Fate/reselect 作:Fate/reselect出張所
一ツ目聖夜が鏡宮悟のバックアップ要員になったのは、先の見えない日々の研究に焦りを感じたからだった。
広がる亜種聖杯戦争の渦は、召喚の触媒となる品々の高騰を生んだ。鏡宮は触媒の譲渡や斡旋を餌に、外部の魔術師を多く従えているという。聞けば、出会った他の魔術師も大体は自身の亜種聖杯戦争の為だった。
そう、目的は皆同じだった。
生死を分けたのは、一ツ目がまだ高校生で、周りからの信用が低かったからだ。
定員オーバーだから、追って明け方には合流してくれ。と命じられ、発進しようとする車を見送っていた時、それは起こった。
まず、運転席にいた石川がフロントガラスを突き破って入ってきた男に串刺しにされて死んだ。残りの者は、車内に溢れ出たガスのようなものを吸って死んだ。
そして、皆を殺した……フェイスマスクとフードで顔を隠したその男が、車から降りようとドアを蹴破った。
そこまでを把握した時点で、一ツ目は逃げ出した。
それは日坂聖杯戦争が公に開催を宣言された、翌日のことだった。
読水は隠れ家の一つで、外の自販機で買ったコーヒーを啜りながらケータイ画面を睨んでいた。画面には、アダムから送られてきた日坂市に潜伏している魔術師のデータが映っている。
「酷いな」
「えっ」
「いや、こっちの話」
後ろでアダムから送られてきた服を選別していたランサーに補足を入れ、読水は改めて画面を見る。
時計塔の魔術師、『典位』のウィリアム・レイ。
“加工屋”の名で知られる、死霊術師スティーブ・フォスター。
数年前から日坂市に移り住んでいるイタリアのルーン魔術師、レオポルディーネ・ミローネ。
陰で多くの暗殺に関わっているという支配魔術師、石川秀貴。
そして何より目に付くのは、リストのトップを飾るアレクシア・ブロッケンの名だ。
「……アダム、アレクシア・ブロッケンが日坂にいるっていうのは確かなのか?」
「間違いない」
通話状態にされているケータイに尋ねると、アダムはそう断言した。
「オマケにもう一人、無名のブロッケンの魔女がいる……ここまで露骨に尻尾を見せているんだから、十中八九、マスターとして参加しているだろうね」
その回答に、読水は眉間に皺を寄せてうなだれた。
ブロッケンの魔女、その生き残りにして最大の一族。彼女の悪名高さは、読水も耳にしている。
中世紀末、ヨーロッパでは悪魔との契約によって魔力を得る術が広まっていた。
彼女らの恐れるべき点は、彼女らが魔術師の家系ではないという、ただ一点だ。悪魔に身を売る彼女らの理念は破滅的であり、私欲、復讐心にまみれていた。魔術師としての常識を欠き、当時のモラルさえも捨てた彼女らによって振るわれた魔力は、凄惨な爪痕を表の世界に残している。
彼女らの多くは聖堂教会によって殲滅されるも、隣人が悪魔の手先かも知れぬという恐怖は民衆にまで広まり、結果、『魔女狩り』という狂気を生んでしまうほどであった。
ブロッケン山に住まう悪魔と契約を結んだ存在――ブロッケンの魔女も、そんな悪魔との取引によって力を得た一角だった。
彼女らもまた他の魔女と同様、当時の聖堂教会によって駆逐されていった。しかし彼女らは世界中に散って陰を潜め、契約の術を連綿と伝えることで現代も尚、生き延びている。
アレクシアはそんなブロッケンの魔女の一人、そして契約した当事者から三代目となる女だという。
魔術協会の一角、アトラス院の地下迷宮へと忍び込んだ祖母と、時計塔の講師と生徒を悪魔に貢物にした母を持つ。共に逃げ延びる間もなく処刑されるも、未だ血を途絶えさせない悪名高き魔女の一族。
それが今、この日坂市に潜伏している。
「……今なら、逃走ルートを手配してやれるけど?」
「………」
冗談だろ。と、読水はアダムの提案を一蹴した。
下手をすれば、外部からの介入で聖杯戦争自体の崩壊になり得ない存在だ。だがそんなことは、主催者の鏡宮も、読水も許さない。許すものか。
「そっちこそ、仕事が済んだらさっさとここから離れろよ」
「おうおう、一丁前に人の心配かぁ? ま、確かに例の新選組にぶった斬られて、一体消費させたんだけどね」
やだやだ。と、アダムはわざとらしく溜息をつく。この様子では、ちっとも懲りてなさそうだ。
「もう一点、報告だ……リストにも載ってるスティーブ・フォスターが、一昨日の襲撃を脱した魔術師を片っ端に殺してるらしい」
「奴のサーヴァントでなく、“加工屋”本人が……? あれは商売人というか、技術屋だろ?」
