Fate/reselect 作:Fate/reselect出張所
何度も、何度も同じ夢を見る。
感じたのは、そこに吸い込まれてしまうかのような圧痛。
見たものは、さざ波のように揺れるアサシンの姿。
聞こえたのは、私の悲鳴……そして私の名を呼ぶ、ライダーの声だった。
それらが、パチンと泡のように消える。
そして、理解する。
――ああ、あのアサシンも、消えたのだな……と。
「………」
夢を見ていた。何度も、何度も同じ夢を。
しかし、それはどんな夢だったろうか。佐藤はそんなことを考えながら、ぼんやりと目を開けた。
そう……あれは、腕を。
……左腕を。
「………!」
佐藤はパッと身を起こし、左腕に右手を添えた。触れた先、肘より少し先には……何もなかった。
「………」
右手はそれからゆっくりと肘、肩へと、まるで抱きしめるように左腕全体を撫でていく。佐藤は目を閉じ、そうして失ったものと、まだ残っているものを確認していく。
しかし、想像以上に恐怖も、衝撃も湧き上がらない。
だが、その……ない、という事実が佐藤の全てを包み込んでいった。
在って当たり前で、何でも掴めると思っていた――左腕。それが予告もなく、そしてこの先再び取り戻せるはずもない形で、失ってしまった。
何て、呆気ないのだろう。
「……ライダー」
寂しさから、不意に出た言葉だった。しかし、それが佐藤に気づきと覚醒を与える。
“ライダー? ライダー……!?”
戦いは、彼はどうなった? 令呪は? 私はどのくらい……そもそもここは? どこかの部屋なのか?
夜なのか、周囲は暗い。佐藤は立ち上がり、手探りで部屋から出ようとする。しかしフラついた体を支えようと壁に伸ばした左腕が短く、側頭部から壁へと強かに打ちつけてしまう。
佐藤はその衝撃に手足の間隔を失い、膝から崩れ落ちそうになる。しかし……。
「……大丈夫ですか?」
と、佐藤は倒れる直前に、前方から抱き止められた。見れば、目の前に凛とした瞳を持つ女性――ランサーが実体化し、その中性的な顔を曇らせて心配そうにこちらの顔を覗き込んでいる。
「ランサー……あの」
「まずはこちらに」
失礼。と、有無を言わさず、ランサーは佐藤を先程までいた寝床へと運ぶ。佐藤は自分の脚で立つことも叶わず、されるがままとなってしまう。
「マスターは現在お疲れですので、説明は明日まで待ってください。……あ、何か飲む物をお持ちしましょうか?」
「いや……大丈夫」
そうですか。と、佐藤の答えにランサーは頷き、布団を佐藤に掛けた。
「今は兎に角、お休みください。貴方は自身が思っているよりずっと、弱っているのですよ?」
「………」
良くは分からないが、ともあれ自分は彼女らに助けられたらしい。佐藤はランサーの言葉に、ゆっくりと頷いた。
「では……お大事に」
そう言って頭を下げ、ゆるゆると退室していくランサーだが。
「ランサー……私は、負けたの?」
そう言って、佐藤はそれを呼び止めた。
ランサーはピクッと動きを止め、少しだけ黙っていたが。
「今は戦いを忘れ、御自愛ください」
優しげにそう言って、彼女は静かに霊体化していった。
「……そう」
もう、自分のことだけで良いのか。と、佐藤はぼんやりとその言葉の意味を理解した。それならきっと、ライダーは……もう。
そして目を閉じる。すると、その視界と同様に意識もまた、暗く温かい世界へと沈み込んでいってしまう。
佐藤は意識が暗闇へと沈み切る直前、両の目尻から寝床へと、スッと温かいものが流れたのを……感じた気がした。
もう警戒を解いて良いだろう。と、鑑宮はカーテンを開け放つ。疲れた両目に入り込んだ陽光に顔をしかめた。
「……もう一度聞く、アーチャー」
鑑宮は振り返り、壁を背に地面に座り込んだアーチャーを見やる。
