誰も助けてくれない -Can you hear me?- 作:麒麟犬
曇り空を横切るようにして一機のドローンが飛んでいく。ただそれは鳥のように羽ばたくことは適わず、機械的に上昇することしかできない。何時か自分が生まれ変われたのだとしても意志を持った鳥になれずにプログラムで動くドローンにしかなれないのだろうかと考えたことがある。
生きた鳥と機械のそれ、飛翔し広い空を飛ぶのであればどちらが良いのかと問われれば、私は断然前者を選ぶ。ただその答えは両者を比較したからではなく、単に生き物という存在に憧れがあるからだ。私も自律人形として一見すれば人間と大差のない『人』ではあるけれど、機械的でも擬似的でもなく、食べ物から栄養を得て、怪我をすれば血が流れ、酸素を取り入れる為の呼吸をする、そんな生命活動をしている存在が羨ましいと思うことがある。
だがそれはエゴであって叶わない願いだ。創作物であるように私という人格がそのまま転生なりして別の生命体に転移するという事なんて、都合のいいことなどこの世にはない。
そんな諦観を抱えながらも私は戦術人形として与えられた役目を果たさなければならない。
私とは違った価値観と諦念も抱いているであろう仲間、友人たちの足を引っ張るのは御免だ。
―――☆―――
「ドローンの起動・展開が終了。設定した巡回ルートを自動操縦で飛行しているよ」
『カメラの無線接続も完了したわ、感度良好』
「ペルシカさん、こちらの準備は整いました。そちらの画像解析の準備は大丈夫ですか?」
『ちょうどこっちも終わった、システムオールグリーン。何時でも行けるよ』
グリフィン北米支部の保護区はざっくりとした円状になっており、方角を示す四つのアルファベットの次につく数字が大きいほど管理区画とされていない危険地帯である『外』に近付く。当たり前の話ではあるが、中央に位置する基地から離れれば離れるほど『外』から真っ先に鉄血兵やテロリストに襲撃されるだろうからピリピリしているのが目に見える。土を掘っての塹壕やコンクリートで固めたことで形成される防壁にトーチカ、そして設置されている重火器の近くで銃を腰に下げて警戒態勢に当たっている戦術人形がいる。斥候と思わしき敵部隊が挑発するようにして辺りをうろついてたり発砲もするのだから、彼女らも常に気を張っていなければならなかった。
物騒な代物を下げている存在が近くに居て『外』から銃声が聞こえてくるのだから、自然と内側で住んでいる人々にも緊張は伝播してしまう。落ち着かない状況が続けばストレスが溜まり気が萎えて疲れてしまうのは、その周辺で住居を構えていたり商いをしている一般市民や巡回している警察官だ。そうして生まれる隙をついて盗みを働く輩や鬱憤晴らしに暴力に走る人間が出てくる。
他の区域でも全く出ないという訳でなく多少はそういった事案はあるものの、『15』区画ほどではない。良くない事で騒ぎが起こることは毎日ある。要するに、治安が悪いということだ。
「複数を上空に飛ばしていますけど、ペルシカさんが手動で解析をしているのですか?」
『そんな効率の悪いことはしないよ。画像データの読み込みによるオートサーチで保護団体の上着だとか銃火器を指定して、それを解析するといった手順を自動でやってもらうだけだよ。でもまあ、なにか目に止まるものがあったら今度は私自らが手を動かすよ』
「……それって仕事をしていると言えるのですか?そのシステムを作るのにはちゃんとやることはやっているとは思いますけども」
「そう言うなAR15。ペルシカさんだって天才の肩書はあっても体のつくりは人間そのものだ。現場から回される情報を一人かつリアルタイムで処理し続けるには無理があるというものだぞ」
『とはいってもそれまでコーヒーを啜っているんじゃなくて複数のモニターに目を通しておかないとだから楽じゃないよ。プログラムには引っかからないきな臭いものはあるかもしれないんだしね』
そして私達AR小隊が今いるのは件の『15』の北側であるN15-2にある建物の屋上で、現時点では最新式の偵察ドローン一式を展開していた。リアルタイムで送信するカメラを取り付けているを始め、地上に設置されたビーコンに従って指定したポイントへの飛行はもちろん、想定外の事があれば手動操作に切り替えて対応出来たりもする。今は電脳世界における仕事に移っているので、現実のRO本体は近くで動かない状態だ。
