Fate/reselect 作:Fate/reselect出張所
激動の時代となってきておりますが、案山子はこれからもガンバリマス。
※今回のあらすじ
(長いので後書きに置きました)
第三十六話『抑止力』
地下鉄。
等間隔に配置された照明が、本来は人の通らぬ線路上を照らしている。
そこを我が物顔で進む異形――アレクシア・ブロッケン。
彼女の歩みはふと止められ、立ち尽くす。
自身から五〇メートル程前方で、柱の陰から姿を現した二人の存在に気づいたからだ。
一人は黒いキャソックを身に包んだ、長身の男――代行者、シュウジ・アルバーニだ。その右手にはまだ刃がないものの、アレクシアが今最も警戒すべき得物が握られている。
もう一人は痩せた体を着古したハンティングジャケットで包んだ男――運び屋、読水竜也。左手に鞄を持ち、地面へと下げられた右手には掌に収まるほどの小さな拳銃が握られている。
「………」
聖堂教会と、魔術師。
世界の歴史に潜み、幾度となく衝突を繰り返してきた二つの大きな影たち。本来相容れぬ二つが今回、肩を並べてこちらに敵意を向けている。
その事実が、堪らない。
「……クッ」
アレクシアは閉じていた口端から、白い犬歯を覗かせる。
――その奇跡をこの手で穢し、我、聖杯を奪わん。
そう誓い、異形は止めていた足を動かす。時計の秒針のような躊躇の無さで、彼我の距離を詰めていった。
「……来た。来るぞ、おい来るぞ」
「分かってる……今だ、読水」
仕掛けろ。と、右手に握った黒鍵の柄から刃を生成しながらシュウジはそう吐き捨て、両膝をグンと曲げ全身を撓ませる。
その言葉を聞き受け、読水は踏ん張るように腰を落としながら右腕を上げ、短銃身のリボルバー――コルト・ローマンの銃口から火を噴かせた。
西部開拓時代にガンマンが行ったファニングショットのような、速度重視の閃光のような速射撃ち。
命中精度を度外視したその射撃は、リボルバーに装填されていた.375マグナム弾を散弾のように散らせながらアレクシアを襲う。
アレクシアはそれら弾丸を一つずつ目で確認すると、その顔は不意に左を向けられていく。そんな彼女のすぐそばを銃弾が掠めていき、中には頬や胴に着弾し火花を散らす。
しかし、そんなダメージは彼女にとってはどうでも良かった。
たった六発で行われた短時間且つ低密度の弾幕、その合間にアレクシアの真横へと滑り込んできたシュウジ・アルバーニという存在の驚異に比べれば、そんなものはまるで問題にならない。
自身へと向き直るアレクシアに対して、シュウジは手にした黒鍵を彼女の心臓部目掛け投げ打つ。
極近距離からの、代行者による黒鍵の全力投擲。音の壁さえ突き破るその一撃に、アレクシアは左の貫手を突き出す。
黒鍵の刃先とアレクシアの貫手がぶつかり、二つの絶対的一撃はその衝撃で火花と血潮を散らせながら横へと逸れる。
防御ではない。攻撃によって相手の一撃を狙いから外させる。それこそが、アレクシアが狙った回避行動であった。
しかし当然、それだけで両者の攻防が済むはずがない。
新たに生成された黒鍵によって閃く鋭利な剣戟と、人知を超えた力と魔力により奮われる重厚な魔手。目まぐるしく体を入れ替えながら、二人の白兵戦は激化していく。
「………」
読水はそんな二人の戦いを睨みながら手にした銃をホルスターに収める。
目にも留まらぬ高速戦闘、目を凝らしてそれを見ていた読水は一度何かを諦めたように溜息をつき、次いで右掌で両目を覆う。
読水は両目に魔力を集中させる。そうして強化魔術によって人並み外れた動体視力と遠距離視力を一時的に得る。そこまでしないと、二人の戦いは観察することさえできないと悟ったからだ。
読水は右手を下ろし、二人の動きを追い、表情を観察する。
そして、捉える。
