Fate/reselect   作:Fate/reselect出張所

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第二十五話『魔女狩り』

第二十五話『魔女狩り』

 

 

 

 シティホテルは一階と二階が吹き抜け構造になっており、中央に噴水を設置したロビーを一望できるよう一階や二階にはレストランやバーが並んでいた。

 普段は賑やかな会話や控えめなBGMが聞こえてくるであろう、それら店からは今は物音一つとてない。ただ噴水の水音と外から響くサイレンが、この状況が異常事態であることを示してくれている。

 読水とランサーは、そんなホテルの内部へと息を殺して侵入し、物陰に身を隠しながらホール脇の階段まで進んでいった。

 そうして階段を登った先の、二階のホール。そこに見えたのは惨劇の跡。血の海と転がった幾つもの死体と、その中心で立ったままになっている首のない、それもスポーツインナー姿の少女の死体だった。

「……マスター」

 階段を登り切る前にそれを見たランサーはゆっくりと屈んで身を隠し、背後の読水に小声でそれを示す。

 読水は因果線(ライン)で状況を把握し、ガンホルダーから回転式拳銃――コルトローマンを抜いた。ランサーもそれに習って服装をサーヴァントとしても和装に変え、十字槍を実体化させた。

“周囲の死体には、警官も確認できました”

“……そうか。銃は抜いているか?”

“はい。中央の首無しが元凶と考えられますが、アレは魔女の呪いなのでしょうか?”

“いや……全く分からん”

 出たとこ勝負だな。と、二人は頷き合う。そしてランサーを先頭に、二人は盗賊のように素早くホールへと躍り出た。

「死体を調べる。ランサーは周りを警戒しろ」

「承知しました」

 読水達は身を危険に晒しながら、物陰ホール中央の血の海へと早足で近づいていく。近場の死体から死体へと次々に銃口を移していく読水は、奥の方で親子と思われる死体が抱き合っているように倒れているのを見つける。

「……クソッ」

 奇襲の恐怖か怒りか、心臓が強く脈打つのを感じる。それを一息、二息と深呼吸で制しながら、読水はそれでも惨劇の中心地へと足を踏み入れていく。

「しかし、一体何が……」

 読水は呟きながら、死体を観察する。倒れ伏す警察官には、右肩口から右胸にかけて巻き付くような傷が見られた。

 鋭利な刃物のものによるものではない。どちらかと言えば……裂傷だ。昔、アラスカでグリズリーに殺された死体を見て吐いたことがあるが、その時に見た傷によく似ている。

「………」

 これだけの傷なら、やられた方も相当な衝撃があったろう。それに死んだばかりならば、『辿跡術』で経緯を辿るのは容易い。

「ランサー、魔術を使って調べるから警戒を――」

 その時だった。

 読水は首筋の毛が逆立つような感覚を覚える。魔力の気配、それも目の前の首無し死体の方からその気配を感じたのだ。

 首無しの少女は死霊術による爆弾か、あるいはフレッシュゴーレムか。いずれにしても先手を打たれた。

「………ッ」

 屈もうとしていた読水は顔を上げ、左手の鞄で上半身をカバーしつつ、右手の拳銃は腰だめに構えていく。

 そんな最中、顔を上げた読水の視界の端に映る。抱き合ったあの親子の死体、その母親の方がガバリと身を起こし、少女の体の下に隠していた武器を引き抜く瞬間を。

 やられた。と、圧縮された時間の中で読水は歯噛みする。中央の首無しと、その魔術的な初動は囮、本命はこちらの物理的な奇襲だったらしい。

 母親に擬態していたその人形は、引き抜いた火器――小型の大砲のような擲弾投射機から榴弾を発射する。読水へと迫る、その榴弾の弾速は秒速七六メートル。プロ野球選手の平均的な投球の二倍近い速度を持っていた。

 しかしそれも、時には音速を超えた戦闘を繰り広げるサーヴァントの前では、全く問題にならない速さであった。

「マスターッ!」

 読水と榴弾の間に、ランサーが割って入る。そして彼女は、手にしていた槍で榴弾を叩き、横合いへと弾き飛ばした。

 弾き飛ばされた榴弾は、そのまま壁にぶつかり爆発を起こす。

「ランサー、屈めッ!」

 爆発の衝撃波は全身を気付けのように叩き、爆発音は読水の思考を単純なものにさせる。読水は声を荒げながら右腕を突き出し、立ち上がろうとしていた人形に向かって拳銃を断続的に発砲した。撃ち出されたマグナム弾の多くは外れたが、うち一発が人形の頭部を掠めた。

