誰も助けてくれない -Can you hear me?- 作:麒麟犬
唐突なことに惑いながらも敵対関係にあったロボット人権保護団体における過激派の連中を拘束した後に外に出てみれば地獄が広がっていた。アイカメラを通じて電脳に伝わってくる景色がこれほどまでに何かの間違いであって欲しいと思ったことはない。そして凄惨たるものは何たるか、それをまさに見せつけられているような状況だった。
「一体、どうしてこんなことを……!?」
そう声を漏らすM4に言葉が出せないのは私だけじゃないと思いたい。戦場にロードアウトされてからのこれまでは戦力差に気圧されてしまったことはあっても皆を奮い立たせる為に失ったことはなかった。
しかしそんな過去の事を思い返すことを自分から禁じているかのように、凄然たる現実から目を逸らすことはできなかった。ついさっきの爆破で全ての建物が崩落し、爆炎によってそこにある物全てが燃えている。もちろんそれは、『協力者』と思わしき人物が仕掛けた爆薬から運よく生きていた人達でさえも飲み込んでいた。
「特危に抵触するぐらいの奴らと組むことによるメリットと奴の最終目的が何なのかをずっと考えていたが……最悪な所業をマジでやりやがった……!」
「わたしにはわからないよM16!あいつは結局は何をどういうことをしたくてわたしたちをここにおびき出したのいうの!?」
「あんたも混乱するのはわかるけど落ち着きなさいよ!騒ぎ立ててもなんの解決にならないのはわかっているでしょ!!」
そんなことを言ってる私の方は視覚と聴覚を機能させているモジュールだけでなく、思考を司る電脳を物理的に、コアも自己破壊で機能不全にさせたくなる衝動が湧いてきていた。時間を巻き戻せるなら、とかそんな非現実的なことばかりが頭に浮かんでは即座に自分の中で叱咤しては否定して。そんなループを繰り返しては自分一人だけの暗色のみの思考の渦に沈んでいる。
「え、M4、一体なにを……!?」
「まだ……まだ助けられる人がいる筈……!!」
M4はその場で立ち尽くしては愕然としていたり、仲間に掴みかかっていたり、ましてや負のスパイラルの中には留まらずに、まだ助けられる者を探そうと歩き始めた。彼女もまだ現実への理解が終わっておらず、明確になにをすべきかというのはわかっていない。それでも、何かをしないといけないということで行動に移したのだろう。
だがそんなことをしても無駄だ。バラバラになった死体に瓦礫をどかしては現れる人体の一部を見つけてはそこに放るしかない。私達の隊長であるM4はあくまで戦術人形。『指揮官』という人間の代わりとしての現場指揮官であっても災害救助隊に属しているわけじゃない。
この場にいる私達全員は救命措置の心得はあっても致命傷を負ったことで命を落とした、死者を蘇生できない。魔法は使うことのできるファンタジーワールドの住人じゃないのだから、死人を助けたいと思ってもエゴでしかない。
彼女も演算による思考でどこかでわかっている筈だが、昔から抱えている強い責任感故に行動せずにはいられないのだろう。それも、私達が意図したことでなかったとはいえ、こうも犠牲者を生み出してしまった身として居ても立っても居られないのも無理もない。
『協力者』であっただろう男の策にまんまと乗せられ、こんな事態を招いてしまった。
その事実だけはもう、どう足掻いても変えられない。
『……ちら、北……部所…AR…………――――――!!』
ノイズが混じりながらも聞こえてくる声にM4を除いた私も含めた全員が反応してはROが操作しているドローンを空を仰いでは探す。夜空と同色のそれを視界を補正する機器なしのアイカメラで探すのは難儀ではあるが文句を言っても仕方ない。
私もROからの呼び掛けに応えては探そうとは思ったが、隊長の後姿を見てその選択肢が電脳から消え去った。家屋から出ては火にくるまれて叫んでのたうち回っていた一人が、M4による消火しての介抱も虚しく息絶えてしまったらしい。黒焦げになったその者の胸に手を置いては項垂れた友達は、こちらに顔を見せずに立ち上がって次の生存者を探し始めた。
とても見ていられなかった。責任問題で明日には解体されるかもしれない、明日が我が身だというのに。責任感が強い彼女の事だから、内の方では不甲斐ないとして自分を責め立てていたりして色々と逡巡することがあって頭を抱え込むほど苦悩している筈だ。