そんな絵に描いたような機能を持ち合わせて現実になった代物がもうアイカメラの等倍では見えなくなったところで、私はドローン制御装置の画面に映っている景色に視線を移す。
まばらにあって目につく壁や天井に穴が空いている廃墟、交通整備こそ最低限はされているがアスファルトのようにしっかりと舗装された道ではない道路、そして車やバイクのような乗り物ではなく徒歩で行き交う人々。似ている映像が四つのパネルに表示されていて画面端に文字列が上から下へと流れては、解析結果らしきデータが近くの端末に送られてくる。
目を見張るものが表示されるまでは待機するとして、私は近くに立て掛けていた分身のライフルを手に取ってスコープサイトの調整を始めた。
「複数個のカメラを一斉に操作するのってどんな気分なのRO。想像だけでいってしまえば自分の顔以外の部分にも目玉があるんじゃないかなって思うんだけど」
『集中してるから話し掛けないでよもう……ざっくりといえば私という存在が分裂したようなイメージ、っていえばいいかしら。それとも意識だけで同じような作業を並行して進めているなんてでもわかる?』
「私達みたいな通常の人形じゃ抱えきれなくなってエラーを吐き出すというのに、よく悠長にそんな感想を言えるもんだよな」
同時並行で電子機器の操作というのは容易いことのように見えるが、あくまで二つ以上のそれを動かすだけならまだ誰にでもできる。ただ、それらの作業数にその内容と、時と場合によれば変化することがあるのだから必ずもそうとは言えない。カメラを動かして撮影する簡単な一連の動きでも同時にやるのでは何もかも足りなすぎる。人間体で四つの機械を操作するのは無理というものだ。
だからこそAR小隊において電子戦における情報処理が一番長けているROが適任であり、彼女がペルシカと連携することで現状としてはベストな空からの探査が可能になった。
「それにしても、『15』地区というのは本当に陰気なところだね……ここに来るまででわたしたちを見た人達、顔は怒っているようでも目は怯えていたよ」
「仕方ないわよ、ここも厳戒地域として指定されているのは周知されているんだから。『外』からの危機に恐怖しているとかだけじゃなくて人間社会にうまく馴染めずに民度が低い連中が多く集まっている、そうなってしまっている場所なのよ」
「トラブルが絶えない、というか一日に五回はこちらから止めに入らないと収拾がつかない案件があったりするらしいしね。なんでそんなことをするのかしら」
「性格とか色々あるとは思うが、そういうのを起こしては騒いでいる大概が鬱憤晴らしだとかストレスを抱えきれなくなった連中だ。承認欲求が満たされずに誰にも必要とされなくなって居ても居ないのと変わらない存在になってしまうんだよ。そんな風になれば『自分を見て欲しい』として、誰かを傷つける行為に走っちまう。残念だけどこのことに関しては銃をぶっ放しているのが仕事である私達には根本的な解決はできない。精々ひどくならないことを願うことしかやれることはないよ」
M16が近くのドラム缶に向かって飲料水が入っていた容器を投げ捨てる。ごみの分別も何もされていないそれに入った容器から目を逸らし、彼女はいつものような余裕のある笑みを浮かべることなく端末の画面を見ているM4の近くで同じようにして覗き込んだ。
このことに関わっている者の中で一番事態を冷静に重く受け止めているのはきっとM16という古株だろう。
ロボット人権保護団体の過激派にとっての『協力者』が政府や正規軍などグリフィンのようなPMCとは違った立ち位置にいて過激派に計画を伝授しているようなら、きっと私達が踏み入ることを予測していても何も不思議じゃない。一度目標を見つけさえすれば囲って確実に確保できるとされる布陣を保護区の中で展開できるということは、地理を把握しているだけの実行グループだけではここまでできないだろう。
M16は『協力者』が助力している目的を確証がなにもない憶測として語ろうとしなかったが、私が考えうる、というよりもまず真っ先に思い浮かぶとするならばグリフィンへの間接的な攻撃だ。
こうして世の中が荒れている状態だと名声なんてものは関係ない、疎遠に思うのかもしれない。しかし現実という蓋を開けてみれば良し悪し問わず関わっており、プライドが高かったり自身より上に立つ人がいるのが許し難い人間には特にそうだ。存在価値を証明するか、あるいは自己満足するが為に地位を高める過程においてはどうしても自分以外の輝く星が邪魔に思えてくる想像なんて難しくない。私にも少なからずもそういった思いを抱いているからだ。