 しかし、人形は止まらない。衝撃に体をフラつかせはしたものの、すぐに走ってホールから物陰の多い飲食店が並ぶの区画へと逃げ込んだ。

 その痛覚のないような挙動、頭部からの出血、そして漏れ出た魔力の性質……それらの情報から読水は確信し、歯噛みした。

「あの野郎、フレッシュゴーレムだ……ッ」

 それも高精度の、特注品。死体とは言え、人間に擬態できるゴーレムなどそう簡単に作れるものではない。

 そして、そんなゴーレムを使う、ある魔術師を読水は知っている。彼女もまた、目の前のゴーレム同様、古臭い銃器を愛する骨董趣味があった。

 その魔術師とは現在、現在連絡が取れなくなっている。

「この野郎……この野郎……ッ! 一体誰の身体を使ってやがるッ!?」

 読水は唸りながら右手を振って拳銃のシリンダーを横に振出し、装填器具を使って再装填に入る。

「マスターッ!」

「ランサー、核だ! 心臓部に宝石で作られた核があるから、そこを……」

「いえ、そうでなく! 一度冷静に……」

 ランサーが自身の主を諌めようと、意識が読水に集中する。

 その瞬間を突かれた。首無しの死体――スポーツインナー姿の人形が勢い良く駆け出し、低姿勢のままランサーにタックルを決めた。横合いから両足に飛びつかれたランサーは、持ち上げられたまま吹き抜け手前の手すりに叩きつけられる。そして、甲高い音と共に手すりは外れ、二人の体はそのまま空中へと投げ出された。

「ランサーッ!?」

 読水が叫ぶ。その瞬間、その横を何かが通り抜けた。見れば、長身のライフルを担いだ人形が新たに現れ、脇目も振らずにランサー達のいる一階ロビーへと飛び降りていた。

 またしても、やられたか。読水は呻いた。奇襲の狙いはマスターとサーヴァントの分断、それは向こうの計画通りとなってしまった。

「………っ」

 しかし、構うものか。読水は念話でランサーを呼ぶ。

“ランサーッ! もう一体行ったぞ! 俺はこっちの一体をやるから、そいつらはお前がやれ!”

“ええっ!? 大丈夫なんで……”

 心配ごとなど、今は聞いている場合じゃない。読水は踵を返すと、先ほど逃げた人形を追って飲食店の並ぶ区画へと走る。

 

 

 

 果たして、己の主人は冷静か。否か。

 ランサーは噴水から這い出し、槍を杖に立ち上がった。

 目の前には、噴水の彫刻を足場に立つ、首無しの人形――フレッシュゴーレムと言うのだったか、何にせよサーヴァントを不意打つほどの運動性能を持った人形だ。

 加えて……。と、ランサーは目を細める。噴水の向こう側に降り立った、もう一体の人形。見た目は赤髪を括った西洋人であったが、問題は抱えているモノだ。

 一見して鉄パイプだと思ったが……聖杯から与えられる情報によると、あれは身の丈を超えるライフル銃――単発式の古い対戦車ライフルだというではないか。

 無論、そんなものはサーヴァントには効かない。投石だろうがミサイルだろうが、魔力の込めらていない物理攻撃ならダメージにはならないのだ。その証拠に、赤髪の人形が今、首無しに投げ渡しているのは禍々しい、背骨のような意匠をした呪い付きの剣である。向こうはサーヴァントを倒す術を心得ている。

「………」

 そう、問題はこの不理解だ。ランサーはどんな攻撃にも対応できるよう、槍を中段に構える。あの対戦車ライフルを己にどう使うか、それをランサーは理解できていない。

 つまり、正直、先手を打っての対処法が分からない。

「マスター……今すぐ助けに行きたいですが」

 ランサーは顔を引きつらせながら、呟いた。

「こちらは、少し時間が掛かりそうです」

 その言葉に反応してか、首無しの人形は足場にしていた彫刻を蹴りつけ、ランサーへと飛び掛かった。

 

 

 

 一方、読水と人形との戦いは、幅の狭い廊下を挟んでの銃撃戦となっていた。

 人形はベルトに差していた拳銃を抜き、逃走の合間に読水に向けて乱射する。非正規のカスタム銃なのだろう、明らかに9ミリとは違う強装弾を、人形は常識外のバースト射撃によってバラ撒いてくる。

 しかし、そんな滅茶苦茶な銃撃にやられるほど、読水も甘くはない。片手での乱射によって散る照準と意識、そのブレを射止めるように、読水の射撃は人形を確実に追い込んでいく。同じ片手での射撃だが、その性質はまるで違っていた。

