Fate/reselect 作:Fate/reselect出張所
第三十一話『斯くして来たれり』
その男の生涯は、剣と共にあった。
男は剣を愛し、剣もまた男を愛した。
男は剣を愛するが余り、家を捨て脱藩までした。江戸にて剣を学びだけで飽き足らず、友と共に武者修行の旅さえ行った。そして激動の時代、その終焉まで剣を振るい続けた。
剣は男を愛するが余り、天与の物を男に与えた。その剣は多くの剣客に見込まれ、如何なる戦場でも武功を上げさせた。そうして武士の時代、その終焉まで男を生かし続けた。
一つの時代が終わり、同士を喪い、身体が老い衰えても男は剣と共にあった。男も剣も、互いに互いを手放そうとはしなかった。
それはまさに、運命に他ならなかった。
そして、男は死の二年前、若き頃に仲間達と描いた戦いの軌跡をある記者に話した。それは回顧録として当時の新聞に記載され、彼の死後には名を変え出版もされた。
男は、時流によって悪と乏された同士達の名誉を守った。そして彼が生涯に渡って行ってきた同士達の顕彰は実を結んだのだ。
しかしその実は、いびつに歪んでいた。
口伝による誤解、記録による曲解、他の資料との擦り合せ――結実した名誉は同士達の肖像を捻じ曲げ、本来の姿とは似て非なる姿が人々の心に残されてしまった。
……そう、全てはこの記録によって歪んでしまったのだ。
僅かな街灯だけで照らされた、人気のないパーキングエリア。キャスターはその中央に立ち、懐から一冊の古書を取り出す。
『
これらの間違った記録が、人々の心中に残された英雄の姿を歪ませた。その経歴も、実力も、信念も、性別すら……。
生き残った数少ない仲間の中には、それを良しとする者もいた。誉れるべき過去を黙して語らず、絶えず変化する時代に適応していくあの男にとって、その変化も誤りも、また許容し利用すべき事柄なのだろう。
しかし、キャスターは許せなかった。他でもない、自分自身が蒔いた種であるが故に、間違いは正さねばならぬと決意したのだ。
キャスターは聖杯にその望みを託した。この世界に広く深く残された、新選組への間違った記録を正す――それこそが、キャスターがこの聖杯戦争に挑む目的だったのだ。
だが、その煮え滾るような野望も今や塵と消えようとしている。マスターであるウィリアム・シンは死に、キャスター自身も彼の令呪三画の魔力によって辛うじてこの世界に留まれているに過ぎないのが現状である。
「……ふん」
皮肉なものだ。
今や頼れるべきものは、この刀と……捨て去ろうと躍起になっているこの宝具だけとなったのだから。
キャスターは自嘲して目を閉じ、本を宙へと放る。
「竹ゆがみ 夢幻伸びゆく
次いで、口遊む。その宝具に秘められた神秘を、全力で開放する為に。
キャスターの詠唱に、その古書は柔らかい光を灯して宙に留まり、ページはひとりでにパラパラと捲られる。
「――浮世に残せ 竹の花影」
その言葉が合図だった。本に灯っていた光は爆発的な勢いで溢れ出し、暴風を生む。その光は本から外れたページを伴って本を中心に大きな渦を作り、その範囲を伸ばしていく。
その眩い光は澄んだ夜空を煙らせ、煌々と実像を惑わしていく。
そして、キャスターは衣服をはためかせながら、影さえ差さぬその狂気の光の中に立つ。
……否、もう一人ではない。彼の背後には、彼自身の妄執が召喚した亡霊達が、武装した幾多の新選組の隊士達が各々武器を携えて立っていた。
またキャスター自身にも、変化があった。彼の身につけていたハンチング帽は暴風によって飛び、袖口をダンダラ模様に白く染め抜いた浅葱色の羽織――新選組の象徴とも言える羽織を肩掛けにしていた。
そして、彼ら壬生狼を中心に周囲の土が土塁と盛り上がり、五芒星の壁を創り出す――永倉新八が参戦することのなかった新選組終焉の地、幻想の五稜郭が空間を歪めて浮かび上がってきた。
「……ウィリアム君。君がくれた、奇跡の一夜だ。私は、私の道を進むよ……どうか軽蔑しないでくれ」
キャスターは左手に持っていた日本刀を腰帯に差しながら、今や亡き友にそう告げた。
そして、開眼する。その相貌は狼のように鋭く、眼光は魔のように朧げだ。
