Fate/reselect   作:Fate/reselect出張所

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Fateシリーズの二次創作です。
本編が短くて申し訳ないです。本当は地下鉄のシーンも入れたかったのですが、切りが良いところが見つからなかったので許して……許して……。
※前回のあらすじ
ランサー「落命しました」
読水「えっ」
読水「友情パワーでよみがえってーっ!(切実)」
シュウジ「私がランサーの代わりになってやる」
読水「わーい」
ランサー「えっ」


第三十五話『魔剣』

第三十五話『魔剣』

 

 

 

 脱藩の数日前。

 長倉新八は神道無念流の師である岡田助右衛門に呼ばれ、道場へと赴いた。

「剣の道を極めるべく、脱藩する……と、聞きました」

 十年以上に渡って新八を指導し、十八歳にして本目録の腕にまで育て上げた岡田は神前の前に正座して待ち、新八が来るや否やそう切り出した。

「間違い、ありませんか?」

「……はい」

 老体であっても衰えることのない、優しげな顔の奥底に光る鋭い眼光。新八は顔を上げてその両眼を見つめ、師の言葉を肯定した。

「………」

「………」

 それからどれだけの時間、見つめ合っていたか。新八は決して目を背けまいと腹を括ると同時、ここで斬られるかもしれないという予感が足から心の臓へと這い上がっていくのを感じていた。

「ただ剣術を極めたいが為に、脱藩までしてしまう……」

 岡田はそう呟くと、意を決したように太ももを両手でピシャリと打ち、脇に置いていた刀を引っ掴む。

「立ちなさい、新八君。そんな君だからこそ、私はこれを君に贈りたいと思う」

 岡田はそう言いながら立ち上がり、新八の反応を確認するでもなくその脇をすり抜け道場の中央へと歩いていく。

 新八もまた立ち上がって師に従って道場に中央へと進むと、そこには据物斬りで使われる巻藁が三本、横並びに立っていた。

「先生、これは……?」

「これから見せるモノを、目に焼き付けなさい」

 岡田はそう言うと左足を一歩分引いて身構え、刀の鯉口を切った。

 しかし、刀を抜かない。そのまま右手を柄に添え、顎を引くだけだ。

 ……立居合だ。新八はぞくりとした気配の直後、鳥肌が立っていくのを感じだ。お辞儀をするように身を弛めるこの型は、見たことがない。

「……新八君」

 岡田は人知れず瞑目していた目を細めに開ける。

「これは当流派に属さない。ましてや、後世に伝えられる剣技でもない」

 そう、岡田が言った。

 その直後、新八の若い目は三本の巻藁の中心部へと走る残光を目にした。

 そして、岡田の刀は既に振り抜かれ、既に残心の型へと入っていることに気づく。

「………ッ!?」

 まさに、閃光の如し。

 その速さに驚愕していると、左右の巻藁を残し、中央の巻藁だけが真っ二つに両断され床に落ちた。

「そんな、馬鹿な……ッ」

 型の途中、ましてや師の演武の前であるというのに新八は巻藁へと駆け出し、右、左の巻藁と交互に手を触れた。

 そして、触ってみて確認する。横に薙いだ一閃。中央に置かれた巻藁は切断されているのにも関わらず、確かに左右の巻藁は斬られていない。

「これは、戻し斬り……ですか?」

 新八の動揺を見て、笑いながら納刀する岡田は被りを振った。

「いや、斬ってない。左右の巻藁に本身が触れている間だけ、飛ばした」

「と、飛ばした……?」

「言葉で分かるようなものではないよ」

 新八の食いつきをどこ吹く風と、岡田はそう笑いながら屈んで、両断した巻藁の断面を確認し始める。

 

()()()()()()()、新八君」

 

 岡田は屈んだまま、背後に立つ新八に告げた。

「それは、誰もが習熟できる剣術の外側。第三者による再現も、型として継承することもできない魔の領域だ」

「魔剣……」

 ふふ……。と、岡田は微笑を浮かべ、新八を一瞥する。

「剣は戦乱の中でこそ、その真価が問われるもの。私はね、年甲斐もなく心が踊っているよ。黒船が浦賀に来航して早三年……動乱の兆しあるこの時代に、新八君、君という若者がこうして脱藩を決めたことにだ」

「先生……」

「じゃあ、新八君。今見たことを忘れず、風邪にだけは気をつけてお行きなさい」

 岡田はそう言って立ち上がり、用は済んだというように身支度を始めた。元より、掴みどころのない性分の持ち主なのだ。

「……しかし、楽しみだ。君ほどの天才がいずれ来る動乱の最中、魔を見出すのなら……」

 それはいったい、どれほどの……。

 そう、岡田は呟き、可笑しそうに肩を震わせた。

 

 

 

