Fate/reselect   作:Fate/reselect出張所

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第一話『三騎士』

 

 

 

 サーヴァントを召喚させたシュウジは、真っ先に教会へと向かった。

 シュウジを保護してくれた、かつての居場所。既に深夜と言える時間だが、シュウジの勘が当たっていれば、彼はまだ起きているはずだ。

 戸は叩かれるより早く開かれた。扉を開けた、顔に深い皺と傷を刻んだ初老の男が、すっと影のように扉の前に歩み出た。

「……先生」

「任務完了の報告ではなさそうだ……入りなさい」

 男はそう言うと、シュウジを聖堂に招き入れた。

 マリオ・アルバーニ。シュウジの養父であり、上司であり、師でもあった男だ。聖堂の中ほどまで来てからマリオは鋭い切れ目を柔らかく細めて、口を紡いでいたシュウジを見た。

「……さて、まあ察しはついているが、どのような要件か」

 シュウジは黙って右手を、描かれた令呪を見せた。

「ここで聖杯戦争をやるなどと、聞いておりませんでした」

 なぜ、黙っていたのですか。と、シュウジはマリオを睨む。その剣幕に怯むことなく、マリオは聖堂を軽く見回す。

「……サーヴァントは、もう召喚したのか」

「……セイバー」

 シュウジが合図を送ると、二人の背後、聖堂の入り口のそばの壁に背を預けた男が実体化した。

 三十代ほどの、大柄な偉丈夫だ。肩に届くほどに伸びた茶髪に、貫禄のある笑みを浮かべた髭面。チェニックの上に鎖帷子を着た大きな体を赤いマントで包むその姿は、往年の騎士を彷彿とさせる。

 ほう。と、マリオはその姿を見て声を上げる。

「最優と評されるセイバーを引き当てたか」

「なぜ、黙っていたのですか」

 シュウジは改めて言った。

「ここで聖杯戦争をするなど、任務に着く際に聞いていませんでした。あの男がマスターであることも」

「この地で開かれた聖杯戦争には異例なことが多い。私も君に指令を出した後、唐突に監督役に命じられたくらいだ」

 マリオはそう言うと、横顎に刻まれた傷を撫でた。

「しかし……お前に令呪が宿るのは想定外だったが、こうなると指令も更新せざるをえんな」

「と、言うと……?」

 シュウジが促すと、マリオはシュウジに向き直った。

「読水竜也への任務は引き続き継続。それとは別に、お前は聖杯戦争に参加するマスターとしてやってもらいたいことがある」

 マリオはそう言うと、ポケットからUSBメモリーを取り出し、シュウジに渡した。

「今回の聖杯戦争は直前まで聖堂教会に対し、秘密裏に準備されていた。そしてその参加者も、公に他の亜種聖杯戦争に参加できない者が多いらしい」

 能力や経歴、家柄の都合でな。マリオはそう付け足し。

「そのデータには、聖杯戦争の直前にこの日坂市に来た、聖杯を手に入れるに相応しくない魔術師の情報が入れてある。もしデータにある魔術師が令呪を宿しているのなら、優先的に打ち倒せ」

「……先生、聖杯は魔術師が作った紛い物です」

 USBメモリーを見つめながら、シュウジは口を開いた。

「我ら聖堂教会の人間にとって、そんな紛い物を得るに相応しいも何もないのでは……?」

「そこのデータには、人を殺すことを何とも思わぬ者や、禁忌と指定された魔術を好んで研究するどうしようもない連中が記録されている。そんな者らに、奇跡の願望機を渡させる訳にはいかんよ」

「なるほど」

 シュウジは頷き、USBメモリーをポケットに入れた。そしてマリオに向かって、深くお辞儀をする。

「ならば代行者としてこの任、謹んでお受け致します」

「うむ。霊器板……ああ、各クラスが召喚されたかを把握する品なのだが、それによれば、未だランサーのみ現界しておらん。急げば、相手がサーヴァントを召喚する前に手を出せるかも知れぬな」

