Fate/reselect   作:Fate/reselect出張所

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第二十四話『美学』

 

 

 

「……一体、何を始める気?」

 絞り出したような、佐藤のか細い声。

 それが可笑しかったのか、アレクシアは薄い笑みを浮かべた。

「今やっていることと、何も変わらない」

 日坂亜種聖杯戦争。既に開戦から十日余りが過ぎたこの戦争に、アサシンのマスターとして参加し、今や一柱の怪物と化した女は言った。

「戦争――聖杯という大義名分で、何をしても許される……ただの戦争さ」

 

 

 

 そのシティホテルは、西に沈む夕日を背負って大きな影となっていた。

 そして今、その影は周囲を遠巻きに囲むパトカーや救急車両の赤色灯によって、赤と黒の斑模様となっていた。

「テロだって……」

「ガス漏れだって聞いたよ?」

「でも銃声っぽいの、聞いた」

「でもガス漏れだって、みんな言ってるよ……?」

 ホテルを囲む警察官や消防隊、それらを外側から覆う次の膜のように集まった野次馬達。肩を振り腕を伸ばしながらそれら人混みを掻き分けて進んでいくと、そんな言葉が耳に入る。

 ……テロなら、何で遠巻きに見てるんだ。逃げろよ。

 と、そんな考えが読水の頭に横切り、イラついた頭を更に熱くさせる。

 人混みを突破し、読水とランサーは両腕が広げられる程度の開放的な空間に飛び出す。すると、目敏い警察官が二人を睨むが。

「お待ちしておりました!」

 そう言って警察官の脇を通り過ぎ、読水達の元へ駆け寄るスーツ姿の男。下がらせようと今まさに走り出そうとしていた警察官は、二人が関係者と見るや歩を止めて別の対応に飲まれていく。

 スーツ姿の男は、周囲の者が聞き耳を立てていないか確認するように左右を見て、それから読水達に一歩近寄り、小声でこう言った。

「聖堂教会の早崎です。ランサーと、そのマスター……読水竜也で間違いないですか?」

 聖杯戦争には、その儀式が円滑に行われ、そして戦闘による被害を最小限に食い止め隠蔽する為に宛てられた監督役がいる。そして監督役を担うことの多い聖堂教会は、現地の公的機関にも根を張り工作を行っている。彼もまた、そういった工作員の一人なのだろう。

「状況は?」

 肯定も否定も口にせず、代わりに右手の甲の令呪を見せる。そうして読水は、ぶっきら棒に切り出した。

 話の腰を折られた聖堂教会の工作員は少しだけ黙るも、すぐに直立し口を開く。

「数名の暴徒が来ていると、九〇分前にホテルから通報。確認した限りでは三名の宿泊者を殺害しています。その後、やってきた警官二名を殺害。現在は全ての出入り口を封鎖、登録されている宿泊者とホテル関係者の退去も確認済みです。報道も空撮含め、遠ざけています」

「………」

 工作員からの説明を受け、読水は微かに頷く。それから工作員を横切り、シティホテルの方へと足早に歩き出す。

「あの……」

 背後の男は、何か言いたげだったが、読水は無視を決めた。ランサーはそんなマスターの態度を詫びるように彼に会釈すると、駆け足で読水の横へと戻っていく。

“……その、詳しく聞かなくて良かったのですか?”

“ふん、連中の顔を見るのも嫌だね”

 念話によるランサーの忠言を、読水はそう一蹴した。

“それより……おいランサー、見ろよ。建物の外面は無傷だ。どうやら、こっちはハズレらしい”

“はい……あの濃厚で異質な気配は、ここからは感じません”

“派手な野郎だ。アレクシア本人が来ているならお前が気づかないはずないし、ホテルの人間は今頃皆殺しにされてる”

“それならば……彼女の部下か、使い魔の類でしょうか? ウィリアム・シンの言葉を信じるなら、アサシンは既に脱落しているとのことですので”

 どうだろうな。と、読水は眉をひそめた。

 あの男の諜報能力を今更疑う気はないが、その発言の全てを信じるには賢しすぎる相手だ。

“何にせよ、あの魔女が仕組んだ罠を真っ向から踏んでいくんだ……ランサー、気を抜くなよ”

