Fate/reselect   作:Fate/reselect出張所

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Fateシリーズの二次創作です。
CoCシナリオの執筆やら何やらで遅くなってしまいました。申し訳ないです。
※これまでのあらすじ
質問者:そもそも、これまでの話を読んでません。
回答者1(ベストアンサー):読んでみせろよ。
回答者2:何とでもなるはずだ!
回答者3:第36話の時点で357,273文字、推定所有時間にして11時間55分だぞ!?(修正により変更の可能性もあり)


第三十七話『閃光』

第三十七話『閃光』

 

 

 

 午後十一時三〇分。

 日坂市郊外、パーキングエリアにて開放された宝具『夢幻妄執城塞五稜郭』の城廓を、一人の狂戦士が突破した。

 それは、高速道にて真選組の隊士らを相手取る役割を担っていたバーサーカーであった。

 作戦が変わった訳ではない。彼が当然の如く、さも自分の存在意義であるかのように約束を破っただけだ。とは言え、ここに来るまでにいた隊士達は、軒並み片付けてきた。街へ侵入しようとする敵と戦っている中でここまで来たのだから、誰も文句は言えないはずだ。

「ハーハッハッハッハーッ! 来たぜぇオイ!」

 故に、彼に微塵の迷いもない。

 天高く笑い声を上げながら敵を蹴散らし、水堀を魔術で走り抜け、土塁を健脚で駆け上がり、そして底なしの度胸で城塞の中心へと躊躇なく跳び下りる。その姿はまさに敵地へと侵攻し、我先に宝と名誉を求め駆けるバイキングそのものだった。

 こちらの侵入に気づいた手近な隊士らを手始めに蹴散らし、バーサーカーは周囲を見渡し――。

 そこで、気づく。

「……あの野郎、どこにいやがる?」

 この城塞の長、キャスターのことではない。

 バーサーカーの頭上で輝く本、この幻想の城塞の核である宝具の破壊を任せていたアーチャーのことだ。

「……クソったれ」

 バーサーカーは狂ってはいるが、愚かではない。敵味方を問わず、相手をやり込め、そして期待を裏切ることに関しては、むしろ優秀な部類だ。

 だからこそ、気づく。

「……クソッたれ」

 バーサーカーは自身を包囲していく隊士を他所に、苦笑いを浮かべもう一度呟いた。

「どうやら、先を越されたみたいだぜ……我が主様よう」

 

 

 

 ランサーとシュウジを左右に置き、アレクシアは両腕を広げて構える。

「………」

 あの日。

 あの日夜明けの空に見た、幻想的な光景。

 手を伸ばしても届かず、遥か彼方へと消えた――。

 ――美しい宝物。奪えるなら、全てを投げ出すに値する。

 ――愛おしい敵。殺せるなら、全てを捧げるに値する。

 それら全てが、この薄暗い地下に……。

 この、最後の最後に……。

 これだから、世の中は堪らない。

「堪らないなぁ……」

 不敵な笑みを浮かべ、ポツリとアレクシアは呟いた。

「……なあ?」

 そう呼びかけ、全身の異形の瞳を……今や死にゆくように閉じつつあった全身の眼を見開いて、二人の方を見やるアレクシア。

「………ッ!」

「シ……ッ!」

 その呼びかけに応えるように、ランサーとシュウジは同時に動いた。

 突き出される十字槍と、シュウジの黒鍵。二つを同時に認識し、アレクシアは左右の腕で受ける。

 一瞬の拮抗の後、左右の得物は異形と化したアレクシアの膂力に弾き飛ばされる。しかし二人は間を置かずに彼女に飛びかかり、戦いは高速の乱撃へと変わっていく。

 アレクシアは文字通り生まれ変わったランサーと、聖人へと至らんとするシュウジ、二人の攻撃を躱し、弾き、時には敢えて受ける。

「アレクシアぁッ!」

 低い姿勢から、アレクシアの首へと黒鍵を突き出すシュウジ。アレクシアはそれを手で掴み取ると、体を半回転させてシュウジを強引に後方へ投げ、コンクリートの柱へと叩きつけた。

