Fate/reselect   作:Fate/reselect出張所

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Fateシリーズの二次創作です。遅くなりましたが、勘弁してください。アーチャーが何でもしますので……。
※これまでのあらすじ
鏡宮「時間が空いたから、もう一度言うよ……君、視力は良い方かい?」
佐藤「あ、もちょっと近くで……んんー?」
鏡宮「よく見てね? ……今だ! スマホで催眠!」シュビビビビ
佐藤「( ˘ω˘)スヤァ」


第四十話『ブラックアウト』

四十話『ブラックアウト』

 

 

 

 鏡宮悟――この日坂聖杯戦争の開催者でありながら監督役である聖堂教会のマリオ神父を裏切り、日坂の都市部を戦場へと変えた男。

 彼は、たった二回のコールで読水からの電話に出た

「やあ、竜也君……無事かね?」

「ええ。鏡宮さんも……」

 言いたいも、聞きたいことも沢山ある。

 しかし、今は時間がない。

「鏡宮さん、単刀直入に言います。俺はシュウジ……代行者の彼を助けます」

「……そうか」

 読水の宣言に、鏡宮は一度大きく深呼吸を入れた。

「それは、私との協定を破棄するということかい?」

 鏡宮が口にした協定。それは最後の二組になるまで互いに交戦をしないというものだ。しかしその協定が結ばれたのは十年前、しかも口頭での約束に過ぎないものだった。

 ……これだけの事態を引き起こして、律儀にそこは守ろうとするのか。

 読水は口を曲げ、彼の手を振り払おうとしている自身に一抹の嫌悪感を覚える。聖堂教会と渡り合う賢しさを有しながら、泣き叫ぶ子供と交わした口約束を律儀に覚えている。そんな不器用な彼だからこそ、読水は鏡宮を一人の大人として尊敬していたのだ。

 しかし、言わねばならない。

「ええ、そうなってしまいます」

「……なるほど。理由を聞いても?」

 それは……。と、読水は冷たい外気を吸い込みながら目を閉じ。

 

 ――人のままくたばるか、外道になって生き抜くか……道は一つだ。

 

 そして、告げる。

「それは俺が、人のままくたばる『運び屋』だからです」

 

 

 

 戦いの不義に裏打ちされた、神に誓った正義。

 戦いの醜悪に磨き上げられた、自分だけの美学。

 それらはいずれも、この世界では守り難く、貫き難い。

 どれだけ綺麗ごとを叫ぼうと、この世界が大きく、そして人は本質的に矮小であることには変わりないからだ。

 だからこそ正義も、美学も、守ろうとすることで初めて価値あるものとなる。

 そしてそれらを守り抜くことで、真の強者としての道は開かれる。

「……だから、こそ」

 セイバーは呟く。そして自身の声に反応し、彼はハッと意識を取り戻す。

 そうして、セイバーは自分がビルの屋上の金網に指をかけ、意識を混濁させていたという事実に気がついた。

「……何か言ったか? 死にぞこない」

 そう吐き捨てるのは、頭上にいるアーチャーだ。彼は宝具で生み出した巨木に立ち、息を切らしながら憤怒の形相を浮かべてこちらを見下ろしている。

「いや……何でもないさ」

 ……どうやら宝具に弾かれ、意識を飛ばされていたらしい。

 倒れなかったのは、せめてもの救いか。と、セイバーは自嘲し、引っかけていた指を金網から外し、屋上の中央へと歩み出る。

「………っ」

 しかし膝から崩れ落ち、タイルへと両膝をつけてしまう。セイバーは一瞬呆けたように驚くも、しかしすぐに戦意を取り戻し、両膝を地につけたまま右剣の先をアーチャーに突きつけた。

 その様子に、アーチャーは顔を歪める。

「いい加減に……いや、もう終わりだ」

 そして止めと、彼は宝具を振り上げる。

 まさに王手。最序盤での協定から始まり、奇襲によって大詰めを迎えた二陣営の戦い、その勝負の行方が決まった状況であった。

 しかし、そこにあるはずのない横やりが入った。

 セイバーの眼上に立ち、今まさに宝具を振り下ろそうとするアーチャー。その真横から、何かが閃光のような速度で飛来した。

 アーチャーもその飛来を察知し、息を呑んで横を向く。そして次の瞬間にはアーチャーは体をくの字に折り、遠くへと弾き飛ばされていた。また高速で飛来した者も、アーチャーが咄嗟に振るった宝具との衝突で生じた凄まじい反発力で後方の宙へと跳ね飛ばされる。

 ……いったい、何者か。

 セイバーは跳ね飛ばされたその姿を追い、そして目撃する。纏った武装こそ知るものとは異なるが、木の幹に左手を掛けて落下を防ぎ、下方へと落ちたアーチャーを力強く見据えるその横顔は。

「ランサー……!」

「すまんが、マスターの命だ……邪魔をするぞ、セイバー」

「……ふ、いらん気を使うな! 助かったぞ、ランサー」

 セイバーは気を吐くと、剣を杖にして一気呵成に立ち上がった。

 希望があれば、人は苦境の中であっても耐えられる。そして人類史に名を刻んだ英霊であれば、希望ひとつで死の淵から這い上がることさえできる。

「さあ、潮目だぞ」

 セイバーは歯軋りするアーチャーに剣を突きつけ、吠える。

「どうする、アーチャー……ッ!? 鏡宮ぁッ!?」

 

 

 

