Fate/reselect 作:Fate/reselect出張所
バーサーカー――今日では狂戦士を意味するこの言葉は、北欧にて語られた戦士達を語源とする。
敵味方の区別ができぬほどに我を忘れ、獣のように戦う異能の者達。人は彼らをベルセルクと呼び、恐れを以って語り継いできた。
日坂の亜種聖杯戦争に、英霊として呼ばれた男――スカラグリームの息子、エギル。彼もまた、ベルセルクと呼ばれた一人である。
極寒の地アイスランドに生まれた彼は、日が暮れると豹変するが為に『宵の狼』と呼ばれた男を祖父に持つ。エギルを幾度も凶行に駆り立てたその血は、神話に語られる巨人の血によるものだとも伝えられている。
そう、彼は中世に生まれながらも、幻創種である巨人の血を、その神秘を発現させていたのだ。その血は、英霊の座に昇った彼の体内に尚も残っている。
そして……彼の狂気が鬼才の詩人としての彼を呑み込んだ時、その血は宝具『狂狼の魔剣』として結晶化される。
どこからか、狼の遠吠えのような音が聞こえてくる。
バーサーカーから流れ落ちていた血は、今や意思を持ったように地面から遡って彼の得物である斧へと集まっていく。斧を血で覆い固めていくそれは、ランサーには禍々しい形状の剣であるように見えた。
ランサーは槍を上段に構えながら、油断なくその経過を観察していた。しかし一糸乱れぬその構えとは裏腹に、異貌へと変化していくその有様に彼女の心はざわめいていた。
不意に、バーサーカーは右腕に歪にこびり付いた長剣を振るった。それによって、まだ凝固していない血がランサーの方へと飛び散る。
それは空中で、ガラスのように鋭く結晶化した。
「………ッ!?」
ランサーは驚くも、自身に迫った結晶を槍で叩き落とす。そうして身を守った後、周囲の地面に突き刺さったその血を横目で見つめた。
……ここからが、本当のバーサーカー戦――などと、思い上がった戯言だった。そう、ランサーは自嘲した。今や彼の表情からは感情が消え、しかし一層恐ろしげに変貌していく……あれのどこが狂戦士だ。
……私は一体、なにと戦っている?
バーサーカーが地鳴りのような雄叫びを上げた。それは殺意となってビリビリとランサーの肌に当たり、周辺一帯を揺らす。
ランサーは戦慄するも、しかし一歩も下がらずに槍を中段に構え直す。
それに、バーサーカーは応えた。彼は僅かに膝を曲げると一息に、そして真っ向からランサーに飛びかかった。
バーサーカーの巨体がランサーへと覆い被さろうとする。しかし、それをランサーの槍がバーサーカーの喉を突き刺し、つっかえ棒のように食い止める。しかしバーサーカーの勢いを殺せず、ランサーの両脚は地面を後方へと滑らせていく。
喉に槍が突き立ったバーサーカーは死ぬことはおろか、前進を止めることすらしなかった。彼はランサーを凄まじい形相で睨みながら、右腕の魔剣を振り上げる。
その一撃に気づくや否や、ランサーは身を沈めて彼の懐に潜り込む。
「オっラァァァアアッ!!」
気合一閃。ランサーは全身と槍とを一体にしならせ、バーサーカーを真下から突き上げた。そして一息に地面へと振り落とす。
槍を用いての一本背負い――喉に突き刺さった槍を支点に、バーサーカーの体がランサーを飛び越え、頭から勢い良く地面へと落ちる。
そうしてバーサーカーは、喉からおびただしい血を吹き出しながら地面をバウンドし転がる。その姿は誰が見ても絶命の瞬間と思えるだろうが、ランサーは彼を既に人と見ていなかった。彼女は隙有りと見て、一息つくこともなく転がるバーサーカーの背に襲いかかる。
最早、人に非ず。