「あの時、お前は確かにアサシンの消滅を確認したんだな?」
「しつこいぞ。鑑宮」
ゆっくりと顔を上げ、アーチャーは乱れた髪の隙間から鑑宮を睨んだ。しかし、その瞳には以前のような力が感じられない。昨夜での一戦の影響か、アーチャーの自信、覇気は見る影もなく萎えてしまっている。
「奴は俺の宝具で死んだ。お前も俺とのラインで、奴が潰れる手応えを感じたはずだ」
「……ふむ」
鑑宮は嘆息し、机の上に置いてあった煙草の箱に手を伸ばした。
昨夜の襲撃は、アサシンの死を以って危機を脱したと思っていた。しかし霊器盤にてその死を確認したら、彼は未だ脱落していないこととなっていた。
死の擬態、あるいは復活か。勇敢なる刺客、カルキノス――アサシンの真名は把握できている。あれにはそう言った宝具があるとは考えにくいが……ともあれ鑑宮は夜を徹して二度目の襲撃に備えたが、アサシンはやってこなかった。
「……なら、考えられるのは生の偽装だな。最期まで見せなかったアサシンの宝具は十中八九、星座に関わる代物だ。奴は本当にアーチャーに殺されたが、星となって今も空に生きている……そんなところだろう」
ふざけた宝具だ。と、アーチャーは吐き捨てた。
「それに、一体何の意味がある?」
「……意味か」
鑑宮は煙草を咥え、火を着けながら思考を深める。そして紫煙と共に、自らの見解をゆるゆると吐いていった。
「暗殺者としての役目を、十全に発揮できる……歴史上、暗殺者は使い捨ての手駒が常だ。それを失った時点で敗れる戦争など、本来はありえない」
「………」
「つまり、サーヴァントを失っただけで……アサシン陣営は負けてない。そのマスター、アレクシア・ブロッケンの息の根を止めるまで、奴らはこの戦争に関わっていることになる。少なくとも、聖杯はそれを許している」
しまったな。と、鑑宮は煙草をくの字に折り、自嘲した。
「我々はマスター殺しのアサシンを排除した代償に、真名を漏出させてしまった訳か……」
あの時、アーチャーが宝具を独断で解放しなければ……そう思わずにはいられないが、悔やんでも仕方がない。それに、あそこでアーチャーが宝具を使わなければ、下手をすればこちらが脱落していた。
「……はっ! してやられたな、鑑宮……っ!」
アーチャーはそう笑うと、こちらを見やった。
「……で、次はどうする?」
鑑宮はその態度に苛つくも、それを隠すように肩をすくめた。そして、灰皿に曲げた煙草を放り、次の煙草を吸い始める。
「今、考えている」
……しかし、ここまで使えない奴だったとは。と、鑑宮はアーチャーを一瞥した。落胆し座り込み、アサシンを弓で討てなかったという無力感を引きずっている。
それがどうした。鑑宮はそう思うも、言葉にはしない。それは自分にとって、口にするまでもないことだった。
自分が無力だろうと、現実というものは待ってはくれない。この世は本質的に弱肉強食だ。しかし捕食者にとって獲物か否かの判断基準は、それ本来の実力でなく動けるか、否かという点だ。
例えどれだけ強かろうと、動けないのならば獅子でも鴉に食われてしまう。それなら動けない英雄より、立っているだけの案山子の方が余程マシというものだ。
そう、いつだって鑑宮はそう信じてきた。無力感も必死さも、仮面の内側に押し込んで仮面の表側だけを見せつける。だからこそ強大な世界と、分不相応にも戦ってきたのだ。
鑑宮は弱気を煙の中に隠しながら、考えを巡らす。
……アーチャーの弓の腕にはそれほど期待してはいなかったが、真名が割れたとなるとそれに頼ることも必要になるだろう。
しかし、まだ攻勢に出る訳にはいかない。まだ不確定要素である陣営が多すぎる。少なくとも、『欠片』を手中に収めるまでは……。
