Fate/reselect 作:Fate/reselect出張所
私――佐藤真波は、これまで挫折のない人生を送ってきた。
これまで大した努力もしなくとも、勉強やスポーツではそれなりの成績をおさめられたし、両親は出張で離れてしまっているが、それなりに裕福な家庭なんだと思っている。定期的に家に来てくれるハウスキーパーとも、それなりに仲良しだ。
でも、そんなことは挫折とはあまり関係がない。そう、私は思っている。
真剣にならなければ、出た結果に激しい感情は抱けない。私がこの十七年の人生で一度も挫折を感じなかったのは、真剣になれるもの、夢がなかったからだ。
打ち込めるものがなかった。夢中になれるものが見つけられなかった。それなりの感情の起伏だけで、それなりに恵まれた人生を過ごしている。
傍から見たらどう思うかは、私にとっては関係ない。私は、私が送るこの人生に、見つける手立てのない何かを求めている。そして、それを得られていないからこそ、どこか焦っている。
だからだろう。知らぬ間に左手の甲に浮かんだ奇怪な痣を、自分だけの秘密にしようとしたのは。
痣は、明らかに自然にできたものではない。それは、何かを意味する模様としか見えなかった。私は一見入れ墨のようにも見えるそれに、密かに、子供のような夢想を思い描いた。この刻印の謎めいた意味に、思いを馳せていたのだ。
だがしかし、その痣は私が思った以上に危険なものだった。
下校の途中、道端で急に胸が苦しくなったと思ってからすぐ、私の意識は静かに遠ざかり、暗闇へと途切れた。
それから次に見たものは、夜空を背に立つ外国人の姿。そして次に感じたものは、私を縛る手足の縄のきつさだった。
これから死んでもらうが、君は何も悪くない。その男は山間の駐車場の上に儀式めいた装飾を施しながら、慣れてないであろう日本語で私に告げた。
ただ、その令呪を君なんかが宿したのが問題なんだよ。と。
その時は、その男を言葉のほとんどを理解できなかった。しかし、私はここで死ぬんだな、ということは理解できた。
堪らなく悔しかった。悔しさというのが、どういうものか分かった。
根拠もなく恵まれた存在だと、漫画で見た主人公のようにいつかは何を成し遂げられると高を括っていた自分が、その実、何一つ理解のできないままに殺されるということに、強い無力感を感じた。
だが、このままじゃあ次なんてない。そう思った時、私の胸を誰かが叩いた。
それは、どん、どんと内側から私を叩く、胸の鼓動だった。ガチガチと歯を鳴らし、冷たくなっていく体。その冷たさを心臓から送り出される血潮が溶かしていくのを感じる。
それは、私に『動け』と言っていた。
私はゆっくりと、男の前で立ち上がった。真正面から男を睨み、抵抗の意思を示す。男は驚いた様子で、私を黙って見つめた。
うん、これで良い。私は心の中で頷いた。急速に死に近づいた様な気もするが、このまま無抵抗に転がされていても最後には死ぬのだ。それなら、この心臓や血が求めるままに動いた方が、生きているって気がする。
「………」
やがて男が何かを呟くと私の膝は折れ、冷たいアスファルトに膝を強く打ちつけてしまった。そして、それから痺れたように動けなくなってしまう。
まるで魔法だ。そう思うと、更に悔しさが心の奥底から溢れてきた。こんなことができるんだと知ったのが、よりによって死ぬ間際なんて……。
冗談じゃあない。
と、頭の中で叫んだ時だ。
私にも魔法が起こせた。
私は、その光景を決して忘れることはないだろう。
私を殺そうとした男と、私の前に吹き荒れた暴風と、眩い光の渦。
そしてそこから現れた、彼の笑みを。
「……どうやら、俺を呼んだのはあんたみたいだな」
彼はそう言うと、足元にいつの間にか描かれていた魔法陣から歩み出て、私を見下ろした。
「一応聞いておこうか? あんたが俺の、マスターか……ってな?」
そう言って笑う彼に、外国人の男は素っ頓狂な声を上げた。それから英語と思わしき言葉で、彼に何か捲し立てている。
彼は男を一瞥し、それから地面に描かれた魔法陣を見ると、苦笑した。