ランサーの、この読みは的中していた。ただ、その人外っぷりは彼女の予想を遥かに上回っていた。
バーサーカーは唸り声を上げ、転がる体を宙へと強引に跳ね上げた。そして身を捻り、背中から心臓を突かんと伸びていたランサーの槍を、宙返りしながら魔剣にて弾いた。
常軌を逸した挙動にて槍を弾かれ、ランサーの姿勢が前のめりに崩れる。バーサーカーはアクロバティックに体勢を変え、打って変わって彼女に魔剣を振るう。ランサーもまた逃げられぬと判断し、槍で応酬する。
槍と狂剣。英霊同士の壮絶な打ち合いが始まる。
しかし、どちらが優勢かは明白だった。
ランサーの腰を据えた正確無比な槍捌きと対象的に、バーサーカーの重量や体格を無視した動きはブレイクダンスのような激しさに溢れている。それでいてその速度も一撃の威力も、ランサーのそれらを上回っていた。
「……くそっ」
圧倒的な身体能力の差に、ランサーは毒づく。直後、頭上の振り下ろされる魔剣を、彼女は真横へと身を投げ出して躱した。
ランサーは受け身を取って地面を転がり、片膝立ちになった顔を上げた。見上げたその目の前にはもう、バーサーカーが体を回転させ、魔剣を円盤投げのような勢いあるフォームで斬りつけようとしている。
だが、それは読めていた。ランサーもまた身を翻し、足と膝を器用に使って回転。バーサーカーの踏み込む足のそばへと、膝立ちのまま鋭く滑り込んだ。そして回転の勢いで、彼のアキレス腱を十字槍の横刃で切り裂く。
踏み込んだ足に力が入らず、バーサーカーは四つん這いに倒れ込む。それを見るやランサーは立ち上がり、距離を開けるべく跳び下がった。
しかし、ガクンとランサーの動きが止まる。
それは、まるで何かに縫い留められたかのようだった。
見れば……バーサーカーは四つん這いのまま首だけランサーへと向け、彼女の右の振り袖を獣のように噛んでいた。
「しま……ッ」
思わず口を付いた言葉はしかし、最後まで続かなかった。
グイッと、ランサーはバーサーカーの元へと引き戻される。バーサーカーは立ち上がりながら目と鼻の先に引き寄せた彼女に、魔剣を振りつけた。
ランサーは反射的に槍を手放し、それを手甲で受け止めた。
手甲に禍々しい血の刃が食い込み、衝撃で骨が軋む。ランサーは呻いた。
しかし、その一撃だけで終わるはずがない。バーサーカーは再度ランサーを口で振り回し、二度目の攻撃を加えた。
得物を振るって斬るには、あまりにも肉薄した距離。それでもお構いなく、バーサーカーはランサーの体を力任せに振り回し、剣の根本でランサーをズタズタに切り刻み始める。ランサーは必死にその一撃一撃を手甲で受け止め致命打を防ぐも、周囲の地面には彼女の血が飛び散る。
一撃、二撃……十、二十と続いていく地獄のような猛打は、三十を届かずに終わりを告げた。
ランサーの右袖が引き裂け、ランサーの体が勢い良く飛んだ。その体は糸が切れた操り人形のように手足を回しながら、遠く地面へと落下した。しかしバーサーカーはそれに気づかず、しばらくは夢中で魔剣を振り回していた。
ランサーはうつ伏せに倒れたまま、血に沈んだまま立ち上がらない。
そんな彼女を視認し、バーサーカーはようやく彼女を捕らえていない事実に気づく。
バーサーカーは咥えていた着物の袖を吐き捨てて吠える。そして彼女にトドメを刺すべく、地面を踏み鳴らして走り出した。
しかし、その行進は後方より飛来した十字槍によって止められてしまった。
十字槍は回転して飛来し、バーサーカーの癒える直前だったアキレス腱を再度切り裂く。予想だにしていなかった攻撃にバーサーカーは姿勢を崩し、先ほどと同様、前のめりに倒れ込んだ。
