Fate/reselect 作:Fate/reselect出張所
第三十三話『震え』
「許しを乞え」
地下。
改札口前。
倒れる龍の守護者――ランサー。
異形を喰らった魔女――アレクシア。
そして、男――代行者、シュウジ・アルバーニは静かにそう告げた。
直後、アレクシアの頭部が横殴りに弾け飛ぶ。
対応は愚か、反応する時間さえ与えず、シュウジは手にしていたフルフェイスヘルメットを彼女のこめかみに叩き込んだのだ。
アレクシアはバランスを崩して後ずさり、自動改札機へと背中から倒れ込む。
こめかみへの強打、しかしそんなものでは彼女の五体を麻痺させることはできない。アレクシアは改札機に手を付き、眼前のシュウジへと手を向け……。
そこから間髪入れずに迫ったシュウジによって首を掴まれ、アレクシアは改札機の機械部へと単純な力で押し込まれてしまった。
「………ッ」
まるで巨大なクッションに身を預けたように、硬い機械へと身を沈ませるアレクシア。
彼女は驚き、同時に悦んでいた。
その常軌を逸した、シュウジの筋力。作戦、策略、そんなものを微塵も感じない、苛烈な攻撃性を。
「……ククッ」
嬉しいな。と、機械に体を捩じ込んだままアレクシアは頭上のシュウジへと笑いかける。
「………」
しかしその凶悪な笑みも、その唇に容赦なく打ち込まれたサッカーボールキックによって、醜く歪んだ。
彼女の長身は機器の破片を巻き込みながら跳ね上げられ、後方にあった壁に背中から打ちつけられる。
そしてそのまま、アレクシアはズルズルと床へと座り込んだが……。
「………気に触ったのなら、謝ろうか? シュウジ・アルバーニ……代行者」
と、アレクシアはこれまでのダメージなどなかったかのようにそう呟き、顔を上げた。
シュウジはそんなアレクシアから目を逸らすことなく、壊れていない改札口にICカードをかざし自然体で駅構内へと入っていく。
「……サーヴァントはいないようだな? 今更、たった一人で私に……」
無駄口を叩けるのは、そこまでだった。
会話に一切応じないシュウジが地面を蹴る。
そして袖から黒鍵の柄を引き出し、刃を生成するや否や、全力の大振りで斬り掛かったからだ。
フワリと、アレクシアは風に吹かれたタオルのように横合いへと舞い飛びその一撃から離脱。壁に描かれた巨大な爪痕を確認しながら、その不自然な挙動のまま階段下へ、駅のホームへと一息に飛び降りた。
「……しかし、実に興味深い」
アレクシアはそう呟いて、階段を降りてくるシュウジを赤い瞳で覗く。
「今のお前の、その英霊の如き膂力、英雄の如き激情……」
「………」
「ひょっとしたら……今はあの欠片じゃなく、お前が本体か?」
「………っ」
その言葉に、シュウジの歩みが一瞬止まった。
その一瞬をアレクシアは見逃さなかった。
右腕を振る、腕から尾を引くように複数の光球が現れ、シュウジへと迫る。光球は階段口で瞬く間に爆発、階段全体を爆炎で飲み込んだ。
「……ふん」
人間なら、確実に始末できた。
しかし、アレクシアの顔は冷ややかだ。
「速さまで、英霊並とは……」
爆発で髪をなびかせながら、アレクシアは階段に背を向けた。
彼女には見えている。彼が高速でその爆発から逃れ、そればかりかホーム内を三次元的に駆け跳ね自身の命を狙っているその姿。
彼女は顔を伏せて両目を閉じ、両腕を広げていく。それに動きに呼応し、なびいていた髪は外部からの物理的影響を無視し下へと垂れ下がる。
「関係ねえよ、代行者……ッ!」
その言葉を同時、彼女の眼が開かれる。
瞼から、額から、腕から胸から腹から腰から脚から……全身に見開かれた異形の赤目が彼を凝視し、妖光を放つ。
瞬間、その眼の数だけの禍々しい魔法陣がホームの壁に描かれ、次の瞬間には破壊の光柱が魔法陣から噴き上がった。
アレクシアが取った手は、ホーム全体を範囲とした魔術攻撃。駅構内を埋め尽くすほどの、魔力と破片の嵐であった。
衝撃で弾け落ちる天井板、爆圧で砕け散る床のタイル、熱で爆ぜ散る蛍光灯。生身の体に一発でも直撃すれば、否、爆風や破片だけでも充分に致命的な威力だ。
シュウジは目を血走らせながら、それら全てに対応していく。光柱を躱し、破片を防ぎ、目標へと一歩でも迫らんと挑む。