シュウジの斬り下ろしを、後方へ飛び下がることで躱すアレクシア。その顔は終始眼前の敵を見ているが、その腕の表面に大小様々に開かれた魔眼の全ては、読水を――シャツの上に敢えて覗かせてみせた“欠片”を見つめていることを。
……予定通りだ。
ゾクリと背筋を走る悪寒と、無意識に釣り上がる口端。
読水はポケットから鈍く光る長大な銃弾を取り出す。7.92×94ホローポイント弾――古い対戦車ライフル弾にアダムが手を加えた、
「
読水は銃弾を右手に握りながら、詠唱によって右腕に鈍色の銃身を形作っていく。そして乾き切った口端を舌で舐め、震える足に鞭打って二人の所へ……いや、自身を狙う異形へと近づいていった。
“欠片”を餌に、アレクシアに読水を狙わせる。そうすることで、シュウジが致命打を放つだけの隙を作る。
それが、読水が提案した作戦だった
「あいつの体は今や不死どころか、ほとんど不滅に近い」
数分前、作戦を説明する際にまず、読水はそう切り出した。
「常軌を逸した耐久性、負傷への再生力。秘めた神秘や魔力だってサーヴァント以上……代行者お得意の概念武装で殺したところで、死んだ上でまた復元される可能性すらある」
「死んだ上で、復元する? そんなこと、あり得るのか?」
「莫大な魔力を通じて世界の裏側にある『何か』と繋がり、外傷により死んでも存在を概念的に維持できる。それがウィリアム・シンの見解だ……生物学的にはもう、あいつは生きていないんだ」
強い光によって映し出された影法師のように、外界に存在する『何か』の力によって自己を成り立たせている。
それは生きているというよりは炎のようなプラズマや、嵐のような自然現象……あるいは、魔術基盤で以ってより強大になる魔術そのものに近い。
読水の説明に、アレクシアが来るであろう正面を向いたまま腕を組んで唸るシュウジ。光明を見出そうと思案する彼に、読水はこう続けた。
「だけど、だからこそ弱点がある。あいつはこの世界に存在するだけでも、莫大な魔力が消費されているはずなんだ。それこそサーヴァント以上の」
その言葉にシュウジは顔を上げ、読水を見やる。
そうだ。と、読水はこう補足した。
「そして戦闘や再生に使う魔力なら、それ以上……死んで蘇るなら、さらに……そこに付け込む」
「……つまり魔力が尽きるまで、黒鍵で浄化し続ければ……」
「ああ。魔力が枯渇すれば、『異形、アレクシア』という現象は発生できなる」
読水は力強く頷く。
封印指定された“時計塔”の魔術師――ウィリアム・シン。彼はアレクシアが魔力源としている令呪を狙い、失敗した。
だから読水は、そこは狙わない。向こうの令呪を消費させ、こちらの令呪を奪わせない……ある意味で正面突破、そこに勝算を見出す。
そこまで考えた読水だったが、すぐにその顔を曇らせた。
「で、問題はどう殺し続けるかだ……」
「そこは決まっていないのか!? おい、もうあれこれ考える時間はないぞ!?」
「分かってる……なあ、『摩利支天の偽装札』……あー、お前と最初に会った時に俺が使った札はどうした?」
「……ん?」
「いや、あれならアレクシアの裏をかけるかも知れないから……」
『摩利支天の偽装札』――貼られている場所がどこであれ貼られていることに違和感を与えず、また貼られている対象の印象を薄くする。読水が持つ魔術礼装の中でも最も高価な代物だったが、この聖杯戦争が始まる直前、シュウジとの接触で読水はこの礼装を落としてしまっている。
それをシュウジが拾っていれば幸いと、読水はシュウジに確認を取ってみた訳だが……。
「……あれは、ここにはない」
そう、シュウジは抑揚のない声でそう告げた。
「そうか……くそっ」
「……すまないと思っている」
能面のような顔で謝るシュウジを他所に、焦燥に駆られ足踏みをしながら考えに耽る読水。やがて読水は、意を決しこう呟いた。