“承知しました。もう、不覚は取りません”

 ランサーの強い返答に、読水は頷く。

 そうして二人は、周囲の人間を気にする素振りもなく、真っ直ぐにホテルへと踏み入っていった。

 

 

 

一時間ほど前のことだ。

 安アパートの一室で、読水はウィリアムと連絡を取り合っていた。

 手持ち無沙汰のランサーが、壁を背に座り込む読水の前を横切る。そして小窓が開かれ、入り込んだ風が読水の通信用の魔術礼装――ラピスラズリが嵌め込まれたイヤーフックの装飾を揺らす。

「……ああ、クソっ」

 普段、耳に装飾品など付けない読水は、その感触に顔をしかめる。そしてイラついた様子で、耳元から装飾を押さえつける。

「なあ、ウィリアム。何で通信用の礼装がイヤリングなんだよ? あんたの趣味か?」

 その言葉に対するウィリアムの笑い声が、イヤーフックの細やかな振動によって読水の耳に届く。

「同一のデザインや、同じ宝石を割って作ったような装飾品……それらは通信の質や秘匿性を増してくれます。耳飾りなのは、会話での通信が手っ取り早いからですよ」

 こちらの音声をいちいち文字に直したりするのは、コストの無駄でしょう? と、ウィリアムは言い切り。

「……それで、読水君。状況は理解できましたか?」

「聞いてたよ……まだ、協力するって言った気はないけど」

 通信用の魔術礼装にて、ウィリアムが読水に伝えたこと。

 それは日坂亜種聖杯戦争の監督役――マリオ・アルバーニからの、聖杯戦争の一時休戦要請、そしてアサシンのマスター――アレクシア・ブロッケンが数十分前より起こしている、テロリズムへの支援要請であった。

 元より聖堂教会との連絡など取っていない読水には、監督役からの通達など来るはずもない。アレクシアが数十分前から、この聖杯戦争とは無関係の者を巻き込んだ事件を起こしているという事実も、ウィリアムからの連絡で初めて知ったほどだ。

「というか……こっちの追跡に対する撹乱か、俺らを誘う為の罠だろ」

 読水はそう結論づけた。

「その各地で起こっているテロの、どこにアレクシア本人がいるかも分かってないんだろ? いや、そもそも部下に命じて、自分はまだ隠れている可能性だって高い」

「例えそうだとしても、放っておけば聖杯戦争自体が有耶無耶に成る可能性だってあります。やるしか、ないんですよ」

 ウィリアムは溜息混じりにそう言い。

「……ほんと、こういうことに悪さに関しては叶いませんね」

 そう、呟いた。

「………」

 ずいぶんと親しげに言う。読水はその言いようが鼻についたが、一々口に出す必要はないと、こう切り出した。

「……で、他の連中は?」

「シュウジ君は既に動いています。バーサーカー陣営は返答がないようで、アーチャー陣営は……要請自体は了承しているようですが、こちらから連絡が取れない今、当てにするのは難しいでしょうね? ……僕は、僕はね? 鏡宮氏の連絡先、知らないんですよ」

「……あっそう」

 皮肉屋め。読水は舌打ちをした。この男、やはり読水の経歴については調査済みらしい。

 しかし、鏡宮については信用ができる。そう、読水は考えている。彼が聖堂教会に唯々諾々と従うとは思えないが、アレクシアの暴挙を、この聖杯戦争を荒らす魔女をこれ以上放置しておくとも思えない。

