Fate/reselect 作:Fate/reselect出張所
クリスマスプレゼントは、そっと枕元に添えるものです。
新作だ読め!!!!!!!!!!!(大声)
※これまでのあらすじ
早崎「そういえば先輩、そのお腹どうしたんですか?」
リコ「エレベーターに乗った時に、一緒にいた奴に撃たれた」
早崎「で、その人は?」
リコ「グーでボコボコにしてやった」
早崎「ぅゎっょぃ」
横田「アウトでレイジな先輩で震える」
第三十九話『連鎖』
ここから、始まった。
美しい月夜を隠すように、赤い炎と黒い煙が上がっていたのを覚えている。
南米で行われた、非公式の亜種聖杯戦争。
世界大戦の亡霊――年老いたドイツ人が率いる、人造英霊兵団。
聖戦の暗躍者――タカ派の神父が指揮を執る、第八秘蹟会。
新時代に群がる商人――亜種聖杯戦争に好機を見出した、商業連合。
夢を継ぐ魔術師――かの土地を愛するが為に身を投じた、あの少年。
英霊全てが出揃うよりも前に決着を迎えた不正規、非合理な聖杯戦争。
その、最後の夜。
英霊と魔術による洗練された闘争とは程遠い、血と硝煙に塗れた泥沼の殲滅戦。制圧は時間の問題となった、人造英霊兵団の本部。
そこに、鏡宮悟と読水奏馬はいた。
「おい急げ急げ急げ! 時間ないぞ!」
「お前はちょっと落ち着け鏡宮! でも、マジで急げよ!」
前線が近づいてきていることが、音と揺れで分かる。二人はここが戦闘で滅茶苦茶に破壊される前に本部へと忍び込み、盗みを働いていた。
互いに声を掛け合いながら、優美に整えられた部屋内に踏み入り、目につく調度品や資料を手当たり次第にリュックサックや手持ちの鞄へと無理やり詰めていく。全ては時間との勝負だ。
「鏡宮! これどう思う!?」
「知らん! とにかく持ってけ!」
「おい、何だこの黄金の銃!?」
「盗め盗め!」
よっしゃあ! という叫びの直後、ガラスケースを叩き割ったような音が響く。興奮状態の二人は普段以上の粗暴さで、彼らが積み上げてきた遺産を奪っていった。
鞘の模様が美しい、切っ先の折れた由来分からぬ短剣。
金細工が贅沢に施された、ヴィクトリア王朝時代の懐中時計。
樫で作られた箱に納められた、
時折価値のありそうな保管物を見つけては、他の部屋を荒らす相棒と意見を交換し、バックの品と入れ替える。
そんな中、鏡宮が荒らしていた部屋の扉が勢い良く開かれる。
サラ――現地で知り合い、後に読水奏馬と結ばれることとなる日系ブラジル人の女性だ。彼女の手にはサブマシンガンが握られており、背負ったダッフルバックは中身が入っていないのかペシャンコに潰れていた。
「来るぞ! いつまで荒らしてる!?」
「運び屋! あとどのくらいだ!」
「もう目の前! アダムのやつ、私達を置いて逃げかねないぞ!」
「……分かった! 撤収しよう!」
「ソーマは!?」
「あー……多分一階だ!」
「あの馬鹿……おいソーマ! どこ行った!?」
「あ、そのバック置いてけ!」
「うるさい! 早くヘリに戻ってろ!」
サラはそう吐き捨てると、後に結ばれる男の名前を呼びながら一階へと走り去ってしまった。
「……ったく、お幸せに……!」
鏡宮はそう皮肉ると、最後に何か持ち去れないかと部屋を見回し彷徨く。
「……あっ」
どこからか、空を裂く音が聞こえた。
そう思った次の瞬間、爆音と共に屋敷が激しく揺れる。
「……おおっ!?」
咄嗟に鏡宮は頭を抱え床へとしゃがんだ。衝撃で窓ガラスが割れ、部屋を飾っていた調度品が次々に落ちていく。
「ああ……クソっ」
ロケットか、迫撃砲か……あるいは奴らか。詳細は分からないが、こちら側に飛んできたということは商業連合による攻撃だろう。
……彼女の言う通り、急いだ方が良さそうだ。
そう判断した鏡宮は気の抜けた四肢を叱咤し、立ち上がろうとする。
その時だ。机に掛けた右手が何かに触れ、無意識にそれを掴んだ。
「………?」
鏡宮は立ち上がってから、手に掴んだそれを確認する。
「……何だ? 木の、欠片?」
それは透明な材質で出来たハードケースで、クッション入りの中には小さな欠片が収められていた。
切断されたものではない。何か強い衝撃で砕け散ったような、角の立った欠片。