そう考えていると、ケータイが鳴った。バーサーカーのマスター、レオポルディーネ・ミローネから電話のようだ。
「……おはよう、ミローネ君。何かあったかな?」
鑑宮は深呼吸をして心を落ち着かせ、電話に出た。
そして彼女からの報告を受ける。
「……そうか。じゃあ、機会があれば今夜にでも仕掛けてくれ」
鑑宮はそう応えて、その悦びを拳で静かに握り潰した。
「今夜に……って、いや無理でしょ」
通話を切ったケータイをポケットに押し込み、レオポルディーネはげんなりとした様子で呟く。
夕刻。彼女は郊外にある土手の脇に車を止め、視界いっぱいに広がっている住宅の一軒を観察していた。
やる気のないその言葉を、隣にいたバーサーカーが耳聡く拾い上げ。
「無理なのか?」
「無理なの」
「本当に?」
「ほーんとーうにー」
鑑宮から再度『欠片』の回収を指示され、早くも五日経つ。二人は探知用のルーンで魔術的な痕跡を探り、追跡魔術を駆使し、時にはしぶとく隠れ潜んでいた不参加の魔術師と遭遇してしまったが為に無駄な労力を割いたりもした。
そして今朝方、この郊外で嫌に目立った魔術結界を張った一軒家を見つけたのだが……。
「罠でしょ、こんなの……ねえ、バーサーカー。あれだけ逃げ隠れしていた運び屋が、あんな分かりやすい工房を作ると思う?」
レオポルディーネは愛車フィアット500Cの窓から身を乗り出し、指で作った双眼鏡で件の家屋を観察している。傍目から見たら遊んでいるようにも見えるが、これでも魔術でしっかりと望遠機能を作っている。
「どうだろうな……連中、意外と切羽詰まってたのかも知れねえぞ」
そう言うバーサーカーは、外された天蓋部分から上半身を飛び立たせ、パンをモソモソと食べながら川辺にいる鴨の群れを眺めている。
「……確かに、ライダーのマスターを助けたって話もあるし、籠城する覚悟を決めたって可能性もあるのよね……」
「この国にはパフィンはいねえのかな……」
「あのペンギンみたいなやつ? いないわよ……でも、仮に同盟が結ばれていたとしても、ライダーを失ったマスターを助ける義理はないじゃない? それにキャスターやアサシン陣営の罠って可能性だって当然ある訳でね?」
「おいレオ、あのデカい鳥は何だ?」
「あれは鷺ぃ……っ! っていうか、聞けッ!」
それと、ミローネって呼べ! と、レオポルディーネは身を捻って天井部分に乗り出して怒鳴る。
「そもそも! 何で私のパン食べてるのよ!?」
「俺のを食い終わったから」
「あんたには必要ないでしょう、おいこら使い魔ぁ!」
怒り狂い手を伸ばすレオポルディーネから離れるように、バーサーカーは背を反らしてパンを遠ざける。そして全てのパンを食べ終わってから、口を開いた。
「で? もう一つの報告は? 電話じゃ、結構驚いていたじゃあねえか」
「……アーチャーがアサシンを落としたそうよ。宝具か何かで、霊器盤には感知されてないそうだけど」
その情報に、バーサーカーは意外そうに顔をほころばせた。
「俺を他所にあのキザ野郎、楽しんでいるみたいだな」
「何はともあれ、これで残るサーヴァントは五騎。そろそろ私達も、この仕事を終えないといけないわよ」
「そうかい……まあ、あのランサーを誰かにくれてやるのは惜しいな」
よし。と、バーサーカーは結界を張った家屋を見やる。
「明日までに状況が変わらなければ、こっちから仕掛けるぞ」
「ふん……今夜じゃなくて、いいわけ?」
「今回はきっと、どっちかが死ぬまでやり合うんだ。お前も準備があるだろ? 色々とな」
「………」
レオポルディーネは、呆気からんと言われたその台詞に言葉を詰まらせた。
数日間、バーサーカーとランサー達の追跡を続けてきたが、それが終わる……そして終わるということは、どちらかが死ぬまでの殺し合いが始まるということだ。
