Fate/reselect   作:Fate/reselect出張所

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第十三話『途切れた繋がりの先で』

 

 

 

 雨は、未だ止まない。

 ライダーは瞼を打つ雨粒の感触に、左右に揺れる意識をゆったりと立ち直していく。

 寝床から起き上がるような緩慢とした動きの中で、ライダーは自分と、周囲に起こった事態について考える。

 七十ニの魔神、あの魔女――アレクシアは確かにそう言った。魔術にさほど詳しくライダーでも、その言葉から予想できる存在がある。七十ニ柱の悪魔。ソロモン王の伝説……いや、そんなことがありえるのだろうか。

 しかし、それでも周囲の損害、基礎が折れ崩落した橋が川を横断している光景を見るに、アレの本質が只事ではないものと理解させる。

 それに聖杯に与えられた知識が、アレを何物と断定せぬまま、『今すぐにでも打ち倒さねばならない、危険な存在である』と警鐘を鳴らしている。学者肌でもないライダーには、それだけ分かれば充分だった。

「……なるほど、ねぇ」

 ライダーはそう呟き、崩落した橋の爆心地で両膝を地に着けたまま上体を起こした。その顔の右半分は爆発によって大きく破壊され、血によって塗り潰されていた。

 そんなライダーのもとへ、アレクシアが歩み寄ってくる。アレクシアはライダーの手前で足を止め、右腕を不気味な肉塊に宙にくゆらせたまま、空を仰いだ。

「……感じる。私の奥へと入り込んでくる、これを」

 私はもう、魔女でさえない。と、アレクシアは誰に言うでもなく、そう呟く。そして両腕を空へと広げた。

「世界は今、私を中心に回ろうと……」

「……させるかよ。馬鹿野郎が」

 ライダーの言葉に、頬を引き裂くような笑みを浮かべるアレクシア。ゆっくりとライダーを見下ろすその形相に、ライダーは引きつった笑みを返した。今や、立場は完全に逆転した。

 まずは……いや、せめて佐藤だけでもこの場から逃がせられないものか。ライダーはグラついた意識の中で思うが、すでに佐藤とのラインは絶たれ、彼女の安否すら定かではない。

 ならば、目の前の化物を討ち取るか。しかし可能か。満身創痍にして魔力供給も絶たれた、瀕死の己に。

 ライダーは自身が間もなく現世に留まれなくなることを理解していた。ならば最期、微かに残ったこの力で、ライダーはどう動けば良いのか。ライダーは、それを決めかねていた。

「若獅子の導き手、イオラオス……」

 アレクシアは、そんなライダーを見下ろしながら口を開いた。

「お前のミスは一つだ、仕えたマスターを誤った、それだけ……あんな小娘じゃあなければ、あのセイバーにも遅れを取らない強敵だったろうな」

「……何度も言うが、俺はあのお嬢ちゃんの才能に惚れてんだ」

 ライダーは顔の怪我に手をやりながら、こう答えた。

「どうせ一度死んでる身だ。だからこの生は全部、未来の為に使いたい」

「……そう」

 アレクシアは溜息をつき、その右腕をライダーへと突き出した。

「じゃあ光栄に思え。その第二の生、この先の未来を支配するこの力が、華々しく散らしてやる」

「……ありがとよ」

 ライダーは跪きながら、その右腕をぼんやりと見ていた……否、見ていない。彼はアレクシアの背後、雨の中、ビルとビルの合間を素早く飛ぶ彼女の姿を見ていた。

 そう、本当にありがたい。

 魔力供給を行う佐藤とのラインが途切れ、向かう相手は聖杯戦争の枠組みから外れた、英霊本来の敵だ。愛しきマスターの方は、彼女とあの男が何とかしてくれるだろう。

 これで、本気を出すことに迷いがなくなった。

「本当に、ありがとよ……ッ!」

 ライダーはそう叫ぶと、アレクシアの右膝に飛びつき、膝を内股の方へと曲げた。その崩しによって彼女の姿勢は大きく崩れ、右手から放たれた魔力の波動はあらぬ方向に逸れ、川の土手を抉るに留まる。