一瞬、あるいは数分か、鏡宮は時間を忘れ、ケースに収められたその欠片に視線を落としていた。
「………」
一族により代々研ぎ澄まされてきた魔術、あるいはただの直感か。
しかし確かに、鏡宮には感じていた。渦を巻くように翻弄される多くの者の運命。そしてそれら運命が向かう果て……鏡には決して映せぬ渦の中心、ブラックホールのような特異点が。
……これが、いや、この先こそが……。
「……や! ……鏡宮!」
「………っ」
耳に入る、親友の声。それが放心状態の鏡宮を現実へと呼び戻した。
「おい、どこにいる!? さっきので死んじまったのか!」
「……大丈夫だ! すぐ行く!」
鏡宮はそう叫ぶと、手にしていたケースをポケットに押し込んだ。
ここから、始まった。
聖堂教会から第二百七十四号聖杯と
それは鏡宮らの手に渡り、日坂の地は聖杯戦争の戦禍に見舞われた。
第八秘蹟会、マリオ・アルバーニ。彼が立案、指揮した作戦により読水奏馬も、サラも死んだ。鏡宮が創設した研究組織も壊滅させられ、人員も資産も、全てを失った。辛酸を嘗めて守れたのは家族と、読水家の跡継ぎである読水竜也と、そして自分の命だけ。
充分だった。
戦争をまた始めるには、この身一つ、この憎しみ一つで充分すぎる。
そうして鏡宮は十年の時を、この戦争の為に費やした。
そしてそれが今、決定的な展開を迎えようとしている。
日坂聖杯戦争。
本来敵同士の鏡宮とマリオが共謀し、始めた亜種聖杯戦争。
それは亜種聖杯戦争を経て、第二百七十四号聖杯の復元とシュウジという聖人の誕生を目的とした
しかし鏡宮にとって、それは……。
「……先を越されたな」
それが、報告を受けたマリオ神父の第一声だった。
――アーチャーのマスター、鏡宮悟が聖堂教会を裏切る。
月明かりだけの、照明が灯っていない教会の聖堂。そこでこの事実を報告したエンツォは、至って冷静なマリオの反応、そして第一声に疑問を抱いた。
「……先を、か」
それはつまり、マリオ神父もまた鏡宮を裏切る気でいた、ということだ。
マリオは頷き、傷の刻まれた顔をしかめ、腕を組んだ。
「他の人間ならまだしも……エンツォ、君なら鏡宮がいつか裏切ることも、私がいずれ彼を始末する気でいることは分かっていただろう」
「………」
エンツォは二十七年、南米にてあの地獄のような戦争を経験している。そしてそれ以来、十年前のクランプス作戦、シュウジの監視役とマリオの計画に深く関わってきた。
故に、マリオの言葉には肯定せざるを得ない。マリオと鏡宮、そして第二百七十四号聖杯……これらの因縁に、妥協という言葉などないのだ。
「しかし先を越されたというのが分からない。今残っている四騎のうち、セイバー以外は全陣営が鏡宮の息がかかっている……裏切るには良いタイミングだろう」
「優勢であるからこそ、奴には余裕がある。裏切るのは、聖杯が完成したタイミング……裏切るだけのメリットが、目に見える形となった時……そう、考えていた」
“欠片”から聖杯への復元。
それが成されれば、その聖杯を巡って奪い合いが始まる。そこでの戦いを見越して、マリオは戦力を分けて配置していた。
しかし、それが仇となった。手元に戦力を置いておかなかったが為に、このような奇襲を受ける結果となってしまった。
「……認めよう。今回は読み負けた」
マリオはそう呟き、しばしの間聖堂内をうろつくように歩く。そして、ふと顔を上げ、こう告げた。
「……日坂市を包囲していた騎士団を招集させる」
「……っ!? 神父……っ!」
「監督の補佐として集められた第八秘蹟会の面々には、各自退避の指示を出す。エンツォ、君は……」
「待ってくれ、神父! それは越権行為が過ぎる! ここを……この街を再び戦場にする気か……っ!?」
聖堂騎士団――聖堂教会が保有する武力の一角にして、代行者と異なり、多集団戦を得意とする軍団だ。マリオはそんな騎士団の一部、シプレス碑炎騎士団――マリオの私兵と言っても良い集団を、正規の手続きなしに日坂市周囲へと派遣させていた。
しかし、騎士団の派遣はあくまで亜種聖杯戦争の枠を超えた、言うなれば最悪のケースに備えてのもの……その弁明でようやく、首の皮一枚繋がる。それだけ危険な差配だったはずだ。