覚悟を決める必要がある。しかしその必要性を、バーサーカーに言われるまで自覚していただろうか。
レオポルディーネは彼を見上げている。その度に、この怪物のような顔立ちの狂戦士は本当に狂人かどうか、己に問いているような気がするのだ。
「……そうね」
素直にそう言って、レオポルディーネはのそのそと車外に出て、思いっきり伸びをした。
「……それにしても、結局アサシンとは会わなかったわね」
「それなぁ……残念だ」
「どんな英霊だったのかしら?」
「アサシンだから、どうせ友達の少ない根暗だ。だが俺様と友達になってりゃ、もう少し派手に死ねたろうな」
「なにそれ?」
レオポルディーネは川辺に目をやる。その視線に気づいたのか、あるいはそういう時間帯なのか、水鳥達が西の空へと一斉に飛び立った。
夕日に溶けていく八羽の影は美しかったが、レオポルディーネには少し不気味で……何か良くないものを見たような気がした。
如何に根源を目指す魔術師とて、食事は必要である。
ウィリアム・シンは、駅前のデパートで惣菜を買い漁っていた。
“ウィリアム君、昨日の今日で……こんな所で買い物をしても良いのかね?”
そう尋ねるのは、霊体化しているキャスターだ。その問いかけに対し、ウィリアムは柔和な笑みで応える。
“こんな時、だからですよ。こんな所でアレクシア・ブロッケンが襲ってきたら、他の陣営も素早く反応できる。そうなればセイバー達が、彼女を斬り伏せてくれるでしょう”
“その抜け目のなさは買うが……私が言っているのは、君の体調だよ”
嘆息するキャスターの言葉を笑い飛ばし、ウィリアムは目についた揚げ物を手に取る。そして、溜息と後にこう続けた。
“……しかし、あの魔女をあそこで取り逃がしたのは痛手ですね”
“やはり互いのサーヴァントを使わずに、という協定は足枷でしかなかったかも知れないね”
“そうですね……いえ、だけどそれがなければ、共闘するのさえ難しかったでしょう”
一昨日、ウィリアムはライダーが死んだ現場を調べていたセイバーのマスター――シュウジ・アルバーニと接触し、共にアレクシア・ブロッケンと戦う同盟関係を構築した。
時計塔の魔術師と、聖堂教会の代行者。相容れない組織に属しながら、それでも共闘の関係を結べたのは、一般人を容赦なく聖杯戦争の犠牲者とするような、そんな共通の敵が現れたからに他ならない。
しかし、苦労も当然あった。魔術師であろうと瞬く間に殺せてしまうだろう最優のセイバーと、聖杯戦争の開戦と同時に襲撃を始めたキャスターが背中を預ける……そんな状況をシュウジの方が許容しなかったのだ。
“苦肉の策として提案した、マスターだけでの共闘戦線……それでも代行者を味方につければ、あの魔女を落とせるだろうと思っていたんですよ”
事実、あの代行者の実力は本物だった。しかし、想定外なことが二つも起こった。それは、アレクシアが想像以上の変貌を遂げていたこと、そして彼女が逃げる際に囮としたゴーレム達だ。
あのゴーレム、使い捨てた割に性能がやたらと高かった。恐らく以前にどこかのゴーレム使いから奪い取ったものだろう。あの魔女がゴーレムを使うなんて話を、時計塔にいた頃には聞いていないし、新たに猛威を奮った異貌の力とも毛色が違う。だから、アレは文字通り使い潰して、終わりだ。ゴーレムの残数がどれほどかは分からないが、増えることはないと言える。
なので、懸念すべきは……あの異貌の力だ。対策は早急に打たねばならない。
“……とは言え、セイバーらが魔女を追ってくれるというのは、アレクシア打倒の中で大きな一手でしょう”
ところで。と、ウィリアムは味噌漬けを物珍しそうに手にしながら、キャスターにこう切り出した。
“そのセイバーですが、直接会ってみてどうでした?”