「……悪いが、あんたの持ってる触媒は関係ねえよ。俺を呼ぶ縁になったのも、マスターも、この子みたいだぜ」
その言葉に、男はたじろぐ。それからゆっくりとこっちを見て。
そして私へ伸ばした右腕を、宙へ飛ばしてしまった。
顔をしかめ、押し殺した絶叫を上げる男。彼はいつの間にか短剣を手にしていて、刃に付いた血を払い落とした。
「魔術師風情が、サーヴァント相手に速さで勝負するか」
彼は斬り落とした腕を拾い上げ、駐車場脇の山坂へ放り捨てる。男は呻きながら、床に置いていた巾着を拾う。
「諦めが悪いな……っと」
ライダーは溜息をつき、私を背にするように立ち塞がる。翻った彼のマント、その背には雄獅子の刺繍が施されていた。
「すぐに済む。十秒で良いから、目を閉じてな」
少し振り返って、こちらへと笑いかける彼。私は不思議とその言葉を信じ、目を閉じた。
あれから、もう三日経つ。
私は彼――ライダーに、事の経緯を聞いた。
手に宿った令呪。サーヴァントとの契約。そして、聖杯戦争。
何なら令呪で自害させ、降りても構わない。そう告げたライダーに、私は首を横に振ったのだった。
私達は、勝ち残る為の戦略を練った。そして……。
下校後、部屋で手に宿る令呪を眺め、これまでのことを回想していると、ライダーがそばで実体化して言った。
「お嬢ちゃん、そろそろだぜ」
「……うん、分かっている」
私は頷き、時刻を確認しながら文机から立ち上がる。
「じゃあ、ランサー達と同盟を結びに行こう」
聖杯戦争における、同盟関係。
それ自体は有り得ないものではないと、読水は聞いている。それどころか、割と一般的なものだと。
触媒の用意や魔力供給のシステム、根回しや緊急時のバックアップ要員……魔術師とサーヴァントの一組で、聖杯戦争は生き残れない。そもそも読水もこの日坂市を出てからの十年、運び屋として幾つかの聖杯戦争に間接的ながら関わっている。
そして今、読水自身もアダムという魔術師を雇い、住処や銃器の提供、情報の収集をさせている。この聖杯戦争の主催者である鏡宮だって、その財力や影響力をフルに使って大量のバックアップ要員と使い魔を手足のように使っているはずだ。弱者だから群れるのではない、強者だからこそ群れを作れるのだ。
しかし、そうは言っても昨夜の申し出は、サーヴァントを持つマスター同士での同盟という話だ。
聖杯を得られるのは、生き残った一組のみ。同盟を結んでも、関係は最後には必ず破綻する。そんな同盟に背中を預けられるほど、読水の肝は大きくない。
ましてや、アレだ。
夕方。ライダーに待ち合わせ場所に指定された喫茶店を、読水は反対側のビルの上階にあったハンバーガーのチェーン店から覗き見ていた。
外のテラスに座り、コーヒーを啜るジャンパー姿のライダー。その隣に座る女がマスターであるなら……問題だろう。
見るからに、学校帰りの女子高生だ。
「……ランサー、どう思う?」
「どう……と、申されましても」
失礼。と、ポテトを摘みながら、ランサーは唸った。
「マスターの心配は分かりますが……どうやらあの娘、天賦の才があるように思えます」
「なに?」
予想外の答えに、読水はランサーの顔を見やる。ランサーはジッと彼女を見下ろしながら、言葉を選ぶように切れ切れに続けた。
「まず身長が高い、力も……然程鍛えていないようですが、骨格からしてそこらの女性とは違うように思えます」
読水は改めて彼女を見る。魔術師の研究は代を重ねることを前提としていく、その為一族によっては一般人以上の体格や精神構造を持つものを少なくはない。しかし、この距離、角度では身長さえ確かではないのだが。
「もし彼女が武の道を歩んだのなら、剣であれ槍であれ、間違いなく名の知れた使い手になる……そんな天性を感じます」
「……何か、嬉しそうだな」
すみません。と、ランサーは照れ臭そうに笑った。
「武人として、あそこまでの恵体が自分には備わらなかったので……同じ女の身としては、先が楽しみで……」
なるほど。読水は溜息をついた。自分から見たら、ただの高校生にしか見えない。しかし、仮にも英霊であるランサーにそこまで言わせる存在となれば、余程のものなのだろう。何の情報もない彼女が魔術師として無名であっても、聖杯戦争に参加するだけ素質があるようのだ。