それでも捜索に当たっているのは、苦痛からの逃避によるものか、それとも単なる責任感か。そのどちらなのだとしても、判断に迷って地団駄を踏んでいた頃とは違っているのは確か。ただそれを成長と言っていいのかどうかはわからない。
だが一つだけ確かなこととして言えるのは、思考に逃げているばかりじゃ隊長とは対等な仲間として隣に立てなくなるということだけ。ROを通じてペルシカや指揮官と連絡をとる役目をSOPIIとM16に任せるとして、私が今ここでAR小隊の隊員として、M4にとっての最初の友としてやることはただ一つ。
意を決した私は二枚の壁が寄りかかり合ってかろうじて崩壊にまで至っていない箇所の前で試行錯誤している彼女に近付いて言った。
「……一人じゃできないこともあるでしょ。あんたは隊長なんだから私達にも命じなさいよ」
「でも……AR15はこういうことはいつも……」
「勘違いしないで、結果を残せないことがわかっているのなら私は動かないわよ。でもそれを人命救助にまで持ち込むほど馬鹿じゃないわ。それに万が一にでも可能性があるのなら幾らでも手を貸すから」
これまでの行動とは矛盾しない言い訳を思いついたままに言ったが、違う。理屈こそ色々と自分の中で捏ねてはいたが、単純に今の友達が見ていられなかっただけだ。
「ごめん……それから、ありがとう……!」
「……礼はいいわよ。さっさと一人でも見つけて助けて、後で情報をもらいましょ。私達がもしミスしていたのだとしても、潔白ではあることを証明する第一歩としての布石なのだから」
うっすらと涙を浮かべるM4にはそう返したが、胸中で生まれた自身への負の感情を抑え込んでいる状態で、少しばかり気持ちが楽になっただけだ。この救助活動は成功するという保証はなく、私達にとって利の有る結果を得られるとは限らない。
それに、これは一種の現実逃避だ。目の前のことで必死になれて一時的に苦悩から逃げれることでしかない。
だというのに、それらをすべて無視して友情を優先するとは、と我ながら何してんだと思う。もっと別にやることがあるだろうに。
「ほら、そっちの方にまだ手遅れじゃない人がいないのならこの壁を倒れないように補強してから内側を探るわよ。なんかその辺で使えるのはない?」
「周囲が火の海になってきているから何も……」
それはそうだ。周囲にあるのは瓦礫とかいった用途などないものしかなく、使えそうなものがあったのだとしても大方が火炎に飲まれて使いようがない状態になっているだろう。
早急に見渡しても役に立つものが無いと判断した私は最終手段としてバックパックに入っていた予備のラぺリングロープを手に取ってM4に投げ渡した。
「これで壁が倒れないように補強して踏ん張っていて。敵との銃撃によるリスクよりも高い役目をあんたにやらせるわけにはいかないわ」
「……わかった。でも私の方から見ても危なくなったりしたらすぐに声を掛けるからその時はすぐに退いて。そうでもしてくれなかったら無理やりにでもあなたのAIにアクセスして呼び戻すから」
「心配しなくても自暴自棄になったりして身を投げ出すようなことはしないわよ」
本心からの言葉を言ってからM4の補強が済むまでに様子を窺おうと中を覗き込もうとした途端、こちらが触れるよりも先に何かの拍子でバランスが崩れて二枚の壁が内側に倒れた。ガララララッという崩れる音の後に地響きが足から伝わり、土埃が私達に舞ってくる。
内に誰かいたかどうかはわからない。が、まだ助けられた命があったのだとしたらもう手遅れだ。
遂に我慢できなくなったのか、M4は悲痛な声を漏らしてM4が倒れた壁に駆け寄ろうとした。彼女が感情のままに行動しようとするのを制するべく、己も律することを兼ねて片腕を掴んだ。
「離してAR15、きっと中に誰かいるんだから!」
「もうダメ、諦めて!いたんだとしてももう手遅れ!次の要救助者を探す方が……!!」
効率的、という言葉を発する前になんとか飲み込んだ。人の命を無視した無情であるそんなことを言えばM4の精神を逆撫でしてさらに追いつめることになってしまう。
加えて私が手を貸して横倒しになった壁を起こしたとしたら、見た目が最悪であるサンドイッチの具を見ることになってしまいかねない。下手すればM4のメンタルモデルが崩壊し、精神構造を司る機能不全を起こすことだって十分あり得る。ただでさえ脆くなっている今では目の毒だ。
