誰も助けてくれない -Can you hear me?- 作:麒麟犬
戦術人形に趣味と言えるものがあるのだろうか?とローガンは考えたことがある。
基地の外で戦っている彼女達ではあるが、グリフィンに戻れば仕事以外にも当然プライベートの時間もある。その時間の使い方はやはりそれぞれで違っているのだが、どういう風に過ごしているのかはわからない。だが考えてみればあってもおかしくないと思える。例えばだが、食べ物の好みである。酒でもいいが、自由時間だとか通常勤務の夜はよくスプリングフィールドのバーで過ごしているトンプソンがいる。ローガンが配給ビールが好み(というかそれしか飲めなかった)であったため、そこで頼むアルコールが含まれる飲み物とすれば麦酒が多い。彼女からは見てるだけで寂しくなるからこれも呑めよ、と勧められるものも呑んだりするが今のところ他に好感持てた酒とすれば何年ものかは忘れたが葡萄酒だったのを覚えている。そこで思い至ったのが、人間である自分にランニングなどの趣味があるように、彼女達にもあったりするのかということだった。酒が入っていたこともあって特に考えることなくとりあえず最初にその場にいたトンプソンに聞いてみたのである。
「趣味、趣味か……酒を呑むのことが趣味ってのに含まれるか?」
「……まあいいんじゃねえか。昔の人達も旨い酒呑んでとつまみを食うために仕事していた一面もあるっつうわけだし」
「にしたっていきなりどうしたんだよ。まさか口説くための糸口を探ってんじゃないよな?」
「ちげーよ。ただ単に知的好奇心さ」
そこでローガンは考えていたことをトンプソンに話していった。最初は胡散臭げに聞いていたが内容にふざけている要素がないことにわかってからは真剣に聞き始めた。
「ふーむ、どうだろうかな。私達戦術人形は戦う為に生み出されたわけであってそれ以外に現を抜かすようにはされていないわけだしな」
「たしかにお前達はそうだろうな。主目的に鉄血との戦闘があるわけだし……考えにくいか?」
「―――そうでもないですよ」
そこでもう一人の戦術人形がカウンターの奥からこちらに寄ってくる。ここのバーを、昼間であればカフェを運営するスプリングフィールドであった。
「私は戦術人形としての仕事と並行してここの運営をさせてもらってますけど、飲み物とかを出して皆さんとお話したりするのも含めて趣味といえるのではないですか?」
「……なるほど。たしかにそうだな」
業務時間の休憩時間中にここに初めて連れてこられた際にとびっきりのコーヒーを出されてからはローガンも常連になっているわけだが、出されているメニュー以外にもここの雰囲気が気に入っているのでよく通うようになっている。そのローガンからすればたしかに趣味と言えるのかもしれない。
「でも仕事と並行してるって言ってたよな。それって大変じゃないのか?」
「いや、ボスもここの世話になってるわけだからマスターの仕事を軽減しているのさ。鉄血との戦闘にも出なければならない時もあるわけだから事務仕事の多くはこっちに任せろってな」
「そうなんですよ。今のところ特にこれといって書類の処理などで大きい負担になったことはありませんよ」
「それに客である私達がこの場でできることもやっている。その時まで呑んでたグラスとかの食器をすぐ洗えたりするように洗い場にもってくだけでも断然違うってさ」
「運営している側にも配慮して休めれる場所を提供してもらうってことか。だからこんなに客の出入りがいいんだな。普通に感心するよ」
ありがとうございます、と言って笑顔で彼女から新しいビールを注いでもらったローガンはカウンターから背後を振り返って全体的に見てみる。
今は業務時間が終了してから結構時間が経っているわけだが未だにここで過ごしている戦術人形も多い。あと一時間かそれぐらいで日付が変わろうとしているとしているのに、何人かでテーブルの上でトランプなどをやってたり、二人か三人で談笑しているグループもいる。ローガンとトンプソンとは別で呑んでいる戦術人形もいたが、今では突っ伏して眠ってしまっていた。と眺めていたその一角で―――。
「うっしゃあ!今日から毎日、指揮官を踏もうぜ!」
