバー指揮官、その発言からすると鉄血は自分達で核兵器を製造するのでなく人類が隠しているそれの使用を予定しているのだと、俺達と同じ結論に至っているようですね」
『……一番考え付きたくない、最悪なことだとは思うが奴らは皮肉なことにも容赦ないのだからな。そうなると問題なのは奴がどこの核兵器の奪取を狙おうとしているかだな』
「はい、『オアシス』の情報入手に手一杯でこちらはそっちにまで手を回せていない状況です。ですから――――――」
そうして話を続けようとした途端、ホログラム越しに机を叩く音が響く。言葉を切って音の発生源に目を向けると本部にいる幹部の一人、小太りで頭を剥げ散らかしている中年の男性が血走った両目でこちらを睨んでいた。
――――――そこから先は、もうローガンにとっても茶番で思い出すのも億劫に感じている。ただグリフィン上層部の人間がどのような思考をしているのか、または政府とどう違うのか。そう問われた場合はローガンは『何も変わらない』と返答するのは間違いなかった――――――
最近リアルな方で思ったことといえば、驕っているなよ林檎社ということです(唐突
丸一日以上のメンテ開けてからガチャ回して最高レアリティのキャラを出すのに、どれだけの運を排出したのかわからないぐらいでしたよ、まったくまったく。ここしばらくの運が良かった分の振り戻しが今回から来ましたけど、ドルフロにまであまり来ないでくりーと願うばかりです。これの投稿前日にダネルがようやく来てくれたりと、私の作品に登場させてみたいキャラがインフラしてきていますがいつになるかなぁ……。それでもマシンガンのあの子はまだうちの基地に来てくれません。早く来てくれないかなぁ、いずれは重要な登場人物として絡めるつもりなのだしビジュアルも好きなのだけれども。クリスマスなどのリアルの時季ネタみたいなのも書き進めてみようかなとも思いますが、ギャグ路線で行くつもりですしそこでガッツリと……。
今年が終わるまで一ヵ月を切りましたが、ドルフロの正月って何をするのか知りませんし少々楽しみです。使い道はもうほとんど決まっているような物なのですが、お年玉みたいにダイヤがたんまりともらえたらいいですねふへへ。
では今回はこの辺で―――