 そして、それは読水にとっても同じことだ。

 佐藤の一件然り、この一件然り、これ以上あの魔女にこの戦いを汚されるのは、我慢ならない。

 それに……読水にとって、この聖杯戦争は人生の総決算――十年前からここまで背負ってきたモノ、その全てを精算する為の儀式だ。

 例えそれが激動のものだとしても、中止などあってはならない。

 身を尽くして求めるのは決着であり……終わりという名の、救いなのだから。

「……まあ、奴をやることに変わりはない」

 読水はそう呟くと、テーブルに置いておいた拳銃を引っ掴み、脇下のガンホルスターにしまった。その様子にランサーも察し、窓を締めて外出の用意を始める。

「協力する……で、俺達は? 一旦合流するのか?」

「時間が惜しい。各自、近くの現場で事態収束を図るのが良いでしょう。貴方は駅前のシティホテルへ。私は商店街の方と……ふふっ、山の方にある物流会社の倉庫ですね」

「おい待て、そっちは二つあるのか?」

「……ええ。ですので、サーヴァントと分かれて潰していきます」

「……大丈夫なのか?」

「サーヴァントのいない魔術師くらい……片手間で殺せなきゃ、あのセイバーだって落とせやしませんよ」

 呆気からんと、そう豪語するウィリアム。

「お忘れですか? これは一組だけが勝ち残る聖杯戦争……今はどうであれ、最後は貴方とも、あのセイバーとだって渡り合わなきゃならない」

「………っ」

 その言葉に読水は口を手で覆い、拭った。そうしないと、何か言葉が溢れ出そうになったからだ。

 その言葉の正体は、手で堰き止めてしまった読水にも、もはや分からない。

「………」

 ゆっくりと読水は手を口から離し、現地に向かうべく鞄を掴んだ。

「……その、そのセイバーだ。あいつらは、今どこに行ってる?」

「郊外の化学プラントです」

 化学プラント。その言葉に、外へ出ようとしていた読水の足が止まった。そこへ追い打ちをかけるように、ウィリアムはこう続けた。

「どうやら、僕らが向かう場所よりよっぽど緊迫した状況みたいですよ?」

 

 

 

 人里離れた、県境の化学プラント。

 街の喧騒とは無縁であったこの地だったが、今宵この夜に至っては鳴り響くサイレンと走り回る公共車両によって緊迫とした雰囲気を張り詰めていた。

 照明によって闇夜に浮かび上がるプラント施設は、遠巻きにでも煙突には見えぬ所から煙を上げ、時折何かが軋んだような音を周囲の山にまで轟かし反響させている。

 そんな状況を、シュウジは黒塗りの公用車に背を預けて眺めていた。

 防護服を来た関係者が叫び、走り回る騒然とした雰囲気の中で静かに指を組み、神父服を纏った長身を折って工場を睨むその姿は、傍から見ればかなり異質な存在であったろう。しかし、そんなシュウジに用もなく話しかけるような、そんな余裕のある者など、既にこの場にはいない。

「シュウジ神父」

 呼びかけと、こちらへと走り寄る足音。シュウジは顔を上げ、作業着を来たその中年のエージェントの顔を確認すると、車両に預けていた腰を上げて直立した。

「作業員の退避は?」

「三名、まだ確認が取れていない。しかし証言から、現地で死亡している可能性が高い」

「施設の損壊はどうです?」

「まだ確認中だが……現場が現場だ。あまりアレに暴れられると、最悪の事態になりかねない」

「………」

「既に五キロ圏内の住民の避難は完了。テロの疑いがあるとして、施設周辺からはマスコミや関係者らも撤収させた」

 後は、お前が行って片付けるだけだ。と、エージェントはシュウジを一瞥する。その言葉にシュウジは肩をすくめ、プラント施設の方へと歩き出す。

「……おい」

 そのまま現地へと歩いていこうとするシュウジ。エージェントは少し逡巡した後、その背後を呼び止める。

「おかえり、代行者……酷いカムバックで悪いが、また頼むぞ」

「………」

 シュウジは振り返り、その中年のエージェントに一礼する。そして今度こそ、プラント施設の方へと迷いなく歩き出した。

“……知り合いか?”

