誰も助けてくれない -Can you hear me?-   作:麒麟犬

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なんとかなるもんなんだなぁ……


53.さらばだ友よ -In the despair world-

現時点でエクスキューショナーが武器としているのはヴェスピドからもぎ取った片腕と両脚を駆使した体術が主である。または大型拳銃も織り交ぜてきており、所々でゼロ距離の至近距離で発砲してくる。まともに受けるだけでそこでノックダウン、戦闘継続は不可能となり敗北は間違いない。民兵一人の首を一発でもって消し飛ばしたことから、銃弾はマグナム弾に近いもので相当な威力を持っている、という推測が根拠だ。

だからこそエクスキューショナーが自分のどこかに照準を合わせようものならローガンはすぐに敵の腕の進行方向に自分のそれをもってインターセプトし、即座にカウンターとして『P226』を撃つべく持って行く。だがエクスキューショナーには押しやられて距離を置かれるか、防がれるかして有効打は互いに与えられていない。

そう物理的な堂々巡りが繰り返されて数度になって変化が起こる。

ドンッ!!と遂に放たれた弾丸が首筋を掠めて壁が抉られたところだったがエクスキューショナーの拳銃の弾が尽きた。スライドが後方に止まったことでこちらにまで弾切れを知らせてくる。

 

「期待するなよ、予備弾倉を入れるのに口だってあるんだから片腕でもリロードはできるんだからな!!」

「心配するな元からしてねえ!!」

 

ガツンッ!!と躱しようがなかったエクスキューショナーの頭突きを受けたことで、ローガンは自身の視界が揺れてよろめいてしまう。バックステップで距離を置いたエクスキューショナーのリロードが済むよりも先にローガンはダメージから復帰し、『P226』を発砲しながら距離を詰める。

そうしていながらローガンの脳裏に過るのは教官から教わったことの一つの言葉だった。

 

『ローガン、戦い方というのは一つじゃない。銃にナイフと武器を使うのは結構だが、それだけだと戦い方を自分から制限しているようでもある。見慣れている武器を出しても用途が相手にも知られているのだからうまく使えなければ相手を倒せない、お前もわかるよな。だから敵と戦う時は自分が優位に立てる方法を探って思いついたら実行しろ。方法にもよるがうまくいけばそれだけで勝負が決まることがある』

 

それ以上は具体的に教えてくれなかったが、今回ばかりはどうすればいいのかはわかっている。ここまでは様子見と手段の模索だったが、思いついた戦い方の実行の可能性について感覚的には可能と判断した。

ローガンは接近しながら『P226』だけでなくナイフまでも収納して両手をフリーにしたところで前傾姿勢になる。怪訝な表情すら浮かべなくなったエクスキューショナーが口に咥えた弾倉を拳銃のグリップの先に差し入れようとするが、それよりもローガンの手が届く方が早い。

しかしエクスキューショナーもそれがわからないほど戦闘経験が乏しいわけではない。ましてや彼女は近接戦闘に長けたモデルであり、策も無しに正面から戦っては勝機は得られないのは言わずもがなだ。

予測していた通り、エクスキューショナーは寄せ付けんばかりに足技を繰り出して来た。単純に片足で蹴り上げたりするのではなく、中国武術の一つであるような華麗なそれでもって迎え撃ってくる。タイミングといい必中距離といえるところで繰り出してきたのだから回避はできない。今のエクスキューショナーの攻撃をまともに受ければどうなるかなどG11が証明している。ダメージを最小に抑えるべく受け流そうとするとしても腕一本がしばし痛みでまともに使えなくなることだって十分にあり得る。

だからこそローガンは瞬時に決断した。

 

「て、めぇ……!!」

「痛ってぇが肉を切らせて骨を断つってこういうことだよなぁ!!」

 

バンッ!!と可能な限り首を屈めた後にタイミングを合わせて手を下から突き上げる。迫っていた刃のないギロチンを逸らせれた代わりにビリビリと左手首から腕全体が痺れて肩の傷が悲鳴を上げるが、首を狩られるのに比べれば安い買い物だ。

態勢をやや崩しながらも着地したエクスキューショナーにまだまともに機能する右手を伸ばす。狙いはエクスキューショナー本人ではなくその手に握られている拳銃。当たれば一撃必殺の武器が敵の手にあるのならせめて警戒、可能であれば使えない状態にするのが好ましい。今回だと遮蔽物など皆無、ましてや一対一の正面切っての勝負なのだから後者のようにするのが勝利への一歩だ。

弾倉を入れたばかりの銃を掴むとローガンはエクスキューショナーの足の後ろに自身のそれを配置。そしてスライドを掴んだままエクスキューショナーの首元にラリアットの要領で右腕を命中させた。

 

「ふっ!」

 

短く息を吐いて持ちうる腕力で前面へとエクスキューショナーを押し出す。そして彼女は倒れまいと足を踏ん張らせるべく片足を後方へと下がらせようとしたが、それを見越していたローガンの右足が許さない。

宙を舞ったエクスキューショナーの手はまだ大型拳銃を離さないが、そうするだけが使用不可に陥らせる方法ではない。

敵が仰向けに倒れたところで体を跨ぎ、まともな感覚がまだ完全に戻ってきていない左手も動かして込めたばかりの弾倉を排出させるべく動く。対するエクスキューショナーは片腕しか使えないことから銃を持つその腕を地に寝かせようと抗った。それによってローガンの注意がそちらに逸れてしまうのだが、エクスキューショナーはそうなるのを目論んでいたのだという事を気付かなかった。

 

「こんの野郎がぁ!調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」

 

ガチンッ!と何かが外れた音がした途端、ローガンの視界の端から迫ってくるものがあった。それの正体が何かであるのはわからなかったが反射的に自身を狙ったものであることは理解できた。

この状態で回避はできない。両手も塞がっているので何かを使って防御もできない。できるとすれば身を固めて大型拳銃を握っている両手を離さないようにするだけ。

ガンッ!!と視界がブレて、脳も揺れる。右上半身の骨格全体にヒビが入ったかのような苦痛が伝わってくる。例えではなく本当にそうなっているのではないかと思うぐらいにローガンの思考が一色に塗りつぶされたが、それでも両手は離さなかった。

ローガンの執念によるこの結果に驚いたのはエクスキューショナーだけでなく、ローガン自身も内心そうだった。

 

「一体どこまで……!!」

「自分でもびっくりだよ、まさか本当に耐えれるなんてな!!」

 

歪む視界に捉えたのはエクスキューショナーの片脚。キックによる力が集中する箇所は足の先の方なので吹っ飛ばされるようなことにならなかったのだろうが今はどうでもいい。

大型拳銃のスライドが動いて弾丸を装填されたが弾倉を排出させ、さらには無理矢理もぎ取るべく掴みながら前転した。回転してから起き上がるとローガンは奪い取れた拳銃のスライドを外してバラしては投げ捨てる。金属部品が落下してはバラバラに転がっていく中で、エクスキューショナーも復帰しては真紅の両目でこちらを睨みつけてきた。

 

「何かご不満かっていうか文句を一つは言いたくなりはするだろうな」

「……さっきので手放さないって、てめぇの痛覚はどうなってやがる。どんなに訓練していても耐えられないボーダーラインというのは存在しているっつうのに」

「どうだろうな。今のは俺も痛かったからあるにはあるが、過去に拷問を受けてたわけだから幾分麻痺しているのかもしれない。それが良いことかどうかはわからないがな」

「……なんだよ、てめぇもそこそこぶっ壊れてきているんじゃねぇか。まあオレもコアをオーバーロードさせてるわけだが、どっちにしろまともじゃねぇ。なぁ!?」

 

バチバチッとスパークした途端にエクスキューショナーが予備動作なしで接近してくる。明確に目に見える武器などはないが戦術人形としての身体能力を活かした格闘戦に持ち込まれ、ローガンはエクスキューショナーの近接攻撃を受け流すか躱すなどの応戦に追われた。

正拳突きに回し蹴りと隙がない連撃でなかなか反撃に転じれないが、捌ききれないことはない。片腕がないというハンデを両脚による攻撃でカバーしており、一撃の一つ一つが人間のそれとは違うものだと直感で感じた。

何回目かの回し蹴りを躱した後に迫って来た踵落としを両腕をクロスして受け止める。骨にまで伝わってくる衝撃に歯を食いしばって耐えているとエクスキューショナーが言った。

 

「どうやら余裕綽々って感じらしいが、これだったらどうだよ!」

 

ジャキンッと金属の何かが飛び出た音が受け止めているエクスキューショナーの足の方から聞こえてきた。確かめるよりも先にその足でまた蹴りが迫って来たので思い切ってバックステップで下がる。そしてエクスキューショナー全体の姿を捉えた途端、先程の金属音が何によるものなのかが把握できた。

 

「仕込み武器、か。まさか鉄血がそういったものにまで手を出しているとは驚きだな」

「こういった小細工の武器はオレよりもエージェントの方が詳しいんだが、正直こういうのはオレの性には合わん。だがてめぇを殺せるならなんでもいい!!」

 

もう片方のブーツからも刃を出すとエクスキューショナーが再度接近してくる。最適な間合いに立たされれば負傷、下手すれば継戦不可もしくは勝負を決されてしまうのは明白。鼻先を掠めた鈍色の刃先に肝が冷やしながらもエクスキューショナーが自分よりも優れている要素を探してみる。

身体状況、武器の数、戦略、運動能力、残されている体力。思いつく限り列挙してみて一考したが総合的に旗色が悪いという結果しか弾き出せない。

 

『状況的に有利な敵兵と至近距離で会敵し、遮蔽物も何もないのであれば特攻してなんとしても生き延びろ』

 

そう教わってから反芻したのがこれで何度目か、ローガンにはわからない。だがここで勝機を見出すには距離を取って『P226』で撃つよりも確実でやりようが幾らでもある。こうして単独で交戦しエクスキューショナーの虚をついて活路を開くにはそれが一番なのかもしれない。

またナイフを抜いて迫ってきていた仕込み武器を受け流す。ギャリリリリリリッ!と赤い火花を散らして方向が逸れたタイミングでローガンはさらに距離を詰めて大きく踏み出した。

さらに一歩、ナイフを振りかざした瞬間、エクスキューショナーは獰猛な笑みを浮かべて腕を伸ばしてくる。大振りのビンタをするように振られたそれにフックを食らわされて攻撃できないかと思われたがそうはならなかった。

開かれた片手の掴む先はローガンではなく手に持っている武器のナイフの刀身。人工皮膚が裂けて人間と同じ形状の骨格が露出し出すがそれすら構わずに握力が加えられていくので、ローガンは握っている柄を引いて切り裂こうとした。

しかし思ったようにならず、むしろ柄を握っているこちらの手が汗で滑って手から抜けそうになるばかりだった。

 

「だろうな。こうされている以上、お前の腕力じゃこのままオレの手を斬ることなんてできやしねぇ!役割を果たせないのならこのナイフは壊してしまっていいよなぁ!?」

 

バキンッ!!と薄い金属板が砕けた音がした。一方向にかけていた力を止めていたストッパーが消えたことでローガンのナイフは薙ぎ払われるように振られた。ただ、その柄の先についていた刀身は折られてしまっていて刃物としての用途を果たせない状況になってしまっている。