「彼らをここに呼べば、もう誤魔化しは利かなくなる! 聖堂教会にはいられなくなるぞ!?」
「組織の為ではない」
エンツォの必死の抗議に、マリオは毅然とした態度でこう言い放った。
「エンツォ……我々は神への信仰の為、これまで手を汚してきたはずだ……違うか?」
「………ッ」
「今更、身を切ることを怯えて何になる?」
……止められないか。
エンツォの諦めを見て取り、マリオは静かに頷いた。
「私はここで各方面に指示を出す、君は今からシュウジの回収に向かってくれ」
「……了解」
……保護や護衛でなく、回収ときたか。
その言いように、さらに深く顔をしかめるエンツォ。しかし、その不快感は自分がシュウジに対し情が湧いてしまっているからこそ。弱くなった証左だ。
「気をつけろ。我々とて、ここからは聖杯戦争の駒に過ぎない。奴は直接殺しに来るぞ」
だが、彼は違う。
エンツォの様子に気づかず、瞑目しながらそう言って顔に刻まれた傷に触れるマリオだけは、あの南米の戦争から何も変わってない。
マリオは閉ざしていた眼を開き、呟く。
「誰にも邪魔はさせん……全ては聖なる使命の為に」
その眼光は既に、人道を説く聖職者のものではない。
それは信仰を灯火に、神なき闇の中を誰よりも長く進んだ……そんな者に宿る、獣の眼光であった。
「オオオオオァァアッ!」
満身創痍の状態で吠え猛り、アーチャーへと肉薄してくるセイバー。その様子を見て、アーチャーは早々に察した。
セイバーが見た目の通り、万全の状態ではないことを。
魔術師クラスでありながら、白兵戦において無類の強さを誇ったキャスターとの戦闘は、この日坂聖杯戦争最強の座に君臨していた剣士を充分に消耗させたようだ。
……全ては鏡宮の予定通りって訳か。気に入らねえ……。
こちらへと迫るセイバーに、アーチャーは後方へとリズミカルにステップしながら白い矢――師より奪った、彗星の如き威力を秘めた矢を番え、セイバーの一撃が来る瞬間に備えた。
……こいつは言うなれば、手負いの獣の激昂。残された力の全てを使って脅威を払い退け、危機を打破しようとする試み。
……その渾身の一撃を避けつつ、カウンター気味に矢を急所に打ち込めば……終わりだ。奴は食らった攻撃が何かも分からず消滅する。
「アァァガァッ!」
……そうら、来た!
セイバーが強く地面を踏み込んだタイミングを見計らい、アーチャーは両膝を曲げ、身を縮める。そしてセイバーが左剣を振るうその直前、アーチャーはバネのように一気に後方へ跳ねた。同時に全身の力で弓を引き絞る。
セイバーによる、勢いも余力も込めた渾身の横薙ぎ。
アーチャーによる、射撃動作を兼ねた全身での回避運動。
互いの一挙動が、圧縮された時間の中で緩やかに行われる。
踏み込んだ足から剣へと連動していく、セイバーの一撃。アーチャーはその過程を見ながら、冷静に矢先をセイバーの心臓部へと狙いを合わせていった。
保有スキル『千里眼』による動体視力……より厳密に言えば、見るべきタイミングで目標に焦点を合わせる瞬間的な意識力。生前のアーチャー――逢蒙の生来の力。太陽を撃ち落とした后羿の弟子足り得た才能だ。
草陰に潜む獣、周囲に溶け込む鳥、擬態する虫……ただ視力が良い、動体視力が良いというだけではそれらから欺かれる。真の狩人は、自然から微かに覗く身体の一部や痕跡から、獲物の
そう、アーチャーはずっと見てきた。
いずれ倒すべき剣士の動き、戦い方を、この戦争が始まった時から。
だからこそアーチャーには、セイバーの動き、その一撃の瞬間を見極められる。
……阿呆が、外れだ。
アーチャーはセイバーの剣の間合いから離脱しながら、彼の白刃が空を切る光景を目で捉えていた。
そして剣が空を切り、胴の守りがガラ空きとなるタイミングで矢を放つ。
宝具――『
その一矢が凄まじい衝撃波を生みながら二人の間を結ぶ空間を飛ぶ。矢が心臓部へと飛来するまでの時間は一瞬、音速さえ超えた刹那の間だ。
「――ッ!」
その刹那の時の中で、アーチャーは確かに見た。
絶対的な一撃を前に、セイバーは外した横薙ぎの勢いを殺さずに腰を切り、右剣を振り上げるように振るうのを。