「――魔剣『無影龍飛剣(むえいりゅうひけん)』。言うなれば、後の先の極致だ」

 闇空から降り落ちる雪を眺めながら、キャスターは口を開いた。

「相手の一撃を受け捌く、最善の型というのがある。この魔剣は、その型までの時間的、空間的な制限を掻い潜り……迫る一撃に最善の形で備える」

「………」

 あの時代――剣林弾雨の幕末で、永倉新八は最善の剣技を求め続けた。

 幾度の戦場、死線。同じ剣の才を持つ仲間との死別、決別。生涯に渡る鍛錬と自問自答。

 そうして、答えを得る。

 光の下で尚、影すら残さぬ剣捌き、体捌き。

 学者らの論じる物理とやらを超越した動きこそ、戦乱の魔に相応しいと。

「故に、私はあらゆる物質的な一撃に対し、後の先を取れる」

「………」

「君は私より強く、そして速い。しかしそれらはこの魔剣の前には、何の有利にもならない」

「………」

 

「……聞こえているかね? 戦場の勇者(カンペアドール)

 

 と、キャスターは空から視線を落とし、眼前のセイバーを――血溜まりの中に両膝を落とし、剣を支えに上体を支えている偉丈夫を見た。

「もう耳も遠いと言うなら……ここでその首、貰い受け……」

「……聞こえているさ。お前と違って、まだ耄碌してはいない」

「………」

 キャスターの言葉を遮り、セイバーは血に濡れた顔でそう笑いかけた。そして、ゆっくりと立ち上がる。

「馬鹿だなぁ、お前。自分で自分の奥の手を解説するとは……既に勝った気でいるのか?」

 鎧の隙間、あるいは鎧を貫通するほどの強打で負ったダメージを回復させながら、したり顔でそう告げるセイバー。その態度にキャスターは嘆息した。

「話したところで、お前の剣ではどうすることもできない……これを攻略できるのは、これを真正面から突破できる『猛者の剣』か、魔の意識さえ狂わせる『無敵の剣』か……」

 いずれにせよ。と、キャスターは刀を中段に構え、ダメージから立ち直ったセイバーへこう言った。

「セイバー、この魔剣を超えられるのであれば……お前はあの二人に並ぶ剣の腕という訳だ」

「そらまた、光栄の至り」

 その言葉に、セイバーは首を左右に傾け、気怠げに首を鳴らした。

「……それにしても、だ。早かろうが強かろうが、あらゆる攻撃に対し、必ずカウンターが取れる。まさに究極の剣術……『理想の剣』ってところか?」

 ハンっ。と、セイバーは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「まぁアレヤコレヤと考えたがる。人を斬ることに、そこまで理屈を並べなきゃいかんのかね?」

