誰も助けてくれない -Can you hear me?- 作:麒麟犬
<五日前>
一日が始まったばかりということもあって通路に射してきている日差しがさわやかに感じられている午前中。ローガンは始業になってからは昨晩にハリーに言われた通りに基地内のラボの方に向かっていた。
45が自ら助力を申し入れてくれたことを断ることなく口頭で申請したのは十二時間以上も前の事。お互いに業務で疲弊してはいたものの、裏世界では名を知れ渡らせている404小隊の隊長が頼まれてもいないのに乗り気になって首を突っ込んできたインパクトを理解できない程ではなかった。特に幼少期からの知った仲であるハリーからすれば驚愕に値することは言わずもがなどころかAIにバグでも発生したのかと疑ってもいた。
それでも経緯を知っての発言であったので善意あってのことだろう、とそうハリーが結論付けてのが昨日。この後は彼も立ち会っての『座標』のデータ確認を行うべく45を呼び出してからローガンも移動し始めたのは数分前だが……。
「なんでお前まで来てんの?お前も仕事あるだろうから別に付き合う必要なんてないだろうに」
「後学の為に拝見させてもらうだけよ。特に私からは邪魔しないから居ない者として扱ってくれていいわ」
「はいはい、それじゃあお言葉に甘えて~って阿保な真似できるか。来るのもいいし止めやしないけど、なんで突然そんなつまらないイジメみたいなことをすることになるんだよ」
「今後の道筋が切り拓ける私は気にしないから良いわよ」
ローガンが歩きながら背後に言葉を投げかけてみれば聴き慣れた声が返って来る。AR小隊とシェアさせてもらっている執務室から出てからずっとついて来ている戦術人形の少女を思い浮かべながら振り返るとそこには思った通りの姿があった。
不満があったり悩んでいることがあれば眉間にやや皺を寄せているのはいつものことだが今朝最初に見かけてからは一層深い。それだけでなくスモッグのようなオーラを幻視する程の雰囲気で、宿舎で寝室などを共にしているM4に原因を聞いても苦笑いだけで明確な回答をもらえなかった。
ローガンがまた歩き出せばAR15も一定の距離を保ったまま歩き出し、止まれば彼女もほぼ同時にその場で止まる。距離感はともかく足音だけでもそう判別するのは難しいことではない。
すれ違う職員や人形がローガンの後ろを見てはギョッとして足早に立ち去っていった回数の桁が二つになりそうなところで溜息を吐くと、ローガンはまた振り返って睨んできてもいるような眼光のAR15に言った。
「俺が何か悪いことをしたんなら言ってくれ。多少はサボってたりしても周囲に睨まれるような常識に欠いたことはしていないつもりだ。下手に溜め込んだりなんだったりして爆発されるのは御免だしそうなっても欲しくない」
「言いたいことがあったら私は普段から言ってるじゃない。それとも何?単に自分の気が楽になりたいからすぐに溜めているものを言ってるというの?」
刺々しいその声と台詞にムッとなりかけたがすぐに言葉の端々に乗らないように自制する。嘘偽りなく本当の意味で伝わるにはそう負の感情を込めてはならないことは兵士になる以前に、良好な人間関係を築く知識として戦いだけでなく人生においても師と呼べる男から学ばせてもらった。
なのでローガンは
「そうじゃなくて、お前達との関係を変に拗れてしまいたくないから言ってるだけだ。特にお前は俺にとっての恩人でもあるんだから、つまらないことで捩じ切りたくないんだよ」
「…………」
ローガンの本心に対しAR15は沈黙したようだった。我ながら恥ずかしいこと言ったかなと思い白髪の頭を掻いてから通路の窓から快晴の空を見上げる。雲一つもない青々としたこの空の下で今も失われている命があるということが頭に掠め、日光と一緒にそれを遮るようにして手を翳した。だがそれはほんの一瞬の誤魔化しでしかなく、息絶えてしまうのは何故なのかがリフレインしてくる。
いつしたかわからない怪我の古傷があると言われている首筋を撫でながらローガンは言った。
