Fate/reselect   作:Fate/reselect出張所

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第二話『取引と信用』

「……つまりだ、ランサー。お前は俺に、真名を明かす気はないということか?」

「いえ、その判断の為、少しだけ時間を頂きたく……」

 椅子に座る読水の前で両膝を合わせ、頭を床に付けたまま口籠るランサー。東洋人だとは思っていたが、この所作やこの言動は間違いなく日本人だろうなあ。そんな予想を脳裏によぎらせながら、読水は溜息をついた。

 事の発端は、三時間程前。セイバーと代行者から逃げ切った読水達は、聖杯戦争前に借りていたマンションの一室に逃げ込み、ようやく一息つくことができた。

 安全を確認した読水は、そこで正午まで力尽きたように眠り込んだ。そして起きるなり、警護をしていたランサーと向き合う。

「……すまん。状況が不味かったから聞く暇もなかったが、まずは真名を教えてもらえるか?」

「……え? 知らないまま呼んだんですか?」

 怪訝さ半分、驚き半分といった顔をするランサー。

 実はな。と、読水は気まずさはあったものの、これまでの経緯、元々先程戦ったセイバー、エル・シドを召喚する予定だったこと、それをあの代行者に奪われ、ランサーの触媒を魔術で探り当てたことを説明した。

「魔術で……?」

「ああ、辿跡術……サイコメトリーって言って、分かるのか」

「召喚の際、現代の知識を聖杯から与えられますので」

 そう言って、ランサーは頷く。

「そうか。と言っても、漠然としたイメージだった。蔵にあったお猪口を手にした時、お前と……天に昇る竜を見た」

 その言葉が不味かったらしい。それを聞くなり、彼女の顔は青くなり、口をつぐんでしまった。

 話を聞くに、その龍は後世に伝えられてはならないものだったらしい。真名を明かすことで、その竜と自身の関係を悟られることを恐れているのだという。

「俺達魔術師で言う、神秘の秘匿みたいなものか? 要するに俺がその情報を悪用しない男と信用できるまで、真名は明かせられないと……」

「マスターに対し、無礼とは思いますが……どうか」

「んー、なんなら令呪を使っても良いんだが……」

「嗚呼それだけは! それだけはご勘弁を!」

 冗談だよ。と告げながら、読水は自身の令呪を見る。マスターに与えられる令呪は三画。特段悪意があるような英霊には見えないし、こんな無駄遣いは避けるべきだろう。

「もういい。顔上げてくれ……もう一つ、セイバーについてだ」

「はっ」

「エル・シド……スペインの大英雄。奴と戦ってみて、どうだった」

「………」

 ランサーはゆっくりと顔を上げた。その顔は、悔しげに眉間に皺を寄せていた。

「……まともに打ち合えば、まず負けるでしょう。小細工を弄しても、逃げに回るのが精一杯です」

 面目ない。と、彼女は再び顔を伏せたが、読水はその言動を好意的に受け止め、頷いた。やはりこのサーヴァント、馬鹿じゃあない。その事実が、何より読水を安心させた。元々逃げ回ってばかりの生活だった読水には、虚勢も張らずに逃げを選べるこのサーヴァントとは相性が良いと思えたのだ。