「なら……やっぱりあいつの作戦で行くか」
「あいつ……?」
「ウィリアム・シンの作戦だ……囮は、俺がやってやる」
一か八かだけどな。と、読水は呟くと、右手の親指を使い、“欠片”が入ったペンダントをシャツの上へと引っ張り出した。
その一瞬は、何の前触れもなくやってきた。
眼の前のシュウジからアレクシアは意識を逸し、彼の放った袈裟斬りをマトモに受ける。しかしその負傷に構わずアレクシアは身を翻し、地面を蹴りつけ、読水へと駆け出した。
「………ッ!?」
――来た。読水の体がビクッと震え、前へと進んでいた足が止まる。読水は魔力で右腕に取りつけた巨大な銃身を持ち上げ、目を剥いて迫り来るアレクシアへと向けていく。
装填している弾丸は一発だけ、時間的にも外せばそれで終わりだ。腕を上げる一瞬の動きさえ重く感じる永い時の中、読水は歯噛みしながら肉薄するアレクシアと対峙する。
それは誰の目にも明らかな蹂躙の瞬間、その一瞬前。読水には意識すら出来ぬその一瞬にさえ愉悦を覚え、アレクシアが嗤う。
しかしその顔は不意に襲った衝撃に固まり、やがて歪む。
その背中には、アレクシアと同様その一瞬を捉えることができる逸材――シュウジによって投擲された黒鍵が突き立っていた。
黒鍵によって縫い留められたアレクシアの硬直は数秒、実に僅かな時間だ。
「
しかし、それは読水がアレクシアへと銃口を向け、詠唱により弾丸を発射するには充分な時間であった。
地下トンネル内に、壮絶な爆発音が響き渡る。
大口径の銃弾を顔面に喰らい、殴り飛ばされたように後方へ弾け飛ぶアレクシア。
その背中へ、シュウジが潜り込んだ。
シュウジは背中に刺さっている黒鍵の柄を両手で掴み取り、力任せにアレクシアを上空へと投げ飛ばした。
アレクシアは、抵抗の意識さえ生まれる間もなく、トンネルの天井へ……電圧にして一五〇〇ボルトが流れる棒状の電線――剛体架線が待つ天井へと体を打ちつけた。
その瞬間。
真っ白なスパークが、薄暗いトンネル内を照らした。
皮膚表面に流れていた血液を通し、皮膚の表面を感電によって焦がしたアレクシアは、重力に従い落下する。
しかし。
アレクシアは着地の際に両手足を使い、四足の獣のように地面へと着地。
その光景に、読水の目が驚愕に見開かれる。
しかし、それだけだった。
「……グッ……ガッ……」
アレクシアはそこから立ち上がることはない。焦げ臭い煙を上げながら、着地の姿勢のまま動かなかった。
「………ッ」
如何に概念的な不滅性を持っていると言えど、彼女の身体は筋肉や神経、動物的な組織構成のまま。サーヴァントのような霊体ではなく、ましてや魔術的な疑似神経や、概念によって動いている訳ではない。
故に、だからこそ――。
「効いてるぞシュウジぃッ!! 行けえッ!!」
「オオオオォォォ!!」
射撃の反動による激痛さえ忘れた叫びに、吼えて応える。
両手に複数の黒鍵を握り、電撃に痺れた異形へとシュウジは飛びかかった。
手を伸ばせば届くような距離からの、代行者による全力投球。
それはアレクシアの体に黒鍵を打ち込み、異形の体から血が飛び散る。
黒鍵が突き刺さった衝撃で、上半身が跳ね上がり壁へと叩きつけられるアレクシア。そこにシュウジは、続けざま何度も、何度も黒鍵を投擲する。
そうして長い、長い数秒間の後。
「………」
フー。と、黒鍵を投げ終えたシュウジは息を吐き、無数の黒鍵で刺し貫かれたアレクシアを見据える。
打ち込んだ黒鍵は十一本。残っていた投擲用の黒鍵、全てを使った。
しかし。
「グ……グァガ……っ」
異形アレクシアは未だ、二本の脚で立っていた。そしてフラフラと歩き、壁から身を離す。
「………ッ!」
その姿を確認するや否や、間髪入れずシュウジは腕を後方へと振り斬撃用の黒鍵を生成、彼女の首を狙い横に薙ぐ。