「この世で死んでいる人達が……まあそうなってしまった要因はいくつかあるわけだが、タイミングとか巡り合わせだとか以外にもいくつかある。例に挙げやすいものの一つとしては『孤独』だな。全部一人でなんとかなる、片付けれる奴なんて世界中を見渡しても絶対にいない。大抵はなんとかなるぐらいで絶対的な解決を約束できるスーパーヒーローなんておとぎ話や創作物の中でしかいないんだよ。それでも俺達にできることがあるとすれば互いに協力して補い合う事だけ。青臭くてむず痒くなるけど、実のところこの世の心をついてる事実でもあるから俺は『んな阿保な』とか言って捨て切れないな」
「……誰かと協力して生存の道を模索して突破する。単純なことのように見えて難しいことのそれが重要であることは私にもわかるわ。ワンフォーオール、オールフォーワン、その二つを鼻で笑い飛ばすようならそいつは本当に窮地に陥ったことがないだけ。実際に大群相手に一人で武器を取って戦ってみなきゃ、骨格どころかメンタルや骨身に沁みて理解できないでしょうね」
「味方といえる存在を失いながらも戦って数年経ったからこそ、俺は戦力としてだけでなく良好な関係を結べているお前と拗れたくないんだよ。人間と人形が友人だなんておかしな話かもしれないが俺は気にしない。でもつまらないことが俺達の間に生まれているのなら話は別、それを取り除くのに力を注ぐさ。もう一度言うけどさ、俺はお前とは特に仲違いをしたくない。お前は俺が立ち直るきっかけを作るのを特に手伝ってくれた恩人なんだからな」
「わかったわよローガン。でもお願いだから繰り返し言わないで。なんだか逆にこっちが恥ずかしくなってきたから」
声の方を見てみれば、真っ赤にしている顔を上着の襟で隠そうとしているAR15の姿があった。顔をこちらから背けてはいるものの眉間の皺はついさっき見た時よりも浅くなっているように思える。
羞恥心でやりづらくなっているのはこちらも同じではあるが、AR15の爆弾になりかねなかった感情を適切に抑制させれたことに胸を撫で下ろす。SOPIIと共に雷を落とされる時のようなことになるのはローガンとて避けたいことの一つであるが、それ以前に自分の口から言った事に嘘などどこにもない。
誰かと仲違いをして先に逝かれてしまうことなどはローガンにはないが、それだけは絶対にするなと師に念を押されているのを思い返す。そうしてしまった先にあるのはなにがあるのかまでは詳しく教えてもらえなかったが、生きている限りは今後ずっと引き摺っていくことになると言われていた。もう故人となった本人がどのような経験をしたのかはローガンには知る由もないが想像するのはそう難しくない。しこりどころか血栓として体の重要器官のどこかで詰まって機能不全を起こすような、苦しい思いをするのだろうとローガンは思っている。
そこで朝から何を考えているのかと頭を振ったところでAR15の方に向き直る。まだ何ら違えておらず、互いにこの世界で生きている少女に言った。
「もう行こう。朝っぱらからこんなじめじめとした深い話をするもんじゃない。もっと笑って右往左往と動き回るべきだ」
「……ごめん、私が悪かったわ。ローガンが本当に悪いわけではないのにネチネチと当たってしまってた。私はそうじゃないというのに」
「おん?そうじゃないってなんだよ?」
「別に。ローガンには関係ないわよ」
今度はツーンと顔を逸らすが頬はまだ赤い。唇を突き出して見た目相応の仕草にローガンはどういったことかと考えてみるが、生憎ながら負の感情を除いた人の情には幾分疎くなってしまっているので悟れない。
当人のAR15がローガンには関係ないとは言ってはいるものの、雰囲気からしてそうではないだろうとは思われるが、下手に詮索すればまだ状況が逆戻りだと思い突っ込むのをやめた。
横に並んできたAR15と通路を歩きながらローガンはとりあえず別の話題を振ってみた。
「昨晩は皆の都合が合わないということでやらなかったけど、今夜の練習メニューはなんだったか……シェフ?」
「誰がシェフよ。間違っていなければ今夜はハンバーグだったと思うけど、ローガンは嫌いかしら?」
「合成肉であったとしても食える分ノープロブレム。消費期限がとうの昔に過ぎているレーション食わされるよりも天と地の差があるし、そもそも肉類は俺の好物の一つだよ」
「ソースはデミグラスかチーズ、トマト?それとも和風の玉ねぎとか大根おろしとかも選択肢に上がってたけどどれがいい?」
「もちろん和風の大根おろしで」
「即決ね。わかったわよ、手間はかかるけどソースは私が作る。味見の方は頼んだわよ」
「おうとも」