 そして。と、マリオはこう付け足す。

「すまんが以後、私は監督役として、君は聖杯戦争に参加するマスターとして動くことになる。当然、これ以降の援助はないものと思え」

 マリオはそう呟くと、聖堂の中央を飾ってある十字架を見た。

「……なあ、シュウジ。聖杯には意思があり、聖杯を望む者を優先的に選別して令呪を与えるという」

 マリオはそう言って振り返り、シュウジを見た。

「君が聖杯に選ばれたのは……悪しき者に聖杯を掴ませるなと言う、主のご意思のように感じないか?」

「………」

 シュウジはその言葉に、目を伏せ。

「私には、主のご意思など図れません。私は敵を、ただ全て切り払うのみです」

 失礼。と、シュウジは頭を下げると、退出していった。

 セイバーもそれを見送ると、シュウジに続く。しかし、ふと振り返り、セイバーはマリオを見た。

「……どうした? 貴様のマスターが行ってしまうぞ?」

「別に、ただ変わらぬものだと、そう思っただけだ」

 セイバーはそう告げて肩をすくめると、マントを翻して霊体化してしまった。

 その様子に、マリオは顔をしかめたが、セイバーが消えると溜息をつき、改めて十字架を見つめた。

「主のご意思、か……」

 軽率な言葉であったな。マリオは一人、そう呟いた。

 

 

 

「――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 読水は土蔵の中で、サーヴァントを召喚するべく詠唱を行っていた。

「誓いを此処に。われは常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 読水の詠唱がアクセルとなっているのか、魔法陣から吹き荒れる風と光は、その強さを増していく。

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 読水が詠唱を終えた、その時だ。陣の中心に捧げた触媒であるお猪口が、真っ二つに割れた。

 そして溜めた物を吹き出すように、一気に光が溢れ出す。それが収まった時には、周囲は土蔵の埃で満ちていた。しかも風のせいか、物がガラガラと落ちる音も聞こえる。

「……最悪だな」

 これじゃあ成功したかも分からない。仮に成功しても、英霊がその汚さに拗ねかねない。そんなことを思った読水は咳き込み、本能的に新鮮な空気を求める。

 そうして出入り口へと振り返った読水の瞳に、黒鍵の閃きが写った。

 読水が何か反応をする前に、その剣は弾き落とされた。見れば、読水の顔のすぐ脇から槍が伸びていた。

 その十字に広がった穂の部分、そして長い柄の根本へと、伝うように読水の視線が動いていく。そして槍の操者へ、自らが召喚したサーヴァントを、読水は見た。

 それはお猪口に手を触れた時に見た、彼女だった。癖のある黒の総髪に、中性的な顔、凛とした力強さを持つ瞳。上は茜色の着物、下は黒の袴姿で、腰には脇差を差していた。

「……ランサー」

 彼女を見て、読水はポツリと呟いた。

 彼女は槍を突き出したまま、その声に反応してパッチリとした釣り眼を読水に向け。

「……ケホッ」

 と、咳き込んだ。

 そして次の瞬間、二の矢、三の矢と飛び込んでくる黒鍵。ランサーは読水の肩を掴んで自分の背に引き寄せ、槍でそれらを弾き落とした。

「おいおい……またあいつかっ!?」

 黒鍵を見て喚き、読水は拳銃を抜いた。ランサーはマスターである読水の盾になるように移動し。

「自己紹介は後に、マスター……今はこの場を切り抜けましょう」

「分かってる! 行ってこいランサーッ!」

 読水の叫びに応え、ランサーは土蔵の出入り口へと駆ける。

 しかし、その出入り口を塞ぐように、大柄な男が実体化した。

 獅子のような風貌に、奥底に光るものを感じる切れ長の目。そして鎖帷子にマントという出で立ちに、読水の顔が凍りつく。

「……ようサムライ」

 男は右肩を戸口に預け、槍を構えるランサーを覗き込む。

「やろうか……ッ!」

 そう言うと、男――セイバーは足を前に滑らせ、壁で隠していた右手の剣を、壁を突き破りながらランサーに振るう。

 ランサーはそれを左右に伸びた十字の刃で冷静に受け止めるも、力負けしているのか、片足を後方にスライドさせた。

 しかし、それで何とか踏み止まったランサーは受け止めた剣を、槍先を回して搦め取るように下方へ導く。そして姿勢を崩したセイバーの延髄目掛け、槍を引いた。

 鎌のように首へ迫る十字槍を、セイバーは見もせずに剣で弾いた。そして、ならばと突き出された槍を後方へ跳び回避。そのまま土蔵の外まで一飛びで下がった。ランサーはそれを追い、同じく土倉から飛び出る。