もしM16の推測通りに『協力者』が政府関係で国民的地位が高い人物あればの話ではあるのだが、おそらく動機はそこにある。
国民を守る役目を担っているグリフィンが目障りに感じたのだから、『協力者』はロボット人権保護団体という第三者を使ってどうにか貶めようとしてきている。これが私の見解だ。
「そういえば……皆は知ってる?今日から保護区外のある一角が危険指定区域とされるのを」
「ええ~と、なんだったっけ……」
「たしか特殊危険指定項目に抵触しているとかで要注意だなんとか言ってたな、今朝のニュースで」
「第四十四項の『思想又は宗教における過激な運動』。『外』のある一角では人権保護団体が住み着いているというのは聞いたことありますけど……」
特殊危険指定項目。略称として特危と知られているそれは、私達が渡米して数ヵ月後にアメリカ政府が要因や経緯など関係なく対象を要注意として指定する為に定められた項目だ。過去の自然災害として現代も残されている放射能や『崩壊液』による汚染区域など、十分な用意があったのだとしても人が踏み入るべき場所ではないとして国から直々に注意が下されるという理解で間違っていない。
ただM4が言ったのはそうした時の流れでどうにかなるものではなく、凝り固まった思想に執着してしまった人が集団として成り立ってしまったあまりに危険視されることになったことで正式に危険指定されたということだ。第四十四項とは主に人形を信仰の対象として掲げて殺人を繰り返すカルト集団を指定するものとして作られた項目であり、よっぽど危険視されるようなことを口走って行動していなければ目をつけられない。
「グリフィンに頼らずに自力で生きていこうとしている連中なんてこの世にいくらでもいる。意地や信条に信頼、そういったことで反りが合わない奴らは自衛の手段を身に着けてな。だがそれにばかりに囚われて厄介者になるのでは意味がないっつうのに……」
「今じゃ常識そのものの根底が揺らいで瓦解している世の中なのだから歪んだ認識しか持てていないわ。詳しく聞いてみれば殺人を犯した後に免罪符を得ようと工作したものの発覚して、なんて話がごまんとあるもの。過ちを認められずに自己正当しようとしている様はもう狂気じみているわ」
「加えて、頭がいいというのに狂人になった奴ほど質が悪い。内の狂気を抑制する為の枷が外れてしまっているせいで他者の意見に耳を傾けようとしない、と思いがちではあるけど、そんな奴ほど事の真理を的確についてくるものだ。多少は個人の価値観が混じってはいるものの否定できない事実もぶつけられるし厄介以外の何物でもないんだよな……」
私が言った事に続いてM16は経験談を述べた後に溜息を漏らす。概要だけなら私も聞いたことがあるその話が脳裏に過ろうとしたが、今はそっちに脱線してはならないと切り替えた。弾倉を叩きこんで安全装置を改めてかけたところで街中に設置したビーコンが今も問題ないことを別の端末で確認して状況を俯瞰する。
ペルシカはM16が言った仮説を鵜呑みにはしないよう心掛けながら広い視野を保ったまま確かめようということで今回のドローンを介した映像解析を担った。現状からやることは間違っていない。が、言い知れない違和感を感じていた。
AR小隊が結成された時から協力してくれている彼女には感謝しているし、メンバー同様に家族愛のような感情を寄せてもいる。何時だって陰から支えては作戦の良き情報支援をしてくれていたのはペルシカで、指令部からの誤情報だと知らせて正しいそれを教えてくれて危機一髪、部隊への大きな痛手か、下手すれば壊滅になっていたかもしれない顛末を避けることが出来た。
何度もそうして助けてくれれば信頼に足るものだし、普段だって静かに愚痴などを聞いてくれてはアドバイスをくれたりもしてくれて日常でも色々と世話になった。彼女は家族としてなくてはならない存在だと断言できる。……恥ずかしくて絶対に口にはできないが。
そう、付き合いが長いからこそわかる違和感。今も昨日の朝に銀行襲撃のことを話してもらった時から根付いたそれを取り除けずにいる。
いつも仕事の話なら私達に隠し事せずに、わからないことがあればすぐにそうだと明かしてくれるというのに。せめてそうしなければならないかの理由だけでも教えてくれればいいだろうに、何故そうして煙に巻くようなことをするのかがわからないしおかしいことのように思う。