ローガンは胸を躍らせながらそう言う一方で隣のAR15は呆れたようにしながらも笑みを浮かべている。
言わずもがなではあるが、戦術人形といえど味覚モジュールがあるのだから食事を取るのであれば美味しいものを食べたいというのは人間と共通している。期限が過ぎた配給食品よりも作り立てで温かいスープの方を選ぶ、それはローガンだって同じだ。基地内に限定した秋の祭りに向けての練習が大本で美味なものをチーム全員で作って食べることも一つの目的となっているのだが、結果としては全員で楽しんで調理できているのだから決して悪いことではない。AR15自身は素直に認めようとはしないが、彼女もなんだかんだいって皆と共に動き回っているので贔屓目で見ていなくともやることの価値を見出しているのは確かだ。
「ハンバーグってああ見えて色々と手間がかかるのって知ってる?美味しさを出す一つとして中にチーズ仕込んだりとダイエット目的で少し豆腐混ぜるにしても、第一に型崩れしないようにキャッチボールするようにして空気抜かないといけないみたいなことだとか」
「それぐらいなら聞きかじったことはあるが、今じゃ食用ノリが出回っているぐらいだからしなくてもいいんじゃねとか思っちまうな。まああれを使わなくてもいいようにする手間ではあるんだろうが」
「逆よローガン。元々ハンバーグは食用ノリを一切使わずに作るものなの。そういった人工物を入れなくたってあれはちゃんと形になるってことを私はこの間の下調べで知ったわ」
「一昔から現代で仕事で料理している方々、俺が無知でしたすみません。なんか知らないうちに冒涜していたというか馬鹿にしていました」
無知は罪なり、を身をもって知ったローガンが項垂れたところで目的地が見えてくる。以前ここのラボに訪れたのはグローザがまだいた時でありまだ一ヵ月も経っていない。
以前と同様に渡されているIDを壁に埋め込まれている端末にかざす。電子音が鳴って開かれたことでラボ内のけたたましい機械音に顔を顰めながらローガンは中に入り、前に来た時はこれほどではなかったよなと思い返す。一間空けてきたAR15も眉根を寄せているので、耳栓をしなければ聴覚がイカれてしまいそうに感じているのは同じらしい。
一体なぜこんなことになっているのかと、ローガンは戦場でも駆使している観察眼で見渡すまでもなくすぐに原因は突き止められた。
「おおおおおおおおおおお!やはり私は天才か!見たかアイザック・ニュートン、万有引力などもはや過去のもの!今日よりこの先は特有浮力が唱えられる時が来たのだはっはっは!!」
「色々と突っ込みどころがあるのですがそれ以前に計器の数値がとんでもないことになっていますよチーフ!騒音も酷いしこのままじゃラボどころか基地諸共吹き飛んでしまいます!!」
「おぉっと、それはさすがによろしくないな。ではここをこうやってだな……うむ、出力こそ落ちてはいるが中のリンゴは浮き続けている!世の中には宇宙空間や水中を再現した無重力装置が存在しているが万有引力のような学説を説いているものはなかった!これこそ新たな発明だぁああああああああああああ!!」
……見覚えがある科学者が手作り感満載の装置の前で高笑いしたり歓喜の声を上げている。いや、装置自体には表面に継ぎはぎがあったり雑と思わせるような作りをしていることでそう感じさせているわけではない。むしろ接合部や装置の外面に綻びを思わせるような大きな傷は見受けられず、きちんとした職人による仕事がされているのが一目でわかるぐらいだ。
ではなぜ、お粗末だと感じさせられてしまうのか。それは単純な話だ。まさに無垢な子供が描くような、質量や物理法則を無視した『ばんのうのきかい』を表した外観をしているからである。
「何の解決も出来ていませんよ現実を見てください!新たな法則論を唱えるよりも先に辺りを爆発四散させて爆発魔として世に名を残したいのですかぁ!!」
「心配するなよく見てみたまえ諸君!計器が指し示している数値はあくまで危険域と注意域の境目を行き来しているだけであってオーバーロードすることなどない!今後も多少の調整はしなければならないが……なに、何故警報が鳴りだす!?装置が発している熱なども規定内だ、断熱処理に抜かりなどない筈だぞ!!」
マッド野郎の横で訴えている科学者の言い分はまだローガンにもわかる。自分の定規で物事を測っている様子の男に組みつかん勢いではあるがそんなことをしている場合ではないことを理解しているのだろう。マッド野郎が操作したパネルに食いついて自分も問題解決にあたりながら言った。