「もう悔いは残さない……くたばるまで、殺し続けよう」
一月二十九日、午後九時三〇分。
日坂市郊外、無人のパーキングエリアにてキャスターの宝具『夢幻妄執城塞 五稜郭』が解放された。
秘されるべき宝具の、大規模な展開。この事態を重く見た監督役――マリオ・アルバーニ神父は連絡のつく亜種聖杯戦争の参加者全てに事態解決までの戦闘を禁止、キャスターの打倒を要請した。
また聖堂協会は昨日のテロ事件とこの騒動を関連付け、爆薬が仕掛けられたというダミー情報を流した。その情報を事由にパーキングエリア周辺の立ち入りの一切を規制。対テロ部隊に扮し大規模な結界を張った。
これにより、日坂市と他市を繋ぐ高速道路は封鎖、突然の騒ぎで混乱していた通行車両はそのままに、乗車していた一般人は皆強制的に退去された。
そうして、事態発生からおよそ一時間後……要請を受けた代行者と、そのサーヴァントが現地へと到着した。
脅威で張り詰められた静寂を低く唸るようなモーター音で切り裂き、乗り捨てられた車の間をマシンの性能とテクニックで駆け抜ける。
シュウジはモトクロス用に設計されたバイク、ホンダ・CRF450Lで現地へと急いでいた。
現地までの移動手段として聖堂協会から支給されたバイクだが、それに乗る彼自身は上着であるキャソックだけを脱ぎ、あとはフルフェイスヘルメットを被っているという乱暴なものだった。
「………」
車線を踏み越え、時には前後の車両とクラッシュしている。乗り捨てられ放置されている車両は文明が、理性が残した抜け殻のようにシュウジは感じていた。
ならばここに残るのは、野蛮な暴力だけだ。
シュウジは光溢れるパーキングエリアに充分近づいたと判断し、ブレーキターンでバイクを急停止させる。霊体化した状態でシュウジと並走していたセイバーも、彼のすぐ脇に降り立つと同時に実体化した。
「まったく……次から、次へと……ッ」
「それが戦争というものだ。落ち着け、シュウジ。まずは受け入れろ」
毒づくシュウジに、セイバーはそう助言する。
「それが強者の姿勢だ。受け入れて……そこからどう動き、そしてどこまでやれるかということだ」
「……まずは、キャスターのこの暴走を止める。だが……あのアレクシアが、この混乱を利用しないはずはない」
「同感だな。しかし、今からあの魔女を探している時間はない」
それに。と、セイバーはチラリと背後の様子を伺う。
「どうやら、向こうも大人しく待ってくれやしないようだ」
何のことだ。そう聞く前にシュウジはバイクを停車させ、そこで気づく。
バックミラーに映った光景と、その異音。金属製の防音壁を重い刃物で引っ掻く、本能に訴えかけてくるような不快な音。そして、手にした斧を壁に押しつけ、垂直に下ろすことで掻き鳴らす大男の姿を。
「バーサーカー……」
シュウジはバイクから降り、ヘルメットを取ってバイクの上に置く。その隣でセイバーが肩をすくめた。
「ハハッ……気づいてもらえず、嫉妬してしまったかな? バーサーカー」
長剣を実体化させ、煽るセイバー。対してバーサーカーも、口元に浮かべた笑いをさらに凶悪なものへと変貌させ、肩を震わせる。
「……騎士様に似合わぬ、無礼な物言いだ。嗚呼……こう虐められちまったら、詩の天才であるこの俺様もなぁ」
理性が、利かなくなる。
狂戦士はそう言うと、握っていた斧を横薙ぎに振るう。
腰を切らぬ、片腕での荒い一振り。その一撃だけで、金属製の防音壁は引き裂かれ、悪魔の角のような大きなバリを壁に残させた。
「面白い」
セイバーはシンプルにそう言うが、その剣先は未だ地面へと下げられたままだ。その態度が気に入らなかったのか、バーサーカーは一歩、また一歩と、こちらとの間合いを踏み犯していく。対してセイバーも、シュウジから戦いを遠ざけようと横に歩いていく。
「ちょっ……ちょっと待ちなさい! バーサーカーッ!」
そして、そんな彼を止めたのはやはりというか、彼のマスター――レオポルディーネ・ミローネだった。彼女は路肩に停めていた車から飛び出て、英霊達の間に割って立つ。
「話、聞いてた!? 今は協力して、キャスターだけを狙うって……というか、何でもう『狂化』ランク上がってんのよ、おいコラァ!」
