Fate/reselect   作:Fate/reselect出張所

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第三十二話『盾の矜持』

第三十二話『盾の矜持』

 

 

 

 逢魔ヶ時。

「………ッ! ぐっ……ゲハ……ッ!」

 骨の芯から、水気を帯びた炎が熾こっている。

 骨に纏わりついた肉から、何かが炙り出されている。

 生きる為に必要な体液が、限界まで絞り出されていく。

 どこにでもある住宅街。

 どこにでもある一軒家。

 そこで、何か得体の知れないモノが生まれようとしていた。

 昨夜、ウィリアム・シンとの決着をつけたアレクシアは、場当たり的に決めた一軒家の一つに侵入し、隠れ家とした。

「………ッ!!」

 この変化が起こったのは、ここに身を潜めてからどれくらいの時間が過ぎてのことだったか。

 体内を満たしていた万能感、肉体に潜んでいた力の源。

 それらが一斉にアレクシア・ブロッケンという人間に牙を向き、彼女の全存在を蝕んでいた。

 洗面台の前で、アレクシアはかれこれ三時間は呻き、肢体を震わせていた。

「………ゲボッ」

 この苦しみの原因、アレクシアは察していた。

 封印指定された“時計塔”の魔術師――ウィリアム・シン。

 彼との戦闘は苛烈を極め、多くの損傷をアレクシアに残した。

 そして同時に、彼はアレクシアが狙っていた令呪――アレクシアと融合しつつある異形を支える上で必要な魔力源を守り切った。

 戦闘で失った魔力。そして幾多のダメージを癒やすのに絞り出されていく魔力――アレクシアの体内は、完全に魔力の枯渇状態にあった。

 右手に残された一画の令呪、今ここで使う訳にはいかない。異形は、肉体の外側から魔力を補充しようと藻掻き、その藻掻きは飢えとしてアレクシアを襲った。

 この家屋に住んでいた“肉”、取るに足らぬ三人ほどの魔力をアレクシアは食らったが、しかし、そんなものではまるで足りない。

 故に異形は、肉体の内側までも食らい始めた。

 食らうは先ほどのものよりずっと上等な、甘美な、魔女の血肉。

 元は別の存在とは言え、アレクシアは融合した異形――己自身に食い殺されようとしていたのだ。

「くくっ……自食作用、と言ったかしら……?」

 飢餓状態に陥った細胞が、自身の生存に必要なタンパク質を分解することで生命活動に必要なエネルギーを作り出す。一個体の生命を賭けエネルギーを生み出すという、文字通り命がけの行為だ。

 そして、もう一つ。

 自食作用には、重要な役割がある。

「……分かる、食い潰しているのを感じる。お前のこれまでが……私の、記憶を……!」

 アレクシアの脳裏に、見知らぬ光景が走馬灯のように浮かんでは消えていく。

「ビースト……人理、焼却……」

 自食作用にはエネルギーを得ると同時に、古くなった細胞を栄養源に新しい細胞を生み出す役割も担っている。

 そう、アレクシアと体内に潜む異形――二つで一つであるこの個体は、新しい境地へと至ろうとしていた。

 残る問題は、それまでこの肉体が持つか。

 そして、その主導権は誰が握るかだ。

「そうか……分かってきた」

 お前が、この肉体を奪おうとしている理由。

 この世界を焼かんとしている理由。

 人間が不完全ながらも歩んできた歴史を否定し、零から正そうとする人智を超えた所業。

 それは、アレクシア・ブロッケンが受け入れるには大きすぎる怒りであり。

 それは、一人の人間の心を砕くには充分すぎる憐れみであった。

 だが……。

 

「負け犬が……なんて、虫唾が走る遺志だ」

 

 彼女の心は内側に入り込むそれを、真っ向から否定した。

「良く聞け……この人外の、化け物が……!」

 アレクシアは目の前にあった鏡に手を置き、自身の顔を睨む。垂れ下がった赤髪の合間から覗く、既に人非ざる妖光を帯びたその瞳を、人間であるアレクシアは睨む。

「不完全であるが為に、人は苦しむ。だがこの苦しみは、私達だけの苦しみ……私達だけの、未来へと繋ぐ渇きだ」

「………」

「お前の憐憫などいらない。人類は、この渇きによって強くなる……ッ!」

「………!」

 次元を超えて注ぎ込まれる膨大な情報に飲み込まれながらも、アレクシアの脳裏にはある光景が焼き付いたまま残っていた。

 それは十九年前――ルーマニアの空に見た、幻想的なあの光景(エンディング)