直接会ったことはないが、あのアメリカ人はヴードゥーの呪いの一面だけを利用し、作成した呪具を売っていると聞き及んでいる。金の為に動く所謂魔術使いであり、本人が表立って動くこともないと思っていたが。
「殺した現場を見てきた。あいつの呪具で殺ってるのは、間違いないね……どんな心境の変化か知らないけど、もう結構な人数が殺されてるみたいだ。あんたにゃサーヴァントがいるけど、私も嫌な予感がしてるからね……一応気を付けな」
「なら、尚の事さっさと離れろよ」
「……一丁前に、人の心配かぁ?」
「お前……」
呆れる読水に、アダムはへらへらと笑う。
「まあ……依頼を全て終えたら、さっさと離れるさ。お前も逃げたくなったら、また一流の私に連絡しな、半人前」
「……依頼?」
じゃあな。と、読水が問いただすより前に、アダムは電話を切ってしまった。
読水は怪訝な顔でケータイを見つめた。相変わらず食えない奴だが、実力は本物だ。滅多なことは起きないだろう。
“加工屋”の行動は普段のそれと矛盾しているが、この熱狂の中で起きていることの全てが、言葉で説明できる訳じゃあない。それに、危険視すべき相手は他にいくらでもいる。雑魚にかまけている暇などはない。
そう結論付けると、読水はケータイをポケットに仕舞って上着を着た。
とにかく、今は少しでも情報がほしい。一昨日に起きた戦いの現場なら、自分の辿跡術で何かしら掴めるかもしれない。そしてそれが、相手のサーヴァントの真名、弱点に繋がるかもしれない。
だから休むな。後悔したくないなら、動け。
そう自分に言い聞かせながら、読水は動き出す。そんな彼の手は無自覚のうちに。首に下げたペンダントを握っていた。
報告の後に続く、この長い沈黙が嫌いだ。
バーサーカーのマスター――レオポルディーネ・ミローネは、場の雰囲気から逃れるように視線を彷徨わせた。壁際に置かれた白磁の壺。誰が作ったか知らぬが、きっと……どうせ高いのだろう。
対面する鏡宮はそんな彼女をそのままに、報告の内容を黙考している。ソファーに深く腰掛け、指の腹を合わせて目を閉じる。その姿に、お前はシャーロック・ホームズか、とレオポルディーネは毒づく。
「……分かった。ご苦労だったね」
ようやく、そう口を開いた鏡宮。そして、こう続けた。
「当面、君はランサーを狙い続けて欲しい。どうやら、君も見たセイバーのマスター……聖堂教会の人間も、アレを狙っているみたいだからね」
「………」
また、その破片とやらか。
レオポルディーネは、破片の正体を教えられている訳ではない。重要なものだと鏡宮は言うが、万能の願望機を求めたこの聖杯戦争の中で、それがどれほどの価値があるというのだろう。
それにもう一つ、疑問点があった。
「……あの、他の者が次々とやられていると聞いていますが……」
レオポルディーネが知っている限りでも、彼の部下は二十名はいた。その何人かは例の新選組に重傷を負わされたようだが、その手際、痕跡の消し方、被害を当事者のみに限定する徹底さは、一流のものだと聞いている。
対して、今起きている殺しは雑だった。現場に残る呪いと毒、そこに居合わせた者も皆殺しにするスタイルは、前の者とは対照的だ。だからこそ、放置できる相手じゃあない。
「……ああ、そうだね。ライダーのマスターか、その仲間……あるいはアレクシア・ブロッケンの仲間だろう」
鏡宮の感情を伺うのは難しい。疲れたような表情を変えることなく、そう予想を口にする。レオポルディーネは続けた。
「ならバーサーカーを使って、敵を撃退した方が……」
「いや、そちらは良い」
彼はきっぱりと言い切った。
「………」
「君は、読水竜也とランサー……二人を追うことだけに注力すれば良い」
その物言いに、反論は許されそうにないと悟ったレオポルディーネは、黙って頷くことしかできなかった。
レオポルディーネは縦に巻いた髪を左右に振りながら、玄関口へと小さな体を進ませていた。
先ほどまで矯正していた猫背も鏡宮の目から逃れるなり元に戻し、睨むような眼差しと、への字の口を露わにしている。その姿は大きめのファーコートも相まって、不機嫌な猫のようだった。
「……バーサーカーっ! 帰るわよ!」
外に出て、強めの日差しに顔を伏せながら叫ぶ。すると玄関前に座り込んでいたバーサーカーは、のそりと立ち上がった。
「……おや、お帰りか? バーサーカー」
と、上から呼び掛けられた。見れば、バルコニーの手すりに腰を下ろしたアーチャーがこちらを見下ろしていた。