「っ……アレクシアァァアアアッ!!」
シュウジは激昂して叫び、アレクシアの脇を背後から飛び抜けた。その刹那、背を向けたまま身を躱したアレクシアの上体は更に深く捻じれ、髪は衝撃に逆立つ。シュウジは飛び掛かった体勢から立ち直ることができずに床に転倒、エレベーターのガラス壁にぶつかって盛大にガラス片を被った。
シュウジの全力での突進、そのすり抜け際、腹部に斬撃用の黒鍵を突き刺した。その威力によろめくアレクシアだったが。
「最高だよ……お前っ」
アレクシアは髪を振り乱して顔を上げ、うつ伏せに倒れるシュウジへと振り返った。その胴体には未だ黒鍵が突き刺さったままだが、彼女の口端は三日月のように釣り上がっていき、同時に衣服を濡らし広がっていく血も瞬く間に体内へと戻っていくが……。
「……ゴフッ」
と、口から血の塊が溢れ出て、アレクシアの体はくの字に折れ痙攣する。常軌を逸した速度で治癒されていった傷口は再び開かれて血が溢れ出て、その顔は苦悶の表情に変わる。
「………」
シュウジはガラス片を被ったまま目を見開き、その様子をジッと観察していた。
――黒鍵。
シュウジが得物にしている、代行者の概念武装。その真価は物理的な破壊力でなく『概念』の上書き、不老不死の存在に『寿命』や『死傷』といった自然法則を体内へと与え滅すると言った代物だ。
……死なないなら、殺せる体に戻せば良い。その身に持たない概念を与えてやれば良い。
それが、概念武装の力だ。
そして、それは異形と同化したアレクシアにも効果があった。
「………ッ!」
激情に駆られるままに攻撃し、そこから見出した一つの光明。アレクシアという人智を超えた存在への、一つの理解。
それを得てからのシュウジの行動は、素早かった。
足元のガラス片を踏み割って、アレクシアへと駆け出す。その両手の指の合間には、既に黒鍵がそれぞれ握られていた。
そこからは、まさに刹那、一瞬の出来事であった。
右手のオーバースロー、それから左手のアンダースロー。合計六本の黒鍵を、くの字に体を折り曲げたアレクシアへと投げ込む。
超至近距離からの投擲。それでもアレクシアは両腕で二本、黒鍵を叩き落とすも、残りの四本をその身で受ける。
そして、その衝撃は二人の行動からワンテンポ置いて伝播し、音として地下全体に響き渡る。アレクシアは四本の黒鍵を受け線路側へと吹き飛び、コンクリート壁へと叩きつけられた。
「……フーッ」
衝撃に砕け、積み上げられていく瓦礫に埋もれていくアレクシア。その光景を油断なく睨みながら、シュウジは息を整える。
自分でも驚いていた。
普段の自分では発揮できぬほどの速度、膂力、体力、そして何よりも強い衝動。しかし、それらは何も初めての経験ではない。五年前、吹雪くシベリアの夜に死徒『灰羽のニペラ』を討った時にも、コレはこの身に満ち溢れていた。
そしてシュウジは、この力の根底にあるのが自身の能力によるものではないことを確信していた。それはより自分と繋がった何かから、言うならば、神懸かり的なもののはずだ。
「………」
家族や幼馴染を奪った事故から一人、奇跡の子として生き残った。
身に宿した魔術回路を代行者として使う為、血と汗を流してきた。
戦って、戦って、失い続けた。
それでも戦い続け、生き残ってきた。
そうして苦しみ迷い、それでも祈り続けた。
そうして力は与えられ、それ故に戦い続けた。
けれども……なぜ、自分だけなのか。
その答えだけは、一度だって与えられなかった。
「………」
シュウジは黙って、しかし力強く握った拳を震わせる。
腹の底にマグマのように溜まり、今にも溢れんと打ち震えている感情――それが怒りであることを、シュウジは理解し始めていた。
「ハッ……奇跡の力ってことか」
対して、瓦礫から異様な力で以って浮き上がるように出てきて、再び駅のホームへと降り立つアレクシアは、口から血を流しながらクツクツと肩を震わせて笑う。
「何ともムカつく力だ。だが正直……羨ましいね」
「……アレクシア」
「ずっと望んできたものを……こうもあっさりと、無自覚に……この私に向けてくるとはな」
その力をあの時、私がどれだけ望んだか。と、アレクシアは告げる。