 幼き頃に恋焦がれていた邪悪な竜が、人類の夢を抱えて飛び去っていく。あの最後を、仲間に裏切られ黒海を漂っていた彼女は見た。

 置いていけ。と、若き頃の魔女は叫んで手を伸ばした。

 当然、声も手も、届きはしなかった。

 しかし届かなかったからこそ渇望し、いずれはと、宙を目指すのだ。

 そしてアレクシアは、その渇望を満たす為には手段を選ばない。

 だから。と、アレクシアは目の前の異形を睨みながら頬を釣り上げる。力無く鏡に添えられていた手は血管が浮き出るほどに脈動しており、その指先は鏡面にヒビを入れていた。

「搾り取らせて貰う……ッ! 醜く飛散したお前の残り滓、全てを喰らって私は……私が、アレを手に入れるッ!!」

 

 

 

 駅前の人混み。

 所々で報じられるテロで沸き立つ異様な熱気。

 その中で、銃声は大きく響き渡り。その事実は、弾発的に上がる悲鳴によって速やかに広まり、小波のように揺れて震え、やがて事実以上の大渦となる。

 読水が引いた銃弾は、瞬く間に駅前の大通りを大混乱へと引きずり込んだ。

「地下鉄だ! 行くぞ、ランサーッ!」

 周囲の混乱に負けぬように叫び、人混みを掻き分けて読水は地下鉄に通じるデパートへと走る。その後ろをランサーが、読水の盾になるよう後方を気にしながら追う。

 周囲の通行人は、読水が事の発端である銃声を放った張本人であることを認知していない。読水達は既に発砲した交差点から五〇メートルも移動している、周囲の人間は銃声ではなく波のように迫った混乱に恐怖し、さらなる混乱を生んでいるに過ぎない。

 デパートの中へと入り込めた。

 地下鉄への道は、ロビーを直進し飲食品を扱った区画を横切った先だ。しかしこの辺りの人間は未だ現状が分からず逃げて来た人々を好奇に満ちた目で見ていたり、ケータイを構えてカメラで現状を撮影していたりしている。

「……チッ」

 ウザったい。と、読水は拳銃を見せつけるように上げてみせ、そのまま天井に向かって発砲。ほんの数秒後には、読水を中心に新たな混乱が広がっていた。

 パニックに陥った人間の反応は様々だ。周囲に視線を巡らせその場に留まる者、周囲の頼れる何かに縋る者、ただただ大声で叫ぶ者、混乱のない地点目掛け走る者……読水は運び屋としてこうした環境を利用し、幾度も敵から逃げ切ってみせた。英雄だろうが極悪人だろうが、この混乱から特定の人物を追うのは難しい。

 そう、だから、ゆっくり来い。目的地は伝えているんだから。

 読水はそう嘯きながらロビーを小走りで走り、こちらへと歩み寄っているであろうアレクシア・ブロッケンを思う。

 運行が停止している現在の地下鉄なら、この戦いに巻き込まれる人は最小限に抑えられる。アレクシアを振り切るのは、その後でも良い。そう、読水は考えていた。

 しかし……それは思い上がりに過ぎないことが直後、分かった。

 後方から紫色の光が瞬く、直後、音と風が読水の背中を打ち、さらに店内の奥へと突き抜けていった。

「おわっ……」

 思わず声が溢れ、体を折って身を縮める読水。そのままの覚束ない足取りで、彼は横に逸れ商品棚の方へと身を隠した。

 何があったか。商品棚を背に、振り返ってみれば、既に破片などから守ってくれたのであろうランサーが通路を仁王立ちしており、その向こうには、先ほどいた出入り口が魔力によって吹き飛ばされているのが見えた。自動ドアの外枠が内側へと圧し折れており、そして床には、あの爆発に巻き込まれたのだろう。正面玄関から読水から逃げようとしていた数人が砕けたガラスと共に転がっている。

「………ッ」

 劇的な破壊の光景に体を硬直させる読水。その目に、地に伏したまま呻く彼らの姿が映る。その体には、幾つものガラス片が突き刺さっていた。

「……あの、野郎ッ!」

 躊躇なく、ブッ放しやがった。

 読水の首筋から頭にかけて、ドクドクと熱いものが込み上がってくる。それに比例し、読水の硬直していた体が解されていくのを感じる。

“マスター、あいつが来ます!”