十字槍はそのままランサーのすぐそばの地面に突き刺さる。
彼女は……右手を前に突き出し、印を結んでいた。
「……落ち着けよ、バーサーカー」
ランサーはそう言って、右手を叩くような勢いで地面に着ける。そして腕に力を込め、ゆっくりと体を起こしていく。
バーサーカーは顔を上げ、四足のまま唸り声を上げる。
「そうだとも……バーサーカー、こんなもので私が終わるか」
まだまだ……ここからだ。
そう、ランサーは頬を自身の血で濡らしたまま、笑みを返した。
バーサーカーは足から流れた血で魔剣を更に禍々しく変え、咆哮と共に前へと飛び出した。
それに応え、ランサーも手元の十字槍を引っ掴み、気合と共に立ち上がる。
その拍子に、ランサーのズタズタになった右の手甲が外れて地面へと落ちる。戦闘時は常に隠されていた彼女の手の甲――そこには何かが輝いていた。
それは、龍を象った紋章のようにも見えた。
「ひ……干からびそう」
バーサーカーへの魔力供給で疲労困憊となったレオポルディーネは、息も絶え絶えにそう呟いた。
宝具『狂狼の魔剣』による狂化、ステータスの急激な上昇に加え、その宝具自体が血を媒介にしているが為に治癒魔術の分の魔力も別途必要となる。その魔力消費量は、平時のバーサーカーの比ではない。
レオポルディーネは校内を逃げ回り、読水とギリギリの戦いを繰り広げていた。
廊下からレオポルディーネのいる教室へと、拳銃を立て続けに撃ちながら攻め入ろうとしている読水。レオポルディーネはそれを、戸口からルーンを刻んだ金属片を手榴弾のように投げつけて牽制していた。ルーンは宙で光線の束となって読水を襲うも、彼はそれをやり過ごして距離を縮めてくる。
ルーン魔術。それが魔力消費にリソースの多くを割いているレオポルディーネが、それでも健闘できている理由である。
レオポルディーネは学校の各所に仕掛けたルーン、そして一家伝来の『オセルトネリコ』を利用することで、この戦闘での魔力消費を極限まで抑えていた。
『オセルトネリコ』――ミローネ家に伝わる杖だ。トネリコの“支柱”に、細い金属製の“若木”が巻かれたこの魔術礼装には、“若木”に幾つもの“閉じた葉”が取り付けてある。これは、その“葉”を詠唱によって開き、ミローネ家の魔術師に代々伝えるべきルーンを葉の内側に刻み保管する代物だ。
この杖を一家から無断で持ち出したレオポルディーネは、それらの葉を杖からもぎ取って手榴弾のように放り投げている訳だが……。
「ああもう! これ重いし、長い……ッ! まったく、そういう所まで頭が回らなかったの? 私のご先祖様は!?」
小柄な彼女はそう愚痴り、杖の取り回しの悪さに嫌気を示す。
しかし、この魔術礼装本来の目的はその名前、『継承する世界樹』が示す通りルーン文字の保存だ。このように運用されることこそ、そもそも想定されていない。
そうこうしているうちに、読水が目前にまで迫ってきた。背を預けている壁の角を小さな壺から機関銃のように飛び出す光弾が削り飛ばし、レオポルディーネは思わず身を縮ませる。これでは花弁を投げることさえできない。
準備の差……いや、それ以上に経験の差が出ているわね。と、レオポルディーネは歯噛みしながらポケットからハンカチを取り出す。そして額の汗を拭き、ついでに肩に付いた壁の破片を払った。
多様性に富むルーン文字だが、その一つ一つは事前に準備されたものであり……罠として受動的にレオポルディーネに使用されていた。
対して読水が鞄から取り出す魔術礼装は、その多くがミローネ家秘蔵のルーンに見劣りするものの、彼自身がその使い方を心得ており……何よりそれを効率良く扱える状況に追い込んでくる。