 読水も咳き込みながら、入り口へと駆け寄った。見ればセイバーの背後に、こちらを睨む、あの代行者がいる。

 ヤバい。読水は油断なく槍を中段に構えるランサーへと叫んだ。

「ランサー!」

「出ないでマスター! 危険ですので、そこにいて下さい!」

 そうじゃない。読水は改めてセイバーを見た。

 マスターはサーヴァントを見ることによって、その能力をある程度把握することができる。無論、サーヴァントの切り札とも言える宝具までは看破できないが、敵サーヴァントでも筋力や耐久性など、基本的なステータスなら確認できる。そのステータスから判断して、彼我の差は圧倒的だ。

 それだけじゃない。セイバーの風貌や、手にしているロングソード、そして事の経緯から、彼の真名を読水は知っていた。

「奴はエル・シドだ! お前が正面から戦って勝てる相手じゃあない!」

 エル・シド――本名をロドリーゴ・ディアスという。

 十一世紀、スペインでに行われたレコンキスタでその名を轟かせたカスティーリャ王国の貴族であり、多くの者に戦場の勇者を意味するカンペアドールと謳われた騎士でもあった。

 時の王アルフォンソ六世との確執より、二度の追放をされても尚、彼は多くの兵士に慕われ、イスラム教徒が治めていたバレンシアを征服し統治した。

 彼の死後、バレンシアは再びイスラム教徒に奪還されることになるが、彼の伝説的活躍は彼の生前より歌われ、現在は『わがシッドの歌』という叙事詩が残されている。その叙事詩と共にスペインでは、官公を恐れぬ家族愛や情熱を持つという国民性を象徴する英雄として、今尚も愛されている。

 そんな国民的英雄を相手取る、このランサーは何者か。自分が十年掛けて用意したアレに、果てして勝てるのか。

 疑惑と恐怖ばかりが頭に浮かぶ読水。そんな彼に、ランサーは振り返り。

「……大丈夫! 信じて下さい、マスター」

 と、口角を上げて言ってみせた。

「……と、言うは簡単だが? ランサーよ」

 セイバーは剣を肩に乗せ、顎を上げる。

「勝てる気でいるのか? この俺に」

「腕相撲でなければな、セイバー」

 ランサーは槍を握り直し、セイバーに向き直る。

「案ずるな。お前に見合うだけの技を持つこと、今から思い知らせる」

 ふん。と、セイバーは笑い、振り返る。

「おいマスター、今は手を出さんでくれよ。気持ちは分かるが、まずは真っ向から試合おうじゃないか」

 その言葉にセイバーの後方にいたシュウジは溜息をつき、腕を組んで応えた。

 その様子を見て、セイバーは申し訳なさそうに笑みを浮かべ、剣を振り下ろす。肩に乗せていた剣を、下に振り下ろす。それだけで彼のマントが舞い上がり、遠くに立つ読水の頬にまで風を感じさせた。

「良し……参れ」

 その言葉を口火に、ランサーが前に飛び出した。

 顔面、胴、肩口、そしてまた胴、都合四度の連撃。それをセイバーは、全て片手で持った剣で弾いて防ぐ。

 五度目の突きは足元、それをセイバーは姿勢を低くし、剣で止める。しかしランサーは手の内の操作で槍先を回し、左右に伸びた刃でセイバーの剣を上に弾く。

 その技に、セイバーの体勢が大きく崩れた。ランサーはこの機を逃さず、彼の股目掛け、槍を振り上げた。

 セイバーはその奇襲に、難なく対応した。彼は仰け反るように崩した体勢を腹筋のバネで戻しつつ、槍の柄を踏み付けて股への攻撃を抑え込んでしまう。

「それはさっき見せて貰った」

 芸のない。セイバーはそう呟くと、踏み付けていた柄を横に蹴りつけて、ランサーに肉薄した。

 剣に対する槍の優位性は、間合いの差と動作の細かさにある。その為に槍先を操作する柄の内側に入られると、自身を守る物がなくなってしまう。

 しかし、それは高速で槍を操る手捌きより、その遥かに大きく重い体が早ければ叶う話だ。

「……っと」

 セイバーは声を上げて静止し、引き寄せられるどころか、そこから再び突き出された槍を剣で受け止めた。

 続く乱打に舌を巻き、セイバーは槍を堅実に捌き、突風のように突発的に後方に飛び跳ねた。

「なるほど」

 セイバーは距離を取ると、剣の切っ先でランサー、そして伝うように槍を指していく。

「槍を操作は小さく細かく……だから俺の動きより先んじ、制することができる。そしてその十字の槍、軽く躱せば左右に伸びる刃で裂かれる。受けるか大きく体を崩して躱すしかない」

