誰も助けてくれない -Can you hear me?- 作:麒麟犬
銃声をサプレッサーで消音されているといってもやはり限度がある。そもそも抑えられているのはそれだけであって、弾丸を発射したと同時に銃口から噴出されるガスの噴出音までもがないものとなるわけではない。
なので先行偵察しているローガンにとってネックなのはその音で鉄血兵に気付かれて先制攻撃の機会を与えてしまうのではないかという事であった。第一、光学迷彩でカモフラージュされている跳躍地雷の無力化をするにはまず目視で存在を確認する必要がある。暗がりの中でローガンが所持している『P226』のフラッシュライトで気付かれることだって十分あり得た。
ローガンの過剰に思えるほどの警戒心で五感の全てが研ぎ澄まされ、思考の全てまでもが現実の事象の全てに向けられる。G11との通信をしてから、二回引き金を引いて処理した地雷の数は一つや二つではない。薬室に装填できる弾薬も含めれば十六発のバラベラム弾を装填できる『P226』のマガジンを一本分交換するだけの数をローガンは破壊している。さらにリロードしてからも四つをスクラップにした。
「さすがにそろそろ勘弁して欲しいんだがな……」
言わずもがなだが、弾薬だって都合のいいコミックの話のように無限に所持しているわけではない。ローガンはその場で何かから錬成できる錬金術師でなければ、無から作り出す魔法使いでもない。なのでもし使用している『P226』の弾薬である9mmバラベラム弾がなくなればローガンの武器はナイフと体術だけになる。
現代で一兵士が所持する武器で有力な武器というと小銃がまず挙げられる。銃撃という戦闘手段の一つが失われた場合はどこの兵士だって少々戦いにくくはなる。それはローガンも同じだった。
銃器を失った場合でも戦闘に参加できるように訓練こそすれど、そのようなことになれば真っ向な戦いなどできないに等しい。致し方ないとはいえ、長く続くこの現状がローガンにとって憎々しく思えてくる。
しかしある一点を過ぎたところで、設置されている地雷は突然となくなった。見落としているからとかではなく、見慣れて来た光に当てられたことで生み出される空間の湾曲部分がないのである。
それでもなければそういう笑い話で済めばいいと思い、集中力を途切れることのないように努めながら前進。
「おっと……」
ふとここまででなかった音を聴覚で拾い、ローガンは身を屈めると壁の方に寄る。壁を背を付けるようにして一歩ずつ足音を殺しながら進んでいくと、進行方向上に光が差し込まれているのが見えてくる。光源たる物体による光が余分に照らされていることで、少しながらも足元だけでなく壁や天井まで全域に至って危険物が無いのは見て取れた。ただそれによって警戒態勢になっているヴェスピドが数体が巡回していたので、一旦進行をを停止。
敵の陣形と周囲の地形を改めてを確認し、二体以上で存在を認知しあっている六体の制圧が可能かどうかを考察する。銃やナイフ、格闘術などを全て駆使した結果がどうかを判断し、その後に起こりうることまで考慮した結果としては、ローガンとしての
だからといってこちらの存在を気付かれずにやり過ごすのは不可能で、この先の様子を探りたければいずれかの手段を取る必要がある。偵察という以上は敵に気付かれるのだけどうしても避けねばならない。
そもそもの話、進行するのであればG11達の後続が追い付くまでが現実的ではあるが、ハイエンドモデル二体がここにいる以上は正面からの戦闘は取るべきではない。なによりもローガンが自分を除いて戦力として頼れるのはG11だけであった。
(仕方ない……)
嘆息するとローガンは暗闇に紛れながらも収集できるだけの情報を入手しようと回り込むようにして移動した。
ここまでは一本道であったもののある地点に直角で分かれ道が出来たような道筋になっていたので、明かりを避けて岩に身を隠しつづけるように心がければ難しくはなかった。鉄血兵の視線が外れた瞬間に動いて移動、体全体を隠したら立ち止まって敵の様子を窺う。これを繰り返してローガンは分かれ道の先の光源が見えるように移動した。
周囲に完全に身を隠せるだけの遮蔽物が無いので、腹這いの匍匐姿勢となり敵からの視認性を可能な限り避ける。そして端末を操作してHUDの視野と倍率を調整して『地図』の終着点を見た。
HUDの視界に映されたのは数十分前に対面を果たした鉄血のハイエンドモデルのエクスキューショナーとアッシュ。後者はともかく、前者の方は声を荒げて怒鳴っていた。
「うるせぇな、いい加減にしやがれ!どちらにしても上のフロアはもう制圧されちまってもう捨てないと駄目だ。だったら第二プランでここを爆破してやればいいだけじゃねぇか!」
「エクスキューショナー、私は何度も言ってるでしょう。無理やりこじ開けるような真似をすれば何が起こるのか分かりませんよ。ここに隠した者は恐らく私達の到来も予想して居た筈、でしたら罠を一つか二つ用意していてもおかしくありません」
「臆病な意見を並べては自分から尻込みしているんじゃねぇよ。この中の情報なんざ何も入手出来てねぇから慎重になるのは良いとしてももうグリフィンの奴らが来てる!だったらいっそのこと……!」