『……む、ペルシカさん。三番ドローンで撮影された映像を解析していただけますか』
『どれどれ……あぁクリーンヒットだ。連中のロゴが入った上着を着ている男が北上している』
その一言で待機状態にあった私達の空気が変わって該当するドローンの画面に視線が集中して釘付けになった。私も例外じゃなく二人が視認したとされる男の人相を見て、ドローンの現在地から大雑把に位置を割り出す。そしてそちらの方を直に自分で見てみればあまりよろしくない場所にいることが分かった。
「外周防壁からそう離れてない場所にいるようね。」
『精密スキャンしたけど九割九分そうだね。それと数名だけの過激派リストにヒット、そいつはしばしばあの『囮』の傍で暴動に加担していた奴の一人だ』
「移動して北上している……どこに行く気なんだろう」
「……どっちみちこのまま逃がすという選択肢はない。追うぞ!」
「ROとペルシカさんはドローンを動員してそのまま監視を!私達四人は地上から追跡します!」
『了解!』
M4に続いて三階建ての屋上から飛び降り、建物の屋根伝いで高空で飛んでいる三番ドローンの元へと向かう。脚部のユニットが持つ動力を最大限に引き出してはパルクールのように跳んでは着地、または受身をとって勢いを殺さぬようにして前進し続ける。
偶に後ろからSOPIIが落ちたりはせずとも転んだりして『ふぎゃっ』と声を漏らしているが、私が遅れてないか振り返っても取り返してついて来ている。M16は相変わらずの体捌きで速度を落とすことどころか段々と上げて隊長に追い付いてなにかあればすぐにアシストできる位置についた。そしてM4は眼前にある目標にひた走っては冷静に状況の分析をするとしてROとペルシカと密に連携を取り、考えれるだけの可能性を忘れないことを念頭に置きながら具体的な確保を私達全員で考案している。一個隊の隊長として他には劣らない、遜色ないまでに成長したと思える。
……絶対に言わないが。
「……よし、それじゃあ―――!」
「作戦開始!!」
―――☆―――
地上に着地したM4とSOPIIの二人が件の男の行く道を阻んで挟み撃ちにして迫っているのを上から見ながら、私は付近からアクシデントが生じて影響が及ばないないように警戒している。そうしていながらもどうしても気になることがあったので近くに居るM16に聞いた。
「ねえ、『協力者』が私達がこのように行動する可能性をどれだけ予測しているのかしら?」
「あるべきものとして間違いなくしているだろう。包囲網の配置からして『協力者』は確実に成功を収めるようにするだけの兆候があることから几帳面な性格のようだ。万が一の失敗を考慮しておくのが計画を立てることの基本であるように追われることだって考えるのが自然といえる」
「即興のプロファイルとしてはそんなところだけど、でもどうして直接的な行動を起こそうとしないの。悪人として日向に出るとマズイから、といっても規模は三流でチンピラ同然でしかない人間を使うのは非効率じゃない。もしもの場合を警戒するのだとしても計画を実行できるだけ力量をもったグループを立てるのが定石でしょ」
「……わからん。だが間違いなく『協力者』は頭がキレる奴だ。裏をかくような、前提なんてものを崩してくるような見方をしてくるのかもしれない」
たしかにM16の言う通りなのかもしれない。誰も考えもしなかったことで驚かされる時というのは『そんなことなどあり得ない』という決めつけや固定概念によるというのが多い。生活にしても戦闘にしても、経験を積んだことで自然と寄生するそれらは例外なく誰にでも巣食って予測を覆してくるものだ。
『協力者』が歴史に名を残す武将のように確信に近い予想で王手をかけるのではなく、裏の裏をかいたどころではなく虚を突くようなことを得意としているとすると厄介だ。なにせ何が疑がわずに済むことなのかという認識そのものがなくなっているのだから、川に掛かっている橋を慎重に渡りたいのに安全確認で叩くことすらできないのと同じ。危なっかしくて足を踏み出す勇気も湧いてこないのも仕方がないだろう。
「トカゲの尻尾であるどころか罠へと誘う為の生餌なのかもしれないが、ここでなにもしないようじゃ核心に絶対辿り着けれない。今日一日は普段の任務より気が休まることはないだろうけどお前の冷静な情報分析能力も頼りにするからな」