「……よし、なら会って話を聞いてみるか」
承知しました。ランサーはそう言いつつも、容器に一本だけポテトが残っていることに気づき、慌てて口に入れた。
彼女、佐藤真波と顔を合わせた時、読水もまた佐藤真波という人間に興味が湧いた。
170を優に超える長身、フワフワと重力に逆らう癖毛、好奇心が強そうでどこか油断ならない瞳、そして妙な落ち着いた雰囲気を彼女は纏っていた。確かに感じる普通でなさ、読水はランサーの褒めっぷりを納得した。
聞けば、彼女は魔術師ですらないらしい。数日前に令呪を宿らせ、触媒も儀式もなしにライダーを召喚したというのだ。
「……ありえるのか? そんなこと」
「実際召喚してしまったから、同盟を求めてるんです」
佐藤はそう告げ、こう続けた。
「私は読水さんのような魔術師ではありませんので、魔力供給も上手くできませんし、長期戦になるほど不利になってきます」
それでも凄い話なんだぜ。と、ライダーはその言葉に補足を入れた。
「偶々……僅かながらも魔術回路を持っていたとは言え、ほんの一日の練習で魔力供給はできちまっているし、実体化も戦闘も可能だ」
そう言ってライダーは、自分がその証明だと言うように両手を広げてみせた。その様子を見て、読水は溜息をついた。
「……まあ、昨夜の大立ち回りを見ればそれは分かる。でも、長くは保たないって話だろ?」
はい。と、佐藤は神妙な面持ちで頷いた。
「だから、経験豊富な読水さん達がディフェンス、私達がオフェンスという形で同盟を組めれば、お互いに利益あるんじゃないかって」
「……なるほど?」
「単純にサーヴァントが二騎になりますし、読水さん達が敵を引き付け、私達が奇襲でトドメを刺すのが現状の理想だと思うんです……最後のニ騎になった時は、恨みっこなし、ということで」
なるほど。読水はもう一度、合点がいったと頷いた。
しかし、内心は震えが走っていた。流石に、無感情ではいられない。
だが、焦るな。読水は必死に自身を律していた。この二人には、あまりにも謎が多い。十年間続けてきたいつものやり方で感情を殺し、情報を可能な限り盗め。
「……ライダーはどの程度、戦い続けることができる?」
「……えーっと」
佐藤は困ったようにライダーを見ると、ライダーは肩をすくめ、代わりに説明を始めた。
「宝具は……ま、ほぼ使えないと思ってくれ。あと、バチバチ打ち合い続けるのも厳しいな」
「昨夜、セイバーやバーサーカーに行った奇襲が限界ってことか」
ライダーは含み笑いを隠すように、顔を伏せた。その振る舞いが肯定か否定かを問う前に、ライダーはこう告げた。
「イオラオスだ」
「何だって?」
「俺の真名だよ。イオラオス……ヘラクレスの従者って言った方が、聞こえは良いか?」
無論、読水は知っている。しかし、向こうから真名を伝えられるとは思わなかったし、何よりその名が問題だ。
イオラオス。彼の言うように、かのギリシャ神話の大英雄、ヘラクレスの甥であり従者だった男だ。
イオラオスはヘラクレスの罪滅ぼしの旅に同行し、ヒュドラ退治の際には切り落とした首が再生するヒュドラに対し、傷口を松明で焼くことで再生を防いだという。
さらにヘラクレスの死後、エウリュステウス王による迫害を受ける彼の子供達を導き、アテナイでの戦いでは奮戦、敗走するエウリュステウス王を戦車で死へと追い詰めた。
また彼はヘラクレスと同様にアルゴー船での旅に参加した英雄の一人として数えられたり、数々の戦車競技で優勝したりと多くの功績が記されている。
そんな伝説の戦士が今、自分の目の前にいる。
「………」
「ほら、嬢ちゃん。これが本来するべき反応だって」
絶句する読水にライダーは機嫌を良くし、佐藤の方へと視線を向けた。佐藤は溜息をつき。
「はいはい、無知で悪うございました……それは私がタイミングを見計らって言うって、話だったじゃん」
と、不機嫌そうにライダーをなじった。そんな彼女に、ライダーはクククと笑う。
「ギリシャ屈指の大英雄、その功績を陰で支えた戦士に会えるとは……」