「足踏みを続ければもちろんではありますが短慮な行為も自身の死を招きます。第一、私達の元にはワイヤレスで起爆できても地下深くまで信号は届かないでしょう。雑兵をここで使うにしても、まだグリフィンの方たちの全滅が確認できていませんよ」
苛立っているエクスキューショナーに臆せず正面から向き合うアッシュの方は笑顔を崩していない。屈託のない、だが底の知らないそれを浮かべている彼女にローガンはどこか既視感を覚えながらも監視を続行。
二人の間には爆薬パックが積まれており、隅には見覚えがあるケースがどけられている。事前にハルカ達に情報を伝えられた防弾ボックスそのもので、ここから見る限りではもう中身が取り出されている物だと思われた。
エクスキューショナーを視界に収めた時は電動工具が中身だとどこかで思っていたが、断定的に見て人一人の力では持ち運べない量の爆薬が運ばれていた物だろう。
「私達二人が次に行動を起こすのは『待機』ですよ。民兵はともかく、ここに現地入りしたグリフィンの兵には気をつけねばなりません。あなたとて、ハンターを討った相手を放置するつもりはないでしょう」
「それはそうだ。オレの仲間があんな軟弱な男に負ける筈がねえだろうが、万が一というのもある。それを見定める為にもオレがあいつを叩き潰す。ハンターのやり方を真似てでも、オレの総力をもって殺すって決めてんだよ」
「それは結構ですが、私としましてはあの方にまた尋ねておかなければならないことがあるので忘れないでくださいね。個人的にではありますがあの人に興味がありますので」
「興味、ねぇ。敵であるアイツにもそんな笑みを浮かべているが本当に興味という二文字に収まるものなのか?何か別の感情が含まれているような気がするぞ」
アッシュが後ろ手に組んだままその場でクルクルと回り近くにある岩の上に飛び乗るとそこで片脚で立ち両手を広げてバランスを取り始めた。そこで立ち続けているついでに彼女はスケート選手のように軽く回転したりと、アクロバティックな動きを披露する。その間にも笑顔を崩さなかったりと、外見年齢に合わせて無邪気な様子を窺わされた。
対するエクスキューショナーは溜息を吐いたように額に手を当てると、反対側に位置している防弾ボックスに腰掛ける。そして楽しそうにしている人形に言った。
「これは言われるまで気付かなかったが、エージェントの奴はお前が人間と遜色ない、そのものの行動をしている、と言っていた。その時オレはそこまで気にも留めなかったがな」
「私達のAIという物は元々人類が生み出した技術の産物です。精神年齢のままの行動パターンのモデルはその年齢の人間から取りますからおかしいことはないでしょう?」
「たしかにな。だけどな、てめぇと初顔合わせを果たしてから一ヵ月、会話を何度かしてみて思ったがエージェントの指摘は概ね間違っていないと思ったよ。お前のメンタルモデルは
「さすが、エルダーブレインの『代理人』と呼ばれているだけの事はありますね。私達を率いるのにふさわしく他人を見る目は確かなようです。まったくもってあっぱれですよ」
くすくすと笑いながらアッシュは今度はバレエの選手でもあるように片脚を頭上にあげて両手でそれを掴む。そしてその姿勢を保ちながらその場に留まり続けて見せた。
人間としては限界まで研ぎ澄ませているであろう聴覚を頼りに、二人の会話にローガンは耳を傾けるが思考する暇が一切ない。どこかで二人が言った事の意味を解釈して噛みしめてしまえばどこか重要なことを聞き逃してしまいそうで一ミリたりとも気が抜けれない、それほどまでにローガンは一旦内にて僅かに頭だけを浮かび上がらせた可能性を捨てきれなかった。
「話題をすり替えようとしてるんじゃねぇぞ、その気がなくともな。オレはてめえと顔を合わせた時に言ったよな、言葉にはできないがてめえが気に入らねえってな」
「ええ、たしかに言ってましたね。同じ勢力の人形としてあるのにそんなこと言われて傷ついていたので覚えていますよ」
「あの時は言葉の通りにいけ好かねえだけだったが今だったらこう言える。てめぇが得意分野としていることもあるんだろうが、『人間臭い』んだよ。例えるならグリフィンなんかに肩入れしているI.O.P製の奴らのようにな」
ビキリッと何かが割れかけた気がした。その音が一体なにによるものかは定かではなかったが、場を見ていたローガンが思うに恐らくエクスキューショナーとアッシュの間にあった空間そのものような気がした。いや、二人の会話をなしにしてみればそんな音は響いていない。それにローガンの付近でスリーマンセルを組んで陣取っている鉄血兵に何かの異変が起きたわけでもなく、視認した時から変わらずに付近を見て回っている。ローガン自身も装備か何かを破損してしまったというわけではない。腹這いになってポケット越しに小道具やらなにやらを圧迫してしまってはいるが、戦場に出る以上はガラス細工のような壊れやすいのは持ち出していないしなにも問題ない筈だ。
なのに、なぜそう認識してしまったのか。鉄血が製造する人形の中ではトップランクに位置する二人がこちらに気付いたから?それとも彼女達がもっていた何かを破損させてしまったから?もしくは外敵と接触した時のように戦闘体勢に移行したから?