「今朝起きた時からそんなことは覚悟してたんだからそんな言葉なんて無用よ。あんたもそこら辺の見極めはアテにさせてもらうわよ、我が隊の姉貴分」
「おおう、それは責任重大だな」
互いに手の甲をぶつけ合って笑みを向けたところで、地上組の方に動きがあった。行く手に先回りしていたM4と男が接触して問答が開始され、SOPIIは得物を脇に下げて路地裏の方から様子を窺ってはこちらに目配せして位置関係を確認している。彼女とM16が互いに見失っていないことをサムズアップで確かめ合っては平然とした様子であることを努めている隊長を見守った。
M4が無線越しに男に対しなんてことのない事件の聴取をしているのを耳にしながら、私は比較的見晴らしの良い此処から付近に目を配らせていると、既視感のある違和感を見つけた。
「いた、M4から見て右手のおおよそ三十メートル先の路地。屯している男四人組がそうよ」
『見つけた、アロハシャツだとかスーツだとかで奇天烈な組み合わせの連中のことね。特に目立ったことはしていないのに目線が釘付けになってるというぐらいに固定されているわ』
『こっちも映像を受け取った。AR15、君の感覚としてはそいつらはクロ率何パーセント?』
「胸を張ってクロだと断言できます。この地区には似つかわしくないビジネスバッグを持っていますけど汚れが酷いですし、アロハシャツの奴は服装を揃えなさすぎ、それも小奇麗と来ていますしああいったジーンズであれば拳銃一丁ぐらい挟んで隠せますよ」
「なら手筈通り私が即座に動ける位置につくぞ。RO、こっちにドローンを一機まわしてくれ。陽動に使いたい」
M16はそう言うとまた走っては跳躍し、私が見つけたグループの死角に回り込んでいった。ドローンもあるとはいえ四人の制圧を一人でやれると言えるのはさすがではあるものの、治安悪くてもここも保護区であって一般人の往来がある。自分達や過激派の連中からにしても、撃って下手すれば流れ弾で彼らを怪我させてしまいかねないので細心の注意が必要だ。なので発砲はしないことを前提で、するのだとしても最小限にするのがこの状況における最善の手段と心構えだろう。
『配置についた。AR15、他に連中のお仲間がいないのならM4に合図を』
「了解。SOPII、M4のバックアップは任せたわよ」
私はそう言ってからサプレッサーを外した状態の分身の銃口を上に向けて数度引き金を引いた。馴染みの衝撃が肩を叩くのと同時に発せられる銃声が空へと溶けていく。
眼前の状況を見てみればM4は視線がこちらに動いた男を後ろに回すことで関節をキメて地面に組み伏せ、SOPIIは彼女を援護すべく駆け寄っていった。
『奴らが動いた、こっちは私が片付ける』
ドローンが低空で横切ったのを皮切りに、M16も銃を取り出した四人に上から奇襲を仕掛けてまず二人を気絶させた。彼女に気付いた三人目は近接格闘で数発の拳を打ち込んでよろけさせ、最後の一人は三人目をそちらに押しやって自身の姿を見失わさせると逆手で首根っこを掴んでから足を蹴飛ばして払い、うつ伏せの態勢のまま地面に引き倒してその上に乗って拘束した。
『AR小隊、付近の他のドローンが人権保護団体の数人を検知。ただ、全員がそちらに向かっているのではなく北上している。最初に見つけた奴といい動きが妙だ』
『どうする隊長。ここで一気に追い打ちをかけて全員をひっ捕らえるのに私は一票だが』
『……ここの五人を捉えることはできましたけどまだ銀行襲撃の計画を潰した訳ではありません。このまま追撃して可能な限り、願わくは過激派の中心人物を捕縛するのを目標としましょう。ROは先行偵察でドローンを操作、私達は向かいながら再終結!』
『了解だ。私はこいつらを縛った後で行く、先に行け!』
SOPIIと走り出したM4を私は追いかけて走った。私が轟かせた銃声を聞いた人たちが足を止めて聞こえてきた先にいた私を見ているが、彼らにはこちらの事情を知る由もないのだからスタントマンがパフォーマンスをしているようにしか見えないだろう。別にそれは構わないが、地上を走るしかないM4とSOPIIには障害物でしかなく決して乱暴にしてはならないそれであって邪魔でしかない。そうなればどうしても建物伝いに跳んでいる私とは差が出来始めてしまって足並みが揃わないことになるのは必然と言える。
『連中はまだ北上中……待って、このまま彼らは一体どこに行くつもりなの……?』
『ペルシカさん、彼らは一体なにをしようとしているのか推測できますか?』