 念話で、霊体化したセイバーがシュウジへと聞く。シュウジは歩きながら、それに答える。

“顔見知りだ。もっとも、会う時はいつもこんな場面で、碌な話をしたことはない”

“戦場の友、という奴だな……悪くないな”

“そんな荒んだ仲じゃないよ……っと”

 シュウジはふと、立ち止まる。前方で直立不動の姿勢でこちらを待っている、知り合いの存在に気づいたからだ。

 着古した修道服、とりわけ頭巾の上に被るベールは古く、灰色に脱色している。灰被りという、彼女のコードネームの元となったその灰色のベールの下には、彫刻のように美しくも冷淡な顔があり、今はその右目に黒い眼帯が巻かれていた。

「シスター……」

 シュウジは呟き、彼女――シスター・セレネントーラのもとへと駆け寄る。

「まさか……こちらに来ていたのですか? 孤児院の方は……?」

「休暇を頂き、こちらに来ました。私の助けが欲しいと言ったのは、シュウジ神父、貴方の方でしょう?」

 それは確かに、その通りだ。シュウジは言葉を詰まらせた。

 かつては同じ代行者として、死徒と戦ってきたセレネントーラ。彼女はシュウジと同様五年前に代行者を解任され、現在は聖堂教会が運営している孤児院で働いている。

 一昨日、シュウジは諜報戦のプロであるセレネントーラに、十年前に日坂市で起こったこと――聖堂教会が隠している真実について調べて欲しいと連絡をした。彼女はぶっきら棒にそれを了承してくれたが、まさかフィレンツェからこの日坂市まで急行してくれるとは思っていなかった。

「それは……いや、調べて欲しいとは言いましたが、直接来なくても……」

「………」

 シュウジの返答が気に入らなかったのか、セレネントーラはプイと顔を背け、プラント施設の方に歩き出す。

 性格は相変わらずだな。シュウジはこっそり溜息をつき、それから彼女を追いかける。

「その……シスター、ここへはどうして? まさか、貴方も代行者に復帰したんですか?」

「元々大阪へ観光という体裁で日本に来ましたが……事態が事態だからと、ここの支部から招集を受けました……これならば、貴方と会う理由を用意する必要がなくなります」

「だからって……!」

 それに……。と、セレネントーラは立ち止まり、シュウジの方へと振り返る。

「貴方がここに来たのは、あの手紙が切っ掛けなのでしょう? 仕方ないこととはいえ、私も多少の責任は感じています」

 そう言われてみれば、そうだったか。

 思い返してみれば……もう二週間も前、セレネントーラから受け取ったマリオ神父からの指令によって、シュウジは日坂市に舞い戻った。そして巡り巡って、こうしてセイバーのマスターとして亜種聖杯戦争に参加し、そして代行者としてこの危険極まりない場所へと向かっている。

 しかし……抑揚のない声ながらも、眉をひそませ、面と向かってそう告げるセレネントーラ。それが責務、当たり前だという謙虚な姿に、シュウジは思わず顔を伏せてしまう。純朴と言うのか、諜報戦を得意としておりながらも、こういう生真面目な彼女の性格はどうも苦手だ。

 不意に、プラント施設の方から鉄板を叩くような音がこちらへと響き渡る。

 こうしてはいられない。シュウジは気を取り直し、咳払いをしてからセレネントーラに言った。

「例の件は後で。私は早急に、あちらを対処する必要がありますので」

 では。とシュウジは一礼し、セレネントーラのそばを横切る。

「そうですね」

 セレントーラはそう言うと、大股で歩きながらシュウジを追い越す。

「……何してるんですか?」

「私も応援として招集されたんです。同行は当たり前でしょう?」

「え、しかし……装備は?」

「非番に灰錠(はいじょう)を持ち歩く趣味はありません」

「ちょ……ちょっと待ってください!」

 シュウジは慌てて、セレネントーラの前へと回り込む。長身のシュウジに行く道を塞がれたセレネントーラは、ムッとした様子でシュウジを見上げた。

「こんなでも、元代行者です……今は、少しでも戦力がいるでしょう?」

「こちらにはサーヴァントもいます。シスター、貴方の手を借りなくても大丈……」

「いないじゃないですか……」

「霊体化してるんです……ッ」

 シュウジの背後を覗き込んで間の抜けたことを言いつつ、そのままプラント施設に強引に向かおうとするセレネントーラ。それを両手を広げて通せんぼし、シュウジは語気を強めて言葉を返す。