だが一撃は、不発に終わる。
アレクシアの首へと黒鍵が触れる直前、彼女の腕が、横へと振るうシュウジの手首を捕らえたのだ。
万力のような力で握り込まれる痛みと、猛攻の阻止に、シュウジは顔が歪む。そんなシュウジの苦痛に、一切の余裕がなかったはずのアレクシアの顔に悪意が満ちていく。
そして次の瞬間には、シュウジの体は掴まれた腕を強引に振る舞わされたことで横へと飛び、シュウジは柱へと叩きつけられる。
「ふっ、ふっ……グァ……ァアアアアッ!!」
身を捻りさせ、横合いの柱へとシュウジを投げつけたアレクシア。彼女は呼吸を整えながら刺さった黒鍵に手を伸ばし、絶叫と共にそれを引き抜く。
そこへ、背中をコンクリートに打ちつけたシュウジが再度襲う。彼は打ちつけられた柱を蹴って果敢にアレクシアへと飛びかかった。
迫るシュウジに合わせて、貫手を放つアレクシア。
シュウジはその魔手を薄皮一枚切らせてギリギリに躱す。そして左手で刺さったままの黒鍵を掴むと、そのまま体ごとぶつかるようにして黒鍵をさらにアレクシアに深く押し込む。
「………ッ!?」
胸に突き刺さった黒鍵が、シュウジに加えられた力によって乱雑に捻り込まれ、身を引き裂く。
その衝撃にアレクシアの顔は歪み、口からはゴボリと血が溢れ出る。
「……代、行者ぁ!」
「終わりだ、アレクシア……!」
「ァッ……」
更ならダメージにアレクシアの体はガクガクと痙攣し、歯を鳴らし震える顔が頭上へと向けらていく。
それは一目で分かる生の臨界、死への道程。
それでも。
「………ッ!」
しかしそれでも、彼女はアレクシア・ブロッケン。
彼女はそれでも、押しつけられた運命を否定する。
アレクシアは痙攣する肉体を歯噛みと共に押さえつけ、目の前のシュウジを手で突き飛ばした。
尻もちをつくシュウジ。アレクシアはそんな彼の前で両腕を広げ、自身の背を中心に魔法陣を展開する。
アレクシアを中心に空間が張り詰めていくような、圧倒的な異形の魔力。自身を殺さんと展開されていくその圧倒的な魔力に、シュウジの顔に死相が浮かんだ。
そんなシュウジの顔を見下ろし、アレクシアの歯噛みした頬が釣り上がっていく。
そう。
その額に.375マグナム弾が撃ち込まれるまでは。
パッと花が咲いたように額から血が爆ぜ、アレクシアの長身が棒きれのように
なく後方へと倒れる。魔法陣も、彼女が倒れる中で霧散していった。
シュウジは振り返り、血を滴らせ震えた腕で拳銃を構えている読水を見た。
「……読水竜也」
「いや、まだだ……下がれシュウジ」
すでにこんな拳銃弾の一発で倒れてしまうほどに、彼女は消耗している。
だが、まだそいつ……異形アレクシアは終わっていない。
読水はシュウジにそう警告しながら、左手に持った鞄を地面に下ろして片膝立ちになり、弾切れとなったリボルバーの再装填を行う。
静まり返った地下鉄で、息を切らした男達の息遣いと、薬莢が地面を落ちる音だけが静かに響く。
「アレクシア……俺は、お前みたいに成りたかった」
そんな時だ。読水は銃弾をシリンダーに込めながら、そう吐露した。
その声には抑揚がなく、彼はただ滔々と自身の思いを語る。
「俺は……お前みたいな、他人なんてどうでも良い。やり方も問わず目的を果たせられる……そんな獣に成りたかったんだ」
「………」
シュウジはそんな読水の台詞を聞きながら残された武装を確認し、彼を守るべく隣に立つ。
「だけど俺には、お前みたいな非情さが足りなかった……だからお前の前に立っている。獣に成れなかった人間だから、俺はお前のやった事が許せない」
それは、読水竜也という男が抱えていた思い。
自分が選べなかった道を選んだ人に対する、正直な憧れと憎悪だった。
そして。
「………ククッ、ハハハハハ……」
倒れたまま、その思いを聞き受けたアレクシア。