 ランサーからの、因果線(ライン)での警告。読水はハッとし、玄関口を睨む。

 アレクシアだ。破壊された石膏の破片で煙る正面から、不敵な笑みを浮かべてデパート内部へと入ってきた。

「読水竜也……運び屋、か」

 実に良い物を運んできた。と、アレクシアは呟き笑う。

「……アレクシアッ! てめえ! これだけの事をやっておいて、どうなるか分かってるのかッ!?」

「今更だろう? 運び屋」

 彼女はそう嘲るとズイっと前へと踏み入るが、そこでランサーが十字槍を実体化させ、中段に構える。アレクシアは最初、その槍に気圧されるように歩みを止めたが。

「……今更だ」

 そう改めて告げると、グッと身を沈める。

 そして、一息にランサーへと飛び掛かった。

 その迫力に目を見張るが、肉薄するアレクシアにランサーは対応。戦国時代以前の槍兵がそうしてきたように、槍先を敵に突きつけ片膝立ちになり、迎え撃つ。

 しかし、アレクシアの突進は騎兵の突進以上の突破力があった。両者は激突するや否や、ランサーは呆気なく横へと跳ね飛ばされる。

 槍を取り落し、床を転がるランサー。そんな姿を見つけると、アレクシアは息をつく間も与えずにランサーへと向かう。

 両手を床につけ、ガバっと顔を上げるランサー。そこへ、アレクシアは躊躇なく頭上から貫手を打ち込む。

 それに対しランサーは、四足の体勢を起こしながら自らアレクシアへと飛び込む。

 ランサーが腕でアレクシアの貫手を受け流し、アレクシアの懐へと潜り込んだ。その瞬間だった。

「シィえいっ!」

 気合の掛け声と共にランサーが身を翻したかと思えば、アレクシアの上半身が彼女の頭上を乗り越え、両足が天井へと跳ね上がった。そして、アレクシアの長身がランサーの真下へと引き落とされる。

 柔道の、背負落という投げ技だ。現代でも使われている技だが、武に疎い読水には、実戦で使われるそれが超人的な技法のようにしか見えない。

「………ッ」

 受け身すら取れず、まともに背中を打ちつけたアレクシア。しかし、その笑みは未だ崩れてはいない。それを確認し、ランサーは素早く立ち上がるとバックステップで距離を取り、印を結んで槍を回収し身構える。

「……楽しませてくれる」

 目を血走らせて、後頭部に手をやりながら凶悪な笑みを浮かべるアレクシア。ランサーはそんな彼女を前に、どっしりと槍を構え呼吸を整えていく。

 再び、アレクシアが獣のようにランサーへと迫り、その凶手を奮う。

 ランサーはアレクシアの攻撃を槍の穂先で受け流し、槍の柄を両手で操作――柄を器用に使って前へ前へと迫るアレクシアの体を引っ掛け、立ち位置をくるりと入れ替えた。

 思わぬ絡め手に体勢を崩し、アレクシアはそのまま数歩ふらつき、壁に両手を突いてしまう。ランサーは歩法で素早くそんな彼女の背後に付き、槍を中段に構え……そして、振り返ったアレクシアを滅多突きにした。

 そう、ランサーにはこれがある。読水は思わず拳を握る。

 戦場の勇者と評されたセイバーと戦った。

 人間であるかさえ分からぬアサシンとも戦った。

 古の巨人のような力を持つバーサーカーとも戦った。

 いずれも、ランサーや読水の常識を超えた能力を持った、正に英霊であった。対し、ランサーの槍は地に足の着いた術技によって裏打ちされている。

 故に、異形と化したアレクシア相手でも揺るがない。じゃんけんのような相性がないが為に、絶対的不利には決して陥らない。

「フッ……!」

 小さく呼気を吐き、槍を打ち込むランサー。

 喉、心臓、肺、肝臓、大腿部。

 人体の活動を停止させる上では一撃で事足りるそれらの急所、しかしそれでは最早この怪物は止まらない。

 故に、八つ裂きにし徹底的に破壊する。

 ランサーは腰を据え、槍を奮ってアレクシアの体を潰しにかかった。

 それは、まさに電動式ガトリングによる制圧射撃のようであった。

 本来ならば、一瞬で肉塊となる高速の連撃。

 だが、アレクシアの身体はそれに耐え、あまつさえその速度に対応した。

 一本の槍を音速に近い速度で突き、手元に引き、また突き込むランサーの乱れ突き。

 その槍の引き際に合わせ、ズタズタになった顔に笑みを浮かべてアレクシアはランサーへと迫った。

 ボールでも投げるような、アレクシアの大振りの一打。ランサーは身を反らしてその殴打を辛くも躱す。

 続く二打目、三打目と、アレクシアはテレフォンパンチを間なく繰り出す。その度にランサーはそれらを掻い潜り、その度にデパート内に陳列された商品の数々が舞い飛び、棚が音を立てて倒れる。