そして剣が、矢を横から叩く。瞬間、閃光が放たれた。
音を置き去りにした閃光の直後、矢は横からの衝撃によって軌道がズレ、セイバーの肩当てを掠るようにして当たる。余波でセイバーはたたらを踏むが、矢はそのまま後方のビルへと飛んで行ってしまい、ビルの壁面を破壊するに留まった。
「な……ッ!?」
左右の回転の速さで攻撃の隙を埋め、一撃の重さで宝具の軌道を逸らされた。
師より奪ってから、多くの戦士や魔獣を射殺してきたこの赤い弓と白い矢。稲妻や彗星にも例えられるこの一撃でさえ『守り』に徹せられ、避けられたことや受けられたことも時にはあった。しかし、『攻め』の姿勢でもって、力技で抑えられたことなど……。
「フッ……ぬぁッ!」
驚愕に顔を歪ませるアーチャーに、余波で頬に擦過傷を負ったセイバーは笑みを返す。次いで体勢を立て直すや否や前進、右剣で突きを放った。
アーチャーはそれを横に跳んで避け、二撃、三撃と続く連撃を躱す。
精彩を欠いた、荒い連撃を繰り返すセイバー。アーチャーはそれを確実に躱していくが、反撃に矢を放つことはない。
……完璧なタイミングだった。それなのに……それなのに、それをこいつは正面から凌いでみせた……。
アーチャーはすり足でリズミカルに後退していきながら、矢筒に右手を触れる。
……矢は残り六本。
……無駄には、できない。
無理な攻め込みを繰り返すセイバーに打ち込む隙は幾つもある。しかし先程の失敗から立ち直れずにいるアーチャーは、精神的な動揺とプレッシャーにより二の矢を放つことができずにいた。
「……クソッ!」
苛立った声を上げ、アーチャーは後方へと大きく跳躍。雑居ビルの屋上へと飛び降り、セイバーを睨みつけた。
「ふぅ……ククッ。連戦はキツイな、流石に……」
対しセイバーは、両膝に手をつけ前屈した体勢で息を整える。しかし腸が煮えくり返っているアーチャーとは対象的に、その口端は上がっている。
“アーチャー、何をしている……話が違うぞ?”
と、そこへ鏡宮がアーチャーへと念話で声をかけてきた。
“『弓』を使うのはマスターだけだ。セイバーに対しては、必ず『木棒』を使え……そう言ったはずだ”
“鏡宮……いや、問題ない! あの野郎はこのまま弓で殺す!”
“いや、駄目だ……お前の弓では、そのサーヴァントには勝てない。勝つにはマスターを狙うか、木棒を使うしか道はない”
“黙っていろ魔術師ッ! これは俺と奴の戦いだ、横から口を挟むな!”
“………”
分かっていないな。と、鏡宮は失望混じりの声で呟いた。
そして――。
“アーチャー、令呪を以って命ずる――宝具『
令呪――自身のサーヴァントへの、三画の絶対命令権。
それを鏡宮は、ここにきて躊躇いなく切った。
“……か、鏡宮……っ”
“これはお前の戦いじゃあない。これは私の戦い。私の復讐の、戦争だ”
「鏡宮ぁぁぁああああああッ!」
アーチャーが声を張り上げ、矢筒に添えられていた右手が腰帯に指していた木棒を引き抜く。
それは師を裏切ったことで名を残した英霊の、裏切りへの絶叫。そして弓手の弟子としての矜持を捨てた、忌むべき物語の具現だ。
「アアアアアアァァアァアアアッ!」
アーチャーは絶望の声を上げながらビルの屋上から飛び降り、木棒をセイバー目掛け真上から振り下ろす。
瞬間、真っ直ぐな木棒は変質。巨木の如くに膨れ上がり、根のように枝分かれした。
「これは……ッ!?」
その異様さに目を見開いたセイバーはその一撃を避けようと腰を落とすが、しかし、道路の横幅を埋めるほどの肥大化した一撃はセイバーの周囲……マスターあるシュウジにまで範囲が及ぶことに気づき、飛び退けるのを躊躇う。
そして次の瞬間には、振り下ろされた宝具の一撃はアスファルトへと突き刺さり、一瞬の間を置いて、幾つもの巨大な根が地面を掘り起こし破壊していく。
そしてアーチャーが隆起した地面へと着地、木棒を地面から引き抜き身を起こした時には……既に、周囲は宝具の木によって侵食され、破壊された破片と積雪、そして木の幹が混じり合った廃墟と化していた。
宝具――『逢蒙殺羿』。