その様子を見ていたランサーは、思わずといったようにポツリと言葉を漏らした。それは最初の挨拶以降は黙秘していた彼女の、二度目の言葉だった。
「聖杯戦争とは、本当に面白いものですね」
「お前も真名を明かせとは言わないが……その槍捌き、立ち振舞いから、大した武人であったことは分かるぜ」
感心したように言うランサーに、ライダーは苦笑し、カップに注がれた液体に視線を落とした。
「名も地位も隠し、仕える者を選ぶ自由もない……見っともない英雄の末路さ……それでも異なる地、異なる時代に生きた英雄と相見えることができる。この出会いが、俺達に共通する慰めだな」
「………」
「だが戦ってみたい、なんて思わないでくれよ」
「無論です。マスターの命令なしに、貴方に槍を向けようとは思いませんよ」
「そりゃどうも……で?」
と、ライダーは読水の方を見た。
「そんな伝説譚の裏方である俺だが、どうよ? あのセイバーやバーサーカー相手には、ちょっと役不足か?」
どの口が言うか。読水は含み笑いを浮かべる。いい加減、期待を隠し切れなくなってきた。
セイバー――国土回復の英傑、エル・シド。
バーサーカー――鬼才のベルセルク、エギル・スカラグリームスソン。
共に強く、倒し難い怪物だが、このイオラオスであれば制限があっても十二分に張り合える。それだけの能力と伝説が、彼にはある。
おそらく、この申し出が最後にして最大の、形勢逆転のチャンスだ……しかし。
「……答えは少し、時間を貰ってからでも良いか?」
読水はそう答え、背後を見やった。西の空を照らす夕焼けは、直に地平線へと姿を消すだろう。
「このままじゃ、夜になっちまう。ここで他のサーヴァントに襲われるのは、あんたらも嫌だろ?」
そう言いくるめると、読水は佐藤と連絡先だけ交換し、別れることにした。
「……っと、佐藤さん。最後にちょっと聞いて良いか?」
「はい?」
別れ際、読水は振り返り、佐藤に質問を投げた。
「あんたは聖杯を手に入れて、どうする気だ?」
佐藤は面食らったように固まり、それから考えるように目を泳がせる。そして、こう答えた。
「聖杯に選ばれた以上、できる限りのことはしたいなって……思ってます。その結果、聖杯を手に入れたのなら、どう使うかはその時考えます」
「………」
そっか。と、読水は感謝を述べ、今度こそ別れることにした。
帰り道、ランサーは周囲に気を配りながら読水に聞いた。
「マスター。こちらにとっても有益な話に聞こえましたが……どうされますか?」
「あそこで真っ向からぶつかっても、ぶっ殺されるのは俺達だろうからな……同盟を組むのは当然としても、まずは情報を集めたい」
「……つまり、最後にライダーを倒す為の……ということですか」
当たり前だと、読水は頷く。
聖杯戦争で魔術の心得もない一般人がマスターになるというイレギュラー。しかし前例がない訳じゃあない。そしてサーヴァントに欠点のない以上、この辺りから弱点を分析するしかないのだ。
「しかし、それは向こうも先刻承知なはず。隙はあるでしょうか?」
「……勝てるさ」
その問いへの答えか、あるいは自分に言い聞かせた言葉か。読水は口からそんな言葉を漏らしてしまった。
しかし、本心であった。何が、恨みっこなしだ。
どんな秘密があるか知らないが、あんなスポーツ感覚の子供に、自分が負けるはずがない。負けて、良いはずがない。
「……必ず勝つ」
再び読水は呟き、アタッシュケースを持つ手に力を込めた。
すでに西の空に光はなく、革で覆われた取っ手は冷たかった。
封印指定を受けた時計塔の魔術師、ウィリアム・レイ。
彼はホテルの一室で、ベッドに体を横たえていた。ベッドカバーの上に身を投げ出し、天井をぼんやりと見上げるその姿はとても気怠そうであった。
ほとんど丸一日、ウィリアムはベッドに突っ伏していた。昨夜の魔女アレクシア・ブロッケンとの戦いにより疲弊し、こうして禄に身動きも取れない状態になってしまっていたのだ。
