Fate/reselect   作:Fate/reselect出張所

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第二十二話『故郷』

 

 

 

 五年前。

 代行者であるカレル神父、シスター・セレネントーラ、そしてシュウジ・アルバーニは、聖堂教会が長年に渡り追っていた死徒『灰羽のニペラ』討伐の任を与えられていた。

 当初、任務は順調に進行していた。十二月の初め、シスター・セレネントーラは『灰羽のニペラ』の潜伏先を特定、三人はシベリアの小さな集落へと向かった。

 しかし、そこは『灰羽のニペラ』の故郷であり、彼の支配下にあった。事前に住民の全てを配下へと変えていた彼は一転、反撃に打って出たのだ。

 吹雪の夜、住民に包囲されながらも三人は応戦により『灰羽のニペラ』を撃退する。しかし不測の戦闘によってカレル神父は戦死、シスター・セレネントーラも片目を失う重傷を負う結果となった。

 この報告を受け、聖堂教会は『灰羽のニペラ』討伐の任務は失敗と判断、部隊の撤収を命じた。

 しかしこの撤収命令を、一人の若き代行者は無視した。

 先の戦闘により装備を使い果たしていたシュウジ・アルバーニは、カレル神父が使用していた概念武装『教会剣』を持ち、単独にて『灰羽のニペラ』を追跡した。全長二メートルに及ぶツヴァイヘンダーである『教会剣』を手に、吹雪くシベリアの森を丸一日歩いて死徒を廃墟の集会所へと追い詰めたのだ。

 そうして、シュウジ・アルバーニは『灰羽のニペラ』と戦闘、使徒討伐を果たした。しかしこの戦闘により、元々周囲を厳格な教会とする為のシンボルとして使われていた『教会剣』は概念武装としての能力を失ってしまう。

 この後、シュウジ・アルバーニは命令違反と概念武装の損失の責任を問われ、代行者の任を解かれる。

 シュウジ・アルバーニは代行者解任後も聖堂教会に身を置くこととなるが……彼が代行者として復職するのに、それから五年の歳月を費やすことになる。

 

 

 

 協力者ができたので、郊外の神社に来て欲しい。そんなウィリアムの連絡を受けたのは、まだ日も昇っていない早朝のことであった。

 規則正しい生活を心がけているシュウジが、それでも間も置かずに反応ができたのは、この聖杯戦争という特殊な環境故だろう。

 しかしそんなシュウジでも、集合先にランサーと、そのマスター――読水竜也がウィリアムの隣にいる事実には呆気に取られてしまった。

「……おい、聞いてねえぞ。何でお前なんだ」

 読水の疲弊しきった顔は、日の出を背にしているが為に一層暗く、やつれて見える。その血走った両目は、恨めしそうにシュウジを睨んでいた。その背後には、ランサーが僅かに四肢を曲げて臨戦態勢を整え、油断なくこちらを見ている。

「……その言葉、そっくりそのまま返してやる」

 シュウジは読水にそれだけ言い返すと、説明を求め、ウィリアムの方を一瞥した。彼はその視線に肩をすくめる。

「連絡の通りです。彼らがその、協力者」

「誰が協力するって言ったんだよ」

 ウィリアムの言葉に、読水は噛みつく。

「それに……こいつらと手を組まなきゃならないってんなら、尚更だ。冗談じゃねえ」

「……私にも、任務がある」

 シュウジはそう言葉を付け加え、殺気立つ読水を正面から見据えた。それを合図に、シュウジの隣にセイバーが実体化する。

「ウィリアム、貴方には悪いが……ここで当初の目的を果たさせてもらう」

「ま、ま、ま……」

 ウィリアムは宥めるようにシュウジ達の間に割って入り。

「まずは説明させてください。本当にこれは、お二人にとっても利益になる話ですので」

 柔和な顔でウィリアムはそう説明する。しかしそんな態度とは裏腹に、新選組隊士の霊体が周囲を囲むように現れる。このままセイバーをけしかけようものなら、囲んでいる隊士達は一斉にこちらに斬り掛かってくるだろう。

 油断も隙もない。互いに第三者の介入によって動けず睨み合っている中、中央のウィリアムだけが口端を上げた。

「状況を理解してくれて、助かります。これで一悶着起こさずに、説明ができる」

 ウィリアムはそう言うと、説明を始めた。

 

 

 