「もう一つ……どうにも私の能力が、著しく落ちているようでして……」

「ん? 俺からの魔力が足りてないってことか」

「い、いえ! そうではなく!」

 彼女は慌てて顔を横に振った。

「というより私本来の能力が、そもそも制限されているようなのです。呪いの類ではないと思うのですが……」

 何か心当たりは? そう尋ねるランサー。読水は腕を組んで瞼を閉じ、これまでの出来事を頭の中で思い起こしてみた。幸い、家伝の魔術のお陰で記憶力には自信があるのだ。

「……あ」

「おお、何か覚えがありますか……!?」

「そう言えば、召喚の直前に触媒が真っ二つになってたな……」

「え゛っ」

「いや、おい、ちょっと待て、別に召喚に問題はなかったはず……いや、待て待て待て」

 そう弁明する読水に対し、割れたのですか、とランサーは悲しげな顔をする。

「でも、だ。でもだぞ? そもそもお前が蔵をぶち壊さなきゃなあ、触媒だって回収できたんだ」

「嗚呼……何ということを。いや、しかしマスター待って下さい、それと能力の件とは……」

「ハイ、この話やめやめ……ッ! 今さっき、連絡が入ったから……ッ!」

 と、読水は椅子から立ち上がり、ケータイを見た。

 話を逸らす作法は、昔も今も変わらぬものですね。そう言ってむくれたランサーはそっとカーテンの端を持ち上げて、外の景色を眺める。

 ……やはり、日本人だ。読水はケータイの画面を確認しながら、そんな彼女を観察していた。ならば尚更、あの時見た光景を彼女が隠そうとするのも納得がいくというものだ。幻想種の頂点とされる竜種など、そう容易く現世に現れる存在ではない。

「よし……ランサー、出かける前に言っておくぞ」

 と、読水はケータイをポケットに入れ、改めて向き直った。その様子を見て取り、ランサーも片膝をついて控える。

「あの代行者の目的は分からないが、今後も俺達を狙ってくるはずだ」

「はっ」

「だが勝てない以上、俺達は逃げに徹するしかない。お前のランサーとしてのプライドを傷つけるかもしれないが、ここは堪えろ」

 これは言うべきか、どうか。一度読水は次の言葉を続けるべきか迷ったが、今しっかりと言うべきと、こう続けた。

「潔く戦って死のうなんて思うな。とにかく生き続けることを考えろ」

「……分かりました」

 その言葉を黙って聞いていたランサーは顔を上げ、ニッと笑みを浮かべた。

「……私は、良きマスターに恵まれました」

 そう顔をほころばせると、顔を伏せて言った。

「今は名も名乗れぬ身ながら、お誓い致します……我が主は貴方であり、私は貴方の守護者たらんことを、ここに」

 その言葉を聞き受けた読水は、頷いた。

「分かった。じゃあ、出かけるぞ」

「マスター、どちらへ向かうのですか?」

「買い物だ」

「買い物……ほう?」

 首を傾げるランサーを笑い、読水はテーブルに置いていた拳銃をガンホルダーに納め、上着を着た。

「そう、アダムに会う……ついでに、お前の服も買わないとな」

 

 

 

シュウジは、日坂市郊外を歩いていた。肌を切りつけるような風の中に、他の人の気配はない。

 しかし無論、一人ではない。シュウジは念話で、霊体化しているセイバーに確認する。

“セイバー”

“問題なしだ、マスター……前方のアーチャー以外な”

 そうか。と、シュウジは深呼吸し、前方を見据えた。まだ遠いが、目的の洋館……鏡宮の邸宅は、既に見えている。

 古い邸宅が、充分な間を空けて建てられている付近の環境は逃げ場がない。アーチャーにとっては、自分を狙うことなど容易いだろう。

 昨夜、傍観していたアーチャーに交渉を持ちかけたところ、現在向かう先の鏡宮邸を交渉場所に指定された。

 鏡宮悟という魔術師のことは、ここに来る前に調べはつけてある。この日坂市の有力者であり、この亜種聖杯戦争の開催者。ならばシュウジが持ちかける交渉を、無視はできないはずだ。しかし……。

“頼んだぞ、セイバー。流石に英霊と張り合う自信はない”

“ああ……しかし、かの代行者様が随分と弱気だな”

“当然……見たか? あの自信に満ちた顔”

“おうとも、あのニヤケ面、余程自信があるのだろうなあ”

 虚勢でなければ良いがな。そう言ってセイバーは苦笑し。

“あのランサーとは対象的だな。彼奴は驕りも、卑下することもしない。自分の実力を、そのままに理解していた”

“……そのランサーだが”

 と、シュウジはセイバーに切り出した。

“終始圧倒していたように見えたが、何か感じるものはあったか? 真名が分かる切っ掛けでもあれば、尚のこと良いんだが”

“……そうだな”

 と、セイバーは声を潜め、記憶に言葉を浸すように切れ切れに話し始めた。

“俺より弱く、遅く、だが討ち取れなかった……勘は良いな、それに女だてらに槍の腕は騎士顔負けだ”