振り抜いてからそう認識したローガンではあるものの、それをゆっくりと待ってくれるほど相対しているほどエクスキューショナーは甘くない。ローガンが気付いた時には両脚が振り払われて倒され、眼前には破片を握り締めたままの拳が迫っていた。

すかさず両掌をクロスして止めるが、相手の手の指の隙間から出ている金属片が容赦なく突き刺さる。ザクリッとその金属片が刺さっているのを遅れてから近くした途端、恐らく自分の血と思われる液体が重力に従って頬に落ちてきた。

 

「どうした、立場が逆転したぞ?これぐらいの事をひっくり返してもらえなきゃオレ達の『敵対者』としての面目が丸つぶれだぞ!!まあオレは殺す気満々だけどなぁ!!」

「わけもわからねえことをほざいてんじゃねえよッ!!」

 

拳を引き戻したかと思えば再度突き出される。他の手段がない為、こちらの頭蓋骨を陥没させるであろう一撃を逆の手を上に重ねて防いだ。今度はさらに深く突き刺さっただけでなく骨にまで達したかもしれない。戦闘になっていなければ悶絶してしまうほどの痛覚の訴えにローガンは声を漏らしそうになったが歯をくいしばって耐えた。

盃から零れたようにローガンの血が垂れ落ちて、無視や誤魔化しなども到底できない怪我を負ったことを知らしめてくる。しかし今の自分には打開策が思いつかない。

マウントを取られ、両手は文字通り身を削っての防御に費やされ、足の方も封じられて反撃できない状況だ。痛みに塗りつぶされていないなけなしの思考を駆使しようとするが足りない。『力』が、自分の『力』が足りない。

単純に筋力がエクスキューショナーに対抗するのに同等のものになっていないとかではない。これまでも行く先々を阻んできた様々な鉄血の人形と機械兵を打倒してきた。それで培ってきた経験があっても足りないという話なのだ。

だが忘れてはならない。全ての戦いにおいてローガンの独力によって活路が切り拓かれたわけではない。たしかにローガンが自分一人の頭脳と技術でもって勝利を得てもいるが、割合で言うのであればそんなのは半分以下でしかないのである。

すなわち、今回のローガンの必死の抵抗も意味を生み出したということだ。

 

「おぉらぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

何者かが叫んで突貫してエクスキューショナーをタックルで突き飛ばす。王手をかけていたことと、ローガンとの勝負で周囲への警戒が薄まっていたらしいエクスキューショナーは対応が遅れて体勢を崩した。

視界から失せたと同時に刺さっていた感覚が消え失せて、血液の流れを薄らと知覚することになった。

そんな自分の生命の鼓動を断ち切ってローガンは身を起こすと、こちらを制するようにして掌が向けられた。その手を辿っていくと自分と色を合わせた黒と紺色のシャツとベストが目に入り、脇に下げているサブマシンガン

SMG

に纏め上げられた長い銀髪の少女がいた。

そしてもう一人、身に着けている装備はちゃんとしたものが揃っておらずともあるものを大事にしていたことが窺える男だった。肩で呼吸しながらも眼前の敵を睨みつけているのが後姿だけでもわかるその者は、初対面から自分に噛みついていたというのに、今はそうするべき相手を正しく見定めている。

 

「すまないマスター。こっちの処理で色々と遅れてしまった」

「いや、気にしなくていい。それ以前にナイスセーブだったしちょうどいい救援だ。これだけ人手が増えたらまだ……!」

「マスターはもう下がってていいんだよ。その手じゃもうロクに奴と戦えないだろし、あとはワタシとアイツに任せてくれ」

 

エクスキューショナーと一触即発といった状況になっている民兵の男、ハモンドを顎でしゃくるが、バルソクと二人だけではまだ旗色が悪すぎる。ハルカ達が来ていないことからして、かわりに負傷したG11の応急処置を行っているのだろう。となると、すぐにまた増援は望めそうにはない。

ローガンはポーチから包帯を取り出して手に巻き、自身もまた飛び込むつもりのまた戦場を見て言った。

 

「バルソク、お前の事は信じているが、さすがにあの野郎を叩きのめせるだけの実力はお前にもないのはわかってる。だからこそ、俺もやるんだよ」

「だけど、その怪我じゃもう銃だってロクに握れないだろ。マスターの牙

ナイフ

だってもう折られてしまっているというのに、どうやってやるつもりだよ?」

「止めを刺すのは俺である必要はないって話だ。お前でもいいし、俺達に並ぼうとしているハモンドのどちらでもいい。とにかくあいつをぶっ倒せればそれでいいんだからな」

 

雑ではあるが両手に巻き終えれたので、ローガンは両の手を動かして状態を確かめる。傷自体は単なる刺し傷として片付けれないので、なにか両手でする時に激しく痛むのは必然だ。具体的には、近接戦で投げ飛ばすべく触れたときだったり、銃を握った時だったりするのが例として挙げられる。

だがそれだけだ、戦えないわけではない。手が駄目でもまだ蹴ることができる脚がある。策を考えることができる頭がある。

『なにもしない』という選択肢は、ローガンにはない。

それがわかったのかバルソクは溜息をつくとローガンにかざしていた手をどけて『PP-19 BATON』を手に取った。

 

「……わかった、マスターの言う通りだし従うよ。だけどゲスト

ハモンド

もいる中でどう動くんだよ」

「その前に、だ。オアシス、エクスキューショナーの格闘戦における能力は大体どれほどのものだよ。五体満足だったとすればたぶん百人組手は行けると思うんだが」

『戦術人形だしその倍はいけるだろうね。ガタが来ている今はそれは無理なのは間違いないけど、君達三人がかりに対応できないわけではない筈。となれば……』

「確実に勝つには策が必要、ってことだな。ワタシたちの力の不均一なのが激しいし短期決戦でいられるのがいい」

「ならバルソク、お前のフラグを一つ貸してくれ。そいつで別物の手投げ弾を作るから時間を稼いでくれ。攻め方は『トロイの木馬』だ、いいな?」

「……オーケーだマスター!任せろ!!」

 

バルソクからフラググレネードを受け取ったところでローガンは自分のポーチからC4爆弾を取り出す。フラグを脇に置いてからC4をひっくり返し裏につけている接着粘土を剥がした。

球状になっている本体には殺傷力がある程度は軽減されても極端に弱まらないように、そして簡単に剥がれ落ちてしまわないように貼り付ける。そうしてから考えていた即席『セムテックス』に近いものかどうかを確かめて、世に出て回っているのに少しばかり近づけたと感想を抱いてから目線を上げて戦場を俯瞰した。

バルソクとハモンドが各々で、それでも互いに足を引っ張ることにならないように近接戦を仕掛けれているのはきっとバルソクが力をセーブしつつも配慮しているからなのだろう。一歩引いた状態でもエクスキューショナーから痛手を受けることなく対応できているのはいいが、それでも時間の問題であった。主な攻め手であるハモンドが人質にでも取られてしまうだけの隙ができてしまえばその時点でアウト、エクスキューショナーの勝ちになってしまう。ハモンド自身のスタミナが尽きてしまうのが先か、それともバルソクのアシストの手が回りきらなくなるのか。いずれにしても長時間もつことがないのは明白で手を拱いている余裕はない。

 

「バルソク!!」

 

即席セムテックスを手に隠して名を呼ぶとこちらを一瞥したバルソクが頷く。ハモンドが次にエクスキューショナーから反撃を受けて後退した隙を突くべく、彼女は脇に下げていたマシンガンやサブマシンガンを捨てると敵に掴みかかった。警戒したエクスキューショナーが牽制として足を突き出しての蹴りを放つので回避、そしてその足を脇に挟んでから掴むことで片足を封じた。

 

「マスター!!」

 

すかさずローガンは手に持っていた物が狙い通りに行くと信じて走り出した。尻餅をついたハモンドを追い越して前頭姿勢になるとそのままエクスキューショナーに接近する。そして人工皮膚が焼け爛れているその顔が見えてきたタイミングで『それ』を持っている手を突き出した。

 

「こんなんでオレに勝てるわけねぇだろ、舐めてんじゃねぇぞ!!」

「言われなくても承知してるってんだ!!」

 

振るわれてきたエクスキューショナーの片腕をローガンは自分のもう片腕で受けて防御しさらに踏み込む。狙いをつけているのはエクスキューショナーの背中であり、もし剥がそうともがかれることになっても相当なことをしなければできない位置である。

バルソクによる動きの制限もあるのだから、常人相手であればこれだけでチェックメイトを掛けれていた。が、相手は鉄血兵で戦術人形。ましてや各機能が上級の人形で、小隊一つ組んでいても倒せるかどうかが怪しいレベルの敵だ。

故に、この後の反撃も必然といえる。

 

「まだまだ甘ぇんだよぉローガン・ブラック!!」

 

そう言った次の瞬間、再度振るわれた牽制の一撃は自分の腹部に命中していた。鳩尾付近に当たったこともあってローガンが体を折ってノックバックを受けた途端に、エクスキューショナーは地に着いていた方の足でバルソクを蹴っていた。一秒にも満たないその一連の攻撃で呆気にとられた束の間、蹴った勢いを利用して空中でバックスピンをしたエクスキューショナーにローガンは片腕で引き寄せられては半回転させられる。そしてわかりやすい人質の図の一要素にされては軽く首を絞められた。

 

「オレが『トロイの木馬』っつうのを知らないとでも思ったのか?さすがに最低限の知識としてインストールされているんだしすぐに察せれるぞ。てめぇの部下が囮になって引き付けている間にてめぇ自身がオレに爆弾を引っ付ける算段だったんだろ。教えてやるよ、そんなのはただの陽動作戦であって『トロイの木馬』でもなんでもねぇ。てめぇの勉強不足だ」

 

ギリギリと首に掛けられている圧力が強まって息苦しくなるが、エクスキューショナーが誤解してくれたことにローガンは笑みを浮かべた。そして手の内に握っていた『それ』をローガンは見せつけると、耳元からは困惑の声が聞こえてきた。

 

「一体こりゃあどうなってやがる……!?」

「ぐっ……たしかに、てめえの言う通りで『トロイの木馬』ってのには今のところは当てはまらない……だけどそれは俺が『ウィルス』としての役割であった場合の話だ」

 

『それ』は地べたに転がっていた手のひらサイズのアスファルトの欠片であった。エクスキューショナーはそれを引っ手繰るので大人しくそうさせ、眼前にいるバルソクを見てからハモンドに視線を移した。何をしようとしているのかを大まかに察したらしい彼を隠すようにバルソクがその前に立ったが、ローガンを拘束し続けているエクスキューショナーに気付いている様子はない。

 

「それと言っておくとだなエクスキューショナー、今の俺とてめえにある決定的な違いがあるとすれば一つだけある。後ろを振り返りすぎて目の前に巡ってきてくれた新しい縁を取るかどうか、だ。てめえはハンターとの縁に拘りを見せたけど、俺からすればてめえにあるのはそれしかないように見えねえんだよ。代わりにはならないけど空いてしまった穴を埋めてくれる何かを、てめえは探したことあるかよ」

「……だったらてめぇはどうなんだ。そんな都合のいいモンを今でも得られているのかよ」

「いるさ、目の前にだってな」

 