「や、やめなよ。というかその台詞だけだと色々と誤解を招くことになっちゃうから!」
「それだけじゃ指揮官も物足りないはずです。踏むだけじゃなく指揮官を針で刺してあげましょう!」
「いいね、ドゥンドゥンやろうじゃねえか!」
「やめてぇえええええええええええええええええええええ!?」
―――悪酔いしたM16をはじめとした戦術人形の三人がなにか言ってるが聞かなかったことにしよう……。
――――――
ビーッという合図の音と共にマガジンを叩きこみチャージハンドルを引く。射撃体勢に移行したら最初に出てきた赤いターゲットの中央を発砲して命中させる。それが建物の窓を形をしたところから五つほど出た後、同じところから赤いのに混じって青いのも出てくる。出てきたところを間違わず赤い標的のみを撃ち抜き別の窓から覗かせる的を撃ち抜いた。ポーンという軽い音が鳴るとローガンはマガジンを取り換えて新しいマガジンを装填する。先程前まではシングルだったのをフルオートに切り替えると、再びブザーが鳴って赤いターゲットが右から左へと流れていくのを阻止するように撃ち続けた。
やがて射撃演習が終わり、息を吐いたローガンの頭上にあるスコアボードに今の演習の成績が表示された。
『氏名:ローガン・ブラック/スコア:100/94/ミス:0/評価:S』
「へぇ~、なかなかやるじゃない」
「お見事です。以前いた部隊のエースの座にいただけのことはあるようですね」
こんな感じか……と思っていたローガンの背後から二人の戦術人形の称賛が送られる。振り返るといつの間にか見ていたグリズリーと最初から見学したいということで別の武器の演習にも立ち会っていたRO635がいた。
「サンキュー。とはいってもお前さん方には負けるよ」
「何を言っているのです。AR15から聞きましたけどその銃は最近新調したばかりなのでしょう?」
「そうそう。なのにもうそこまで使いこなしちゃってるしね。こりゃあ私も負けれないなぁ」
ローガンはここ、グリフィンの射撃演習場ではいくつかの武器の演習を行っている。アサルトライフル、サブマシンガン、スナイパーライフル、ハンドガン。どれもAランク以上である。射撃場で訓練としてショットガンも扱ったりもしたが、そちらの方も悪くないという評価をもらっていた。
セーフティを掛けたついさっきの演習で使ったアサルトライフルを見てみる。今は帰らぬ人となってしまったが、相棒が遺してくれた新たな銃のグリップがよく手に馴染んでいる。新しい銃、ハニーバジャーのレシーバーを左手で撫でた。
「私達も自分の名前の武器以外のは扱えないわけではありませんが、やはり幾分後れを取ってしまいますね」
「そうだね。やっぱり私もライフルとかを十分に扱えるようになった方がいいかな」
「俺達人間もそうだけど、できないことを一生懸命にやるよりもできることをやった方がいいぞ。お前さん方が下手に他の武器使って別の役割になるよりも元の武器を扱ってもらった方が本来の役割の奴も心強いだろうさ」
それもそうか、と二人が頷く。やはりここらへんは兵士として訓練された人間の強みだろう。個人差はあるが戦術人形ほどうまく武器を扱えないにしても場所などの戦闘条件で彼女達よりもあまり縛られない。野外など開けた場所は各面でバランスが取れたアサルトライフル、屋内などの閉鎖空間では取り回しの良いに加えて火力が出せるサブマシンガン、山頂や建物の屋上から遠距離で敵の撃破を狙う際は遠距離で狙撃が出来るスナイパーライフル、ドアのブリーチングなど敵が集まっているところに突入する時はショットガン、メイン武器が弾切れになった際はハンドガンをすぐさま抜いて戦闘を継続させる。各武器に性能面で一長一短であるのは認めざるを得ないが、それぞれ長けている部分を生かせれば何よりも強いのは間違いない。それは戦術人形もそうであろう。ROが言ってたように、戦術人形は自身とも分身ともいえる銃器以外の操作は新兵と言われても仕方ないほど覚束ない。スモークやフラッシュバンなどの投擲物の扱いは良いのだが、グリズリーが『グリズリーマグナム』以外の銃を使うとうまくいかない。そう考えれば戦術人形のシステムはよくできているとローガンは思えた。
