Fate/reselect   作:Fate/reselect出張所

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第二十六話『違法者』

第二十六話『違法者』

 

 

 

「戦争とは――」

 他の者が廃ビルから移動する準備を進める中、アレクシアはこう切り出した。

「戦争とは、何をしても許される……そして誰の完全な制御も受けないからこそ、戦争は価値がある」

 周りの様子からは切り離されているように、佐藤とアレクシアだけは対面したままだった。アレクシアは汚れたソファーに腰掛け、汚れた床に視線を落としながら言葉を続ける。

「例えこの星の覇者になろうとも、人は闘争を止めたりはしない……人間は、失う恐怖より、獲得の期待に酔うように創られている」

 覚えがあるだろう。と、アレクシアは佐藤を一瞥する。佐藤は顔を僅かにしかめるが、視線だけは逸らさない。獲物を狙う肉食獣のような目で、アレクシアを見下ろし続ける。

「くくっ……そうして何かを、もっと何かをと奪い合って……馬鹿な人間でもようやく気づく。より多く、より強く、より賢く、より偉く、そんなものでは戦争の勝敗を分ける決定打にはならないのさ。だから弱肉強食、勧善懲悪と、何が優れば勝者かと人間はルールを付けたがる」

 守る為じゃない、自分達が勝ち奪い続ける為の規律さ。そう言ってアレクシアは肩をすくめた。

「冗談じゃない……ッ。そんな他人が決めたルールに従って敗者に甘んじるほど、私は無欲になれなかった。だからルールは破るし、欲しい物は奪う。それが、私が決めた、私が勝てる、戦争のルール……ッ」

 世の混沌こそが己の規律。世の悪こそが自身にとっての善。悪魔に魂を売り、そして悪魔を裏切ってこの世のものですらない『なにか』と融合しつつある違法者――アレクシアは歪な両腕で顔を覆い、悶えるように嗤う。彼女の震えに応えるように、地下からの衝撃がビル全体を揺るがし天井から埃を降らせた。

「けど、私も馬鹿だったよ。違法者になるまで、分からなかった……私を脅かす敵は、この世を牛耳る特権階級じゃあない……ッ!」

 そして、アレクシアは抑え切れない衝動に目尻を痙攣させ、震えた声で宣告した。

「そう、私の敵は――」

 

 

 

 今や日坂市の経済面での中心となっている、日坂駅周辺の再開発地区。その歴史はこの土地のそれと比較すると、かなり浅い。

 対してこの商店街、その起源は楽市・楽座にまで遡れるが、再開発で敷かれた駅からは幾分から外れてしまった……旧市街とも言うべきこの土地は、歴史が深いものの、現在は閑散とした雰囲気だけが漂っている。

 狭い道幅と長い一本道、アーチ状の天井、かつては日坂市一番のアーケード商店街であったが、今はシャッター街と呼んでも差し障りがないほどに、衰退の一途を辿っていた。

 そんなシャッター街の一角に、ミア・ブロッケンと一ツ目聖夜はいた。閉鎖時間の為、最小限の数だけ点けられた白熱球の下、自販機の隣に設置されたベンチに腰掛け、コンビニで買った夜食を取っている。

「……最後の晩餐って言うんでしたっけ?」

 隣にいる存在を無視し、互いに黙々と食事をしていた二人だったが、ミアは餡饅を片手に、おもむろに口を開いた。

「そういうのは、もっと豪華なもんだと思ってましたわ」

「……碌な人生、歩んでなかったからだろ」

「はーん? ……やっぱ神になるくらいじゃないと、正に絵にもならない飯ってことっスかねぇ……ハハッ」

 皮肉る一ツ目は食が細いのか、一つだけ買ったおにぎりを食べ終え、既にお茶だけをチビチビと飲んでいる。対してミアはビニール袋一杯に買い込み、今は遊び感覚で餡饅にカラシを塗り込んでいた。

「……ま、ここで死ぬ気はないし」

 これマズいわ。と、ミアは呟き、カラシを塗った餡饅を傍にあった空き缶用のゴミ箱に突っ込む。

「………」

 そのマナーのなさに辟易した様子で、一ツ目は溜息をつきながらそっぽを向いて呟く。

「……この子、ずっと寝てるけど」

 ん。とミアは振り返る。一ツ目の視線の先にいたのは、佐藤だ。残された右腕を後ろ手に街灯の柱に縛りつけられ、地面に座らせられている。しかしそんな苦しい姿勢にも関わらず、彼女は力なく体を地面の方に傾けて寝息を立てていた。