首を絞められているので顎でしゃくることはできないが、自分を信じてくれているバルソクを言葉で示す。

ローガンが得られた新たな縁としては、戦いに身を置いてから初めて出来た師弟関係の存在である彼女だけじゃない。グリフィンの支部で部下を指揮しているハリーに、彼も含めた世界中の指揮官が属している組織を総括しているヘリアン、AR小隊や404小隊を始めとした面々だっている。失ったものはあるが得られたものだってあった。

ハンターへの執着があったのは、ローガンが幾度も繰り返してきたその経験をエクスキューショナーはしていなかったからかもしれない。同等の存在で在ろうとしてもがいていた、そんなストーリーがあったからかもしれない。

運と巡り合わせを除いて蓄積している経験値とセンスが物を言う戦場ではそんなことだって一つの武器になる。

 

「無駄なんだろうが、てめぇも視野を広く持って周りを見渡せ。俺からの宿題だッ!!」

 

一息に肘鉄を背後にいるエクスキューショナーに叩き入れると拘束から抜け出して反転。そしてホルスターから『P226』を抜くと体勢を崩しているエクスキューショナーに向かって至近距離で撃った。

装填されている弾倉の弾薬を全て撃ち切るつもりで引き金を引き続ける。それでも相手は戦術人形で頭部や心臓部分以外の人間なら致命傷となる箇所に被弾しても戦闘続行は可能だ。加えてハンドガンで一マガジン分を胴体に撃ち込んでも決め手に欠ける。こういった場合はあくまで牽制として割り切るしかない。

しかしそれで十分だ、とローガンは血が包帯に滲んできているのを感じながら自分に鞭を打った。ジグジグと痛む両手で握っていた『P226』をその場で捨てると、ローガンは倒れそうになったところで踏ん張ったエクスキューショナーへと駆けた。

言葉などないままに死を感じさせる掌がローガンに向かって迫って来る。まともに掴まれたらさっきのナイフのように砕かれてしまうのはもう言わずもがなだ。

だったら自分はこれを封じて次に繋げればいい。

頭を逸らして紙一重で避けるとその腕を自分のそれと搦め、もう片方の手でエクスキューショナーの脇腹に拳を叩きこむ。一発だけでなく何発も打ち込んだことで生じたノックバックを受けている隙に、今度はバルソクが動いた。両脚に組みついては仕込み武器が飛び出ているブーツを片方だけでも踏みつける。体重の掛け方からしてバルソクの全体重がそこに乗せられたようだった。

 

「やれハモンドォ!!」

 

決め手を任せた者の名を叫び、抵抗を続けるエクスキューショナーの腕をローガンは押さえ続けた。こちらに走り出したハモンドの手にはローガンが託した即席セムテックスが握られている。

 

「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

ハモンドは叫びつつ接近し、接着粘土のある部分をエクスキューショナーの胴体の真ん中に押し当てる。そしてグレネードのピンに指を掛けて抜き放つと遠くへと押しやるべく思いっきり蹴ろうとするので、ローガンとバルソクはタイミングを合わせて拘束を解き、同じ方向へと力を入れた。

 

「てめぇらぁあああああああああああああああああああああああああ!!」

『ぶっとべッ!!』

 

三人で同じ台詞を言ってからローガン達も距離を可能な限り取るべく後方に跳び退ってはヘッドダイブし頭を庇う。そして体前面で地を感じた途端に背中で爆発が起きて轟音が響き渡った。チクチクと針で刺されたような痛みからして、爆発した破片が接着粘土を通り越して距離を取ったローガンの体に少々刺さったようだが、致命傷には程遠い掠り傷を負わされたような痛みであった。

そして一間空けてからローガンは起き上がって自分の体の痛む箇所を見てみる。見た限りでは本当の軽傷で済んだようなもので大事には至ってない。

ローガンは自分は五体満足で動けるのだということを確認してから手元に転がっていた『P226』を拾い上げて隣にいるバルソクに聞いた。

 

「行けるか?」

「大丈夫、ワタシはハモンドの奴を……」

「新兵扱いをいつまでもしてるんじゃねぇ、オレもまだ動ける」

 

傍に寄ってきていたハモンドが手を貸してくるので素直に取って立ち上がる。こちらが立ち上がると今度はバルソクにも同じことをしているので、ローガンは下で『AK-74』を受け取った時と同じような衝撃を感じたが今はそこにばかりスポットを当てられない。

『P226』を構えて爆発があった方に向かって行くと、そこには胴体が吹き飛ばされて全体的に金属骨格が剥き出しになっている頭部だけが転がっていた。半分ぐらいしか残っていないそれがエクスキューショナーのものであることなどは状況的にすぐにわかる。グレネードが弾けたことで生じる臭いに混ざっている焦げ臭さに顔を顰めながらもさらに近づいてみるとまだ完全に沈黙していないようでアイカメラの光がまだ残っていた。

ローガンは構えを解いてエクスキューショナーの意思が残っているだろうそれの近くに片膝をついてしゃがんで言った。

 

「わからねえだろ、俺達がなんでこんな土壇場で賭けに出たかなんて。俺とバルソクの二人が囮として出て真打が他にしたかなんてのだって、本当は俺からしても分が悪くて失敗するのだと前提してたさ。だけどてめえがあいつらまでも下に見ているからこそ、俺はそこに活路を見出していたのさ」

 

ローガンが仕掛ける際に託したそれを手に持っている彼は最初にどう思ったのかは定かではない。ロクな説明だってなかったし、そもそも『トロイの木馬』のことを知っていたのか、バルソクと示し合ったことの意味をわかっていたのか。不確定要素がありすぎて『傍観者』の第三者からすればそうことがうまく運ぶことがない、と否定的な見方をしても仕方ない。

それでもローガンだけでなくバルソクが踏み切れたのは、チェックメイトを決めれる手の内で可能性が一番あったからかもしれない。

製造元は違うが同じく戦術人形としてのカテゴリーに入っている自分は警戒されてしまってもそれは然るべきだ。それにローガンも同じくグリフィンに所属し、緊急時の現場指揮官として任されている。それにイントゥルーダーが言った事から鉄血自体に目をつけられているので要注意していることだって考えられる。

グリフィンという組織にいるからだけでなく、在り方を見られている自分達では決着をつけれない。

では『民兵』という枠組みにいてグリフィンとの関係が薄いハモンドならどうか。リーダーであるハルカではなく彼女の部下である彼であれば蚊帳の外とは言わずともその一歩手前に近い、そんな存在として見做されて警戒が薄まっている、と考えられるのではないだろうか。アッシュとのやり取りでそれは窺えていたのだし、それをたった一つの根拠とすることができる。

それに、ある意味の意趣返しとしてでもある。この世における鉄血との戦争はグリフィンに限っての話ではなく、全人類に関わる話だ。

大切なのは闘争の渦にいて力が有る無しという一点ではなく、己が如何様な『存在』で『理由』があるか。夢を実現する為に、生き残る為だったり愛する誰かを守る為でもなんでもいい。人の身である自分達が武器として振りかざすそれがあるのなら、誰にでも鉄血と相対するのに資格がある。

だからこそ、ローガンはハモンドがエクスキューショナーにチェックメイトの一撃を撃ち出すことには誰にも文句は言わせるつもりはない。身の上における立場は違うが、ハモンドも戦う意思を持った兵士で鉄血兵に立ち向かってみせた。その時点でもうエクスキューショナーに限らず、全ての鉄血兵と戦うだけの資格は有している。

 

「ここでの経験を記憶しているてめえのメンタルモデルは潰えてしまうしもう多くは言うつもりはねえ。だけどこの先、俺達グリフィンだけでなくこういった奴らのことも警戒する勢力として覚えておけ。力が僅かしかない代わりに知恵を絞っててめえらと戦っている奴だって世界を見渡せばいるにはいるんだ。そういった奴はしぶとく生き抜いて慢心している隙を突くもんだし、俺達と結集すればこの戦争にだって終止符を打てる。ここで消滅しても覚えとけよ、エクスキューショナー」

 

ローガンがそう言うと聞き入れたようにしてアイカメラの光が明滅し反応を示す。そして一際強く光って一間空けると完全に消滅し沈黙した。

この地下空間における鉄血との戦いが決したとして、ローガンは立ち上がって言った。

 

「鉄血上級人形『エクスキューショナー』、KIA」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エクスキューショナーとの戦いが終わったからといって今回の任務が達成したというわけではない。今後の鉄血の動向を探るべく課せられていた彼女のCPUを抜き出せなかったとはいえど、まだ脱出できていないのだから仕事は終わっていない。

それでもハルカ達と肩を叩き合い、心機一転して全員で貨物エレベーターに移動した。CIAの構成員がもういないのを物陰から念入りに確認しこの場の安全を確保すると、エレベーターを起動して乗り込む。

きわめて業務的なボックス内部にあるパネルの地上へのボタンを押すと機械音が鳴り響いて上方へと向かって動き出した。

 

「ようやく……」

 

誰かがそう呟いたことで、ローガンも少しばかり脱力して内部に残されていた木製のコンテナに寄りかかる。息を長く吐いてここまでのことを一斉に振り返る前に、一角で横になっている416とG11の元にまで歩いた。

『痛み』による過負荷からメンタルモデルを保護すべく強制スリープ状態に陥っているG11の処置も済んでいるので、今すぐ危険な状態に陥ることはない。416と比べるまでもなく重傷なのだが、割と早く手当てができたので大事に至っても取り返しがつかないことにならなかったのだった。

 

「……オアシス、通信の復旧はできそうか?」

『ちょっと待って……うん、こいつでどうだ!』

 

オアシスの掛け声で無線機の回線にノイズが走り出す。耳障りなそれにローガンは顔を顰めつつも自身も端末で調整を行って出力などを補正する。

その間にもオアシスが時間短縮も図って基地の方からダイレクトに各々に繋がるようになっていた無線の接続状況から、ローガンが装着していて自身が客人

AI

として入り込んでいる戦術端末と無線機を起点に枝分かれの分配接続に切り替えてみせた。

 

「改めて思うけど、戦術人形の時のお前さんってやっぱり電子戦に特化したモデルだったりしてたのか?AIにクラスチェンジしたとはいっても、こうも早く仕事できるとはちょっと不思議なんだけど」

『まあね~。銃を使っての戦いよりは情報収集とかハッキング、こういった電子機器の操作の方が得意だったし今もそうだよ』

「お前自身のことは事前に少し話を聞いている。過去にグリフィンからロクでもない仕打ちを受けたとかなんとか。それは本当なのか?」

 

ノイズに混ざりながらも喋っていたオアシスが沈黙する。

正直言って興味半分ではあったが、バーンズから聞いた情報の正確性を知る為にも必要なことではあった。ここまで協力してくれたのだからローガンとしてはもうある程度は信頼を置いてはいる。しかし時間だけでは全幅のそれを置くことはできない。場合によっては腹を割って話して相互理解を深めるのだって必要になる。

エクスキューショナーに対し言葉で突っぱねて見せたりもしているので、腹の内に他に隠していることがなければ信頼できる。なのでできればローガンとしては隠し事などなしであって欲しいのだった。

とはいえ踏み込み過ぎたか地雷を踏んだかもしれない、と思って冷や汗を流したがそれは杞憂で済んだ。

 