試験的に獣性魔術の解放は行っていた。しかし、実戦での使用ではここまでの負担になるとは、ウィリアムにとって予想外だった。取り分け複数の能力を短時間に使い回したのが大きかったのだろう。肉体的疲労や魔力切れより、自分が自分でなくなっていくような神経の摩耗が酷い。
ウィリアムは横の椅子に座り、昨夜に得られた情報を報告するキャスターを見やった。相も変わらずハンチング帽とマフラーを取ることがないが、ウィリアムは出会って一日目でその質問をしているので、今更といった様子だ。
つくづく、自分のサーヴァントが彼で良かったと思う。ウィリアムは溜息をついた。キャスタークラスでありながら魔術師でない彼は、新選組の亡霊を用いる際の魔力消費が普通の使い魔の使役に比べ桁違いに少なく済む。彼でなかったら、自分と亡霊の同時運用は不可能だったろう。
「……ウィリアム君、報告は以上だ」
「っと、失礼。うん……そうですか。ライダー、厄介そうな相手ですね」
報告を聞き終えたウィリアムは、ゆっくりと上体を起こす。
「ところでキャスター。なぜセイバーのマスターではなく、ランサーのマスターを狙ったのですか」
代行者のマスターと、高いステータスを誇るセイバー。ウィリアムの見立てでは、単純な実力ではセイバー陣営がこの亜種聖杯戦争の最高峰だ。片や現段階では逃げに徹しているランサー陣営。昨夜この二つを狙える際に、キャスターはランサー陣営を落とそうとしたのだ。
キャスターはその質問に、こう回答した。
「ウィリアム君。セイバー達は真っ向勝負を好むだろう? 逆にランサーは、槍に拘らず手癖の悪さが目に付く」
「そう見えますね」
「なら、私にとって脅威なのはランサーだ」
その断言に、ウィリアムは目を丸くする。構わずキャスターはこう続けた。
「どちらかのマスターを狙えた、あの状況……だからランサーのマスターを狙ってみた」
「……なるほど」
ウィリアムはそう言うと、腕を組んで黙り込んだ。
「……キャスター」
言うか否か迷ったが、ウィリアムはゆっくりとキャスターの顔を見る。
「貴方なら……もし一対一の状況を作れるなら、セイバーを討つことは可能ですか?」
「………」
キャスターは考えるように静かに目を閉じたが、やがてウィリアムの方を見て、頷いた。
「宝具が未だ分からんが、それが剣によるものなら何とでもなるだろう」
その異様なまでの自信に、ウィリアムはごくりと唾を飲み込んだ。
予感はあった。ウィリアムは視線を落とし、キャスターの肯定によって生まれた可能性から、頭の中で組み立てていた先々の計画を高速に修正していく。
セイバーとキャスターのステータス差は歴然だ。しかし、ひょっとしたら……キャスターならセイバーを真正面から叩き伏せることができるかもしれないと、密かに予感していたのだ。
「なら……いや、しかしそれでも最初に狙うべきは、あの魔女でしょうね」
「……なぜあの魔女に拘る」
欲張っちゃあいけない。と、笑って自分を戒めるウィリアムに、キャスターは言った。
「確かに情報を盗まれていたのは痛手だが、他に狙えるであろう敵はいると思うがね」
「我々の難敵が手癖の悪い奴らなら、アレがずば抜けているからです」
ウィリアムは、はっきりとそう告げた。
「稀にあるという番外的なクラスを無視すれば、あの魔女のサーヴァントは消去法でアーチャーか、アサシンとなります。なら尚更、放っておくのはマズい相手です。時間を上げればそれだけ、あの魔女は厄介な相手になる」
当然、時計塔の魔術師としての私怨もある。しかしそれを抜きにしても、あの魔女は危険過ぎる。チャンスがあれば、あの魔女も自分と同様招待したのかと主催者に抗議したいほどだ。
あの魔女はどんな手だって使う、下手すればこの街の無関係な住民にも被害が及びかねない。ウィリアムもまた一般人からかけ離れた『人でなし』であるという自覚はある。しかし、だからこそ人道から外れぬよう意識して生きている。
「だからキャスター。この体がもう少しマシになったら、改めてあの魔女を狙っていきましょう。大丈夫、今度は二人がかりです。必ず仕留められます」
「ところでセイバー。今、私らは何騎のサーヴァントに出会った?」
「突然何だ、シュウジ」