「夜通しで排熱ではなく断熱処理をしていたんですか!?それでは逃がすべき熱がループにループを重ねてグールグルしてさらに大きな熱として返ってくるのも必然っているものじゃないですかねぇ!!」
「そんなことはない私はなにも間違っていないぞ!安全規定からちょっとはみ出すぐらいの事だって私からすればお茶の子さいさい散歩をする気分でできることだ!」
「あなたの軽はずみな衝動で我々全員どころかこの基地の全員の命が左右されているのですか今!なーんで突飛なことをせずにいられないんですかチーフぅ!!」
「発展というのは綱渡りをする気分でなければ一気に飛躍できない物なのだ!石橋を叩いて一歩一歩前進することなど私の性には合わん!芸術は爆発という言葉のように常に驀進する面持ちでなければこの世の中は生きてゆけんのだぁ!!」
大馬鹿野郎である。演説の如く持論を振りかざしているが、この人間は赤いボタンが目の前にある物なら周囲から制止されても『いいや限界だ!押すね!』と言って拳で叩くタイプだろう。
装置の内部が見える窓の前で高笑い混じりに叫んでいる狂乱男を他所に複数人の科学者たちが作業に取り掛かるが、問題は解決されるどころか悪くなっているように思える。騒音は大きく、肌で感じる熱量も増えて汗もじっとりとかくぐらいになってきている。
蚊帳の外であるローガンからしても只事でないのは明らかであった。本来ならここでこちらも動いて事態の収拾にあたるべきではあろうが……。
「これって俺達も手伝った方がいいんだろうけどむしろ足を引っ張るだろうから待機して良いのか……?」
「そんなわけないでしょ!今すぐ私達も止めるのに協力すべきよ!」
遠い目になって現実逃避をしようとしたローガンではあったがAR15の叱責により現実に戻される。ラボ内の主な熱源に走り出す彼女に続いてローガンも向かうと、スオミが入浴場で好んでいるサウナを連想させられる熱量を肌で感じた。
二人で近付いてる間にもマッド主任を除いた科学者たちが解決にあたっているが芳しい成果を出せていないらしい。右往左往している様子が隠すことなくそれを語っていた。
「ちょっとどいてください!無理矢理ではあるけど私がコントロール回路に接続してパスをカットアウトさせます!」
「た、たしかに戦術人形のあなたがアクセスすればできるかもしれませんが……!」
「言っただろう心配するなと!そんなことをせずとも実証が完了すれば自動で機能を停止すべく数値は落ち着き機能は停止する!」
「その前に爆発待ったなしよ!そこを大人しく退いて私にアクセスさせなさい!好き放題に言われるだけで邪魔になって仕方ないんだからしつこくパネル前に張り付かずにさっさと作業場から出ていきなさいよ!」
「人形や人間云々は関係なくそうホイホイといいなりになると思ったら大間違いだぞうわっはっはぁ!私は生まれてこの方、誰かから言われたことを大人しく実行したこともなにもないわぁ!!」
「随分と自信に満ち溢れているけどそれって胸を張って言えることなの?俺も我ながら馬鹿だと思うことを口走ることはあるけどそこまで酷くないぞ」
高笑いをするテロリストもどきをAR15が引き剥がして寄越して来たので、とりあえずローガンは腕の関節をキメて背中に回すとその場でねじ伏せる。耳障りに思うことを発する前にローガンはある程度は加減をして痛みで口を封じさせた。
苦悶の声を足元から聞きながら事態の収拾に加わったAR15の様子を見守るが悪銭苦闘しているのは明らかであった。一本のケーブルをうなじの付近にある(らしい)差込口に接続しているAR15が額に汗を浮かべているのが見えるが、元々彼女はそこまでの仕事を想定して作られてはいない。AR小隊という特殊部隊の一員であることからAR15も他にはない技能を持っていはするが、電子機器に対しての仕事はM4やROの方が長けている。
戦闘において特筆できるとされている正確な射撃こそ彼女の十八番であるので、本来こうしてなにかしらかの装置のロックダウンを行うのは得意ではない。
「なんなのこれ……回路の構造は滅茶苦茶、良い所だけの継ぎ接ぎばかり。それどころか鉄血のシステムでも見たことない独学も良い所の電子回路じゃない……!」