『……ごめん。今は、その事について話したくない。あなた自身にも必要なことであるのはわかるけど、あたい自身もあの時のことは決して堂々と話せることじゃないんだ』

「それは……お前にとってトラウマに近しいものなのか?」

『まんまそうではないけどさ、後から考えてみればある奴にあたいの我儘

ねがい

による呪縛と捉えれる言葉を放ってしまったんだよ。恥を晒すようでもあるわけだから、あたいもちょっと話しづらいんだ』

「……気持ちはわかる。他人に爪痕を残してしまったのは俺にも経験はあるからな」

 

人生という自身の在り方を記憶という形で綴っていれば、どこかに羞恥心で目を背けるたくもなる経験が出てくる。他人にはそうでなくとも過去を振り返った自分からすれば過去の自分に悪態をつきたい、ローガンにもそれはある。

だからこそ、ローガンは言った。

 

「わかった。いつか話したくなったら話してくれよ。その時まで待ってやるよ」

『……うん、ありがと。本当にあなたが来てくれてよかったよ』

 

ひらひらと見えない相手に手を振るとローガンは立ち上がって最終確認を終えてから接続を承認。ハリー達と決めている無線チャンネルのノイズが取り払われたタイミングで貨物エレベーターが地上階に到達したので、ローガンはバルソク達にクリアリングを任せる。

自分はいつでも彼女達が戻ってこれるようにエレベーターを開かせ続け、無線に声を投げかけた。

 

「こちらアルファ1。プロフェット、聞こえているなら返事をしてくれ」

『―――えている、聞こえているよアルファリーダー!こっちでも色々と接続を修復しようとしていたけど、ようやくなんとかなった……!』

「その甲斐もあった報告をする。任務は概ね完了、オアシスを無事地上にまで持って来れた。たが地下からの離脱の途中でアルファ2と3が負傷して強制スリープに陥っている状態だ。至急、迎えを寄越して彼女達だけでも回収してくれ。第一級と第二級の修復措置を整えておいて欲しい」

『了解、ただちにそちらに救護ヘリを向かわせる。安全地帯に到達したようであれば合図してくれ、巡回させているヘリが現在地を元にそちらに急行する

 

クリア!!とバルソクが叫んだのでローガンはG11を担いでエレベーターから外に出る。肉眼では見えないまでに遥か空に浮かんでいる衛星を睨みつけると、416を運んでいるハモンドと廃病院で手招きをしている民兵のいる方へと向かった。

 

「それとプロフェット、今回の件にCIA、政府の諜報機関が絡んできた。恐らくだが今後政府からちょっかいがかけられるだろう。帰還したら詳細まで報告するが留意しておいてくれ」

『……そうか、わかった。対策を講じておいた方がいいだろうし、後日はそれを打ち合わせをしよう。とにかく今はお疲れ様、よくやってくれた』

 

陽の光が当たっていないことで熱が篭っていない地面を見つけては一旦そこに下ろして寝かせると全員が集合した。民兵の一人が拠点からここまで行き来で利用するラクダの番をしている仲間と最初に遺体になっていた仲間を運び出しているだろう味方に連絡を取っている中で一息をついていると、ハリーが無線越しにハルカに話しかけた。

 

『ハルカ、顔を合わせることはなかったけど久しぶりに協力体制を敷けて良かった。近いうちにそっちに礼として食糧を中心に物資を送るよ』

「それはいいとして、こっちからも色々と迷惑をかけてしまってたし、この間みたく契約で取り決めていた以上に送付しなくていいからな。前回はともかく、今日は立場が逆だったんだし勘定する必要はないぞ。むしろ減らされてしまっても仕方ない……」

『そんなことはしないよ。今回は事前に合意している分だけ送って次回に借りを作れるように心がけるさ』

 

旧知の仲である二人の話に耳を傾けてハルカの方に目線を途端、言葉では表現できないような違和感を彼女から感じた。警戒態勢を維持していた時には見られなかったその何かにローガンは訝しんで、所々がE.L.I.Dの返り血にも塗

まみ

れている全身を見て回った。

その途端、そうする必要はない、と誰かが言ったかのように彼女の無線を押さえていない方の腕がはっきりと目に見える形で跳ねた。ビクビクと痙攣した腕が病気か何かで異常をきたした震え始めたので、ローガンは驚きながらも駆け寄ってみる。その間にも血管が浮き上がって来たかのようになっていて異常だということが明らかになった。

断りをいれることなく無言で腕を掴んでは袖を捲ってみると先述の症状以外におかしな点はないが、彼女のと思われる血が腕を伝ってきた。

 

「……ハルカ」

 

ローガンの呼びかけに彼女はこちらを見て脂汗をかきながらも笑みを浮かべると、血濡れの肩を露にした。環境に適応すべく薄着であったので女性ながらも鍛えられているのは、ローガンでも初対面の時からわかっていた。アスリート並に体の筋肉が盛り上がっているというわけではなくとも、一般男性とで腕相撲すれば拮抗しいい勝負をするであろう。

ハルカがシャツをずらして肩を見せ、確信めいた嫌な予測とこれほどまでに違っていて欲しいと思うことはローガンでもあまりない。

―――どうか、どうか思い浮かべているビジョンが現実になりませんように―――

そう強く願いながら現実を見た瞬間、ローガンは大きく息を吐き出した。

 

「マジかよ……お前……」

「……すまないな。強く鼓舞してもらったというのに、あたしは部下の姿をしていた奴をすぐには撃てなかったんだ」

 

異変に気付いたバルソクとハモンドがハルカの肩を見て、絶句し言葉を紡げなくなるが無理もない。両者とも『これ』に関しては初見で一体どうしてこうなったのかということの理解はできないのだろうから。彼女達もローガンと同じく群がって襲い掛かって来るE.L.I.Dの対処に追われていたので、仲間の誰かが噛みつかれたことには気付くのは難しいだろう。それも彼女のかE.L.I.Dとも判別しづらいまでに血が付着していれば仕方ない。

 

「隠すつもりはなかったさ。連中に噛まれてしまったらどうなってしまうかなんて、あたしも知っているしそうなった奴を見てきたからな」

 

ゾンビやらヴァンパイアなどの化け物に噛まれるなり血を吸われれば同類になってしまうというのはそういった系列のフィクション作品ではありがちだ。ウィルスなどによるプロセスで辻褄を合わせては作品の設定の厚みを加えているので面白味も増してくるものではある。

しかし自分達が目にしているのは紛れもない現実であり、帰還する前に解決すべき問題である。

黙っているとこちらの状況が音声でしか把握できないハリーの方から聞かれた。

 

『……なんとなくはわかったけど確認として教えて欲しい。なにがどうなっているんだい?』

『……このままじゃあなただけじゃなくなったあたい達の友達がE.L.I.Dの仲間入りするってことよ。これだけでもわかるでしょ』

『っ……そうか……』

 

オアシスが代わりに答え、ハリーは息を呑んだようだった。憤りも僅かながらも含めたオアシスの言い分を咎めようとも思ったが、そんな気などすぐに霧散した。

この場にいる皆が事態の変化を知った中で、ハモンドが口を開いた。

 

「で、でもよ、グリフィンのてめぇらは『崩壊液』に対しての治療の策は持ち合わせているんだろ?政府と関わりがあるわけだからそういう研究とかの結果だって……!」

 

内情をある程度までは知っているバルソクまでもが期待が籠った視線をこちらに向けてくるが、残念ながらそんなものはないのでローガンは首を横に振った。

『崩壊液』というのはウィルスなどの『病原菌』という分類よりも核爆弾から発せられる『放射能』のような認識に近しいらしい。E.L.I.Dになった存在に対し、『『崩壊液』に『感染』した』ではなく、『『崩壊液』に『被爆』した』という表現がされているからだ。無論、E.L.I.Dに攻撃を加えられたことで『崩壊液』が伝播するのだから『感染』と言うこともできる。

しかし未だに人類は『崩壊液』の解明が進んでいない。液と言われているが原始的に調べてみれば物体が素粒子に似た動きをしているとか、それに『被爆』してからのプロセスなどしかわかっていないのだ。

従ってローガンが知る限りでは、ハルカから『崩壊液』を剥離する手段はない。

 

『残念だけど、彼女の命を救う手段はないよ。このままじゃハルカは『崩壊液』の影響が全身に行き渡って死ぬ。そしてその後は……』

「コンピューターが御託を並べているんじゃねぇよ!!暗がりから出てばかりのてめぇからオレはそんなことを聞きたいんじゃねぇ!!おい、答えてくれよローガン!『手段はある』って言ってくれよ!!」

 

スピーカーに切り替えて声を出力したオアシスに吼えたバルソクはローガンの胸ぐらを両手で掴んでくる。その手は殴り掛かる時のようなものではなく、縋りついているそのものであった。

ハモンドだけでなく民兵の一人までもがローガンに詰め寄ってきては矢継ぎ早に問い質してくる。助けてくれたら見返りは出す、礼はする、だからなんとかしてくれ、と言われたがローガンはハルカの命を救う手段は持ち合わせていない。彼らが納得できる、許容できる方法は。

本当にクソッタレだ。

鉄血、『崩壊液』にE.L.I.D、そしてこんな顛末に直面させたこの世の人智が及ばないシステム。自分達を圧死させるが如く容赦なく押しつけてくる要因全てが本当に憎々しいと思うのは、これで何度目だ。十数回になったあたりからもう数えていないが、ひょっとするとその数値は三桁になっているのではないだろうか。燃料などもうない筈の高炉が点火されて黒く轟々と猛るこの感覚。誰にもぶつけることができない、発散させるどころか忘れることだって絶対にできない憤りを抱え込まなければならない虚しさに、いつになったら決着がつけれるのだろうか。

 

「……プロフェット、本当にグリフィンは『崩壊液』への対抗策はないんだな。半日ではあるが共に死線を潜り抜けたんだ、ワタシとしても彼女を助けたい」

『ああ……僕もそう上層部と本部の研究部門に問い詰めたいよ。友人を助けれるのなら何を投げ打ってもいいぐらいだ。それに、あったとしてもハルカがE.L.I.Dと化す前に間に合うのかどうかだってある』

「仮に基地の方で治療薬があったのだとして、遠く離れたここに届けられるのには時間が足りない、ってことだよな。だけどそんなことを考えるまでもなく、ワタシ達は……」

『……『人間』としての尊厳とかそういうのじゃない。『死者』とか『怪物』としてではなく、『人間』として終わらせてあげるのが一番の救済だよ』

 

バルソクとプロフェットの会話はローガンとハルカにしか聞こえていない。言ってることはごもっともだし、彼女もそうである方がいいだろう。無理に生にしがみつこうとしているのなら、こうも晴々とした笑顔を浮かべていることはない。

そんなハルカを他所に部下である二人が三人になって何度も同じことを聞いてくる。

手段はない。辛いのはお前らだけじゃない、俺達だってそうだ。

そう言うのは簡単だ。なにせ自分達はフロリダの外から来た余所者でハルカの部下じゃない。だからリーダーである彼女を喪った時の痛みを痛感するわけじゃないのだ。

ローガンはハルカの事を今日まで知らなかった。容姿も、性格も、地位も全て。協力者の存在こそハリーからは教えられはしたが、今日知れたことなどほんの一握り、それどころか指で抓んだ程度しかないぐらいだろう。