「そういえばローガンさん。あなたはCQCが出来ると聞いたのですが本当ですか?」
マガジンを抜き薬室からも弾薬を抜いて一回台の上にバジャーを置いたローガンにROは尋ねた。
「近接格闘のことか?それならまあ、なんとか。でもなんでだ?」
「以前AR15が言ってたのですが、初めてあなたと出会ったときに格闘戦を仕掛けた際は大分躱されたとか」
「……ああ、そんなこともあったな」
「さらにはハンターからの近接攻撃も避けて背負い投げもしたと聞いたのですが……」
「でもちょっと待ってくれ。あいつ、俺の事どこまで喋ったんだ?」
「あなたと共にした戦闘は全て話してくださいましたよ」
「なんでやねん。別に隠すつもりもなにもないけどなんでやねん」
「ともかく、CQCの基礎的なことだけでも教えて欲しいです」
頭を抱えたローガンではあるが、他の銃器ではなく格闘術を教えて欲しいというROの申し出を断る理由はない。それとローガンの脳裏によぎったのは先日のことである。
ハンターとアッシュによるAR小隊への襲撃。あの頃ROは指揮官からの要請で数人の戦術人形と電子戦も混じった遠征に出ていたのである。彼女に事の顛末が知らされたのは遠征を終えて帰還した時だった。彼女は即刻自分の小隊の元に駆けつけ全員の無事を確認し安堵。そのあと詳細を聞いた中でAR15を中心としてローガンのことを伝えられたのである。人間でありながら彼女達の救出に向かい、ドローンなどの電子機器も扱って鉄血の戦術人形達と互角以上に渡り合った彼のことをもっと知りたいと思ったROだったが、そこで相棒を喪ったことを、耳を塞ぎたくなるようなことも聞かされた。ROを除いたAR小隊は一人の犠牲の上に成り立った自分達の生還に大分やるせない気分になっていたのだった。もうその時のローガンは立ち直ってはいたものの、AR小隊は自分達の未熟さを痛感し新たな技術も身に着けていくことになっていたのである。話を聞いたROはローガンの元に向かい、挨拶と一緒にこう言ったのである。
『今回私は、AR小隊の皆が危機に直面しているところに居合わせることが出来ませんでした。彼女達はもう自分達じゃない、誰かの犠牲もないように術を学び始めました。ですので私は彼女達と共に考えつつも、あなたからも学べることがあるはず。その時はご教示お願いします!』
あの時のことはローガンも鮮明に覚えている。決意に満ち、覚悟を持ったオッドアイの瞳。彼女は新兵ではない、ある程度の経験を積んでいる戦術人形だ。その時は時間があったらいいと言ったが、最初に教えるのが格闘術とは思いもしなかった。
「オッケー。とりあえず基礎だけでも教えるのはかまわないよ」
「ありがとうございます!」
「敬礼はしなくていいぞ。俺はお前の教官じゃないんだから」
そうですか、と少し残念そうにするROにローガンは苦笑した。
そうなるとまず準備することになるのは戦術人形同士の模擬戦闘用のナイフとかかな、とローガンが考えていると―――。
「あ、ごめん。ローガン、それROだけじゃないんだよ」
「……どういう意味だ」
「こういう意味だよ。みんなー入っていいよー!」
おん?とローガンが首を傾げると射撃演習場のドアが勢いよく開き、ドカドカと何人もの戦術人形が入ってくる。見た限りではアサルトライフル、サブマシンガン、ハンドガンのと様々である。
人数はおよそ、二十名以上。これにはROも知らなかったらしく、唖然としている。
『よろしくお願いします!!』
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………マジか」
思考停止しかけるローガンである。
――――――
翌日、ローガンは自由訓練場に希望者全員を集めていた。使用許可に関してはROが昨日のうちに指揮官に申請してくれてたらしく、訓練場に入るための鍵など必要なものをすべて揃えてくれていた。
午前ではまず準備体操や運動を先にさせておき激しい運動に備えさせておく。それが終わったら少し休憩時間を挟み、水分補給をさせる。全員の状態を確認したローガンはCQCの基礎的な立ち回りから教え始めた。敵役としてROが模擬ナイフを持って突っ込んできた時、最初は攻撃をひたすら避けてみせた。だがただ躱すだけでなく、脚や体の動きを最小にしたり受け流して見せたりとバリエーションは様々である。