 そうしてランサーとアレクシアは、本格的な乱撃戦を繰り広げていく。

「………っ」

 読水は商品棚から身を乗り出し、その戦いを見守っていた。この様子じゃあ援護は愚か、ランサーと地下鉄に逃げ込むのは困難だ。

 周囲にはもう人気もない。ここで戦っても他に被害が及ぶことはないが、ここでは読水が考えていた作戦は実行できない。

 どう手を打つべきか。と、読水は背を棚に預け天井を仰いだが、そこで、ふと近くに転がっていたモノに気がつく。

 それは、人間の左腕だった。

「………」

 皮膚の張りから察するにまだ若い者の腕のようだ。その人差し指の付け根にはタコができておりヒビ割れた皮膚が幾つも重ねられていた。

 読水にはそれが、この腕が作り物でない、名も知らぬその誰かが確かに生きてきた証にも見えた。

 その腕の主は、きっと先ほどの爆発で腕を飛ばされたのだろう。積み重ねてきた過去の一つを地面へと落とし、未来は奪われた。

 あいつが、奪ったのだ。

 佐藤真波――彼女の時のように。

 許されるべきことではない……否。

「……許して、溜まるか」

 読水はそう呟くと左手で握った鞄を地面に置き、がばっとそれを開いた。

 

 

 

 同時刻。

 キャスターを止めるべく高速道に集った面々は、キャスターが作り出した新選組の亡霊と戦闘を繰り広げていた。

 しかし、それは一方的な蹂躙に他ならなかった。

 銃列の一斉射撃を受けながら前進し、後退し遅れた隊士達を蹴散らしていくバーサーカー。

 一斉に斬り掛かってくる隊士達を、横薙ぎ一閃でまとめて斬り伏せてしまうセイバー。

 英霊二騎を中心に、前線は膠着することなく押し上げられていく。

「圧巻ね」

 そんな光景を目にし、その後方で『人払いのルーン』を刻んでいたレオポルディーネは、腰に手を当て溜息をつく。

「そろそろ前に出るわよ。佐藤さん、警戒をお願い」

 そう言って彼女は愛車――フィアット500Cへと乗り込む。彼女の隣にいた佐藤は、言われた通りにこちらへと迫る敵がいないかを確認していたが。

「……ミローネさん、もう車は置いていって良いんじゃないですか?」

 と、口にできていなかった疑問を、ここでようやくレオポルディーネにぶつける。

 戦いが始まって十数分、幾度も前線が進み、彼女はその度に車を前へと移動させていたのだ。

「このまま移動する度に車に乗るの、面倒じゃありません?」

「佐藤さん、言いたいことは分かるけど、そうやって面倒を嫌って物事を簡単にしては、いざって時に備えていたものは使えないわ。それに……」

「それに?」

「大切なものは傍に置いておかなきゃ。愛車を壊されちゃ、堪らないわ」

「………」

 どうやら戦術的な価値以前の、個人的な拘りらしい。論破しようもない。

 呆気に取られている佐藤。しかし隊士が足元まで転がってき、それに驚いて飛び下がることで正気を取り戻した。

「油断しないよう。彼らであっても、この数を全部相手にはできない」

 と、そう言うのはセイバーのマスター、シュウジ・アルバーニだ。彼はどうやら手にしている直剣――黒鍵を投擲し、佐藤に斬り掛かろうとした隊士を倒したらしい。

「あ、ありがとうございます……」

「……それにしても、少し妙ですね」

 シュウジはそう話題を変えると、前線の方を見る。そして腕を撓らせて黒鍵を投げ、複数の隊士を消滅させてしまう。

「こちらと一戦交える気でいたキャスターが、サーヴァント相手にただ数に物を言わせて戦っている……本人も来ていない」

「まだ、何かある?」

「そう考えるのが妥当でしょう。だからこそ、気をつけてください」

 

 

 

 シュウジの予想は、的中していた。

「出てこいよ、キャスター!」

 隊士の胸ぐらを掴んで自動車の天部へと叩きつけたバーサーカーは、そう息巻いた。

「こんなんじゃ夜が明けちまうぜ! いい加減隠者の仮面を外し、その首、俺の前に晒してみせろ!」

 天に吠えるバーサーカーを取り巻き、攻め入れないでいる隊士。しかし彼らの円の後方から、一人の剣士がバーサーカーへと歩み寄り、隊士達は道を譲るように左右へと割れていった。剣士はそうしてバーサーカーへと近づきながら、徐々に歩を早めていく。