「気持ちはわかるけど冷静になってM4!今回ばかりは私がっ……あんたには非がなかった、どうしようもなかったってことは知ってる!こんなことをするだなんて事前に気付くことなんてできるはずないんだから!!」
今まで抑え込んでいた感情が爆発したのか、私の呼びかけには耳を貸していないかのように辿り着こうと藻掻く。欲しいものに手を伸ばす駄々っ子のように、両手を伸ばして求めている物を手にしようとしている。ただ私が制そうとしているのはそのかわいらしいような、微笑ましく思うような状況によるものではない。
加えて戦術人形同士とはいっても出力に多少は差異はある。それもI.O.Pの中でも特別製であるM4の力は私よりも強い。したがって、私一人が力づくで止めようとしても結局は無駄であり時間稼ぎにしかならない。それにメンタルモデルによる影響による力が加わっているからか、体術の訓練で感じるそれよりも強く感じる。
あともう少しすれば振りほどかれる未来が目に見えたその時にM4の肩に別の誰かの手が置かれた。
「指揮官からの指令だM4。『ただちにそこから撤収して帰還。別名あるまで待機』だそうだ」
「なん、で……なんでですか!?」
やりきれない表情のM16にM4が掴みかかるが、シャツの襟を掴まれても引き剥がそうしない。ライフルを持っていない片手を力んで震えている相手のそれに置いて、抑揚のない声で言った。
「曰く、自分達グリフィンが被ることになる被害がどれほどになるのかが分からない以上、下手に現場に触れて証拠を残すことがないようにしろってよ」
「まだどこかに私達が助けれる人がいる筈です!生存者の有無を確認せずに退却しろだなんて納得できるわけないじゃないですか!!」
一般人からすれば戦術人形とは自分達の代わりに戦う道具という認識を持っているのは普通だ。銃とナイフを持って白兵戦に望ませ、自分達に敵対する存在を殲滅させる。戦争においての兵士の役目を任された操り人形、それが私達だ。
だがそんな道具の元を辿っていけば自律人形という起源に立ち上っていくわけであり、私達は形はどうあれど『人助け』の主目的から生まれたという事実が浮かび上がる。接客や介護といったような生活を支えるのがわかりやすいもので、看護師だとか消防士みたいに直接的に救命に当たることも例になっている。
だからM4が言いたいことは理解できて、私としても解せない。グリフィンが関与していることはもう曲げられない事実なのだから、ここに残ろうともそう変わりはない。もう既に政府に衛星によって監視されているのだとしても、人命を助けるなり弔うことは決して悪いことにはならない筈だ。
「……そんな顔をされなくても言いたいことはわかるよ二人とも。だが最後に奴が言い残した言葉の通りなら、もう既に私達が関わったという事実を嘘に織り交ぜた詐欺の情報が出回っているのだろう。非難されるのは私やお前達だけじゃない。グリフィンそのものが謗りを受けることになり、事実確認としてお偉い方に踏み込まれることになる。指揮官はこれを好機としてこき下ろそうとする連中から組織を守る為に退け、って言ってるんだよ」
「そこにいるかもしれない人一人を救うのではなく組織を優先するという事なのですか!?それでは何の為にグリフィンという組織があって鉄血と戦っているというのですか!!彼らを助けて守る為にやっているというのに、それでは自分で否定しているようなものですよ!!」
「上層部からすれば私達の事なんて知ったことじゃないだろうさ。あくまでグリフィンは傭兵の集まりのPMC、本来なら民間軍事として戦闘員を派遣するのが本分だ。政府から委託されたその役割を全うしようとしているのは北米支部とは別の指揮官やその人形達、それとここにいる全員さ。活動する足掛かりとか建前とでしか捉えていないだろうよ」
戦争難民を本当に助けるのだとしたら本当にそういった民間企業に任せるのが筋ではあるが、生憎ながらそういったことをやってのけれるのは他に見つかっていない。結果を出せていなければ、出し続けていなければ意味がないのだ。ロクに戦うことが出来ない自転車操業のようになっている組織には任せられないとするのは自然だし正しい。火の車どころか自転車操業になっている他所のPMCにもだってそうだ。