違う、どれも正しくない。もしこのまま話が進んで沈んでいくのであれば、三つ目であげた通りに二人が取っ組み合うことがあるかもしれない。だがそうなるのには如何せん早く、まだ最初の段に踏み出したに過ぎない。
きっとそうではない、もっと簡単でシンプルな話だ。立場など似通った部分はあっても肩を組んで一緒に歩くぐらいにはならないのが直感でわかる。そんなことなら人生で何度か見てきた、見させられてしまってきた。口喧嘩した時よりも酷い、『怒り』や『妬み』を通り越した『憎悪』をぶつけ合う直前と同様、エクスキューショナーとアッシュの関係の間に亀裂が生まれた、とローガンはそう悟った。
アッシュがバランスを取っていた岩から飛び降りてまた後ろ手に組む。赤目を薄らと覗かせ、無邪気にやや邪悪な要素が表面に混じった彼女にローガンは少しながら戦慄した。
「……へえ、あなたを見下してはいませんが武器を振る以外にもそうはっきりと言葉にできるのですね。見た目に沿って言葉遣いも野暮ったいのは変わりないですが少し意外です」
「んなのはどうでもいい、てめぇには自覚はあんのかよ。その内に自分が人形じゃなくて人間そのものだって思い込むことだってあるんじゃねぇのか」
「自己暗示、というのがあります。馴染みのない環境に紛れるには自分もその一部だと言い聞かせるのです。森にて身を隠すのであれば自分は草木だと、砂漠であれば砂だというように。ですから私は自分が本当に『人間』という存在なのだと言い聞かせたことはないわけではありませんよ」
「本当にそれが原因か?通り越して擬態する対象の臭いが染みついてる、どころじゃねぇ。人間達の生活の中に溶け込んでいる戦う機能を持たない自律人形そのものに近付いてる気がするのはオレだけか?伝手で聞いた話じゃ、余計なことをせずに目的達成に集中するように命じられているのにも関わらずな」
「さあ、どうでしょうね?たしかに必要以上に関わることがないようにも言われているので可能な限り面倒事は避けていますよ。ですがどうしても受け流すことが出来なかったことになったりすれば力を行使することだってあります。探られてしまえばマズいことだってやはりあるのでね」
「敵情視察とか暗殺でそう危険を冒しているのはオレだって知ってる。だがな、こっちが知らないうちに単独行動で潜りこんでたことだってあったんだろ。もうその民生組織は司令官がクズだったこともあって解体されてしまってはいるがそうする必要性はなかった筈だ。詳しくは知らないが、PMCの程の規模じゃなく現場に送る兵士の体制もよろしくなかったそうじゃねぇか。それだったらてめぇが出張る必要もねぇ、自滅する様を眺めてほくそ笑んでていいだろ」
「……そこまで知っているのであれば隠す必要もないですね。単なる話、敵であってもやっていることが目に余っていたんですよ。難民を保護して十分な貯蓄を与えても従属している部下への配給は本人達の意志など関係なしに最低限。自分は変化させずに私腹を肥やしている、そんな醜い人間の行いが。他を足蹴にして自分だけが手を伸ばして星を掴む。戦争犯罪ではありませんがその行いは決して褒められたものではありません。それに思うことがある以上、私は鉄血の戦術人形という群れの中では十分異端なのでしょうけど」
「そう憤慨する時点で十分異端だクソッタレ。オレ達はあくまで人類殲滅という最終目標を掲げて連中の事情に突っ込む必要なんてねぇんだよ。人間達の歴史だけじゃなく世間を見てみろよ。国同士の争いに対して関係が薄い第三者の人間は関心を装っているだけだろうが。テロや戦争による犠牲者に気の毒だとか都合のいい言葉を並べて自分達に飛び火しないように安全圏内から眺めているだけ、それが公になっている現状だ。当事者としてオレ達からすれば敵対している連中にそんな配慮をする必要性は皆無だ。簡単な話、人類なんて全員殺すんだからそれが遅かろうと早かろうと関係ないだろ。善悪問わず、同じ種がどうなろうとも本当に胸を痛めるわけでもない。あんながん細胞共に時間的な猶予を与えるだけに留まらず価値を見出すなんてのは無駄だし間違っているさ」
二人の会話が意識から遠ざかり、背筋に悪寒が走るのと同時に腹の中に嫌なものが腹の内にストンと落ちてきた気分だった。鉄血工造という組織は本当にローガンを始めとした人類を皆殺しにしているのだということなど既に知っていることだと、わかってることではあった。だがこうして確実に言葉にされたのはローガンにとっては初めてで、現代において人類に牙を剥く『絶対悪』というのを相手にしているのだと受け止めざるを得なかった。