 五年前の、あの日。

 拘束され動けない少年を、読水は撃てなかった。

 そんな読水を見限り、師の雨井陽二が代わって引き金を引いた。

 夕焼けの空、どこまでも遠く響き渡ったあの銃声。

 あれが、読水の奥底で眠っていた、『殺し屋』としての断末魔だった。

 そう、五年前の、あの日。

 あの選択があったからこそ、読水は道を違えない。

「鏡宮さん、俺は他人の意思に従って引き金を引ける外道じゃあない。この十年で、その道を選べないと思い知った……彼には借りがある、だから助けます」

「………」

「貴方も……今、聖堂教会に直接的な攻撃を仕掛けていることは把握しています。貴方もそんな非道な真似は、もう止めてください」

 読水の言葉、そのひとつひとつを噛み砕くように、鏡宮はジッと黙っていたが。

「ここで彼らの息の根を止めねば、君がこの聖杯戦争を勝ち残るのは難しくなる……両親のことは、諦めたのかい?」

 口を開く時には、あらかじめ用意されたかのような鋭い言葉が発せられた。

「貴方は十年前に言った。二人を連れ戻せる奇跡を用意する、と」

 しかし、それは読水も同じだ。十年もの間、考えなしに生きてきた訳じゃあない。

「けど俺も……もうそんな夢に縋りつくガキじゃあない。聖杯では……どんな魔術だって、人を生き返らせることはできないと知っています」

「そう……例え失われたとされている冬木の聖杯であっても、死人を蘇らせるのは無理だろうね。しかしそれを可能とし得るのがあの『欠片』だ」

「……どういう意味ですか?」

「あの時私は、君に嘘をついた訳ではないよ」

 思いもしなかった鏡宮の返しに、読水は焦りを忘れて疑問を口にする。鏡宮はその疑問にこう答えた。

彼の者は一度死んで、そして復活した(・・・・・・・・・・・・・・・・・)……分かるかい? 『欠片』に残された膨大な神秘を辿れば、いずれはそこ(・・)に辿り着けるはずだ」

「鏡宮さん、それは……」

「死人を完全な形で復活させること……もちろん、そんな奇跡はこの聖杯戦争に勝ったところで得られるものではない。だけど復元された聖杯が君の物になれば……夢想に等しい奇跡は、手を伸ばせるだけの希望になるはずだ」

 『欠片』――第八秘蹟会がこれだけの犠牲を払ってでも求める聖遺物。そこに残された奇跡の残滓を辿り、書物の多くに記されたあの奇跡を成す。

 理屈は読水にも理解できる。それはあまりに無謀な話、荒唐無稽と言っても良い行いに思える。だが、その無謀に挑むことこそが根源を目指す者、魔術師のあるべき姿であることも否定できない。

 しかし……鏡宮が見ているもの、目的は、そこではない。

「しかし貴方は、その為に必要なこの聖杯戦争を今、滅茶苦茶にしている」

「………」

「それだけの希望が見えているのに、なぜ貴方は、復讐を選んでいるんですか?」

 そう。

 鏡宮はキャスターやアレクシア、亜種聖杯戦争の規定を超えて暴走していた存在が消えたと同時に、監督役である聖堂教会そのものに牙を剥いた。その行動はキャスターやアレクシアと同様、聖杯戦争そのものを頓挫させかねない破滅的なものだ。

「今回の騒動に乗じてセイバーや、そのマスターを狙う。それだけなら理解できる。けど俺には、鏡宮さん……貴方が聖杯でなく、ただ聖堂教会への復讐だけを目的に行動しているように見えます」

「………」

 読水の推論に、彼は暫しの間、無言であった。

 そして……。

「……先に謝っておこう。『欠片』の回収目当てに十日前、バーサーカー陣営をけしかけたのは私だ」

「え?」

「だから君が私との協定を破ることに、罪悪感を覚える必要なんてないよ。ああ、それと彼女……ライダーのマスターだった佐藤真波は、こちらで保護した。もうこの戦争には関わらせないと誓おう」

「いや……ちょっと待ってください。鏡宮さん、いったい……」

 君の推論は正しい。と、鏡宮は読水の戸惑いの声に被せるように言った。

「私は復讐という連鎖に導かれ、この戦争を引き起こした。聖杯や未来に、もう興味はないんだ。マリオ・アルバーニ……奴と刺し違えること、それだけが私の望みなのだから」

「………」

 読水は言葉を詰まらせる。こちらの反応を他所に語る、鏡宮の淡々とした言いよう。そこには、何者にもその意思を覆させないという凄味が感じられた。

「積み上げてきた全てを、奴に奪われた。君の両親の命や、君の人生さえ……竜也君」

 

 告白しよう。と、鏡宮は続けてこう告げた。

「あの時……生き残れたはずの君の両親を、保身の為に私は売った」

 

「………!」

 その告白に、読水は自身の肌が総毛立つのを感じた。

 言葉も出ず身を震わせる読水に対し、鏡宮は自嘲したように声をうわずらせて言った。

「君には明日を夢見てほしいが、私にそれは選べない。君や、ここにいる佐藤真波や……君の両親のように、綺麗な道を選ぶ資格など、もうないんだよ……この復讐と破滅が、私の運命だ」

 その時。

 雪降りしきる夜空に銃声が響き渡るのを、読水は耳にした。

 それは五年前の夕焼けに響いたような、何かの断末魔にも聞こえた。

 そして最後になるであろう鏡宮との通話は、その音を境に途切れていた。

 

 

 

 数分前。

 プランB――代行者シュウジ・アルバーニを抹殺すべく配置についた狙撃班は、照明の消えたオフィスビルの一室で鏡宮からの合図を待っていた。

 狙撃班は狙撃手、観測手、護衛の三名からなる。うち狙撃手と観測手の二人は周囲の警戒を護衛に任せて、窓辺へと無理やり寄せたオフィス机から上半身を乗り出し狙撃態勢を取っていた。