「こんなにいるとは思わなかったわけだが……お前もいたのか」
「ええ。あなたが教えてくれるのだもの。だったら見て見ぬフリをするつもりはないわよ」
「あの時の格闘戦は俺も楽じゃなかったんだぞ。正直俺が教えることはないと思うんだが」
「私には戦術人形としての『力』があっても『技』は備わっていないもの。正直あの時の格闘術もM16と考えた付け焼刃のようなものだったから」
「……そこでお前達戦術人形に『技』まで備わったら正直俺に打つ手ないぞ」
皆が教わったことを実践していく中、ローガンは全体的に見ながら改善点などを指摘したりして周っていたのだが、ある程度ものになってきたところで訓練場の一角で見ていたのである。そこでこちらに来たのは誰かと見てみたところ、小休止を挟んだAR15だったのである。
彼女もそうだが、今回集まった戦術人形達はそれぞれ動きやすい服装になっている。まだ残暑が残る今の時季の気温に耐えられるようにするためにも、タンクトップやTシャツに短パンといった服装である。靴は作戦などで履くブーツではなく、彼女達がトレーニングとかで履くような運動靴だった。
「ローガンであれば私達が『技』を身に着けてもそれ以上の何かを隠してるんじゃない?」
「んなもんねえよ。せいぜい相手の虚を突くような頭脳戦に持ち込むぐらいだ」
「へえ?じゃあそれも教わろうかしら」
「勘弁してくれよ」
ローガンが困ったようにするとAR15は舌をちろっと出して悪戯っ子のように笑うと組んでいる子と一緒に訓練に戻っていった。
「やれやれだ……」
ROの決意表明を聞いて確信したが、やはりAR小隊の結束はどの部隊よりも強い。指示を出して皆を統率するM4、遊撃を行い火力を発揮するSOPII、やや後方から皆を的確に援護し味方の危機を防ぐAR15、盾として前線に出て正面突破を戦略で持って行うM16。そしてこの間対面を果たしたRO。彼女の戦い方は模擬戦で見させてもらった限りだとM16に並んで前線で戦いながら敵の動きを電子戦で乱していた。その分動きが若干固まりはするが、それをカバーするAR小隊の絆は強いのだ。
「AR小隊……か……」
つぶやいたローガンはそこで昼飯を取るための休憩時間を取った。昼は宿舎の方でスプリングフィールド達が準備してくれていた食事をとった。メニューとしては、鶏肉と数種類の野菜のサンドイッチにネギやキャベツのあっさりとしたスープである。以前グランドにいた際は一応栄養面に気を使ったメニューの食事であったものの、仕方ないとはいえお世辞にも美味いとは言えなかった。それに比べて、グリフィンの保護下に置かれてから満足のいく食事も十分にもらえている。むしろもらい過ぎと思えるぐらいだ。
「相変わらず、胃に染み渡るような感じがする……」
「グランドではどういうのを食べていたのですか?」
「カッチカチの固さのパンと野菜炒めもどき、あとは黒焦げの何かと黒焦げの何か……」
「想像するだけで萎えてしまいそうです……」
顔色を暗くするROに乾いた笑い声を漏らしながらローガンはサンドイッチを口に運ぶ。
「そういえば、ローガン。こちらに来てからそれなりになったけど、今後はどうするの?」
「あ~どうするかか……。保護下と言っても居候させてもらってるようなもんだし、いずれは出ていくことになるかな……」
食事の席をROと一緒にすることなったスコーピオンがそう聞いてきた質問に対して『ふむ……』、と考えたローガンはそう答えた。そうしたところ、会話に耳を傾けていた何人かの戦術人形がこちらをバッ!と彼を見たのだが、その前にもっとも近くにいるROが立ち上がったので気付かなかった。
「ローガンさん、それ真面目に言っているのですか!?」
「お、おう……。いつまでも居させてもらうわけにはいかないし、そうしようと思うんだけど……」
「私からはあなたになにも恩返しできていません。それにあなたからはまだ色々と……!」