それが為せるのは、単に経験の差だ。
魔術師とは『根源の渦を目指す探求者』。必要とあれば殺しも厭わないものが、殺し合いは極力避ける傾向にある。
そんな連中が一世一代の野心を燃やし、挑むのが世界中に普及した亜種聖杯戦争だ。そして彼は、そんな戦場で五年間も運び屋として生きている……質はどうであれ、量のついては彼はこの亜種聖杯戦争の魔術師としてはトップクラスの経験値を持つ。
正面切って魔術で勝負しても、優勢にはなれないか。そうレオポルディーネは判断し、息を整える。
そして、意を決して廊下から飛び出し――レオポルディーネは読水に背を向け、階段の方へと逃走する。
当然だ。正面切って戦い勝てないなら、背を向けて逃げるのが良いに決まっている。命を賭けた奇策を打つより、その方がずっと健全だ。
しかしそんな彼女の背に、読水のマグナム弾が命中する。弾丸が肉に食い込むのは防御魔術で防いだが、その衝撃でレオポルディーネは身をくの字に反らしたまま階段へと飛び出る。
そして踊り場の壁をボールのようにバウンドし、レオポルディーネは二階の廊下へと一気に転がり出る。
「うぇ……こんな目に合うなら、弾力で衝撃を押し返すような術式を採用するんじゃ使うんじゃなかった……」
そう呻きながら、レオポルディーネは身を起こす。とは言え、これがレオポルディーネにできる.375マグナム弾を受けるのに最も効率的な術式だったのも事実だ。その証拠に、撃たれた彼女の皮膚には少しばかりの痛みが残るばかりでダメージというダメージはない。
そんなことを考えていると、読水が踊り場に一息に飛び降り発砲してくる。それを見るや、レオポルディーネは慌てて手近な教室に逃げ込む。
レオポルディーネは教室の戸を閉め、息を切らしながら腰に収めていた短剣で戸に結界用のルーンを刻む。
しかし、こんなものは大した時間稼ぎにならない。読水は結界を布切れのように切り裂く小刀を持っており、今まさに、その魔術礼装を戸の隙間に突き刺し始める。火花を散らしながら結界を破壊するその刃は、まるで溶接用のバーナーのようだ。
どうしたものか。と、レオポルディーネは後退りしながら周囲を見回す。しかし、自身で張った結界のせいで逃げ場も失っている事実に彼女は気づく。
「……ぅだあ! 落ち着け、私ぃッ!」
頭を掻きむしり、レオポルディーネは状況を打破する術を見つけられないまま『オセルトネリコ』から葉を引き千切り、教室の四方に投げつけた。
その直後、戸が勢い良く開け放たれる。そして数秒、間をおいてから読水が鞄を捨てた身軽な姿で踊り込んでくる。
「………ッ」
反射的にレオポルディーネは身軽な左腕を突き出し、魔弾を放った。
ガンド――撃たれた者の体調を悪くする程度の呪術だが、相手を指すだけで済む一工程の魔術はこういう時に便利だ。
放たれたガンドは読水へと飛来し、その体に直撃する。
やった。とレオポルディーネが顔を輝かせたのも束の間、ガンドが当たった読水の像が歪み、小さな鳥の使い魔になってしまう。その鳥は数度羽ばたいて宙に静止していたが、ひらりと廊下へと逃げて行ってしまう。
そして――。
「場所は分かった」
と、廊下越しに読水が呟く。それと同時にカチャリと、何か金属質な音をレオポルディーネは耳にした。
直後、炸裂音と共に廊下と教室を隔てる壁を銃弾が貫き、そのままレオポルディーネの体を叩く。
「ぐっ……ブッ!」
レオポルディーネの小さな体は、防衛用の魔術の影響で後方に跳ね跳ぶ。そして窓際の柱に身を打ちつけて、そのまま壁に挟まれるように四発の弾丸を胴体に受けてしまう。逃げ場のない衝撃に、レオポルディーネの口から空気が漏れ出て、視界が点滅する。