 そして頭上では、今も尚頻繁に轟音が鳴り響き、ビル全体を揺らす衝撃が響いてくる。

「……何分経った?」

 その問いに、観測手のロバート・“(オウル)”・ロックスは静かに白い息を吐き、暗視装置付きの観測用スコープから目を離して腕時計を見る。狙撃位置に付いてから、既に五分も経過していた。

「五分だ」

「連絡は?」

「いや、まだだ」

 分かった。と、狙撃手のサリム・ “樋嘴(ガーゴイル)”・シモンは呟く。

 その語気には僅かに苛立ちが見えるが、しかしそんな僅かな感情をひとつ見せただけで、彼は再び呼吸さえ感じられぬほどに静かになる。

 もうずいぶんと古い付き合いになるが、この“樋嘴”というが付けられたほどの冷静さにはいつも驚かされる。

 雪に体半分を埋め、倒れる目標との距離は240メートル。

 “樋嘴”が手にしているボルトアクション式の狙撃銃は、数年前に市場に出たばかりの静穏性と携帯性に特化した市街地用ライフルだ。メーカーが推奨している射程距離は150メートル弱……240メートルという距離はそれからずいぶんと超えてしまっているが、冷静沈着なエキスパートである彼なら、弾道降下も計算に入れ難なく当てられるはずだ。

「クソッ、撤収まで一〇分もないぞ……おい、大丈夫なんだよな?」

 冷静な“樋嘴”に対して、現状に酷く狼狽し焦りを見せているのが護衛の“(ハンマー)”だ。チームを組んだのはこれが初めてで、本名も聞かされていない上に、戦闘用ヘルメットと暗視ゴーグルのお陰で顔すらまともに見ていない。しかしこの若い傭兵は、どうにも実戦での経験は浅いように思える。

「落ち着けよ、若造。回収班は、俺達を置いて逃げたりしないさ」

「ホントかよ……上じゃあ漫画に出てくるような連中がやりあってんだ……ここにいりゃ俺達、巻き添え食ってビルと一緒に消し飛ぶかも分かんねえんだぞ……?」

「ああ、そうかもな」

 ビル屋上より遥か上空では、この聖杯戦争の中心である英霊が戦っている。その中には、雇い主である鏡宮の『弓兵』もいると聞かされている。

「……空戦の下にいる時や、雷雨の中みたいなもんさ」

「は?」

「狙いが俺達でない以上、結局は運次第ってことだ」

  “梟”はそう“槌”を言いくるめながら、再びスコープを覗く。

 そして、気づいた。

「目標を見ている奴がいる。通りの右端、クリーム色のマンションの下……トレンチコートを着た男だ」

 “梟”は隣にいる“樋嘴”に報告。同時に手にしたスコープの倍率を切り替え、より多くの情報を集めようと周囲に視線を巡らす。すると、“樋嘴”が舌打ちをした。

「……知っている顔だ。エンツォ、マリオの部下」

 その言葉を受け、“梟”は改めて男の顔を確認する。そしてそれが彼の言う通りの男であることを確認すると、“梟”は心臓が強く脈打ち、凍えた全身に熱いものが走るのを感じた。

「来やがった……」

 それは、長い年月を重ねて育てられた復讐心。衰えを感じつつある身体をそれでも戦場へと駆り立てる、殺意の熱だった。

 鏡宮より命じられている目標は、代行者シュウジ・アルバーニ。そしてその合図は、未だ来ない。だが目標の救助にやって来たあの男は、現場の判断で殺しても構わないはずだ。

「……他に仲間はいない。サリム、やるぞ」

「ああ」

 十年前の、仇討ちだ。

 と、“樋嘴”は白い息を吐きながら体を揺すって射撃体勢を改めて整え、気炎を吐いた。

 トレンチコートの男――エンツォは建物の陰から顔を出し、倒れ伏すシュウジ・アルバーニの周囲に敵がいないかを確認するように周りを見ていたが、顔を上げてこちらの方を見るや否や通りへと飛び出した。

「気づかれた……ッ!」

 現状、この地域は鏡宮によって電力が落とされ、街の照明器具は機能していない。月に照らされた野外ならともかく、照明の消えたビルの一室から見ているこちらを裸眼で発見するなど通常不可能だ。

 しかし、“梟”はスコープ越しに確かに感じた。

 エンツォがこちらの方を一瞥し、そして視線が合ったその瞬間を。

 ……条件は同じ、ということか。

「目標の240メートルに、真っすぐに接近中。風はない、撃て……!」

 ……殺せ!

 “梟”の殺意が伝播したかのように、“樋嘴”は間髪入れずに引き金を引いた。

 パスッ。という掠れた射撃音。そして消音器から僅かな発火炎もなく、その弾丸は発射された。

 .300 AAC Blackout弾――“樋嘴”が持つ狙撃銃、そして“梟”や“槌”が手にしている短銃身のアサルトライフルは同じ弾薬を共有している。

 世界に広く普及されている5.56mm口径弾は近年、防弾性能の向上に対して威力不足が指摘され、また発射時に弾丸が音速を超える為に発生する破裂音が問題視されていた。.300 AAC Blackout弾は銃身さえ取り換えれば使用している銃器はそのままに、これらの問題を解決するよう設計、開発された二種類の弾薬だ。