「嬉しいだろ? 今日も命拾いできて……お前のマスターが従順なだけ、お前は生き延びられるって訳だ。最後の二騎になるまではな」
相変わらず、嫌味なサーヴァントだ。レオポルディーネは顔をしかめながらも、無視して帰ろうと背を向けた。しかし、足早に立ち去ろうとするレオポルディーネの頭に手を載せて、バーサーカーはそれを留めた。
「そらぁ良い利害関係だ、特に最後のニ騎になるまでってのが笑える……はっ、そんなに保たねえよボケ」
「………」
「真名が何ていうか、その手すりにメモっとけ。後で俺が行って、ちゃんと墓石に掘ってやるよ」
バーサーカー。と、レオポルディーネはバーサーカーを嗜める。彼は謝る素振りもなく、手をレオポルディーネの背に回して急かした。
レオポルディーネは背後から矢が飛んでくるのではないかと、時々背後を見ながら邸宅から離れる。それに飄々と付いていくバーサーカー。その姿にどんどんと苛立ちを募らせていくが、最初に口を開いたのは彼の方だった。
「……それでレオ、いつ裏切るんだ?」
「愛称で呼ばないで。それに呼ぶのならミローネの方か、マスターって言いなさい」
「あっそ? で、いつ裏切る?」
「裏切らない!」
レオポルディーネは立ち止まり、叫んだ。
「だいたい、何であの時セイバーに仕掛けたのよ!? ランサーだけやれば良いって言ったでしょ! あいつらに敵だと思われるようになったらどうするの!?」
「あそこで出なきゃ、場を仕切られた……それに目的がこっちに向いてないうちに、セイバーの実力は見とかなきゃならねえ」
彼はそう言って、腕を組む。きっと、あの夜を思い出しているのだろう。恐ろしげな風貌に付けられた目が、爛々とギラつきだした。
「お前はやたら関係が悪くなるのを気にするが……互いに聖杯を手にできる立場上、誰だって敵だよ。セイバーも、アーチャーもな」
「だから、同盟関係だって言ってるでしょ。まだ七騎も残ってるんだし、最後のニ騎になるまでは……」
「裏切りってのは、不意を付けるから有利な立場になれるんだ」
レオポルディーネの言葉を、バーサーカーはそう一蹴した。
「あのいけ好かない野郎にも言ったが、最後の二騎になった時点で敵対関係になったことは明白だ……関係は、それより先に破綻する。破綻させなきゃあならねえ」
「………」
笑みを浮かべて、裏切ることの利点を語るバーサーカーの横顔を、レオポルディーネはジッと観察する。
バーサーカーは、まるで理性的な判断、理論があって行動をしているかのように振る舞っている。しかし、レオポルディーネは知っている。彼はランサーやライダーが立ち去った後も、まだ撤退を拒み戦おうとしていたのを。
バーサーカー――真名、エギル・スカラグリームスソン。彼の生前は、そんな蛮行に彩られている。詩の才能や機知の傍ら、一時の感情や狂気によってノルウェーの血斧王エイリークとその妻を中心に多くの敵を作っている。彼自身がどう言い繕うが、この不安定さこそが彼がバーサーカーたる所以なのだ。
それにバーサーカーは、所詮は仮の生を得ているに過ぎない。勝っても負けても、聖杯戦争が終われば座へと還る気楽な身だ。
自分は違う。勝っても負けても、そこで終わりじゃあない。衰退した一族を再興するという、使命がある。それには、鏡宮の下に付くのが一番安全で確実な手なのだ。
「……とにかく、今は命令通りに動く。分かった!?」
レオポルディーネはそう言いながら、そっと令呪を確認した。
聖杯によって与えられた令呪は三画、それはバーサーカーを制御できる回数と言って良い。
あのセイバーとの戦いで実証されたように、彼の狂化スキルは彼自身のベルセルクとしての血筋によって安定していない。しかも、Cランク以上になれば令呪なしには下がることがないときている。
もしCランクを超えた時に令呪が残っていなければ、狂化スキルの増加によって際限なく増えていく魔力消費を止める術はない。そうなれば、マスターである自分は間違いなく死ぬ。
誰がこんな奴と心中するものか。そんなに裏切って欲しければ、最後の令呪一画でお前を裏切ってやる。
そう考えるレオポルディーネを、数十センチ上からバーサーカーは見下ろしていた。その視線に気づいたレオポルディーネは慌てて令呪の宿った右手をコートのポケットに押し込む。
そこで、あっと声を上げた。
「しまった。庭にミントを撒いてやるのを忘れた」