だからこそ尚更腹が立つというものだ。他では得られていないそうした役目を足蹴にしているというものは。ここで何もせずに離れるという事こそ、軽んじているとして付け入られる隙を与えるという事だろうに。
食い下がろうとするM4とは別に私は指揮官に直接抗議しようとしたが、その前に別の声が耳に届いた。
「やめようよ二人とも……まんまとやられてM16だって悔しいんだからさ。わたしも本当ならこんなことをした奴にマガジン全部の銃弾を撃ち込むとかしてやりたいよ……」
SOPIIが俯きながら消え入りそうな声でそう言った。普段から常に無邪気でポジティブである彼女にしてはあまり見られない様子なので眉を顰めていると、ROの声が無線を通じて聞こえてきた。
『今回の事件の責任をどう取るのかという話になる前に、ペルシカさんから直接申告があったそうよ。信じたくはないんだけど、本人の端末から電子メールで送信されたって……』
それを聞いた瞬間、SOPIIの様子も相まっての確証も何もない想像にとてつもなく嫌な予感がした。人で言うならば血の気が失せる、という体験ならこれまでにも何度か経験したが、思考が完全にそのことだけに持って行かれる程のことはなかった。
「まさか……!」
『そのまさかよ。経緯はどうあれ、当初はペルシカさんが今回の事案を持ち込んで指令を下したことはもう変えようのない事実。だから彼女は責任をもってグリフィンとの正式な情報連絡員としての役目だけじゃなく、16Labそのものの研究員をやめるそうよ』
私が抱いていた世界の色彩が暗く反転したというのに、夜空に浮く月は変わらずにただ紅いままだった。
―――<Ash>―――
それが、今から約十八年前の出来事だ。アッシュからだと彼女らが詳細に何を感じて思ったのかまでは正確に測れはしない。同じ戦術人形という立場による感性で思うことはあれど、結局のところ自分はそのことを断片的に知っただけの他人であって『当事者』ではない。何もせずに見届けて干渉しないのであれば、ただ見るだけの『傍観者』とそう変わりがない。
ただし、アッシュはこの先に見据えているのでこれも知っておくことに越したことはない。
手元の端末に映し出されているこれはグリフィンのデータベースにていくつものプロテクトを掛けられて保存されていたデータによる報告書だ。ハッキングして手に入れ、解析した後に暗記するぐらいに何度も読み込んできたがやはり気持ちのいいものではない。出来事を正確に報告することは常に求められていることではあるが、そこに筆者個人の考えなどを織り交ぜられてはもうそれは報告書ではない。ただの論文、大学生が教授に提出するレポートと相違ない。上司に見せるのならつらつらとそんなことを織り交ぜるべきではない筈だ。
しかし、事実を追うのであればこれを捨て置くことができるものではない。現実逃避と捉われてしまわない様にまた目を通すこととしよう。
文字数としても相当であるこの報告書を簡潔に纏めれば、表向きとしてはグリフィンによる工作として破壊されたということになっている。それに伴ってこの事件、『D44N事件』によってグリフィンに対しての責任追及は一応あったものの結局は時の流れもあって一応鎮静化されたらしい。当時はグリフィンによる正式発表でワイドショーが取り上げ、事件に関係のある情報などが挙げられては周知されたようである。目立った交戦による跡が見つからないことから、危険指定された者達が事故を起こしただの、鉄血による破壊工作を受けただの、グリフィンによる排除がされただとか、身勝手なコメンテーターたちによる考察があったみたいだ。
その延長線上で衛星による監視データはなかったの云々など、アメリカ政府そのものにも疑惑の目が向けられたのだが無理はない。特別危険指定に記録されたのは土地ではなく、そこで根を張っていた人間達だ。過激派集団による暴走行為でいつ自分達に飛び火しそうになるのか、と考えて緊張していた市民たちが政府も疑うのは自然な流れだ。なにせ特危に指定してそのあまり間もないタイミングでこんなことがあった、それも衛星によるデータがないのでは、一般人からだと陰謀論を多少なりとも抱かざるを得ない。しかし世論なんてのはそんなものだ。何事もなければ杞憂として心配の色が薄れていつしか忘れてしまう。現に過去を他の媒体で遡ってみてもロボット人権保護団体の過激派によって表沙汰になる事件はなかったらしく、その関連の事で世間が騒がしくなったことはないようだった。
