Fate/reselect   作:Fate/reselect出張所

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Fateシリーズの二次創作です。繰り返す毎日の!アrra波に呑まれても!! まだ夢から覚めぬ!!俺達は“ここ”にいる!!!!
※これまでのあらすじ
槌「ニュースだと、俺達のことばかり取り上げられてんな」
樋嘴「聖堂教会が報道規制をかけているんだろう。これで昨夜の被害は全て、俺達武装したテロリストの所為って訳だ」
槌「へ、偏向報道……旦那はどう思う?」
梟「………」
樋嘴「麻酔が抜けなくて喋れないと」
槌「いやアレで生きてた方がおかしいだぞ?おっさん」


第四十一話『やれること、やるべきこと』

四十一話『やれること、やるべきこと』

 

 

 

 大規模なテロが日坂市一帯で発生。

 雪と共にそんな、あまりにも非現実的なニュースが流れたのが昨日のこと。

 最初の速報が出てからの光景は印象的だった。誰かが撮った映像やインタビューが何度も何度も報じられ、偶に出てくる続報で大人達の声色が二転三転していく。

 確認できた情報を行き当たりばったりで報じるその光景は、傍から見たらまるで下手くそな漫画のようだった。物語の展開、その伝え方がコントロールできていないようなのだ。自重や責任感のないネットでは、そこに嘘や願望、自己顕示欲が混じってもっと酷い。

 そしてそんな騒乱は延々と続き、ようやく落ち着きを取り戻したのが翌朝のこと――事態が収束し、日坂駅周辺が立入禁止区域になってからだった。

 雪も止んだが、未だ重苦しい雲と冷たい雪が日坂の空と地面を覆う。

 そんな、暗く冷たい昼間のこと。

 

 ……本当に、人一人が消えた時に比べれば、随分な騒ぎようだった。

 

 花沢華麗(はなざわかれい)は心の中でそう皮肉る。

 ――恐らく、家出か何かでしょう。彼女と親しいご友人はご存じですか?

 彼女の親友だと自覚していた自分にそう言ってきた、警察官の心のない言い様をまた思い出した花沢は、イライラと白い呼気を吐いた。

 封鎖された境界線から幾分か離れた、建築途中のビル。建物を包んだ防音シートの一部をはだけさせ、その隙間から花沢は双眼鏡で、区域内の様子を探っていた。

 封鎖された道路では、マスコミや野次馬が遠巻きにその様子を撮影しているのが見える。その奥の区域内は警察関係者と思われる者が動き回っており、普段のビジネス街としてのものとはまた違った活気が見られる。

 そして、間違っても学生服を着た女子高校生――佐藤真波の姿などは確認できない。

「……どうよ?」

 そう聞いてくるのは、花沢の隣でスナック菓子を食べている塩井沙耶(しおいさや)だ。

「どうもせんね……何買ってきたん?」

「ポテチ、あとホッカイロ」

「うすしお味?」

「カレー」

「……うちにも頂戴」

「……んー」

 差し出された袋に手を入れ、花沢はスナックを一切れ摘まむ。

 友人である佐藤真波が学校は愚か家にすら姿を見せなくなってから、既に九日もの時が過ぎた。

 花沢と塩井はこの九日間ずっと彼女の行方を調べて回っていたが、未だその消息を掴めていない。

 唯一得た情報は、失踪直前に佐藤が通学路として利用する日坂駅の近くを走っていたという目撃談だけ。帰宅途中に何かに追われたのか、あるいは追っていたのか……彼女の場合、どちらでもありえそうだが、時を同じくして何台もの救急車を駅周辺で見たという話もある。

 家出なんかじゃない。佐藤は何かしらの事件に巻き込まれたと、二人はそれらの情報から確信していた。

「……ほんと、佐藤さんはどこ行ったんやろ? ほんまにテロに巻き込まれたと思う?」

 双眼鏡を覗きながら、花沢は隣の塩井に言った。塩井もスマホに視線を落としながら、ぶっきらぼうに答える。

「……だとして、あいつがそう簡単に死ぬと思うか?」

 高校になってから親しくなった花沢と違い、塩井は佐藤と幼馴染みの関係にある。だから佐藤の、常識外れなポテンシャルを信じているのだろう。

 そう、佐藤はどこか非常識な存在だった。成績優秀、運動神経抜群。その癖お菓子作りと音楽が好きで、ゲームが下手くそなお調子者……花沢には彼女が事故や事件に巻き込まれ、呆気なくいなくなってしまうとはどうしても思えなかった。