そして前に垂れ下がった髪をゆっくりと掻き上げ、彼女は呟いた。
「……殺してやる」
それは持たざる者による、正当性の欠けた殺意。与えられた者を害し、否定したい。ただそれだけの、薄暗い
「……アレクシア」
それは、シュウジから見れば酷く正当な感情であり。
ただただ与えられることで生きてきたシュウジにとっては、そのただただ純粋な闇が眩しい。
しかし。
――真の強者とは、自身の正義や美学を守ったうえで戦いに勝てる者だ。
シュウジの頭に過ぎるのは、かつてセイバーに告げられた言葉、英雄の教えだ。
――お前は強い、下らん意地や見栄に悩める自分をもっと誇れ。
そうだ。と、シュウジは確信した。
俺はまだ、投げ出していない。
だから、こんなにも震えるのだ。
だから、きっとここまで強く在れたのだ。
「欲しけりゃこんな力、全部くれてやる……!」
シュウジは黒いシャツの袖に手を入れ、引き抜くようにして斬撃用の黒鍵の刃を一気に生成させ、吠える。
「だが何を手に入れてもアレクシア! 堪えることを知らない貴様は、何も満たされはしないッ!」
「そう、だから強いのさ……祈り与えられることしかできない無能ども! 黙って私の生贄になれッ!」
シュウジの糾弾にアレクシアは微笑し、心に渦巻く渇望を表現するように両手をシュウジに向け伸ばし、虚空を掻く。
そうして二人は身構え、一歩、また一歩と己の敵へと歩を進め。
そして一気に、再びに互いを否定し合う殺し合いへと身を投じた。
「……そうか。ついにあの悪魔と、雌雄を決する時か」
日坂駅の地下にて、シュウジ・アルバーニとアレクシア・ブロッケンが死闘を繰り広げている頃、監督役のマリオ・アルバーニは教会の事務所にいた。
日坂市の経済活動の中心地である日坂駅から、少しばかり離れただけの教会だ。マリオは窓部に立って外の様子を伺い、机に広げられた各種資料に時折視線を投げながら、背後にいる部下から報告を受けている。
「セイバーは現在、キャスターへと高速で向かっている。もう間もなく、サーヴァント同士の戦闘が始まるはずだ」
「……読水竜也と、ランサーは?」
「ランサーはアレクシアとの戦闘で敗北したと報告を受けている」
そう答えるのはマリオ神父直属の部下、中年のエージェント――エンツォだ。
「読水竜也は、現在アレクシアから逃走中、まだ地上からは出ていない」
「なるほど……」
マリオはそう唸って、机に置かれた霊基盤に視線を落とす。その様子を見ていたエンツォは、指示を促すように口を開いた。
「……神父、読水の監視には早崎が就いている。近くにリコもいる。二人に任せれば、“欠片”は回収できる」
いや、まだだ。と、マリオは部下の申告を制した。
「まだ早いよ、エンツォ。我々は十年待ったのだ、焦る必要はない……君は引き続き、監視のサポートを続けてくれ」
「……了解」
エンツォは落胆しながらもそう応え、事務所から退室していった。
「……ふむ」
エンツォは有能だが、堪えることを知らん。マリオは扉を後ろ手に閉める往年の右腕に肩をすくめ、窓にまた視線を向ける。
“欠片”。正式名称、第二百七十四号聖杯――この亜種聖杯戦争の魔力源であり、古くから続く『聖杯戦争』の根底にある聖遺物の欠片だ。
それが十年前、聖堂教会による奪還作戦、『クランプス作戦』によって暴走した。“欠片”に蓄えられていた霊力は日坂市の土地広域に撒かれ、土砂崩れという災害まで生んでしまった。
しかしその暴走はシュウジ・アルバーニ――後天的に魔術回路を植えつけられ、さらには魔力源が第二百七十四号聖杯の魔力と直結しているという奇跡の子を生んだ。
そして時を経て、今まさに子は聖人として完成しようとしている。
「………」
彼は分かっていない。と、マリオはそっと右拳を握る。
聖堂教会が信仰心によって護り続けた、世界で最も古い魔術基盤。
それによって生まれ、“欠片”と砕けた聖杯の復元。
そして、十年前から新たに進行している計画。
それこそが、願望機として使えるほどの聖杯を魔力源とする聖人の誕生。
彼は分かっていない! と、マリオは固く握り締めた右拳を震わせる。