あまりにもローガンはハルカの事を知らない。それだからこそ、今こんなところで宥めるような安っぽいことは言えないのである。

従って、ローガンはこう言うことしか出来ない。

 

「……ない。ハルカを助けれる手段はなにもない」

「ふ……ふざけるなぁ!!」

 

激昂したハモンドが拳を振るって殴り掛かってくる。その拳はローガンから見れば緩やかで躱すことだって受け止めることもできる。ハモンドの拳は本人の性格を投影したかのように赤くなっていて、様々な感情が籠った一撃が放たれようとしている。この男の事だから、きっと悉く躱されては自分が拘束されると無意識に考えているのだろう。

これが達成されても事態が解決されることはないと知りながらもやってしまう、そんなことすらもわからないのかとローガンは苛立ちを覚えながら身構えて受け止める姿勢になった。

だがそれも束の間、疲労が積み重なった体に鞭を打って腕を上げようとした途端、ハモンドの腕をハルカが止めたのだから何もせずに済んだ。

 

「あたしが死ぬ直前でそんな馬鹿な真似をするなバカタレ……せめて安らかに逝かせてくれよ」

「ハル、カ……」

「すまないなローガン。あんたにも出来ないっていうのに責め立てさせてしまったな。あんたが負い目を感じているのなら、まず最初にそうなっているべきなのはあたしたちの方さ。鉄血と戦えはしても力不足なのは変わりがない、だからこんなことになってしまったんだしな……」

 

まだ変異が起こっていない腕を伸ばしたハルカが笑いながらそう言ったが、身体だけでなく精神的にも大分無理をしているのが一目でわかった。首筋にまで広がっている異変による苦痛に耐えながらも見栄を張っている様子にローガンは胸に痛みを覚える。

こちらに笑いかけたハルカが今度はハモンドの方を向くと、彼女はハモンドの腕を放してから懐からローガンが地下で渡したドッグタグを取り出した。それをハモンドに差し出す。

 

「お前にこれを任せる……今の拠点から西南部、そこにある町跡の外れにある廃墟にこれを返しておいてくれ……」

「……そう言わないで自分で行ってくださいよ……!リーダー、昔馴染みであるのなら自身で行くのが……それにまだオレたちはあんたが必要なんですから……!!」

「そう甘ったれたことを言うな、あたしはお前のお袋じゃねぇんだからよ……後のことはジャックに任せる。あいつに従って、お前らは生きろ……」

 

立っているだけの力も尽きたようにハルカがその場で崩れ落ちる。『崩壊液』の影響で顔色も悪くなってきていて、彼女に残されている猶予ももうそこまでない。地下での戦闘からまだ一時間も経っていないが、ハルカはCIAの暗部に追い付かれるのに足を引っ張るわけにはいかないので地上に出るまでの辛抱だと言い聞かせていたのだろう。

ローガンは過去にハルカと同様にE.L.I.Dに噛みつかれた者から、撃たれた時よりも体力の消耗が加速度と同様に激しくなってきている、と聞いていた。ここまでの脱出の道のりも決して楽なものではなかったのだから、体への負担は尋常じゃないものだろう。ましてや今、『崩壊液』による身体の変異による苦痛だって

もうそろそろ、楽にしてやるべきだ。

 

「いい加減にしろよハモンド……これはあたしからの『命令』じゃなくて『頼み』だ。これぐらい、受けてくれたっていいだろ……」

「やめてくれ……!オレはあんたに救われたんだから、あんたの為にこの命を使おうと思った!オレがやるべきだと思ったことは全部、殴られるだけの空回りになってもいいからやってきたんだよ!それなのにあんたが先に逝っちまうなんて認められるわけがねぇよ!!」

「リーダー、ハモンドだけじゃなくて俺達も今も拠点を修復している連中だってそうだ!あんたが助けた人達がいる分、それだけ悲しむ人だけいることがわからないわけないだろ!!」

「どう、だろうな……案外、いなくなって清々する奴だっているかもしれない……あたしだって我ながら酷く叱責してしまったことだってあるわけだしな……」

 

皆の視線が自身から逸れたので、ローガンはホルスターから『P226』を抜いてから装填している弾倉を排出する。そこに弾丸は残されていなかったが、露になる薬室に手を当てがってはそのままスライドを引いた。重力に従って手の内に落ちてきたものがあったので見てみれば、それは使用している最後の9mmパラベラム弾。人の急所に的確に命中させれれば一発でも致命傷になる。

相手は動かないでくれるだろうから外すことはない。それだけで十分だ。

 

『……ローガン』

「心配するな、わかってる」

 

オアシスの呼びかけに応えては、空の弾倉に弾をセットしては『P226』に装填し直してスライドを戻す。今度は弾が排出されないようにスライドを手前に引いては、次に引き金を絞れば発砲できることを確認する。

ガシャンッとスライドが戻った音でこちらに気付いたハモンドが、銃を奪おうと飛びつこうとしてきた。

しかしそれよりも先にもう一人の民兵の男が割り込んではハモンドを止めて言った。

 

「よせ、これ以上は、堂々巡りでしか、ない!」

「うっせぇ!そこをどきやがれぇ!!リーダーを絶対に殺させは……!!」

「オレだって、死なせてほしくは、ない!だけど、ハルカさんが、生きて欲しいと、望んでいる!!だったらオレは、それに、従う!」

「リーダーの死体を跨ぐのかよてめぇも!?随分と恩知らずなやつだったんだなぁ!!」

「それでも、オレもお前も、前に進まないと駄目だ!ハルカさんだって、立ち止まって、欲しくないんだよ!!いい加減に、割り切れ!オレ達は、生きなければ、ならない!!」

 

他人の経験や教訓を活かしては次の者達に継承することも人の世における生の循環で、人類は無意識に行っている。 生きるということは、誰かを土台にしては跳び、前進できなくなった者をその場に置いて歩き続けることでもあるのだ。

闘争が世界中で起こっているこんな世の中では、抽象的な例えではなくはっきりとした形で起こっていてそこには必ず誰かが胸を痛めている。

今がその時。グリフィンと民兵という部類の武装グループ、アメリカ人と日本人のような組織や人種などは関係ない。自分達は目的を達成することを理由に結集して、鉄血やE.L.I.Dと戦った。

それだけで『友』の死を悼むのに十分な理由だ。

ローガンはついさっきや普段よりも重く感じる銃を持ち上げるよりも先に、ハモンドを見て言った。

 

「お前らがどう思っているのは勝手だけどさ、きっと鉄血に本当に勝つには『力』だけじゃ駄目なんだろうさ。鉄血だって元は数字の羅列でできていたAIで、それが機械の体に詰め込まれた存在だ。あいつらが最終的に俺達を滅ぼそうとしているのは明白でそれに対抗しなきゃならない。それには『力』という一要素だけを武器にするんじゃなく、頭の出来や在り方が俺達人間の方が連中より上等だ、って豪語できるだけの根拠だっている。鉄血との戦争は単純なものじゃなくて、そうした面もコインみたいにあるんだって思う。だから俺は、少なくともエクスキューショナーみたいに仲間に固執していたり、自分だけが被害者面ばかりをするわけにはいかない。今ここで、足踏みを続けることだってな」

 

ローガンが照準を定めたところでまた二人が動き出そうとしたが、ハモンドに言葉をぶつけた民兵とバルソクまでもが動いて彼らを止めに入った。

ハモンドと一人の民兵、この二人になにを言っても納得して道を開けないということはもう揺るがない。であればもう、このまま片を付けた方がいい。

 

「すまないな……あんたにあたしの介錯を任せることになるなんて……」

「……今までにもこんなことは何度もあった。今回だって、同じことをするだけだよ」

 

動かないハルカの額を狙いながら銃を握り締め、指を引き金にかける。それでもういつでも撃てるだけの態勢を整えたのだと知覚した途端、ローガンは自分の手先が震え始めたことに気付いた。

誰もが注視するまでもなくわかるほどに向けている銃口の先がブレて照準も定まらなくなり、銃を両手で持ち直しても望んでたようにならなかった。むしろ震えが大きくなってしまって下手をすればハルカの頭部から弾道が逸れてしまいそうであった。

それでもローガンはこれからやろうとしていることに目を逸らそうとはしなかった。

自分はこれから、仲間を殺す。いかなる理由があっても揺るがない事実を飲み込んで、実行して達成しようとしているのだと。

 

「最後に、なにか言い残したいことはあるか?」

「……そうだな」

 

変異は顔にまで浮き上がってきているがまだそうするだけの時間はある。ローガンに言われたことにハルカは目を閉じて数秒黙考し、口を開いては言った。

 

「……ハリー、お前は仲違いなりしてつまらない形で友人を失くすなよ。どんなことがあっても、取り戻すために出せるもんは全部出し切れ。あたしの前で銃を撃とうして構えている奴はそうするだけの意味はあるからな」

『……わかった、肝に銘じておくよ』

 

ふっと小さく笑ったハルカは身体をゆっくりと動かしては近付き、ローガンの『P226』を掴み自分の額に押し当てた。そして動作不良を起こさない程度にスライドを持ちながらこちらを見てくる。

その顔にはもう、憂いはもうないのだと言っているかのようだった。

 

「さあ、もうやってくれローガン。あんたももうガタガタで耐えられないだろ。だったら早く終わらせてしまった方がお互いの為だ」

「……ああ」

「そんな辛い顔をするなよ、あたしだって楽じゃない。だけどあんたのに比べればあたしの苦痛なんて一瞬でしかないんだ……もうあたしのことは死人同然として見てくれ……」

 

ハルカの頬に血の混じった涙が伝った。満面の笑みに余計なものが混ざったことにローガンも目が熱くなって逸らしてしまいそうになる。

彼女だって本心としてはもっと生きていたいと思っている筈なのに、人生の幕を誰かに引かれることを願わなくてはならなくなった。こんなことにならなければ、誰も望んでいることではなかったというのに。

ローガンは歯を食いしばり、眼前で自分を正面から見てくれているハルカ・タカハシという女性は言った。

 

「ローガン・ブラック。束の間の共同戦線ではあったけど、肩を並べれてあたしはよかった。できればそのまま、誰かの道標で在り続けていてくれ」

「善処するよ……俺もお前と一緒に戦えたことで学べたこともあった。ハルカ、お前を俺は絶対に忘れない」

 

グッと指に力を掛ける。勇敢な彼女に貰った勇気を物理的な力にして。

背中の方から懇願の声が聞こえてくる。

 

「やめてくれぇえええええええええええええええええええええええ!!」

 

ドンッ!と銃声が、響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――<Ash>―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

善悪を決める正しい基準はなにかと、アッシュは考えたことがある。見聞きしたことの事象を引き起こした当人が善か悪、正しいことをしたのか、それともその逆か。それを確定できるのは、その場に居合わせた人間ではなく、後々に結果を一望できる第三者しかない。その人間はそれを『歴史』という形で人物の行いや関わった事件などを記して来た。

だがそれはあくまで人による記録であるので、全てが真実であるとは限らない。その人間の人種、主観や価値観で見方は変わってしまうし、どこかに隠蔽しているか嘘で覆われた事実だって有り得る。