「あいつは、そう簡単には死なないって」

 塩井は自分に言い聞かせるように、もう一度言った。

「それこそ……街一個吹っ飛ばすくらいじゃなきゃ」

「塩井さん……今、まさにそんなことになっとるんやけど……?」

「だから心配してるんだって……テロの直前、高速道で新選組のコスプレ集団? 何かSNSに変な情報流れてるぞ」

「百人以上死んどる事件で、不謹慎な……」

この事件に関するデマとすら言えない情報を報告する塩井を尻目に、花沢は気持ちを新たに捜索へと専念する。

「……お」

 そして、花沢は気づいた。

 区域内、駅へと伸びる大通りの脇に人影が見えた。

 女性のようだが、しかし……警察関係者のようには見えない。どこかの制服らしきものを着ているが、その上になぜか羽織を纏っている。その姿はどこか場違いで、まるでアニメやゲーム等で出てくるキャラクターのようだった。

「何や、あれ……何かのコスプレ?」

 思わず花沢がそう呟いた、その時だった。その言葉に反応したように、レンズの向こうの人影がパッとこちらへと振り返った。

 そして、目が合う。いや、合ったように花沢は感じた。彼我の距離がどれほどかは分からないが、それでも花沢の瞳に、脳裏に、その女性の姿は驚くほど繊細に飛び込んできた。

 束ねた長い黒髪を揺らした、凛とした顔立ち。その顔が今は目を見開き、驚いた表情でこちらを見ている。羽織の中に着ているのは古い軍服か、佇まいも含めどこか大正ロマンを彷彿させる。

「……花沢?」

「のッ!?」

 急に塩井に声をかけられ、花沢はビクッと肩を震わせた。素っ頓狂な声を上げた花沢に、塩井は怪訝な表情を送る。

「……おい、大丈夫か?」

「……い、いやぁ?」

「いやぁって……」

「な、あははは……」

 ……どうやら、一瞬我を忘れていたらしい。

 花沢は笑って取り繕いながら、改めて先ほどの女性を確認する。

 しかし、そこにはもう彼女の姿はなかった。

 ……見間違い? いや、そんなはずは……。

 花沢は慌てて大通りの隅々を見回すが、やはりどこにもあの変わった人影は確認できなかった。

 しまった。と焦る花沢であったが……。

「君達、そこで何してる!?」

 と背後からの大声に、再度肩をビクつかせることになってしまった。

 振り返ってみれば、まだ扉も付けられていない部屋の出入り口に制服姿の警察官が三人立っており、やれやれと言った顔でこちらを睨んでいる。

「やっべ、サツだ!」

 塩井は叫びながら、残っていたスナック菓子を全て口内へ流し込み、傍にあった荷物を掴み取る。まさか、ここから逃走を図る気だろうか。

「サツとは何だ、サツとは!」

「ここで何しているかって聞い……おい、君は暴れるな!」

 逃げようとする塩井と、こちらに迫り強い口調で詰問する警察官達。

「あー……待ってください。ここ、うちの父が建設中のビルで……」

 下手な愛想笑いを浮かべ、花沢は抵抗の意思がないことを示しながら警察に弁護をする。

 そして、そんな中ひとつの疑問が花沢の脳裏に浮かぶ。

 ……けど、何でここにいることが分かったんだろう?