聖杯の復元と聖人の誕生――この時を十年待った。ついに、この時が来るのだ。
聖杯が完全な形として復元され、彼が聖人として完成すれば、聖堂教会の悲願である全ての異端の排除も夢物語ではなくなる。
故に、今は祈り堪える時だ。そう固く決意し、マリオは夜の街を、シュウジが戦っている日坂駅の方を見つめる。
完成前の、それも中身のない“欠片”など気にかけている暇などない。本当の奇跡は、この瞬間にも形を成そうとしている。
……そう。
固く握られた、私の掌の中で。
余談の許さぬ死闘の渦中、シュウジはしかし、それらの危険とは全く別のものが意識に流れ込み、感情に心を支配されていった。
それはこの駅を中心に広がる――。
瞳に映るものより鮮明な光景――親しき者の死を嘆く姿。
鼓膜に届くより強烈な音響――己が傷みに苦しむ声。
――その、いずれでもない。
それは、運命そのもの。
目の前で気炎を吐く魔女に蹂躙されてきた者達の運命であり、これから蹂躙される者達の運命。
これまで神に祈り、死んでいった者達の運命。
こんな体験は、シュウジにとっても初めてのことであった。
「………っ」
救いを求める、その哀しき叫びに、その痛ましき祈りに。
シュウジの脚が、ついには止まる。
故に、魔性の光と炎が、その身を包んだ。
しかし、彼の肉体が完全に滅びることはない。感じる運命の結末と違い、傷を負いながらも致命傷に至らない。
そう、まるで……十年前の、あの時のように。
五年前の、あの時のように。
「……うっ、うううう……!」
――神よ。我が信ずる神よ。
彼は支え切れずに両膝を折り、激痛に苛まれた頭を抱える。
しかしそれでも尚、問うた。
――何故、彼らを見捨てられたのですか。
「ああああああ……っ!」
吹き荒れる破壊の渦の中で呻き。
そして彼は、天へと叫び声を上げた。
「うおおおおぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
その時。
世界が震えた。
十年もの間、その力を代行し続けた者が。
十年もの間、祈り続けたものへ。
思いの丈を叫びに変え、世界を震わせた。
その震えは地に広がり、天へと響く。
地上に生きるものの多くはその震えに、無意識に空を見た。
それから時を待たずして、日坂の地に真っ白な雪が降り始める。
何かが、目覚めた。
夜空から降る柔らかな白雪を見つめながら、キャスターはそう確信した。
あの震えを感じたのは、ちょうどキャスターが複数の隊士を連れ、幻想の城塞である宝具『夢幻妄執城塞 五稜郭』から高速道の方へと出陣した時だった。
「………」
彼……か?
彼か、彼女か。どっちが先に目覚めるか計りかねていたが……やはり、彼であったか。
と、立ち止まりジッと空を見ながら、キャスターは考える。
彼は、やはりアレクシア・ブロッケンと対峙しているのだろうか。彼女から何か伝えられ、セイバーと共に後方へと下がって行ったところまでは隊士達を介して確認している。
――それならば、良い。
――それなら後顧の憂いなく、俺は狼に戻れる。
「……俺も行くか」
キャスターはそう呟くと、羽織の裾とマフラーを風に舞わせ、再び敵を求めて前へと歩き出す。
確認できている敵は、現在……一騎と、二人だけ。バーサーカーと、そのマスターである魔術師。そして彼女の傍にいる、佐藤真波だけだ。
それと、ランサー――彼女については、キャスターが展開しているこの戦闘自体に参加していないように思える。あのマスターからして、傍観しているのか、あるいはアレクシア側の戦闘に参加しているのだろう。
――つまり問題は、姿をまったく捕捉できていないアーチャー陣営だ。
そう結論づけると、キャスターは行き先をアーチャーらの拠点である鏡宮邸へと決めた。陰に潜むアーチャーを追うことは難しい、ならばマスターの邸宅を襲い、表に引きずり出すまでだ。
「………」
しかし願わくば……ウィリアム・シン、亡き我と話題に上げたあの男を討ちたかった。
キャスターはそう惜しみながら、それでも迷うことなく歩を進める。
しかし数分後、キャスターの願いは図らずも実現することとなった。
雪が積もり始めた高速道。
キャスターは雪の白さと夜の闇を割いて道を進んでいると、その暗がりから一人の剣士が立っているのが見えた。