 ライダーはその余波に乗じて身を半回転させてアレクシアとの位置を変えてから、膝のホールドを離した。アレクシアは舌打ちをしながら、たたらを踏んで距離を取る。

「貴様……ッ」

「散ってやるよ、華々しく……」

 睨むアレクシアにそう言うと、ライダーは縄を引きつけて短剣を手元に引き寄せた。

「ただし、お前も道連れだ」

 そして、天へ掲げた左腕に実体化させたのは一本の松明――それはヘラクレスの十二の功業が一つ、その立役者たるイオラオスを立役者たらしめる、再生封じの炎だ。

「それは……」

「宝具、『消されぬ功績(レルネー・フロガ)』。俺の真名を知っているなら、説明はいらないな?」

 ライダーはそう言って、松明を背後に回すように振りつける。それだけで松明の炎は尾を引き、ライダーの背に大火の壁を残した。それは不退転の意思表示か、あるいは背後にいるマスターへの道を絶つ為か。

 どちらにせよ、ライダーはここを死に場所と決めた。

「くたばるまで、戦ってやる……真の英霊の闘争、身をもって味わえ」

 

 

 

 彼の松明……あの炎が、橋に立つ者達を覆うのを、アサシンは団地の踊り場で目撃した。アサシンは腕を千切り落とした佐藤から目を離し、遠目に見えるその光景を睨んだ。

「………」

 あの男の最期は、このアサシンの手で……そういった条件でアサシンはアレクシアにライダーの真名を教えたのだが、そんな悠長なことは言っていられないようだ。

 しかし、そのこと事態は然程気にしてない。相手はあのイオラオスだ、マスターの策謀は認める所だが、魔女の掌で踊らされるほどあの血筋の戦士は容易くはない。問題はあの男が、マスターを返り討ちにしかねない点だ。

 今すぐに戻るべきか、しかし……。と、アサシンは数秒、次の一手を逡巡する。

「……ァァァアッガアアッ!!」

 その隙を、瀕死の雌獅子が突いてきた。壁に寄りかかるようにして倒れていた佐藤が息を吹き替えし、咆哮と共にアサシンへと殴り掛かった。

 しかし、アサシンは振り返るまでもなくそれを躱す。元より、アサシンの視野は人のそれよりずっと広い。背後からの奇襲でも、ましてや素人の拳など、当たるはずもない。

 それでもアサシンは、勢い余って柵に体を打ちつける佐藤に、敬意を示したくなった。例え敵であっても、その不屈の心には称賛すべきものがある。しかし、この鋏を見られた以上、彼女には消えてもらわねばならない。

 せめて、一瞬で首を飛ばしてやろう。と、アサシンは鋏を構えた。

 その時だった。

「――ッ!?」

 アサシンは後方に飛び下がる。直後、アサシンが先程立っていた場所へ、外から銃弾が飛び込み着弾する。そして階段に背を向けたまま駆け上るアサシンを追って、何発もの銃弾が階段を砕き割っていく。

 狙撃、それも魔力を纏った銃弾での……アサシンがその襲撃に手を焼いていると、佐藤は息を荒げながら柵に残った右腕を掛け、身を乗り出した。

 とうに意識は曖昧だろう。故にそれは狙撃を見てからでなく、殴りかかった時からの算段か。その足掻きとタイミングの合った狙撃に、アサシンは心の中で毒づき、銃弾を鋏で弾きながら階段から飛び、佐藤へと強引に迫った。

 そして鋏は、佐藤が飛び降りた後の柵をひしゃげさせた。

 飛び降りたか。アサシンは身を乗り出し、落下した佐藤を追う。佐藤は落下の勢いに抗いもせずに、手足を振り乱して落下していった。

 佐藤が地面に激突するのに、二秒もかからない。そして落下の衝撃は、如何に丈夫な佐藤とはいえ死ぬには充分であろう。

 しかし、そうはならなかった。佐藤が地面に落ちるより早く、横合いから矢のように飛んできたランサーが彼女を抱き止めたからだ。

「………ッ」

 しくじった。そう悟ったアサシンは、その失態を引き起こした一番の妨害者である銃撃が飛んできた方角へと視線を集中させた。

 そして一瞬だが……見つける。団地に面する、橋に繋がる大通りを超えた先の建物の、更に向こう。この団地より高い雑居ビルの屋上から、今まさに撤収をしようとする何者かの背中と、看板の電光で煌めいたリボルバーを。

 その者はすでに建物内へと駆け込んでしまい、何者であったかは分からない。しかし、拳銃で二〇〇メートル近い距離から正確に狙ってくる以上、只者ではないだろう。

「……タイミングから見るに、ランサーの関係者か」

 下ではランサーとそのマスターが、佐藤の看護に当たっている。あの拳銃の使い手が何者にせよ、このまま佐藤を逃がす訳にはいかない。

 ランサーとの戦闘は……避けられないだろう。アサシンは意を決すると、静かに柵から飛び降りた。

 