「……分かった。ライダーを失い脱落したマスターの救出なら、協力しよう」

 ウィリアムからこれまで経緯、そして読水からの補足と訂正を聞き、シュウジは腕を組みそう答えた。

「脱落したマスターの保護は、聖堂教会の管轄だ。それが事情も知らずに巻き込まれた人間なら、なおのこと保護すべきだろう」

 その言葉に、ウィリアムはしたり顔でピースサインをしてみせた。

「では、以前にお話した通り……アレクシア・ブロッケン打倒まで、我々は情報を共有しつつも……互いの接触、共闘は極力避けるということで」

 渋々と、シュウジは頷いた。これは聖杯戦争という体裁を保つ為であり、そしてサーヴァントによるマスター殺害を警戒せず戦えるようにと取り決めたものだ。

 以前、アレクシアに奇襲を行った際には、サーヴァントを遠ざけることでウィリアムに背中を預けることができた。しかし、それが為にアレクシアを取り逃がしてしまった。この反省からシュウジとウィリアムは、やはり完全に信じ合えない仲であるのなら、やはり戦力は陣営ごとに分けた方が良いと結論づけた。

 しかし。

「おい、いつから俺が組むって……話がまとまったんだ?」

 そう言うのは、読水だ。その低い声色に、ウィリアムはやれやれと肩をすくめる。

「ダメですか?」

「………」

「もう、い~いじゃないですかぁ」

 笑いかけながら近づくウィリアムに対し、読水は黙って脇下のホルスターから拳銃を抜いた。その拒絶の姿勢に、ウィリアムは苦笑しながら両手を上げた。

「ウィリアム・レイ、お前は利害関係さえ一致すれば、例え聖堂教会とだって組めるんだろう。けど……」

 読水は銃口をウィリアムからシュウジへと順に向け、憎々しげにこう続ける。

「俺にとっては、こいつらと組むのは絶対にダメだ。それで聖杯に近づけるのだとしても、それだけはできない……」

 そう告げる読水の顔を、シュウジは黙って見つめていた。彼の疲れ果てた目の底に強い感情、怨念とも言うべき炎がチラついているのを感じたからだ。

「……随分な物言いだな」

 シュウジがそう呟くと、読水の体が一瞬震えた。構わず、シュウジは言葉を重ねる。

「聖堂教会と魔術師との溝は深い。それに私はお前を襲った上、触媒を奪った。怒って当然だろうが……」

「そんなことはどうでも良い……ッ!」

 読水はシュウジが言い切るより早く、そう怒鳴りつけた。

「十年前に、この街で! 俺の家族を殺しておいて……よくもそんな口が利けたな……ッ!?」

「……十年前だと?」

「てめえ、とぼけんのか……ッ!」

 詰め寄ろうとする読水を、ランサーが慌てた様子で抑え込んだ。

「マスター、落ち着いてください! ここは話を聞いた方が……」

「ランサー……てめえ離せッ!」

 すいません、すいません! と、ランサーは必死に謝罪しながら怒り狂った読水を羽交い締めにしている。そんなランサーに加勢するように、ウィリアムも二人に近づいていく。

 しかし、シュウジはそれどころではなかった。

「……十年前」

 シュウジは再び、口に出した。

 そう、同じ十年前だ。この土地で、シュウジが聖堂教会に拾われることになった、あの忌々しい土砂災害に見舞われたのは。しかしそれは、あくまで事故。自然災害の一つとしてシュウジは受け止めていた。

 しかし、同じ十年前に読水は聖堂教会に家族を奪われたと言っている。その意味するところは……。

「………っ」

 頭痛がする。脳に血だか酸素だかが足りなくなっていると、シュウジは感じた。

 体の芯が震える。何か途轍もないことに辿り着きそうなのだと、その震えが教えてくれる。

 しかし、その答えを見出すことはできなかった。故に動悸は身体をいつまでも巡り続ける。

 その後のことを、シュウジはほとんど覚えてない。

 ただウィリアムから、読水も協力してくれるようです

ので以後よろしく……といった旨を聞き、上の空で了承したのだけは覚えている。

 その後は各自解散することになったのだが、読水とランサー、それからウィリアムが立ち去るまでシュウジとセイバーはその場に留まり、最後はセイバーの言葉に誘導されるような形で、シュウジは帰路につくこととなった。

 

 

 