「どうどう、RO。とりあえず座って座って」
声を荒げるROをスコーピオンが座らせる。なんだなんだ?と他の戦術人形もこちらに注意を向けたところで彼女も我に返った。
「ROの言ったことはともかく、私はここでローガンがただ居候のようにしているとは思えないよ。だってローガン、今日じゃなくても自主訓練とかしている私や仲間にアドバイスしてくれてるもん」
「とは言っても、ただ単に人間である俺から効果があることはあまりできてないぞ。戦術人形であるお前達にもお前達の戦い方がある。ダミーとかである程度数の不利を無くせているお前達に俺が言ってることはただのケチだとか文句でしかないだろ」
「そうでもないよ、ローガン。損傷したダミーだって修復するのはタダじゃない。ローガンの言ったことを守れたなら生還できる確率はさらに増えるし、その度に減る資源の削減にだってなる」
「……そうですね。私達サブマシンガンの戦術人形でもただ闇雲に突っ込むべきではないことはわかっていますけど、時にはそうしなければならない時があります。でもローガンさんは突貫しなくてもいいような戦略を教えてくれたりもしてますから無駄ではないはずです」
それがローガンとしては彼女達に対していい影響を齎しているとはあまり思えない。たしかにスコーピオンとROの言ってることの理屈は理解できるが、自軍の資源の削減ためなどは実戦で通用しないのが大部分の為別問題である。時にはローガンでも思う無茶なことをしなければならない場面に直面してもおかしくない。だが自分は人間、彼女達は戦術人形。あくまで死んだら取り返しがつかない立場として言ってるだけであり、覚悟や決意だけでは最良の結果にはならない。戦術や手段は違うだけで人と同じような考え方ができる彼女達からすれば、自分は考え方を変えようとするだけの害悪でしかないのではないか。
「私達はサーバーに人格や記憶にバックアップできてはいるけど、例外もいるのはローガンは知ってる?」
「……いや、知らないな」
「そっか。それに関してはROも含めた本人達に説明をお願いするとしてね、ローガン。私達戦術人形にも痛覚と言うのが存在しているの。痛いと言うのはやっぱり私達も嫌なのよ」
「苦痛を感じるからそれも含めて無駄じゃないってか?」
「単純な話だよ。喜怒哀楽というのが人間にあるように私達も備わっている」
「そうですよ。私も戦うのは怖くありませんが、死ぬときは可能な限り避けたいと思います。そう考えればやはり―――」
「……とりあえず休憩は終了だ。訓練を再開しよう」
逃げるように、ローガンは立ち上がり体の曲げ伸ばしを行う。このままでは話は平行線、自分はここをいずれは出ていくべきだとは思うという考えは変わらない。何も思うことがないと言えば嘘になるが、このままではシロアリのようにここを巣食っているだけになってしまうだろう。この訓練だってそうなってしまいかねない。あくまで基礎的なことを教えるだけに留めておこう―――。
そう考えたローガンは模擬ナイフを掌の上で回し続けた。
……気分が重く、午後新しく教えた後はずっと上の空だった。
――――――
一日を通しての訓練を終えたローガンだったが気分は重かった。訓練終了後のROも礼は言ってたものの、昼間のことで表情に影を落としていたこともあってこちらからもどう対応したらいいかわからなかったのである。
もちろんローガンとしても、ノートンとの『話し合い』の末に自分を保護してくれたあの指揮官や、弱っていた自分を励まし続けてくれていたAR小隊、誰よりも寄り添ってくれたAR15には感謝している。恩を仇で返すような真似をしたくないから、悪影響を与える余計なことをしたくはない。だからこそ、落ち着き次第グリフィンから立ち退こうと考えたのである。
しかし彼女達は、スコーピオンとROは留まって欲しいと言っている。ローガンから教わったことは戦術人形としても貴重なもので、グリフィンにはいない、現場で戦う人間の戦闘員から得られる意見だからである。でもそれは先程言った不協和音を生み出す一因になっているような気がしてならない。
「どうしたものかな……」
溜息を吐くローガンの足はいつもの、最近の夜はよく通うバーへと向いていた。