 サムライのようだったしな。と、セイバーは面白そうに加え、言葉を繋げていく。

“厄介なのは二つ。あの槍の技巧と、奴が小細工と呼んでいた、物を宙に浮かせて飛来させるアレだ”

 アレか。と、シュウジは顔をしかめる。

 正面から勝てないとみるや、ランサーが使い始めた能力。修験道のように右手で印を結んでいたが、ただの魔術には見えなかった。恐らく固有のスキルか、宝具なのだろう。

“セイバー、でもアレは……”

“フフ……そう、片手になる”

 その通りだとも。セイバーの声に、笑いがこもっている。それは弱点を看破している喜びか、マスターである自分がそれを見抜いていたのを喜んでのことか、シュウジには分からなかった。

“あの術を行うには、槍から片手を離さなければならない。つまり槍とあの不可思議な技は両立しない……で、あるなら、対応するは容易い。次は討ち取れるさ”

 そう言って笑うセイバー。それに対し、なるほどな、とシュウジは口元に笑みを浮かべた。

“スペインの大英雄、エル・シド。戦場の勇者と呼ばれた貴方の実力は、やはり本物だ。”

“だが今はただのサーヴァント、お前の使い魔に過ぎない。それに……”

 俺は英雄じゃあなかった。と、セイバーは自嘲したように言った。

“……どういう意味だ?”

“お前も神に仕える剣だ。直に分かる”

 そら、そろそろ目的地だ。セイバーはそう話を濁しながら、再度ランサーとの戦いを思い起こしていく。

 マスターであるシュウジは言わなかったこと、言えなかったことがある。槍とアレ、二つの厄介を扱うランサーの、もう一つの厄介。それは塀まで蹴りつけた直後に見せた、あの不気味な激情だ。

 怯むべき時に怯まず、場の流れを崩す狂乱。本来であれば取るに足らない、女ならではの直情などと片付ければ良い。しかしあのランサーの激情の中には、反撃を躱すだけの理性も、勘も、技量も残っている。だからこそ厄介なのだ。

 この国で侍、武士と呼ばれた連中の存在は、聖杯に与えられた知識で掴んでいる。もはやこれまでと、起死回生の一撃を試みる、あるいは自ら腹を切る……彼女からは、そんな潔さを感じない。

 彼女からは見られるのは、むしろその逆。命を捨てるのではなく、命を拾う為に破滅の淵まで身を躍らせてチャンスを掴む。そんな危うさをモノにしている。

 ひょっとしたら、武士ですらなかったのかもしれないな。そうセイバーは思い、彼女について結論をつけるのを控えた。彼女をただ能力だけで計ると、あの激情に食われかねない。

 今はランサーの真逆と評した、アーチャーの狩場の前だ。この若いマスターを守る為、警戒しなければならない。セイバーは改めて身を引き締めた。

 

 

 

 鏡宮の邸宅は、古い洋館であった。

 鉄柵で設けられた門を通ると、洋館との間に庭園が広がっていた。庭園はひどく澄んだ円状の池が中心になっており、名は分からないが、色彩豊かな花々の合間にミントが生えていた。またここからでは見にくいが、洋館の横には小さな温室も見える。あちらはきっと、魔術師として必要な野草等を栽培しているのだろう。

 洋館はフィレンツェで見た建物とは様式が異なるように見えるが、相応に古いものに見える。こうして洋館などを見ると、十年近くフィレンツェに滞在していたのに何も学んでいなかったのだと悔やまれる。

 洋館の基礎は庭から一段高い位置に建てられており、アーチャーが柵越しにこちらを見下ろしていた。シュウジはアーチャーから視線を外さずに庭園を通り。

「約束通りに来た……そちらに行っても?」

 その問いにアーチャーは、どうぞ、と言うように片手を挙げた。シュウジは頷き左右に広がる階段を登り、洋館の玄関前に到着する。

「マスターは館内か?」

「そうだ。だが、セイバーはここに居てもらおうか」

 と、アーチャーは口端を上げて言った。

「安心しろ、館に罠はない」

「どうかな……?」

 シュウジはそう呟きながら、念話でセイバーを呼びかける。

“セイバー、どう考える?”