壁抜き。さっきの使い魔は、その為に正確な位置を掴む為の囮だったのか。
そう理解しながら、レオポルディーネは壁を背にしたまま、ズルズルと地面にずり落ちていく。度重なる魔力消費に、このダメージ。既に彼女の疲労は限界であった。
読水はそんな彼女の姿を知覚しながらも、教室に入らない。ただ黙ってリボルバーの再装填音だけを、朦朧と尻もちをつくばかりのレオポルディーネは聴いていた。
「……自害させろ」
そう、読水は廊下越しにレオポルディーネに言った。
「……は?」
「令呪を全て使い、バーサーカーを自害させろ。そうしたら、命は助けてやる」
レオポルディーネは喘ぎながらも、その言葉に顔をしかめてみせた。
慈悲深くも忠告か、馬鹿にしやがって。そう心で毒づいた直後には、彼女は無意識に短剣の柄に手を添えていた。
「……あんたこそ、さっさと『欠片』を寄越しなさい」
「……カケラ?」
「その首に提げてるやつよ」
そう言いながら、レオポルディーネは短剣を抜き、背を預けた壁にルーン文字を刻み始める。
「……誰に頼まれた?」
「さあ?」
読水は訝しみ、壁に開けられた穴から教室を覗く。しかし、それに意に返さず、レオポルディーネはルーンを一文字、壁に刻みつけた。
「これはアンサズ……意味は、『思い知れ』よ」
彼女は刻んだルーンの名を呼び、短剣と杖を放り捨てて床に伏せる。
「おま……バカヤロッ!?」
その効果を悟った読水は叫び、踵を返して逃げ出す。
教室の四方に設置された『空白のルーン』は、壁に刻まれたアンサズのルーンに共鳴し、同様の効果を発揮する。
そして教室の中央の空間から火球が膨れ上がり、窓と言わず廊下の壁と言わず、全てを吹き飛ばす爆発へと変わった。
魔術師レオポルディーネ・ミローネは、この聖杯戦争に自分の意志で参加した訳ではない。
全ては、一族存続の策略――新しい地に根を下ろす為、六年前に父親が鏡宮悟と結んだ盟約に因るものだ。
――この聖杯戦争の後、長子レオポルディーネに当主の座と魔術刻印を委譲する……父はそんなことを言っていた。
その話を聞いた頃の、十四歳の少女にだって見え透かれていた。父は少女の弟を当主に据える気で、少女は盟約を守る為の人柱に過ぎないことを。
しかし、レオポルディーネは最後までその意向に意義を唱えず、こうして聖杯戦争に参加してしまった。
流された……そう言われても反論できない、無様なことだ。バーサーカーと共にしている今なら、その自己犠牲に隠れた矮小さが酷く腹立たしく思えてくる。
そう、バーサーカーは召還した直後から、レオポルディーネのそんな背景を見透かしていた。
――お前が本気で聖杯を得ようと考えるなら、付き合っても良い……鏡宮の手駒になる旨を聞いた彼は、マスターであるレオポルディーネにそう言った。
その言葉に、レオポルディーネは面と向かって返答していない。
そして今、感覚として残っているのは、サーヴァントとのラインを通じて分かる情報だけだ。バーサーカーはその凶暴性を存分に発揮し、ランサーを追い詰めている。
……ここで、令呪を使って魔力消費を補っていけば、バーサーカーは確実にランサーを仕留められるだろう。サーヴァントさえ脱落させれば、次いで読水から『欠片』を奪うのだって容易い。
令呪が一画となった時点で、バーサーカーは自決させるしかない。そうして彼を使い潰し、『欠片』を鏡宮に渡せば、レオポルディーネの任務は終わる。晴れて次期当主となるのだ。
……本当に、それで良いのだろうか。