「だから私は天才なのだ!この装置だけじゃなくラボ内のコンピューター全てのあだぁ!人間の腕はそちらに動かせないことは知っているだろう君ぃ!いや待てよ、そうかこれからは私に頭脳面だけでなく身体的にも新境地を拓けという事なのだな!?いいだろう、今日から私は人体における四肢の可動域を広げるための研究をぉごごごごごごごがががががががが!?」
「もう黙っててくれね?人様に迷惑かけているのに気にも留めないからさすがに俺もムカっとしてきた」
ミシリッと肘から先をさらに捻り上げたところで男が悲鳴を漏らす。ローガンもやや感情に任せてしまったものの、敵兵に情報を吐かせるためにしたことのある尋問の経験から心得はある。ましてや相手は(とち狂っていても一応)同じ基地内の仲間でもあるので我慢もきくものだ。
「ギブギブ!タップしますさせますさせてください!このままじゃ私の体組織が望まない形で進化を遂げてしまいそうで私としても悲しいことになってしまいそうですぅ!!」
「あんたってどのぐらい制裁を加えれば正気に戻るのか、今のうちにやっておいた方がいいのかもしれないな。今はこの程度にしておいて……」
「……ふはははははははは!さぁそろそろ私の特有浮力が正しいことが証明される時が来る!私が歴史に名を連ねる時がついに来たのだぁ!!」
「………………………」
ゴキリッ。
「あぎゃあああああああああああああああああ!!」
……この男が下手に口を滑らせなければなの話だが。すんっと無表情になったローガンは琴線に触れられたことを示すが如く関節を外した。
この一件においての元凶が喚くのを意識の外に追いやって他にやれることがあるかを戦場で発揮している観察眼で周囲を見渡すが、どれも触れたことがない機器ばかりで操作の仕様がなかった。一般的な端末やドローンの操作で戦術端末ぐらいしかまともに扱えないことに内心で地団駄を踏んでいたがなんとかなったらしい。
ヒュウウウン……という機械音と共に装置が沈静化していき、発せられてラボ内に満ちていた温度が徐々に下がっていく。装置の方に視線を向ければAR15がぐったりとして近くのコンテナにもたれかかっていた。
「なんとかなったわ……でもこれの回路の全体に負荷をかけて強引に焼き切ったから、すぐにはまた使えないわよ」
「命が拾えただけ断然いいという話です、すいません手間を取らせてしまって。今後はこんなことにはならないよう、これよりも一層目を光らせます」
「もう同じことをするのは御免よ。これだったらいっその事、指揮官に報告して―――」
そうAR15が言っている途中で、彼女とローガンも通ったラボの出入口が開かれる。話に混ざっていないローガンが反射的に外の光が入ってきているそちらの方を見てみると、自分達と同じく今日この時間帯にここに用がる二人の人物がそこに立っていた。
一人がこちらに気付くと片手をあげて相変わらずの柔和な笑みを浮かべる。そしてひらひらと振りながらこちらに言った。
「グッモーニン、ローガン♪朝からとても楽しいことになってたみたいだけど私は参加しそびれた?」
「まさしくその通りだがある意味グットタイミングで来てくれたよ45。この事態を引き起こし言い逃れはできそうにないこいつを直ぐに罰してくれる奴が来てくれたしな」
後ろ手に組む45の後ろ、もう一人の友人の方に焦点を合わせると彼は彼でやはり思うことはローガンの倍以上にあるのだろう。笑顔を浮かべながらも感情が滲み出ているその様相のまま、ローガンが組み伏している男にあくまで『穏便』に聞いた。
「……一体、何をしていたというのかな?只事ではなかったことは確かだけど僕には一目ですべてを把握するだけの力はないんだ。だから『正直』で『素直』に話してくれるといいんだけど……ねえ、話してくれるよね?」
……ローガンの足元でうつ伏せになっている男がハリーの笑顔にガタガタと震え出したのは言うまでもない。
――――――
<同日・数十分後>
バタバタと動き回る技術者たちを他所にローガンとAR15はラボに隣接している分析室の方に通された。ハリーが(こちらも見覚えがある)以前上司に対し精神攻撃を敢行した彼の助手との研究・開発部門の配当金云々の話が終わってから、45は操作する情報分析の端末に無線で接続し用があるデータを引き出す。黒い背景に白い文字で羅列している画面で45が一つ一つを目で追って行くその様子を何も言わずに見守っていたのが数分、彼女はふむ、呟いた後に振り返って言った。