「ヘッ、今度の奴は手応えのあ……おわっ!?」

 調子づいていたバーサーカーだが、その言葉を最後まで言い切ることはなかった。

 加速し、地面を蹴って飛び込んでくるその剣士が、弾丸のような速度で突きを放ってきたからだ。

 咄嗟に地面を蹴って、突きを躱すバーサーカー。剣士が放った突きは車に当たる。その衝撃は凄まじく、既に天部がへしゃげていた車は横までくの字に曲げ、う裏返しになってしまう。

 ――左片手一本突き。

 その技の意味するところをバーサーカーは知らぬが、その剣士が他の隊士とは比較にならない使い手であることを、その一撃で理解した。

「……面白え!」

 バーサーカーはそう叫ぶと、手にしていた斧を両手に持ち直し、体を上下させリズムを取り始めた。

 一方、セイバーもまたこれまでの隊士とは一線を画す存在と会敵していた。

 二合目、三合目と、セイバーのロングソードと隊士の日本刀が打ち合わさり、火花が散る。セイバーと切り結ぶ隊士の両手には大小がそれぞれ握られていた――二刀流だ。

 これまでの隊士達は、全て一撃で屠ってきたが、この大柄な隊士は三合目も斬り合ってみせた。

 その技量に敬意を抱くも、それでもセイバーは容赦なく攻めた。難攻不落な二刀の守りを突破し、隊士の横を飛び抜け胴を払う。

 しかし、隊士は倒れない。隊服から切られた鎖帷子の一部を落としながら、ギリギリと身を反らしてセイバーへと振り返る。

「……ほう」

 その様に、セイバーの口端が上がる。

 横一文字に剣を切り払い、敵が二つと割れなかったのはいつ以来だったか。セイバーは改めて敬意を剣にて示し、隊士と向き直った。

 

 

 

 佐藤とシュウジは、そんな二人の戦いを後方から無言で見ていた。

「……マズいな」

 先に口を開いたのは、シュウジであった。

「二人がアレに掛り切りだと、押し切られる」

 佐藤も黙って頷く。数で勝る新選組に対しこれまで優勢でいられたのは、サーヴァントである二人の尋常でない戦力があったからだ。その二人が動けないとなると、残ったマスター達であの数を押し止めなければならない。

 強敵と戦っているセイバーやバーサーカーの脇を抜け、隊士達がぞろぞろとこちらへ前進してくる。その光景に、佐藤は息を呑んだ。パッと見ただけでも、三、四十の武装した亡霊が、こちらへと迫ってきているのだ。

 やれるだけ、やってみるか。と、佐藤は義手となって左腕の感触を確かめる。その冷たい手には、本人の意思に反し汗一つかいていないのが逆に不気味だった。

「……ここはお任せを」

 そんな様子を見てか、シュウジが黒鍵を手に前に出た。

「あの……」

「佐藤さん。貴方は後ろの彼女と、何か手を打ってください。それまでは私が食い止めます」

 シュウジの言葉に、佐藤は背後のレオポルディーネを見る。愛車に乗っている彼女は今、電話で誰かと話しているらしく、彼女の興奮した声がこちらにも聞こえていた。

「……大丈夫、でしょうかね……って」

 シュウジに向き直った佐藤は、そこでシュウジが佐藤の返答待たずに前へと駆け出してしまっていることに気づいた。

「………」

「佐藤さん、ちょっと! ちょっと来て!」

「………」

 協調性の欠片もない。溜息をつく佐藤だったが、窓を開けてこちらへとブンブン手を振っているレオポルディーネの声にもう一度溜息をつき、それから彼女のもとへ駆け寄った。

「何ですか」

「轟木からの電話よ、緊急の」

「いや、これ以上の緊急事態ってあるんですか?」

「いいから出て?」

「……もー」

 根負けし、佐藤は差し出された彼女のケータイを手に取る。

「……轟木さん、佐藤です」

「佐藤さん。状況が状況ですので、要件だけお伝えします」

 電話に出るなり、ミローネ家の執事、轟木はそう切り出した。

「貴方の携帯電話のデータを復元したのですが、データは空っぽでした。どうやら中身のSIMカードを入れ替えられたようです」

「SIMカード……つまり、ケータイは壊されたんじゃなく、盗まれてる?」

 正式名称こと知らないが、現代に生きる女子高生だ、SIMカードがケータイのデータを管理している記録媒体であり、契約者個人を識別しているものだということは理解している。