 

 

 読水達がライダー達との同盟関係になると決めたのは、佐藤の腕が落とされる数時間前だった。

 アダムからの定期連絡が途絶えた読水は、明け方より自分の窮地に閉口していた。アダムは容姿をゴーレムによって自在に変える、本人との直接の接触をしていない読水にとって、連絡が途絶えることはバックアップを行ってくれる協力者を失い孤立したことに等しい。

 彼女は一流だ。しかし事は聖杯戦争、もしものことも考えられる。そして最悪のケースを考慮するなら、自分はどう動けば良いのか。読水達は一日のうちに三度も拠点を変えながら、次の一手を話し合った。

 ランサーはライダー達との同盟を結ぶことを提案し、読水はそれを拒み続けていた。読水はライダーのマスター、佐藤が聖杯戦争とは一切の関わりのない学生であったこと、そして、それが他者から見た見識であることを大きなリスクと考えているのだ。

 サーヴァントが誰であれ、そのマスターが素人と悟られれば敵はそこを弱点と考える。その事実を、多くの亜種聖杯戦争に間接的ながら関わってきた読水は知っている。真名と弱点が露呈されたサーヴァントを倒す……そんな華やかなジャイアント・キリングを狙う以上に、陰湿と言われようと隙の多いマスターを狙う方が手っ取り早い。亜種聖杯戦争が勃発した初期の頃、『暗殺者の春』と呼ばれる程にアサシンクラスによる殺しが行われたのにも、そういった事情がある。

 強力であるが隙も多いライダー達と結託すれば、そういった事情に巻き込まれるリスクがある。読水は、それを飲み込めないでいた。

 そして、そんな悩みの最中だった。読水達が拠点にしていたマンションのすぐ近く、駅の方で騒ぎが起こった。

 それにライダー達が関わっていると確認した読水は、ついに判断を下した。

 

 

 

ランサーは佐藤を宙で受け止め、泥濘んだ芝生を滑ることで着地の衝撃を逃していく。読水は多少遅れながらも、二人のもとへ辿り着き佐藤の容態を知った。

「……クソッ、手酷くやられてるな」

 そして、令呪を奪われている。と、読水は心の中で毒づいた。マスターとサーヴァントとの契約は、令呪を失っても切れることはない。しかし奪われた令呪で自害を強制されれば、それでライダーは脱落する。それに瀕死に追い込まれた佐藤は、ライダーへの魔力供給を満足に行えてないはずだ。

「クソ、クソ、クソ! ……このっ、馬鹿野郎が……ッ」

 できれば令呪を回収したい。そうすべきだろう。

 だが、佐藤の命が最優先だ。この戦争は読水の、十年来の戦いだ。今になって魔術師ですらない女子高生の命を費やすことなど、これ以上この戦いに犠牲を払うことなど、あってはならない。

 読水は歯軋りしながら、左腕の切断面より少し上、腕の内側にある動脈を押さえて止血に掛かった。

「ランサー、ここで応急処置をする! お前は周囲を警戒しろッ!」

「……はい」

 ランサーは歯切れの悪い、押し殺した声でそう応え、佐藤を読水へと渡した。

 そして。

「……相分かりました、マスター!」

 と、叫ぶと同時にランサーは槍を実体化させ、振り返ることなく槍の石突……槍の矛とは逆の部分を天に突き上げた。

 そして、突き上げられた石突から、風に舞う布切れのように逃れた何かが、ランサーの槍の柄を蹴って地面に転がった。それは初め、ただのボロ布のように見えたが……。

「アサシン……ッ!!」

 恐らく、上から落ちた佐藤を追って落下してきたのだろう。ついで読水達を狙ったようだが、ランサーはそれを見抜き奇襲を不意打ちで返した。

 しかし奇襲を失敗したアサシンは、逃げることなく、未だ低い姿勢のままジッとこちらを見ている。セイバーのような豪胆さも、バーサーカーのような狂暴性も垣間見えない、無機質な視線、読水には、それが堪らなく不気味に思えた。