「………セイバー」

「あのランサーにも言ったが……」

 キャスターの意も介さずそう言って、彼は左手にもう一本剣を実体化する。

 二刀……否、双剣の型というべきか――それも右手に『ティソーナ』、左手に『コラーダ』。叙事詩『わがシッドの歌』にて語られる名剣二振りが今、キャスターの前に現れる。

「覚えておけ……そういう小技の及ばぬところに、強者は君臨している」

「………」

 そして……この男――。

 遠い地、スペインの英雄。国土回復の英傑たるあのエル・シドが今、キャスターの前に立っている。

「良いだろう……っ」

 キャスターは刀を引き寄せ、霞の構えを取った。

「来い、セイバー」

 そんなキャスターに対し、セイバーは構えも取らず、棒立ちのまま顎をしゃくらせた。

()()だ。永倉」

「……何がだ?」

「……この聖杯戦争じゃ、セイバーは俺だって話だ」

「…………」

「……新選組だか、魔剣だか知らんが」

 言葉の意味が分からないように聞き返したキャスターの言葉に、セイバーは苛立った様子を隠さずに一歩、また一歩と足を進める。

「その俺が……道から外れた貴様なんぞに……それもまさか剣で……っ!」

 そう言葉を区切りながら、両の剣を下げたまま一歩、また一歩とキャスターとの間合いを詰めていくセイバー。

 そして。

「負ける訳には、いかぬであろうがッ!!」

 そう告げた――目を剥いて犬歯を剥き出しにし、全身から戦意を滾らせたその姿は、普段の不敵さなど微塵もない。

 彼はまさに剣士としての本性を露わに、眼前の魔狼に相対していた。

 それが、その事実が、キャスターには堪らない。

「……来い、セイバー」

 魔剣を得物に、老いた壬生狼は改めて言葉にした。

「いざ、尋常に……」

 しかし、口上を最後まで口にすることはできなかった。

 鼻面を叩く、重い“圧”。

 目が見開き、喉は締まって口上を圧し潰す。

 そして目の前には、こちらの懐へと飛び込み、今まさに右の剣を振り下ろさんとしているセイバーの姿があった。

「………ッ!?」

 地面を蹴って後方へと下がったのは、反射的なものであった。

 キャスターの顔面、その寸での距離を絶対的な一撃が掠める。宙で静止した一撃はしかし、その風圧だけで地面に積もった雪を舞い上げる。

 血の気が凍るほどに鋭く、重い剣撃。しかし魔剣によって全ての剣撃を捌けるキャスターにとって、回避行動自体がする必要のないものだった。

 なのに、剣士としての本能が、その行動を咄嗟に選んだ。

 不可解……。と、キャスターは己の取った行動に疑問を抱く。

「ぬぉアッ!」

 続くセイバーの強い踏み込みが、キャスターが引いた分の間合いを潰す。そしてそこから繰り出される横薙ぎの一撃。

「―――」

 キャスターは圧縮された時の中で、左の剣を使い、右から左へと振るうセイバーの一撃……その一連の動きを見定めていた。

 これに魔剣を以って対応すれば無論、その速度も威力も関わらず捌くことは可能……可能なはずなのだ。引く必要はない。

「―――ッ!?」

 しかし、キャスターは身を伏せるようにして辛くも躱す。身体が、躱してしまう。

 そして、再びキャスターの足は積もった雪を蹴散らすようにして後退していく。

「……ハッ」

 セイバーの呟きが、耳に入る。

 ……何が尋常に、だ。

「………ッ」

 その言葉が、キャスターの芯に触れた。

 猛攻を続けているセイバーは、さらに右の剣を縦一文字に振り下ろさんとして、足を踏み出し前進している。

 そこに先ほどの二撃との違いはない。

 しかし剣士としての矜持が三撃目から逃げることを拒み、キャスターの足を前へと飛び出させた。

 そして――。

 互いの前進が、両者を繋ぐ間合いを潰し。

 互いの刀剣が、両者の頭上で結ばれ。

 互いの激情が、両者の眼前で激突した。

 そして――。

 直後、発生した衝撃波が空からチラついていた雪を、地面のアスファルトを、取り巻いていた亡霊らを、置き去りにされていた車両を彼方へと吹き飛ばす。

 膨れ上がる破壊の波に削られ現れたクレーターの中、低い姿勢で睨み合う二人。両者の合間には剣と刀が絡み合った状態で地面へと叩きつけられていた。

 魔剣『無影龍飛剣』――都合、三度目にして再び成功せり。

「……ぬんッ!」

 セイバーが、体勢そのままに左剣を振りかぶる。

 しかし剣への一撃が加速するより前にキャスターの刀が時間の概念を置き去りにその初動を抑え込み、次の瞬間にはキャスターは肩でセイバーに体当たりを行って彼を後方へと退けさせた。

 セイバーはヨロヨロと後方へ下がっていく。しかしその口元は、好戦的な笑みを浮かべていた。

 そんな彼を目にして、キャスターはようやく忘れていた呼吸を再開し、大量の冷や汗を流し始めた。

 これがセイバー、エル・シドと呼ばれた男か。

 そう、キャスターは戦慄した。

 彼を真に強者たらしめるものは、手にする武具や能力といった可視化、数値化できるものではない。その根底にあるものは、気概や自負、あるいはそれらを培ってきた経験そのもの……この男は、エル・シドという人生を背負っているが為に強者であるのだ。

 認めるしかない。と、キャスターは口をすぼめて息を吐き、呼吸を整える。

 彼が本物――この聖杯戦争最強の座に君臨する、剣士のサーヴァントであることを。

 

「宝具開放――」

 

 充分な距離を開けると後退していた足を止め、セイバーは右手に持つ『ティソーナ』を天に掲げた。すると刀身が白熱し、光炎を纏っていく。

 そしてセイバーは、今や誰の目にも明らかなその宝具の名を、厳かな口ぶりで告げた。

 

「――『秤り威示す炎の剣(ラ・ルース・ティソーナ)』……決着の時だ。新選組二番隊組長、永倉新八」

 

「…………」

 今のキャスターなら、理解できる。

 その刀身と光炎は、正義と信仰によって燃え盛り。

 それを操る肉体は、美学と勇気によって支えられている。

 故に、これが騎士であるセイバーの宝具。

 人生の一部、逸話を切り取った宝具ではない。自身の生き様、人生全てを剣に込め、道から外れた悪を打ち払う……あれは、そんな宝具なのだと。

 そして……。

 それを見る己の顔は、一体どんな顔をしているのだろうか。

「……ああ」

 と、キャスターは頷き、刀を中段に構え直した。

 そして、改めて口にする。

「互いの手札は開かれた……ロドリーゴ・ディアス、戦場の勇者よ」

 

 いざ、尋常に勝負だ。と。

 

 

 


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