考えなかったわけではなく、忌避していたわけでもない。ただただ、そう朧気に頭に浮かび上がらせていただけでそう深く潜り込んでいなかっただけ。
何を今更、と言われるのかもしれない。七年以上もそんな連中と戦い続けているのだからわかっていたことであろう、などとそう厳しく言われることは間違いない。
それほどまでにエクスキューショナーが主張した人類の汚点というのは正しかった。ローガンが経験してきた過去にも、どこの誰が命を落としたという一報があっても大きく気にも留めない、ということなどある。
自分の事で精一杯だったから。そう言ってしまえばお終いではあるが、それは自分だけがそうではないと表明したい逃避でしかないのではないか。
一々他人の事で気に留めていられない。それだって自分には関係ないことだとして完全に切り離し、自分の身の回りのことに没頭する口上にしかならない。
(だけど……!!)
生きるか死ぬかわからない、明日生き残れるかは今日の自分にかかっている。それだけを己につきつけて銃弾を掻い潜っては放ってきた。安全な場所や物資を手に入れたのだとしても、それだけでこの先も生きていけるわけではない。また新たな居場所を探って戦い続けては、それらを独占しようとする輩を押しのけたことだってあった。生まれついた時から生物に備わっている生存本能のままに戦い、帰巣本能が無い野良犬のように彷徨う。他者を殺した時点でローガンが生きてきた道のりなど、褒められたものではない。誰が為、というわけでなくほとんどが自分の為であるのだから。
しかし今のローガン・ブラックがどう歩んできたかその過程を抜きにしてもだ。誰かの災難を見て見ぬフリをした、それだけで人類という種の価値を決めて否定するのは間違っている。
胸を痛めてはすぐに現場に駆けつけれるのはヒーローでしかない。自分はそんな超人ではなく、並の強度と力しか持たない一人の人間なのだからそんな偉業など出来る筈もない。
それも逃避、責任逃れ?愚かな人間という間で線引きをしたいだけだろうと?
そうではない。自分だって同じ、自身と親しき者までにしか奔走しない愚かな人間である。だが愚かであることは無価値であるのだと結びつかない。それすなわち、そんなタグ一つですぐに切り捨てられることに直結するわけではない、ということだ。
たしかに人類は過ちを幾度と繰り返す、愚蒙で愚昧で愚劣な一面を持った生き物だ。そう受け止め、受け入れた上でローガンは傲岸に言い放つ。『だからどうした』と。
どう理由づけされたのだとしても、大人しく殺される結末を迎える必要性がある、なんてことには決してならない。なるわけがない。食物連鎖を別に置いたとしても、一方的に事情を押しつけて命を奪おうとする行為だって人類が犯してきた罪。それを無自覚であっても犯そうとするエクスキューショナー達、鉄血工造だってこの世で蔓延るがん細胞だ。
どう言葉で否定されようとも、それだけは絶対に間違っていないと筋を通してぶつけれる。
ローガンは腹の中で蠢こうとしていた黒い現実を燃やし、また新たに戦意が猛る為のガソリンとして注いだ。
冷却され始めていた手足の指先に熱が通って手元に転がっていた石を握ることもできる気力が漲ってくる。今だったら手の内にある石を砕いて砂に変え、ナイフ一本でこの場を制圧できそうな気分にもなってもくる。だがそんななけなしに生み出した闘争心だけでは現実を変えれない。精神論で現実を自分の良いように路線変更させれるのなら誰だって苦労しない。
だからこそ、自身の生存をかけた『闘争』という本能のままにローガンは決断した。
「……なるほど、立派な考えをお持ちのようですね。個人的に少々あなたと語りたい気分にはなりますがエクスキューショナー、罠にかかった獲物がどうなったかの第二の確認報告が来ていません。遅くとも今には来て居る筈なのに音沙汰ないのが奇妙に思いませんか?」
「二人が死んでいるっつうことで追跡する旨の報告が来たのが十分ぐらい前か。だが通れるだけの撤去も済んだってなことだし順調に行けばもうそろそろきていいぐらいだろ。単にてめぇにとって話の風向きが悪くなったということで理由を作るべく言ってねぇか?」
「そうではありませんよ。こちらで設置しておいた地雷原の方からも爆発音が一切聞こえてきませんし、少々気がかりになって来ただけです。気が急いているだけだと思うのかもしれませんが、むしろ臆病で慎重になった方が沼に踏み込まなくて済むなんてことだってありますよ」