 キャスター陣営とセイバー陣営。二陣営との協力体制を築いた後、読水はアジトの一つであるアパートの一室へと戻った。

 そして読水は今――椅子に座る読水の前で両膝を合わせ、頭を床に付けているランサーを見下ろす羽目になっている。

「………」

「……全くもって、申し訳なく」

「………」

「ご、ごめんなさい……」

 黙り続ける読水に、ランサーは一心に謝り続けていた。

「もう良い……良いって、兎に角もう……もう寝かせろ」

 もう疲れた。読水はそう言うと立ち上がり、フラフラとベッドへと倒れ込む。そしてその直後、何とか保っていた意識を暗がりの向こうへと手放した。

 事の発端は、三時間前。読水がシュウジの態度に我を忘れた直後のことだ。

「もし協力してくれるなら、ランサーの真名を口外しないことを誓いましょう」

 耳打ちされたウィリアムの言葉は、読水の正気を取り戻すには充分なインパクトがあった。

「なに……?」

「おや? キャスターが使う霊体が真選組だという時点で、その可能性は予想できたのでは?」

「………」

 読水は押し黙る。そして顔を伏せ、ランサーと念話を繋ぐ。

“……ランサー。はったりと思うか”

“マスター……すみません”

 念話上でのランサーの声は、酷くか細いものだった。

“キャスターが私の真名を知っている可能性は、確かにあります”

 そうか。と、読水は歯噛みした。不測の事態により、急遽召喚したランサー。その真名を、この男とキャスターは知っているのか。マスターである、自分を差し置いて……。

「この情報、もし我々に協力しないのであれば、貴方達は聖杯戦争上の敵という関係のままな訳ですので……ねえ?」

 悪い話じゃないはずですよ。と、ウィリアムは笑みを浮かべ、手を差し伸ばす。しかし――。

「おいおい……顔が割れてるのは、お前らだって同じはずだろう?」

 そう言ったのは、これまでの会話に混ざらず、遠巻きに眺めていたセイバーだ。

「賢しらに自分が優勢だと偽っちゃいるが……なあ? キャスターがこの場に現れないのは、ランサーに顔を見られたくないからだろう?」

 セイバーの指摘に、ウィリアムは手を引っ込めてから顔をセイバーへと向ける。セイバーはそんな彼にニヤリと笑ってみせた。

「マスターのあんたが敢えて身を危険に晒し、姿を見せないよう努めるほどの英霊だ。よほど真名を知られるのは、都合が悪いんだろうな」

「……本当に、優秀なサーヴァントですね。貴方は……」

 ウィリアムは苦笑し、肩をすくめる。そして咳払いを一つし、読水へと向き直った。

「さて、どうでしょう? 何でしたら……自己強制証明(セルフ・ギアス・スクロール)で、契約しても構いませんが……」

 自己強制証明(セルフ・ギアス・スクロール)。魔術刻印を介した、魔術師にとって絶対的とも言える呪術契約だ。それほどにウィリアムは、読水達を味方に付けたいということなのだろう。

 セイバーの指摘は的確なものだったが、しかし、やはり自分が把握さえしてない真名をバラされるのはリスクが高い。

「……はん。時計塔の教員相手に、呪術契約で出し抜けるとは思ってない」

 読水は鼻を鳴らし、腕を組んだ。そして少しの間、項垂れてそっぽを向く。

「……ま、いいさ」

 と、読水は呟き、ウィリアムへと向き直る。そして声を絞り出すように低く、こう告げた。

「口約束だけで充分だ……いつでも裏切れる」

そうして読水は、とりあえず、という言い訳を残しながらも二人と協力しアレクシア・ブロッケンを追う約束をすることになったのだ。

 今更ながら、あの取り決めはこちらの完敗だった――そう、読水は夢うつつの中で反省する。

 しかし、佐藤を救う手立てと同時に、あの魔女を討つ切っ掛けを得たのは、読水にとっても僥倖と言える。

 例え聖杯戦争が終わった後も、あの魔女がいる限りはこの地に平和は訪れない。きっと聖堂教会や魔術協会の連中が彼女を抹殺しようと、大挙して押し寄せるはずだ。

 読水の故郷を、これ以上穢させる訳にはいかない。外部が干渉し難い、この聖杯戦争のうちに、全ての決着をつける必要があるのだ。

 

 

 

神社から皆と別れた後、シュウジは都心へと徒歩で戻っていった。しかし途中、疲れを感じて目についた公園へとフラフラと入り、冷たいベンチに腰を下ろした。

 まだ早朝のせいか、あるいは寒さのせいか、周囲には誰もいない。シュウジはボンヤリと空を眺めていたが、ふと思いついたように視線を下げ、財布から一枚の写真を取り出した。