 “樋嘴”が発射したのも、その弾薬のうちの一つ。弾頭を通常より重くし、弾速を遅くすることで静穏性と衝撃力を両立させた亜音速弾だ。

 その初速は秒速300メートル程……我々にとって馴染み深い5.56mm口径弾の3分の1くらいの速さしかないが、それでも発射から0.8秒後には、奴の急所に食らいつくことができる。

 しかし、それでは遅すぎた。

 狙撃の直前、エンツォは走りながら体勢を大きく沈め、獣じみた動きで横へと飛び跳ねる。放たれた亜音速弾が彼の横を掠め、積雪を弾いたのはその一瞬後のことであった。

「躱された……!?」

 驚く“梟”。対して“樋嘴”は射撃後間を置かずにボルトを操作、薬室に新しい弾薬を装填する。

「見ている……こちらが撃つタイミングを、目で計っているんだ」

「……化物め」

 “樋嘴”の推測に“梟”は毒づき、再度スコープを覗く。目標とエンツォとの距離は、もう目前にまで迫っていた。

 ……弾薬を変更する暇はない。

 “梟”はスコープを机に置き、意を決し口を開く。

「次弾、奴が避けたら撃て」

「……[[rb:了解 > ダコール]]」

 “梟”の指示に疑問を挟むことなく、“樋嘴”は了承する。

 返事を聞くと“梟”は机に立て掛けていたアサルトライフルを引っ掴み、勢い良く立ち上がる。そして光学照準でエンツォを狙うと、単発で矢継ぎ早に銃弾を見舞った。

 掠れた発砲音が次々に上がり、亜音速の弾丸が夜空を漂い落ちる雪を弾きながら飛ぶ。

 エンツォはそれら銃撃を知覚すると、積雪を蹴ってジグザグに駆けた。

 “梟”による銃撃は、エンツォの常軌を逸した視力と機敏さによって避けられる。しかし、そこまでは“梟”の目論見通りだった。

 エンツォは銃撃を躱しつつ、そしてついに代行者の目前にまで迫った。しかし彼の体が突然衝撃に震え、動きが止まる。

「……命中」

 隣の“樋嘴”が、そう呟きながら次弾を装填する。

 狙い通り、彼はエンツォが“梟”の銃撃に意識を回している隙に乗じてその動きを学習し、動きに合わせた狙撃を成功させたのだ。

 ……やってくれた。

 “梟”は緊張を解すように息を吐き、白い歯を見せる。

 その瞬間だった。

 膝から崩れ落ちたエンツォの四肢に、再び意思が宿る。彼は両膝立ちの姿勢から飛び前転で即応的に撃ち込まれた“樋嘴”の弾丸を躱すと同時にシュウジのそばへ辿り着き、再度地面を転がるようにして代行者を肩へ担ぎ上げた。

 レンジャーロール――意識を失った要救助者を素早く担ぐ為に考案された、ファイヤーマンズキャリーの高等技術だ。

 そうして代行者をエンツォは肩に担ぎ、そればかりか、いつの間にか抜いていた拳銃をこちらに向け、右腕一本で発砲してきた。

 恐らく9mmだろうが、拳銃弾の有効射程など彼我の距離の半分だってない。しかし音速で放たれる鉛玉は、こちらへと届くだけの運動エネルギーは充分に有している。

 最初に一発。その後、数発とエンツォは銃弾をこちらへと撃ち込んでくる。カン、カンと、ビルの壁や机に銃弾が着弾し、“梟”は反射的に身を屈めてそれら銃弾から身を守ろうとする。そんな中でも“樋嘴”は姿勢を変えずにスコープを覗き続けていたが、エンツォは踵を返して代行者を運び、素早く横道へと逃げ込んでしまった。

「ダメだ……やられた」

「……逃がすか。追うぞ!!」

 “梟”は机に置いていた装備や弾倉を荒々しくバックにしまい、ヘルメットを被った。

 “樋嘴”も同意見のようで、手にしていた狙撃銃のストックを折り畳むと、バックから入れ違いに9mm口径のサブマシンガンを取り出す。そのサブマシンガンは近接戦闘用のレーザーサイトは付いているが、消音器が装着されていない。もちろんこれは隠密性を作戦の主軸に捉えていた鏡宮から支給された物ではなく、彼が無断で持ち込んだ私物だ(理不尽な規則に散々文句を言いつつ従うのが自分なら、黙って規則を破るのが“樋嘴”という男なのだと“梟”は解釈している)。

「おい本気か……時間がないぞ!?」

 二人の意気込みを他所に、そう叫ぶのは“槌”だ。

「俺達の任務は、回収されたあの代行者の抹殺だ……クソ、鏡宮の野郎」

 ……鏡宮の合図を待っていたせいで、この様だ。

「今更……何を怖気づいてやがる」

 “梟”は苛立ちながらアサルトライフルの動作確認を行い、それから時計で時刻を確認する。

 ……回収まで、時間がない。応援を呼べれば良いが、キャスター陣営とアサシン陣営による襲撃のせいで人手も足りなくいのが現状だ。

 ……だから、こっちの不始末はこっちで片づける他ない。

「“槌”、先に回収地点に向かえ。目標は二人で片づける……もし回収時刻を過ぎても戻らなかったら、そのままこの区域から逃げろ」

「……あんたらを、置き去りにしろと言うのか?」

「相手が悪すぎる。もうプラン通り、動けない相手を始末するだけの状況じゃあない」

 分かるだろ。と、“梟”は脇を通り過ぎる。近接戦闘用に武装を整えた“樋嘴”も狙撃銃が入ったバックを“槌”の胸へと投げ渡し、呆気に取られている彼の肩を叩いてから“梟”に続いた。