「この『座標』のデータだけど、まだ正確かつ深いところまで分析できてないよね?」
「……残念つ悔しいことですがその通りです。報告はしましたが、暗号を解読して不要と判断した大部分を取り除いてもどうしても解読し言い切れない箇所が一つだけ見つかりました」
「散らかったプラモデルの部品のようになっていてわかりづらいけどね。それに解読されているこの羅列は暗号としては軍事的に扱われているものとしてはあまりにもレベルが低い。人を選んだりはするけど、昔の紙の雑誌にあったクロスワードがいい例ね」
「ただ、既存のものとは違ってヒントとなるものが全くないのが辛いものでしたがね」
どう逆立ちをして画面を見てもローガンには全く理解できないが、45と助手の二人がどのような会話をしているのかはまだわからないわけではない。クロスワードの概要をあーだこーだと思い出していると、思案していたハリーが言った。
「その解読している方の暗号で共通しているものはあったかい?例えば食べ物に乗り物、地理や歴史みたいなテーマとか」
「複数で関連したワードはあれど、どれにも一貫したテーマという物は見当たりませんでした。点々と共通項があって繋がっているワードこそあれど、全てが全てそういうわけでは……」
「最後のワードのヒントはなし。他とは全く独立しているから厄介なことは間違いないわ。でもこうして見てみるとどれもありふれた単語ばかりよ。ひょっとしたら答えはなんてこのない、普通の言葉の可能性も十分にあるわ」
45が画面を切り替えてやや既視感のあるパズルの画面を表示させる。縦や横に並んでいる数字とアルファベットが順々に変換されていき、ローガンも見慣れている英単語が交差している様を写していった。
ローガンも一通り見てみたが、たしかに45の言う通りでどれもが特定の場面でなければ見聞きするようなそれではない。本やテレビなどを見ていれば普通に目にする単語であって、特別な事情がない限りは心がざわついたりはしないだろう。
「数が多いな、ざっと見てみた感じとしては百以上はあるだろこれ。物の名前に地名とかえぇっと……この『はんにゃ』って何?」
「たしか、日本に伝わる鬼女の顔だったかな。嫉妬や恨みが表面に出た女が鬼のように角まで生やしているその様のことをいうわけだけど、ローガンは日本が好きな人だから知ってると思ってたよ」
「日本における伝承については俺もあまり知らないんだが、そういったものまでこのパズルに盛り込まれているのかよ。これじゃあ何が正解なのか辿り着けれないんじゃないのか」
未だ誰にも解かれていない数学の式を見ているのと同じ気分になってきてローガンは頭を抱えた。クロスワード自体は知識を問われているだけなのだが今回の暗号に至ってはあまりにも範囲が広すぎる。正解に辿り着けれる選択肢やヒントもないでどうやって解読しろっていうんだ、と頭を掻きむしるローガンを横目にAR15はふと気づいたように言った。
「でもこれ、私達が知識に欠いてるとかじゃなくても最低限で物を知っていればできるものよね。もし思いつかなくても文字数や他の交差している文字で少し調べれば出てくる単語ばかり」
「クロスワードを解くのに定石ではあるけどたしかにそうだね。視野を狭めて限定的にしか見ていない、戦いにだとか血生臭いものにも無縁だし……こうして見てみると文化とかにこそ少々齧った感じはあるけど、専門用語のような単語こそ含まれていない。そうなるとこれももしかしたら……」
『般若』という単語がその一例かと思ってローガンは今一度顔を上げて画面を見た瞬間、ローガンの中で何かが落とし込まれてきた。単語一つ一つを見るべく拡大されていた状態から縮小させ全体図を見てみる。そして今一度閃いたことが近しいと思っていることを確認し指をさす。
「なあ凸凹していてちょっとわかりづらいけどこれってもしかすると世界地図の形になっていないか。単語の配置や文字数による形、それと当て嵌められている言葉自体がそれっぽく見える」
そのローガンの一言で皆が凝視する。解読したらしい助手までもが食い入る中で、ローガンは一歩引いた状態から全体を見てみる。