「はぁ……まぁ仕方ねぇか。おいお前ら、全員でもと来た道戻って状況確認に行って来い。会敵したなら即座に報告してこっちに情報を回せ。それと、グリフィンの男を捕縛した時は殺さずに連れて来い、わかったな」
エクスキューショナーは溜息を吐きながらそう言うと、巡回を続けていた鉄血兵を集結させて指示を通達。それを受けたヴェスピド達は陣形を維持したままローガンが通って来た道の方に足を向けた。
こちらに気付かないまま向かって行った敵の背中を見ながら、ローガンは無線機に手を当ててG11達に警告した。
「G11、そっちに鉄血兵が向かったぞ。数は六体で全員がヴェスピドだ。必要ならバックアタックもできるよう俺も戻るぞ」
『了解だよ。大丈夫、こっちで迎え撃つ。ローガンはそこでできることをやってくれればいいよ』
「本当にいいのか?正直戦える奴をお前が動員したとしても怪しい所があるぞ。お前の実力は知ってはいるが……」
『相手はたった六体のヴェスピドなんでしょ?そんなのにあたしが負ける理由はないよ。それにローガンから接近してくる情報をもらえてるわけだし、こっちから待ち伏せだってできる。慢心なんてなしに取り掛かればあたしは勝てるよ』
「お前の周りにいるのは404小隊の、45や9、416みたいな腕利きのベテランじゃない。それも鹹味してもそう言えるんだな?」
『あたしだって眠いのを堪えてここまでやってるんだよ?もし早く作戦を終えて心置きなく寝させてもらえるならあたしだって全力を出す。それともローガンはあたしに信じさせておいて信じてくれないの?』
「いいや、そうじゃねえよ。単なる最終確認だ」
やれることはやろう、とローガンは静かに横に動いて完全に自分を物陰に隠す。自分一人であの二人を倒すことまでは残念ながら叶わない。暗黙の了解としてローガンも鉄血のハイエンドモデルに遭遇した際は基本的に撤退を命じられている。そうなっているほど、エクスキューショナーとアッシュのような上級人形の実力は徘徊している鉄血兵と天地の差がある。
だからできることなどないに等しいが、それでもできることがあるとするならば。
「任せたぞG11。今のところ、お前が一番の頼りだよ」
『こう言うのは柄じゃないけど、信頼に応えるようにするよ。帰るときは膝枕をよろしくね』
「ちゃっかりしやがって。頭も撫で回してやるから覚悟しておけよ」
ゆっくりと体勢を整えてからローガンは通信を終了させると、肺に多くの酸素を静かに取り入れて変換された不要物を吐き出す。それに含ませているのは二酸化炭素などの生物学的な物だけでなく、心のしこりになりかけていた不可視のそれまでもを排出してから気持ちを切り替えて為すべきことを整理した。
ゲートの前にいるエクスキューショナーとアッシュを倒すか否かは置いておくとしても、『オアシス』を手に入れて逃げ切りさえすればこの場では勝ちではある。その後G11やハモンド達だけでなく416やバルソクとハルカと合流しなければならない。
これから選ぶ道のりは楽でない上に現実的ではない。最も利口な手段であるのなら、どこかで抜け道を発見して後続の416達と合流。再編成してからまたここに来て鉄血のエリート達と交戦する、というところなのだろう。既にG11達の方に鉄血兵が向かっており、知らされた彼女から助太刀は無用とまで言われているので変な我を通すつもりはない。
「さて……」
結果はどう転ぶかはわからないことを理由になにもしないわけにはいかない。そうローガンは思いながら『P226』とナイフを握り締めた。
――――――
逃げるか戦うか。大きく分けられたその二択のどちらかの選択を強いられるのは今回が初めてではない。生き残る為に最善を尽くす、その強い意志を柱にするのはもはや恒例行事と同様だ。
今回では後者は論外、あまりにも戦力差がありすぎている。体得している体術がある程度通用するのはイントゥルーダーと一時間前にもなっていないエクスキューショナーとの戦闘で証明されたが、それだけでは不十分。相手の武装も合わせて考えて見ると尚更不利な博打に近いのは言わずもがなだ。対する前者も反射的な生存本能のままに逃げてその場を凌げたとしても必ず五体満足でいる敵の魔の手に絡めとられてしまう。似た状況下でそんな苦い経験は既にしている。
とはいえ、互いに対極に位置するそれらだけが選択肢ではない。例を上げれば、少人数による敵地潜入による隠密任務であれば戦力的に不利なのは必然なので、敵を目視で捉えてもすぐに片付けずに『やり過ごす』やこちらにとって都合のいい状況になるまで『待つ』というのもある。さらに枝分かれする手段のうち、ローガンが選択したのは戦いだけでなく人生の師でもあった人物が一度だけ取った手段。
