Fate/reselect   作:Fate/reselect出張所

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第二十一話『ボーダーランド』

 

 

 

 最初は、気配だった。

 気配が、眠っていた佐藤の頬を叩いたのだ。

 そして覚醒していく五感は、次に玄関から廊下へと流れる外気を、こちらへとやって来る足音を、順に感じ始めていく。

 ああ、読水さんが帰ってきたんだな。と、佐藤は思い、上半身を布団から起こした。いつの間にか布団で寝かせられていた自分を恥じたが、それはそれ。ここを守ってくれたのであろう二人に、まずは感謝しなければならない。

 そして、見た。廊下から見せた、その姿を。

 炎のように揺らめいた赤髪が印象的な女だ。細く長い体のラインを損なわない黒衣を纏い、その上にトレンチコートを着ている。

 彼女は靴も脱がずに佐藤が寝床へと上がり込み、その赤髪から覗く切れ目を細め……微笑った。

「………」

 ――アサシンの、マスターだ。

 それを理解したことが、『スイッチ』となった。

「―――ッ!」

 手元にあった枕を引っ掴み、彼女の顔面へと投げつける。そして視界を遮るように放られた枕が彼女が手で払い落とされた時には、佐藤の攻撃はすでに届いていた。

 クラウチング・スタートのような、ほぼ水平に近い状態からの駆け出し。佐藤は枕を投げてから布団から駆け出し、先に投げた枕に追いつくほどの速度で肉薄した。そして枕を手で払う瞬間――彼女の意識が枕へと移った瞬間を突いて、彼女の眼球に拳を叩き込んだのだ。

 水面を平手で叩いたような、高い音。佐藤の拳に伝わる、柔らかな感触。

 しかし潰れない、それどころか怯みもしない。

「……その重傷で、今の私の……この目に、一撃入れるなんて」

 アサシンのマスター――アレクシア・ブロッケンは直立したまま、避けること叶わなかった先の一撃を咀嚼するように思考を巡らせ……その全貌を暴いていた。佐藤は構わず、さらに深く腰を捻って眼孔に拳を押し込もうとしていた。

「……ククッ、流石」

 と、アレクシアは呟く。そうして驚きで見開いていた左目を細め、眼下の佐藤を見下ろした。

 そして、改めてもう一度、呟く。

 

「――()()()()()()()()()()。憎たらしいほどの才能を、覚醒させた訳か」

 

 ヘラクレイダイ――ギリシャの大英雄ヘラクレスの子孫を意味する言葉。

 その意味するところを、頭に血が昇っている佐藤が理解するはずもない。

 そんなことはどうでも良い。無理な動きで靭帯が悲鳴を上げているのも、今は気にしていられない。

 今の佐藤はただ、自分の腕を切り落とし、ライダーを殺した彼女を叩きのめすだけだ。溢れ出す怒りの望むままにこいつを傷つけ、壊し、ぶっ殺してやるだけだ。

 だからこそ、彼女が平然と語りだす事実が気に入らなかった。

 佐藤は呻きながら叩きつけていた拳をズラし、アレクシアの背に回す。それから彼女の長髪を掴み、力任せに引っ張った。そうすることでアレクシアの姿勢を前屈みに崩し、その首筋を露出させた。

 噛み切ってやる。と、佐藤の顔が、アレクシアの首筋に迫る。しかし、その顔と首筋の間に、アレクシアの手が割って入った。

 蛇のように滑り込んだ魔女の手が、佐藤の顔を覆う。視界を閉ざされたはずなのに、なぜか佐藤はアレクシアと目が合い動きを止めてしまう。

「アマチュアが」

 アレクシアの、嘲りの声が聞こえる。目の前の瞳は大きく、禍々しく、まるで……。

 佐藤の意識は、その瞳を最後に途絶えた。

 

 

 

「マスター。あの杖は放置して良いのですか」

 ランサーは佐藤の待つ隠れ家に撤収中、読水にそう聞いた。

「回収しないなら、せめて破壊するのも策略かと思うのですが……」

「……気持ちは分かる」

 学校での戦いの影響で体をふらつかせ、それに舌打ちをしていた読水。彼はぶっきら棒に、その疑問に答えた。

「……アレには、一族の人間以外には触らせないよう防衛機能があった。下手に触って、痛い目を見るのはこっちだ」

 並の魔術師以上に手強く、厄介な呪いや防衛魔術が施された杖――レオポルディーネ・ミローネが持ち出したあの杖は、一朝一夕で作られた魔術礼装とは思えない。恐らく、彼女の一族秘蔵の代物なのだろう。そんなものに、迂闊な真似はできない。