 二人はヘルメット上部に装着していた暗視ゴーグルを顔へと引き下げ、足早にオフィスから出ていった。

 

 

 

 空では雷鳴のように光が瞬き、一瞬の間を置いて叩きつけるような衝撃波が大地を襲う。

 天地に鳴り響く、人類史に名を刻んだ英霊三騎による決戦。ただただ見上げるしかないような戦いの最中、最新の火器を手に、己の戦いを繰り広げる者達がいた。

 “梟”と“樋嘴”は代行者と、彼を救助したエンツォを追って幅の狭い裏通りを進んでいた。その足取りは迅速そのもの。周囲への索敵も最低限に済ませ、ただ目標が雪に残した足跡を追う。

 鏡宮による聖堂教会への裏切り。日坂市都市部のインフラを一時的に麻痺させ、マリオ神父管理下の施設、人材を襲撃。そして、この亜種聖杯戦争の参加者である代行者シュウジ・アルバーニを暗殺する。

 この十年前の『クランプス作戦』への報復は一時間以内に襲撃の終了、そしてニ時間以内に作戦区域からの脱出することが計画されていた。当然、狙撃チームが脱出する為に用意された車両も、全てその計画に従い時間が組まれている。

 その回収予定時刻が、残り五分を切った。

「………」

 ……構うものか。

 “梟”はもう、時計を見ない。脱出すること、この作戦での生還を、彼は既に諦めていた。

 ……十年前の屈辱。あの家族を守れなかった思いを晴らせるなら、ここで終わっても良い。

 “梟”は“樋嘴”より先行し、角から微かに顔を出して通りの様子を伺う。そしてエンツォがいないと判断するや銃を構えて飛び出し、代行者を抱えたエンツォを追う。

 雪が積もる地面に残された足跡からは、少量の血痕、エンツォが万全での状態ではないことが見て取れた。時折酷く乱れるその足跡は、“樋嘴”の狙撃がしっかりとエンツォにダメージを与えたことを教えてくれた。

 ……このまま、代行者を担いで逃げることはできないぞ。

 “梟”は徐々に近づいているはずの標的に舌なめずりしながら、心の中でエンツォに語り掛ける。

 ……先手はくれてやる。いい加減に来い!

 そしてその瞬間は、裏通りから出て、多くの自動車が放置された交差点へと辿り着いた時に訪れた。

 不意に、先行していた“梟”の頭部に衝撃が襲う。

 カン、という乾いた音と共に真横から殴られたような衝撃が走り、暗視ゴーグル越しの視界が火花と共に弾け飛んだ。

 撃たれた。

 そう判断する時間もなく、“梟”は本能的に頭を下げ、視界ゼロのまま遮二無二駆け出す。しかし胴へと続く第二、第三の衝撃に、“梟”は足をもつれさせ地面へと倒れた。

「“梟”ッ!!」

 雪面を前のめりに滑るよう倒れながら、“梟”は戦友の叫びを耳にした。そしてその叫びは、続く銃声に掻き消される。

 おそらく、背後にいた“樋嘴”がこちらを撃ったエンツォへと発砲し、牽制してくれているのだろう。“梟”は夢中になって腕をバタつかせて地面を掴み、撃たれる直前までに把握していた遮蔽物――放置された自動車の陰へと転がり込む。

「……ハッ! ……ハッ!」

 息が苦しい。空気の吸い方が間違っているように思える。

 世界が回っている。四肢で触れているはずの地面が恐ろしく頼りない。

 今生きている以上、ヘルメットや防弾プレートによって致命傷は免れているはず。とはいえ頭部や腹部を襲った銃の衝撃は恐怖で“梟”の体を縛りつけ、本来の負傷以上の症状を体に与えていた。

「……ァアアクソッ!」

 “梟”は被弾し壊れてしまった暗視ゴーグルを戦闘用ヘルメットごと外し、ようやく忘れかけていた呼吸を再開した。途端に視界は緑系統の明瞭なものから黒一色、暗闇へと塗り潰される。

 しかしそんな暗闇も、次の瞬間には発砲による発火炎によって照らされる。

 そして“梟”は見た。身を隠した自動車より十数メートル先、“樋嘴”からの銃撃によって自動車の裏へと身を隠したその影。反撃の発火炎によって一瞬照らし出される、血に濡れたエンツォの顔を。

 ……見つけた!

 “梟”の瞳孔が、まるで本物の梟のように開かれる。

 代行者はどこにいるのか。

 自身の負傷は、どれほどのものか。

 そういった疑問や恐怖を殺意で塗り潰し、“梟”は唸り声を上げながら体を地面から引き剥がした。そして車の陰から別の車の陰へと移動するエンツォに銃口を向け、断続的に発砲しながら彼を追う。

 近間の“梟”と、遠間の“樋嘴”。二人による火器の猛攻に対し、エンツォはしきりに遮蔽物を変えながら手にした拳銃で応戦してくる。その動きは以前にも増して素早く、荒々しい。まさに手負いの獣そのものだ。

 それと比べて、“梟”と“樋嘴”の動きは機能的で、合理的であった。

 後方でブロック塀に身を隠しながら、サブマシンガンを撃ち続ける“樋嘴”。“梟”はその援護に動きを合わせながら放置された車の合間を縫うように移動し、一定の距離を保ちながらエンツォを追い込んでいく。