彼女は掠れた声で、そんな読水を嘲笑う。
「足りなかったんじゃあない。運び屋……お前は、捨ててないだけさ」
……人間は誰だって、私のような化け物に成れる。
アレクシアはそう断言しながらゆっくりと上体を起こし、読水を見つめた。
その額に開いた穴からは蒸気が溢れ出ており、やがて異形の瞳が穴から覗く。
「お前は一線を超えられなかった。だから私の前にのうのうと突っ立っている」
奪われる為に。と、彼女がそう断言した次の瞬間。
ドブッ。と、異形の左胸から腕が一本、血潮と共に表皮から飛び出てきた。
それはドス黒い血に濡れた、人間の左腕。その左腕の手の甲は、淡く光り輝いていた。
そう。
佐藤真波から左腕ごと奪い取った、アレクシアに残された最後の令呪である。
「……ッ!? 読水、逃げ……ッ」
「――これに至るは七十二の魔神なりッ!!」
シュウジの叫びを掻き消すほどの声で、アレクシアは絶叫。最後の令呪を魔力源に、詠唱を行う。
「七十二の伯爵――焼却式ッ!!」
危険を察知したシュウジが、読水を後方へと突き飛ばす。
後ろへと勢い良く突き飛ばされた読水は、自分を庇ったシュウジが天井を焦がすほどの光に呑み込まれるのを、確かに見た。
そして、次の瞬間には圧倒的な力の奔流が地下トンネル内に満たされ、読水の聴覚は音圧によって無の領域へと弾き飛ばされた。
読水は無音の中で、爆風によって何度も床や壁へと体を打ちつけ、視界は回転と暗転を交互に繰り返す。
そんな視界に、異形の姿が映った。
溢れる光、渦巻く破壊の中で胸に生えた腕を引き抜き、アレクシアは真っ白に壊れゆく世界を踏み台にしてこちらを駆けている。
今や、読水の世界は天も地もない。鮮烈な『真っ白』の中に自身とアレクシア、近づく二つの存在が結ぶ、その間の空間だけが読水の知覚する全てであった。
……否、違う。そうではない。
読水はアレクシアを睨み、爆風に身を翻弄されながら。
「―――、―――」
その口で、自身の耳にさえ届かぬ言葉を。
「―――、―――!」
ただ一人の相棒に向けて、叫んだ。
アレクシアの魔手が、読水へと伸びる。
それは最早読水の、人間の反射速度では反応できないほどであり。
読水の背後から空間を跳躍し現れた第三の存在。
ランサー――龍の守護者、三吉慎蔵がその動きに対応できたのは。
ひとえに彼女が誰かを護る為に戦った、英霊だからこそであろう。
交差する魔手と十字槍、しかしランサーの槍が先んじてアレクシアの肩口に穂先を打ち込まれ、アレクシアの攻勢が崩れる。
そして世界は広がり、感覚を取り戻す。
異形を後方へと弾き飛ばすランサー。アレクシアは既に瓦礫と化していく壁に背を打ちつけ、派手な音を立ててコンクリートをさらに細かく砕き割った。
しかしその体は溢れ出る魔力によって力強く支えられ、その全身に開かれた異形の瞳は全て、突如として現れたランサーの姿へと向けられている。
そんな恐ろしい異形の前に立ちはだかり、鋭く息を吐いて彼女は槍を油断なく中段に構える。
その眼には一切の恐れも焦りもなく、決意と気迫に満ちている。
そう、もう二度と、背後にいる己が主を失わないように。
朝でも夜でもなく、太陽もなく月もない。
淡い
そんな中で彼女は身を丸め、疲れた様に目を瞑っていた。
彼女の脳裏には、かつてこの五感で感じた全てのことが、泡のように浮かんでは消えていっていた。
それは大切なものを守り続けた過去、忠義の記憶。
恩義返報と称した、思い出の数々。
……我ながらよく戦い、よく守った。
激動の時代に生き大業を成し遂げる者達。磨いてきた槍の腕は彼らを守り、大業の一助となれたはずだ。
彼女は思う。
……誠に満足、なれど……。
……何故、この手は槍を手放さずにいるのであろうか。
「ここで何してんだ? さっさと起きろよ、ランサー」