「とにかく! 前線から退いている貴方を、危険に晒す訳にはいきません!」

「これは、聖堂教会から与えられた任務です……私を言いくるめて、独断専行に走りたいのですか? 顔が孤児院を回っていた頃から、以前のものに戻っていますよ」

 ああ、もう……っ。と、シュウジは頭を抱えた。付き合いは長いが、彼女を口八丁で説得できたことなどない。いや、元よりこんなバカな人間に、諜報戦に長けた彼女を口先でどうこうするなど無理だったのだ。

「……こんなことは、言いたくはありませんが」

 シュウジは溜息をつくと、こう言った。

「装備もなく、ブランクもあり……何より、目を負傷している。シスター、今の貴方は正直に言って、足手まといです」

「………ッ」

 セレネントーラの隠された皮膚が総毛立ち、灰色のベールに覆われた髪が逆立つ。

 代行者セレネントーラのトラウマ、後天性の逆鱗に触れた。その事実に、シュウジの体が震える。しかし、それでも必死に本能に逆らい、戦闘態勢を取るのだけは拒絶し続けた。

「だから……ここは私と、セイバーだけで……」

「その程度のハンデで」

 シュウジの言葉を遮るように、彼女は捲し立てた。

「……その程度のハンデで、私が戦えなくなると?」

 ここが、瀬戸際。シュウジはそう悟るも躊躇せず、神妙な面持ちで頷いた。

「試してみたら良い」

 シュウジの言葉が言い終わるよりも早くに、彼女の足は地面を蹴っていた。

 前へと飛び掛かり、左拳をシュウジの顎へと振り上げる。

 テレフォンパンチだ。シュウジは瞬時に片足を後方に引き、上体を反らしてその鈍器のような一撃を躱した。

 しかし、相手はシュウジと同じ代行者。奇襲のプランが、ただのジョルトブロー一撃で終わるはずもない。セレントーラは、間髪入れずに次の手を打った。

 空を切った大振りの左拳、その勢いを殺すことなくセレネントーラは身を翻しつつ、足先で軽く地面を蹴る。

 殴り抜いたフックの勢いを追って、加えられた上半身の捻り。ダメ押しの右足での加速。そうして得られたのは、体を宙に飛び上がらせるほどの強い旋回。セレネントーラは、そのエネルギーの全て右拳に乗せ、振り下ろす。

 外した後のコンビネーションなど毛先も考えていない、全力での旋回式裏拳(バックハンドブロー)。重くも鋭いその一撃に対し、シュウジは……。

「………」

 シュウジはただ、挨拶でもするかのように緩く、片手を上げただけだった。

 直後、二人の体は激突する。パチンという、肌を打ったような音が空気を震わす。

 そして……そして、それで終わった。セレントーラの裏拳は、シュウジの肩を飛び越えており、シュウジは横顔に迫ってきた裏拳の根本――伸びた肘を片手で受け止めていた。

 セレネントーラは勢いそのまま、シュウジの体へとぶつかっていく。シュウジは彼女を、残されていた片手で受け止めた。

「………ッ」

「……シスター」

 シュウジはポツリと呟く。その声色には、同情の色が隠せていなかった。

「もし……もし、貴方の拳がちゃんと当たっていたら、片手では受け止め切れずに、私は地面に薙ぎ倒されていたはずです」

 片目を失ったことによる、遠近感の障害、視野の狭窄。灰錠(はいじょう)を武器に肉弾戦を仕掛ける。しかも先程のような大技を主軸に戦ってきたセレネントーラにとって、この障害は致命的であった。

「もう、分かったでしょう……諦めてください」

「………」

 シュウジの言葉に、セレネントーラの顔が悔しげに歪む。

「……ごめんなさい、行ってください」

 そして、ぽつりと彼女は小さく呟いた。

 シュウジは頷き、立ち尽くす彼女をそのままに、踵を返してプラント設備へと向かう。

「……クソッ」

 後味が悪い。

 あれで良かったのか。もっと平和的に解決する手段はなかったのだろうか。そんな考えが、戦いを目前にしているのも関わらずにシュウジの頭をいっぱいにする。

“……今更、言っても仕方ないが”

 そんなシュウジの内面を感じ取ったのか、セイバーが念話で語りかけてきた。

“良かったのか? あの怪我でも、充分な働きを期待できるように見えたが?”