一方で、AR小隊の彼女達だ。自決した犯人による偽情報の流布もあってしばらくは一般市民や政府における一部の官僚からの追及があり、耳どころか心が幻肢痛を覚えるぐらいの思いを彼女達はしたことだろう。ただ、これまでにおけるAR小隊による活躍で保護区などにおける事件解決などの功績や鉄血兵から救われた人たちによる市民の声もあって、全員が『AR小隊の暴走』ということには疑問を持たなかったわけではない。
筆者によればAR小隊を解体、という意見も出たとのことだが、各人形にはメンタルモデルにおける傷心レベルを除いては異常が全く見られなかったことと、部隊の成り立ちによる特異性や重要性からグリフィン上層部の総意によって却下された。表向きとしては不祥事を起こしたのはグリフィンの方なのでそんなことをできるとは考えにくいものの、巨大にも膨れ上がった組織には公開できないような裏のパイプが存在するというものだ。そうした繋がりのある人物による口利きか工作によって誰にも異を唱えても無効にしたのかもしれないが、それも憶測でしかない。グリフィンが裏取引をしたという証拠も何もない以上はそのようなことをしていても無駄の一言に尽きる。
腰掛けている椅子の背もたれに体重を預けては溜息を吐き、液晶画面から視線を持ち上げる。目線の先には一丁の銃が机の上で明かりを反射し金属特有の輝きを放っている。片手で持ち上げれるそれのグリップを持ってもう片手で銃身を撫でれば冷感を伴っての硬質な感覚が伝わって来た。
「……あなたたちも何かの為に生まれた存在なのに、どうしてこんなにも違うのだろう」
その独り言に含まれている意味はアッシュにしかわからないものがあった。きっと彼女らもそういった渦中から助け出されるべき存在なのだろうが、今の自分ではあそこから一人しか助け出せれない。
特殊能力でも機密情報を持っているでもない、経験に基づいた力量を除けば一兵士とそう変わりのない彼だけが自分が信頼できる唯一の人間である。その彼の境遇とその因果を知っているから、というのもあるが、抱いている意思を嘘偽りのなく直に聞くことが出来たのも大きい。富や地位の為でもない、自分をここまで生き永らえさせてくれた人達の行いをなかったことにしないようにすることは自分にも通じるものがあったのだから。
共通項が多いからといって彼を理解していると驕るつもりはないがこうは思う。真実を知って再起できない程の心の傷を負って欲しくはない、と。
「さて……どうなるかな」
アッシュが以前入手した情報によれば、『暗殺者』が今日ぐらいに現地入りすることになっている。その者をどうするかは彼ら次第だがどう転んでも自分にとってはそう不都合があることはない。
遅かれ早かれ、彼もいずれは知ることになるのだから。
―――☆―――
聞かされた予定時刻に近付いてはいるものの、さっきから内に沸き上がる気持ちが先行してモヤモヤした気持ちが膨れ上がるばかりだ。コンテナに寄りかかっては手に持っている通信端末の時刻を確認してみると前回から一分も経過していない。
どれだけ心待ちにしているのかと自分に呆れていると、冷たい風が吹いてきて私の髪が靡いた。反射的に閉じていた目を開くと前を横切った鮮やかな色合いの紅葉が地を滑っていたので、何の気もなしにそれを目で追う。風に乗せられているとはいえ手に取ろうと思えばすぐに追いつけるそれだったが、次第に勢いを増して地から空へと飛んでいった。風や水があれば別の場所へと運ばれる紅葉が見えなくなるまで見送っていた私はあいつの髪の色は本来ならどのような色だったのだろうかと思う。
姿を見かける時はいつも目にしている白髪を間近で見ればわかるのだが、彼の髪は昔の色を窺わせるように赤みが残っている。人間の頭髪は老人になるほどに歳を重ねるよりも先にほんの少しばかり変色するという。だがあれほどはっきりと見えるようになるのはアルビノぐらいなものだ。遺伝等による個人差があるとはいってもそれでもあそこまで顕著に変わっているのはそうそうないだろうし、生まれた時からあのようであったという風に思ってしまうのだが本当にそうなのだろうか。