 背中を強かに打ちつけ、苦しげに呻くシュウジ。しかし彼の目は一瞬後に見開かれて前を睨み、横へと飛び込む。

 直後、アレクシアが右から左へと鞭のように振るった左腕が、シュウジのいた柱を抉り取る。

 受け身を取って立ち上がるシュウジに、アレクシアは凶悪な笑みを浮かべながら振るった腕を天へと掲げる。すると、彼女の掌を中心に魔法陣が出現し、蛍火のような光球が無数に浮き出てくる。

 アレクシアの攻勢にシュウジは歯噛みし、黒鍵を構え直した。

 しかし、その光球がシュウジを襲うことはなかった。

 アレクシアの横合いから、ランサーが槍を中段に構え間合いへと踏み込んだからだ。その接近に気づくと、アレクシアはランサーへと振り返り、間髪入れずシュウジに撃ち込む予定だった光球を放つ。

 しかしランサーは腰を落とした堅実な構えから一転、槍を振り上げ、バク転するように上後方へと跳躍してその光球を跳び躱す。さらに跳び際、十字槍を右手で押し出すように投げ、アレクシアの肩を引き裂いた。

 その挙動は正に一瞬。全身のバネを使って空中へと跳ねる姿は、武人というよりは体操選手のそれだ。

「………」

 流石、という他ない。

 アレクシアは姿勢を崩しながら、舌を巻く。それでも彼女は、隙を突いて斬りかかってきたシュウジを蹴りで横に払い追撃を回避する。

 優れた槍の名手であり、しかし決してそれに固執しない。

 激情家ではあるが、それは破滅の淵まで。致命的な危機を避けるだけの理性は手放さない。そしてその個性は、彼女を相手取る者にとっては戦い辛さとなって表れる。

 それと、厄介なことがもう一つ。

「ランサーッ!」

 槍を投げ、得物を失ったランサーへと叫ぶ読水。

 その右腕は再び魔力によって構成された銃身となっていた。

「使えッ!」

「……ッ! お願いします!」

 ランサーが右手で印を結んだ直後、詠唱によって、読水の腕から対戦車用のライフル弾が放たれる。

「―――ッ!!」

 ランサーの形相は険しくなり、顔に幾つもの青筋が立つ。

そのライフル弾は鋭角な射線を描きながら、アレクシアへと襲いかかった。

「………」

 こめかみ、頸椎、心臓、肝臓、肺、鳩尾……人体急所(バイタルゾーン)に弾を何度も打ちつけられる中で、アレクシアの異形の瞳は見ていた。

 ランサーの宝具の正体……ライフル弾を咥え飛ぶ、真っ黒で巨大な蛟の姿を。

 そう、全て見えている。令呪を使い顕現させてきた異形の力を、アレクシアは今や完全にモノにしていた。

 洋装へと姿を変え、その力を最盛期へと戻している煙……その背後にいるライダーの姿も。

 篭手に隠された、ランサーの右手に潜む竜の紋章……そこに秘められるの力も。

 そして……。

「この……」

 一体、何人掛かりだ。と、推進力の失ったライフル弾を手で払い落とし、アレクシアは舌打ちをする。

 その直後――。

「ゴブッ……」

 不意に、アレクシアの口からドス黒い血が溢れ出た。

 予測はしていた。分かり切っていたことだ。強敵二人を彼女の体が、ここにいる誰よりも早く、消耗していることは。

 異形アレクシア、その身体は膨大な魔力を消費することでこの世に存続している。そのエネルギー源は通常の代謝では追いつかず、彼女の生来の魔力と一画分の令呪……残る僅かな魔力で以って賄っている。

 そしてそれらも今、爆ぜるような勢いで消えつつあった。

 しかし。

「……ハッ、悪魔の契約による代償、ビーストとの融合……! 英霊との戦闘……!」

 それがどうした。

「そんなものじゃあ、私は死なない……私は、強い!」

 アレクシアは口から流れ落ちるドス黒い血をそのままに、気炎を吐いた。そしてランサーに守られる読水を、彼の首に下げられたペンダントを、その中に納められた“欠片”を睨む。