 建設途中のビルの、それも防音シートの隙間から視界を確保しているこちらを見つけるのは至難の技だろう。いや、そもそも立入禁止区域の境界にいる警察官は、遠巻きに見ているマスコミや交通規制で手一杯なはずだ。

 いったい誰が……。と、花沢は警察官に言い訳を並べながら思考を巡らせるも、終ぞその答えを見出すことはできなかった。

 そうこうしているうちに、花沢と塩井は警察官に連れられビルから連れ出される。

「……あれ? ねえ、さっきいた婦警さんは?」

「何を言っている……早く行きなさい」

「いやだって……分かった、分かったってばもう! 押すなって!」

 連行されながら、塩井は背後の警察官にそう聞いた。しかしまともに取り合ってもらえず、塩井は急かされる。

 ……そう言われてみれば、この警察官が部屋に来た時は確かに三人いたはずだった……。

 彼女はどこに行ったんだろう。花沢はキョロキョロと周囲を見回しながら、警察官についていく。顔はしっかり見てはいなかったが、年齢はかなり若い、それこそ自分達と変わらないように見えた。

 それに……佐藤を探そうと日坂駅周辺で聞き込みをしていた際に、どこかで出会ったような気が……それも、何度も。

 花沢は首を傾げ、先ほどいたはずの女性を思い起こそうとする。しかし、まるで霞がかったその顔を終ぞ思い出すことはできなかった。

 

 

 

 ……まったく、余計な時間を食った。

 花沢華麗と塩井沙耶――ライダークラスのマスター、佐藤真波の学友で監視対象となっていた二人を警察に引き渡した後、リコは徒歩で日坂市役所へと訪れていた。

 彼女は白い息を吐き、手すりに使ってやっとの思いで日坂市役所の正面階段を上り切る。本来なら除雪して然るべきなのだろうが、緊急事態の今は掃除をする余裕など誰にもないらしい。

 ……雪は止んだけど、何もかも積もりっぱなしだ。

 リコは顔を顰め、別館四階にある『第二応急対策室』という看板が立て掛けられていた一室へと一直線に進む。途中、何度か役所の職員と思われる人物とすれ違ったが、パンツスーツ姿のリコを他所から応援に来た職員と思ったのか会釈をするだけで変に疑ったりはされなかったし、そんな職員も四階に着いた頃には一人もいなくなっていた。

 第二応急対策室の扉を開けると、そこでは簡易な設備、そしてパソコンを前に作業をする者や会議をする者、合わせて十数名の姿があった。

「……あれ? えっ、リコ先輩!?」

 入室したリコに気づき、真っ先に声を上げたのは早崎だった。彼は話し合っていた横田と共にリコのもとへと駆け寄る。

「怪我の方は大丈夫なんですか?」

「休んでいる暇もないでしょ」

「腹にニ発も食らってるって聞いたんですが……」

「それがどうした横田ぁ……」

 二人の心配そうな声にそう応えつつ、リコは部屋の様子を見回す。

 第二応急対策室――それは聖堂教会、第八秘蹟会が昨夜の襲撃を受けて急遽設置した仮本部だ。

 第八秘蹟会は亜種聖杯戦争に向けて多くの施設を用意していたが、元々用意されていた施設の多くは昨夜の襲撃で破壊されてしまった。予備の施設もあるにはあるが、場所がバレていればまた鏡宮によって襲撃を受けるか分かったものではない。

 その為、第八秘蹟会は市役所の部屋を間借りし、本来存在しない対策本部を名乗って急場を凌いでいるのだが……。

 ……設備も人員も、まるで足りてない。

 持ち込んだ機器を折り畳みテーブルに無理やり載せた設備周り、そして何より疲れ果て、憔悴しきった構成員の顔色を見てリコは溜息をついた。

 ……けれど、それでもやるしかない。

 リコは意を固め、二人に向き直った。

「……で、現状はどんな感じ?」

 その言葉に、二人は顔を見合わせた。そしてリコの覚悟が伝播したように意識を切り替え、リコに状況を報告する。

「先輩と別れてからの、追加の被害はまだありません。第八秘蹟会の死傷者は四十五名、連絡が付かない者も含めると七十二名になります」

「……そう。この有様じゃあ、監督役としての機能は死んだも同然ね」

 早崎からの報告に、リコは引き攣った笑い声を上げた。

「鏡宮は? まだあの屋敷にいるの?」

「分かりません……すみません、監視に避ける人材がいなかったので……」

「あそこにはアーチャーもいるし、しかたないか……マリオ神父は? まだ連絡は取れてない?」

「はい。神父がおられた教会も激しい攻撃を受けたようで……生死すら不明のままです」

「本部に誰か行かせたの?」

 早崎から説明を受けていたリコだったが、その報告に驚いたように声を上ずらせる。

「死ぬほど嫌でしたが、ジャンケンに負けた自分が行きました」

 そう名乗り出たのは、両手でチョキを振って見せる横田だ。

「襲撃者の死体は複数確認できたのですが……爆薬も使用された、かなり大きな戦闘だったみたいです。傍にいたはずのエンツォ氏の生死含め、安否不明とするしかない状況だったんですよ」