 目的は果たしたのだ。今は佐藤のところに戻って、ボロボロな現状を立て直す必要がある。読水とランサーがそんな話をしていると、すぐに隠れ家の前へと戻ることができた。

 しかし、そこでようやく二人は気づく――隠れ家に施した『黄金の工房鍵』による結界が、破られている。

「……ッ!? マスター……ッ!」

「……ああ。俺も今、気づいた」

「気配がします。ライダーが落ちた時に感じた、あの嫌な……っ!」

 ランサーは隠れ家の玄関を睨みながら、そう呟く。クソったれ。と、読水は毒づき、人払いの結界を手早く張る。そして魔術を行ったその手で、拳銃を素早く引き抜いた。

「だとしても、あいつを放っておく訳にはいかない……ランサー!」

「はい……っ!」

 読水の言葉の期に、ランサーは心のうちに巣食った不安の一切を切り捨てる。そして槍を実体化しながら玄関へと駆け、屋内へと迷いなく飛び込んでいった。読水は銃を提げながら、その様子を後方から用心深く見守る。

 だが、ランサーが隠れ家に突入して数秒後、ランサーは玄関の引き戸を破りながら外へと転がり出てきた。

「……ッ!?」

 何が起こったのか。一瞬のことであった為、読水にはランサーとの因果線を通じてさえ知覚できなかった。ただランサーが敷地を飛び超え、表通りまで勢い良く転がり出たことから、その生半ではない事態を察することはできた。

 そして、その答えは向こうから、ゆっくりと歩み寄ってきた。

「ランサー……この目で直接見るのは、初めてになるわね」

 そう言って、一人の長身の女が割れたガラス片を踏み割りながら外へと出てきた。その背後、玄関口には佐藤を抱えた露出の高い女もいる。読水は、恐らくはランサーを外へと吹き飛ばしたのであろうその長身の女を見るや否や、全身の血が音を立てて引くのを感じた。

 その顔と名前、そして彼女がこの日坂市に潜伏しているという情報は、アダムから知らされていた。だが正直、最後まで出会いたくはなかった。

 アレクシア・ブロッケン――ブロッケンの魔女の生き残りにして、現存する中では最も悪名高い一族の三代目。この魔女とだけは、絶対に敵対したくはなかった。

“マスター、あいつがライダーを……彼女が、アサシンのマスターです”

“……そう、らしいな”

 しかし彼女との因縁は、佐藤を助けた時点で始まっていたらしい。

 ならば、やむを得ない。ここでケリをつける。なぜライダーを失った佐藤を殺さず攫おうとしているか、頭の片隅に湧いた疑問もここで終わらせてしまえば答えを得る必要もない。

“ランサー、一瞬で終わらせろ。お前の速さを、あいつに見せてやれ”

 アサシンが今どこに隠れ潜んでいようと、マスターさえ先に討てばこちらの勝利だ。読水は油断なくアサシンの気配を探しながら、ランサーに最速最短での決着の指示を念話で送った。

 ……実際のところ、アサシンはすでに脱落している。しかしライダーが脱落した直後から結界内に籠城していた読水達は、その事実を監督役より知らされる機会さえ遮断していたのだった。

 読水の指示に、ランサーはパッと立ち上がる。その姿を冷ややかな目線で見ていたアレクシアは、背後にいる女――ミアを向き直り、口を開く。

「裏口から出なさい」

 敵に背を向けた。その愚行を、ランサーが逃すはずもなかった。

 ランサーは前へと、矢のようにアレクシアへと飛び出す。

 

 

 

 アレクシアへと飛び掛かったランサー。対してアレクシアは、その反応を待っていたように冷笑し、振り返る……振り返りながら、敷地を囲うブロック塀を手で払った。その瞬間、彼女の手元から石片の散弾が現れた。

「………ッ!?」

 振り返り際に手で払う。ただそれだけでアレクシアはブロック塀を砕き、破片を散弾のようにランサーへと飛ばしたのか。ランサーは驚愕するも、その破片には構わず、一直線にアレクシアへと突っ込む。