“魔術師という奴は、昔も今も信用できん。連中の工房ともなれば、尚更のことだ”

“それでも、今ここで引き下がる訳にはいかない。虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ”

“急いで結婚すればゆっくりと後悔が募る、と俺の国では言うがな”

“……それでも妻を愛するが、君達スペイン人だろう?”

 勿論だとも。そう言ってスペインの国民的英雄は、シュウジの横で実体化した。

「ここでお前と待っていれば良いのか? アーチャー」

 セイバーが悠然と笑みを浮かべて問うと、アーチャーは頷き。

「俺のマスターは、入って正面の応接間で待っている」

 とのことだ。そう言ってセイバーは、どうぞ、と先程のアーチャーのように片手を挙げる。

 シュウジはその仕草に溜息をつき、二人が下らない喧嘩を起こさぬよう祈りながら洋館に入っていった。

 洋館内の落ち着いた雰囲気の調度品に目をやりながら、それでも警戒を怠ることなくシュウジは応接間に入った。

 鏡宮は対面するソファーに腰掛け、組んだ両手の上に顎を乗せていた。シュウジが見た感じだと、五十半ばの中年の男だ。深いほうれい線や疲れたような顔付きは年相応のものだが、入室したシュウジを見上げたその目は、身を包んでいる黒のタートルネックと相まってカラスのような不気味な印象を与えた。

「自己紹介の必要はないだろう……少し玄関口で揉めていたようだね。気に障ったのなら申し訳ない。あれは少々、人を食ったような性格をしているから……」

 立ち尽くすシュウジに鏡宮は低い声でそう言い、立ち上がり歓迎するように両腕を広げた。

「さあ、中に……それで代行者殿、私に何か話したいことがあると聞いているが……?」

「ええ」

 シュウジは頷き、鏡宮に招かれるままにソファーの手前まで歩み出る。

「長居するつもりはないので、こうして話させて頂く。鏡宮さん、私がこうして貴方の前に立ったのは、貴方とはこの聖杯戦争で何も争う必要はないと判断した為です」

 鏡宮はその言葉を聞き、先程座っていたソファーに座り直した。

「……続けて」

「私はただ、代行者として追わなければならない者がこの聖杯戦争に参加している為、このセイバーを召喚し、この聖杯戦争にマスターとして参加しましたに過ぎません」

「聖堂教会がそちらの事情で、聖杯戦争の参加者を排除すると?」

 おかしいなと言いたげに鏡宮はソファーの背に上半身を預け、笑った。

「聖堂教会には、既に話は通しているはずだ。なのに君達は、私が開催しているこの聖杯戦争に横槍を入れると……?」

 シュウジは黙って腕を挙げ、令呪を示した。

「私も参加者だ。マスターが他のマスターと争うのは、何もおかしくはないはずだ」

「……なるほど。つまり、そのお尋ね者の中に私が入っていないから、君と同盟を結べと?」

「貴方に助力を求めている訳ではない。ただ、我々の邪魔をしないだけで良い」

「互いに不干渉であれば良いと言うことか。こちらにとっては、競う相手が減るだけで不都合はないと」

「目的さえ果たせば、セイバーは令呪で自害させる。そちらには何の不利益はないだろう」

「……ふむ」

 鏡宮は顔を伏せて熟考し、やがて顔を上げて言った。

「ちなみに、君が狙う者の名は?」

「言う必要はないはずだ。もし貴方がその目的の相手と戦っていた途中であっても、こちらの登場に合わせて退けば良い」

「協定を結んでいると、他の参加者に勘ぐられないかな?」

「最優のセイバーを前に退いたとして、違和感があるとも思えない」

 結構だ。と、鏡宮は両手をポンと合わせた。

「受けよう、その不戦協定。ただし条件として、君は他の者とはこの協定を結ばず、また口外しない……それでどうだね?」

 シュウジは鏡宮の条件を聞き、少しの間その意図について考えたが。

「分かった」

 シュウジは鏡宮の条件を承諾することにした。既に監督者であるマリオから、正式な聖杯戦争の開催が宣言されたと連絡を受けている為、他のマスターと接触する予定はなかった。