「もうすぐ、もうすぐだ」

 もうすぐで、決着がつく。と、彼女は血を零しながら犬歯を剥き出しに笑みを浮かべ、獲物を捕らえんと決意するように両腕を左右にゆっくりと広げていく。

 そう。

 どれだけ追い詰められようと、守りには入らない。

 魔女と呼ばれた赤髪の女は、その最期の時まで獲物へと手を伸ばす。

 

 

 

 市内に入った佐藤とレオポルディーネは車を捨て、シュウジ達と合流しようと街中を走っていた。

 街中で起きている戦闘は、聖堂教会の介入によって大規模なテロ、あるいは事故として市民に伝わっている。その為に随所で交通規制が行われており、二人は車での移動を諦めざるを得なかったのだ。

「……ちょ、速い! 待っ……佐藤さん、ペース落として!」

 息を切らし、そう叫ぶのは佐藤の後方でヨタヨタと走るレオポルディーネだ。ロングスカートをバタつかせ、腕を左右に振るように走る姿はぎこちない。明らかに走るのが苦手な感じだ。

「ミローネさん、ひょっとして運動ダメな人ですか!?」

「ダメって言うか嫌いよッ!」

「でもゴメン! 頑張って!」

「むひぃッ!」

 変な鳴き声が漏れるレオポルディーネ、それを尻目に佐藤は周囲の様子を確認する。

 シュウジが向かった場所が、この街で一番栄えた場所である日坂駅の辺りであることは把握している。そしてその情報が、誘導されるままに歩く避難者の方向からも正しいと佐藤は思案していた。それでいて、避難先とは逆方向に走る佐藤達に誰も声をかけないのは、ヘトヘトになりながらも行っているレオポルディーネの魔術がしっかりと働いているお陰なのだろう。

「あ、ミローネさんこっち! こっち近道です!」

「……あ、ちょっと待って佐藤さん!」

 後方のレオポルディーネに手招きし、投げかけられる言葉を無視して路地へと入っていく佐藤。

 ここを通り抜ければ、後は通りを真っすぐ進むだけだ。もうすぐアレクシアのもとへ、読水達の所へ辿り着ける。

 しかし。

「……そこで止まれ」

「……っ!」

 その言葉と、皮膚を叩く正面からの殺意に佐藤の脚は止まった。

 しかし、路地には誰もいなかった。佐藤はジッと、目を凝らす。すると隅の壁の暗がりに屈む、弓を携えた青年の像を捉えることができた。

「……へえ、見えるのか」

「……アーチャー」

「見えるなら、見えるで良い……」

 暗がりに潜んでいた青年――アーチャーは憂鬱な表情で笑みを作り、佐藤の正面に立ち塞がって矢を番えた。

「ライダーのマスター、俺と一緒に来てもらうぞ」

 

 

 

 ――どうして、こんなことになったのだろう。

 レオポルディーネ・ミローネはヘロヘロと走りながらも、疑問に思わずにはいられない。

 十四歳の時、父親や鏡宮悟といった大人達の策謀に呑まれる形でこの亜種聖杯戦争に参加したのが、そもそもの始まりだった。次期当主の座を約束する、という父の甘い言葉に惑わされたのも否定できないが……目上のおっさん共が交わした、下らない盟約とやらに自分の意志は流された。とにかくアレが、ケチの付け始めだった。

 しかしあの頃はまだ、自分は都合の良い人形に過ぎなかった。鏡宮の指示に従ってこの亜種聖杯戦争で戦い、死ぬなり生き残るなりすれば良いだけ。ある意味、気楽なものだった。

 それがバーサーカーと出会い、事情を見透かされ、戦いの中で盟約を破棄する決意をし……そして今、こうして雪の積もる街中を走り回っている。

「……あー、まったく」

 息は切れて苦しいし、体中の血管が脈打って気持ち悪い。

 自分はもっと冷静沈着な……我慢の利く人間だと思っていた。こんなブチブチと文句を浮かべて走り回るのはガラじゃあないはず。一体誰のせいでこうなったのやら……。

 ……道を選び直した、私のせいか。

「まったく……まったく、だわ」

“おいコラ、何一人ご満悦になってやがる! 人の話聞いてんのかレオ!?”