「……づぁラッ!」

 そして充分な速度を維持したまま、掛け声と共に槍を彼女へと繰り出した。

 尋常ならざる英霊の速度、その一点に集中された最速の一刺し。魔術師であってもそれは不可避、必殺の一撃となるはずだった。

 それを、アレクシアは事もなげに躱す左手で受け止める。槍を刺す……どころか貫通、串刺しにせん。そう考えていたランサーは、その思わぬ衝撃に前へとつんのめってしまう。

「……っと。ハハ……ッ」

 アレクシアはその様子に笑い、槍の穂先を強く握り締めてしまう。その左腕から大小様々な瞳がコートの破れ目から覗いており、それらは覚醒したようにギョロギョロと動き、それぞれがランサーの姿を捉え凝視する。

 しかし、それだけではない。先程の戦闘、手応え、そこから湧き上がるイメージ……ランサーはこの瞬間にも、多くのことを感じ取っていた。

 そして、悟る。

 今の自分では勝てない、と。

「……マスターッ!」

 故に、やるべきことは一つだ。ランサーはアレクシアに背を向け、背後の読水へと叫ぶ。

「すぐに逃げてくださいッ!」

 身を捨てた、決死の進言だった。

 その代償は高くついた。

 笑いながら、アレクシアはその異様に長い腕を振るい、ランサーを横に薙ぎ払った。ランサーは反応すらできずに弾き飛ばされ、敷地を囲うブロック塀の一部を突き破って隣の空き地へと転がり出る。

「くっ……あっ」

 ランサーは地面に右手を付け、立ち上がろうとする。しかし、そこでランサーは自身の左腕が動かないことに気づいた。

 左肩が、先程の衝撃で外れている。ランサーは歯噛みし、地に這いつくばったまま必死に声を張り上げた。

「マスターッ! 早く……急いでッ!」

 バーサーカーとの死闘に加えて、先程の打撃。ランサーはすでに限界に近かずいていた。だからこそ、せめてマスターだけでも、この仮初の命に替えても逃さねばならない。

「どうした、ランサー……さっさと立ちなさい。もう少しだけ、遊んであげるわよ?」

 アレクシアはそう言いながらゆっくりと瓦礫を乗り越え、そんなランサーへと近づく。

「もっとケダモノのように喚け、見苦しく暴れてみせなさい。あのライダーのように、そのマスターの小娘のように……カビの生えた、英雄共」

 彼女の口元は笑みを隠し切れていない。それは明らかにランサーのダメージを理解したうえでの、嗜虐的な悦びによるものだった。

 しかし、そこに読水は割って入った。

 読水が撃ち放った弾丸はアレクシアの側頭部に命中し、魔女の頭が横へと弾かれる。着弾の瞬間、彼女の頭からは火花が散り、跳弾が明後日の方向へと飛んでいくのをランサーは見た。

 衝撃でたたらを踏んだアレクシア。顔を強張らせた読水は、そこへ二発、三発と続けざまに弾丸を撃ち込むが、それらを彼女は顔を伏せたまま、片腕を鞭のようにしならせ弾き飛ばしてしまう。

「……三下が」

 アレクシアはゆっくりと顔を上げ、ランサーの忠告を無視して邪魔立てをした読水を憎々しげに睨む。

「令呪の前に、その頭からもぎ取ってやる……」

 そう言うと、アレクシアは下げていた方の右腕を、肩の高さまで持ち上げた。すると、その腕から無数の光球が蛍火のように浮かび上がる。

 それを光弾の妖しさに、ランサーの全身に鳥肌が立つ。

 ランサーは地面を蹴って読水のもとへと駆け出したのと、その無数の光球が読水へと迫ったのは、同時だった。そして、速度で勝ったランサーが読水を抱き締めて逃げるように地面に伏せた直後、光球は二人を周囲ごと爆発に飲み込んだ。

 

 

 

 人気のない表通りは爆煙に包まれ、空からアスファルトの雨を降らせていた。

 そんな惨状を生み出した張本人であるアレクシアは、その煙の中に潜むランサー達の気配を探っていたが……。

「ふん……やっぱり、逃げ足だけは早い」

 そう肩をすくめる。アサシンがライダーのマスターを殺し切れなかった場面を含めると、あの二人に逃げられるのはこれで二回目となる。

 しかしここまで派手に暴れた以上、呑気に雑魚を追い回していられない。アレクシアは踵を返すと、パッと月夜に飛び上がった。そして屋根伝いに跳び、先に行かせたミアと合流しようと、ここから急ぎ離脱していく。

