Fate/reselect 作:Fate/reselect出張所
血を洗い落としたばかりの、生乾きの制服。やはりというべきか、それは独特の臭いが……獣臭さが鼻をついた。
深夜、制服を着た佐藤は、重い体を引きずって玄関へと向かった。
「ど、どこに行かれるのですか……!? い、今は……」
背後からランサーが駆け寄り、静止を促すも佐藤は止まらない。熱に浮かされたように、フラフラと体を玄関へと倒れ込んでいく。
もうすぐサーヴァントが来る。と、佐藤は読水の言葉を耳聡く聞き目覚めた。ならばその前に……否、もう来ていたとしても。
「……どこへ行く気だ?」
佐藤が土間へと踏み入れようとした時だ。奥に籠もっていたはずの読水が、背中から声を掛けてきた。
「まさか、今から帰る気か?」
「……私はもう、この聖杯戦争から脱落したんです」
佐藤は振り返りもせず、そう答えた。
「助けてくれたのは、本当にありがとうございます。でもこれ以上、迷惑をかけることはできない」
「迷惑になると考えるなら、まだ出るな」
外にサーヴァントを連れた奴がいる。と、読水はそう告げた。
「お前が負けだと認めても、全員がそう思ってくれる訳じゃあないんだ。他のサーヴァントと再契約できる以上、お前が死ぬまで勝ったとは思ってくれないぞ」
「なら敗者は、勝者の言う通りにするのが……筋、というものじゃあ?」
そう言って、佐藤は読水を見やる。読水は佐藤の顔を見ると眉をひそめ、溜息をついた。
「……まあ、気持ちは分かるさ。惨めな自分を晒すくらいなら、もう全部捨て去りたいよな……だけどお前は、ここから勝てるんだよ」
「ここから、勝てる……?」
意味が分からずに呟いた言葉に、読水は頷く。そして佐藤へと、事も無げに歩み寄っていく。
「負けても死ななければ次がある。何度負けても……最後に勝てれば、きっとこの惨めさも乗り越えられるさ」
乗り越えられる。
その言葉に、佐藤は息をのむ。そうしていると、読水が佐藤を追い越し、屈んで靴を履き始める。
佐藤はその背中を、ただ黙って見下していた。説得する為だけじゃない、読水はまた……戦いに行く気なのだ。ここから出ていくのは、こんな自暴自棄な女じゃあない、戦いに行く俺なんだと言わんばかりの、その背中……。
彼の多くを知る訳じゃあない、しかし負けを知らない訳じゃあないのだろう。この聖杯戦争において、彼は決して強くない。なのに、なぜあんな風になれるのか。
佐藤は気がつくと、ランサーに支えられて部屋へと戻されていった。しかし佐藤は気づかず、ただ読水のその背中を焦がれるように見つめていた。
「先ほどの言葉、感銘を受けました」
読水とランサーは佐藤を残し、郊外の暗い夜道を歩く。ランサーはそう読水に伝え笑いかけるが、対する読水は顔をしかめたままだ。
「……あれは、ほとんど嘘みたいなもんだ。柄にもなく、勝ちとか負けとかべらべらと……」
本当は、あんなことを言うつもりじゃあなかった。ただ適当に慰めるだけでも、何ならランサーに力ずくで眠らせても良かったはずなのに……本音で向き合ってしまった。ただの小娘に、肩入れし過ぎだ。
「……あいつは勝負すらしていない」
そんな思いとは裏腹に口をついたのは隠すべき、隠したい本音だった。
あの悲壮な泣き顔のせいか。と、読水はもう構わないかと頭を掻き、最後まで心情を吐露する。
「あいつはただ、この戦争に巻き込まれただけだ。何も賭けてない奴がこの戦争に参加する資格はないし、何かを失う必要もなかった」
「………」
ランサーは読水の言葉に、意外そうに目を丸くさせたが。
「……左様です」
そう微笑み、頷いた。その笑みがまるで年上に茶化されたようで、読水はフンと鼻を鳴らした。
「……それに俺は、負ける気はない」
と、読水は告げると、立ち止まる。すでに住宅地から離れ、辿り着いた山沿いの空き地は長いこと工事中のようで、隅に錆びた足場板が積まれていた。
つ。
「俺にはこの戦争が……最後なんだからな」
そう言って、読水は目を細め、口端に僅かに釣り上げた。
「マスター、最後にはしませんよ」
ランサーはそう言って読水の傍に控え、武装を実体化させた。そして槍の柄頭を、ドンと地面に下ろす。
「私が護ります」