 念話でそう叫ぶのは、因果線の向こう側にいるバーサーカーだ。

“聞いているわよ。アーチャーがいないって話でしょ? なら、ちゃっちゃとその宝具、あんたが壊しなさいよ”

“馬鹿チビが……そのアーチャーが、取り決めを無視してどこに行ったかが問題だって言ってんだよ”

“ねえ今、私のこと馬鹿チビって言った、あんた……? どこって……”

 佐藤の後を追うだけで精一杯なレオポルディーネに、そんなことが分かるはずがない。

「あ、ミローネさんこっち! こっち近道です!」

「……あ、ちょっと待って佐藤さん!」

 後方で念話を行うレオポルディーネに手招きし、静止の声を無視して路地へと入っていく佐藤。

 レオポルディーネは慌ててそれを追いかけ――。

 ――そして、路地に立ち塞がる、臨戦態勢のアーチャーと遭遇することになる。

“……あ、ここか”

“納得してる場合か、おい!”

 思わず叫ぶバーサーカー、しかし納得してからの動きは素早かった。レオポルディーネは身構え、腰に差していたナイフを逆手で引き抜く。

「待ってください!」

 しかし、彼女の咄嗟の行動を佐藤は制した。

「目的は私みたいです! ミローネさん、私は大丈夫です! ここは……」

「ここは!? ここは貴方の陰に隠れてろって!?」

「その通りだ。レオポルディーネ・ミローネ」

 アーチャーはそう言って頷き、ズイと前へと詰め寄る。

「これは鏡宮の指示だ。使いっ走りの魔術師、ここは引いてもらおう」

「………ッ」

 逆らえば、間違いなく死ぬ。このアーチャーによって、一瞬で殺される。

 その覆し難い事実に気圧され、レオポルディーネは歯噛みしながらも一歩退く。

“……レオ、令呪を使え”

 結果の見えた睨み合いが続く、そんな中でバーサーカーが念話でそう提言した。

“佐藤が前に立っている以上、弓は使えない……令呪を使うだけの時間は稼げるはずだ”

“……いえ、ダメよバーサーカー。それじゃあ……”

 それじゃあ、令呪はあと一画になってしまう。

 狂化スキルが不安定なバーサーカーにとって、スキルを制御可能にする令呪は正に生命線と言って良い代物だ。

 ここで一画を失えば、レオポルディーネ達はこのアーチャーとの戦い……そして全ての令呪を使い切ることになってしまうだろう。

 それはつまり、この戦いで二人は亜種聖杯戦争から脱落することを意味する。

“それじゃあ……ここで終わることになるわよ”

“構うものかッ! やれッ!”

“バーサーカー……!”