扉を開けるとそこはローガンが好きなジャズの曲が流れている空間であった。いつもの席に足を向けるとそこに先客がいた。
「やあ、お先に失礼しているよ」
「……まだギリギリ業務時間内っすよ、指揮官殿」
その者はここ、グリフィン基地の指揮官である男性―――ハリー・クロスハート―――であった。久しぶりにみた顔の人物の横にローガンは座った。
「いやいや、副官の仕事が早くてね。今日はいつもより早めに上がれたんだ」
「そういうことですか。余所者の俺からしても他に迷惑かけたわけじゃないならいいじゃないですかね」
「そうそう。それにさ、君とは友人として仲良くやりたいんだ。敬語とか気も使わなくていいよ」
「こっちとしては、相手が恩人なんで『はいそうですか』とできないですよ」
「人間で同性、歳も近い。周りが女の子ばかりだからこっちからすれば立場は違うけど君は貴重な客人なんだよ。困ったときはお互い様さ。それに君は一ヵ月半ぐらい前のあの件でAR小隊を助け出してくれたんだ。あの人でなしから君を匿うのは当然の礼だよ」
今になってもあの時の笑顔を思い出す。目が笑っていない笑顔と言うのは何回も見てきたが『絶対零度』の四文字が似合うあれほどの笑顔は見たことがなかった。
「……わかったよ。このままごねてあんたを怒らせた時が怖い」
「そうして。それと、僕は君も含めて仲間の皆が知らない誰かに傷つけられたときしか怒らないよ」
「俺も?」
「あれ、僕らだけだったのかな?君は僕らからすればもうグリフィンの仲間だよ」
ローガンは目を見開く。
「……そっか。その様子からすると知らないみたいだね。なあローガン。今回君が教官のポジションで近接格闘術の指導を行ったよね」
「たしかに、基礎的なことだけだが教えたよ。全体的に教えてから時折アドバイスを言ったりしてな」
「君から教えてもらおうと思った戦術人形の顔を全員覚えてるかい?」
―――全員の顔?AR15にRO、スコーピオンと……あれ?
「君が今日まで、射撃だとか色々含めて教えてくれたりしてくれた子たちさ。スナイパーの子たちは予定が合わなかったり他でやることがあったから今回教わることが出来なかったけど、今日はどこかで近接戦が混ざることになる戦術人形達が君から教えを乞いに来てたんだよ」
「俺から学べることはそこまでないだろ。CQCを知らなかっただけで、他のことはできるじゃねえか」
「そうじゃないんだよローガン。たしかに彼女達はCQCだとかの近接戦の術を、プロが本格的に使う『技』を知らなかった。それはそうさ。彼女達はあくまで銃を撃つのが本分だからね」
でもね、とハリーは続けた。
「鉄血達の戦術は一つじゃない、いくつもある。中には最近編み出したものだってあるんだ。彼女達は戦術も合わせて『力』だけで立ち向かわず『技』ももって対抗する君から学びたいと思ったんだ。そうすれば奴らからすれば、自分達が立てたセオリーの戦い方ができないわけだからこちらが優勢になれる」
「だけど、いつかは対策されるだろ。奴らだってバカじゃない。人間のように学習して有利に事を運べれるようにするはずだ」
「それはいつの時代も避けられないことだよ。効率的に待ち伏せできるように地雷が生まれた。それに対抗できるように地雷探知機が開発されたように新しい物には常に解決策がついてまわる。彼女達が君から教わろうとしているのはその地雷となる武器なんだよ」
「……そうか。CQCに対抗するには銃撃か、或いは―――」
「同じCQCでしかない。しかも近接戦になるってことは銃撃による迎撃よりもナイフを抜いたほうが早いからね。鉄血からすれば解決しにくいはずなのさ」
そこでようやくつながった。彼女達がなぜあそこまで自分から教わろうとしていたのか。近接格闘術―――CQC―――というのはたしかに鉄血達には対策しづらい。ハイエンドモデルはともかく、リーパーなどの一般兵は銃と腕が同期した状態である。ローガンは意識したことがなかったが、奴らからすれば防御しかできないため厄介なことこの上ないだろう。
「それと、彼女達への戦術の教えは間違いなく無駄じゃないよ」
「……なんでだよ」