例えば、あるアメリカ人の警官が市街地で銃を撃っては三十人の人質に爆弾も仕掛けて大量殺人を目論んだロシア人を射殺したと、報じられたとしよう。アメリカ側からすれば、自国の民を救ったヒーローとして語り継がれるかもしれない。そして人質も三十人全員、救出されているのだから表彰された。そうあらゆるメディアを通じて世界中に知れ渡った。

その後日、事件の当事者であった人質の一人がこう証言した。『自分を含めた人質の数は三十人ではなく三十一人、その内の一人は犯人に撃たれて殺されていた。なので人質全員が助けられたわけではない』と。他にも自分達を『結果的には助けたことになった』警官はトリガーハッピーで酒癖が悪く、市民からの評判は最悪だったという。それでもアメリカ政府は多くの人を助けた警官として扱い、耳を貸そうとはしなかった。

またロシアからはこんなニュースが流れた。『先日の事件の最中で死んだ人質は事件現場周辺を観光していた、我々と同じロシア人であり、射殺された犯人との面識はなかった。銃撃戦になった際にアメリカ人の警官に誤射で撃たれてしまって死亡した。これは我々への冒涜である』。これを皮切りに、両国の溝は深まっていったりとすることだって十分に考えられる。下手をすれば延長線上で戦争にもなりかねない。しかしこれはそうなることをロシアが狙っていて偽情報で裏工作をしていた、なんてことだって考えられる。

このように耳に痛い『事実』に対してを隠蔽しては嘘を流し、都合のいいことだけをそのまま垂れ流す。後に盤をひっくり返すほどではなくとも、その起点にもなるかもしれない『真実』を誰かが語ることになったりすることはあった。小説やドラマ、映画だとかでそういった作品もちらほらと散見している。過去を振り返って突き詰めてみれば人類のそんな汚点はもっとありそうだ。

それに例え話の中の世界ではアメリカ政府から見た『事実』と人質の証言とロシアを元にしたそれがあって、後世の人々はどちらが本当のことかの判別がつかない。

誰が正しくて間違っているのか、善悪に分類するにはどうなのか。そもそも誰もが思惑があったので『真実』とは違うことを述べていた、という結論を導き出しかねない。

だからアッシュは、この先自分がやろうとしていることがこの先にとって本当に正しいことかどうかはわからない。嘘塗れの『歴史』に前例がない以上は自分がその例を作らなくてはならないだけではなく、この行いに意味があるのかと考えてしまう。『ある側』からすれば正しいことでも、対極に位置している『こちら側』からすれば間違っていることはわかっている。なにもしなければその逆だ。

しかし動かなければ、かつて自分の手を引っ張ってくれたあの人を裏切ってしまうことになる。ぶっきらぼうではあったものの温かく接してくれて自分を逃がしてくれた、そんな人を蔑ろにしたその時は自分を許せなくなるだろう。

正規の人員から『放浪者

ノーマッド

』になり、中小規模の組織を渡り歩いては誰かと関わっては『生きる』遺志を継いで、また放浪していたという彼が言ったように。

この道を確たるものとして選べたきっかけだって得られた。後は実行に移すだけ。

 

「……絶対に成し遂げてみせるよ」

 

亡き『先導者』の想いをなかったことにしない為に、アッシュはまた動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

動き回っている物音で水面下で漂っていた意識が浮上する。閉じていても瞼を透過して差し込んでくる火の光に眉をしかめながらもローガンは起き上がっては、自分がいるグリフィンの車輛の外を見た。

深夜に差し掛かれば幾分静まるかと思いきや、交代して作業に取り組み続けているようで動きに淀みがない。ただ、休息を得て眠っている中には子供もいるので、彼らの睡眠に影響がないように可能な限り物音は抑えられているらしい。

多少の足音や物音は動けば発するのだから仕方ないので、ローガンは頭を掻いては水筒を手に車輛から外に出た。扉を閉めようとした際に後部座席で寝ていたバルソクの姿がないのに気付く。

 

「……まあいっか」

 

探した方がいいか、と一瞬思ったが、彼女だってきちんと考えて行動できる少女だと思い直しては車輛の扉を閉めては寄りかかる。星空を仰いでは水筒に残されている水を飲んで一息をついた。

要請通りに回収された416とG11の修復作業に取り掛かって大事がないことの連絡が入ったのは、時計を見る限り二時間前。それで気が楽になって熟睡できる、なんてことには到底ならず、ローガンは仮眠をする三十分ほど前までは悶々としていた。

そうなっていたのは両手にある裂傷や体中の掠り傷、または腹や頬にある痣による物理的な要因ではない。仲間を手にかけたことによる事実、それがなによりもその面で図太くないローガンの心に重くのしかかっていた。

 

「はぁ……」

 

溜息を漏らし、彼らのリーダーが死んだことの事実を突きつけられた者達の顔を思い出す。やはりほとんどが現実を受け入れるまでの時間を要し、生き残って帰って来た自分達は質問攻めに遭わされた。

当時の状況や死因などの質問を挙げては最終的には、誰がハルカを殺したのか、そう聞かれた。その時のローガンは意を決して自分だと示そうとしたが、それよりも先にハモンドを真っ先に制止した民兵が『彼女はE.L.I.Dに殺された、それだけだ』と答えてそれ以上は口を開かずにいた。

E.L.I.Dのことを詳しく知らない彼らから『言葉攻め』と書いたリンチを受けずに済んだことで安堵しては、ローガンは後でその民兵に一言礼を言ってからハルカの副官と話をした。

ハリーも無線を使って交えて協議した結果、一週間以内にこちらから所属や素性を隠した支援部隊を寄越して移動することになった。彼らもまだ大規模な移動をしたばかりで、また同じことができるほど落ち着いていないのでそれまではCIAからの追撃には厳重に警戒すると言っていたが、それでは駄目だとハリーは強く言って様々な案を提示。そして互いに要所を取り上げては擦り合わせて妥協し、今の形に落ち着いたという事になる。

 

『……ねぇ、ローガン。あのサングラスをつけて夜空を見せてよ』

 

今日一日の出来事に思い巡らせていると、端末のスピーカーからオアシスの声が出力されて聞こえてきた。遠慮がありながらも楽しみにしていたことに期待に胸を膨らませているようでもあったので、ローガンは無言で車内にしまっていたHUDのサングラスと周囲に迷惑を掛けないように無線機をつけた。すると自動で二つが端末と接続されて、画面に様々なデータ処理が行われる。

そして視界の明暗調整が終わると、オアシスが感嘆の声を漏らした。

 

『ほぇ~、今になってもこの空は変わらないね。大気中の塵で絶景の星空が台無しになっているのは相変わらずだけど、やっぱり多少は星が見えるね~』

「がっかりしたか?人形だった時よりも綺麗になっていなくて」

『ん~ん、むしろなんか安心しちゃった。醜悪な人間の一面は悪い方に向かっていても、これだけは変化していないでくれているのがさ。こうしてみると変えられないことがあるというのは、良い意味もあるんだなって思えるよ』

 

良くも悪くも、時間の経過だけでも人は変わる。筋力が衰えに肌の潤いの喪失、髪の色素が抜け落ちたりと肉体の皺が増えたりもする。人生経験を積んだことで達観してしまい、柔軟な思考が難しくなったりもして、後に続いてくる若者たちに大なり小なり疎んじられてしまう。

犬や猫などの動物だって歳を重ねればヨボヨボになり寿命を迎えてしまって死に至り、その骸は土へと還る。それには人体だって例外ではない。

そんな生物である自分達に比べれば星の変化はあってないようなものなのかもしれない。見た星の光の色が異なっていたりもするかもだが、天体観測が趣味ではないローガンからすれば些細なことに感じる。

対してオアシスはどうなのかと思い、ローガンは聞いてみた。

 

「お前は以前、どういったことが趣味だったんだ?そんな性格からすると、その場でじっとしているようなことはあまり好きじゃないだろ」

『どころがどっこい!あたいはこれでも文芸への深い理解があるんだぞー!ネットに転がっている世界中の著書を読んでは広く知識を吸収しているのだぁ~!!』

「……………………………………………………へぇ~?」

『……うぇ~、嘘だよー。だからそう弄り甲斐のある面白そうなものを見つけたようにニヤニヤしないでって~』

「いやいや、俺にはロクな学がないわけだからその辺を頼れそうだなって思っただけだぞ~。そういったことでわからないことがあったら教えてくれよな、よろしく頼むぞ~へっへっへ」

『ローガンのいじわるぅ~!撤回!撤回するから勘弁してってばぁ~!』

 

オアシスがそう縋りついているかのような声でそう言ってることにローガンは愉悦を感じて笑みを浮かべたが、それもすぐに失せた。

未だに圧し掛かっている重石による負荷の影響もあるし、面持ちを暗くして目の前を行き交って夜通しの仕事をしている人々に対して悪く思ったからだ。彼らは今、任されている仕事による忙しさで自分達の『指導者』であったハルカを喪った悲しみを忘れようとしている。

あくまでそれは逃避であり、喪失による痛みを先送りにしているだけ。いずれは乗り越えなければならない課題から目を背けているに過ぎない。

それでも、ローガンは彼らを諭すだけでなくここで愉楽に興じる資格は自分にはないと思った。どのような経緯はあれど、『彼らのリーダーを撃った』のは自分であるのだから。

 

『……その急な沈黙だけで考えている事、すぐにわかっちゃうよローガン。ハリーとかいう指揮官と一緒に一度言ったけど、彼女を殺したのはあなたではなくE.L.I.Dとか『崩壊液』そのものだ。だから、あなたが気に病む必要なんてないよ』

「そう言われてもやっぱりすぐには割り切れないよ。俺でも好感を持てる人間こそこの世には何十人かいるけど、そんな奴の一人を俺自身は撃ったんだ。あいつを追い込んだのはたしかにE.L.I.Dとかなんだろうが、瀕死状態になったあいつを撃ってとどめを刺したのは俺だよ。これだけは、変えられない事実だ」

『確かにそうではあるけどさ……まあ、少しだけでも性別の関係も含めて好意を伝えてきた人を撃ってしまったことによる衝撃っていうのは、相当なものなんだろうね。持ってる力の大きさはどうであれ、死んだ仲間のことで怒っていながらも冷静に現実を見れるのも部隊長として必要な要素を備えていた。彼女が死んでしまったことによる影響は人類全体で見れば小さく見えても、今みたいにフォーカスしてみれば本当に大きいよ』

「ああ……」

 

段々といたたまれなくなってきたので、ローガンは車内に戻ってラジオ放送でも聞こうと思い扉を開けるべく手を掛けた。扉を開けたままの状態で座席に腰掛けては片脚を外に放り出し、電源を入れたら最小に音量を近く調節する。

サングラスを外して耳を傾けると流れてくるのはクラシックの曲だった。今の時間帯だとジャズのどちらかが流れてくるが、今日はこっちでよかったとローガンは思った。

もしジャズだったら無性に酒に逃げてしまたくなりそうでどうしようもなかっただろうな、と一人ごちていると横からビール缶が差し出されてきた。予兆も何もなかった突然のことに驚いて差出人を見るとバルソクが立っていた。

 

「顔色が良くないぜマスター。なんか嫌な夢でも見たのか?」

「……まあ、そうだな。ちょっとばかし精神的にくるものは見たよ。それよりもこれは一体どこから持ってきたんだ」

「ジャックとかいう副官のあいつが色んな意味を含めての餞別として分けてくれたんだ。もうこんな時間帯に渡しても遅いことに変わりはないが飲んで休んでくれってよ」

「ふーん……そんじゃ遠慮なくもらうとするかっとその前に」

 