『この状況じゃなにを言っても憶測にしかならないし……いや待った、奴らが一つの建物に集結してる。古いけど大型のガレージがある、なんだあそこ……』
何処かで聞いた話ではたしか保護区の最北には撤退した警察特殊部隊の特別基地があったという。そこで働いていた人達は勢力として膨大になった民度が低いとかなんとかの人達に耐えきれずそこから撤退した、なんてことを耳にしたことがある。車好きでなければないガレージを、それも何台も入れられる大型ガレージなんて民間で持てる個人なんてとてつもなく限られている。
となれば大方、そこは噂通りの場所なのかそれに類するものなのだろう。
「RO、私達の現在地からするとどれぐらい距離があるっ?」
『おおよそ四百メートルだけど、たぶんあなた達が到達するよりも先に彼らが全員集まるわ。何故だかわからないけど彼らは駆け足で向かってるし置かれている状況を知ってそうよ!』
『やっぱり『協力者』の奴が何枚か噛んでやがるな。こうなることを想定済みだってか』
『ですがやることは変わりません。命令を変更、AR15はROと連携して動いて!場合によっては抵抗を受けることにはなるけどその時はあなたの判断に任せるわよ!』
「わかった!」
その一言で私は速度を上げてM4達を追い抜いてROが操作している最北のドローンの所まで目指した。
同じく脚で向かう者がいない状態での単独で現場に向かうのであれば気を遣う必要はない。ショートカットとして通りを一息に飛び越えることだって今ならできる――――――!!
「っ!!」
気持ちがいいとは到底言えない嫌な浮遊感を全身で感じたのはほんの数秒だけ。ただ、その瞬間に妄想であって欲しいと願う荒唐無稽な考えが何故だか増幅した気がして、着地したらそれによる悪寒が全身に行き渡った。無視して進もうにも足取りが重くなったようであった。
外側に向かうにつれてトタンなどの作りが甘い建物を足場にすることになって危うくなることが何度かあったが、そういう物理的な要因よりも数列ではじき出された思考による影響が大きい。振り切ろうにも際限なくうかんでくる嫌な未来予測と格闘する経験としては何度かあるのだから、今回だって無理矢理蓋を閉めてしまえばいい。だというのに、何故?
逡巡して考えられるのはただ一つ。
直面している現状において、私が一番恐れている事態だからだ。
『AR15、また状況が変わった!奴らがガレージから出てきたと思ったら何台かの車に乗ってる!』
そうして独り相撲をしていた私の思考を遮ってくれたのはROの報告だった。人間でいうならば心ここにあらずという状態になっていた私の意識が引き戻されて視覚や聴覚など現実の情報が一気に流れ込んでくる。
はっとなってわかる範囲で俯瞰してみればたしかにこの場では珍しい四駆のエンジン音が鳴っており、それがここから離れようとしているようだった。
『淀みないわけではないけど動きがスムーズすぎる……AR15もっと急いで!このままじゃ容疑者をみすみす逃がすことになる!』
「わかってるわよ!でもさすがにこれじゃあ……!!」
ドローンが飛行していた地点にようやく到達したものの、ガレージから最後の一台が飛び出していた。一見して整備が行き届いているとは思えない複数の車体がカーブを描いたりしながら道へと走り、さらに北へと向かって行くのを目にした。
『下手に発砲でもすれば通行人に被害が及んでしまうし狙撃は駄目ね……!AR15、あなたのスペックならその車両にまで飛び移れない!?』
「この距離で動いている対象に着地するのは至難の業というか不可能ですよ!」
元が民政に向けられた人形の私には軍事的な部品は使われていないので、戦術人形としての改造を施されていても身体機能は通常の自律人形と大して変わらない。なので肉眼レベルで視認できる距離に到達できたとしても走り幅跳びの要領で、なんて芸当はできない。ましてや距離的にも軍事目的で開発された一級品の人形にできるとは限らないのだが。
一か八かとして車の進行ルートをと見渡して使えるものを、されど通行人へのリスクをできるだけ低く済ませれる何かがないかと探す。道行を妨害できさえすれば時間稼ぎになって距離を詰めれる、そう思ってのことだったが、あるもののどれもこれもがガラクタばかりで射的の的にしかならない。
できることがあるとするならば、建物伝いで走って直線で距離を離されてはカーブで詰めての繰り返しで見失わないようにすることだけ。