「ありがとう……口頭だけでの協定だ、確認しておこうか」

 鏡宮はそう言うとソファーから立ち上がり、指で数えながら協定内容を唱え始める。

「一、君と私は戦わない。二、君が私の前に現れた時はこちらが身を引く。三、君は目的を果たし次第令呪でサーヴァントを自害させる。四、君はこの協定を他のマスターと結ばず、また誰にも口外しない……間違いないね」

 ああ。と、シュウジは頷き。

「じゃあ、私はこれで……そろそろ戻らないと、サーヴァント達が勝手に協定を破りかねない」

 そう言ってシュウジは頭を下げ、退出した。その背に、鏡宮のカラスのような視線を感じながら。

 

 

 

 無印良品の店に向かうと、ランサーは霊体のまま手早く読水に買うものを指定してきた。

 チェックのシャツに、スキニーパンツ。スニーカーを履き、出来ればこれもとベースボールキャップもねだってきた。

「……すげえな」

 女性用の衣服を一式買うことに結構な抵抗があった読水だが、着替えてきたランサーを見て、思わずそう呟いた。

「聖杯から与えられる知識には、現代のファッションセンスも含まれるのか?」

「流石にそこまでは……これは道行く女性らの格好を見て学んだのです。季節の割には、少々薄着かも知れませんが……」

 似合いますか? と笑うランサーに、読水は頬を掻く。

「少なくとも、昔の人間とは思われないだろうな」

「それは良かった」

「そんなお前に朗報だ」

 持ちましょうか。と、気を良くして読水の持つアタッシュケースに手を伸ばしたランサーを払いつつ、読水は河川敷を進む。

「これから会うアダムに、もう少し服のバリエーションを増やして貰おうと思う。ここからは、ひたすら逃げ隠れする訳だからな」

「なるほど、承知しました。その、アダムという男はどのような者なのでしょうか?」

「……さあ? 俺も本人には直接会ったことない」

「……ど、どういう意味でしょうか?」

 直ぐに分かる。そう言って読水は、川沿いに建てられた小さな町工場の看板と、手にしたケータイの画面を交互に見る。

「ここだな」

 読水は確認すると、工場へと入っていく。ランサーも訝しげに、それに続いた。

 取引相手のアダムは既に、工場にあったパイプ椅子に腰掛け読水達を待っていた。その姿を見て、ランサーの顔は更に怪訝なものになった。アダムは、人ではなかったのだ。

 厳密には、アダムは人の形をしている。バイクに乗っている訳でもないのにライディングウェアに身を包み、フルフェイスヘルメットを付けている。しかし、それも当然、その衣服の中には人ならざる人形が入っていることを、ランサーは感じ取っていた。