 互いをそれは長い訓練と実戦を経て培われた、獣を追い込む狩人の手法。

 しかしそれでも、エンツォという獣を抑え込むには不充分だった。

「……ッ!!」

 エンツォが戦術を変えた。彼は車両の陰から飛び出すと、一息に駐車場の外へ、“樋嘴”のもとへと走り出す。

 二人はその行動に反応し、前後挟んでの十字砲火を浴びせる。しかしエンツォはそれらの銃撃から身を隠そうともせず、全速で“樋嘴”との距離を詰めた。

 そして十秒と経たず、エンツォは“樋嘴”に肉薄した。

 手にした拳銃で発砲しながら迫るエンツォに、“樋嘴”は急遽ブロック塀へと身を隠す。しかしエンツォは拳銃を下に提げ、走る勢いをそのままに、まるでボールでも蹴るかのように足を振り上げた。

 次いでブロック塀へと繰り出される、エンツォによる蹴り。それは積み上げられたブロックをたやすく蹴り砕き、鉄筋をひしゃげさせた。

 そしてその蹴りはそのまま、塀の向こう側に隠れた“樋嘴”を打ち抜く。

「……ッ!?」

 “梟”の目に、まるで交通事故のように道路へと弾き飛ばされた“樋嘴”の姿が映る。

 彼は雪面を転がり、倒れ伏したまま動かなくなる。

 エンツォはそんな“樋嘴”を、複数の銃弾を受けたダメージを負った肉体を息づかせて見下ろしていたが、やがて反撃はないと判断し、“梟”へと向き直る。

「この、野郎……ッ!」

 “梟”は激昂し、再び銃口から火を噴かせる。

 しかしエンツォはそんな銃弾をものともせず駐車場へと戻り、素早く標的を“梟”の方へと変えて発砲してくる。

 “梟”も負けじと打ち返すが、数で優っていた状況は既に変化している……暗闇の中、ドッグスポーツに参加する犬に銃弾を当てるようなものだ。しかもその犬はこちらと同様、銃を持っている。

「ハー……ッ! ハー……ッ!」

 “梟”は肩口に銃弾が掠めたのを機に、自動車の陰に身を隠す。次いで荒い息を整えながら、残弾の分からぬ弾倉をライフルから外した。

 どんなにタフな奴であっても、銃に撃たれれば人は傷つき、最後には倒れる。

 それが嫌なら、とっとと戦場からオサラバすれば良い。

 それが長年戦場に身を置いてきた、“梟”の経験則だった。

 ……こいつもまた、同じはずだ。必ず殺せる。

 ……こいつはここで、あの代行者も必ず見つけ、俺達の手で殺してやる。

 “梟”はそう改めて決意すると、血で濡れた手で弾倉を交換した。その弾倉は、これまでの物とは違い青いテープが巻かれていた。

「……エンツォオッ!」

 背中を守っている車両から響く、着弾の嫌な音。弾丸が頭上を掠める風切り音。それらが止んだ瞬間、“梟”は車からエンツォの射線上へと躍り出た。

 そして弾丸が、銃口から閃光を伴って放たれる。それらフルオートの銃声は二発目からこれまでの掠れた小さな音と打って変わり、空気を叩く甲高い音に変化した。

 エンツォは急に攻勢に出た“梟”に対し、再び車の陰へと身を隠す。しかし“梟”が撃った弾丸は、薬室に残っていた一発を除いた全てが車体を貫通し、貫通した一部の弾がエンツォの肉体に食い込んだ。

 これが.300 AAC Blackout弾として作られた、もう一つ弾薬。静穏性と衝撃力に優れた亜音速弾に対し、超音速による高い貫通性能を秘めた高速弾である。

 そう、“梟”は静穏性や二次被害への考慮をかなぐり捨て、弾倉を亜音速弾から高速弾へと切り替えたのだ。

「終わりだ……聖堂教会の犬野郎っ! てめえはここで終わりだっ!」

 銃弾を受け、地面へと崩れ落ちた気配を車体越しに感じ取った“梟”。彼は殺意を露わにし、引き金を引きながらエンツォが隠れる自動車へと接近する。

 ここで殺せる。

 “梟”は、そう確信を得た。

 しかし、その確信が為に彼は判断を誤った。エンツォという怪物じみた運動能力を持つ男に、あろうことか自ら接近してしまったのだ。

「……ォォオオオオッ!!」

 突如、エンツォが吼えた。

 悲鳴や呻き声とは違う、周囲の空気を震わすようなその咆哮に、“梟”の足が止まる。そして“梟”は気づいた。エンツォが隠れている自動車が軋み音を上げながら、徐々にこちら側へと傾いてきていることに。

 ……まさか、持ち上げているのか?