「……これはおそらく人類側の銃声ですね。
「連中の武装にマグナムとかの大口径の銃があったりして下手すれば戦局がひっくり返される。一度食らってしまったことがあるから言えるがあの威力は侮れん。四肢がもがれてもおかしくない」
「私はそれに類する物を手に取ったことはありますが発砲までしたことはありません。拳銃などとはそこまでかけ離れているのですか」
G11達による交戦が開始されたのか戦闘音に合わせて二人の会話も聞こえては来るものの、それでもいつでも戦闘体勢に移行できるようにはなっているだろう。仕掛ける前に下手を打てば心構えまでの全てが水泡と帰す。細心の注意を払いながらローガンは見つからない範囲で距離を詰めると、一旦ナイフの代わりに左手で慣れ親しんでいる投擲物を握り締めた。
ピンの輪に指を掛けた瞬間、ピピピッと電子音がこれから向かう先から聞こえてくる。それで動きをローガンは止めたが、その音が何から発せられたのかは敵方から明かされた。
「……おっと、我々の指揮官からのお呼び出しですよエクスキューショナー」
「かったるい定時報告の時刻だから向こうからかけてきやがったか。わざわざこんなことをする必要なんかねぇだろうに」
「それだけ彼女も今回の事案を重要視しているのでしょう。大々的な目論見が頓挫することがなくとも、そうならざる可能性を秘めたのが『オアシス』ですから」
よくよく噛み砕けば到底聞き流すことが出来ないことを話しているが、逆にエクスキューショナーの注意が別に向けられるということでローガンはピンを抜くと光源がある方へとすかさず投擲した。カンッ!と煙を吹きだしたそれが地面にて跳ねていくのを視界に捉えながら、『P226』で可能な限りそこで展開されていた照明を破壊。そして粗方の光源を壊すと弾倉を取り換えて標的の方へと一直線に走った。
「このタイミングでかよ……!?」
そのような呻きを聞きながらもローガンは駆けてスモークで視野を奪われた標的に接近。さすがに戦い慣れているということもあってかハイエンドモデルの一体はただやられるということはなくこちらからの組みつきに対抗してきた。煙越しにようやく気付いた時にはほぼほぼゼロ距離であったので、ローガンが抵抗の手を受け流すのは容易ではあった。が、第二の反撃までのインターバルが短かった。
先に掴みかかって来たこちらに突き出した腕とは逆のそれでフックを仕掛け、こちらの側頭部に命中させようとしてくる。無駄のない動きによる反撃でローガンの肝も一瞬だけ冷えたが、すかさずナイフを握った腕でブロック。勢いが完全に殺せぬまま敵の細腕が自身の頬を叩いたが衝撃でよろけてしまうほどではない。
「こ、の野郎……!」
痛みで顔を顰めながらも攻撃に転じ、また一歩踏み出して距離を詰めると腹に一発『P226』のグリップで殴りつけた。たまらず身体を折りそうになった鉄血の上級人形だったが、こちらを絡めとる第三の巧手を講じてくる。フックの勢いを抑えたローガンの左手を掴んで関節をキメるように捻り上げりながらも自身は対峙しているこちらの背後に移動してきたのである。
(この動き、対人戦における近接格闘術を!?)
ローガンの経験による話になるが、これまで鉄血兵との接近戦において武器を振るわれることはあっても素手の状態から搦め手による戦闘術を駆使されることはなかった。同じハイエンドモデルのハンターとは接近戦にならずAR小隊による掃射の火力で圧倒したが、イントゥルーダーでは第三者から見ても近接戦も交えた武器による戦闘であったに違いない。彼女らも鉄血工造という勢力が所持する戦力の一角であったのだと言われても特に違和感も何もない、それだけの実力者であった。
そんな彼女らも殴る蹴るなどの四肢による原始的な攻撃をすることがあっても、人間にとっての可動域外の方へと腕を動かそうとするような一日二日で体得できるものではない武道などを駆使することはなかった。人間とはかけ離れた力を発揮できる戦術人形だからそのような戦闘手段を取る必要はない、などと言われればそれまで。
それだからこそ今こうして腕力などに頼り切った単純な攻撃ではないことにローガンは内心驚愕しているのである。同じ立場の難民や人道を外れたロクでなしを殺していた、兵士として戦う前の歳月も含めれば十八年以上。それだけ戦闘経験を積んでいても経験したことがない初めての相手にローガンはさらに警戒心を強めた。
(でもこれならまだ――――――!)