 良く出来ている。セイバーはそう評し、讃える。

「確かに良い……だがなランサー、それは槍の技としては、というだけだ。これは[[rb:競技 > ジョスト]]ではないぞ」

 セイバーはそう言いながら、剣を下げたままランサーに歩み寄る。セイバーは左腕を肩の高さまで挙げると、もう一振りのロングソードを実体化させた。

「二刀……」

「覚えておけ。そういう小技の及ばぬところに、強者は君臨している」

 ランサーの間合いにセイバーが何の構えもなく踏み入る。ランサーは躊躇なく、槍を突きこんだ。

 セイバーはそれを右手の剣で薙ぎ、ランサーの体ごと宙に弾き飛ばした。

 どっしりと構えていたランサーの体が槍に引っ張られ、両足は地に離れる。そして次の瞬間には、セイバーはランサーの真横にいた。

 体を浮かせたランサーに、セイバーは左手の剣を振り下ろした。ランサーは身を捻って槍の柄でそれを受けたが、そのまま地面に強かに叩きつけられる。

 地面を揺るがす程の衝撃に、再度ランサーの体は地面から浮き上がる。セイバーは足を上げ、そんな彼女の腹部を蹴り飛ばした。

 ランサーは身を丸くしながら地面を信じられない速度で転がり、数度のバウンドを経て敷地を囲う壁に激突する。

 瓦が浮き上がり、ランサーの周囲に落下するほどの衝撃。しかし彼女は、壁に激突した次の瞬間には体を起こし、セイバーに飛び掛かっていった。

「……激情家だな」

 セイバーは渾身の力を込めたその突きを、難なく受け止め、ランサーの喉を狙った。

 ランサーはそれを上体を反らして躱すと、そのままコマのように体を回転させ、彼の頭部目掛けて槍を繰り出した。セイバーはそれも片手で弾き、残る片方の剣で押し潰すように迎え撃つ。

 ギロチンのようなセイバーの剣撃。ランサーはそれを、弾かれた衝撃を利用し、獣じみた動きで躱した。そして転がるように、セイバーと距離を置く。

 そうして奮然と彼女は立ち上がったが。

「……ぐっ……ゲホッ」

 と、苦しげに身を丸めると、痙攣するように咳き込む。その口からは、血が零れ出ており、額からも一筋の血が伝っていた。

 あれだけのダメージを押して、反撃をしてきたのか。と、セイバーはその姿に敵ながら感心した。蹴りつけられて、そこで動かなくなってしまっては付け込まれると踏んでの行動だとしたら、破滅的だが、英断と言えよう。

「ランサーッ!」

 叫ぶ読水に、ランサーは手を挙げて応えた。まだ、大丈夫であると。

「……なるほど、どうしようもない。力と速さ、そのどれもが私より遥かに上回っているが為に、通るはずの技も抑え込まれている」

 まるで子供と大人の戦いだ。ランサーはそう評価すると、構えを解いて棒立ちになる。

「失礼した。確かに貴方は、私よりずっと強い」

「……分かってくれたかな?」

 余裕の表現か、そっぽを向いて悠然と応じるセイバーに。

「故に……っ!」

 と、ランサーは鋭く叫ぶ。

「小細工を使わせて貰います……!」

 ランサーはそう言うと、柄を掴んでいた右手を離す。そして人差し指と中指を突き出した握り拳を作る。

 ガンドの類か。後方から見ていたシュウジは警戒する。相手を指差すことで呪う北欧の呪術だが、その最上級のものはフィンの一撃と呼ばれ、物質的な破壊力さえ有する。極めるのは難しいが、使い勝手の良さからか、過去多くの敵からシュウジは指差されてきた。