 夜空へ引っ張り上げられるような飛翔、一瞬の浮遊感、そして魔女によって蹂躙されるべく広がる地上へと柔らかく落ちる。その感触を楽しみながら、アレクシア・ブロッケンは今後の計画を企てる。

 すでに利用価値はなくなった……しゃぶり尽くしてやったと思っていたライダーと、そのマスター。そこから誰も予想さえしていなかったであろう、ヘラクレスの末裔という、天然記念物を手に入れることができた。

 根源を目指す魔術師でないアレクシアにとっては、その古い血統には何の魅力も興味もない。しかし、その利用価値は見出だせる。

 否、打算で見出さずとも、彼女は必要だ。そう、アレクシアの体内に宿る『これら』が言っている。アレクシアの中で、ヘラクレスの末裔に復讐をしろと、あの血筋を穢せと、囁いているのだ。

 良いだろう。と、アレクシアは頬を吊り上げて笑う。

 私は強い、そう強くなったのだ。魔術師も、聖職者も、悪魔だってもう私を止められない。手に入れたこの力で、私を拒んだ世界の未来も、過去の栄華だって踏みにじってやる。

「……ぷっ、はは……っ!」

 なんて愉快なんだろう。と、アレクシアの口から笑みが溢れる。

 こんな面白いこと、何で今まで誰もやろうとしなかったんだろうか。本当に、不思議でならない。

 やり方さえ選ばなかったなら、全てを支配してしまえば……この腐った世界でも、こんなに輝いて見えると言うのに。

 笑いながら地上を見下ろすアレクシアの細められた両の目は、幼子のように純粋で、残酷な悦びに輝いていた。

 

 そして、夜空と地上とを上下しながら輝くそんな瞳が――不意に見開かれた。

 

 背中を叩いた気配。アレクシアは反射的に気配の方を向くも、次の瞬間、彼女の首に衝撃が走り身体の自由を奪われる。

 アレクシアはバランスを崩し、空から落ちる。落下の中で、アレクシアは猛禽類のように変貌させた足で自身の首を掴んでいるウィリアムの姿を見つけた。

「ごきげんよう」

 空中で、自身の更に上空から首に飛び付かれたアレクシア。地面へと落下する中、ウィリアムは囁く。

「う、ウィリア……ッ!」

「少しだけ辛抱を。すぐに着きますので」

 ほら。と、ウィリアムが言うや否や、アレクシアは後頭部から落下……神社の本殿の屋根瓦を破砕させながら、屋根の斜面に沿って地面へと滑り落ちた。ウィリアムはその間もアレクシアの首を放さず、それどころか着地面に押し付けるようにしながら、足元の魔女をスキー板のようにして共に滑り落ちる。

二人は屋根瓦を滑り落ち、境内へと落ちた。数秒の後、アレクシアは背中に残る鈍痛が喉元へと込み上げ、喉を圧迫するような感覚を覚える。そして――。

「ガッ……ハ……ッ」

「あーあー……吐血は喉を痛めますよ? 詠唱したいなら、喉は大切にした方が良い」

 ウィリアムはそう嘯きながら、無感情に片手を上げる。すると二人を囲うように浅葱色の淡い光の像が複数、揺らぎながら現れる。それはすぐに刀、槍などで武装された新選組の隊士の姿を取っていく。

「………ッ!?」

「お待たせしました。ここが、到着地ですよ」

 ウィリアムは抑揚のない声でそう呟くと、挙げていた手を下ろし合図する。それを機に、隊士の霊体達はそれぞれの武器を構え、動けないアレクシアへと迫った。

 高所からの落下による衝撃、それを喉元一点へのダメージへと集中させて攻撃。さらにこのまま押さえ付け、キャスターが召喚する隊士達で八つ裂きにする気か。アレクシアは口内へと溢れる血によって声さえ上げられない中、ウィリアムの思惑を理解する。