三十代ほどの、大柄な偉丈夫だ。肩に届くほどに伸びた茶髪に、貫禄のある笑みを浮かべた髭面。チェニックの上に鎖帷子を着た大きな体を赤いマントで包むその姿は、往年の騎士を彷彿とさせる。
「……セイバー」
瞠目したキャスターは、震える声で呟いた。その震えは驚きか、歓喜によるものか。本人でさえ、それは分からなかった。
「待っていたぞ、キャスター」
その反応に満足した笑みを浮かべ、歓迎するようにセイバーは両腕を広げた。
直後、キャスターの背後にいた隊士達がキャスターを守るように前へと展開し、各々の武器を構える。
しかしキャスターは、そんな隊士達の武器を下げるように指示し、彼らから前へと出てセイバーと対峙した。
「……マスターを置いて、お前だけ来たのか?」
キャスターがそう告げると、セイバーは笑う。
「ああ。向こうは我が主に任せた。俺は……止めにきた」
「止めに? 私をか?」
「ああ、お前をだ。新選組二番隊組長、永倉新八」
その言葉に、キャスターの眉が微かに動く。しかし、幾つもの皺が刻まれたしかめ面は、それ以上の驚きを見せようとはしなかった。
「……調べはついているのか」
「以前、俺達はこうして顔を突き合わせているだろう? 互いのマスターが偶然出くわし、俺達も実体のまま相対してしまった」
ライダーが脱落した、あの時か。と、嘆息するキャスター。そんな彼に、キャスターは得意げにタイプを打つ真似をする。
「インターネットというものは凄いものだな? 新選組の主要人物を調べれば、あっと言う間にお前の顔に行き着いたぞ?」
もう一度、キャスターは溜息をついた。
……世の中というものは、本当にままならない。悲願であった新選組の記録は容赦なく捻じ曲げておいて、この顔だけは正確に残していやがる。
「……それで、止めに来たというのは?」
「……おや?」
自覚はないのか。と言うように、セイバーは首を傾げ、一歩だけキャスターへと詰め寄った。
「この国では武士道というのだったか? こんな、英霊にあるまじき暴挙を犯しているお前も、本心では分かっているのだろう? 街の民草を人質に決着を強いる……こんな真似、剣に生きた者として恥ずべきことであると」
「………」
「剣を手放せぬ俺達が、人として守るべき規範や正義ってやつを手放しちまったら……終わりだ」
そうなっちまったら、もう本当にただの人殺しに堕ちる。と、セイバーは真っ直ぐに前を見つめ、キャスターに告げた。キャスターはその言葉を受けて顔を伏せ、しばらくの間反応を示さなかったが。
「……だから、どうした?」
キャスターは、そう言ってセイバーの言葉を拒絶した。
「俺は目的を成し得るなら、人の死肉を喰らう狼で良い。浅葱色の旗と剣を咥えた、ただの薄汚い壬生狼で良い」
ゾッとするほどに低い声。その冷たく残忍な返答に、セイバーはやれやれと首を振った。
「そうかい、残念だ」
そして、セイバーはこう言った。
「ならばお前がまだ手放していないもので、その真意を問おう」
「手放してないもの、だと?」
「ああ……」
剣士はそう頷き、右手に得物を……刀身に木目の模様を持ったロングソード――彼自身の伝説を彩る名剣『ティソーナ』を実体化させた。
「剣で語ろう」
「………」
「腰の物を抜けよ、永倉新八……お前の本性を見せてみろ」
「……セイバー」
「安心しろよ、アーチャーなど目じゃない。俺は、俺となら……きっと誰よりも楽しいぞ?」
「……ふん」
――有り難い。
キャスターの目がスッと細くなり、一瞬だけ頬が緩んだ。
それからキャスターの顔は険しいものとなり、背後の隊士達に下がるよう指示をする。そして左腰に差していた日本刀を抜いて前へと進み、セイバーと改めて対峙した。
ニッと、快活な笑みを浮かべ、セイバーは片手のまま剣を中段に構える。対するキャスターも、しかめ面のまま両手で握った刀を中段に構えた。
「ビバール村、ロドリーゴ・ディアスだ。
「新選組二番隊組長、永倉新八……これより他の名を、呼ばせる気はない」
――征くぞ。と、剣士は告げた。
――応。と、魔術師は受けた。
そして研ぎ澄まされた刃が、互いの血を求め揺れ動く。