「……マスター、手練です。彼女のことを頼みますッ!」

 ランサーは油断なく槍を構えながら立ち上がると、気合の一声と共に猛然とアサシンに掛かっていった。

 読水はその様子を見ながら、鞄から鉄製の水筒を取り出した

 水筒の中身はヤシ酒、ヤシの樹液を醗酵させて作った白い醸造酒だ。アフリカで手に入れたものだが、特殊な製法で作られたこの酒にはアフリカの大地から吸い上げたマナが混ざっている。読水は魔力の補充として使っていたが(とはいえ自身のどころか地面から吸い上げた魔力なので、目眩等の副作用はあるが)、譲ってくれたシャーマンの話によれば、水虫から怪我の治癒、解呪にも効果があるらしい。

 今まで致命的な怪我を負ったことがなく治癒目的で使ったことはなかったが、慣れない治癒魔術の補填には充分な効果があるはずだ。そう信じ、読水は酒を一度地面に撒いてから、ゆっくりと傷口に流し始める。そして、慣れない治癒魔術の詠唱を始めた。

 

 

 

 隠すことで敵を殺し得る暗器と、長さでもって戦いを制す槍。誰にも気づかれぬことを旨とする者と、真っ先に前に立つことを旨とする者。

 アサシンと、ランサーと……その戦い方は、一見酷く一方的なもののように思えた。

「オオオオオオァッ!!」

 気迫に満ちた声を上げながら、ランサーは猛然と槍を奮う。対するアサシンはそれを躱しながらも、位置を左右へ素早く移り槍の先から逃れようとする。

 一見、ランサーはアサシンへ攻め立てているように見える。しかしこれが敵に攻めの一手を出させない為の、派手なだけの猛攻だとランサーは理解していた。声も動きも大きく、しかし内心では張り詰めるような警戒心をもってランサーは槍を振るっているのだ。

 だが、それにアサシンは惑わされなかった。

 上下に狙いを移し、間合いを変え、時には槍の間合いを捨てて懐へ飛び込む……ランサーは間を与えず様々な手でアサシンに掛かるも、アサシンは得物を見せずにそれを躱し、付かず離れず、虎視眈々と背後にいる二人を狙っている。

 一方は防衛の為、一方は王手の為、狙いの違いは戦いへの集中を削ぎ、途切れた集中は背後の二人の死を招く。そしてその認識が、更にランサーを焦らせる。

 おそらく、互いに互いを討とうと戦えば、まだ優位に立てたであろうとランサーは思う。だが、そういった真っ向勝負にアサシンは持ち込まない、だからこそアサシンは他の英霊に勝ち得るのだ。

「………ッ!」

 いっそ、全てを次の一撃に賭けようか。そんな誘惑が、ランサーの武人としての心をくすぐる。しかしそれを律して、ランサーは辛抱強く見せかけの猛攻に徹した。少なくとも、そうしていればマスターが佐藤を救ってくれる。その一心が、ランサーの克己心をより強くしていた。

そしてその粘り強さは、功を奏した。

 再び、橋の方で大きな爆音が空気を震わせた。その空気の震えに、アサシンは初めて意識を逸らした。

 チャンスか。と、ランサーは思わず前に出そうになったが、アサシンのこれまでの動きに只ならないものを感じ、踏み止まる。

 アサシンは数秒、爆発の方へと顔を向けていた。そして。

「……チッ」

 と、舌打ちをした。

 やはり、誘っていたか。ランサーは肝を冷やしながら、槍を構え直す。

 その様子をジッとアサシンは見ていたが、やがてバッと後方に跳ね跳び、ランサーとの距離を取り始めた。

 このまま逃げる気か。ランサーはそれを追うも、進行方向に背を向けたままのアサシンはそれでも素早く、槍が届くまでに追いつくことはできずにいた。

 アサシンは、滑るように植木の裏へと回った。そして身を隠しながら、信じられない勢いで幹から枝の方へと駆け上っていく。そんな気配をランサーは察した。

 このまま真上からランサーに飛びかかる、あるいは飛び越えてマスター達を狙うのか。と、ランサーは気配の移動に反応し、足を止めて右手を槍から手放した。上空から来るなら、印を結び付近の花壇にあるレンガをぶつけようと考えたのだ。

 しかし、対応は徒労に終わった。身構えるランサーの予測に反して、アサシンは幹の陰から下がるように姿を見せた。幹を登ってなど、いなかったのだ。

「………ッ!?」

 気配を読み違えた、いや、これがあのアサシンの能力か。と、ランサーは印を結んでいた右手を槍の柄に移す。しかし、そんなランサーを嘲笑うかのように、アサシンはそのままランサー達から逃げるように距離を置き、そのまま霊体化していった。