幽かに響く声。
彼女――ランサーは薄めを開けその声へ、薄い影が揺らめく方向へと視線を向ける。
「ライダーか……」
「よう、元気そう……じゃあ、ないわな」
ボロボロだ。と、揺らめく薄い影から鮮やかに色付く青年の姿――ライダーは足元に寝転ぶランサーを評し、腰に手を当てた。
「愚直に身を鍛え、一心に技を磨き、真摯に知識を増やし……そうして積み上げた多くのもので、たった一つの道を進み続ける。そんな一途なお前でも、今回ばかりはお手上げか?」
「………」
ランサーの無言に、ライダーは笑った。
「……違うよな? 違うから、こんな半端な所にいる。お前はまだ戦うことを、あいつを守ることを諦めちゃいない」
「……そう、みたいだ」
ランサーはそう告げると、実体のない大地に片手を付け、ゆっくりと身を起こしていく。しかしその体は震え、完全に立ち上がることが出来ずに膝を地に落としてしまう。
「必ず戻ると、そう言ったんだ……約束したんだ、竜を守ることを……!」
――私は今度こそ、約束を守ってみせる。
そう、ランサーは気炎を吐いた。
その意地が、英霊である彼女が現世に留まる理由。霊体の消滅を退ける、霊格の中心にまで通った一本の槍であった。
「……そうか」
彼女の言葉にライダーは心底嬉しそうに微笑み、両腕を頭上へと突き上げた。
そして、告げる。
「――
「……ッ!? ライ、ダー……ッ!?」
「思いは聞かせてもらった……ランサー、俺の最後の宝具をくれてやる。お前自身が選んだ道を、運命を、全うしろ」
その言葉に、ランサーは驚きライダーへと顔を向ける。しかしライダーは微笑みながら、宝具を開放しその体を淡く輝かせた。
「ついでに全回復、全盛期にまで復帰させてやるぜ。サービス良いだろ? ……図に乗ったあのバケモンに抑止力を、英雄の力を見せてやろうじゃあねえか」
ライダーは茶化し、腰に手を当てた。
そして、彼は小首を傾げ白い歯を見せた。
「……ライダー」
「嬢ちゃんを頼む……なあライダー、知っていたか? 俺は大英雄の従者にして、若獅子の導き手……」
――格好良いヒーローを助けるのが大好きな、お節介野郎なんだぜ?
その台詞を最後に、ランサーの意識は美しい靄に包まれていった。
――今一度、神々に願う。
死したはずの英霊の詠唱が、厳かに囁かれる。
その詞を、ランサーは重く苦しい、ズタズタに引き裂かれた身体で聞いた。
気がつけば、ランサーの意識は元の場所へ――地下鉄の改札口の前で地に伏した身体へと戻っていた。
ランサーは四肢を動かそうと意識を体に集中させるが、破壊され尽くした体は既に身動き一つ取ることすらままならない。
そんな中でランサーは、確かに見た。暗転と覚醒を繰り返す視界の中で、上階に続く階段、通気孔等を伝って改札口へ……風に吹きつけられたかのように自身へと押し寄せてくる、美しい靄を。
――英雄の背は空に瞬く星の如し。それを見上げる若者は育まれ、次代の英雄となる。
靄は地に伏したランサーを洗うように覆っていった。そうして失った魔力、活力へと置き換わっていく。
ランサーは自身を中心に吹き荒れる靄の中、手で地面を掴んだ。そして長い髪を魔力の奔流に靡かせ、ゆっくりと立ち上がっていく。
――願わくば、彼の背中に焦がれ従った、あの青春の力を……再び。
美しい靄は。フワリと風に煽られるように散った。そしてランサーが、吹き去った靄の中から直立不動の姿勢で現れる。
その体にはもう傷の一つさえ存在せず。衣装は腕の手甲はそのままだが、黒を基調とした洋式の軍服に、獅子と龍とをあらわした刺繍が施された陣羽織を纏い、足はブーツとこれまでの和装とは異なっていた。
そしてランサーは、その呼び名の由来となっている十字槍を手に、ゆっくりと伏せられていた顔を上げ、決意に満ちた両眼を開いた。