受け取ってプルタブで開けるよりも先にローガンは自分の耳につけているイヤホンマイクをトントンと示してバルソクにもつけるように促す。それで理解したのか、バルソクも耳に自分のを押し込んで起動。それから後部座席の方に乗り込んだ。

 

『バルソク、わざわざこれを強請りに行ったわけじゃないんじゃないの?あんたは別に酒好きではないし対価をすぐに要求するほど図々しいわけでもないらしいし、なんかあった?』

「ん~……マスターみたいにワタシも思うことがあったから、単に気を紛らわせるべく邪魔にならないようにしながら散策していただけさ。そんであのジャックが手を貸さないと危なっかしい仕事をしていたから手伝った、それだけ」

「その礼がこのビールというわけか。別に不満はないけど、俺達にくれてしまって大丈夫なのかよ向こうは」

「身内の飲んだくれに渡ってしまうよりは良いってよ。それに期限が近い代物だから片す意味合いもあるんじゃないか」

 

表面に刻印されている数字を見てみれば、バルソクの言う通りで消費期限が今日からあと一週間後となっている。腹を下したりと体調不良に陥ることはないよな、などと馬鹿なことが頭に浮かんでしまったものの、過去に飲んだ配給ビールよりは上々の麦酒なので一旦頭の片隅に置いておいた。

口に含んでヤバそうだと感じたら吐き出そうと思い直し、缶を開けて乾杯しようとバルソクの方を見ると彼女は浮かない顔をして手元を見つめていた。彼女が思い詰めている様子を初めて見たローガンは一先ず聞いてみることにした。

 

「さっき言ってた、お前の『思うこと』は何だ。俺のはお前もわかっているとは思うがお前の方のは俺は知らん。乾杯する前に話してみろよ。そんな顔されたままじゃ酒がマズくなる」

「……ははっ、んだよそれ。むしろ話を聞いて欲しいのはマスターの方じゃないのか。エクスキューショナーみたいな奴を相手にしたこともあって肉体的な疲労まで積み重なってガタが来ているような気がするぞ」

「人間なめんなこの野郎。演習と称されて敵地に放り込まれたら、お前ら人形に負けないぐらいのスタミナとかタフネスだってつくってんだ。こんなんでも俺は一応お前も所属しているシャドー隊の隊長を任されているんだ。だったら上司として一回は話を聞くぐらいしてやらないと面子が保てない。ほら、早くしろよ」

 

バルソクの額に軽くデコピンをかましてそう言い放つと、ローガンは車内のフロント部分にビール缶を置いて前席のシートの向こう側にいる彼女を見る。こう押してもバルソクが口を(つぐ)んでしまうのならローガンにはもう打つ手はない。これ以上無理矢理吐かせようものならパワハラになってしまうからだし、敵ではない彼女にそこまで強く強制させたくない。

ローガンとバルソクには人間と戦術人形という違いがあり、いざとなれば権利を行使することがこの先あるのかもしれないができればローガンはそんなことになって欲しくない。バルソクに限らず、戦術人形に対してローガンは『戦友』という対等な関係でありたいからだ。

加えてバルソクはシャドー隊に加わったことが確定した少女で、形式としては部下という扱いにはなるがそれだけでは温かみも何もない関係しかできない。

なのでローガンは静かに、バルソクが言葉を紡ぐのを待った。彼女が自身の中による葛藤を収束させようとしているようなら、こちらに理解してもらえるように話す順序を考えているようなら、幾らでも時間を使うつもりで。

 

「……わかったよ、話す。こっちが折れないと、マスターはずっと嫌な形で覚えていそうだからな」

 

どれだけの時間が流れたのかはわからないが、やがて降参というように両手を挙げたバルソクがそう言った。そして数メートル先のドラム缶の中で燃えている焚火を見つめながら話した。

 

「マスターはこれまでもこんな経験を何度もしてきたのか?指揮官からの指示に従って単純に敵を屠るだけじゃない仕事とかを遂行していたら仲間を喪った、こんなのを」

「ん~……そうだな。グリフィンに移転する前の味方がお前らほど頑丈じゃない人間の奴らばかりだったから。お前ら戦術人形はそう簡単には死なない。その分苦痛を長く感じることにはなるだろうけど、それだって命があってのことだ」

「そういった点でもマスターとワタシ達のようにI.O.Pで製造されている人形には違いがあったんだと気付きもした。肩を並べる仲間である以上はどちらにしても悲しいものではある。ハルカの死による重荷がワタシのメンタルにずっしりと降りかかってきた気分だ」

 

神妙な面持ちのバルソクから発せられる言葉を彼女が今回の任務で感じたこととしてローガンは飲み込む。グリフィンに所属する前まであった仲間の喪失で目に焼き付けられた光景がフラッシュバックしたものの、すぐに振り払って耳を傾けた。

 

「ワタシ達人形はメンタルモデルが保存されているから完全に破壊されてしまったとしても、それは完全な『死』じゃない。またボディが製造されてはそこにバックアップのデータが入れられて戦場に赴くことになる。マスターはそれに関してはどう思う?」

「エクスキューショナーが言うように、虚しさだとか諸々は感じはすると思う。現場でしていたやり取りを覚えているのはこっちだけだからな」

「ワタシも過去にそんなことを経験したから言えるけどまさしくそうだよ。本当にぶつけようのないやるせなさが生まれてきて終いには溜息しか出てこなくなる。それがいつの間にか……人間の誰かを喪った時も同じようにしか思わないだろうとか、バカげた考えに変わっていたんだ。もし銃弾が飛び交う戦場で共に戦う味方の誰かが死んでしまっても、新たな経験にはならないなんて感じにさ」

「そんな認識をしてたことを今回で自覚してしまったって?」

「うん。あいつが連れてた連中が死んでいった様ももちろん心に来るものはあったよ。でもハルカのはそれを何倍にも濃縮した感じだった。直接言葉を交わして関わった影響に『崩壊液』による……なんて言うんだろうな、この……」

「無力感?」

「それもあるがメインはそうじゃなくて、どうしようもないことで手の打ちようもないようなことで誰かに失望したほどでなくとも気落ちする事を……」

「……落胆ってことか?」

「それだ。ワタシがもっとちゃんと戦えていれば、ハルカは『崩壊液』の毒牙にかけられることはなかった。それで自分自身がなんか……」

 

これ以上はマズいな、と感じたローガンは溜息を一つつくとバルソクの脳天に手刀を振り下ろした。掌の怪我を無視しつつもある程度まで力を込めたその一撃は防がれたりもすることなく直撃し、俯いていたバルソクの頭を大きく揺らした。今度はそのまま驚いた様子のバルソクの頭を掴み、わしゃわしゃと銀髪を掻きまわした。

バルソクが非難の声を漏らし始めたところで一旦やめてこちらを見させ、正面から言った。

 

「もうやめとけ。俺が言うのも何だが、そこまで突き詰めた上で考えてしまうと思考の袋小路に迷い込んでしまうぞ。ハルカが『被爆』してしまったのは、あいつやお前のせいじゃない。今回お前は目的を達しつつも初めてのE.L.I.Dと戦って生還できたわけだから、俺からしてもお前はよく頑張ったよ。つうか、お前がいたからこそエクスキューショナーを倒す活路を開けたわけでもある。諦念とかで差し引くものは微々たるものだ。まずはそれを誇りに思って怪我を治せ。そんで帰ったらハリーへの報告ついでに省みて自分を鍛えろ。その時は俺も付き合ってやる。お前だって好きにギターを弾く時に失敗してもずぶずぶと沼に嵌らないだろ、それと同じだ。足を止めて振り返ることも必要だが、次の為のステップアップを第一にしろ。そうじゃなきゃやってらんねえぞ」

 

ローガンはバルソクの頭を離すと腰掛けていたシートから立ち上がって外に出る。その拍子で転がっていた小石を蹴り、それの行く先を目で追ってみると形状だけは砂丘になっていた地点で止まって沈黙した。

その転がっていた小石は世界規模から見た人一人の人生と変わらず、他人からすればこのことを知っても些事として片付けられる。それにはローガンとバルソクも目にしたハルカという一人の人間の在り方も例外ではない。

事実に歯噛みしながら振り返りバルソクの方を向いた。

 

「だけどまあ、これだけは話しておくか。バルソク、お前はハルカに渡したあのドックタグがどういった物だったのかは聞いたか?」

「……いや、ワタシは聞いてない」

「そうか。ハモンドから聞いた話だけどな、俺が以前に撃ち殺した奴は数年前にハルカと喧嘩別れした幼馴染だったそうだ。口喧嘩の末に一発もらったそいつは、フロリダを出て生き方を模索していたみたいだな」

 

ハモンドもハルカから詳しく聞き出すことはできなかったそうだが概要でいえばそういうことらしい。袂を別ってしまった経緯と理由はもう当人たちがこの世にいなくなったことで、彼らを跨いだ自分達には知る由もない。

ローガンは重く息を吐くとバルソクに言った。

 

「この世界ではさ、なにかあれば全てが崩れてしまって闇の中に消えてしまう。親しい奴との仲、生き様という足跡。それを得てきた奴がいたという事実ということでさえ、一発の銃弾で抹消されてしまうんだ。俺達に出来ることは『そういう奴』がいたということを記憶に残して、それを抱えたまままた戦いに臨んでは生き残る、それだけなんだろう」

「でもマスター、それはいつ終わらせれるんだよ……ワタシ達だってずっと戦っていられるわけじゃない。それを続けられたとしてもいつかは寿命を迎えて死んでしまう。あんたとか指揮官に至っては生物としての、ワタシたち人形は摩耗する機械としてよ。ワタシ達に続いてきて戦ってくれる連中がいたとしても、そいつらが鉄血とかのクソッタレを潰せれる確証はどこにもない!だったらワタシ達はいつまでこうして銃を握っていればいいんだ……!!」

「終わらせられないさ、この先もずっと。俺達がどう足掻いても、こんな負の連鎖に終止符を打たせてもらえない。せめて俺達が有利にいけるように追い風に風向きを変える、そんなことしかできない。それに、鉄血を片付けられたとしても国家の間には不和が残っているのだから、また第三次世界大戦が再開されたりもするかもしれない。鉄血の企みを阻止できたとしても、いずれは別の要因で四回目の世界大戦だって起こり得る。あくまでこれは時間稼ぎ。意思がある奴らが前線に立つまでの一時凌ぎでしかないんだよ」

 

車輛から飛び出すようにバルソクが距離を詰めて来てはローガンの胸倉を掴む。その表情は悲観すべきものを、直視すべき現実を叩きつけられたそのもので悲し気に歪んでいる。歯を食いしばらせて両手で掴んでいるこちらを時折揺らし、言葉を紡ごうと口を開くがまた閉じる。

そのうちローガンは殴り掛かってくるのかと思ったが、バルソクは縋るように身を寄せてはこちらの胸に額を当ててきた。

 