「このままで、良いのか……?」

「腕ぇ一本切り落とされて、今まで元気だったのが頭おかしな話だったんだから……べーつに良いんじゃない?」

 良くはないだろ。と、一ツ目は顔をしかめる。

「別に良いじゃないですか。他人の心配してる場合っスか? 数合わせの魔術師さん」

 ミアの指摘に、一ツ目はより一層顔を強張らせる。

 その様子に軽く笑いながら、ミアは炭酸が抜けた、ただ甘いだけのエナジードリンクを煽り飲む。

 そう、ヤバいのは寧ろ……こっちの方。

 なにせこれから、自分らはサーヴァントを相手取るのだから。

 

 

 

「ミア、お前はキャスターを相手どれ」

 数時間前、廃ビルにて。

 アレクシアはボロボロのソファーに座りながら、ミアにそう言って寄越した。

 最初、死ねと言われたのかと思った。

 しかし、彼女が話す勝算と、必ずしもキャスターと衝突する訳ではないという点……場合によってはランサー陣営や、最悪セイバー陣営とも戦うことになるという点を説明されているうちに、ミアもある種の冷静さ――自我を取り戻していった。

「……それで、勝てますかね? 私に?」

 計画を全て聞いてから、ミアはアレクシアにそう聞いた。アレクシアはソファーに深々と座りながら、その不安をクツクツと笑う。

「そもそも、お前はライダー達とも相手取ったじゃあない。それに、あのゴーレムマスターのアダムとも戦って、こうして生き残っている」

 そうだ。ミアは言われて初めて気づく。一週間前、アレクシア達はミアとアサシンを使い、ライダーとそのマスターを分断させることで陣営を撃破した。その時ミアはライダーのマスター――つまり、今こうして捕縛している佐藤を相手取ったが、計画時点ではサーヴァントの方を相手取る可能性も充分あった。

「勝てる、勝てるよ」

 子供に言って聞かせるように、アレクシアはそう繰り返す。しかし言葉とは対照的に、その目の光は妖しげで、凶悪なものになりつつあった。

「お前も私と同じで、飢えに飢えている。だから何でもできるし、何も躊躇いもしない……後は実際に、掴み取れるかどうかね」

「……んー」

 そんなもんっスかね。と、ミアは納得できないように腕を組んだ。しかし、そんなミア本人以上に、期待と言うより確信に近いものを抱いているアレクシアを前に、異を唱えることはできなかった。

 

 

 

 そう、あの人の言う通りだ。

 ミアは視線を落としながら、静かに拳を握る。あの時は納得できなかったが、今なら分かる。

 この世界に、自分の居場所なんて用意されてなかった。この生命以外、何も与えられなかった。ただただ生暖かく、気持ち悪い世界に放り出された。

 だから、憎む。空っぽな自分の全てを使って、世界に満ちた全てを呪い、穢してやる。慣れない敬語と性を強調させた服で大人達に媚を売る、そんな生き方はもう沢山だ。

 そうだ。魔女になったあの時から、そう誓ったはずだ。未来なんて当に捨てているし、リスク重視で世界の間を埋める雑魚ばかり相手取っても仕方ない。英雄一人噛み殺せないで、何が呪いだ。

「……ビビってんなら、手伝わなくても良いよ?」

 ミアはそう一ツ目に囁いた。思わず口から出た言葉だった。

 なぜこんな言葉が出たのか、自分でも分からなかったが、構わずにミアは言葉を続ける。

「サーヴァントは人形と、私でやるから……あんたはそいつ見張ってよ。……邪魔だから」

「……いまさら、なに言ってんだ?」

 そう返す一ツ目の顔は疑心暗鬼に満ちていて、信じてもらえないことにミアは嘆息する。しかし、これまで散々彼を嬲り、馬鹿にしたのは他ならぬ自分だ。疑いの目を向けられても仕方のないことだろう。

 ミアはやれやれと何気なく立ち上がり、顔を上げた。

 そこで気づいた。前方、通路沿いに点々と並ぶ照明の下に人影が見える。人影はこちらへとまっすぐ歩いてきており、時折照明の下から暗がりに消えては、また次の照明に照らし出される。

 それは、キリリと背筋が伸びた老人――着物にハンチング帽とマフラーという、和洋折衷の格好でありながらも、それ以上にその年齢を感じさせない精悍な立ち振舞が第一印象として突きつけられる、そんな老人だった。