 しかし、ランサーのそれはガンドではなかった。

 彼女は自分の後方を、振り返ることなく指し示す。そこにあるのは、衝突の衝撃で瓦が落ちた壁だ。

 彼女は後方を差した手を、何かを投げつけるように勢い良く振った。

 すると、後ろに転がっていた瓦が飛び上がり、ランサーの指に引っ張られるように弧を描き、セイバーに迫る。

 セイバーはそれを、両の剣で払い落とした。

 それを確認したランサーは、セイバーを睨んだまま、間を置かずに指で土蔵を指し示す。すると、今度は屋根に敷き詰められた瓦が一斉に音を立て、宙に巻き上がる。

 ランサーの指は指揮者のように動き、それに伴って宙に浮いた瓦が飛来し、上空から真下のセイバーへと振り下ろされる。

「鬱陶しい!」

 セイバーは降り注ぐ瓦を前方に駆け抜けて避け、そのままランサーに迫る。

 ランサーは舌打ちし、槍を両手に握る。そして一撃、二撃と繰り出されるセイバーの剣撃を、体勢を崩しながらも受け流していき。

「マスターッ! 蔵の中へ!」

 そう叫ぶと、ランサーは身を投げ出すように後ろに飛び込んだ。

 それを追ってセイバーも前に出たが、後方から飛来してきた何十もの瓦が直撃し、思わず怯んでしまう。

 その瞬間をランサーは逃さなかった。彼女は足を地面に滑らせながら体勢を整え、槍を逆手に持ち構えると、一息にセイバーに投げつけた。

 そしてセイバーがそれを弾いている間に、ランサーは先程の印を両手で結び、一本背負いでも行うかのように土蔵を指差すと。

「づあああああああッ!!」

 叫び、全身を使って思い切り引き抜いた。

 土蔵は屋根を引っぱられ、セイバーが破壊した壁を中心にくの字に折れ倒壊を始めた。

 面食らうセイバーに背を向け、ランサーは崩れる土蔵の中へと全力で駆け込む。その真意に気づき、セイバーが駆け出そうとした瞬間には、屋根はセイバーの前で地面に激突し、凄まじい音と粉塵を上げた。

 

 

 

「……クソ。マスター! 無事かッ!?」

 セイバーは歯噛みし、振り返る。

「問題ない! それよりセイバー、まだやれるか!?」

「どこもやられちゃあいない!」

 そう答えているうちに、シュウジはセイバーの横に駆け寄る。その手には、既に黒鍵が握られていた。

「良し……なら追え、もう手合わせは充分だろう!」

 セイバーは息を整えるように一息つき、そんな彼を見るが。

「……いや、それは下策だぞマスター」

 と、顔を上げ、顎でシュウジにそちらの方を見るように示した。

 シュウジもそれに従い、彼が示した方向を見た。

「あやつに背を向け、ランサーらを追うのは、流石に御免被りたい」

 セイバーが指し示した先には、電柱の上に青年が立っていた。

 引き締まった体を黒い衣装で包み、その上に黄色の漢服を片肌脱ぎに着崩している。艶のある黒髪は後方に撫で付けられており、そして一番印象的な、不遜をそのまま顔に貼り付けたような笑みを湛えている。

 彼はシュウジ達をジット見下ろしていた。そして彼は隠すことなく、その手に赤い弓を持っている。

「……おう、マスターよ」

「ああ、アーチャーだ。気を抜くな」

「無論だ」

 二人はそう確認し終えると。

「……で小僧、こんな夜更けに一体何の用だ?」

 と、セイバーが電柱に立つその青年――アーチャーに剣を突き付けて問うた。

「別に用という訳じゃあないが……」

 アーチャーはそう言って、肩をすくめてみせる。

「ただお前こそ、この夜更けにあれだけ派手に暴れたんだ。一体何事だと、気にならない方がおかしいだろう」

「ほほう。なら、お前さんも少し遊んでくか?」

 そう煽るセイバーを制し、シュウジが前に出た。

 シュウジは思考を巡らす。何も手当たり次第にサーヴァントを討っていく必要はない。要は任務さえ遂行できれば、シュウジにとっては何も問題ないのだ。

 先程の戦いを、どれだけの魔術師達が見ていたかは知らない。しかし、少なくとも目の前のアーチャーのマスターだけは、エル・シドの強さを認知したはずだ。それならば……。

「貴様のマスターは?」

「さて、答える義理はないな」

 そう言うな。と、シュウジは黒鍵を柄だけの状態に戻して服の中へと仕舞う。

「お前のマスターに伝えろ。セイバーのマスターが、直接会って貴公と取引したいと申し出ていると」

 

 

 

 一方、アタッシュケースを抱えたランサーと、それを追う読水は、月明かりの下でフラフラと走っていた。

「いてて……いやー、セイバーは強敵でしたね」

「もう二度と……良いか? もう二度とだ。てめえの指図は受けないと、俺は決めたからな」

 とりあえず、隠れる場所を探そう。と、読水達は日坂市の街明かりへと消えていった。

 

 

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