 だが、読水は訝しんでいた。人形は右手に持つ擲弾投射機を、どうして使わない? もし使われれば、読水の優勢など一瞬で崩れる。なのに、人形は逃走に専念し、投射機の再装填を試みようとすらしない。

 逃げた先に、罠でもあるのか。あるいは待ち伏せか。読水は銃弾を装填しながら、壁越しに人形が逃げ込んだバーを睨む。しかし、人形が逃げる先に魔力的な気配は感じられない。

「………」

 あるとすれば、地雷などの物理的な罠か。ならば、と読水は拳銃を一度しまい、窓の下枠に身を隠しながらバーの入り口まで近づく。そして鞄から翡翠で作られた腕輪を取り出した。

 翡翠鳥の腕輪――これを触媒にした使い魔で、バーに先行させ偵察させる。向こうに隙が生まれたら即座に読水が突入する……いつもの手だ。

 そうして腕輪を左手に嵌めた読水は、ゆっくりとバーのドアを開け、素早く飛ぶ小鳥の使い魔を入れさせた。

 そして、読水は使い魔の目を通して見た。

 バーのカウンターに設置されたドイツ製の汎用機関銃。

 そして、それを掴み取ってこちらに銃口を向ける人形の姿を。

「………ッ!?」

 これが狙いか。

 読水の反応は速かった。地面を蹴ると、来た道を戻るように全速力で廊下を駆ける。

 その次の瞬間、読水がついさっきまで背にしていたバーの入り口が銃声と共に砕け散った。次いで読水を追って、弾の雨が廊下のウィンドウを次々に破壊していく。

 読水は背中に当たるガラス片や石膏の欠片に死を予感しながら、我武者羅に廊下を走る。途中、使い魔が細切れにされたような感覚が魔術回路を通して伝わったが、今はそれどころではない。乱雑に横薙ぎに連射され、当たったもの全てを粉砕していく様はまさに鉄の雨、死の弾雨だ。

 読水は辛くも廊下の角を回った。しかし走る勢いを殺せずに壁に肩を打ち付け、弾かれるように地面に倒れてしまう。

「クソッ……うわっ!」

 その直後、頭上の壁が人形の機関銃によって砕けた。どうやら角の壁を貫通して、ここにまで弾が届いているらしい。

 読水は頭を抱えながら、近場の店内へと転がり込む。そしてコンクリート製の柱に背を預けると、忘れていた呼吸を再開し喘いだ。

 

 

 

 一方――。

 県境の化学プラント、照明に照らし出された敷地内では、この世のものとは思えぬ戦いが繰り広げられていた。

「ゴッ……ガァァァアアアアアアアッ!!」

 照明の外側へ弾き出され、暗がりで激昂する怪物――アレクシアと己の死霊術によって自らを加工し、今や人間としての面影を捨てた“加工屋”スティーブ・フォスターだ。

 彼は既に多くの魔術師の死体を取り込み、スティーブの腰から下は不定形に地に広がる巨大な肉塊となっていた。その下半身は前方部に醜悪な口腔の付いており、必要に応じて皮膚が裂かれ、腐臭のする体液と共に巨大な眼球や腕が現れる。

 その肉塊の体長は約二〇メートル。その怪物は既に、不定形に蠢く肉塊が本体か、その上にちょこんと鎮座するスティーブが本体か一見して分からない。

 そんな……死肉で作られた、形容し難い、醜悪で巨大な怪物。それがスティーブの末路だった。

 それに相対するのは、たった一人の男。ただ一人の剣士。

 しかしこの剣士、スペインで名を轟かせた大英雄であった。

「喚くな化け物……さっさと来い」

 セイバーは敷地の中心に立って、手にしている剣を肩に担いだまま怪物に手招きする。怪物は吠えるも、セイバーの煽りには応じず、先ほど斬り裂かれた傷口の肉を盛り上がらせて塞ぎつつ、その周囲を遠巻きに這って機会を窺っていた。