それは鏡宮がアーチャー――真名、逢蒙を自身のサーヴァントに選んだ理由。彼の師である后羿が討った多くの魍魎や神獣らの怨念により形状を変質させ、大木の枝や根を思わせる高密度の一撃をもたらす宝具だ。
その一撃は、誰かに裏切られた経験を持つセイバー――故国の王によって二度とも三度とも呼ばれる追放処分を受け、戦場にて幾多の裏切りを受けたエル・シッドのような者に対し、致命的なものとなる。
しかし。
「……なるほど。どうやら主に裏切られ、令呪で望まぬ戦い方を強いられているようだな」
破壊の限りを尽くされたビル街に、セイバーの声が響く。同時にアーチャーの眼下、陥没した地面の下から眩い光と熱が伝わってきた。
「………っ」
「ならば、悪いな……ここからは二対一だ」
均衡が崩れたな。と、剣士はそう告げる。
そこには廃墟となった壁を背に座るシュウジと、それを守るようにアーチャーに対峙するセイバーの姿があった。彼は体中血塗れだが、その足取りは以前のものよりずっと確かであり、さらには右手に握られた剣の刀身は白熱、光炎を纏っていた。
アーチャーはすぐに気がついた。セイバーの体は宝具を受けた先程より治癒が進んでおり、あのキャスターを破った宝具『
……この急激なまでの回復。答えは明白だ。
うつ伏せのまま倒れた、シュウジの右手――さっきまで二画の令呪が刻まれていたはず手の甲には、また新たに一画分の令呪が消失していた。
おそらく、シュウジは二画目の令呪を使用しサーヴァントの魔力を一気に回復させることで、宝具の使用が可能な状態にまで治癒させたのだろう。
それに……アーチャーは気づいてしまった。
シュウジが身動きすら取れぬほどに瀕死の状態でありながらも、それでも眼だけは大きく見開き、こちらをジッと見つめていることに。
……こいつ、まだ意識があるのか。
背筋にヒヤリとしたものが走るアーチャー。
そう、セイバーは決して一人で戦っているのではない。積雪に顔を半分埋めながらも、そして今も、シュウジはずっとアーチャーとの戦いを見ていた。だからこそ、アーチャーが宝具を使用した際には迷わず令呪を使い、その危機を脱することができた。
……まさに、不撓不屈。
……決して諦めるという選択を選ばぬ、その姿はまるで……。
「………ッ」
ざり。という音と、小さな石片を踏んだ感触で、アーチャーは自分が知らずに一歩、後退したのを知った。
「……どうしたアーチャー。来いよ……それとも、こっちから行こうか?」
「き、貴様らぁ……っ」
状況は以前アーチャーが圧倒的に優勢であるが、それでも戦い、生き残っている二人に、アーチャーは気圧されつつあった。
「ククッ……鏡宮よ、アーチャーを通し知るが良い……令呪の使用というのは、マスターとサーヴァントというのは……英雄とはッ!! 斯く在るべきなのだ!」
セイバーが気炎を吐き、力強く跳躍。アーチャーの真横へと降り立つと、間髪入れずに左剣を薙ぐ。
アーチャーはそれを真上に跳んで躱し、再び宝具の力を解放。膨れ上がった呪いの力で空を真っ黒に覆い、大地へと振り下ろしていく。
「ぬあッ!」
アーチャーの周囲諸共を破壊する宝具の一撃に、セイバーもまた宝具で応える。彼は解放した右剣の宝具を振り抜き、白熱した光炎の一撃で巨木を焼き切りにかかった。
木棒と炎剣。
呪いと信仰。
黒と白。
二つのせめぎ合いが天と地、その狭間を結ぶようにして始まる。
「……うわぁ」
「何だか、スゲェことになってるな……急いで離れるぞ」
「承知しました……マスター、もう少しこっちに寄ってください」
「ん……」
一方。
読水とランサーは、セイバーらの戦闘が繰り広げられている大通りから少し離れた所にある裏道を歩いていた。
アレクシアとの戦闘から一時間と十数分。読水達もまた、這々の体で地下から脱出していた。そして一度復活してから洋装へと姿が変わったランサーに支えられながら、読水は周囲から聞こえてくる正体の掴めぬ戦闘音――雷鳴のような、耳を聾する轟音から離れようと移動している。
「なんて音だよ、まったく……こっちはもう、ボロボロだってのに……」
「ええ……流石に今は、逃げに徹しましょう」