……本当に、それが自分の望みだろうか。
……なら、この沸き立つ熱い血は何なのだろうか。
皮膚に伝うスプリンクラーの水と、鼓膜を震わす警報機の音。
そしてフツフツと体内を沸かせる、熱い血の音。
それら全てを知覚して、レオポルディーネは目を覚ました。
「……気に入らないわ」
レオポルディーネは仰向けに倒れた体を起こし、そう呟いた。
「私をただ利用しようとする連中も、それに甘んじていた……自分自身も」
全部、ぶっ殺してやる。と、レオポルディーネは顔を歪め、吐き捨てた。その言葉は、警報機とスプリンクラーの音に紛れて、誰にも届かない。
その直後だ。咳の音を聞き、レオポルディーネは読水の姿を捉えた。今や教室と廊下を隔てていた壁は砕け、残骸だけが残っている。
彼の姿を見た途端、フゥッとレオポルディーネの体が膨らんだ。そうして煤まみれの体に酸素を溜め込み、疲労しきった体に力を溜め込む。
そして、彼女は息を殺して屈む。そうしてそばに転がっていた『オセルトネリコ』すら持たないまま、ゆっくりと中腰で廊下へと進む。
そして、その姿に読水が気づいたのを確認するや否や、廊下へと頭から飛び込む。
水浸しになった廊下を滑るレオポルディーネ。彼女が忍び寄っていたのにいち早く気づいた読水だったが、レオポルディーネが一気先んじた。彼女は素早く右腕で読水を指し示し、ガンドを彼に撃ち当てる。
「グッ……ォ!?」
直撃したガンドの光弾に、読水は驚きの声を上げる。しかし、それだけだ。読水は後方に数歩たじろいだくらいで、ダメージというダメージは負ってない。
しかし、レオポルディーネに向き直った彼は、そのままグラグラと姿勢を崩し、尻もちをついた。
読水はそれでもと、拳銃を突き出す。その拳銃の銃口は定まらず、右に左にと揺れている。
「視界は揺らぎ、耳鳴りは平衡感覚を狂わせる」
「………ッ」
「まともに、狙えないでしょう」
レオポルディーネは息を切らせて立ち上がりながら、読水に語りかける。
「私のガンドは精々……人の体調を悪くさせるくらいよ。でも五感に狂いが生じれば、その道具は使い物にならない」
「……てめえ」
「これが魔術師、生粋の魔術師の戦い方よ。半端者の運び屋」
「てめえ!」
読水は激昂し、拳銃を連射した。しかし、その弾丸は小さなレオポルディーネを掠めて周囲を破壊するばかりだ。
行かなくちゃ。と、レオポルディーネから読水に背を向け、外へと歩き出す。このまま彼と戦うには、あまりにも彼女は消耗していた。ここは引くべきだ。
そうして手すりに縋りつくように階段を降りながら、レオポルディーネは右手の甲を見つめた。
「………」
この使い方は、きっとレオポルディーネを手駒にしてきた連中にとっては最低のものだろう。彼女自身にとっても、この襲撃が結果を残さず、無駄に損耗しただけになったことを意味する。
しかし、必要な犠牲だと彼女は感じていた――これまで唯々諾々と進んできた道を、選び直すのに。
「令呪を以って命ず、バーサーカー……正気に戻りなさい!」
弾き飛ばされた衝撃で、ランサーは両足で地面を滑る。
印を結び、ランサーは周囲に散っていた足場板、その全てを浮き上がらせる。
そして、投げつける。バーサーカーは咆哮しながらそれを魔剣で斬り飛ばし、弾いていく。その度に火花が散り、魔剣を構成する血の結晶も部分部分に砕けて地に落ちる。
飛んできた足場板を全て破壊すると、バーサーカーは前に駆け出した。ランサーも腰を落として槍を下段に構え、それに応える。
直後、魔剣がランサーの頭上を掠めた。
ランサーは魔剣の一突きを潜り抜け、低い姿勢のままバーサーカーの腹部に機関銃のような連撃を放つ。