応じようがあるとして、ローガンは背後に回られるよりも先に自身の左腕の関節部分を右手で無理矢理ロックして外れることがないようにする。左手を掴んでいたハイエンドモデルの人形は途中から腕が回らなくなったことで反射的によるものなのか足を止め、掴んだ手を伝ってこちらに視線を動かそうとしていた。
すかさずローガンは左足で敵の戦術人形を蹴り上げて転倒させ、左腕全体からの痛みやら痺れによる主張を無視しながらその人形をうつ伏せにさせて片腕と一緒にやや体重をかけると、自身に引き寄せてナイフの切っ先を喉元に突き立てる。人質を取るのと同様に抵抗させぬように動きを封じ、スモークが晴れたことでやや視認できるようになったもう一人に『P226』の銃口を向けて発砲。
一時ではあるものの無力化された上級人形はこの一連の流れに感嘆に捉えられる言葉を漏らす。
「奇襲といえど単独でここまでやれるのですね。ですがこんな手段は突拍子過ぎて合理的ではないのではないのですか?」
「黙ってろ」
アッシュの言葉を蹴って引き続きエクスキューショナーがいた方へと撃ち続けるが、未だにはっきりと有効打を与えられたようではない。煙が立ち込められている中から敵方から明確な反応が返ってこないこともあって周囲を警戒しているとさらに視界が開けて撃っていた方をはっきりと視認できるようになった。
発砲を止めて銃口を向けている先を見てみると、そこには大型拳銃をもってこちらに向けているエクスキューショナーの姿があった。こちらを視覚で捉えた彼女はすぐさま照準を定めたようではあったものの、アッシュが人質にされているのを理解して舌打ちし言った。
「なに大人しくそいつに抑えられているんだ阿保。腐ってもてめぇも戦術人形なんだからホイホイ負けてんじゃねぇ」
「もちろん私としても負けるつもりは微塵もありませんでしたよ。ですがやはりというか、技量を最大限に活かして上回ってきているんです。一度あなたも瀬戸際に追い込まれたのですからなんとなくわかるでしょう?」
再度舌打ちしたエクスキューショナーが忌々しそうにこちらを睨んでくるが、下手を打てば痛い目に遭うのは自身の方だということをわかっているらしく手に持っている大型拳銃を撃って来ない。
ローガンからすればそうならなければ困るのだが、二人の様子からよろしくない雰囲気から『気に入らない奴も始末出来て一石二鳥』とか宣うことも考えていたのである。それが杞憂に済んだことに少しながら安堵しながらも対峙しているエクスキューショナーを改めて見てみると、こちらに半身になっている彼女の右腕に弾痕が見え隠れしているのでローガンが放った銃弾には当たっていたようだった。
「てめえらがどう考えているかは知ったことじゃないが、世界規模の大惨事が計画されているんじゃてめえら全体で謀ってることを知る必要はあるしな。その為にも『オアシス』は俺達がもらう」
「そうだろうなとは思っていたが、イントゥルーダーから奪い返した『鍵』の持ち主はやっぱりてめぇかよ」
「俺は俺が信用できる他の奴に持たせた方がいいとは思っていたんだがな。だが結果論で言えば正解ということになるな」
「だがこのままじゃゲートを開けることは出来ねぇだろ。オレ達とこうしているだけじゃ膠着状態だ。それでどうやって一人で確保するつもりだってんだ」
「誰も俺一人でやるとは言ってねえだろ。こうしていればいずれ
ギリリッとエクスキューショナーが歯ぎしりして悔しがっているような様子を見せる。彼女の赤目からは殺意が明確に顔を覗かせており心情を窺わせていた。
もし彼女に弊害が生まれていなければ容赦なく撃っていたであろう。が、まだ引き金にかかっていない彼女の指が動けばローガンはすぐさま組み伏しているアッシュの首へとナイフを突き立てて『P226』でエクスキューショナーに反撃する。それが誰にでもわかるようにこちらからも圧を意識して発していると足元から声が聞こえてきた。
「ですがなぜあなたはまた撃とうとはしないのですか?捕虜にして情報を得るのであれば今からでも足を撃つなりすればいいのに」
「俺からまた追撃使用するものならてめえのお仲間も見逃さないだろ。だからこいつはてめえの仲間と俺の我慢比べでもあり、いずれは俺の勝ちが決まっている持久戦でもあるっつうことだ」
「あなたのお仲間が私達の兵に負けるということは考えていないのですか?こちらが得ている情報では分断されて私達と戦うには非常に乏しい状態の筈。不確定要素は少なくとも大きすぎですからあなたも思い至っていないことはないでしょう」