『このままじゃどうにもならないわ!ジリ貧でAR15の方が先にバテてしまうわよ!』
『そうはさせないさ』
M16の声が聞こえてきたかと思うと、私の視線の先で保護団体の車の横っ面に何かがぶつかってきて横転させた。ガンッ!!と鉄がひしゃげる音がして、すざましい勢いで死角から飛び出した何かの正体を理解した途端、私の口から出てきたのは彼女への悪態だった。
「危ないじゃない!民間人に被害が出たらどうするつもりだったのよ!」
『ROのドローンの映像をリアルタイムで見せてもらってたからちゃんと考慮しての行動だよ。戦術ネットワーク経由だから幾分動きが鈍るがこれも一つの手だ』
そう言いながら盾を収納して走行不能となっている車の運転席と助手赤に乗っていた二人を引きずり出す。意識が朦朧となっているその二人が保護団体の迷彩柄が入った白い上着を着ていることを確認したのかとおもいきや、いきなり各々の服を破き始めた。
突然のことに私は少し驚き、飛び降りてM16の方に近付いた。
「何をしているのよ?そんなところに武器とかを隠している事なんてよっぽどの奴じゃないと……」
「いや、さっき捕えた奴らの首にもこんなのがあってだな」
M16に促されるままに見てみると、二人の首の前面には正円の上から縁取りされた鳥が大きく彫られていた。その鳥の嘴が足元にいる雛に向けられているのを見ながら私は言った。
「これってタトゥーよね?見栄を張る為になら腕とかにするけど、なんでわざわざ首にしているのよ」
『さてな……ペルシカさん、早速だがこいつに関するデータが欲しい。ROの映像でタトゥーの図柄から意味を教えてくれ』
りょーかい、と言って無線の向こうにいるペルシカの方から端末を操作する軽快な音が聞こえてくる。近くに寄って来たドローンから送られてきたであろう映像データの解析結果を待つ、なんてことは本来なら現状において正解ではないだろうが、向こうは車で遠くまで走って行ってしまっている。エンジン音が遠くから響いて来る別のそれと判別できないぐらいに混じってしまっているのでこのまま自分達の足で探すのは非効率だ。
今はここで捕えた連中から情報を引き出して次の行動に移す方がいいだろう。
『その図柄からネット検索にヒットだ。間違いがなければ描かれているのはペリカンみたいだよ』
「ペリカン?タトゥーにペリカンってなんなのよ。そこらじゅうにいるゴロツキなら自分をもっと強く見せる為に別の良いのを彫るでしょ」
『いや、タトゥーというのはそもそもファッションとかそういうのじゃなくて自身が体験した苦痛を示すものなんだよ。時の流れでそういった意味が薄れてしまってほとんど知られていないけど、人間の兵士が信念や誓いを表すのにも使われている。これはそれらに類するものだ』
身の周りにいるのが人形ばかりで人間の相手をすることの比率がどうしても下がってしまう。そうなるとやはり関連した知識を取り入れる機会も減るのでそういった事に疎くなってしまうのが道理だ。
無知な自分に少々苛立っているとM16は見えてきたM4とSOPIIに手を振りながら言った。
「ロシアの国家保安局にいた頃に教えてもらったことがある。当人達にはタトゥーの図柄も重要ではあるが彫る位置もそうだってな。首に彫られているのは社会に認められていなくともそのことに屈さない意味があって……たしかペリカンはキリスト教で自己犠牲の象徴だったか」
『正解だ、さすがだねM16。キリストが教徒にパンや葡萄酒を分けたように、餌を子供に与えれなかった時に自分の血をあげる習性から今は亡きアイルランドの輸血機関のシンボルとしても使われていたようだ』
「人権保護団体が首に自己犠牲のタトゥーとは……なんだか嫌な予感がするな」
M4達がこちらに到着して捕縛した保護団体の連中を後送する手筈を警察に連絡して整えている間に、私とSOPIIはM16が半スクラップにした車の態勢を元に戻して車内に何かないか調べた。ズタズタになっている革のシートから発せられる刺激臭にSOPIIが顔を歪めては鼻を押さえて苦悶の声を上げる。私自身も同じように嗅覚モジュールを働かせたくないと思って片手を使ったのだから気持ちはよくわかる。本来の用途をこなせるからと急ごしらえでとりつけられているこのシートはカビが生えているだけでなく虫の死骸など見ていて気分のいいではないものが張り付いていて衛生的によろしくないのは一目瞭然。これに嫌悪感を抱かないとすれば一般的な観念がとてつもなく薄れている者ぐらいだ。もっとも、『一般的』というラインがどこにどう引かれるべきなのか、共有されるべき基準というものが遺物になっているこんな世の中ではそんなことを論じても無駄だろう。