 “梟”がそう予感した直後、自動車が一気に跳ね上がり、こちらへと迫ってきた。

「う……ッ!?」

 “梟”は咄嗟に踵を返し、ひっくり返って倒れる車体から逃げるように飛び退いた。

 重い轟音がビル壁に反響して響き渡り、雪煙が駐車場を包む。

 “梟”は前のめりに倒れる。しかしすぐに体を反転させ、手を地面について態勢を立て直そうとした。

 しかしその腹部を、拳銃の弾が二発撃ち込まれる。

 痛みを口にする間もなく、“梟”は再び倒れ伏す。そして薄れゆく雪煙から出てくるように、エンツォが彼の横合いから歩み出てきた。

「………ッ!? フッ……フーッ! フーッ!」

 ……横腹、プレートの隙間を狙われた。

 “梟”は激痛に顔を歪ませ、呼吸とも言えぬ音を口から出す。しかし数秒の後には奮起して身を起こし、呻き声を上げながらライフルを持ち上げる。

 しかしその必死の行為はエンツォによって封じられる。手にしていたライフルはエンツォに蹴りつけられて遠くに弾き飛ばされ、次いで利き腕は足で踏みつけられる。

 まさに絶体絶命。今や“梟”は、ただ仰向けのままエンツォを睨むことしかできない。

「………ッ」

 しかしそこで“梟”は気づいた。

 無言でこちらを見下ろすエンツォ。絶対有利な彼はしかし、“梟”以上の負傷を負っていることに。

 最初の狙撃による、胴体への銃撃だけでない。“樋嘴”が撃った拳銃弾や先ほど見舞った高速弾、大小様々な銃弾を彼はその身に受けている。

 それでも、彼は立っている。全身を血に染め、致命的な傷を幾つも負っているにも関わらずに。

「フー……ッ、フー……ッ」

 気がついたら、もう英霊達による闘争の音も、仲間達の襲撃音も聞こえなくなっている。静けさを取り戻した雪夜で、ただ繰り返される“梟”の荒い呼気だけが聞こえる。

 そう。

 こちらを見下ろすエンツォ。彼の形相からは瞬きばかりか……白い吐息さえ、確認できなかった。

 ……ひょっとしてこいつ、もう……?

 “梟”がそう察した、その時だ。

「〇〇〇〇ッ!!」

 若い男の汚い叫び声が、冷たい雪夜に響いた。

 エンツォが声のした方へと顔を向けた次の瞬間。彼の肉体表面が銃声と共に爆ぜ、たたらを踏む。

 見れば、既にこの区域から離脱したはずの“槌”が、こちらに駆け寄りながらライフルをエンツォに向けてぶっ放していた。

 しかしエンツォは片膝を地に付きながらも、“槌”に向けて拳銃を発砲。胴体に命中させた。プレートで防がれただろうが、銃弾を受けた“槌”は路上の雪に足を取られ、彼は情けない悲鳴を上げながら転倒してしまう。

 呆気のない、“槌”の救援。

 一瞬で終わってしまった彼の奇襲は、しかし……数々の負傷を抱えたエンツォの、最後の一押し足りえた。

 突如、エンツォの手がガタガタと震える。

 そして彼は、手にした拳銃を地面へと落とした。

「………」

 エンツォは地面に落とした銃を少しの間見下ろしていたが、やがて何かを決断したように踵を返し駆けだす。

 どうやら近くの雑居ビルに逃げようとしているようだが……その動きはぎこちなく、これまでの動きと比べてずっと遅い。

「エンツォっ!」

 逃がすものかと、“梟”は叫んだ。次いで痛む体に鞭打って立ち上がり、拳銃を太ももに付けていたガンホルダーから引き抜いた。

 ……ここでどっちかが死ななきゃ、何も終わらないんだ。

 手の震えを抑えながら“梟”はスライドを引いて薬室に銃弾を入れ、照準をエンツォの背に合わせる。

 ……だから、お前がここで死ね。

 そして、血に染まった人差し指に力を入れた。

 その瞬間だった。

 “梟”の拳銃から火花が散り、横殴りの衝撃が走った。不意のショックに拳銃は脇へと跳ね飛び、積雪の中へと落ちてしまう。

 敵の増援か。と、“梟”は反射的に銃弾が飛んできた方向を睨む。

 “梟”が見た先……そこは十字路の傍にある小さな路地であり、そこから一人の男が回転式拳銃を手に、右足を引きずるようにして近づいてきていた。

 二十代前半の、痩せた体を着古したハンティングジャケットで包んだ男だ。荒れた生活を送っていたのか、髪はパサついており、垂れ目だが顔もどこか張り詰めたような雰囲気がある。

「奏馬……いや、まさか君は……」

 “梟”は、その男を知っていた。もう長いこと顔も見てなかったが……今のその顔には、父親の面影があった。

「………っ」

 “梟”の呼びかけに、男は一瞬足を止める。そしてゆっくりと、銃口を下した。

 しかし、二人の邂逅は長くはなかった。

「〇〇〇〇ッ!!」

 態勢を立て直した“槌”が、叫びながら男に発砲。銃弾が彼のすぐ近くを掠め、コンクリート壁から土煙が上がる。

「……ッ!? 撃つな!!」

 “梟”が“槌”に叫ぶ中、彼は身を屈めながら路地へと引き返し、そのまま路地から逃げようと駆けだした。

「待て……待ってくれ!」

 “梟”は追い縋るような声を上げ、男を呼び止めた。

 しかし彼は数度こちらへと振り返りながらも、そのまま路地の暗がりへと走り去ってしまう。

「待ってくれ……読水ッ!!」

 “梟”は必死に彼の背を追う。しかし瀕死の体には最早力は残されておらず、数歩も歩かぬうちに両膝が地に落ちてしまう。

「俺は……俺達はただ、お前に謝りたくて……!」

「ロバート。もう良い、動くな……!」

 そう言葉を投げかけられ、“梟”は背後から肩を掴まれる。

 “梟”はハッと振り返り、背後にいるのが“樋嘴”であることに気づいた。

「……無事だったのか」

「ああ……見ろ、奴らも逃げた。だがこの傷じゃあ、あいつも助からんだろう」

 その言葉に、“梟”はエンツォが逃げた雑居ビルの方を見る。既に彼の気配はないが、彼が通った雪面には足跡と一緒に夥しい血痕が尾を引くように残っていた。

「“槌”が回収班を待たせてくれたらしい……回収地点に行こう」

 “樋嘴”はそう告げると、“梟”の肩を叩いた。そして駆け寄ってきた“槌”に、瀕死の“梟”は担ぎ上げられる。

「………」

 “梟”は“槌”に抱えられて移動しながら、落ちた視線で茫然と雪に流れ落ちる自分の血を見ていた。

「……なあ、サリム」

 しかしふと顔を上げ、隣で歩く“樋嘴”に言った。

「さっきの男……あいつは……」

「やめろ。もう、良いんだ」

 “樋嘴”は被りを振って、“梟”に言った。

「もう充分だ。ロバート、もう……終わりにしよう」

 俺達の復讐は、ここまでだ。

 “樋嘴”は静かにそう言って、ボロボロになった戦友の肩を再び叩いた。

 