読水は、既に満身創痍であった。アレクシアとの戦闘による全身の切り傷、打ち傷等の軽傷に加え、地下鉄の崩落の際には瓦礫が当たったことにより右足首を負傷。右脚を引きずるようにしか歩けなくなっていた。
失ったのは身体だけではない。アレクシアの一撃から身を守る為に、長年愛用していた鞄とその中身――魔術礼装を失った。
そして……あの“欠片”。この聖杯戦争の中心にあると睨んでいたあの『聖杯の欠片』も、収納していたペンダントごと地下の瓦礫の中へと飲み込まれてしまった。
そう。
他勢力の思惑から外れ、『運び屋』読水は人知れず、この戦争で最も重要な存在を手放してしまっていた。
「……マスター、すみません」
そんな読水に肩を貸しながら、ランサーはおずおずと口を開いた。
「その……あのペンダント。それにマスターも、私だって……命令通りには守れませんでした……」
「………」
「ライダー……先程伝えた通り、彼の助力なしには私はあの時点で終わっていました。不甲斐ないばかりです……」
「確かに、五体満足とはいかなかった……何か見た目も、ステータスも変わってるし……まあ、あれ相手に生き残れたんだ。良くやったさ」
異形――アレクシア・ブロッケン。
あの地下にいた読水達や、シュウジだけではない。彼女はこの世から消滅したはずのライダーを始めとするこの世界の全てを敵に回していた。しかし、それでも彼女は全てを食い物にする気でいた。
そんな超一級の獣を相手に、こんな三流の魔術師が生き残れた。読水からして見れば、それだけで充分に奇跡だ。
それに……。と、読水は言葉を濁しながら、ペンダントがかつてあった胸元で拳を握る。
……それに、あの“欠片”が自分の予想通り亜種聖杯戦争の覇者に与えられる賞品……『願望機たる聖杯の器』であるなら、この戦争の最後には必ず姿を見せるはず。
幸運にもランサーは、彼女の言い分によれば最盛期の姿――ランサークラスとして本来の能力に戻った。逆に自分は満身創痍、鞄も魔術礼装も失ったが……令呪が残り一画に、拳銃もまだ残っている。
……まだ、戦える。
……最後の決着の、その時まで……戦ってやるさ。
押し黙りながら、決意を新たにする読水。
その時だ。読水を支えながら歩いていたランサーの足が、不意に止まった。
「……どうした?」
「……キャスター」
「は?」
呆然と呟くランサー。読み水は顔を上げ、彼女の見つめる前方を見る。
そこには、ビルの壁に背中を預け、白い息を吐きながら頭上を見上げる老人の姿があった。影となって良く見えないが、その姿は血にも塗れてボロボロであり、しかし手にはキラリと光る白刃が……刀が握られていた。
「………ッ!?」
その姿は初めて見る。だが、この亜種聖杯戦争のマスターである読水はすぐに察知した。この浅葱色の羽織を纏う老人こそ、あのウィリアム・シンが終ぞ姿を見させなかったサーヴァント。あの新選組の霊体を操っていたキャスターだ。
「ランサー……いや三吉慎蔵さん」
待っていた。と、キャスターはこちらへと弱々しく笑う。
「貴方は……まさか、永倉さん?」
ランサーの真名を口にしたキャスター。ランサーもまた、その老人の姿を見て動揺しながらもその真名を言った。
その二人の様子と言動で、読水はウィリアムのこれまでの行動に合点が行った。
永倉新八――新選組二番隊組長にして、沖田総司、斎藤一らと同様新選組最強の一角と語られる男。維新の後は、新選組の生き残りとして後世にその活躍を伝え残していったという。故にその名や姿は、現代においても他の新選組隊士以上に広く知られている。
その為、ウィリアムはキャスターの姿を隠し続けてきたのだろう。取り分け、ランサー――かつて長州藩士として同じ時代に生きた、三吉慎蔵には。
「三吉さん、君を待っていた」
寄り掛かっていた壁から身を離し、キャスターはこちらへと相対した。それを受けて、ランサーはそっと読水を壁際へと避難させてから前へと歩み出る。
“……ランサー”
“いえ……マスター、彼はもう……”
読水らの念話に気づいてか否か、キャスターはゆっくりと手にした刀を中段に構える。しかしその剣先はガタガタと震え、やがて両膝がガクリと地に落ちてしまう。
「その姿……」
「はは、あのセイバーと戦って、この様だ……もう、長くは保たん」