「もう一点、代行者のシュウジ神父も行方不明のままです。霊器盤で生存していることだけは間違いないのですが……」

 そう……。と、報告を聞き受けたリコはうつむき、腕を組む。

 とは言え、リコはマリオ・アルバーニが生きていること自体は確信していた。あの神父のことだ。きっとまだ、この日坂市のどこかに潜伏しているのだろう。

 それと……。と、早崎は一歩リコへと歩みより、重苦し気にこう囁いた。

「まだ確証は取れていませんが……シプレス碑炎騎士団、連中が動いているという情報があります」

「………ッ!?」

 リコは驚愕し、早崎、そして横田の顔を見る。二人は緊張に顔を強張らせ、口端を真一文字に結んでいた。

「トップが消えたことで暴走しているのか、あるいは消えた神父の指示で動いているのか……どちらにせよ連中が来れば、きっと日坂市は今度こそ灰になるまで焼き尽くされます」

「……神父め」

 二人だけじゃない。周囲を見れば、既にこの情報を聞いているのか、他の構成員達も作業を止めて不安げにリコの反応を伺っていた。

 無理もない。シプレス碑炎騎士団――実体はマリオ神父の私兵に過ぎないとはいえ、彼らは腐っても実働部隊、聖堂騎士団の一部だ。亜種聖杯戦争の監督役として派遣された自分達とでは、戦力と倫理観に大きな差がある。

「聖堂教会の上層部には密に連絡を取っているのですが、命令は未だ更新されていません」

「……先輩。俺達は、聖堂教会から切り捨てられたんでしょうか?」

「………」

 二人の言葉、そして周囲の視線に、リコは瞑目して深呼吸をした。希望があるのか、否か……恐らく次の発言で、後輩達の士気は大きく変わってしまうのだろう。

 リコは顔を伏せたまま、ぼそりと呟く。

「……まだ、運命が決まった訳じゃあない」

「リコ先輩……」

「皆聞いて!」

 リコはそう叫び、不安げな皆を見回しながら檄を飛ばした。

「私達が上から捨てられたのか、マリオ神父が独断行動に踏み切ろうとしているのか……どちらにしても、私達は第八秘蹟会としてやるべきことをやれるだけやりましょう! 今ここに必要なのは! 上層部の判断でも、狂信者達の武力でもない。監督役である私達、第八秘蹟会による尽力だ!」

 リコの言葉に、周囲にいた第八秘蹟会の面々は奮起し声を上げた。

 その奮起と熱意に、リコは満足げに頷く。

「まあ、やるこた隠蔽工作と情報操作なんですがね……」

 ぼそっと呟いた横田の横腹に肘鉄を打ち込むリコ。そして彼女は床へと降下していく横田を尻目に、大きく手を叩いて皆へと叫ぶ。

「さあ、全員仕事にかかれ! 意地を見せろ!」

 その言葉に機に、皆はそれぞれの持ち場に戻り、己の仕事を再開する。

 そんな様子を腰に手を当てて見守るリコだったが、ふと思い出したように横に立つ早崎に聞いた。

「早崎、ライダークラスのマスターの消息は掴んでない?」

「佐藤真波のことですよね? 昨夜、バーサーカークラスのマスターと行動を共にしているのが確認されていますが……」

「……少なくとも、無事ではあるのね」

 リコは嘆息すると、天井を仰いだ。

 ……あんな良い友達がいるのだもの。さっさと戻ってきなさい。

 ……二人に黙って死ぬのなんて、神がお許しにならないわよ? 佐藤真波。

 そう心の中で告げるリコ。ああして危険地帯に赴いている二人を止めたのは、実のところ、これでもう五度目になる。

 ……もっとも、あの二人がそれを記憶することはないのだけどね。

 暗示を専門としている聖堂教会の工作員――リコはおかしげに笑い、誰にも見えぬようにチロッと舌を出して見せた。

 