「………っ」

 初めて見るが、しかし間違いない。一目でそれと分からせる気配が、彼にはある。

 キャスター、本人だ。

 そして納得する。先ほど口をついた言葉も、何気なく立ち上がったのも、きっと心の奥底で、この真っ向から来る驚異を感じ取ってのことだったのだろう。

 ミアはチラリと横を見る。一ツ目は未だ、手にしたペットボトルに視線を落としている。

 しかし佐藤は――先ほどまで昏睡していたはずの彼女は、キッと顔を上げ、キャスターを見つめていた。その顔も疲れ切ったものでなく、どことなく覇気さえ感じる。

 ……なるほど。と、ミアは納得する。聖杯戦争に選ばれた素人と、選ばれなかった魔術師とでは、こうも感覚が違うのか。やはり一ツ目という男は、この日坂亜種戦争では完全に部外者の立ち位置らしい。

「ほら……ねえ、来てるって」

 呟いたミアの言葉で、一ツ目はようやく事態を把握する。

「キャスター、ほ、本人か……ッ!? 話と、違うじゃないかっ!」

 戸惑うのも無理はない。計画では佐藤と自分達を囮にキャスター本体を探し、隠れ潜んだアダムの人形達が奇襲によってとどめを刺す……というのが、アレクシアと話していた作戦であったのだ。

 それがどういうことか、霊体の新選組も連れず、オマケに腰には一振りの刀さえ差して、正面からこちらへとやってきている。あれのいったいどこが、魔術師のクラスだと言うのか。

「……ふーん?」

 ミアは首を傾げながら、ゆっくりと手を上げる。そしてパチンと、指を鳴らした。

 途端、キャスターの両脇――左右の裏路地に隠れ潜んでいた人形が二体飛び出し、老人を挟み撃ちの形で襲う。

 一方は派手に宙を舞い、キャスターの顔面に死霊術師特製の、呪いが付与された槍を突き込む。一方は低い姿勢のまま突進し、銃身が切り詰められたマスケット銃(これも死霊術師の呪物で、弾頭が人間由来で出来ていると聞く)をキャスターに突きつける。

 左右、そして上下での挟撃。突如の奇襲に対し、キャスターは素早く視線を左右に動かす。その後、彼は両腕を振りながら半回転、身を翻した。

 顔面へと迫った槍はキャスターの左手で払われ、背後から向けられたマスケット銃は発砲の直前に銃口を右手で払われてしまう。結果として、キャスターは最小の動きで二方向からの奇襲を受け流されてしまう。

 そして、前に出る勢いを流されてしまった人形達は、互いに入れ違うように、キャスターの横を通り抜けた。

 姿勢を崩された人形達、だがそれでも踏み止まり、獣のようにキャスターに追い縋る。

 しかし、その時には既に、キャスターは腰の刀に手を掛けていた。

 翻った動きから流れるように、キャスターの体が沈む。腰を深く落とした彼は、そのまま右手を刀の柄に添え、左手の親指で鯉口を切った。

 鯉口を切った――刹那、太刀筋が横8の字に閃いていた。

 キャスターの左腰から放たれる眩い閃光。太刀筋という名の、“斬殺”の軌跡。

 それに触れた人形達は、尚もキャスターに迫る……体液を噴き出し身体を三つに分かたれながら、一瞬前の動きのままに再びキャスターの脇を通り過ぎ、地面に転がっていった。

「………ッ!?」

 血の気が引いた。

 決して弱くはない、人間以上の運動性能を持つ人形達。それが瞬く間に斬殺された。それもセイバーやランサーと言った戦士じゃない、刀を手にした……老いた魔術師によってだ。

 確かに、捨て駒ではあった。正面から来るキャスターの作戦、化けの皮を剥ぐつもりで人形二体に襲わせたのは事実だ。そして、結果として分かった。あの老人は、これまでの盤面を掻き乱していた新選組の霊体を使わずとも、その身で充分に戦えるということ。

「……いざ」

 キャスターは刀に付いた体液を振り払い、ぽつりと呟く。それから刀を右手に提げながら改めてこちらへと向き直り、歩き出す。

「………」

 ミアの片足が、自然と後ずさった。不快にも手足が痺れ、呼吸が荒くなり、やたらと喉が渇く。あれだけ飲み食いしたのに。

「……へ、へへっ」

 しかし、これで良い。

「あはっ! ははっ、あははははははッ!!」

 ミアは吹き出し、大きな、狂ったような笑い声を上げた。そして斜に構えるように、ポケットに手を入れる。

「そうだ……そうこなくっちゃねぇ……ッ!」

 そう、これで良い。

 これは数値を競う競技ではない。相手より強かろうが死んだら負け、ルール無用の殺し合いだ。なら……否、だから覆せる。

 それに……作戦。絶対的優位。

 そんなものは、今までのミアにはなかったものだ。

 それよりは……無策。絶体絶命。

 そんな立ち上がりの方が、馴染む(・・・)