「………」
「負けたことに後悔はない。だが……どうやらアーチャー陣営がセイバーのマスターを奇襲し、疲弊したセイバー諸共殺しにかかっているらしい」
「シュウジが……?」
その報告に読水は反応し、その反応にキャスターは顔を綻ばせる。
「これも戦争だ。ランサーのマスター、どうするかは君に任せる」
「……分かった」
「だが、その前に……眼の前の敵をどうにかすべきだろう」
なあ、ランサー? と、キャスターへと声をかける。
「………」
ランサーは黙って振り返り、読水の顔色を伺う。そして読水が頷くのを確認してから、ゆっくりとキャスターへと歩み寄った。
「待っていてください。今、楽に……」
介錯の申し出。しかしその歩み寄りを、キャスターは平手を突き出し止める。
「そうじゃない。言ったろ? 眼前の敵をどうにかすべきと……今回は最期まで、俺は新選組のままで戦い切りたい」
ランサーはそう言うと、ガクガクと体を震わせながら、それでも剣を支えに立ち上がっていく。
「……永倉さん」
「なあ? 長州藩士、三吉慎蔵……」
「……壬生狼」
再度口される、ランサーの言葉。
その声は期待と悦び、そして畏敬に震えていた。
ランサーは足幅を広げて腰を落とし、槍を中段に構える。キャスターもまたそれを見ると破顔一笑、刀を上段へとゆっくりと持ち上げていく。
「………」
静かに戦いへと臨む二人を、読水は黙って見守るしかない。
マスターもおらず、既に消滅は免れない瀕死のキャスター。そんな彼との戦闘に付き合う理由などない。しかし自分が新選組と長州藩士、敵として激動の時代を生き抜いた二人の間に立つことなどできないのも、また事実だ。
故に、信じるしかない。ランサーのマスターとして彼女の実力を……例え、キャスターの剣の腕が新選組最強と呼ばれていようと、だ。
「………」
……何でいつも、いつも、いつもこんな目に合うんだ?
そう、思わなくもないが……今だけ、このいつ何が引き金となるか分からないこの緊張感の中では、文句さえ喉の奥から出てこない。
刀を上段に構え、今にも飛びかかりそうなキャスター。
腰を据えて槍を中段に構え、それを迎えるランサー。
二人の間に、歪みさえ見えるような重苦しい空気が漂う。
しかし……。
「……ぐっ」
その緊張が、キャスターの呻きと同時に切れる。
そしてキャスターの膝が笑い、ガクリと地へと……。
「――ッ!?」
瞬間、待ちの姿勢であったはずのランサーが前へ出た。
次の瞬間には、槍の穂先はただ真っ直ぐにキャスターの胸を貫いていた。
「………」
読水の目に映ったのは、そんな一連の光景。ただランサーの槍が、キャスターの急所を突き、それが当たったという呆気のない結果だ。
しかし。
「流石です……」
それでもランサーは嘯く。最期まで戦い抜いたその好敵手に、称賛を送る。
「流石……流石は新選組二番隊組長、永倉新八!」
「……嗚呼、有り難い……な」
これでようやく、あの頃の俺に戻れる。と、心臓部に位置する霊核を破壊されたキャスターは力の抜けた顔で呟き、刀を地面へと落とす。
そしてその体は、淡い光となって静かに消滅していく。
その両膝は貫かれた槍に支えられ、最後まで地面に落ちることはなかった。
キャスター――妄執の魔狼、永倉新八。
彼の消滅により、都市部へと向かっていった新選組の亡霊達は消滅。郊外のパーキングエリアにて展開されていた宝具『夢幻妄執城塞五稜郭』もまた時間をかけ崩壊していった。
同時にこれは、監督役による各陣営との戦闘禁止令の解除を意味していた。
しかし、その事実を確認している者など、もうどこにもいない。
二つの人影が、雪舞い散る月夜を飛ぶ。
人影から伸びる巨大な呪木に、それを焼き切る光炎を操る人影。
人工的な灯りを失った街の空で繰り広げられるその戦いは、まさに神話の光景。文明が影を潜めた、神秘の一夜。
「ぬあッ!」
巨大な三つ首の龍のように枝分かれし迫る、木棒から伸びる三本の巨木。
ビルの壁や天井を蹴って空を飛ぶセイバーはその一つを左剣で刺し止め、残る二つを右剣の炎で焼き尽くす。
「セイバぁぁあああああッ!!」