 一対一の戦いでは、いつだって格下が格上の周りを回るもの。

 如何なボクサーとて、幼児相手ならフットワークは使わない。

 そう、この戦場の主権、この戦いに置ける絶対王者はセイバーであった。

「グァウガアアアアアアァァアアアアッ!!」

 怪物は喚き、体の側面の皮膚から何かを噴出させる。それは夥しい体液を出したまま、宙へと撓るように伸びていく。

 筋繊維で作られた、長大な鞭。大きく横薙ぎに振るわれ、顔面へと迫るそれを、セイバーは手隙だった左腕を顔の高さまで挙げただけで防御した。

 空気が叩かれ、銃声にも似た音が施設内に響き渡る。衝撃と空圧はセイバーの体を飛び抜け、反対側へと届く。

 しかし、セイバーの体は微動だにしない。自身の体重より遥かに重い攻撃を受けて尚、彼は足さえ滑らせることはなかった。それどころか、掌で受けたその筋繊維の鞭をその常軌を逸した握力で鷲掴みにしてしまっていた。

 そして見れば、その鞭の先端――セイバーが掴んでいるその部分には、猛禽類のような鉤状の手があった。図らずしも、セイバーと怪物はお互いの手を掴み合っていたのだった。

 怪物はその鞭のような腕を引き戻そうとする、しかしセイバーはそれを許さず、不敵に笑いながら怪物の腕を掴み続けた。

 一〇トンはあるであろう巨体からの一撃を、真っ向から受け止める。更にはその体の一部を掴み、捕らえてしまう。それは、一般的な物理法則ではまず考えられない。

 しかし、それをやってのけるからこそ、彼は戦場という理外な暴力渦巻く混沌の中で畏怖され、英雄と称されたのだ。

 怪物は半狂乱になって叫び、それならばと腕を伸ばした場所とは反対の側面から鞭状の腕を噴出。セイバーの右側面へと振るった。

 それを確認したセイバーは剣を肩から下ろし、前へと踏み込んだ。

「ぬあッ!」

 セイバーは地面を力強く踏みつけ、剣を左から右へと、半円を描くように振り抜いた。

 剣先は空気を裂き、掴み捕らえていた左側の腕、そして迫りくる右側の腕を同時に切断する。そして直後に続く超音速による風圧が、両断したそれら腕の先を何処かへと吹き飛ばした。

 絶叫を上げ、たたらを踏む怪物。切り飛ばされた腕の傷はすぐに盛り上がって塞がるが、その衝撃は怪物とて、凄まじいものだったのだろう。

 そして、そんな隙を、セイバーが見逃すはずがなかった。

 セイバーは間髪入れず、怪物のもとへと駆け出す。彼は地面を蹴り、三段跳びのようなステップで怪物の側面に回り込みながら、手にした剣を両手で握り、上段に構え肉薄する。

 それを見た怪物は、只々後ずさり、未だ再生中のしなやかな両腕を手前で交差させ防御の姿勢を取るだけだった。

「阿呆が……っ!」

 セイバーは小馬鹿にしたようにそう吐き捨て、体勢を深く沈めると一気に怪物へと突っ込んだ。しかし彼は、剣を振るわない。突撃の勢いをそのままに、肩当てを打点に怪物の下半身部に体当たりを決めたのだ。

 夥しい死と肉体を掻き集めて、遂に人外の怪物と成り果てた存在。しかし圧倒的な力に追い込まれ、斬られ、怪物は原始的な恐怖をその身に刻まれた。

 故に、起こる……否、引きずり出されたと言って良い。

 死体によって生まれた我が身を、守る為の防御態勢。継ぎ接ぎで作られた肉体の、ダメージに備えた全身硬直。

 しかし、そこに与えられたのは衝突による単純な圧力。後方へ押し飛ばさんとする、体当たりによる衝撃。

 結果、怪物は後方に弾き飛ばされ、プラント施設へと体を打ちつける。その衝撃に施設のパイプが数本外れ、蒸気を吹き上げる。

「……こんなものだろう」

 セイバーは剣を振るい、残心を取って構えを解く。

 全ては作戦であった。

 斬れど殴れど、歪ながらも身体を再生させていく怪物を相手だ。圧倒しているとは言え、セイバーでは怪物を死に追い込むのは手間が掛かる。

 元より、セイバーの仕事は怪物の追い込み役。敵に死を与えんと振り下ろされる剣ではなかった。

「お膳立てはしてやったぞ……なぁ? 代行者よ」

 セイバーの言葉に応えるように、怪物の背に大きな影が忍び寄った。誰かが照明の前に立ち、光を遮ったのだ。

 そう。

 セイバーは行ったタックルによって怪物は壁際に追い込まれ、身に食い込んだパイプと衝撃によって動けなくなっている。

 加えて、その位置は(・・・・・・・・・)