「
「……危機的状況に陥っているというのにそう言えるとは。それほどまでにその方を信頼しているのですね」
「他に思うことはあるぐらい、三大欲求を一丁前に主張しても実力は本物。それに……」
これまでは見られなかった落ち度があれば一生懸命に取り返そうとする一面もあるしな、と言葉を紡がずに心の中でそう言葉を漏らして口元を僅かに緩ませながらローガンは『P226』の標準をそのままエクスキューショナーの身体の中央に定め続ける。さらにアッシュとは対照的な様子の彼女の挙動の一つ一つに注意を配りながらも、切羽詰まっていないように見えるハイエンドモデルの背中と右腕に掛けている体重を自身も忘れぬようにし続けた。
「そういえば、私から出した命題について考えてくれましたか?できればその回答をもらいたいのですが」
「学び舎で出される宿題でもあるまいし律儀に回答する必要なんてねえだろうが。生き残るのに精一杯だと言うのにそこまで頭を割けねえよ」
『それもそうだよ。仲間と目の前のことで精一杯だという人に急かすのは酷な話じゃないのかな』
その声には聞き覚えがあった。
ババッ!と今まで沈黙していたゲートに備え付けられていた照明が点って辺りが照らされていく。照明とは別の機械音までもが響き渡っていくことで地面だけでなく空洞までもが揺れてエクスキュージョナー諸共少々体勢を崩しそうになったものの、ローガンはしゃがみの体勢になっていたのでアッシュに隙を見せるほど大きく動くことがなかった。
視線を移さずにローガンは響き渡って来た声に向けて言葉を返す。
「久しぶり、て言えばいいのか?それともこの間助けてくれた礼としてありがとうなんてのが欲しいか?」
『う~ん、どうなんだろ。こっちとしてはきちんと約束を果たしに来てくれたことで嬉しいんだけどさ。そんな追い討ちみたいのをしてさらに喜ばせたいの?』
「ありきたりなことをそんな風に捉えられて困惑の真っただ中だが両方くれてやる。『久しぶりだな、この間のアシストは本当に助かった。サンキューな』」
『うわぁ~とっても棒読みで心が篭ってなさそう!』
「それでも言ってることは本心だよ」
ゲートのスピーカーから何かから発せられている声には喜色が聞いている限りでは窺えて裏が無いように思える。それにその活発な声が間違いなく『あの時』に聞いた時のものとして内に生まれていた一つの疑問に決着をつけた。
忌々しそうにしているエクスキューショナーではなくその声に、ローガンはさらに心からの感謝を贈った。
「本当に助かったよ。お前が手助けしてくれなかったら、たぶん俺はあそこでクソ共に殺されてた。おかげであの一件を解決まで持っていけたんだし感謝してないわけないだろ」
『それならよかったよ、どういたしまして。それじゃあ改めて自己紹介した方がいいかな?』
「そうしてくれ」
そう返すと咳払いがまず最初に響いてくる。そしてその少女の声が紡いだ言葉ははっきりとしていて、今回の件にて鉄血と争う元であることを明確に示していた。
「あたいは機密情報の探査と伝達を目的に製作された独立型AIの『オアシス』。あなたが来るのを心待ちにしていたよ、ローガン・ブラック」
大分遅れましたが、あけましておめでとうございます、新年になってからの初投稿でございます。そんでもって大分インターバルを開けてしまってすみませんでした。
私情で忙しくなったりと、大分バタバタしてましたので中々執筆できないでいました。酷い時には一日に五百文字程度しか進まなかったりと、もやもやしてたのですがなんとかなりましたよ。もうちょっとなんとかならなかったのかな過去の私ぃ……。
まぁそんなどうでもいいことはおいといて、正月を迎えてから各ゲームも色々と忙しくなってましたね~。私はリアルの合間にドルフロと並行してプレイしているゲームの福袋で引き当てたキャラクターの育成をしたりと、特異点が実装されてドルフロで手一杯になる前にある程度までに片を付けてました。でもなぁ、特異点の実装と一日違いで始まるあのゲームを知ってしまって……。友人もやる気だしもうやるしかねえよなぁ!ってノリですけども。一部に置いて同じ製作陣であるということもあって中々に憎いです、これも運命の神様の悪戯ってものなのですかねぇ……。
大体一週間以内の投稿を心がけますが、まだまだ尾を引く感じなので送れるかもしれません。また遅くなるのであればTwitterにて通知しますのでよろしくお願いします。
とりあえず今回はこの辺で――――――