読水とランサーは顔を見合わせる。それから読水は顔を伏せ、ランサーは肩をすくめて笑った。
そして――正面の敵を睨む。二人の眼前には、数日前に矛を交えたバーサーカーと、そのマスターである背の低い女性――レオポルディーネ・ミローネがいた。
レオポルディーネ・ミローネ。顔を合わせるのは初めてだが、彼女のことはアダムからの情報で知っている。イタリア出身の、ルーン魔術の使い手。低い背に、派手な金色の巻き髪。組んだ腕の中に差し込んである、植物の蔓が巻き付いた意匠の杖……これは情報にはなかったが、こんな場に持ってきた以上は一族秘蔵の魔術礼装だろう。
そして、バーサーカー。真名をエギル・スカラグリームスソン、鬼才のベルセルク。打ち寄せる高波のように強大で、冬の海のように予測不能……前回の戦いで真名と手の内を知った以上、対策は可能な限り行ってきた。しかし、それがどこまで通じるかは分からない。
「………」
ならば……やるなら、あちらか。読水は僅かに膝を曲げ、右手を緊張させる。
「……人払いは済ませたわ!」
と、読水の思惑を知らぬレオポルディーネは、肩をそびやかして声を張り上げた。
「ランサーのマスター、読水竜也ッ! 貴方とは魔術師同士、正当な決闘を……」
しかし言えた口上は、それだけだった。
読水はレオポルディーネの口上を隙と見て、彼女を上着で隠した左脇のリボルバーで抜き撃ったのだ。
しかし撃ち込んだ弾丸は、読水の機微を読み取っていたバーサーカーの斧によって払い落とされてしまった。
「何をするかと期待して見守ってみれば、アホか……んな容易く、終わらせる訳ねーだろ」
そう小馬鹿にするバーサーカーに、読水は舌打つ。また、隣にいたランサーは汗をかきながら、チラリと読水を見る。
「……魔術師同士、正々堂々では?」
「人払いは確かに済ませてある。なら、やり方で誰かに批判を受けることもない」
「御意」
と、ランサーは理解が半分、わだかまりが半分と言った様子で視線を敵へと戻した。
「な……な……」
そして斧の刃の腹で弾かれたとは言え、腹部に弾丸を受けかけたレオポルディーネは信じられないというように口を戦慄かせていた。
「……ふ、不意打ちでそんな武器を使って、それで魔術師のつもり!? 読水竜也、貴方に魔術師としてのプライドはないの!?」
読水は黙って、鞄を持った左腕を台座にして拳銃を固定した。何を言われようとこの戦闘、マスターを狙うのが最も効率が良いと読水は判断した。その不遜な態度に、レオポルディーネは更に激昂する。
しかし、そんな読水にランサーは念話で注意を促した。
“マスター、御注意ください。バーサーカーの視線が……”
“視線……?”
“何か、企んでいます”
何を? と、読水はバーサーカーを見た。そして、ギョッと肩を浮かせた。
バーサーカーはギョロギョロと視線を忙しなく走らせ、周囲を隈なく見回していた。それに伴って彼の恐ろしげな顔に、意地の悪そうな笑みが浮かび上がっていく。
その様子に、読水も察した。これは、確かに何かを企んでいる顔だ。
「ククッ……ま、これがベストだわな。よし……」
先手を打つべきか。逡巡する読水を他所にバーサーカーは呟く。
そして……彼はレオポルディーネの腰に手を回すと。
「マスター、着地任せたッ!」
そう叫ぶや否や、彼女をボールでも投げるように放り投げた。
「は?」
これには当のマスターも予想外だったようで、意味も分からない様子で彼女は宙へとその小さな体を踊らせ、そして悲鳴を上げながら遠くの建物の陰へと消えていく。
「………っ」
呆気に取られる読水とランサーに、バーサーカーは笑みを見せ。
「これで、立場が逆転したな。命を脅かされるのは、お前だ」
暴れまくってやるぜ。と、バーサーカーは斧で読水を指した。
なるほどと、読水は歯噛みした。ランサーの速度と自分の拳銃ならばバーサーカーと戦っている中、マスターを狙えるものと計算していた。しかし、バーサーカーはそれを防ぐばかりか、読水の方をバーサーカーの狂暴に巻き込む方向に話を持っていった。
これがあるから、この男は厄介だ。読水は歯噛みする。この男は、バーサーカーと呼ぶには少々……悪知恵が働きすぎる。
“……マスター”
“作戦変更だ、ランサー”
読水は油断なく拳銃を構えながら、一歩ずつ後ろに下がる。