“……どう、とは?”
“以前、彼に勝てると仰ってましたが……”
“………”
ウィリアムの質問に、キャスターからの念話が途絶える。
流石に無作法だったか。どう言い繕うか、ウィリアムは少し慌てた頃。
“熟練の、真の剣士。巨大に成長した樹木のようだったよ”
そう、キャスターはセイバーについて語り始めた。
“マスターを守る為の立ち振舞い、自然な重心の置き方。醸し出す風格や相貌……一朝一夕で出来るものではない”
“才能有りき、ではないと?”
“そうだ”
そう断言するキャスターだが、いずれ倒すべき敵の能力を評価しているのにも関わらず、その口ぶりは嬉しげであった。
その様子に気づいたウィリアムは、口端を上げる。こんなに嬉しそうなキャスターを、初めて見る。
“勝てますか? そのセイバーに”
“……そう、だね”
ウィリアムの問いに、キャスターは我に返ったように言葉を詰まらせるも、咳払いをし。
“それが、聖杯を得る為に必要ならば……だが私はキャスターだ。リスクが低い手段が他にあるなら、私はそちらを選ぶよ”
そう結論づけるキャスター。
“まあ……貴方がそう言うなら。とにかく、今は魔女に専念しましょうか”
と、ウィリアムは肩をすくめ、再び数日分の惣菜選びに専念した。
「まだ起きているのか」
読水はそう静かに戸を開け、呆れたように佐藤に言った。
佐藤は寝床から体を起こして、今朝からずっと物思いにふけっていた。そしてようやく、その考えが纏まろうとしていた。
「少し、考えてたんです」
と、佐藤は口を開いた。
「あの時、二手に別れたのはやっぱり悪手だったんです。相手がアサシン、察知されることなく敵を殺すプロだと分かっていたのに、いざとなれば令呪でと呼べるからと高を括ってしまっていた」
「……佐藤」
「だからあの時は二人と合流するまで、周囲の人を助ける方向……守りの姿勢が正しかったと思うんです。マスターとアサシン、片方を追っても『気配操作』で逃げられるか、令呪での呼び寄せで奇襲される可能性がありますし……私達が捕捉されている限りは……」
「おい……!」
読水は苛立ったように、佐藤の黙らせた。
「分かっているはずだ……反省したって、もうどうにもならない」
「……でも」
「お前は、もう……負けたんだ」
――負けたんだ。
その言葉に、佐藤の目から堰を切ったように涙が溢れた。
佐藤はせめてと、両手で顔を覆いそれを隠す。そして、ゆっくりと頭に浮かんだことを吐露し始める。
「……この数日間、夢を見ていたんです」
震えた声も、抑えようと努力したが収まることはない。それでも、佐藤は続けた。
「寝ている時も、ライダーと一緒にいる時も……でも、それは夢だったんですね」
もう、覚めたんですね。そう、佐藤は言った。
その台詞に、読水は言葉を返さない。どんな顔を、彼はしているのだろうか。佐藤は両手を離し、読水を見た。
彼は顔をしかめ、目を閉じていた。しかし、ゆっくりと被りを振り。
「違う」
と、佐藤の言葉を否定した。
「お前が見ていたものも、あのライダーも……夢でも、ましてや幻なんかじゃあなかった……ただ、失っただけだ」
「………」
「お前は……」
読水は顔を上げ、何かを言い淀む。そして、佐藤に背を向けた。
「……とにかく、今は休め」
そう言って、読水は部屋から出た。佐藤はポロポロと溢れる涙を隠すことなく、それを見送る。
分かっている。佐藤は頷いた。
読水が言い淀んだ、台詞の続き。彼はきっと優しいから、言わなかった。だが、その現実はすでに……ようやく、佐藤は気づけた。
――私が見ていたものも、あのライダーも、れっきとした現実だった。
――ただ、失った。
――私が負けたから、奪われたんだ。
それが、敗北、というものなのだろう。
2019/11/2
申し訳ありません、話題を誤っていましたので修正いたしました。