「彼女達は昔の特殊部隊の突入の詳しい方法をあまりよく知らない。せいぜい扉を開けてフラッシュバンを投げ入れるぐらいだ。鉄血には必要のないことだけど、グリフィンが鎮圧するのは奴らだけでなくテロを企む人間の時だってあるんだ。そう考えれば、君が教えていることは決して無駄じゃない」
「そういうもんかね……」
「そういうものさ。もちろん簡単じゃないよ。でも対テロ戦法を戦術人形とそのダミーで行えたらどうかな」
ダミーとリンクした戦術人形が制圧する。それができるのであれば―――。
「……間違いなく、本体への被害が減らせるな」
「そうさ。ダミーは損傷しても本体が傷つくことがなくなる。そうすれば本体に回す修復の資源が浮くんだよ」
昼間にスコーピオンの言ってることが間違っていないどころか正解だらけなのにローガンは自分を殴りたい気分に駆られる。
「君は人間としての立場で鉄血やテロリストと戦ってきた。それだからこそ、戦術人形と自分の有効な戦略が結びつかなかったんだよ」
「……ROとスコーピオンに謝らないとだな。あいつらに悪いこと言っちまった」
「そうだね。それとローガン、この際だからはっきりと言わせてもらうよ」
ハリーはそれまでカウンターの方に向けていた体をローガンの方へと向けた。それまで浮かべていた柔らかい表情から引き締めた、真剣なそれになっている。
「ローガン・ブラック。ここ、グリフィンに残って僕達と一緒に戦ってください。本部からは君に対し特殊作戦の隊員としての権限を、僕からは必要なバックアップを惜しむことなく提供しますので、お願いします」
それはしばらく見てこなかった、真摯な頼みだった。
答えは、一つしかない。
「……わかった。こっちからもよろしく頼む」
さっきの件も合わせてこちらの負けだ、そう思ったローガンは手を差し出す。ハリーは嬉しそうにその手を取った。
――――――
「なんだよ!驚かすんじゃないってんだ!」
「俺が悪かったって。だからそう何回も叩くな痛い痛いいたたたたたたたたたたたぁ!?」
「ぶぅ~!ローガンが勝手なこと言うのが悪い!」
ハリーが席を立ってからしばらくして、業務時間が終了し食事などをとりにバーに戦術人形達が集まってくる。そこで待ち続けていたローガンにROから話を聞いたAR小隊の全員が彼に突貫。体罰と書いて暴力と読む、ほんの一時的ではあるとはいえ不変を齎した彼への罰が開始されていた。
「まったく、聞いたときはどうしたものかと……」
「よかったわね、AR15。気に入ってる彼が残ってくれて」
「私はローガンの考え方には干渉するつもりはないわ。彼が出ていくのなら別にかまわないわよ」
「そんなことを言ってるけど、昼間見かけた時はどこか落ち込んでいるような様子だったわよ」
「違うわ。それにM4、あなただってどこか安心してたじゃない」
「もちろんよ。指揮官とは対等といえる友人が出来た上に私達もそうじゃない。私達はまだなにもローガンさんにできてないもの。でもAR15、あなたは違うみたいだけど」
「違うわよ!私はただ、ローガンから話を聞いただけで―――!」
M4とAR15がなにかを話しているのはわかるが、それよりも脳に送られてくる痛覚による電気信号でそれどころじゃない。背中を叩かれ、太ももを抓られている状態である。
次第に二人が満足したためかやめたため、ローガンは一息をついて目の前にいるROに視線を向ける。
「ったく……RO、悪かったな。俺がへんなことに悩んでたせいでお前にまで……」
「いえ、落ち着いてみればローガンさん、あなたも考えがあっての事でした。事実としては私達に悪影響を与えているわけではなかったのに、教えられたことで私達は結果を出せていませんでしたから」
「あ~、まあタイミングとか色々あったからな……」
昼間のことをローガンはROに謝り、お互いにバツが悪そうに苦笑した。
「そういえば、スコーピオンが言ってたんだけど、メンタルモデルのバックアップを取れない例外ってのはお前らAR小隊なのか?」
「ん、どうしてそういきついたのか教えてもらえますか?」
「単純な話だよ。スコーピオンはROも含めた本人達と言ってた。ROはAR小隊の一員だから、そうじゃないかと思っただけだよ」