 セイバーのマスター――浄化を旨とする概念武装『黒鍵』を携え、死から蘇った死徒を浄化せんと戦う者。代行者、シュウジ。

 彼が潜んでいた屋上の、真下であった(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

「さあ、死を……思い出させてやれ!」

 そして、剣は舞い降りた。

 施設の屋上から飛び降りたシュウジは、逆手に握った斬撃用の黒鍵を、肉塊の上部にあったスティーブの上半身の肩口に叩き込んだ。落下速度を利用した黒鍵での攻撃は、黒鍵をスティーブの肩口から心臓部にまで食い込む。

 途端、怪物は絶叫しながら身を仰け反らせ、右に左に暴れだした。

「く……ッ!?」

 宙に投げ出されまいと、シュウジは肉に食い込んだ黒鍵にしがみつく。しがみつきながら、彼は歯噛みした。

 黒鍵を心臓部に叩き込んだだけでは、死を与えられなかった。ならば、『聖言』によってこの怪物を浄化する他ない。元よりそれが聖堂教会本来の、死霊に対する戦い方だ。

 シュウジは深く息を整えると、整然とした声で詠唱を始めた。

 

「私が殺す。私が生かす。私が傷つけ私が癒す。我が手を逃れうる者は一人もいない。我が目の届かぬ者は一人もいない」

 

 目まぐるしく動く景色。怪物に振り回されながらの詠唱。

 シュウジの目に、苦しげに悶えるスティーブの上体が映る。彼は血眼になった目を見開いて、憎々しげにこちらを睨んだ。

 

「打ち砕かれよ。敗れた者、老いた者を私が招く。私に委ね、私に学び、私に従え。休息を。唄を忘れず、祈りを忘れず、我を忘れず、私は軽く、あらゆる重みを忘れさせる」

 

 スティーブが絶叫を上げながら、シュウジに向かって右手を伸ばしてきた。

 シュウジの顔面に迫るその右手を、シュウジは首を振って躱す。

 

「装うなかれ。許しには報復を、信頼には裏切りを、希望には絶望を、光あるものには闇を、生あるものには暗い死を」

 

 再度、右手がシュウジを襲う。

 シュウジは黒鍵から左手を離し、その右腕を掴んで防いだ。

 

「休息は私の手に。貴方の罪に油を注ぎ印を記そう。永遠の命は、死の中でこそ与えられる」

 

 シュウジとスティーブ。暴れ狂う怪物によって振り回されながら、二人は掴み合っていた。

 その様子を、セイバーはただ立ち尽くし見守る。その頬は、自身の主人への期待に緩んでいた。

 

「許しはここに。受肉した私が誓う」

 

 シュウジは掴んでいたスティーブの右腕を、払うようにして離した。

 肩口から裂かれて動かない左腕、そして外へと振り払われた右腕。スティーブを上体が、開かれる。

 シュウジは眉間に力を入れた顔でスティーブを睨みながら、振った左手――既に袖から指の間へと滑り込ませた黒鍵の柄を強く握り締め、祝福された三本の刃を生成する。

 

「この魂に憐れみを」

 

 『聖言』を、唱え終える。

 シュウジは右手の黒鍵を手放した同時、身を捻りながら左腕をスティーブへと振りつけた。

 超至近距離での、概念武装『黒鍵』の投擲。三本の黒鍵はスティーブの顔面、肩口、胸に突き立つ。

 その瞬間、スティーブの体はビクリと痙攣し、それから停止する。シュウジは投擲の動作を殺すことなく、くるり半回転しながら怪物の下半身部、肉塊の上へと降り立つ。

 怪物は体の隅々から立ち上る白い煙に包まれ、影となる。そしてゆっくりと、ゆっくりと、溶けていくバターのようにその存在を溶かし、重力によって地に沈み広げていった。

 スティーブ・フォスターと、この亜種聖杯戦争によって犠牲となり怪物の体に利用された者達。彼らの魂は、本来あるべき場所へと還っていく。

 それを告げる狼煙のような煙の中から、代行者――シュウジはゆっくりと歩み出てきた。

 その顔には、戦いによる疲労や安堵などは見受けられない。

 それはただ、聖職者のように……あるいは騎士のように、厳かで神妙な面持ちであった。

「くくっ。中々、良い顔をする……おっと」

 セイバーはそんなシュウジに笑みを零していたが、思い出したように剣を垂直に立て、聖職者でもある主人に対し仰々しく剣礼を行う。

 その様子を目撃したシュウジは鼻を鳴らし、ただ肩をすくめるばかりだった。

 

 

 