憎しみの絶叫をあげるアーチャーは、地上へと焼き落ちていく巨木を足場にセイバーへと跳躍し、月を背に何度もその木棒を振るう。
宝具――『
宝具――『
高ランクの宝具通しがぶつかり合う戦闘、日坂聖杯戦争始まって以来最大の宝具の応酬。
しかし、その戦闘は必ずしも拮抗してはいなかった。
「ハァ……ハァ……ッ」
ビルの屋上に着地し、セイバーは荒い呼吸を繰り返す。その足元は夥しい傷口から流れる血によって、あっという間に赤く染められる。
それも、そのはず。アーチャーの宝具『
だからこそアーチャー、師を殺した迷妄の弓手――逢蒙を鏡宮はサーヴァントに選んだのだろう。
……元々、俺の触媒はランサーのマスターが用意したという。
……とは言え、どうせそれもあの鏡宮という男が仕組んだことだろう。
……即ち相性という点で、キャスターとの戦いが無くとも……。
「……ハッ」
それがどうしたと言わんばかりに。
それでも強者は笑い、血塗れの剣を握り直した。
その態度に、アーチャーはますます怒り、青筋を立ててこちらを睨む。
「………」
……例え勝機の見出だせぬ戦いであっても、守るべき正義や美学がある。
それが真の強者としての証であるとばかりに、セイバーはその怒りを真っ向から受けて立ち、左剣の切っ先をアーチャーへと向け不敵に笑った。
「全てはそう……準備だった。この日、この復讐の為の……」
鏡宮は窓を背にし、佐藤にそう告げる。
彼の背後の街並みには街灯が消え、断続的に閃く光が破壊されゆく建物のシルエットを浮かばせる。
「亜種聖杯戦争の準備、聖堂教会との協力体制、聖堂教会が危険視するであろう魔術師らの誘致、竜也君と“欠片”を守る為の最強のセイバー、エル・シドの触媒……そして、そのエル・シドを討つ為に用意されたアーチャーの触媒」
全ては準備だった。と、鏡宮は再度、佐藤に告げる。
疲れたように下げられた、鏡宮の視線。事の経緯を聞いていた佐藤が、そんな彼に質問する。
「……全部、全部復讐の為に、これだけのことを……?」
「命懸けで勝ち取った聖杯の力でも、死んだ人間を完全な形で蘇生することはできない……ならば、この聖杯戦争そのものを利用しようと思ったんだ」
復讐の為にね。と、鏡宮は抑揚のない声で呟き、佐藤を見た。
「聖杯を求め、人類はずっと殺し合いを続けてきた。亜種聖杯戦争の切っ掛けとなった、第二次世界大戦前夜に行われたという冬木の聖杯戦争も……あの年老いたドイツ人も、商業連合の連中も、あの少年も……読水も、サラも皆、聖杯戦争という連鎖の犠牲となった」
「………」
「……だから殺してやる。第八秘蹟会の奴らも、シュウジ・アルバーニも、聖杯も……あの男が求めるモノは全て、連鎖の中に沈めてやる」
鏡宮はそこまで言うと、再び佐藤に背を向けてケータイを操作し、部下に指示を送る。
「聞こえているな? プランBだ……ああ、アーチャーでは時間が掛かる。狙撃班を配置に……そうだ、こちらの合図を待て」
鏡宮はそれだけ伝えるとケータイを切り、佐藤に向き直った。
「さて……君が聞きたいこと、話せることは全て話した」
「鏡宮さん、貴方は……ッ!」
佐藤が食い縛った歯の合間から声を漏らし、殺気立つ。どうやら動けないシュウジを狙撃しようとしていることに気づいたらしい。
「………」
髪まで逆立ったその激昂は、やはりただの女子高生とは程遠い。
しかし、どれほどの才能を秘めていようと彼女はこの聖杯戦争とは関わりを持たない。それが鏡宮の結論だった。
「……私や、そして恐らく竜也君が君に危害を加えないのは、君が先程話した連鎖とは無関係の立場にあるからだ」
それでも……。と、鏡宮は一歩佐藤へと歩み寄り、静かにこう続けた。
「それでも、君がこの聖杯戦争のマスターとして私と立ち会うというつもりなら……容赦はしない」
その時だ。彼が机に置いたケータイが鳴り、液晶に光が灯る。
鏡宮は机に一瞥し、そこで一瞬動きを止める。
「……失礼」
鏡宮は、待って欲しい、と手のひらを佐藤に突き出す。次いで佐藤が飛び掛かってこないのを確認すると、ゆっくりとケータイを手に取り。
「……君、視力は良い方かい?」
と、液晶部分を――掛かってきた電話の相手、それが読水竜也であることを、佐藤に示した。