 隊士らと戦いながら、念話ではここで終わっても構わないと叫ぶ狂戦士。

 それに対し、その主は身の危険を前に、あくまでも理性的に判断を下すべきだと、怒りを抑え込み握り拳を震わせる。

「……おい」

 そんなレオポルディーネを見て、アーチャーは声を投げかけた。

「どうした? 一体、あいつと何を話している……?」

 バーサーカーと念話を行っているのだろうと察知したアーチャーは、何か算段があるのかと警戒心を強め、敵意にその黒い長髪をやおら逆立たせていく。

 しかし。

「いい加減にしろ、アーチャー! 私は、ついて行くと言ったんだ……ッ!」

 その時だ。

 佐藤が声を荒げ、アーチャーを睨んだ。

「それでも彼女を殺す気なら、私は死ぬまでお前と戦うから……ッ!」

「………」

 冷水を浴びせた、というのは相応しくない。

 その威圧、言葉で、佐藤はこの場の空気を支配したのだ。

「……分かった。ついて来い」

 毒気を抜かれたように構えを解いてしまったアーチャーは頷き、踵を返して通りの方へと歩き出した。

 その背を睨みつけ、危険はないと判断した佐藤は振り返り、先ほどの気迫に呆気に取られているレオポルディーネを見た。

「いつか、この戦争を起こした人には会わないと思ってたんです……だから大丈夫ですよ、ミローネさん」

 ありがとうございました。と、彼女はそう言って微笑む。

「あ……」

 その言葉に応えようと、口が開く。しかし出てきたのは、様々な感情に震えて言葉にならない音だけだった。

 そんな様子のレオポルディーネに軽く頭を下げ、彼女は遠くへ……通りの曲がり角へと消えていってしまう。

 レオポルディーネは、何もすることはできなかった。ただ黙って俯き、止めどなく湧き出てくる激情に体を震わせていた。

「……この戦争の終わりは近い」

 そして、そんな彼女にアーチャーは告げる。

 

「精々……身の丈に合った振る舞いをすべきだな、小娘」

 

 その言葉が、切っ掛けだった。

「――ッ!」

 パッと顔を上げ、見開いた両目を不気味に維持したままアーチャーらが消えた通りへと駆け出す。

 しかし通りへと出たものの、二人の姿は既にない。積もる雪にさえ、それらしき足跡さえ残されてはいなかった。

「………ッ!!」

 追跡は不可能と理解した彼女は、体を震わせながらギュッと目を瞑る。

 怒り、後悔、不甲斐なさ……様々な感情の矛先を失い、それらの感情はレオポルディーネの身体で暴れまわる。

 気づかぬうちに、彼女は唸り声を上げていた。言葉を持たない幼子のように何度も、何度も感情を声にして漏らす。

 それでも尚、身に焦がす激情が体内から消えることはなかった。

 

 

 

 決着の時だ。そう、セイバーは宝具を開放し、告げた。

 ああ。と、キャスターは剣を構え直し、応じた。

 

 キャスターとセイバーは、雪積もる高速道の真ん中で対峙していた。

 宝具を開放し剣を天へと掲げるセイバー。対し、キャスターは基本に忠実な中段の構えを取る。

 しかし本当は、構えは必要としない。

 魔剣『無影龍飛剣』は時間的、空間的な制限を掻い潜り、迫る一撃に最善の形で備える究極の後の先。故にあの宝具に対し、構える必要などない。

 だが、必要だった。

 己を初心に立ち返らせる為に。剣が好きで好きでしょうがなかった、あの頃の自分に今、淡い夢の一つが叶ったことを知らせる為に。

「指、震えているな」

 そんなキャスターに、セイバーが声をかける。

「宝具の完全開放、魔剣の連続使用……流石に無理しすぎだ」

 そう、セイバーの予測は正しい。キャスターにはもう、時間がない。

 マスター、ウィリアム・シンを失い魔力の供給は絶え、今や令呪三画の魔力のみでキャスターはこの世界に留まっている。

 そんな中で宝具を使い、その宝具もバーサーカーに破壊されようとしている。さらには、この亜種聖杯戦争で最強の座に君臨しているセイバーと戦っているのだ。その霊体は既に限界に近づきつつある。