「こっちが優位なんて、ガラじゃないってね……この、ヒーローの残り滓が! 偉そうによぉッ!?」

 ミアは吠え散らし、ポケットから飴玉を取り出し、口に押し込む。

 対するキャスターは刀を手に歩き続け、残酷なまでに確実に、彼我の距離を縮めていく。

 そうして、老いた英霊、対、若き魔女――絶望的な戦力差のある者達による、殺し合いが始まった。

 

 

 

県境の化学プラントにて、暴れ狂う怪物を撃退したシュウジ。彼はシスター・セレネントーラと合流した。

「これ……一体何ですか?」

 そう言って、セレネントーラは煙を上げて浄化されつつある怪物の巨体を見上げる。

「現役時代でも、これほど大きなものは見たことがない」

「死霊術の類だ」

 そう言うのは、シスターと同様、物珍しげに怪物を眺めているセイバーだ。

「昔……生前に戦場で、こういうデカブツを見たことがある」

「二、三メートルくらいなら、ともかく……ここまで大型だと、潜伏生活すら困難ですからね」

 その巨体を討伐した代行者――シュウジは彼女の隣に立ち、会話に入る。

「死徒なら、可能であっても避けるサイズでしょう。これが潜伏を目的としない兵器であるという、確かな証拠です」

「なるほど」

「………」

「………」

 ところで。と、シュウジが切り出そうとしたタイミングで、セレネントーラが咳払いをする。

「……それで、最近はどうです? ちゃんと、辛くないものも食べています?」

「……シスター」

「……ジョークです」

 セレネントーラは俯いて、そう呟く。そして懐から∪SBメモリーを取り出す。

「そこに、件の情報が?」

「……はい。私が掻き集めた情報は、全てここに入っています」

 そう言って、彼女はシュウジに∪SBメモリーを差し出した。

 黙ってそれを受け取るシュウジ。しかし、セレネントーラは握ったその記録媒体を離そうとせず、綱引きのような状況になってしまう。

「……えっと、シスター」

「……本当は、貴方にこれを渡したくない」

 貴方はきっと、後悔する。と、セレネントーラはそう呟き、シュウジの目をジッと見つめる。

 昔から、口数の少ない女だった。そして何かを訴えかける時は、いつだって目を合わせてくる。それは、昔と変わらない。

「……そう、ですか」

 そして今、彼女の片方しか残らぬ瞳はゆるゆると震え、とても心配げにこちらを見つめていた。

「しかし、知らなければならないことです」

 しかしシュウジは断固とした決意でもって告げ、彼女の握る手から∪SBメモリーを引き抜いた。

 そして、その時だった。

「カッ……ガァァァァァァアアアアアアアアアッ!!」

 突如、空気を震わす咆哮。

 パッと、顔を怪物の方へ向けるシュウジ。見れば、怪物は全身から煙を立ち上らせ、血を噴き出させながらも、それでも吠え声を上げて身を起こしつつあった。

「………ッ」

 トドメは刺した。それは手を下したシュウジ本人、手応えで確信している。

 しかし、相手は死霊術によって造られた怪物。何よりも死と近くにありながら、暴れ狂い死を撒き散らす存在だ。消滅の淵へと滑り落ちる中でも、肉の一片でも残っているうちは未だ終わってはいない。

「な……っ」

 ブランクによる弊害か、あまりのことに声を漏らして硬直してしまうセレネントーラ。シュウジはそんな彼女を背に庇い、手にしたメモリーデータをポケットにしまう。

 怪物は潰れかけた眼球をギョロつかせ、シュウジを見つけるや否や、またもや吠える。シュウジは狙いが自身であることを悟ると、すぐさま横に走って怪物と自身を結ぶ線上にセレントーラを追いやった。背後でセレネントーラが何か叫んだが、今は振り返る余裕もない。