「……ケッ、こんなの、ただの挨拶だよ」
「挨拶で『狂化』ランクを上げんじゃないわよ!」
主人の怒りをどこ吹く風と嘯くバーサーカーと、自身より遥かに強大な英霊に蹴りを入れるマスター。
そんな光景に笑い、それをシュウジは咳払いで隠した。
それから、目に留まる。レオポルディーネの車からもう一人、女性が降りているのが。彼女はこちらに軽く会釈すると、この状況に臆することなくキッとキャスターの光を睨む。
「………」
一目で分かった。行方不明になっていたはずの、ライダーのマスター――佐藤真波だ。
“……どうやら、ウィリアム・シンの戦いも実を結んでいたようだな”
いつの間にかこちらへと戻ったセイバーが、佐藤を見ながらそう念話で告げる。その言葉に、シュウジも黙って頷いた。
それに……この目で彼女を見たのは初めてになるが、彼女を取り巻く雰囲気、気配にシュウジは驚かさられていた。
この聖杯戦争に巻き込まれた、ただの女子高生。そう聞き及んでいたが、どうやらそれは、経歴の上でのことらしい。彼女の体格、佇まい、眼光……左腕に取りつけられた義手さえ霞むほどに、彼女が並ではないと思わせる情報が多い。
「………」
それと、あの連中――読水竜也とランサーは来ていないようだ。
話すべきこと、渡すべきもの、色々あったが……しかし、この状況下で連中は逃げ隠れするつもりか。あの運び屋め、ふざけやがって。何が、行けたら行く、だ。
「……ん」
と、そんなことを考えていたシュウジのポケットで、ケータイが鳴る。電話だ。
取り出して画面を見る。電話の相手は読水ではなく、鑑宮だった。
「……もしもし?」
「私だ。まったく……大変なことになったね、代行者殿」
通話した途端、そう言う鑑宮。他人行儀なその言葉に、シュウジは一変に顔を曇らせる。
「こんな状況です。要点を」
「ああ、そのつもりだ。今、監視カメラの映像から、そちらの様子と向こうの様子を確認している。どうやら例の新選組の亡霊が、大挙してそちらに押し寄せてきている……それも、完全武装だ」
鑑宮の言葉に、シュウジはパッと光の方向を見る。その状況を察したのか、あるいは既に気づいていたのか、セイバーとバーサーカーは高速道路の通りに立ち塞がるように並び立つ。
「数分と待たず、カーブの向こうから姿を見せるはずだ。しかし、ここでそれを無視すれば、連中は街へと向かってしまう……それだけは、させる訳にはいかない。そうなれば、聖杯戦争の体裁は一気に崩れる」
「……ここにいる我々に、その大軍を相手取れと? 一般人である、ライダーのマスターもいるんですよ?」
「落ち着いて聞いてほしい。私は、キャスターの真名と宝具の性質を掴んでいる」
「………っ」
予想外の発言だった。
それと同時に、合点がいく。ウィリアム・シンの鑑宮に対する行動が弱かったのは、これを予測してのことか。
聖杯戦争とは過去の英霊を使役し、共に戦い勝ち残りを目指す。その為に亜種聖杯戦争の序盤は……否、始まる前から既に、敵の英霊の正体や弱点を看破する為の情報戦が重要とされる。
誰よりも前もっての準備ができ、誰よりも情報を収拾しやすい主催者という立場……ウィリアムにとっても先立って倒すべき、探りを入れるべき脅威だったはずだ。
「映像による精査、それとアーチャーによる偵察の賜物だよ。私も、何も今の今まで自宅に籠もっていた訳じゃあない」
どうだか。と、シュウジは心のうちで毒づく。シュウジは既に、元々地方の一魔術師に過ぎなかった鑑宮が、触媒のレンタル業で力を持ったことを知っている。
意図的に流したのか、あるいは売り手から情報を得たのか、鑑宮はウィリアムがサーヴァントの召喚に使った触媒が何であるかを事前に知っていたのだろう。
……いや、ひょっとすれば彼自身がウィリアムに直接売り渡した可能性だってある。あのウィリアム・シンが、主催者である彼と一切の協定がないと、誰が信じるだろうか。
「なら……貴方がキャスターを討つと?」
「いや、キャスターの能力の根底にある核……宝具の破壊を、アーチャーにやらせるつもりだ。宝具さえ潰せば、この騒ぎも沈静化できる。君達に頼みたいのはそれまでの足止め、そしてキャスター本人の相手だ」