次いで、魔剣の薙ぎ払うような一撃。それを跳び避け、ランサーは落下の勢いで彼の額に槍を叩きつけ膝を折らせた。
しかし、それでも……ここまでやっても、バーサーカーは死なない。
それどころか、額から吹き出た血を空中で結晶化させ、それを平手で受け止めるとランサーへと勢い良く振りつける。
ニメートルほどもない距離での、バーサーカーの投擲。それに反応できず、ランサーは血の結晶を頬で受ける。その威力に体を勢い良く仰け反らせ、彼女は後方へと倒れ込んだ。
しかし、ランサーはその直後には体に力を入れて再起する。そうして力を奮って身構えたが、来るべきバーサーカーの追撃が来ない。
見れば、あれだけ大暴れしていたバーサーカーが静止している。そして右手の斧に結晶として固着していた血が、細かく砕けてボソボソと地面に落ちていっている。
何が起きている。と、これまでと様子の違うバーサーカーに、ランサーはその場で身構えた。新しい形態か、あるいは魔力切れ等による影響によるものか。
「……クソったれ、レオの野郎。日和りやがったか」
しかし、そんなランサーの警戒を他所にバーサーカーが口にしたのは、自身のマスターへと不服だった。
「……バーサーカー」
「やめだ、ランサー……今日のところはな」
「は……?」
そう告げ、バーサーカーはランサーに背を向けた。その姿は、ランサーを追い詰めていた直前のそれとは明らかに異なっている。その変貌ぶりに、ランサーの方は戸惑いを見せる。
「先に、ぶん殴りたい奴ができちまった」
「……貴様、ここまでやっておいて逃がすと思うか!?」
ランサーは叫び、ずいっと前へ出た。その顔は先ほどの戸惑いから、侮辱への怒りへと変わっていく。
「……フン」
鼻を鳴らし、それを一瞥するバーサーカーだが。
「でも逃げる」
と、そう言うや否や、ランサーの方へと振り向きざまに何かを放った。
それはどこで拾っていたのか、拳に収まるほどの小石だった。ランサーは反射的に槍でそれを弾くが、小石は弾かれたと同時に大量の煙を吹き出した。
ルーン魔術か。魔剣を奮っていた時は使ってこなかった手法にハメられ、ランサーは煙から逃れるべく後方に飛び退く。
そうして距離を取って槍を中段に構えた頃には、バーサーカーはすでに霊体化して姿をくらませていた。
「……やられた」
呆れたように肩を落とすランサー。しかしすぐに我に返り、念話でマスターである読水に呼びかける。
“マスター……”
“ああ、見えている”
“申し訳ありません……”
“謝るな……仕留めきれなかったのは、こっちも同じだ”
むしろ、良く堪えた。と、読水は言う。その言葉に、ランサーは肩を震わせて顔を伏せる。
“反省も後だ、ランサー。兎に角、こっちも撤収するぞ”
と、読水は念話でランサーに呼びかけた。
“佐藤の所に戻ろう……こっちは回復に時間が掛かる、回収を頼む”
「……承知しました」
ランサーは顔を上げ、敢えて口でそう応えた。
そして周囲を――ボソボソと地面に落ち固まった血と抉れた地面、切り刻まれた資材や壁……そんな、戦いの跡を見回す。
……良くもこれだけ、暴れたものだ。
ランサーはそう溜息をつくと、気を取り直して学校の方へと視線を移して霊体化。この場を去った。
レオポルディーネが屋敷に運ばれてから、数時間が立った。
「てめえ、あれは一体何のつもりだ!? あぁ!?」
レオポルディーネが回復し意識を取り戻すや否や、バーサーカーはベッドの前に実体化し、そう怒鳴りつけた。
「あのまま戦ってりゃ、ランサーは確実に殺せた! それを……! レオ、まさか魔力の枯渇にただビビったんじゃねえだろうなァッ!?」