「セイバーッ! 彼女を遠くへ!」

 シュウジは横ばいにステップしながら、黒鍵の刃を生成した。それと同時、怪物も唸り声を上げながらこちらへと駆け出す。

 目の前に迫る、巨大な肉の塊。正面から切って落とせる、それだけの膂力を持たないシュウジは、息を呑んで両膝を曲げ、力を込める。

 そのまま跳んで突進を躱そうとするシュウジ。しかし、そんなシュウジと怪物の間に、突風のようにセイバーが割って入った。

 シュウジは驚くも、予断許さぬ戦闘の最中だ、文句を言う暇もない。膝に溜めた力を使い、そのまま横へと跳んだ。

 主人の指示に従わなかったセイバー。彼はマントをはためかせながら、両手で握ったロングソードを上段へと振り上げた。碌に目も見えなくなっている怪物は、尚もセイバーへと突進する。

 そうして、両者が激突する……その、一瞬前だ。

 横合いから流れ星のような光線が飛び、怪物の背を貫いた。

 怪物の体が、上空から降り注いだ圧倒的なエネルギーによって押し潰される。その次の瞬間には、二本目、三本目の光線が次々と怪物の体を貫いていた。

 結果、背中を爆ぜながら、怪物は光線に圧倒されるように地面に叩きつけられる。

 そして……三つの残光が消えた時、怪物の巨躯は動かなくなっていた。そうして、打って変わって沈黙が施設全体を包む。

「な……ん、だ……!?」

 予想外の決着と、吹き散らされたエネルギーに頭の中が真っ白になってしまうシュウジ。

 対し、セイバーは怒りによって歯軋りをし、顔を上げて叫んだ。

「貴様……ッ! 何の真似だ、アーチャーッ!?」

 アーチャー。その言葉に、シュウジもセイバーの睨む方向を見る。

 施設の屋上。月明かりを背負った髪の長い青年の姿が、そこにはあった。

 アーチャーは弓を手に、片足を屋上の縁に掛けながらこちらを見下ろしている。セイバーは上段に構えていた剣を振り下ろし、一歩前に踏み出る。

「騎士の戦いを邪魔したこと、どう言い繕う? 助けがいるように見えたか? それとも、私を狙って三本、外しに外したか? いずれにせよ……」

 戦いを邪魔された怒りでか、アーチャーを挑発するセイバー。それを手で制したシュウジは、一度セレネントーラを一瞥して安否を確認してから、代わってアーチャーへと声を投げかけた。

「……いずれにせよ、何時ぞやの協定違反だ。監督役の休戦要請があったにせよ、そこは変わらない」

「………」

 アーチャーは何も語らない。つまらなそうな顔を浮かべたまま、ジッとこちらを見ていた。

“シュウジ……どう見る?”

 セイバーが、因果線(ライン)を用いてシュウジに語りかける。

“あの傲慢そうな若造が、戦果や挑発に対してずいぶんな落ち着きようではないか。何かあったと見て、間違いないが……”

 まったく……と、シュウジはニヤけそうになる口端を堪えてへの字にする。命令を無視して最善手を打つは、騎士の戦い云々と怒ったと思えば陰で状況を確認する……まったく、この英霊はいつだってクレバーだ。

“場所が場所だ。鏡宮がアーチャーを送るというのも、納得できる……今のは矢か? あれが、鏡宮邸をアサシンが襲撃していた時に見えた光の正体か?”

“だろうな。極めて強大な神秘だった、俺の生まれた時代よりもずっと古い……それこそ、神話で語られるほどの武器だろう”

“……やれるか?”

“何とでもなる”

 そうやって、シュウジ達が相談している途中、アーチャーがゆっくりと立ち上がった。

 来る気か。と、二人は身構える。しかしアーチャーは、そのまま何も言わずに霊体化し、姿を消してしまう。

「……立ち去った、ようだな」

 セイバーは呟く。その言葉で、シュウジはふうっと息をついた。

「しかし、これだけの事態だ……主催者の鏡宮も、行動せざるを得ないみたいだ」

「……どうだかな」

 セイバーは剣を担ぎ、顎髭を撫でる。

「いずれにしても、こっちは片付いた」

 シュウジはそう結論づけ、ウィリアムに手渡されていた通信器――ラピスラズリが嵌め込まれたイヤーフックを取り出す。

 アサシン陣営の魔女――アレクシア・ブロッケンが仕掛けたテロ攻撃は、ここだけではない。

 他の場所へと向かった面々は、今どういった状況か……。

 

 

 