このデータが『座標』と呼ばれている理由としては、いくつかの単語の中の色が違っている文字を十六進数―――一般的な物の数え方―――で変換したことによる。説明こそされてもローガンにはちんぷんかんぷんだったが、単に指定されているアルファベットを英語の順に数え方に沿って数値に置き換えることだけはわかった。残念ながらそれ以降の説明を聞いてはいたがローガンの頭脳で理解はできず、左耳から聞いたことがすぐに流されていっていたのだが。
「たしかに全体を見渡してみると世界地図に似てますね。そうなると『座標』としての数字の並び順に綻びが生じますね……」
「色が変わっているこの位置が意味するものは……45、たしかこれは十八年前にあった……」
「……『災禍鉄人作戦』ね」
ビクリと一人がローガンの周囲にいる一人が身を震わせたようだが、ローガン自身が北アメリカ大陸を模しているパズルの一ヵ所に意識を割いていたので気に止めれなかった。話を聞き逃すと思いすぐに記憶の中から復帰すると45は続けざまに話した。
「それがどう結びついているのかはまだわからないけど今は置いておきましょう。グリフィンも関係した作戦のことまでもが絡んでいるとするのなら、未解読のこれは何になるのかしら?」
「位置的で見てみても、たぶんそこはなんの島や大陸もないし先の事件にも該当することはない。おそらくグリフィンという一点を除いて何にも関連していないんだろう」
皆に倣ってローガンも考え込むがこれといって先に進める情報が思いつかない。あまりにも導き出した結論を正解と思えれるだけの補強材が足りなすぎるよりも皆無に等しいのが大きすぎる。マルチエンディングのテレビゲームであればクリア条件がなにも揃っておらずグッドエンドを見ずに終わる、ベストを尽くしたいプレイヤーからすれば歯痒い状態だ。
このままじゃ進退窮まって何もできずに終わるか、と思いポケットに手を突っ込んだ瞬間に指が何かに触れた。咄嗟に取り出してみると一つのドックタグで、無数の細かい傷が表面についているそれに45がすぐに食いついた。
「なにそのドックタグ。ローガンのじゃないよね?」
「ダムの方に出向いて来た傭兵の一人のだよ。こいつの故郷で埋めてやろうと失くさないようにずっと持っているんだが、我ながらなんであんなことしたんだろうなぁ……」
鎖が通されているそのプレートに記されている出自を見たのがはもう何回目なのかはわからないが、暗記できているし片手で数えれる回数ではないのは確かだ。特にこれといった特徴のないプレートと同様の情報をローガンが眺めていると、身長による目線の高さがあまり変わらないハリーが言った。
「出身はフロリダ?砂漠にこそなっているけどあそこは鉄血の出入りが少ないから、適応できている人からすれば安全地帯に近しいのに出てきたのか」
「経緯はどうあれ、生まれ育った地から出て世を渡り歩くのは珍しい話じゃないだろ。傭兵としての稼ぎが悪いから巣立ったっつうのかもしれないし、そこまで注目するところは……」
「……そういえばローガン、昨日の話で砂漠地帯にUAVを送り出して云々って話があったけど、あれはどこでやったの?」
「さすがに何もないただっ広い場所を調べるのは時間と道具の無駄遣いだなと思って、ネバタ州のゴーストタウンになったラスベガスを中心に調べたが結果は知っての通り。瓦解した建物と瓦礫以外、あとは砂だけだった」
「砂漠地帯になったフロリダだけど、あそこにもかつて観光地としてされていただけのことはある施設が数多くあったわけだから調べるだけの価値はあると思うけど」
ふむ、とAR15の言ったことに考えていると45がその端末でも可能としているネット検索を使ってフロリダ州の画像を表示させる。そこにはたしかに今のフロリダにある町の写真と五十年は昔のそれが並べられており悲しい比較がされていた。
「今のフロリダはどうであれ調べるだけの価値はあるんじゃないかしら。『座標』の中の数値は数学のそれみたいに三種類の軸と数字で表されているわけだけど縦と横以外に地中にまで潜りこむように指定までされているんだし」
「……ハリー、たしか今日の午後にはUAVの調整が終わってまたの探査が可能になるんじゃなかったか?」
「その気になれば午後一にすぐに飛ばせるよ。フロリダだと探査が始まるのは夕方ごろになると思うけど今晩には結果がまとまる筈だ。飛ばすというのなら僕からは許可する」