“俺は向こうのマスターを押さえる。お前はこいつの相手をしろ”
「行かせるかよ……!」
読水の後退に、そう笑って前に歩み出るバーサーカー。
しかしランサーは左手で印を結び、彼我の合間に積まれていた足場板を横合いから飛来させた。網状の足場板は互いにぶつかり合って跳ね回り、耳を塞ぎたくなるような金属質の反響音を立てる。
「マスター、今のうちに!」
「任せたぞ、ランサーッ!」
二人はそう声を掛け合うと、読水は踵を返してレオポルディーネが飛んでいった方向へと駆け出した。
しかし……と、読水は走りながら眉間にシワを寄せる。変則的にマスターを潰せば良いと考えていたプランが、今となってはサーヴァント対サーヴァント、マスター対マスターと伝統的な展開へと落ち着いてしまった。
だが、やるしかない。読水は決意を固めると、手に馴染んだ鞄を尾のように引きながら、本腰を入れて走り始めた。
読水が立ち去るのを、バーサーカーは気に入らなさそうに見送っていたが。
「……ふん、まあ良いさ。こっちはこっちで楽しめば」
そう言って、バーサーカーは片足を上げ、ランサーとの間に転がった足場板を踏み潰した。
「そろそろやろうか。第二回戦だ、ランサー」
ランサーはその物言いに頷き、槍を構えた。槍自体を手元に引き寄せ、穂先を旗のように立てた……それは五行の構えが一つ、八相の構えに似ている。
対してバーサーカーは斧を両手で持ち、地面と平行に提げる。そして僅かに体を上下させながら、肩で呼吸を始める。
息遣いさえ感じさせない、ピシリと張り詰めたランサーの静の構え。今にも飛び出さんばかりの、野性的なバーサーカーの動の構え。
だが戦いの口火を切ったのは二人。それも、同時にであった。
掛け声と咆哮。そして振り下ろされた互いの得物はしかし、横にズレて地面へと落ちる。
速度で優るランサーがバーサーカー初動を抑えた。頭上に叩きこまんとした斧を更に上から十字槍で押さえ、軌道を誘導し、打ち下ろしたのだ。
卓越した槍捌き。バーサーカーは間髪入れずに右手を柄から外し、裏拳をランサーに振りつける。ランサーはそれを、身を反らしながら飛び下がって避け、どころかその右腕を下がり際に十字槍の横刃で引き切った。
しかし、それくらいでバーサーカーが止まるはずもない。バーサーカーは左肩から倒れ込むように前に出て、左手一本で鋭く斧を突き出す。ランサーはそれも、パッとしゃがむことで辛くも回避。渾身の突きを頭上で掠らせた。
結果、脇の下……左半身の全てを晒したバーサーカー。心臓さえ狙える絶好の位置に付いたランサーだが、彼女はそれでも踏み込んで槍を突き出すことはしなかった。ただ後ろに下がり、バーサーカーの脇下を引き切る。
脇の下は太い血管が流れる、故に人体の急所であるものの……心臓部と頭部の霊格のみを急所とするサーヴァントにとっては弱点足り得ない。
しかし、吹き出す血による大量の失血は、バーサーカーから体の自由を奪うには充分な効果があった。
バーサーカーの左腕は手にした斧の重さに堪えきれず、力なく下へと垂れる。これまで後方に引いていたランサーは、それを確認するや一転、前へと飛び込み槍でバーサーカーを乱れ突きにする。
ランサーは以前の戦いで学んでいた。前に出ても、いつかは力と体格差で押し潰される。猛進を常とするバーサーカー相手に、踏み止まって槍を奮うも下策。ならば、引いて戦う……敵が攻撃の為に差し出した四肢を十字槍で引き切って、勝機を待つ。
そして勝機は、つまりこの時だ。
そう判断し、マスターによる治癒魔法で腕が治らぬうちにと猛攻を仕掛けるランサー。バーサーカーは右腕で心臓と頭部を守りしながら、その攻めにただ堪えていた。
「
バーサーカーがそう叫ぶや否や、彼の左腕から流れていた血が淡い光となって宙に溶けていく。
宝具『歯と舌
ランサーはバーサーカーの叫びにビクリと反応し、後方へと急速に退いた。そしてそれを追うように、彼女が先ほどまでいた空間を斧が切り裂く。
ユルユルと滑るように摺り足で下がり、ランサーはバーサーカーの左腕だけで斧を振り抜いたこと……つまり、傷が完治しているのを確認する。
「お楽しみだったのに、悪いな」
バーサーカーはそう笑い、斧をブンと振りつけた。