「ええ……恐らく、あの魔女の仕業です」

「アレクシア……」

「携帯電話を破壊したのは、データを奪ったことを悟らせない為の工夫でしょう」

 佐藤さん。と、轟木は改めてそう呼び、こう続けた。

「貴方が持っていた携帯電話のデータを使って、彼女に何ができるかをお考えください」

 その言葉に、佐藤の血の気が引く。

 そうだ。奪われたデータには、読水と交換した連絡先が、彼の電話番号もあったはずだ。

 また、あいつにやられた。

 佐藤は歯噛みしながらレオポルディーネにケータイを返し、街の方を見やる。アレクシアへの警戒を、キャスターと約束したのに……まんまと利用されてしまった。

「………っ」

 しかし、まだ手はある。

 佐藤はそう考え、拳を固める。こちらには、彼らがいる。その為に、佐藤はリスクを犯して、彼らと接触し行動を共にしているのだから。

「シュウジさんッ!」

 佐藤は意を決し、その名前を叫んだ。

 

 

 

 息をつく間もないランサーとアレクシアの乱打戦は、苛烈の一途を辿った。

 元より、フィジカルが違う。技量で勝るランサーに対し、アレクシアの身体能力は最早サーヴァントを凌駕している。

 故に、乱戦になればなるほど、アレクシアは有利となる。作戦や意図も通らぬ速度と混乱の中で、ラッキーパンチの一つでも入れば状況を一転させられるからだ。

 そして、その時は遂に訪れた。

 アレクシアの右拳が、ランサーの腹部を捉えたのだ。

「ゴ……ッ!?」

 その一撃にランサーの顔が歪み、動きが止まる。

 右拳に続く、アレクシアの左。蛇のように伸びるその手からは逃げられず、ランサーは首を捕まれ次の瞬間には体を宙へと浮かされてしまった。

「く……っ」

 ランサーは左腕一本で持ち上げられながら、アレクシアを睨む。対して、アレクシアは返す刀を求むように小首を傾げた。

 そんな中で、槍でズタズタに破壊されたアレクシアの体が治癒されていく。

 切れた皮膚からは、赤光する眼球が覗く。そして、まるで涙に代わるように煙が上がり、傷口は目が閉じるように完治してしまう。

 その光景は、まるでランサーの奮戦を嘲笑うようで。

 この結果は、サーヴァントとの戦闘という無謀を否定するには充分すぎる成果であった。

 そしてアレクシアは、そんな結果の仕上げに取り掛かる。

「……流石のサーヴァントも、首をもがれれば死ぬだろう?」

 そう言って、左腕に力を込めていくアレクシア。

 しかし。

「油断しすぎだ、ブロッケン」

 いつの間に近寄ったのか、先ほどまで隠れていたはずの読水がアレクシアの横に立ち、彼女へと右腕を向けている。

 読水の右腕は魔術的な光によって鈍色に包まれ、長い銃身を構築している。まるで腕そのものが、銃そのものになったようだ。加えて読水の右手には、掌に収まらぬほどに長い銃弾が握られていた。

 アレクシアはランサーを持ち上げたままの姿勢で、そんな読水を横目で見る。それからゆっくりと、口を開いた。

「……運び屋、お前の――」

撃鉄(うちがね)点火(はなて)――!」

 聞く耳を持つ。そんな余裕など、読水には欠片もなかった。

 読水は躊躇なく、投影魔術によって作られた銃身を用い、弾丸を射出させた。

 重々しい発射音。

 殺意敵意を以って籠められた火薬が弾ける。

 衝撃が、空気の壁を叩き割る。

 凄まじい反動で、読水の体は後方へと仰け反った。

 そして、アレクシアの体が掴んでいたランサーを置き去りにして真横へと飛ぶ。地面に体を打ち付け、バウンドして商品棚に直撃する。

 読水はアレクシアが商品棚と一緒にゆっくりと倒れ込んでいき、音を立てて落ちたのを見送ってから、衝撃によって迫り上がった横隔膜に押し潰れた肺に酸素を送るよう呼吸を再開した。

「……ハァ、ハァ……よし」

 読水は尻もちを付いたまま、息を切らしながら右腕の得物――既に全身にヒビが入っている銃身に術を通し、霧散させていく。

「マスターッ!」

 そんな読水のもとへ、自由を取り戻したランサーが駆け寄ってきた。

「ランサー、無事か!?」

「はいッ! 助かりました……! しかし、その腕……」

「分かってる!」

 読水はそう声を張り上げ、自身の右腕を睨んだ。その手は並ならない反動によって痙攣を起こしており、指先には火傷も負っている。

「……一発で、コレか」

 リスクは予想通り、大きかった。

 しかし、読水の唇の端は上へと向く。右腕の痛みだけでは、覗く犬歯を隠すことができない。それだけの悦びが、読水の神経を高ぶらせていた。

 効果ありだ。と。

 読水が発射した銃弾は、7.92×94ホローポイント弾。貫通力を求められる対戦車弾の弾頭を、衝撃力を対象に加えようとする真逆の方向性を持ったホローポイントに取り替えたキワモノだ。