「こんな喪失感を覚えながらも時間を稼ぐために戦い続ける役目を負わされている、それがワタシ達の役目だっていうことなのかよ……教えてくれよマスター。ワタシだって何かの為に戦う度に自分を磨り減らすことは避けられないのはわかっている。それでも、これまで戦えたのはワタシの音楽を抵抗してくる奴らに刻めたからだ。でもこんなことを知らされて、ワタシはどうすればいい……どうやってロクでもないこんな現実の中で戦う意味を見出せばいいんだよ……」

 

ああ、お前の言う通り、この世は本当にクソだよ。報われないのがわかっていながらも戦わされるこんな世界など、なくなってしまえばいいのにと思うぐらいに。

 

「……それは俺にもわからない。何処に命を懸けて戦える価値があるのか、俺も教えて欲しいぐらいだ。でもわかっているのは、俺達が糧にしているのは正義だとか意地とかそういうのじゃない。生きていたいっつう一つの思いからだ。でもその願いは何もしないで得られるわけがないんだから、結局は武器を取って戦うしかねえ。それに加えて俺達は戦わねえと自分じゃない誰かが死んでしまうからな」

 

ローガンはゆっくりとバルソクの手の上に自分のを重ねて正面から見る。今もグリフィン北米支部にいるAR15や45の戦術人形だけじゃなく彼女らの指揮官であるハリーもはっきりと理解していないのかもしれない。

いや、この先を誰よりも見ているだろう後者に至ってはもしかするとそう言葉にして重く受け止めているかもしれないし、各支部の指揮官や本部で最高責任者の椅子に座っているヘリアンだとそれ以上だって考えられなくもない。この話は争いを続けている人間全員に関係があることだ。本当に和解して手を取り合わない限り、こんな苦しいだけの闘争は終わらない。それだって今じゃ単なる夢物語で話したところで鼻で笑われるのが目に見えている。

もしかすると、こんなことは知らなくてもよかったのかもしれない。自分達は兵士であるのだから、指示に従うままに戦って目的を完遂し帰還するだけで評価されるし労ってもらえれる。辛いことを何も考えずにいられるのは一種の楽だ。

だがそれでは駄目だ。思考せずに戦い続けるようじゃ操り人形でしかなくなってしまう。あくまでローガンは人間であり、バルソクだって性格や嗜好などがプログラムされて自分で考えては動く自律人形であり、知性があるという点であれば大きな差異はない。

こんな黒くて暗い未来予測を知ったバルソクが絶望したのだとしてもそれはきっと失敗なんかにはならない。目線を同じ高さに合わせて肩を組んでは腹を割ってこの先の事までも話し合えるようになれるのだから、決して無駄ではない。

 

「ヒーローなんてこの世にいないもんだから他人頼みなんて一切できないし、放置だって出来ない。結局は俺達が失っては傷つき、血反吐を吐きながらもやるしかないんだよバルソク。何もしないという選択肢を選ぶのは俺達には許されねえんだ」

「……マスターは、それでいいのか?義務感による戒めでしかなくて自分を自分で縛っているようなものだぞ。マスターは人間でグリフィンにいる限りは前線で戦い続ける必要なんてないんだ。指揮官に申請すれば別の部署に移転できるんだろうから無理しなくて済むだろう?」

「元々、今日まで俺は銃とナイフを手にとって散々敵を殺して来たんだ。今更デスクにずっと座って事務仕事に明け暮れるなり、機械のメンテナンスとか開発なんてできないし性に合わないさ。この生き方だけは絶対に他の誰かに曲げさせはしない。大義とか使命なんて立派なものはないけど、あいつらとの記憶を無駄にしたくないから譲りたくない。だから俺はこれからも先を見据えては見落とさずもいられるように戦場(ここ)にいるさ」

 

バルソクが力を抜いて自分を自由にしてくれたところで、ローガンは放した片手を自分の前に持って来ては握り拳を作る。自分が出会っては逝ってしまった仲間たちの顔を思い浮かべては、最後に遺された言葉を目に見えない形でまた刻み込む。

 

「……そっか。ならワタシはマスターについていく。その行く先が人形であるワタシにも踏み込めるのかはわからないけど、足掻き抜いてロックな価値ある何かを見つけてやるさ」

「おう、その意気で生き残ってくれよな。俺一人でこんな永遠と続く逆境を覆せるわけなんてないんだし、お前の力もアテにさせてもらうからな」

 

小さく笑うとローガンは車輛内に置いていた自分のビール缶とバルソクの分も手に取って片方を手渡す。受け取った彼女とほぼ同時のタイミングでプルタブを起こして開けると、聞き慣れた気持ちの良い炭酸が弾ける音が聞こえてきた。

缶から視線をあげてバルソクを見ると、彼女も曇りが少し晴れたような笑顔でこっちを見返して物を持っている片手を掲げる。ローガンも同じようにすると言った。

 

「そんじゃ、勇敢なるリーダーだったハルカと彼女の部下達全員に敬意を。そんでAEK999、バルソクの再出発を祝って」

『乾杯』

 

カツンッとビール缶をバルソクと打ち付けた後にローガンは一気に呷った。麦酒独特の苦味が口内から喉へと通ると後に来るのは炭酸による快感。

今日一日の慰みには足りないが、今はそれだけで十分であった。




去年の十月下旬からスタートした四章をようやく終わらせれることが出来ました。私が力入れて構成したのは大体ここからになり、今後は話を色々と転換させていくつもりです。さて、今回は解説を少しばかりさせてください。

舞台が砂漠化が進んだフロリダ州になったのかと思えば戦地は地上ではなく地下の閉鎖空間であり、そこにいたのは鉄血兵だけでなくE.L.I.Dとの交戦があったりと、私自身も色々と挑戦してみていました。特に後者の場合、日本版ではまだこれといった描写が本編では見当たらないので私自身のオリジナルです。私もプレイしたことのあるゾンビをテーマにしたゲームから特徴を引っ張っては吟味し、鉄血兵とは違って『理性や統率のない、数で襲い掛かる』敵というのを描写するように心がけました。そして鉄血兵に至っては、E.L.I.Dに混じって近接戦を仕掛けるブルートにエクスキューショナーと、お披露目になったオリキャラのアッシュと、陰に潜ませている原作からのキャラクターも含めて色々とラインナップを揃えました。

中盤を通りすぎる地点まで続いていた、『現在』から遡っての『過去』の話は、要は状況整理とグリフィンという組織状況。そしてローガンの『葛藤』と『過去』の一部を描写する為に用意した場所です。ちょこちょこと間に挟んではいますが、皆様からすればまだローガン・ブラックという主人公の位置にいる男についてはまだ不透明な事項が多いでしょう。タスクフォース116という正規の特殊部隊に属していた兵士。彼についてはまた本編で触れていくことになりますが、『個人』には興味を示さないグリフィン上層部に関しては大雑把にでもわかっていただけだしょうか。彼らとの意識が現場を知って見据えている指揮官である者達とどう違うのか。今後はそこも見て頂きたいと思います。

ローガンとエクスキューショナーの共通点、同じ日に同じ場所で親しき戦友を喪ったという事項。互いにとってかけがえのない存在である者を失くしたことによる負の感情に対しどう向き合うのか。乗り越えようともがいているローガンに対し、エクスキューショナーは復讐を選択して行動に移す。絵に描いた人間臭さがあるとするならば、おそらく後者でしょう。被害者として命を落とした身内の死に嘆きながらも、加害者に対して憤りを覚えては罰を望む、というのは我々人間社会にでもあることです。それが自分の手による殺害か、それとも正規の手順に則った裁きによるものなのかは置いといても、復讐心が生まれてしまうのは致し方ないことです。エクスキューショナーにはそういった人間の一面を投影する役目を持たせ、対岸の位置にいるローガンをぶつけさせました。今回になって鉄血の中のハイエンドモデルという肩書きに恥じないように動かしてみたのですが、如何でしたでしょうか。

そして物語に置いてローガン達に力を貸した名もなき武装グループ、『民兵』という枠組みで登場させたハルカとハモンドを始めとした彼ら。彼らにはローガン達と友好関係にありながら『ドールズフロントライン』という作品内で大多数が命を絶たれてしまう立ち位置に置かせてもらいました。大欲怨霊事件において全員生還ができたのは、ローガンを除いたメンバー全員がグリフィンで戦う目的で製造された戦術人形であるからに他ありません。そうなると無論、技術量や練度が異なることで命を落とす者が生まれてしまう。よく訓練されている兵士でも時と場合によっては痛手を負うということで、416とG11はエクスキューショナーにダウンさせられましたけど、努力が足らないことで惜しくも、てことで民兵の人々にその役目を担ってもらいました。実際はもっとエグかったり、そんなことはないのかもしれません。
その中でハルカという日本人女性がローガンの介錯により別れを告げるというシーンは、この四章が始まる前から決めてました。彼女は一グループを纏めていたリーダーであり、ハリーとの繋がりがあった人物の一人としての立ち位置にいます。彼女の技量としては、ブルートなどの鉄血兵との近接戦では後れを取ることはなくともやはりエクスキューショナーにはあと一歩までで及ばない、ローガンと比較してもあまり劣らない程度です。そんな彼女が好感をローガンに抱いたものの、生還にはあと一歩で辿り着けれず命を落としました。人を怪物に変えるウィルスが絡んだSFであればありえるようなシーンでしたが、敵や事故によって死ぬのではなく、彼女の仲間の手が彼女を撃つ。それにどのような意味があるのか、考えてみて欲しいと思います。

このフロリダでの戦いでテーマにしていたのはちらほらと出ていた『闘争』でした。四章で主に考えていたのは『犠牲があったものの目的達成』ということでしたが、じゃあこの部分に限っての事なのかと言われたら『否』です。勝利の代償として犠牲を払う、結果を得るべく対価を払う必要があります。ローガンが経験した、パンと水を得て生きながらえる、その代わりに『人殺し』という罪科を背負う。そのように、『オアシス回収』という結果を得るべくハルカ達民兵が命を支払うことになった、ということです。ローガンは時を経てそれを理解し、『何かを喪ったことで傷つきながらも自分の目的と信念の為にも戦い続ける。都合のいい未来なんてないけどやるしかないんだ』と自分に釘を刺しているわけなのです。

……少しばかりじゃねえじゃねえか私の馬鹿野郎。詰め込んでいたことをほとんど話してしまっているようなもんじゃん。
ギャグがほとんどないじゃん、シリアスだらけで読みづれぇよ、なんて言われたら黙るしかないですけど……うん、なんかごめんなさい。どうしても私の場合そっち路線には行き辛いんです。昔は笑わすことメインにしたギャグ話とかほのぼののものも挟めれたのに、なんでなんかなぁ……。
さてさて、最近はウィルス騒ぎで慌ただしいですが、皆様もお気を付けください。世間で有名であった方も亡くなられて、私もその方のご冥福を祈っています。これだけではなく、決して他人事じゃないことですから皆様も十二分に身の回りを気を付けて守るよう。病気の影響で階段から転げ落ちた、なんてことだってあり得ない話ではないのですから。
それでは今回はこの辺でお終いとさせて頂きます。今後とも私の作品にお付き合いくださいますよう、よろしくお願いいたします。

<イメージソング・Coldrain『To be alive』>

『なにか悲しいこと、辛いこと、そのほか消極的な出来事があったら努めて「笑う」ようにしてごらん。どうだい、これならあなた方でもできるだろう? 』
―――中村天風―――
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