「復活しちまったぜ?」
「……yr
ほう。と、意外そうな声をバーサーカーは上げた。
「お勉強したのかい?」
「ええ……即効性の高い貴方のそれは、私にとってはかなりの脅威でしたので」
ランサーはそう言うと、槍を中段に構え直した。
「先の戦いで使った二種類……貴方のルーツである北欧ルーン十六文字と、共通ルーン二十四文字。合計四十文字、全てこの頭の中に入っています」
宝具『歯と舌』は刻むことで効果を発揮するルーン文字を、叫ぶことで発動する異例のルーン魔術だ。
しかし口にする以上、それは他者にも発動されるルーン文字は何なのかは知れる。それは必殺技を大仰に叫ぶコミックのヒーローと同様……タネが割れていれば、対策も利く。
加えてバーサーカーは、これまでルーン文字を複数合わせて詠唱したことはない。つまり最初の発音さえ聞けば、どのルーンを使うか、引いてはどのような魔術を使うかまで把握できる。
そこまで気づけば、ランサーにとって後は容易い。ただ勉強し、計四十のルーン文字それぞれの対策を個別に練れば良い。
「これで我がマスターがおらずとも、その宝具の出鼻を挫くことができる」
「……なるほど、ああそうかい。これだから、真面目くんは……」
バーサーカーは項垂れ、肩をすくめる。
「ははっ、あー……ちょっとヤバくなってきたか?」
そして彼は微かに、苦笑いを浮かべた。
防御術式を事前に組んでいなければ、本当に死んでた。
とある高校の校庭に着弾したレオポルディーネは、四つん這いになりながら怒りと恐怖に身を震わせていた。
「うぇっく……あんのクソサーヴァントぉぉおお……ッ!」
レオポルディーネは叫び、ヨロヨロと座り込んで周囲を見回す。
どうやら、ここは昨日に来た高校のようだった。十年前に在校生の多くを襲った土砂崩れのせいで、廃校の危機に瀕したのを何とか立て直したという……しかし生徒数の激減はどうしようもなく、使われていない教室が多くあった。
だからレオポルディーネは、ここを緊急時に逃げ込める仮拠点の一つにした。夜中警備員にバレないか、日中刻んだルーンが生徒に見つからないかとヒヤヒヤしたものだが……。
「ふん……まさか、早速役立つなんてね」
バーサーカーはどうやら、ここで勝負しろと言いたいらしい。幾つもの罠を張り巡らしたここなら、敵のマスターよりは優位に戦えると。
馬鹿にしやがって。と、レオポルディーネは心の内で毒づいた時だ。すぐそばで、フェンスの金網を揺らす音が聞こえた。
ビクッと音がした方向を見ると、ランサーのマスター――読水竜也が息を切らして金網を掴み、フェンス越しにこちらを睨んでいた。
「……あ、ヤバ……っ」
レオポルディーネはワタワタと、そばにあった杖を掴んで校舎へと走り出す。読水もまた、その様子を見るなり校門の方へと駆け出した。
どうしてこうなった。と、レオポルディーネは走りながら考える。元々、読水竜也が持つ『欠片』を奪い取るのが自分の任務だったはずだ。
それが、気がつけばこちらが追われる側になっている……一体、どこで何を間違った。
だが……構うものか。と、レオポルディーネは昇降口を通り過ぎざまに壁に刻んだ小さなルーンに触れ、時間稼ぎ用の簡易結界を張る。結果として、この手にその『欠片』とやらがあれば良い。それなら、誰にも文句は言わせまい。
それに、こうして罠を多用し逃げていれば、魔力を温存できる。レオポルディーネは廊下の角に身を隠しながら、バーサーカーとのラインで向こうの戦況を確認する。
どうやら、かなり追い込まれているらしい。ならば彼は、バーサーカーとしての本領を発揮していくはずだ。
そうなれば、魔力はそちらの方に供給せざる得なくなる。
「そうよ、ここからよレオポルディーネ・ミローネ……ここから」
下手したら、死ぬかもしれない。レオポルディーネはその恐怖に堪えながら、深呼吸を繰り返して自分に言い聞かす。
「ここからが本番……バーサーカーのマスターとして、辛いところよ」
ランサーとバーサーカーの戦闘は、白熱の一途を辿っていた。
咆哮を上げ、地面を踏み鳴らしながら斧を奮うバーサーカー。それに対し、ランサーは距離を正確に見極め、バーサーカーの四肢のみを下がりながら引き切る。
「クガァッ……hagalaz