「へえ……そっちも問題なく片付いたか」

 読水とランサーは、シティホテルの手前、未だテープによる通行規制が施されている領内にてシュウジからの報告を受けた。

「……何だ、その……つまらなそうな声は?」

「……別に? こっちも、ついさっき聖堂教会の後処理を任せたところだ」

 読水はそう言って、チラリとシティホテルの方を振り返る。ちょうど、ホテルの方は警察に偽装した聖堂教会のエージェントが、これ見よがしに突入を敢行しているところだ。

 読水とランサーは、アダムの遺品と思われる人形との戦闘を終えると、すぐにその人形らの魔術的な痕跡を破壊し尽くした上で、ホテルから撤収した。

 彼女の遺物を回収できなかったこと……それは読水としても悔いが残ることであった。しかし、その人形達を聖堂教会に回収され解析されることに比べれば、破壊の方が余程マシに思えたのだ。

「とにかく、これで二つ……残るは、ウィリアムの方の二つか」

「……二つ?」

 読水の確認に、シュウジは訝しげな声を出した。

「二つだろ。商店街の方と、運送会社の倉庫……だったか?」

「ちょっと待て……倉庫?」

 何を寝ぼけてるんだ。と、読水は顔をしかめる。しかし、次にイヤーフックから返ってきた言葉は、読水にとっても予想外な言葉だった。

「聖堂教会が把握している現場は、プラント施設とシティホテル……それと、商店街の三つだけだ」

「……はあ?」

 読水は思わず、声を荒げた。

 そして、不意に想起される。ウィリアムがこの通信機越しに言った台詞を。

 ――お忘れですか? これは一組だけが勝ち残る聖杯戦争……今はどうであれ、最後は貴方とも、あのセイバーとだって渡り合わなきゃならない。

「……そうか、あの二枚舌っ、そういう腹づもりか」

 そう舌打ちする読水。その毒づきに、シュウジは唸る。

「まさか、彼は一人でアレクシアを潰すつもりか?」

「それ以外に、どう考えられる? 俺に本命の場所を零したのは、自分がやられた時の保険のつもりだろ……俺なら、他の連中と確認する機会もほとんどない」

 自分で言っておいて、読水はその事実に腹を立てた。全ては情報源をウィリアム一点に限定させてしまった、自分の落ち度だ。それをウィリアムに見透かされ、逆手に取られた。

「しかし、あの計算高い彼が、そんな危険な真似をする必要がある?」

「あ?」

「我々と同盟を組んでおいて、結局一人でアレクシアに挑むなんて……そんなリスクを呑むだけの利益も、我々への義理も、彼にはないはずだ」

「………」

 その言葉に、読水は頭を抱えた。ここにきて、まだそんなズレたことを言えるのか。

「……神様を信仰している連中は、そういうところも疎くなっちまうのか?」

「……聞き捨てならない台詞だな?」

 うるせえ。と、読水はシュウジに噛みつく。そして、こう捲し立てた。

「あいつは端から、あの魔女を誰にも渡す気はなかったんだ。あの同盟協定自体、俺達の動向を把握する為、自分で真っ先に破る前提のもので、つまり……」

 自分で説明しておいて、その事実に苛立ちを募らせていく読水。最後は近くにあったパトカーのボンネットを拳で叩き、声を荒げた。

「……出し抜かれたんだよ! 俺達は……ッ!」

 

 

 

 読水達がウィリアムの思惑に気づく、一時間前。

 ウィリアムは運送会社が管理している倉庫、その敷地沿いの街路樹の下で胡座をかき、瞑想していた。

 彼は静かに、待っていた。

 気が満ちる――体内に潜む魔術回路が最高潮に達する、その瞬間を。

 機が満ちる――戦いの火蓋を切るに最も相応しい、その瞬間を。

 

 そして、時は満ちた。

 

 大きな影がウィリアムを包む。片目を開けて前方を確認すれば、フェンスを通して届く、敷地の照明――その手前に、アレクシアがそびえ立っていた。

 ウィリアムの頬が緩む。彼は地面に膝頭に手を置き、ゆっくりとした動作で身を起こした。

 アレクシアの口端が釣り上がる。その禍々しく変貌した右腕を横に広げ、影を大きく広げた。

 そして次の瞬間には、二人は激突している。

 地面を踏みしめ、空を切って、避けることもなく両者は前へと駆けて激突。鬼のような形相で額を打ち合わせ、掴み合った。

 封印指定された“時計塔”の魔術師――ウィリアム・シン。

 異形と化した“ブロッケン”の魔女――アレクシア・ブロッケン。

 

 火花を散らして殺し合う、類稀なる二人の違法者。

 これより一時間後、その一方が命を落とすことになる。

 

 

 

 

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