「だが、もうすぐ……あと少しだけ、堪えてくれよ永倉新八。俺に弱り動けぬ老人を斬らせるな」

 騎士の本懐を、遂げさせてくれ。と、このまま消耗戦に持ち込めば勝てる戦いの中、圧倒的優位に立つセイバーは恥ずかしげに笑って懇願する。

「……ああ」

 その言葉に、キャスターは苦笑して応える。

「俺も同じ気持ちだよ、ロドリーゴ・ディアス」

 朗らかな、一瞬の和解の後。

 二人の間に、分厚い気配が張り詰めていった。 

「……いざ」

 と、キャスターは微かに俯き、目を閉じた。

「―――ッ」

 そして、開眼。

 決着の時……最後の戦いが、始まる。

 目を開けたキャスター。その眼前に、剣先があった。

 キャスターの眼は、波のように巻き上がった雪の先端、左剣の切っ先が突き出ているのを見た。セイバーは雪面をただ全力で蹴って、キャスターの眉間を真っ直ぐに狙ったのだ。

 ……なれば。

 極限にまで圧縮され、止まったようにさえ見える空間。

 その空間を、キャスターという霊格だけが、その只中で思考し、動く。

 キャスターの体は剣の軌道から僅かに身を外し、手にした刀身が切っ先を逸らすだけの、充分な体勢を整えていく。

 この星の全ては、未だその動きを観測できていない。

 否、そもそも動きなど存在しないのだ。

 静止した世界、連続した刹那の進みさえない中で、影なき存在、キャスターという情報だけが実体を置き去りにし、動く。

 世界がそれを認識する時、情報と実体が乖離しているというパラドックスは物理的な因果を超えて修正され、“初めからキャスターはそこにいた”という、この世界にとって最もダメージが少ない事実が残される。

 抑止力の修正を要とした、連続した時空間からの飛躍。それが魔剣『無影龍飛剣』のからくりだった。

 魔剣によってキャスターが動けるのはほんの僅か、それこそ身じろぎに近い。

 だがこの身じろぎに、一体どれだけの時間を捧げたであろうか。師の類稀なる発想と、弟子の常軌を逸した修練。二つを重ね今、老剣士は時間と距離を超越する。

 しかし……。

 空気の壁を突き破り飛来する、セイバーの突き。対しキャスターはその突きを完璧に対応する構えを取る。

 ……突きを刀で逸らしつつ、返す刀で胴を横薙ぎに払い斬る。

 ……これが突進気味に打ち出される突きに出来る最善手、キャスターの最速の反撃だ。

 しかし……。

 それが外れることも、キャスターは悟っていた。

 ……超音速で突き進むセイバーの突進。それはキャスターの剣戟を真っ向から飛び抜け、二人の位置は交差しすれ違って行くのだろう。

 そこまで理解できるが、それ以上の返し手はない。時間的、空間的束縛なく相手の攻撃に対し最善の反撃を取れる魔剣はしかし、彼我の技量、力量の如何によってその効力は大きく弱められる。

 そう。

 反撃すら追いつかぬほどの速力を持った突撃、疲弊したキャスターでは捌くことが精一杯。セイバーも、そこは把握しているはず。散々刀で斬られ、彼はこの対策を見出したのだろう。

 そう。

 ……なればこそ、ここからが勝負。

 

「――いざ」

 それは、無影の境地。

 世界さえ認識していない音なき世界で、呟かれた。

 剣士の言葉。

 

 そして、世界は修正される。

 薙いだ剣筋は空を切り、永倉新八の左横を、ロドリーゴ・ディアスが炎の尾を引いて飛び抜けていった。それこそ予想した景色を、なぞるかのように。

 その姿を追うように永倉は振り返り。

 そして、目撃する。

 目の前にいるロドリーゴが、天へと掲げたまま残していた右剣――宝具『秤り威示す炎の剣(ラ・ルース・ティソーナ)』。

 突き進む身をそのままに振り返り、後方へと振るい放つ最強の一撃。

 白熱した炎の横薙ぎ、眩し過ぎるその剣撃を。

「―――ッ」 

 ――いざ。

 永倉は再び無影の境地へと至り、その中で刀を振り被る。

 ――いざ、尋常に。

 ……かの一撃を受けるは悪手。

 ……あの炎は、受ければ全てを呑み焼き払うだろう。

 ……ならば最善手は、振るわれるより速く倒すこと。

 ……勝利の道は初動を押さえた、唐竹割りのみ。

 永倉の影なき存在は剣を振り上げ、一歩、踏み込んだ。

 ――いざ!