 しかし、そんなもので止められるものか。

「……ゴァッガッ!」

 溢れる血から吹きこぼす、魔女の咆哮。それと同時にアレクシアは、何かを掴み取るように左腕を天へと掲げた。

 そして、その柱のように天へと伸びた腕を中心に、術式の描かれてない、赤い円だけのシンプルな魔法陣が浮かび上がる。

 次の瞬間には、ウィリアムは後方へと跳び下がっていた。そして彼が下がった直後、夥しい魔力量の光柱が魔法陣から爆発的に噴出し、残された隊士達を消し飛ばした。

 その圧倒的な破壊を生み出す光の柱の中で、アレクシアはゆっくりと身を起こす。それからゆっくりと、後方に飛び降りたウィリアムへと歩いていく。

「……なるほど」

 と、ウィリアムは頷きながら、緊迫した体を落ち着かせるように一息つく。

「その膨大な魔力と神秘。それらはその……異形と化した腕を起点にしている」

 そしてもう一つ。と、ウィリアムは言葉を繋げた。

「貴方の人としての体は、腕に秘められた『何か』に合わせるように変貌しつつある……まだ、その最中なんですよ」

「………」

 聞くに値しない。アレクシアは口内に残る血を吐き捨て、砕かれた地面を蹴ってウィリアムへと駆け出した。

 魔術も神秘もない。飛び掛かり、掴み、蹂躙するというシンプルなまでの暴力性。ウィリアムはその突進を力で押さえ込まずに、体を丸め自分から後方へ倒れ込む。そして二人の間に足を差し入れ、アレクシアを後方へと蹴り上げた――柔道で言うところの、巴投げである。

 掴み掛かるつもりが、宙へと投げ出されたアレクシアは宙で体勢を整え、そのまま神社境内と境外の境目、鳥居へとフワリと着地した。

「……そう、その鳥居のようだ」

 地面に伏せたウィリアムは、アレクシアを睨みながら慎重に立ち上がる。そうして、先程の説明を続行した。

「魔女と異形の境界点(ボーダーランド)、そこに貴方は立っている……今ならまだ、私でも殺せるということですよ」

「……やってみろよ、魔術師」

 すでに先程のダメージを回復しつつあるアレクシアは、憎々しげにそう呟いた。そして腕を宙に振りつけ、蛍火のような光球を残す。

「魔術師らしい、その机上の空論……私が覆してやる」

「ええ。証明してあげますよ、魔術使い」

 ウィリアムはそう言いながら着ていたパーカーを脱ぎ、鍛え上げられた上半身を冬夜に晒された。彼の左右にはすでに、新たに隊士達が召喚され刀を抜いていた。

「私は『時計塔』の講師だ。証明するのは……得意なんだ」

 ウィリアムはギュッとパーカーの袖を腰へと結び、それからアレクシアを睨んだ。

 周囲に張り詰められる、殺意と恐怖で満ちた緊張感。

 しかしその緊張感を破ったのは、この二人ではなかった。

 境内に響き渡る、自動車の排気音。それに気づいた二人の横合い、自動車用に開かれた坂道から白の軽バンが飛び出た。その車の助手席には、ランサーが槍を手にしながら箱乗りしていた。

 本殿の正面に建てられた鳥居とは違い、現代の事情に合わせられ作られた横道。そこから運び屋とランサーは現れ、激突しようとしていた二人の戦いに乱入を果たしたのだ。

「……ちっ」

 アレクシアは舌打ちをする。

 ここでランサー陣営とキャスター陣営、二つを纏めて相手をしてやっても良い。しかし以前にアーチャー陣営を襲撃した際、ウィリアムがセイバーのマスターと共闘していたのが頭にチラつく。

 ……もしここに、あのセイバーと代行者が参戦したのなら、状況は一気に悪くなる。

 こちらを最優先に狙ってくるキャスター陣営……否、ウィリアム・シンとはいずれ決着をつける必要がある。しかしサーヴァントを失った今、ここで無理して相手取る必要はない。

 ここは引くのが最善手だ。そう判断したアレクシアは、宙を舞う光球を眼下一帯へとバラ撒いた。

 光球によって爆発する境内。読水の合図によって、ランサーは箱乗りした状態から宙返りをするように降車した。それと時を同じくして、ウィリアムは光球を掻い潜り、地面を強く蹴ってアレクシアの目の前へと飛び上がる。

「prana shift――were-frog」

 ウィリアムは空中で詠唱、獣性魔術によって得た蛙の神秘――獲物に向かって素早く伸びる舌によって魔女を捉えようとする。

 アレクシアの顔面へと伸びる、柔らかで鋭いその蛙の舌をアレクシアは左手で掴み取った。受けた衝撃は先程のマグナム弾を超えるものの、今のアレクシアにとっては取るに足りないパワーだった。