 アダム手製のホローポイント弾と、人間と同等の体重でありながら人体を遥かに凌駕した対象の強度。それらが激突して引き起こされる効果は、ランサーが昨夜、実際に食らって証明されている。即ち、あの弾け飛び(ノックバック)だ。

 それに、読水自身がアレクシアにあそこまで接近できた。という情報も得難いものだ。やはりあの目は飾り、見えてはいない。少なくとも、あの眼球が捉えた情報はアレクシアの脳内には届いていない。

「マスター」

「ああ……大丈夫だ。今のうちに逃げるぞ。アレは吹っ飛ばしはできるが、ダメージはそう多くはない」

「承知しました。さあ、立って」

 そんな掛け合いをしながら、読水はランサーの手を貸してもらいながら立ち上がる。そして顔を上げ、読水は逃げ込む予定だった地下鉄へ続く階段を見据える。

 次の一手だ。

「あっちだランサー、地下鉄に戻るぞ」

「分かりました」

「そこで、奴を殺す。ケリを着けるぞ」

「……はい」

 痺れる右腕に苦慮しながら、読水は階段を降りる。その背中を守るようにして、後ろではランサーが槍を構えて後方を警戒していた。

 このまま、地下鉄まで辿り着ければ御の字だ。読水はそう思わずにはいられなかった。騒ぎを聞いて他の陣営が駆けつけてくるなら、神だって信じても良い。

 しかし読水の思いは、彼の予想通り容易く裏切られる。

 階段を降りきり、読水は広い空間に出る。地下にはまだ数人のグループでまとまった通行者が見え、その向こうには……地下鉄の改札口が見える。

「走るぞ!」

 そう叫び、読水は駆け出した。

 その瞬間であった。突如、閃光が読水の眼を潰す。それから一瞬の間を置いて、巨大な音の塊が読水の鼓膜を貫いた。

 両足を支えていた地面の感触が、強すぎるくらい室温で調節していたデパート内の暖房を感じていた肌の感触が、全身を打つ強い衝撃の後にフワリと消える。

 それから、気づけば読水は仰向けに倒れ込んでいた。

 どうやら、目の前で爆発があったらしい。読水はすぐさま立ち上がろうと手を地に着けたが、地面は手を着いた途端に沈み込み、グニャグニャと歪んでいく。

「………ッ」

 典型的な脳震盪の症状だ。霞んだ視界と、キーンと不快な音が耳奥で響く聴覚、全身に泥が纏わりついたような重さ、頼りない平衡感覚。それらと戦いながら、読水は虚を掻き、地面から這い上がる。

 それから、ようやく周囲の状況を視認した。

 砕け大きな穴を開けている天井、そこから重力を無視しているように、ゆっくりと降りて来るアレクシア。彼女の体のラインは時折、蜃気楼のように歪んでいく。まるで、体内に宿す何かが物理法則という境界を犯しているかのように読水には見えた。

 そして、読水の前に立ち、ランサーはその怪物と対峙する。既に彼女の姿は本来の和装へと変わっていた。

「ラ、ンサー……!」

「マスター、お任せください。貴方は先に」

「……死ぬ気か!? ダメだ、ランサーッ!」

 読水は壁を支えに立ち上がり、ランサーを睨んだ。しかし、彼女は振り返ることなく息を大きく吸い。

「行ってくださいッ! 私の役目は読水さん、貴方を護ることですッ!」

 そして、叫んだ。

 

「大丈夫! この三吉慎蔵(みよししんぞう)、必ず貴方のもとへ戻ります!」

 

 彼女は名乗りあげた。

 己の真名を。

 それの意味するところを、読水は理解する。

 その思いに、矜持に、覚悟に、投げかけようとした言葉が詰まる。

「……グッ、クソォオオアアアアッ!!」

 読水は唸り声を上げながら上着の下に隠したガンホルスターからリボルバーを抜き、アレクシアへと発砲する。その銃撃をアレクシアは避けようとすらしなかったが、読水は射撃を挟みながら改札口から地下へと走り去っていった。

 

 

 

 ――そういえば、あの時もこんな感じだったか。

 ――あの時も、嘘をついて彼を先に逃したのだったか。

 