――俺は、アダムには勝てない。

 読水はコンクリート製の柱に身を預けながら、己に言い聞かせていた。

 砕けて舞う石膏、立ち込める硝煙の匂い。吹き出す汗に、鳴り止まない心臓の鼓動。

 息を殺し、震える手で読水は手にした拳銃に弾丸を込め直す。弾倉にはまだ幾つか弾が残っているはずだが、乱れ捩れる視界ではもうどれが残弾で、どれが空薬莢か分からない。弾倉に残った全てを捨てて、改めて手作業で弾丸を込める。

 そんな中、背にしている柱の向こうから、ドアの蹴破る音がした。

「………」

 口から心臓を吐いてしまいそうだ。そんな気分に陥りながらも、読水はゆっくりと身を乗り出して、柱の陰から音の方向を見る。

 あの人形だ。右手の拳銃を前に突き出し、左手の榴弾投射機を肩に担いで、周辺を警戒しながら部屋内に入ってきている。

 万事休す。読水は柱に再度、背を預けて目を閉じた。

 魔術的能力――一血統の古さ、保有する魔術回路、魔術行使の感性。

 武力的能力――使用している火器、現時点での運動能力、戦闘経験。

 どれをとっても、読水はアダムに劣る。例え、あの人形にアダムの魂が入っていないとしても、やはり彼女の遺物に読水のような二流魔術師が勝てるとは思えない。

 では、サーヴァントの救援を待つか……否、それも難しい。

 読水は因果線(ライン)から、ランサーの戦闘の様子は把握している。現状を見るに、苦戦とはいかぬも、勝利には未だ遠い。このまま待てば、読水が先に殺されるのは目に見えている。

「………」

 読水はそっと、鞄から鉄製の水筒を取り出した。

 中身は特殊な製法で作られた、白いヤシ酒。目眩等の副作用があるが、魔力を即座に補填が出来る。

 今や数口分だけ残っていた、その貴重な酒を読水は煽り、一気に飲み干す。そして喉元から胸、そして腹部に巡る熱い感触に気分を悪くさせながら、読水は自分に言い聞かせた。

 俺は、アダムには勝てない。

 二流三流の魔術師には、この十年ただ逃げているばかりだった半端者には、彼女が残した遺物にさえ歯が立たない。

 

 

 

 ――悔しいが、認めざるを得ない。

 ランサーはホールにて人形二体と交戦しながら、そう感じていた。

 ホールでの戦いは、苛烈を極めていた。

 首無しの人形は獲物を狙う猿のように、目まぐるしく動きながら呪剣でランサーを攻撃する。呪剣は見た目同様、背骨のように頚椎部でグニャグニャと刀身を曲げ、鞭のようにしなりつつランサーを襲う。

 しかし、ランサーとて英霊だ。高性能とはいえ、ゴーレムの攻撃に遅れを取るはずもない。槍を振るってそれに応戦し、そして呪剣を弾いて人形の心臓部――ゴーレムのコアを狙う。

 槍の穂先が、胸に刺さる……その直前、ランサーの横腹に衝撃が走った。

 一瞬……一瞬だけ、ランサーはホールの隅に潜んでいた対戦車ライフル持ちの人形を一瞥する。人形の持ったライフルの銃口からは、硝煙が出ていた。

 やはり……そしてまたしても、あの人形の仕業か。

 体をくの字に折り曲げ、両足が宙に浮き……全身に衝撃が伝わっていくのを圧縮された意識の中で感じながら、ランサーはそれでもまた、意識だけを目の前に迫る首無しの人形に向けた。

 そうしてランサーは、体を宙に浮き上がらせた状態のまま、首無し人形の呪剣を槍の柄で防ぐ。そして足で地面を捉えたランサーは、二の手を打たせるよりも早く、人形の胸を掌底で突き飛ばし距離を取らせる。

 突き飛ばされた首無し人形は、勢い良く地面に倒れた。しかし、後転して数秒も間を置かせずに立ち上がり、再度攻勢に出る。

 またも地面を蹴って身を翻し、上空から人離れした挙動で襲いかかる首無し人形。そして振るわれた呪剣をランサーは槍で受け止めるが、呪剣は蛇のように刀身を曲げ、矛に絡みついてきた。

「………ッ!?」

 予想外の攻撃に、ランサーは息を呑む。首無し人形は宙で身を翻してランサーの横合いに着地しつつ、槍先を振り回して動きを拘束する。

 その拘束に合わせて、後方にいた対戦車ライフルを手にした人形がドスドスと地面を踏み散らしながら、真っ直ぐにランサーへと迫ってきていた。人形はライフルの銃身を両手で握り、身の丈を超える火器を怪力に物を言わせてフルスイング、ランサーの体を叩いた。