撤退か、そう思わせての奇襲か。ランサーは油断なく槍を中段に構え、周囲の気配を探る。

「ランサー、準備ができた! ここから逃げるぞ」

 と、読水の声にハッと顔を上げ、それからアサシンのいた方を悔しげに睨んだが。

「……承知しました、すぐに!」

 そう応え、踵を返して二人のもとへ戻っていった。

 こうしてランサーと読水は、向こうから届く壮大な戦いの残響を背に、この場を後にしていった。

 

 

 

 その頃、崩落した橋の上ではライダーとアレクシアが最後の戦いに臨んでいた。

 ライダー――彼は自身の肉体を構成させている魔力を糧に、宝具『消されぬ功績(レルネー・フロガ)』を開放している。そして短剣とヒュドラの再生を封じた松明をもってアレクシアを死の世界へ追い込んでいく。

 アレクシア――彼女は二つ目の令呪を消費し、『六十三の侯爵――瞑目』と詠唱して防衛術を構築し、ライダーの特攻に耐えていた。同時に右腕から溢れ出る魔力の波動でもって、ライダーの消滅を早めていく。

 消える寸前の炎の瞬きのような激しさを持つ、ライダーの猛攻。悪魔の力で戦うかつてのアレクシアであれば、数秒も保たなかっただろう。これに耐えることができているのは、必要だと躊躇いなく使った魔神柱の力によるところが多い。アレクシアの身を包むこの魔神柱の防衛用の魔力がなければ、今頃は消し炭になっていたはずだ。

 だが、それでも尚、拮抗はしていなかった。

「ガァァァァアアアアッ!!」

 鬼の形相で松明を振るい、爆発的に吹き上げる炎をアレクシアに叩きつける。アレクシアはそれを、魔力の障壁で受け止めた。

 しかし、完全に受け切れてはいなかった。魔力で何十にも織り込まれた障壁は、チリチリと編み目が焼かれ、複雑且つ強靭な魔術的な構築を焼き崩されていく。

 物質的な炎によるものではない。かといって、魔術的な現象とも異なる。

 そう、これこそが宝具『消されぬ功績(レルネー・フロガ)』の真価。ヒュドラの不死性を殺したその神秘の火は、魔術回路を焼き潰すことで伝説を体現させている。故に魔術師の魔術や、発動状態にない宝具でさえ焼き塞ぐ。

 この炎には、圧倒的な魔力で作られた障壁も、膨大に積み上げられた紙切れ同然だ。術者のもとへ辿り着くのは、時間の問題だろう。

 だが、ライダーはその時間まで待ってはいられない。

 彼は炎の中へ飛び込み、逆手に持った短剣をアレクシアの障壁に突き立てた。

 手応えがあった。見れば短剣の先端は障壁の内側へと入り込み、魔力の向こうで驚愕に目を見開くアレクシアの顔が伺えた。

 間髪入れずライダーは腰を捻り、魔力障壁を横に引き裂いた。それで作られた穴は小さいが、魔力障壁に確かな破れ目ができた。

 後は、ブチ込むだけだ。

 ライダーは咆哮を上げながら、宝具『消されぬ功績(レルネー・フロガ)』をアレクシアへと叩きつけた。急ぎ障壁を修復したアレクシアだったが、その烈火の奔流に障壁は壊され、アレクシアは吹き荒れた炎の旋風に体を飛ばされ、橋の外、川の中へと落とされた。

 その姿を確認しながら、ライダーは乱れた呼吸に苦しみ膝を折った。顔の半分を濡らしていた血は炎に炙られ、蒸気となっていく。同時に手にしていた松明が霧散し、自身の体もまたこの世界から消滅していっているのを感じた。

 時間がない、魔力が尽きかけているのだ。ライダーは川の中で未だ動けないアレクシアを見て、ここが最後のチャンスだと確信した。

「グッ……オオオオアアアアアァァ!!」

 ライダーは短剣を放り捨てるや否や、傷ついていた頭部、こめかみへと手を突き入れた。そして頭部にある霊核を、絶叫と上げながら引き千切った。

 ライダーにはすでに宝具を使用するだけの魔力は残されていない。また、このまま消耗した体を酷使したところで霊核は保たなくなる。ならば、霊核そのものを使って、宝具を絞り出すしかない。