 腹に気を溜め、地に降り立った異形へと一気に肉薄する。

 

 ――彼女を先に逃し、それから彼を。そして一人、槍を奮った。

 ――あの時は何とか生き残ったが、すぐに腹を切ろうなんて泣き言も言ったっけか。

 

 何合目かで、突き出した槍を掴まれる。

 咄嗟に片手を離し、印を結ぼうとするが、その指まで掴まれ圧し折られた。

 

 ――しかし、今度ばかりは助かるまい。相手は、この世のものではない。

 

 弾き飛ばされ、壁に叩きつけられる。口から血が漏れた。

 それでも壁の縁を掴んで、倒れるのだけは拒む。

 

 ――才能を認められて、何度も名を変え、後世に残す写真すら偽った。

 ――研鑽したもの全てを盾と変え、価値ある誰かを護る。

 ――それが私の人生だった。

 ――それこそが、野心も夢もない私が持つ、唯一の矜持……酔狂だった。

 

 異形が笑う。傷口から覗く瞳に、人ならざる光を宿す。

 構いやしない。左拳を見せるように強く固め、飛び掛かった。

 

 ――そして今度も、やることは変わらない。

 ――愚直に生き、不毛に死ぬ。英雄など、そもそも柄ではない。

 ――何かを得るのは、残るのは、彼らで良い。彼らでいてほしい。

 ――あの時も、彼らであって欲しかった。

 

 放った右の肘鉄を事も無げに頬に受けた異形が、肩を掴んでくる。

 そして鋭い衝撃が胸から入り、背へと突き抜けた。

 体内で脈打つ鼓動が弱まり、やがて聞こえなくなっていく。

 

 ――嗚呼。

 ――今度はこの命、捧げることができただろうか。

 

「今度は、先に逝くことができましたよ……坂本さん」

 

 

 

 随分と手こずらせた。

 そう、アレクシアは舌打ちをし、足元……血溜まりの中に沈む、ランサーを見下ろした。

 最後の戦闘……ほんの二、三分ほどで決着がついたが、明らかにサーヴァントの性能が上がった。

 切っ掛けは、あの言葉――サーヴァントが、自分の真名を口にした時からだろうか。

 アレクシアも聞いたことがある。真名開放。サーヴァントが持つ宝具の真価を発揮させるには、隠すべき真名を曝す必要がある……そんな宝具も中には存在すると。

「……三吉、慎蔵」

 アレクシアは彼女の真名を口にする。

 その名を持つ彼女が何者であるかを、アレクシアは知らない。名前からして日本人なのだろうか、そこまで名が知られた英霊ではなかったのかも知れない。

 しかし、それでも彼女はアレクシアに挑んできた。

「………」

 その決死の覚悟に、感じるものがあり。

 それでいて咄嗟に戦術を変える、自暴自棄に陥らないその冷静さに、震えるものがあった。

「……フン」

 最後の令呪を使うことなく倒せたのは、幸運だったのかもしれない。

 ともあれ、今はあの運び屋を追おう。まだ消耗を感じてはいないが、この体が保たなくなる時は、恐らく一瞬のことだ。

 それまでに、奴が持つアレを奪う必要がある。

 そう結論をつけ、アレクシアはランサーに背を向ける。

 その時だった。運び屋達が使った後方のものでない、通路の隅に設置された非常階段の扉が音を立てて開かれた。

 男が、ゆっくりと扉の角から姿を現す。

 男は立ち止まって、通路前方の惨状を見るが、しかしそれに怯えることなくこちらへと歩み寄ってきた。

 気でも狂っているのか、あるいは自分は殺されまいとでも思っているのか。

「……見世物じゃあない。邪魔よ」

 アレクシアはそう告げると、読水を追う為に歩を進め、男を横切っていく。

「死にたくなければ、さっさと……」

 アレクシアの喉が、言葉を最後まで言い切りことなく詰まる。

 男が立ち止まり、被っていたフルフェイスヘルメットを取り、顔を見せたからだ。

 そこで、ようやくこの男が何者であるか、気づいたからだ。

「………」

 なぜ一瞬で気づかず、ここまでの接近を許したのか。この男が、ヘルメットで顔を隠していたことを。そしてこの男が、現状最も警戒すべき、あの男だということを。

 男は札――『摩利支天の偽装札』が貼られたヘルメットを手に引っ提げ、真横にいるアレクシアを怒りに満ちた目で睨む。

 

「許しを乞え」

 

 そして、男――代行者、シュウジ・アルバーニは静かにそう告げた。

 

 

 

 

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