 

 

 ……これが、『運び屋』としての君の道か。

 鏡宮はケータイで部下から報告――シュウジ・アルバーニ暗殺の失敗とその経緯を聞くとため息をつき、疲れた様子でノートパソコンを閉じた。そして椅子の背もたれに全身を預ける。

 ……いや、それも彼らしい。彼らの息子らしい、正しい選択だろう。

 間違うのは、いつだって自分の方だ。

「……分かった、もう時間切れだ。アーチャーを帰還させる。残っている人員も、随時撤収させてくれ……ご苦労だった」

 鏡宮はそう指示すると通話を切り、ケータイを机に置いた。そして、魔術で眠らせ、ソファーに寝かせた佐藤を……より厳密には、彼女の手の甲を一瞥する。

 ……残る陣営は四つ、令呪が再分配される気配もない。

 鏡宮はぼやけた視界を解すように瞼をマッサージしながら、現在の状況を再確認していく。

 ……そしてマリオの方は、飛車角落ちだ。

 暗殺には失敗したが、今回の襲撃でセイバー陣営のマスターは瀕死の負傷。マリオが監督役として使っていた部下や設備も、ほぼ全てを使い物にならなくしてやった。

 加えて日坂市のインフラを落としたことで、この土地を包囲していたマリオの私兵、シプレス碑炎騎士団の到着は間違いなく遅れる。想定外に降りしきるこの雪も、妨害の助けになるはずだ。

 ……これで、もう数日は保つ。

 まだ第二百七十四号聖杯も、奴が造ろうとしている聖人も……。

 そしてマリオ・アルバーニも、まだこの世界に残っている。

 私の復讐は、まだ終わっていない。

 ……竜也君とはこれでお別れだろうが……涙で枕を濡らし、夜闇に眠るような真似はできない。

 今回の襲撃に参加した部下の撤収。街の被害確認。市民の救助に避難誘導。G行政への口止めとマスコミ対策……多くは事前に指示しているが、それでもやれることは山のようにある。

 鏡宮は気怠げにコーヒーカップを手に取る。そしてすっかり温くなってしまったその黒い液体を胃に流し込み、彼は改めてノートパソコンを開いた。

 

 

 

「マスター……ッ!」

「……ん」

 寒く暗い白闇の中に響く、ランサーの弾んだ声。

 その声に引き戻され、半ば沈みかけていた読水の意識は覚醒した。そして壁に背を預けたまま、路地の向こうからこちらへと駆け寄るランサーを一瞥する。

「無事で良かった。お怪我は?」

「……お互いにな。アーチャーは?」

「私の参戦後、すぐに退きました。セイバーも主のもとへ……」

「そうか……まあ、お前も無事で良かった」

「しかし、消耗も激しいです……どうぞ、肩を貸します。とにかく、どこか安全な場所に……」

「ああ、佐藤も無事らしい。今は、ここから離れて……」

「……あの、マスター?」

 ああ。と、読水は軽く返事をし、差し出された手をそのままに、ただ力なく顔を上げる。

 その表情は、酷く朧気だった。

 応答こそするが、会話が成り立っていない。尋常ではない読水の様子に、ランサーは顔を強張らせて彼へと詰め寄る。

「マスター……!?」

 そして、気づく。彼の脚――右の太ももが服地ごと裂け、血で染まっていることに。

「……いや、掠っただけだ。全然平気……何でいつも右脚なんだろうな? それに、ほら……」

 ランサーの剣幕に、読水は軽く笑いながら応じる。しかし、そのままズルズルと壁を背にしたまま地面へと座り込んでいってしまう。

「汗、かいてるのに……何か……寒ぃんだ……」

「マスターッ!」

「大丈夫。ぜんぜん……平気……」

 読水はうわ言を言いながら、そのままスゥっと白い息を吐いて瞼を閉じる。

 そしてその意識は、再び寒く暗い、白闇の中へと消失してしまった。

 

 

 

 一月三十日、午前二時三〇分。

 キャスターの宝具解放より端を発する、五時間にも渡る長い戦闘が終わりを告げた。

 この戦闘による被害は過去最大のものとなった。後々『大規模なテロ』として処理されるこの事件は日坂駅周辺の都市部に被害が集中しており、交通インフラやライフラインの寸断、建物の崩壊、そして百人近い死者が公的に記録されることとなる。

 しかしながら、これら設備の被害と比較すると死者は極めて少なかった。

 今回のテロによる重傷者は多かったが、行政機関や匿名の市民による救助活動、そして医療従事者の懸命な治療の甲斐あってか、奇跡的に一命を取り留めたケースが後を絶たなかったという。

 また、この『大規模なテロ』により、行政は非常事態宣言を発令。日坂の市民は一週間ばかりの不自由を強いられたが、複数の奇妙な噂を除き、テロによる人的被害はその後記録されていない。

 そう。この亜種聖杯戦争による戦いは、再び暴走から秩序だった本来のありようを取り戻す。

 しかしその戦争は、まるで夜明けの暗闇のように静かに、そして確実に終わりへと近づいていた。

 

 血塗られた歴史を持つ『欠片』――第二百七十四号聖杯。

 その復元の時は、近い。

 

 

 

 

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