夕食、激辛の麻婆麺を食べていたシュウジは、唐突にセイバーにそう聞いた。セイバーはチャーシュー麺の丼に箸を置き、指折り数える。
「ランサー、アーチャー、バーサーカー、ライダー……まだ確認できてない亡霊を使う正体不明のサーヴァントは、キャスターかアサシンってところだろうな」
「そうだな。そしてセイバーを入れて、六騎までは把握してるって訳だ」
「……そうなるな?」
多すぎる。と、シュウジはそう言って、顔をしかめた。
「聖杯戦争のシステムは世界中に拡散されているが、その成功率は低い。仮に儀式に成功し亜種聖杯戦争を執り行えたとしても、召喚されるサーヴァントは精々が五騎……それでも能力が制限されて召喚されたという実例さえある」
「……そんな様子はないな」
自身の手を握り締めたり、開いたりするセイバー。その様子を見て、シュウジは頷いた。
「現状把握できたサーヴァントは六騎、そのどれもが驚異的な力を振るってみせている」
「……つまり、なんだ、この聖杯戦争は出来が良すぎるってことか?」
「私にはそう見える。もし七騎完全に揃っているなら、冬木の聖杯戦争に匹敵する規模だ」
しかし、そんなことがありえるのだろうか。シュウジはジッと丼に視線を落とし、考える。直前まで聖堂協会に伝達しなかった、非公式の聖杯戦争。その主催者である鏡宮悟、あの男は何者だ。なぜ聖堂協会はこうも静観している。
ひょっとしたら。
この聖杯戦争は、十年前のアレと関わりがあるのか。
「……シュウジよ」
「ん……なに」
「麺が伸びているぞ」
それだけ言うと、セイバーはサッと自分の丼に顔を向けてしまう。
どれだけ物思いに耽っていたのだろうか。見れば、すでに麺がスープから顔を出すほどに膨れ上がっていた。
鏡宮悟は一人、自室の窓から月夜を見上げていた。
冷たく澄んだ冬空の月を、手にした煙草の煙が覆っていく。煙は上へと広がり薄れていくが、鏡宮にはいつまで立っても月が濁って見えた。
啓示はとっくの昔に見えていた。そろそろ、動き出さねばならない。そう分かっているも、これで良いのかと考えてしまう。
この地に古くから居を構える鏡宮の一族。彼らは起源を辿れば、占いを得意とした一族だった。そして後に株分けによって生まれた読水家は過去視を得意とした魔術師になり、鏡宮家は対するように未来視を専門としていった。
すでに魔術刻印は息子に譲った鏡宮だが、この聖杯戦争の未来もまた数年も前に占っている。
結果は―― 『裏切りによって死ぬ』。
何度やり直しても変わらぬ、最悪の結果だった。
しかし、そんな結果如きで尻込みはしてられない。危険を乗り越えてこそ、繁栄が手に入る。占い、危険を支配し、より良い未来へと修正していく。そうすることで、鏡宮家は栄えてきたのだ。
そう、裏切りは見つけて必ず殺す。
読水竜也。十年前に滅ぼされた読水家の、たった一人の生き残り。裏切りを恐れ仲間にはしなかったが、彼にはもう少し長く夢を見させてやりたかった。そもそも聖杯を手に入る権利、それは我々だけにあるのだから。
しかし彼がセイバー、エル・シドを召喚できなかった時点で、利用価値はなくなっていた。読水が手に入れた珠玉の触媒、あれも元は鏡宮が手を回し、彼に掴ませた代物。彼にはセイバーでもって、終盤まで暴れてもらう予定だったのだ。
その目論見は外れたが、その役目はセイバーを召喚したあの代行者がやってくれるだろう。そうなるように、代行者とは約定を結んでおいた。
鏡宮はそこに、裏切りの可能性を見出した。そもそも、あの事情も知らなさそうな若い代行者に、読水を渡す気など毛頭ない。
急がねばならない。もし聖堂協会に彼が持つ『欠片』が奪われれば、それで形勢は逆転してしまう。
迷いはまだある、だがもう時間はないのだ。
意を決した鏡宮はケータイを操作し、ある者に連絡を入れた。
「……夜分遅くに申し訳ない。鏡宮ですが、レオポルディーネさんに繋いでもらいたい……ええ、前に出した指示について、少し確認を」
竜也君、許せよ。
せめて同じマスター相手に、狂戦士相手に立派に戦って、華々しく死んでくれ。
そう心の中で呟き、鏡宮は煙草の火を灰皿で揉み消した。