 対戦車ライフルの銃床が、ランサーの頬を叩く。その衝撃は凄まじく、呪剣の拘束も外れてランサーは横殴りに張り倒される。ランサーは歯噛みしながら、そのまま転がり続けて距離を取り、片膝立ちに立て直した。

 即座の対応に、人形達は一旦攻勢を止めて様子を窺っていた。立て続きの発砲で熱された銃身を握った人形の手は、煙を上げて焼け爛れていく。しかし無痛覚のゴーレムに、それを気にする必要などなかった。

「………」

 なるほど。と、ランサーは口を拭いながら納得した。

 対戦車ライフル。如何にして使うかと思えば、そのまま使うか。そのまま使って、足止めしてくるのか。

 ランサーは英霊だ。物理的な攻撃の一切はダメージにならない。

 しかし、英霊とて物理現象の全てから解放されている訳ではない。重力には縛られるし、前から押されれば当然、後方によろめく。

 ランサーの腕力は人間を素手で破壊できるほどのものだが、体重は六〇キロもない。故に一般人にだって抱え上げることも、何のダメージにもならないが、地面に投げつけることだって可能ではある。

 対戦車ライフルの役目とは、まさにそれだった。戦車を破壊するほどの衝突力や重量ある銃器そのものでランサーを束縛し、相方の首無し人形の呪剣でダメージを与える。それこそが、向こうの作戦だったのだ。

 そして、それは功を奏している。

 良くない流れだ。と、ランサーは槍を構え直しながら、冷や汗をかいた。このまま流れに身を任せていては、詰みであると予想がつく。

 未だ呪剣による呪いを受けてはいないものの、すでに二分ほど……時間をたっぷり稼がれている。

 こうしてモタついていたら、いずれマスターである読水が討たれてしまう。すでに、その予兆、読水の危機を、彼との[[rb:因果線 > ライン]]によって感じている。

 ランサーは構えを解き、悔しげに顔を伏せて目を瞑った。

 その瞬間を好機と見て、首無し人形が駆け込んでくる。しかし、ランサーは顔を伏せたまま、静かに呟いた。

「……護ると言った手前、認めたくありませんが……」

 悔しいが、認めざるを得ない。

 アダムによって調整され、アレクシアが仕掛けたこの襲撃。そこからマスターを護り切る術を、ランサーは持たない。

 

 

 

 ――そう、一人では(・・・・・・・)

 

 

 

「ッ!!」

 読水は意を決し、柱の陰から飛び出した。

 鞄を柱の陰に残し、武装は右手で握り締めたリボルバーのみ。

 読水は全身に魔力を込め、吹き抜けに面したガラス張りへと矢のように駆ける。

 そんな肉体の加速とは裏腹に、読水の意識は世界をゆっくりと捉えていく。横へとスライドしていく視界に読水は、銃口をこちらへと向けていく人形の姿を見た。

 構うものか。あの速度なら、こっちの方が速い。と、読水は意気込んでさらに力強く床を踏み込み、体を前へと送り出す。

「令呪を以って――」

 読水は一歩、二歩、三歩と地面を蹴りながら口ずさみ、ガラス張りまで目前と言ったタイミングで読水は拳銃を腰だめに発砲、マグナム弾をガラス張りに撃ち込んだ。

 高層のガラス張りに使われているガラスなら、強化ガラスが多い。そして強化ガラスは、割れる際は打点を中心に粉々に砕け散るのが特徴だ。

 発砲によって、粉々に砕けて落ちていくガラス。それを内側から突き破るように読水が飛び出す。そうして、吹き抜けの空中へと彼は身を投げ出した。

 読水の体は勢い余って宙返りとなり、地面に仰向けとなる。しかし自身の体勢に構わず、読水は一息に叫んだ。

「――命ずる! 我が下へ来いランサーッ!」

 

 

 

 御意に。

 人形の呪剣が頭上より迫る中、ランサーは歓喜に頬を釣り上げた。

 そして瞬間、その姿は人形の目の前から消える。

 事前に植え込まれた行動指針と、周囲の状況に対する分析によって行動する人形には、本質的には知識と呼べるものはない。

 故に、知らなかった。

 聖杯によって与えられる三画の令呪は、人間の身でありながら、人智を超えた力を持つ英霊を使役できるほどの膨大な魔力が込められている。それを解放すれば、瞬間転移と言った奇跡さえ、起こすことができることを。