「……マスター」

「ゴーレム……カバラの術で作る土塊人形だ。あれが姿を見せないアダムの、交渉の窓口ってだけだよ」

 読水は呆気からんと言うと、周りをキョロキョロと見渡しながらそのゴーレムに近づく。

「ここの工場の人間は?」

「暗示をかけている。問題はないよ」

 と、ゴーレム――アダムはフルフェイス越しのくぐもった声で言った。その声は以外にも、女性のものだった。

「しかし、良くもまあ……こんなアジアの片隅にまで出張させたもんだ。お蔭で密輸ルートを開拓するだけで幾ら掛かったと思ってる?」

「愚痴を聞きに来たんじゃあないぞ、アダム。頼んだ品は?」

 アダムは首を回し、傍にあった作業台……より正確には、作業台の上の木箱を見た。

 読水は警戒しといてくれ、とランサーに伝え、木箱を開け、その中身――銃弾が入ったケースや薬品を確認しては自分のアタッシュケースに放り込んでいく。

「連絡した、強化使いを倒せる拳銃は……?」

「底にあるだろう」

「これか」

 と、読水は木箱からガチャガチャとケースを引っ張り出し、開けた。

「……拳銃って、言ったんだけど」

「……マグナム弾で殺せない魔術師に対して、何で拳銃で戦うんだ。小銃(カービン)を使え、小銃を」

「だから嫌だって、前々から言ってるだろ」

 そう口を尖らせてケースを戻す読水に、アダムはまるで人間のように嘆息した。

「お前は慕う師を間違えたよ……そうリボルバーに拘ったところでお前じゃあ、あいつのようには成れないんだぞ?」

「……うるせえよ」

 そう呟く読水に、仕方ないな、とでも言うようにアダムは肩をすくめた。

「一応、そう言うと思ってマグナム弾を三点バーストで撃てるゲテモノ自動拳銃も……」

「ざけんな」

 読水はそう毒づくと、木箱にあった残りの物をアタッシュケースに流し込む。

「アダム、支払いはまだ先払い分で足りてるか?」

「十二分にな」

「なら、また頼まれてくれ。そこの奴の服を何点か、頼む」

 読水の言葉に、グリッとアダムの首がランサーの方に向けられる。その不気味さに、ランサーは思わず飛び上がりそうになった。

「……これが例のサーヴァントか。思ったより、可愛いじゃあないか」

「黙れアダム。もう一つ、少々危険だが……良いか」

「一流の私を心配するなんて、偉くなったね半人前の運び屋」

 黙って聞こうじゃあないか。そう笑うアダムに、本当に嫌な奴だよ、と読水はイライラと目頭と抑える。

「この日坂市に潜伏する魔術師を、可能な限り調べてほしい」

「聖杯戦争に参加している奴と、それに協力してそうな連中をって話だろう? 結構な重労働だ」

 高いぞ。とアダムは脅すが。

「構わない……と言っても、あんたが捕まったら元も子もないから、無理する必要は……」

「……一流の私を心配するなんて」

「だからそれはもう良いって!」

 怒鳴る読水を、カカカと笑ってアダムは両手を挙げた。

「今現在分かってるのは、もう何年もこの地に根ざしていた魔術師だけだ」

 そう言って、アダムはヘルメットの隙間に手を入れて紙切れを引き出し、読水に向かって差し出した。

「鏡宮と、ミローネ……そして、お前だ。読水」

「……どうも」

 読水はその紙を引ったくり、踵を返した。

「行くぞランサー……アダム、あんたも隠れた方が良い。もうすぐ、日が暮れるぞ」

「そっちこそ気を付け給えよ、青年……っと、そこの」

「は、はい……!」

 アダムに急に呼び掛けられ、読水の後を追おうとしていたランサーは、パッとその土塊人形の方へ向き直った。

「………」

 アダムはそんなランサーをじっと見ていたが、やがてグッとサムズアップをしてみせた。

 妙な魔術師だが、言いたいことは理解できた。

 ランサーは、アダムに深々と頭を下げ、読水の後を追った。

 

 

 

 日坂市で最も賑やかな駅前で、一人の女子高生がケータイを片手に、どこへ向かうでもなく立っていた。

 背の高い女だ。一七〇センチを超える背丈に、スポーツでもやっているのか、妙に体格が良い。しかしどこかボンヤリとした雰囲気のある彼女は、学校帰りに友人と遊び、そして先程別れた。

 駅前で彼女は、ボブカットにしてある、ボリュームのある癖毛の毛先を気にしながらケータイを弄っている。その画面には、ある百科事典に書かれた人物の伝説が映っていた。

“ねえ。調べてみたけど、やっぱり貴方有名じゃなくない?”

 念話である。彼女の言葉に、一人の男が応えた。

“そんなはずはないんだがなあ。本当にちゃんと調べてる? 色々書いてあんだろ? 俺の武勇伝”

“えー……何か、貴方の周りが凄いだけ、みたいな”

“え、酷くね?”

 彼女はそんな彼の反応に笑っていたが、ふと時刻を見ると、日が落ちようとしている西の空を見上げた。

“ねえ、そろそろだよね……?”

“ああ。そろそろ気を引き締めてくれよ。魔術師って奴らは、お嬢ちゃん相手でも容赦しないからな”

 そっか。と、彼女はケータイを鞄に入れ、ググッと背伸びをする。

“んん……じゃあ、そろそろ行こうか……イオラオス”

 

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