と、そこで私はあいつのことを考えてしまっていることに気付き、その思考を左右に振り払った。あいつ自身は頭髪のことに対しては抜け毛を気にしているぐらいで色についてはそこまで気に留めているようには見えない。もう既にそういうものとして奴自身もう受け止めているのだろうから自分がそこまで考える必要性はないだろう。メディカルチェックによる健康状況が悪いという風にも聞かないし、自分の方からとやかく言う事はない。
空を見上げると頭に過るのはあの紅い月の夜の事だ。今は昼間なので月の代わりに太陽が輝いて
これまでにないほどの悲しみのどん底に堕とされたあれから十八年の事件をロシアで初めて得た指揮官を喪ったあのことと一緒に忘れたことは一度もない。今日までずっと一日に一度は思い返しては胸の痛みを記憶に埋もれさせないようにして来た。そうする時は作戦の合間であったり、基地内での事務作業の休憩時間だったりして、他に支障が来さないようにしているしこれからもそうするつもりだ。ただ最近、それが徐々に緩和されてきているように思える。時の流れもあるが、普段の生活が良い意味で忙しくなっていて充実した毎日を送っているのが大きい。
忘れるにしてもいいことと悪いことがあるとはいうが、D44N事件に関してはどうなのか。私からだと後者としか言いようがなく、AR小隊全員もきっと同意見であるだろう。痛ましい記憶を抱えたまま生きていくことになるのは私達人形だけではなく、あいつやハリー指揮官のような善人の人間もなのだから。むしろ意図的に記憶を消すことのできない彼らの方こそ苦痛に喘ぎ続ける立場にあり続ける。憐れまれるのは私達ではない、まだ
「あ……」
ゲートの向こうから遠くから聞き慣れたエンジン音が聞こえてきたので空中に彷徨わせていた視線を音源の方へと移し、通信端末をしまって背を離して自分の足でそこに立つ。グリフィンの紋が描かれているカーキ色の車体が見えてくるまでの時間はそこまでかかっていないように感じるのは気のせいか、それとも現実のことか。もしかしたらあちらも気が急いていたのであれば、と考えると喜びに胸の内が跳ねそうになったが、顔に出すまいと私は表情を緩ませまいと強張らせた。
やや砂が被っているその車両が車庫の近くに居る私の前に横向きで停まる。それで駐車したわけではないことを示したようにエンジンをかけたままの状態で運転席から一人の男が降りてきた。身を乗り出した助手席にいる相方に一言を残して降り、扉を閉めると私の方を見る。数日前にここから出発した時には巻いていなかった袖から覗く包帯や頬に張られているガーゼからして楽な任務でないことは見てすぐに分かった。
ただ、今はそんなことはどうでもいい。この場で私から言うべきことはたった一言だけ。
「おかえり」
それを聞いた男―――ローガン―――は笑みを浮かべながら見合った言葉を返してくれた。
「ただいま」
似合っていないサングラスを外した彼に、私も微笑んだ。
二ヵ月ぐらい間をおいての投稿になってしまいましたよまったく。他にやりたいことを優先させて創作を忘れてしまってましただけで大事はなかったですよ、ええ本当に。単に一年ぶりのFPSに興じていただけで、ええ。
ただD44N事件編に関しては前々から言っているように製作面で書きにくいからという理由がありました。加えて内容としてもこれまでよりもヘビーで結末としても過去の話でもう既に決まっているものでしたから、下手なところで『ん?』と感じるようなことにならないように……振り返ってみると結構辛かったッス。
それにしても近未来の道具を想像してみるのって楽しいものです。わかりやすいように現実にある物を基盤として別の何かを組み合わせて、という風にしながら持ち出したりすることが可能なのか。そうした現実味を持たせながら、自分の中にある想像をかみ合わせて書き出してデザインする、ということをしています。例としましては度々登場しているラぺリングアンカーだとか地下内での作戦でローガンが身に着けたマルチビジョンサングラス、前回でAR15とSOPIIが使用したジップラインランチャーもそうした生み出しましたし、この先は銃器とかでそうしたのを出してみたいなと思います。
というわけで今回はこの辺で。ちょっと駆け足気味にはなりましたが、今後ともお付き合いしてくだされば幸いです。