「それなら簡単に行き着くよね。まあローガンなら話していいんじゃない?」
そうですね、とM4が頷いた。
「ローガンさん、私達ROを除いたAR小隊は指揮能力や戦闘力が高く設定されてる分、たしかにメンタルモデルのバックアップが取れません」
「どういうことだ?」
「簡単に言えば、修復不可能になった場合は人間であるローガンさん、あなたと同じようにKIA……『死んだ』と認定されます」
「……バックアップがとられてない理由は?」
「機密保持です。私達全員四体はそれぞれ違った特殊性があります。その仕組みが他に奪われないようにするためなんです」
そういうことか、とローガンは納得した。たしかに時々共にした演習訓練でこのAR小隊は、他の戦術人形よりも高水準の能力を有している。単純な戦闘力ではなく、チームとしての連携が特にそうだ。なかなか人間のもによる部隊の連携攻撃にはローガンも舌を巻いたりしたものだった。
「私達は今のここの指揮官が前の方の時から一緒に戦わせてもらっています。だからこそわかりますが、大切な方の死に立ち会うことになるのはやはり辛いです」
「……ハリーより前の指揮官って、どういう人だったんだ?」
「無口ではありましたが、とても勇敢な方でした。私達AR小隊だけでなく、受け持っている部隊全員の生還を第一に考えてくださってくれてたのです。最後は……作戦指令所を襲撃されても一人で逃げずに鉄血と戦って……」
「そうか……辛かっただろ、お前達も」
昔のことを思い出したのか、それぞれ悲痛な表情を浮かべている。M4は悲痛で仕方ないと言うのに笑みをなんとか浮かべており、SOPIIは両目に涙を浮かべて泣きじゃくり始めてしまった。AR15はなにかを思い出しているかのように胸に拳を当てており、M16は泣いているチームメイトの頭を撫でながらも隻眼に決意の光を宿し、ROも涙を浮かべつつもローガンに「ありがとうございます……」と返した。
そうか、とローガンは気付いた。AR小隊がチームメイトを、仲間の死を誰よりも許さないのは彼女達の過去が影響していた。自分だってこの間までそうだった。ケイドや、歴代の相棒達が殉職していく度にこんなことを繰り返さないと誓ってきた。だが戦いと言うのは非情で、思いだけではかわらない。繰り返させないと思っていてもこの世を見渡す誰かは嘲笑って平気で自分達を踏み躙る。
AR小隊は人間と変わらない立ち位置でそれをずっと見てきたのだ。
「AR小隊、俺はお前らの為にもに戦うよ。今までの仲間を失ったことによる復讐じゃなく、お前らを守る為にも」
「はい、ありがとうございます……!」
胸に飛び込んできたSOPIIの頭を撫でながらローガンはAR小隊を見る。戦場であれば誰もが親しい人を失う辛さを味わうだろう。だが戦術人形の誰よりも鮮烈に残酷な現実見てきたのは彼女達である。一番に嘆いている彼女達を見捨てはしたくない。ローガンはAR15を見る。AR小隊の一員である彼女の為にも自分は死ぬわけにはいかない。
決意に満ちた彼を、グリフィンは迎え入れた。
――――――
後日、ローガンにグリフィン本部から正式な通達が届いた。
『ローガン・ブラック。グリフィン特殊部隊『シャドー隊』に配属する』
……あれ、私ってギャグ書くの苦手だったけ?と首を傾げらタイピングしてました。なんでだろ、ギャグ十割の物語に触れたのが最近なかったせいかね。
とりあえず今回は物語の整理回といった感じです。本当はもうちょっと数話に分けたかったのですが、グダグダと続いてしまう為大幅にカットし展開を早めました。何か物足りないとか感じてしまったらごめんなさい……。
読んでいただけたらお分かりですが、この『誰も助けてくれない-Can you here me?-』は時間軸としましてはゲームのドルフロからしばらくした後という設定です。ただし、原作の物語要素を大幅に撤廃したという感じです。連結した場合は矛盾とか色々と生じてしまうし、これからやろうと考えている方のネタバレ防止といった感じとかとか。
まあとりあえず、次回からはシリアスの本筋に戻ります。やっぱりそっちの方が書きやすいな……。
ではでは―――