“彼女はもう、代行者じゃない……最早、守られる側の人間だ”

 化物退治は、私達だけでやる。と、シュウジは断言した。

 その言葉に、セイバーはクツクツと楽しげに笑った。

「お前さんもだいぶ、騎士道ってもんに染まってきたな」

 セイバーはシュウジの隣に実体化する。彼はスーツ姿でなく、既に鎧を身に纏っていた。

 その言葉に、シュウジは返事をせずに眼前の建物を――眩いライトに照らされた、轟音が響く戦場を見上げた。

「……ちゃんと切り替えられているな」

 セイバーは安堵したように、そう呟く。そして実体化した剣を担ぎ、高らかに言った。

「ならば行こうか、我が主よ……戦場が、俺達をお待ちだ」

 

 

 

「……では、我々も行きましょうか」

 ウィリアムは背後のキャスターへと振り返り、そう言った。

 読水との通話を終えた二人は、古い空きビルの、かつては休憩所であったであろうフロアにいた。全力でもって魔女を追跡した二人は、既に彼女の背中は間近なのだと理解していた。

「……本当に良いのかね? ウィリアム君」

 壁際のくたびれたソファーを見下ろしつつ、キャスターは口を開いた。

「別れて行動するという話だが……君の実力を疑う訳ではないが、せめて数人、隊士を付けた方が良い」

「あの化け物に、数の有利はない……それは前回の奇襲で、分かったじゃあないですか」

 ウィリアムは首を横に振り、キャスターの進言を断った。

「それに、貴方は貴方で全力で働いてもらう以上、こちらに余力を割いて頂くのは申し訳ない」

 その言葉に、キャスターは肩をすくめる。元々キャスターが召喚する新選組の霊体に関しては、必要な魔力消費量はほとんどない。だからこそウィリアムは戦闘時、自らも全力で戦うことができるのだ。

 しかし、微量であっても消費する事実に変わりはない。それは全力とは言えない。ウィリアムはそう言いたいのだろう。

 とは言え、マスターはサーヴァントを実体化させているだけである程度の消費を強いられている。実際のところ、全力で戦えないのは寧ろウィリアムだ。

 しかしキャスターは、その事実を彼に指摘するほど無粋ではない。

「……そうかね。では……確か、私は商店街の方だったかね」

「キャスター」

 踵を返し、霊体化しようとするキャスター。その背中に声を掛け、ウィリアムは英霊を呼び止める。

 そうして振り返ったキャスターに、ウィリアムは背負っていた刀袋を投げ渡した。

 キャスターは右手で、刀袋をしっかりと掴み取る。その老体とは思えぬ反射的な動作に、ウィリアムはニヤリと笑う。

「言ったでしょう? 全力で働いてもらうって。だったら、それが必要になるはずです」

「………」

 キャスターは黙ったまま視線を落とし、刀袋の結び目に指を掛けた。

「私が持っていても無用の長物ですし、ホテルに置きっぱなしにしても味気ない」

 それに……。と、ウィリアムは溜息をつきながら、こう続けた。

「それをただの触媒、貴方を……ただのキャスターで終わらせてしまうのは、あまりにも――」

 ――もったいない。

 ウィリアムはそう言って、今や緩やかに鞘から刃を覗かせてみせたキャスターを見つめる。その目は、どこか少年のような、憧憬の念がこめられていた。

「お願いしますよ、キャスター。時代の流れに呑まれない、そんな御業もあるんだって……僕に見せてください」

 キャスターは顔を上げ、ウィリアムを見つめる。その強い視線に、キャスターは首をすくめて苦笑する。

 キャスターは何も言わなかった。

 彼は刀を腰に差し、スッと踵を返して霊体化してしまう。

 その様子を見守っていたウィリアムは、ホッと息を吐いた。どうやら、答えはイエスのようだ。

「美しいものは残すべきですよ、キャスター」

 そして、ウィリアムは一人っきりになった廃墟で、ボソッと呟く。

「僕の先祖が残した技も、貴方のその……剣の腕もね」

 

 

 

 

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