その言葉にローガンは頷いた後で写真の中のフロリダの街並みを見る。かつてはテーマパークがあったりして栄えていた町が寂れ、砂の中になにが残されているのか。自分にとって都合の良い想像ではなく、起こり得る事態を想定して思い浮かべているとAR15がローガンの袖を抓んできた。
「どうした?」
「……さっきからローガン、怖い顔をしてるわよ。険しいなんてものじゃない、それこそ鉄血の奴らと戦っているのと同じぐらいに」
実際に自分がどのような顔になっているのかはわからないが、いつも冷静で何にも動じないスタンスを取っているAR15が言う事なのだからよほどのことなのだろう。かといってすぐにいつも通りの感じにしようと思ってもホイホイとできることではないのだが、無意識に眉間に皺が寄っていたようなので揉み解す。それだけで表情が柔らかくなるわけではないだろうが多少はマシになるだろうと継続していると、苦笑いしている45が言った。
「それとさこのまだ未解読のこの暗号だけど、ちょっと一日だけ私に預けてくれない?きっとだけど解読できると思うのだけれど」
「私はかまいませんが……ハリー指揮官は?」
「……貴重な情報だからね。外に漏らしたりは絶対にしないように」
「わかってるわ、そこは心配しないで」
45からの申し出に応じて助手が『座標』のバックアップデータを作成を開始する。その作業を傍で見ながらハリーと何かの話をしている間にもローガンは揉んでいたのだが、やはり普段から触れている部分でもないので短時間でも痛くなってくる。そろそろ我慢もできなくなったので一度手を離し、ローガンと同じく事の流れを見ていたAR15の方を向いた。
「これでどんな感じ?」
「単に赤くなっただけで何も変わってないように見えるけど……でもなんだかさっきよりはいいわよ」
「なんで肩を僅かに震わせて口の端もわななかせているんだ。それかあれか、目が怖いっていうなら代わりに口角を上げて笑って見せればいいってことか」
「やめなさい、そうやってもただキモくなるだけで誰も得しないから」
破顔して笑うAR15にそのままローガンは思うがままに顔を変化させていったのが数分、もうやめろと他の者にやめるように促されるまで続けた。
……内で騒めく、正体不明で漆黒の感情を誤魔化す様に。
最近執筆していて後半に差し掛かるとペースが一気に落ち込む事態。なんでだろうなぁと思いながら今回も書き上げましたが……そうか、私には活力が足りないのか。よーしならガブガブとハイボールを飲んで進めてしまうぞぅ!
……まぁそんなことはしませんが。でも酒を入れて書き進めるとやっぱり進み具合は良いんですよねぇ。変なことに悩まずに済むからというのもあるかもしれませんが、大部分は並行してやっているスマホゲーに目移りしないから……それが原因?勉強するのと同様に集中しろっていうことなんですかね?
まあそれはともかく最近のゲーム事情なんか話そうと思うのですが、ドルフロとは別の奴にはなってしまいます。Twitterでのツイートを見てくださっている方々にはご存じではあるでしょうが、あのゲームがリリースされてからの初めてのイベントに突入しかなりウマーしてました。イベント実装と同時に登場した新キャラもガチャできっちりと当てれて、ストーリー進めれば手に入る期間限定のも加入させて育成して、それなりの時間を費やしました。私が昔から使っているアカウントの方では一応戦友募集をして数人とそうなって、と先週はそれなりにてんてこまいではありました。創作アカウントの方で大々的に名前を出すと私のリアルアカウントがバレてしまいますのでおっぴろげに募集こそしませんが、もしなってやってもいいという方がいらしたらDMにてお願いします。
……とまあ今回はこの辺で、と締めくくる前に一つだけ石を投じさせていただきます。あくまで私のこの物語上の話ですが、シリアス面で関わる石です。この四章を終わらせて本筋に関係する小話の数話を投稿した後に、ここまでの振り返りということで一話丸々使わせてもらって執筆するつもりです。ですが今回はそれに先んじて残させてもらいたいと思います――――――
『そもそもの話、グリフィンはなぜローガンを組織に迎え入れた?ハリーという指揮官に勧められたからか?人間ではなく戦術人形が戦うことによる組織体系を築いたというのに、なぜ今更人間の兵士であるローガンをわざわざシャドー隊なる隊まで編成して採り上げたのか』