 そして、世界が修正された時。

「――ッオオオオオアアアアアアアアア!!」

 時空を飛び越え現れた永倉新八は狼の如く吠え、上段に構えた魔剣を振り下ろさんとしていた。

 それに相対するロドリーゴ・ディアスもまた、気高く雄叫びを上げて聖剣を薙ぎ振るう。

 そして二人の剣士は離れながらも、剣閃を交差させた。

 

 そして先に閃いたのは、横薙ぎの……。

 

 

 

 自身の命さえ武器に敵を殺し、焼かれながら渇きを満たす。

 その生涯は、燃え盛る炎のようだった。

 そんな彼女――読水によって災害と称されたアレクシア・ブロッケンに残された時間も、最早僅かとなった。

 既に令呪を使い果たし、体内に残された魔力も瞬く間に消費していく。それでもアレクシアは残る力で以って、ランサーとシュウジ、読水と真っ向から戦っていた。

「……ハッ……ハッ……」

 肩で息をしながら、素早いフットワークで奇襲を狙うシュウジに対処し、粘り強く正面に陣取り挑んでくるランサーの槍を相手取る。

 しかし、以前に見られた圧倒的な力は見る影もない。時折身体は言うことを利かなくなり、ランサーの速度に追いつけず、度々その身に十字槍を打ち込まれていた。

 だが、それでも彼女の心は華やいでいた。

「……ハッ……ハぁッ……ランサぁぁああーッ!」

 アレクシアが戦いの歓喜に吠える。

 その時だ。彼女の右腕が、血の塊となって爆ぜた。

「………ッ!?」

 限界を迎えた、と一瞬ランサーの動きがアレクシアの前で止まる。思わずとってしまった、不意の停止であった。

 その様子に、アレクシアは頬に浴びた血をそのままに、ヒクヒクと口端を釣り上げる。

「この……素人が……ッ!」

 アレクシアは異形の瞳を妖しく光らせ、自身を中心に魔法陣を展開。動きを止めたランサーを、魔法陣から噴き上がる光柱で吹き飛ばす。

 身を庇いながらも、光に呑まれるランサー。その力は、これまでアレクシアが令呪を以って行ってきた異形の力――焼却式に匹敵するものであった。

 その光の奔流は空気中に炎を生み、吹き荒れる爆炎となった。

 そしてアレクシアは炎の中から飛び抜け、爆炎がよりも速く駆け出す。向かう先は彼女が守っていた男、その首に下げられたペンダントだ。

「……届くッ! 奪える……ッ!」

 崩壊した右腕をそのままに地面を蹴り、目を血走らせ自分に言い聞かせるように呟くアレクシア。先ほど吹き飛ばしたランサーがどうなったかなど、もう頭の片隅にさえない。全てはこの為、あの“欠片”を奪う為にやった死の淵まで消耗し戦い抜いたのだ。英霊の一人や二人、気にする必要はない。

「………ッ!」

 爆炎を伴って突っ込んでくるアレクシアを見て読水は、拳銃をガンホルスターから抜き、連続して引き金を引く。

 しかし数発撃つと、カチンカチンと撃鉄が虚しく音を立てた……弾切れだ。

「寄越せ運び屋ぁぁぁああああッ!!」

 絶叫するアレクシア。

 それに対し、身を守る術を失った読水は……。

「終わりだ魔女……ッ」

 恐怖に顔を引きつらせつつも、隠していた攻撃性を露わにし歯を見せた。

 時を同じくして……吹き上がる爆炎から飛び抜け、アレクシアの背を狙う代行者の姿があった。

 シュウジは宙へと飛び跳ね、手にしていた最後の黒鍵を投擲。斬撃用に調整された黒鍵は投擲に向かず、クルクルと回転しながらアレクシアに迫り、それでも彼女の心臓を背中から貫いた。

 “欠片”を餌に、アレクシアに読水を狙わせる。そうすることで、シュウジが致命打を放つだけの隙を作る。

 ランサーが合流する前に、読水が提案した作戦。それがここに来て、功を奏した。

 しかし。

「……ガァッ!」

 致命傷を負うも、アレクシアは止まらない。一瞬意識を失ったように呆けた顔を見せたが、すぐに凶悪な形相を取り戻し、走る勢いそのままに左の貫手を読水の胸へと突き出す。

「おわ……ッ!?」

 読水は咄嗟に鞄を盾にして、貫手を防御した。鞄はグシャリと砕け散るも、貫手は上に逸れ、その一撃は頭の真横を突き抜ける。

 その際、読水は確かに見た。

 圧縮された時間の中で、ロケットペンダントの紐が切れ“欠片”が宙に舞うのを。

 直後、読水とアレクシアの体は激突。そのまま二人は背後からの爆炎に煽られ宙を舞う。

 読水は鞄の中身や破片と共に地面へと転がり、レールの合間に背中を埋めるようにして倒れ込んだ。

 そして鞄を失った左手で、首筋に手を当てる。右肩口から首筋に痛みを感じるが、今はそれどころではない。問題は、そこにあるべき紐の感触が……“欠片”がないことだ。

 ……俺の十年が、終わる?