 故に、反応ができなかった。

 呪剣が振り下ろされる瞬間、ランサーの体は人形を飛び越えて、落下している読水の手前へと転移したことに。

 そうして、人形達の行動は遅れに遅れる。ホールにいた人形二体は、これまでの戦闘で蓄積してきた行動過程を一度リセットするように動きを停止させた後、動きを止めてキョロキョロとランサーを索敵する。

 それが、読水達の狙いでもあった。

 空中にてランサーが抱き止めたと同時、読水は動きの止まった人形に向けて拳銃を乱射する。

 魔力によって極限まで高められた集中により、弾丸には驚異的な精度と殺意が秘められていた。それによって、対戦車ライフルを持っていた人形の心臓部に銃弾は当たり、人形は胸から魔力を炎のように噴き上げながら倒れる。

 人形が倒れたと同時、ランサーと読水は抱き合った状態でホール中央の噴水に着水、砕けたガラス片と共に水飛沫を上げる。そして飛沫が止んだと同時、ランサーは着地の補助をしたマスターを手放し、水を滴らせながら体を起こしていく。

 明らかな、隙。それを、呪剣を携えた人形が見逃すはずがなかった。人形は音を立てず、しかし素早くランサーの背後へと回り込んでいく。

|一()の……()の……」

 しかし、ランサーは身構えない。濡れた前髪さえ気にせず、彼女は横へと回る人形を目で追っていた。

 その右手には、印が結ばれていた。

「……()っ!」

 そして、人形が呪剣を手に飛び掛かった瞬間、ランサーは鋭く振り返り、その手を振るう。

 その刹那、ランサー達の背後から複数の銃弾が――読水が乱射し、ランサーの宝具によって軌道を操られ、吹き抜け全体を旋回していたマグナム弾が、人形を襲った。

 ドン。ドン。ドン。と、人形は銃弾を浴び、最後の一発は胸に受けて前のめりに……ランサー達のすぐ脇に倒れ、池の水に沈む。

「……ぶはっ! やったか!?」

 と、そこでようやく読水は水面から顔を出し、周囲を見回す。

 ランサーは、そんなマスターに頷く。その直後、キッと頭上を睨む。上階……読水が先ほどまでいたバーには、未だ人形が残っている。油断は、できない。

 見れば、人形は読水がブチ破ったガラス張りから顔を覗かせ、こちらを見下ろしていた。その顔、黒い両目には、人形とは思えないほどの殺意が滲み出ていた。

 来るか。と、ランサーは槍を池から引き上げ、身構えた。

「……マスター」

「……ああ、お前がやれ」

 その言葉が聞こえたのか。人形は行動に移った。

 人形は、そのまま窓から宙へと跳んだ。そして空中で体勢を維持したまま拳銃を構え、立て続けに直下の二人に撃ちまくる。

 ランサーはその弾雨を槍で的確に弾き、読水を守る。そして数秒後には、射手本人が落下し、それをランサーは槍で突き刺すことで宙に縫い止める。

 人形は串刺しになった状態で、四肢をダラリと地面へと垂らす。その心臓部は、槍によって的確に貫かれていた

「………!」

 しかし、人形は動いた。

 カタカタと腕を痙攣させながら、左手に持った榴弾投射機を読水達へと向けていく。

 榴弾が放たれれば、榴弾は二メートルほど真下の地面か読水達に当たり、人形諸共、爆発に巻き込むだろう。

 しかし、それを許すランサーではない。

「ふんッ!」

 ランサーは間髪入れずに槍を振るい、人形を横合いに投げる。人形はそれ自体が弾丸のように宙を飛び、壁に大の字に叩きつけられる。その衝撃に胸の傷から体液が漏れ、壁に放射状に撒き散らされた。

 そうして、人形の体がズルリと壁から離れ、床に崩れ落ちる……それよりも前にランサーは人形に突進、十字槍の先端を胸に再度突きこむ。

「………」

 終わったか。ランサーは人形から魔力を感知できないことを確認すると、人形の肩に手をかけ、突き刺した槍を抜こうとする。

 その時、だった。

「……サーヴァントと二人がかりで……ようやく師匠の真似事かい」

「……え?」

 まったく、半人前が。

 人形はその言葉を最期に、完全に機能を停止させた。

「………」

 ランサーはしばらくの間、先ほど聞いた言葉を咀嚼していた。しかし、彼女は……。

「ランサー……どうした? やったのか?」

「……はい」

 しかし背後の読水の呼び掛けに応じ、ランサーは槍を抜くと人形を丁寧に地面に下ろす。

 そして踵を返すと、読水の下へと迷いなく走っていった。

 

 

 

 

 


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