 頭部から引き抜かれながら形を変えた霊核は、先端が紫色に塗れた槍の姿を取る。

 それは、かの大英雄と同時期にイオラオスが得たもので、そして最後まで使わなかったが故に記録にさえ残らなかった切り札。

 とある怪物の血により取り出され、数々の英雄や神を殺した必殺の毒。その宝具の名は……。

「宝具――『へレクレス殺し(ヒュドラー・ディリティリオ)』……ッ!」

 ライダーは立ち上がり、狙いを定める。狙うは川の真ん中で呻いているアレクシアの、あの異形の右腕。当たれば殺せるのであれば、命中後の威力より狙い打つことのみに集中を置くべきだろう。

 ライダーは痛みに荒れる意識を研ぎ澄ませ、そして命中への確信を得る。彼は咆哮と共に体を大きく開き、投擲の構えを取った。

 

 そこで、彼の進撃は終わった。

 

 ドスッ。と、ライダーの体が衝撃で揺れ、途端にライダーの体から、振り絞った最期の力が抜け落ちていく。

 見れば、自分の胸から二本の……いや、一対の鋏が生えている。

 そうか。と、ライダーは確信し、背後で自分を串刺しにしたアサシンを見つめる。

「てめえ……は……」

「その毒で、我がマスターを殺すか……イオラオス」

 アサシンは、これまでとは打って変わり感情の篭った声で、ライダーに言った。

「それは、我が友の力だ。彼を死に追いやった貴様が、今度はそれで我がマスターを討つかイオラオス……ッ!」

「てめえは……あの時の……」

「貴様にそれを使う資格はないッ!」

 アサシンはそう叫ぶと、ライダーの胸に残された最後の霊核をズタズタに引き裂きながら鋏を引き抜いた。ライダーはその拍子に、どっと仰向けに引き倒された。

 

 

 

 おびただしい血が、自分の体から抜け出ていくのを感じた。

 瞳に映る空は暗く、掠れる視界とは裏腹に雨音だけが嫌に耳につく。

 ここで終わりか。ライダーは自分が殺されたことを、何千年も掛けた仇討ちによって討たれたことを確信した。

 しかしそれ自体には、今更悲観的な感情を抱いたりはしない。長く英傑達と肩を並べてきた身だ、こういう最後は何度も見てきた。

 ただ、心残りがある。

「……今一度、神々に願う」

 そう告げたライダーに反応し、アサシンは身構えた、しかしそれに構うことなく、ライダーは虚ろなままに言葉を紡いでいく。

「英雄の背は空に瞬く星の如し。それを見上げる若者は育まれ、次代の英雄となる。願わくば、彼の背中に焦がれ従った、あの青春の力を……再び」

 ライダーはそっと地面に取り落とした槍に触れる。すると、槍は黒い靄となり、宙へ広がり霧散していく。

「………」

 アサシンはその様子を黙ってみていたが、ゆっくりと構えを解き、ライダーの最期を看取った。

 ありがたい。と、ライダーは微笑んだ。これで英霊として、できる限りのことはした。仇として自分を討った彼の分も含めて、この仕事は後の者に任せよう。

 佐藤もことも、心配ない。彼女はまだ生きている。生きていればきっと、彼女はこの敗北から学び、強く、苛烈に生きられる。そこに幸せがあれば、尚のこと良い。

 そして、願わくば……。と、若獅子の導き手は現世からゆっくりと消滅していきながら、願う。

 願わくば、彼女の血に流れる獅子の意思、あの大英雄ヘラクレスの意思を未来に繋いで欲しい。

 それが叶えてくれるのであれば、かつてその意思を受け継いだ若獅子らを導いてきた者としては、もはや何も言うことはないだろう。

 

 

 

 そして。穏やかな祈りと共に、騎兵のサーヴァントの霊基は消滅した。名残めいた黒靄もまた跡形もなく、宙は曇天に包まれ続ける。

 これより聖杯戦争は新たな段階(ステージ)に移る。準備期間は終わり、各々が磨き上げた刃、煮詰められた毒が飛び交う闘争の夜。

 その中心となるのは若獅子の導き手イオラオスを斃し、もはや魔人と呼ぶべき領域に踏み込んだ魔術使い、アレクシア・ブロッケン。これより数日間、いやがおうにも彼女にかき乱される盤面に無関係でいられる陣営は存在しない。

 

 遠い空で稲妻が鳴り響いた。雨は、未だ止まない。

 

 

 

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