 問題は、その舌がありえないほどの粘性を持っていたことだ。

 ウィリアムは身を捻り、アレクシアの腕を自身の方へと引き寄せる。腕を引っ張られたアレクシアは、反射的に腕を手元へと曲げて力を込め、その牽引力に抵抗した。

 その瞬間――舌の引き寄せに抵抗すべく、アレクシアがその場に留まって力を込めた瞬間を、ランサーは逃さなかった。

 未だ左肩が万全でないランサーは、槍を宙へと放るようにして逆手に持ち替える。

 そして気合一閃、ランサーは倒れ込むような勢いで十字槍を投擲した。

 弾丸のように、魔女の心臓へと飛来する槍。アレクシアは一瞬遅れたものの、それを右腕で受けた。

 自動車同士の交通事故のような、重量感のある衝突音が光球の爆発音を弾き飛ばすように響き渡る。そして打ち込まれた十字槍は、魔女の右腕に刺さったまま止まってしまう。

 魔女は嗤う。しかし見れば、その槍は異形の腕を貫通していた。それどころか、その刃の先端はアレクシアの左胸に届いていた。

「………ッ」

 想像を超えた威力とダメージに、魔女の釣り上がっていた口元から血が流れ出す。驚愕に見開かれたアレクシアの両目だったが、すぐに歪み引き締められ、瞳の奥底に宿る悪意を取り戻す。

 アレクシアは突き刺さった十字槍をそのままに、鳥居周辺の木の幹に貼りついていたウィリアムに右手を向けた。直後、彼女の掌から眼球が飛び出し、光線が放たれる。

 ウィリアムはピンと引き絞られた舌を離し、林の方へ飛んで光線を躱す。そうして自由になった左腕でアレクシアは右腕に刺さった十字槍を抜きつつ、その光線をランサーにも向ける。ランサーはその光線を、猫のように靭やかな体躯で危なげなく躱していく。

 今のうちか。アレクシアは光線を撃ち終えると、鳥居を蹴って宙へと飛んだ。そしてそのまま、闇夜から人の灯火ある方へ、郊外から街の方へと逃げていった。

 

 

 

 やはりというか、結局逃げられてしまったか。

 ウィリアムは溜息をつきながら、林から境内へと抜け出る。

 アレクシアの想定外の発見に、勇んで攻め入ったは良いものの……これでは埒が明かない。やはり今の彼女を討つには、もっとしっかりした計画と準備が必要なのだろう。

 つまり、彼らだ。と、ウィリアムは視線を上げ、殺気立つランサーを見つめた。

「……とりあえず、まずは話し合いましょうよ。ねえ……?」

 ウィリアムは敵意がないことを示すべく両腕を上げて前へと進み、ランサーと自分の間で身構えていた隊士達の刃先に手を掛けて地面へ下ろさせた。そして、遠くで煙を上げる白の軽バンに向かって声を投げかける。

「互いに聖杯戦争の参加者としても、魔術師として先に倒すべき宿敵は同じだと思いますが?」

「……なに言ってんだ、お前」

 ランサーのマスター――読水は半壊した車に体重を預けながら、油断なく拳銃をウィリアムへと向けていた。

「キャスターのマスター……まさか、こんなタイミングで遭遇するとは思ってなかった」

「僕だって別に会いたかなかったですよ。でも、こうなれば呉越同舟……って、やつですよ」

「はあ?」

「手を組みませんか?」

 訝しむ読水に、ウィリアムは油断なく微笑ってみせる。

 そう、さっきの戦いで分かった。

 『時計塔』の魔術師でもない。

 『聖堂教会』の代行者でもない。

 魔術師と呼ぶには型破りで、普通人と呼ぶには魔術に精通し過ぎている――あの魔女と異形の境界点(ボーダーランド)に立つ彼女を追い詰めるには、こんなどっちつかずの『運び屋』が必要なのだろう。

「私の標的はあの魔女です。そして貴方達は……あの子を追っているんでしょう? なら、ここは互いに協力しませんか?」

「………」

「会わせたい男がいます。彼らが味方になると分かれば、貴方達にも利益があると納得するはずです」

 ウィリアムはそう告げながら、腰に巻いていたパーカーを羽織った。

 そして……ニヤッと悪戯っ子のように笑う。

「……まあ、貴方達にとってはあまり会いたくない方達でしょうが……」

 

 

 

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