君との共闘は、いつぞやの協定で禁止しているからね。と、鑑宮は言ってのける。その言葉に、シュウジはムッと顔をしかめた。
「……それを、あのバーサーカー陣営が呑むと――」
「彼女らは、既にこの提案を呑んでいる」
「………」
手が早い。それとも、あの二人もまたこの男の手駒の一つなのだろうか。
シュウジは目を閉じ、外部からの刺激から遠のき考えた。この提案、受けるべきか、拒否するべきか。
シスター・セレネントーラからのデータにより、この男がどれほど危険な存在かは理解している。この男の聖杯への執念は並大抵のものではなく、きっと聖杯を手に入れる為なら、持つべき社会的理念をかなぐり捨てるはず……それが魔術師というものだ。
しかし、現在後方に控えているであろう聖堂協会に、このキャスターの暴走やアレクシアの打倒を一任するのも危険だ。それでは、十年前の悲劇以上の被害が起きる。それだけは駄目だ。
「………」
分かっている……そう、分かっている。
セイバーのマスターとして、この聖杯戦争の参加者として、代行者として。
そして、この土地で生まれた男として、全ての脅威と立ち向かえ。
そう、心は決意している。
「分かりました」
シュウジはそれだけ答えると、電話を切った。
「セイバー、まずは前方の敵を掃討するぞ」
そしてセイバーに指示を与えつつ、英霊らの隣へと歩いていく。もう視界の先には、あの新選組の亡霊らが、鉢金や胴、篭手などの防具を施し、隊列を組んでこちらへと行進するのが見えていた。
「了解した、我が主」
セイバーは笑みを浮かべてそう応えると、横に立つバーサーカーを見上げた。
「よお、共同戦線だな?」
「……チッ」
「ちょっと、うちのサーヴァントはキレやすいのよ?」
そう口を挟むのは、バーサーカーのマスターであるレオポルディーネだ。
「淑女の前で、つまんない言い争いは止めなさい」
「フッ……失礼した、お嬢さん」
分かれば宜しい。と、彼女はふんすと鼻を鳴らし、それからシュウジと同じように英霊と並ぶ。そして腰に手を当てて胸を反らし、敵を限界まで見下した。
「こっちも暇じゃないのよ……バーサーカー、さっさと片付けるわよ? 佐藤さんは隠れてなさい。貴方はもう、無関係なんだから」
「ミローネさん、まだ……そうと決まった訳じゃない」
佐藤はそう言うと、揉むように義手の調子を確かめながら静かにレオポルディーネの横に付いた。
「確かめてみるよ、自分の命でね……」
「……そう。じゃ、私から離れないで」
レオポルディーネの言葉に、佐藤は頷き左手で拳を握る。
そんな様子をシュウジは横目で見て、それから正面を見据える。その脇に立つセイバーが、口を開いた。
「かくして、我ら来たれり……」
そして剣先を敵陣へと突きつけ、高々と叫ぶ。
「堂々の参上だ! 征くぞ、キャスターッ!」
「――九時、三〇分頃発生しました、事故により、全ての列車の運転を、見合わせております。運転の再開は、現在未定となっております
「………」
「………」
「――九時、三〇分頃発生しました、事故により、全ての……」
「駄目っぽいですね、これは……」
「……駄目、っぽいな」
シュウジら各陣営が集結し、キャスターとの戦いを開始した頃。読水とランサーは未だ日坂市の中心から離れられないでいた。
元より、彼らと合流しキャスターと戦う気などなかった。ケータイでこちらの動向を確認してきたシュウジには、行けたら行くという、玉虫色の返事を返してやった。
しかし、読水は出来る限り近場まで接近するつもりだった。そうして状況を確認して、千載一遇の好機というものを待つつもりだったのだ。
それが、これだ。読水は地下鉄の改札の前で舌打ちし、運行停止の文字を左から右へと流していくモニターに背を向けた。
“聖堂協会の奴ら、手が早すぎるんだよ。こっちまで動けなくさせやがった”
“意図して、ですかね?”
“分からんが、とにかく公共の交通機関は全部駄目だ”
念話でそう結論づけると、読水はランサーと共に地上へと歩いていく。
“地上に戻って、移動手段を探すぞ”
“……よろしければ、抱えて走りましょうか?”