バーサーカーは、ランサーが背後に散乱していた足場板を振り返ることなく飛び越えたのを見計らい、宝具『歯と舌』を発動させる。
hagalaz……既に食らった技だ。バーサーカーの握られた右手に現れる、幾つもの氷粒を意識しながら、ランサーは足場板の残骸を蹴ってより後方に飛び跳ね印を結ぶ。
そして、バーサーカーによって投げつけられた氷の礫は、ランサーが宝具によって浮き上がらせた足場板の盾によって次々防がれた。それどころか、ランサーはその浮き上がらせた足場板を次々にバーサーカーへと飛ばしていった。
バーサーカーの腕に、腹に、太ももに、幾つもの金属板が打ち込まれていく。しかしバーサーカーは顔面に飛んできた足場板を払い除け、獣のように吠え狂気を剥き出しにランサーへと向かっていく。
しかし彼の突進に、十字槍の柄頭が合わせられた。ランサーは十字槍を回し、バーサーカーの顎を強打、跳ね上げる。
咆哮が呻きに変わる。しかしランサーはあくまで冷徹に、顎を跳ね上げ上体を反らしたバーサーカーの状態を隙有り、と判断した。
そうして、バーサーカーのこめかみに十字槍の穂が叩きつけられる。
ザクリとした痛々しい音と共に、血飛沫が地面に飛び散った。
「グォッ……ガアァアッ……」
「………」
あんな一撃を貰っても、未だ倒れないとは。
しかし……ここらが、限界か? ランサーは槍に付いた血を払い、中段に構える。一方のバーサーカーは苦悶の声を上げながら、立つので精一杯と言った様子で体を痙攣させていた。
「終わりだ、バーサーカー」
ランサーはそう告げると、一気に間合いを詰めた。
狙うは彼の心臓部。一撃でその胸部の筋肉を貫き、霊格を破壊する。
そう決めて掛かったランサーだったが、その目論見は途中、自身の直感によって遮られた。
バーサーカーに苦悶の様子が消え、間合いを詰めるランサーを見やった。その眼差しの怪しい光に、ランサーの体は本能的に逃げることを選択したのだ。
地面を蹴りつけ、前に出た体を押し止めに掛かる。しかし勢いは死なず、ランサーの体はそのままバーサーカーの方へと、槍は彼の心臓部に突き刺さってしまう。
しかし、貫けない。刃は僅かにバーサーカーの胸に食い込むばかりで、そこを支えに、ランサーの突進までも止めてしまった。
「………ッ!?」
槍に伝わる手応えで分かる。皮膚の硬さ、筋肉の弾み……それらが以前とはまるで違う。
一体何が……。と、ランサーは前を見る。そしてバーサーカーがゆっくりと右拳を握り締めているのを見るや否や、彼女は後方に夢中で飛び下がった。
振り上げられた、狂戦士の鉄拳。それをランサーは槍の柄で受ける。しかしランサーの体は容易く宙を舞い、ランサーは肩が外れたと思うほどの衝撃に体の自由を奪われていた。
ランサーは受け身を取って、地面を転がる。そして痺れる体に鞭打って膝立ちの状態で槍を構えた。バーサーカーは棒立ちの状態で、顔を伏せたままであった。しかしその体から、尋常でないほどの湯気が立ち上っているのが見て取れた。
体温の上昇……いや、アレか。ランサーは確信した。
かつての戦いで、割って入ったセイバーを一瞬ながらも追い詰めた彼のもう一つの特質――狂化の上昇だ。
先ほどの、拳での一撃は普段のバーサーカーの膂力を凌駕していた。マスター権を持つ読水がいない為、正確には分からないが……彼は今、狂化スキルと共にステータスの幾つかが格段に上昇しているはずだ。
「終わり……ではない。ここからか……」
ランサーは白い息を吐きながら、槍を支えに立ち上がった。
ここからが本当のバーサーカー戦。前の戦いでは辿り着けなかった境地だ。そして生前を含めても初めて、ランサーは西ヨーロッパを支配した狂戦士というものを相手取ることになる。
バーサーカーは、月夜に向かって吠える。
ビリビリと空気を震わせて咆哮を上げるその様は、まさに獣のものだ。それに良く見れば、その体は以前よりも大きくなっていくようにすら見える。
「………」
ランサーは口元を手甲でぐしぐしと拭い、穢れを払うように槍を振るった。
相手にとって、不足なし――しかしこれはマスターの手前、流石に口に出せまいよ。
「……いざ」
ランサーはただ一言、そう呟く。そして十字槍を上段に構えた。