その眼には一切の恐れも焦りもなく、決意と気迫に満ちている。
そう、もう二度と、背後にいる己が主を失わないように。
そしてランサーはここにいる。
アレクシアを退け、読水を守るように背にし、槍を中段に構えている。
その背を見開いた目で見つめる読水。マスターとしての彼の目には、彼女が紛れもなくあのランサーであること、そして彼女のステータスが数値が上昇し以前より強くなっていることは分かる。
しかし一体、その身に何があったのか。事の経緯の一切が分からない。
「………」
こんな状況ではあるが、気配すら感じさせず突然現れた自身のサーヴァントに、その全てを聞きたい気持ちはある。
しかし相も変わらず腰を落とし、中段に槍を構えるその愚直な背中に、読水はたった二言だけ、言葉を投げ掛けた。
「遅いぞ、ランサー……もう二度と、死なせない」
「………」
その安堵と決意に、ランサーは振り返ることなくこう返報した。
「はい……もう二度と、死なせはしません」
……挨拶は済んだか。と。
そんな二人の間に割って入るように、壁から背を剥がし終えたアレクシアがこちらへと歩み寄りながら言った。
「まさかここに来て……ランサー、この聖杯戦争で最弱のお前が立ち塞がってくるか」
「……アレクシア・ブロッケン」
「……見えているぞ」
黙って槍先を突きつけるランサーに、アレクシアは異形の瞳を向ける。
「その魔力、お前自身のものじゃあないな? ライダーの宝具を使って、自身の全盛期へと霊体を再構築したか……ククッ、絞り尽くしてやった気でいたが、まだ私の邪魔をするか」
その言葉に、ランサーの顔が不快そうに歪む。
「……ライダーのマスター、彼女をどうした?」
「さあ? 今となっては、もうどうでも良いわ。戦うべき抑止力も、奪うべき聖杯も、全てはここにある」
アレクシアがそう答えた時、アレクシアの背後から瓦礫が崩れる音が響いた。
見れば、光の奔流に飲まれたはずのシュウジが瓦礫の山から出てきて、黒鍵を片手にアレクシアを睨みつけている。
そんな彼を一瞥したアレクシアだったが、ふと自身の手に視線を落とす。
その手は僅かだが震え、腕から覗く異形の瞳は乾いてゆっくりと閉じつつあった。
そう、令呪を使う度に異形と同化していったアレクシアの肉体は、今やほとんど異形と同じになっていた。それは七十三柱目、独立した一柱の悪魔になったに等しい。
故にその消耗は、令呪一画で補えるようなものではない。
異形、アレクシア・ブロッケン。彼女の肉体は、急激に乾きつつあった。
「……このままいけば、結果は二つしかない」
前方を読水とランサー、後方をシュウジに挟まれたアレクシアは横を向いて後退りをする。そうして両陣営を自身の左右に置き、乾きに震える両腕を迎え撃つように左右へと伸ばした。
「私が世界を食い尽くすか、世界が私を食らうか……」
アレクシアは顔についた人間としての両眼を閉じ、スゥっと深呼吸をしながら天井を仰いだ。
「どっちだろうと構わない。結果がどうであれ、私が納得して選んだ道の末路だから……見せつけてやる」
――これが、私の人生だ。
餓死寸前の状態で左右を強敵に囲まれ、尚も彼女はそう呟く。
その顔には一瞬異形としての険しさが消え、これまでの全てを誇るような微笑があった。
そして。
異形と化した魔女は眼を開け、その瞳に悪意を燃やす。
「……さあ、私か世界か、どっちかを終わりにしようじゃないか」
※今回のあらすじ
これは宿敵に捧げる唄ではない
ブゥン♪ブゥン♪ ブゥン♪
蟹臭い黙祷でもない
ブゥン♪ブゥン♪ ブゥン♪ト
魔神柱を代表する気もない
懸命に叫べば地下鉄でも響くさ(チャチャチャ)
ドゥン♪ ドゥン♪
アレクシア「ヤァァァァァァアアアアアアアー!!!!!!」
読水「うるさい」
ライダー「俺の最後の見せ場がブッ潰された件」