ミントは生命力が強く、抜いた草を地面の上に撒くだけで大繁殖する。レオポルディーネは頭ごなしに命令を下す鏡宮への意趣返しとして、庭園の管理人がいなくなっていることを良いことに、密かに庭園にミントを撒いているのだ。
「……その反骨精神が、もう少し陰湿な方向から抜け出りゃあ良いんだがな」
ミントを指でクルクルと転がすレオポルディーネ。そんな様子を見ながら、どこか期待するようにバーサーカーは呟いた。
襲われてから、丸一日になろうとしている。そろそろケータイのバッテリーも尽きようとしている。そうなれば、この郊外に建てられた廃工場は完全な闇に包まれる。
仲間への連絡は繋がらない。鏡宮は部下を送ると言っていたが、それも二十時間も前だ。何度も電話を掛けたが、もう繋がることはない。
一ツ目は、元は包装工場だったこの暗がりで、自分が捨て石にされたことを悟った。
「……サーヴァントを寄越せば、何とでもなるだろ……ちくしょうッ!」
一ツ目は苛立ちを抑えきれず、道中コンビニで買っておいた最後のおにぎりを投げた。廊下に面した窓、そこに打ちつけられたベニヤ板におにぎりは当たり、米粒は幾つもの塊を維持したまま飛散する。その姿に自分の行く末を予感し、先ほど湧き上がった激情が一気に冷めていく。
「……クソッ」
神秘の秘匿を考慮し人気のない場所へと逃げていったが、こんなことなら繁華街にでも逃げれば良かった。
いや……まだ間に合う。どうせ、このまま暗がりの待つくらいなら、行動しろ。
そう決意し、一ツ目は椅子にしていたパレットから身を起こし、出口へと駆け出す。数歩は四足で、それからは壁伝いに。それこそ息苦しい水中から水面に出るかのように、外の微かな明かり目掛けて藻掻き進む。
しかし、出入り口への廊下に差し掛かった時だった。急に背後に光が灯った。
驚いて見れば、先ほどまでいた作業場の照明が付いている。それから奥の部屋が、続いて廊下へと、次々に照明が息を吹き返していく。
そして、最後に付いた出入り口の照明の下に、あの男がいた。
思考は停止した。しかし、一ツ目の体は生を求めた。窓に打ちつけられたベニヤ板に手を添え、男との視線を外さずに作業場へと逃げていく。
危険なものから距離を置くという、極めて原始的な本能行動。対して出入り口に立つ男もまた、ゆっくりとした足取りで一ツ目との距離を詰めていく。
壁から離れ、作業部屋の奥へと逃げ込んでいく。足元に転がったダンボールやパレットに足を取られそうになりながらも、それでも背中から倒れることのない自分に一ツ目は疑問さえ覚えた。
作業場へ入ってくる男。彼から臭い立つ、むせ返るような死臭。血に濡れた衣服。右手には麻布を被せた凶器が握られており、形状からして鉈か、ノコギリに見える。しかしその禍々しさからして、ただの刃物とも思えない。
一ツ目は浅い呼吸を繰り返しながら、ちらりと非常口を見る。ここを通れば裏庭の方へ逃げられるが、ドアの手前に積まれたダンボールの山をどけるのに、何秒必要だろうか。少なくとも、目の前の男は待ってくれないだろう。
つまり、追い込まれた形になっているのか。一ツ目は深呼吸を繰り返しながら、僅かに両腕を前方へと持ち上げ、身構える。相手は恐らく、死霊術師が作った死肉の人形だろう……サーヴァントじゃないなら、まだ抵抗の余地はある。
身構えた一ツ目に男は一瞬動きを止めたが、すぐにまた距離を詰めていく。当然だ、使い捨ての人形に恐怖などない。
「………ッ」
こちらへとゆっくりと迫るその焦れったさに、一ツ目は堪え切れなくなった。こちらから行こうと、両手を前に突き出した。
その時だった。裏庭に面した窓が大きな音を立てて割れ、破片が作業部屋の方へと飛び散った。
そして、分厚い磨りガラスの窓を叩き割った鈍器だろう、外から一ツ目達の間に丸いものが投げ込まれた。
それは、黒いフルフェイスヘルメットだった。
「あーあー……間一髪じゃあないか。歴史ある一ツ目の当主が情けない」
静まり返った中、そんな気の抜けた言葉を発した、そのライダースーツの女――アダムは、手にしたポンプアクション式のショットガンを窓枠に突っ込んで残ったガラスを割っていく。
「で、死体野郎……スティーブだったかね? その腐った鼓膜で、良く聞け……よっと」
アダムはそう言いながら、身を縮めて工場内へと踊り込んだ。それから上体を起こし、口から犬歯を覗かせながらショットガンの銃身に弾を送り込んだ。
「てめえはもうコンティニューできないよう、完膚なきまでにブチ壊してやる」