「んぇ~!も~やだ~この中~!!」
「私も頑張って早く終わらせるようにするから手伝って。我慢するのはあんただけじゃないんだから……じゃあほら、あんたはこのバッグの中を調べてよ」
「うぅわぁ~、よくこんな穴だらけの代物を使ってれたねこいつら。愛着でもあるのかな……」
背中でそんな声を聞きながらさらに漁り続けてみると、ダッシュボードの中に折りたたまれた写真とそれに挟められていたメモがあった。突っ込んでいた上半身を戻してそれを開いてみようとした瞬間、そう遠くない位置から爆音が轟いて来た。
遅れてくる爆風に顔を叩かれてそれがきた方を見てみると赤い爆炎が高く立ち上っていた。遠くから聞こえる悲鳴や怒声が木霊してくるのに合わせて足元に何かが落ちてきた。
私達が飛ばしたドローン‘‘だった``金属片だった。
「RO、ペルシカさん、状況は!?」
『ごめん、爆破が起きたのは一瞬で私にはわからない!だけど……!』
『ああ、こっちで解析できた!だけど連中、こんなことをするなんて正気じゃない!』
「驚いているのはわかりましたから早く教えてください!」
怒鳴りつけるように無線に言葉を叩きつけ、私は一旦手にしていた写真とメモをバックパックにしまって眼前の状況を睨んだ。損害の規模がどの程度なのかは今のところわからないが、野次馬が見ている方から走って来る人達の様子からして火柱が上がっただけの些事ではないのは間違いない。先程の爆風だってこれまで戦場で身体で覚えている経験からしてそうであると、私の警鐘が鳴らされているのだから捨て置けない事態だ。
ペルシカからの応答が来たのは私に急かされてからおそらく五秒程度。ただ、戦術ネットワークを経由して視界の隅に表示された映像からわかる通り、驚愕するのに値する事実であった。
『映像の通り、複数台が自己を顧みないかのように北側のゲートに突っ込んで爆発した……さすがにこれは……!』
「……障害物を避けて的確に壊してる……ぐにゃぐにゃと運転してるから運転席には誰かがいたんだよねこれって……」
ようやく奴らがペリカンのタトゥーを体に刻んだ意味の合点が行った。自己犠牲を正気とは思えない解釈をしていて、彼らは自身で掲げている目的を達成しようと命を投げ出している。そこに内包されている黒い狂気に怖気が走って私の身体は震えた。
あまりのことに皆が言葉を失っていると、ペルシカも繋がっているAR小隊の無線回線とは別のそれが開かれた。AR小隊と生みの親である彼女のみで構築されていて他は割り込むことが出来ないのとは別の回線、つまるところグリフィン北米支部で使われているものだった。突然のことに訝しんでいると指揮官の声が主に隊長のM4に向けて聞こえて来た。
そして送られた指示に、私達は従う以外に他に手段はなかった。
前回のを投稿して一ヵ月近く経ってるじゃん、なにやってたんだ私ぃ……。
てな感じでお久しぶりです、怠惰な作者な野郎です。ドルフロとか色々と手を付けながら執筆を進め、やりにくくなったら『明日は明日の風が吹く』だとかほざいて投げ出していました。大まかな流れとして骨組みは頭の中で組めていてもそれを実際に形にするとなると苦しくなる、なんてことは今までそんなになかったんですけど……まあここら辺はなぁ……。
Twitterで申した通り、一話分だけ拡張しての『転』を二分しました。だって、これ以上投稿が遅れるのは自分としてもあれですもん。たぶん文章量的には各章の最終話ぐらいのものなんでしょうけど、さあ執筆するか、と構成を改めて見直してみたら『あれ、これっていつもの量でまとめれなさそうだぞ……』なんて感じで冷や汗になって今に至る、というわけです。……………………そんな言い訳でした。
気付けばまた夏になって暑くなる季節の兆しが見えてきたわけですが、ドルフロにも夏がきてまた水着が……。それも強キャラの二人には課金で直接購入できるパックで販売されることになったりと……散財しそうになりそうですねぇ……。とりあえずそういったのは財布との相談、てなことで。私も諸事情で色々と使うことが最近多かったので、とりあえず様子見です。
てなことで今回はこの辺で。次回は何時になるかな……。