「……写真か?」

 隣で缶コーヒーを飲んでいたセイバーが、そう声を投げかけた。シュウジは二つ折りにしていた写真を開き、それを眺める。

「前に組んでいた、聖堂教会の仲間だ。リーダーがアナログな人間で、お前も持っておけと財布に入れられてしまったんだ」

 ローマの『スペイン階段』を背後に撮った、カレル神父、シスター・セレネントーラ、それと自分が写った集合写真だ。奥にはトリニタ・ディ・モンティ教会も見える。

「……この頃の私に、こうして故郷で聖杯戦争に参加していると話しても……絶対に信じないだろうな」

 シュウジの呟きに、セイバーは返事をしない。ただ黙って公園の端に置かれた遊具を見ながらコーヒーを啜っている。

 シュウジは写真を見ながら、当時のことを想起していく。

 確か、写真を撮ったこの時にはジェラートを食べたはずだが、三人共が辛党なので微妙な顔を浮かべていた。

 三人で計四人の死徒を討伐した。セレネントーラはこんなの当たり前だろうという態度で正確な情報を集めてくれたし、カレル神父は聖堂教会に入った頃から誰よりも頼りにしていた。

 そして……最後に思い起こすのは、決まってあのロシア――吹雪での一夜だ。

 あの時の独断専行で、シュウジは一度、代行者の任を解かれている。

 そして今、また同じ過ちを犯そうとしていることになる。

「……悩んでいるな」

 セイバーは言った。シュウジは目を伏せ、写真を畳んだ。

「いや、もう答えは出ている。今はただ、彼らに謝っているだけだ」

 魔女を抹殺せよ。と上層部から指示された、それは読水が持つペンダント以上に優先されることだという。もう決して、道草を食える状況ではなくなっている。ましてや、十年の事件など追っている余裕など……。

 しかし……。シュウジは立ち上がって、先程いた神社の方向を見た。あそこはあの土砂崩れの現場から、そう遠くはない。

「ここ数日、手がかりすら掴めなかった十年前の真相。その糸口をこうもあっさりと得た……呼ばれた気がするんだ。それがこの地にか、神の采配というやつか……」

 あるいは、これが運命というものか――。

 シュウジはそう呟き、首から提げていた十字架を握り締めた。

 シュウジは胸の奥底から、五年前の夜に感じたあの衝動が沸き立っていくのを感じた。実際、シュウジは左遷されはしたものの、あの行動が間違っていたとは思っていない。

「セイバー、すまない。お前にとっては余計なものを、共に背負ってもらうことになる」

 シュウジは自身のサーヴァントに向き直り、言った。

「十年前、この土地で何が起こっていたのか。それから目を背けるのは……例え聖堂教会が許しても、俺の背負った十字架が許さない」

 セイバーはその言葉を受け、ジッとシュウジを見つめた。そして言葉を選んだように、ゆっくりと口を開いた。

「……道を、選び直すか」

「いや、俺はどの道も捨てない。あの魔女の行いは代行者として許さないし、聖堂教会が隠している真実も……この地に生まれた男として、必ず暴いてみせる」

 ほう。と、間髪入れずに答えたシュウジに、セイバーは眉を上げる。

「ははっ、そいつは中々にキツい道だな。だが、そんな道を進む大馬鹿者を、人は英雄と呼ぶのさ」

 騎士として、心が躍るな。そう応えて缶コーヒーをシュウジに掲げた後、セイバーはそれを一息に呷った。

 

 

 

「……そうですか。ウィリアム・シンが、彼までも味方につけましたか……」

「うむ。流石は時計塔、貴族主義派の秘蔵っ子と言ったところか……中々に頭が切れるらしい」

「……しかし、彼らがアレクシアを追うというのは、私にとっては好都合です。暫くは、この屋敷で事の経緯を見守っています」

「それが良いだろう……我々も、魔女のせいで聖杯戦争を破綻させたくはない。もし、必要とあらば……」

「必要があるなら、主催者である私があの女を殺します。貴方達が動く必要はない」

「………」

「これは聖杯戦争だ。魔女討伐の主体は、あくまで我々……参加者のマスターであるべきだ。あのイカれた女を口実に部隊を寄越し、計画の実権を握ろうとしても無駄です」

「……では我々に、あの得体の知れない怪物を黙って見ていろと言うのかね?」

「当然だ。忘れないで頂きたい、我々は同じ共通の目的を持っているだけで、決して仲間じゃあない。……この計画が破綻すれば、私はサーヴァントを使って即座に貴方を殺す。十年前に貴方達がやったことを、私も彼も、一日だって忘れたことはないんだ」

「………」

「……失礼。今日は少々、話し過ぎましたね」

「そのようだ。伝えるべきことは伝えた、そろそろ切らせて貰うよ」

「ええ、それでは――」

 

「――第八秘跡会。日坂亜種聖杯戦争監督役、マリオ・アルバーニ神父」

 

 

 

 

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