その剣幕に、屋敷の管理を任せられている使用人、轟木は無言で二人の間に割って入る。しかしベッドで身を起こしたレオポルディーネは、ゆっくりと被りを振った。
「轟木、下がってなさい」
「しかし、お嬢様……」
「どいつもこいつも、無駄に背が高い……そいつが見えないでしょ」
と、レオポルディーネは轟木を促す。その冷静な言葉に、轟木は彼女を一瞥する。そしてバーサーカーを睨みながら、ゆっくりとその場から退いた。
「……ずいぶんな態度じゃあねえか。ええ、おい? 我が主様よ?」
轟木が下がると、バーサーカーは更に一歩、レオポルディーネに詰め寄った。
「そんだけ平静でいられんなら、俺を納得させるだけの理由があったんだろうな?」
「当たり前でしょ?」
レオポルディーネは唸りながら首を回し、体の調子を確かめながら口を開いた。
「あのまま戦っていれば、私の魔力が保たなかった……仮に令呪を使って魔力の補填としても、あんたの正気を取り戻すのにもう一画使う」
「じゃあ、それで良いだろうが……!」
「そうなれば、宝具を使った全力での戦闘は最後になるでしょう……なに? あんた馬鹿なの?」
「その詭弁が! 戦士の戦いを止める理由になるものかッ!」
「………」
「てめえでも……例え俺を現世に繋ぎ止めるマスターであろうと、戦士同士の戦いを止めるのは許さねえ!!」
激昂するバーサーカー。気怠げに彼を見上げて説明をしていたレオポルディーネは、その言葉に溜息をつく。
「そう……じゃあ、あそこで死ぬのがお望みだったの?」
「ァア?」
「あそこが終わりで良かったかって、そう聞いているのよ!」
レオポルディーネもまた声を荒げ、身を乗り出す。
噛みつくようなレオポルディーネに、バーサーカーは思わず顔を引っ込める。彼女は彼を睨みつけながら、続けてこう言った。
「ねえ、最初に会って計画を話した時、あんた言ったわよね!? 『お前が本気で聖杯を得ようと考えるなら、付き合っても良い』……自分の吐いた台詞を覚えてないの!?」
「………ッ」
「あそこで『欠片』を手に入れてしまえば、鏡宮は残った最後の一画であんたを殺せと言いつけて来る! そこで初めて反抗したって、令呪一画じゃどうにもならない……そんなの、分かり切ったことじゃない……ッ!」
その言葉に、バーサーカーは何かを悟ったかのように目を見開く。
「……もう一度聞くわよ、バーサーカー」
レオポルディーネはベッドから降りて、そんなバーサーカーを見上げながらゆっくりと言った。
「私達は、あそこで終わって良かったの?」
その問いをバーサーカーが受けてから、暫しの沈黙が部屋を覆った。そして――。
「……へっ」
と、バーサーカーは笑ってレオポルディーネを軽く小突いた。疲弊しているレオポルディーネは、まるで棒きれのように呆気なくベッドへと倒れてしまう。
「ちょっと……!」
「寝てろよ、マスター。そんなスッカラカンの魔力じゃあ、俺が本気で戦えねえし……ちゃんと大きくなれねえぞ?」
「ンだとコラ、デカブツ……!」
「轟木、そいつを見張ってろ」
レオポルディーネの怒りに意を返さず、バーサーカーは先ほどの言動に驚きを隠せずにいた轟木に言いつける。
「俺は、こいつが放置しちまった杖を探してくる」
「あ……」
「……ま、もう盗まれちまっているかもな」
思い出し声を上げるレオポルディーネにクツクツと笑い、バーサーカーは二人に背を向けて霊体化していく。
そして消える瞬間に、彼は呟く。
「全く……そういうのは、もっと早くに言え」
その言葉は期待からか、愉快そうに上ずっていた。