“いや流石に目立つだろ、それ。その辺に停めているバイクでも盗むさ”
読水は階段を登り、上階であるデパートの玄関口から出て、目ぼしい移動手段を求めて夜の街を歩く。市内でテロ騒ぎが起きているにも関わらず、周囲には未だ人が多い。しかも皆、異様な興奮状態にあるように見え、読水はその様子がどうにも気に入らなかった。お陰で、路駐の車両を盗むのにも心が傷まなさそうだ。
……しかし、キャスターの方から動いたか。それもこんな早く、大掛かりに仕掛けるか。
と、私服姿のランサーと路地などを歩きながら、読水はそう心の中で舌を巻いた。
マスターを失ったキャスターか、サーヴァントを失ったアレクシアか。共に起死回生の一手を必要とする以上、このどちらかが動くとは思っていた。しかし、ウィリアム・シンがアレクシアと戦い死んだのは昨日のことだ。
おそらくは、令呪の魔力で辛くも現世に留まっているであろうキャスターだ。一分一秒も無駄にできないことは分かるが、この行動の早さとやり方は予想外であった。
……これならば、昨日の今日で負傷が癒えないアレクシアは動けないかもしれない。読水がそんなことを考えていると、突如ケータイが鳴る。
あの代行者か。と、読水は苦い顔をしながら、画面の確認もせず電話に出る。
「……何だよ、嫌味の一つでも言いたいのか?」
「……あの、読水さん……ですよね?」
「……その声」
ライダーのマスター――佐藤真波だ。画面を見れば、彼女と以前に伝えられていた電話番号が表示されている。
「無事だったのか? キャスターは? 今、どこにいる?」
「……何とか、キャスターから逃げてきまして」
歩くのを再開し、立て続けに言葉を述べる読水。その喧騒にランサーも状況に気づき色めきだちながらも、黙ってそれに続いた。
対して佐藤は疲労によるものか、反応が薄い。
「………」
「……おい、大丈夫か? とにかく合流するぞ。どこにいる?」
「はい……読水さん、今、どこですか?」
「………」
読水は赤信号によって交差点で止まり、そのまま耳を澄まして電波の向こう側の状況を探る。聴覚に意識を集中すると、途端に頭上から流れる歩行者注意の擬音が耳につく。
嫌な予感がしたからだ。
電話口の、佐藤の反応。言葉の数々。向こうからの質問。どれを取っても違和感がある。
「……ああ、もう良いですよ」
読水の疑いを他所に、彼女は素っ気ない言葉を呟いた。
「もう、見つけましたから」
その言葉は、すでに佐藤の声色ではなかった。
「マスターッ!」
ランサーが声を上げ、それと同時に読水も因果線を通じて気づく。
交差点の向こう側。対岸の人混みに紛れ、長身の女がケータイを片手にこちらを見ていた。
炎のように揺らめいた赤髪が印象的な女だ。細く長い体のラインを損なわない黒衣を纏い、その上にトレンチコートを着ている。以前会った時は右腕が肥大化、異形のものとなっていたが、それが通常のサイズへと戻っている。
み、つ、け、た。
そう、彼女――アレクシア・ブロッケンの唇がゆっくりと動き、ケータイを手元から地面へと躊躇いなく落とした。
そして、両岸を隔てていた信号が青色となる。
最早、周りのことを気にしている余裕なんてなかった。
読水は懐からリボルバーを引き抜くと、向かい側の信号機に向かって発砲。青色に光る灯器を破壊した。
一瞬遅れて悲鳴が上がり、周囲はたちまちにパニックとなった。
「走れ、ランサーッ!」
歩道も車道も関係なく逃げ去ろうとする者達をそのままアレクシアの視界を塞ぐ壁とし、読水は隣にいるランサーに向かって必要以上に大きな声で叫ぶ。
「ここじゃマズい……地下だ! 地下鉄に戻るぞっ!」
「……っ!? 承知しました!」
……聞こえたな?
と、読水は駆け出しながらも、一瞬アレクシアの方へと振り返る。
そう、ここじゃマズい。ここでは、巻き込まれる人があまりにも多すぎる。
運行されていない地下鉄のホームや路線内なら、死ぬ人間も少なく済むはずだ。
読水とランサーは反応が遅れた人々の中に飛び込み、そのまま人混みを掻き分けてデパートの玄関へ。人気のない地下鉄を目指して、遮二無二に走り出した。