 右の顔を血で汚しながら目を見開き、読水はそう想起する。

 この十年、この戦争の為に備えてきた。

 この戦いの為に十年、ただ生き恥を晒してきた。考えられる全てのことに備え、乏しき才能を磨き、この身と鞄に十年の思い全てを詰め込んだ。

 それが今、己の無力さによって終わろうとしている。寝る前の暗がりで、ずっと消えることのなかったあの不安の通りに。

 膨大な感情に縛られ動けずにいる読水の頭上、点滅しながらも地下の暗闇を照らす照明を覆う影が現れた……胸に黒鍵を突き刺されながらも、ユラユラと頭を左右に揺らしながらこちらへと歩く魔女、アレクシアだ。

「―――」

「………っ」

 人間であれば……いや、彼女の現能力を鑑みても充分に死ぬであろう状態でも、生き続ける。五年前に読水が成れなかった、外道の姿であった。

 

  ――人のままくたばるか、外道になって生き抜くか……道は一つだ。

 

 かつて師に示された、二つの道。

 ……彼女が外道としての生き残るのであるなら、人の道を選んだ俺は……。

 理性さえ溶けた瞳で、アレクシアはこちらを凝視する。弾切れとは言え、手にしている拳銃を向けることさえできず、読水はただ息を呑んだ。それはアレクシアの執念に気圧され、死を予感させた瞬間であった。

 彼女はゆっくりと息を吐き、ズイっと屈んでこう言った。

「……私の、勝ちだ」

 そう告げて、ゆっくりと読水の首へと左手を伸ばす。その手には魔力が込められ、陽炎のようにその周囲を揺らめかせていた。

 既に読水の首には、“欠片”は存在しない。故にこれは、その運び屋であった読水への勝利宣言。彼を殺す為の行動だ。

 

 

 

 ……俺の十年が、終わる?

 ……彼女が外道としての生き残るのであるなら、人の道を選んだ俺は……。

 死を予感した読水の感情が、因果戦を通じて伝わる。

「―――ッ!」

 それだけで、充分だった。

 傷つき朦朧としていた読水のサーヴァント、ランサーは覚醒する。

 ランサーは壁に貼りついていた背中を引き剥がし、歯を食いしばって瞳に光を灯す。

 そして次の瞬間には、彼女は閃光のように瓦礫の中から飛び出していた。

「ウオオアアアアアァァァアアッ!」

 咆哮を上げ、ランサーはかつてない速度でアレクシアへと横合いから飛び掛かる。アレクシアの異形の瞳はその決死の特攻に気づき振り返るも、避けることは叶わずに槍を胴に受け、体をくの字に折った。

 ランサーはアレクシアの胴を十字槍で突き刺したまま、常軌を逸した速度で柱へと激突した。しかし勢いは止まることなく、柱を砕いてそのまま地下鉄の横壁の向こうへと突っ込んでいった。

 あまりの出来事に驚く読水。しかしランサーらが消えた一瞬後、二人の方へと吹き抜ける突風が巻き起こり、読水から思考を奪い去る。

 ランサーとアレクシア。二人は顔を間近にして睨み合いながら、線路上の地下空間から別の地下施設へと飛び込んでいく……それは、どこまでも突き抜け破壊していく一筋の閃光のようだった。

 そして二人は読水達を残し、崩れ行く瓦礫の中へと投げ出された。

 破壊の渦に体を翻弄されながら二人の体は離れ、そのまま瓦礫の中へと呑まれていく。

 

 

 

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