 

 

 ……誰かに、呼ばれた気がする。

 佐藤は目をぼんやりと開けた。

 虚ろであった意識は、天井や周囲の間取りが見慣れぬもの――鏡宮邸と思わしき、しかも誰かのベッドに寝かされていたという事実に気づくと一気に覚醒し警戒心を取り戻した。

「………ッ」

 何があったのだろうか。最後の記憶は、あの夜――鏡宮悟に、スマホの液晶を見せられた時のものだ。

 ……そうだ。あの時、魅せられるようにその画面を見て……そこからの記憶がない。

「……魔術」

 どんな魔術を使ったのかは分からないが……とにかく佐藤は鏡宮に意識を奪われたらしい。そして佐藤はベッドに寝かされ、こうして朝まで放置された。

「………」

 佐藤は用心深くベッドから抜け出し周囲を見渡すが、部屋には鏡宮は愚か、監視の目と思われるものは見当たらない。

 ……彼は一体どこに? あの襲撃は、街は、どうなったんだろうか?

 佐藤は思考を巡らせながら一歩、また一歩と注意深く歩を進めながら、それでも自分が着ている服がレオポルディーネから貰ったパーカー姿のままであることに安心感を覚えつつ漠然と部屋内を探索し始める。

 壁掛けの時計を見るに、時刻は正午を過ぎている。それにどうやらここは妙齢の女性の寝室のようだ。和洋折衷を思わせる家具や調度品からは、部屋主の個性と愛着がしっかりと感じられた。

 ……なら、ここはきっと鏡宮悟の奥さんの部屋なんだろう。

 そう考える佐藤は、顔も知らぬその女性に対しベッドを無断で使ってしまったことに申し訳なさを感じ、同時にデリカシーのないその夫に怒りを覚える。

 そうしているうちに佐藤は、机に置かれている写真立て――複数の写真が飾れるよう、複数のフレームを組み立てた卓上型の額縁を見つけた。

「……むぅ」

 ……あの鏡宮さんの、奥さん。

 一体どんな女性なのだろうか。佐藤は体に疼きを覚え、まるで吸い寄せられるようにまっすぐに部屋を横断し、写真立てを覗き込んだ。

 シックな木製のフレームに縁取られた、写真の数々。写真は鏡宮悟との結婚式や子供との撮影などの家族写真の他に、ライフルの銃身を肩に預けて座り込む目つきの悪い女性や、鏡宮悟がどこかの研究所を思わせる施設の中で複数の男達と並んでいるものなど種類豊富だった。

 中でも目についたのは、三人の男女――小学校高学年ほどの少女と、大学生ほどの年齢の二人の男が大きな旗を背に立っている写真だ。その写真の中央に立つ少女は垂れ目な顔を得意げに綻ばせ、何かの書類を指で摘まんでカメラの方へ向けている。その左手にいる眼鏡をかけた男は降参というように両手を上げて柔和な笑みを浮かべているが、対して右手の咥え煙草の男はどこか不満そうに腕を組んでそっぽを向いていた。

 佐藤は黙って写真立てを手に取り、興味深そうにその写真を観察する。

 顔立ちから、右手の不満げな男が鏡宮悟の若き姿であることは容易に分かる。そうであるならば、きっとこの左手の男が亡くなった“読水”――あのランサーのマスター、読水竜也の父親なのだろう。顔は基本父親似のようだが、張り詰めた顔をしている息子と、柔和な表情を浮かべる父親とでは印象がまるで違うように感じた。

 そして、中央に立つ少女。彼女がきっと、鏡宮悟の夫人となった女性なのだろう。彼女の持つ書類、それに背景の映る旗のような――赤い生地に黒く描かれた、丸いフォルムの鳥と思しきものは……。

「……ふくら雀(バルーンスパロー)

 佐藤はぽつりと、その鳥の名を口にしていた。

 ……そうだ。触媒のレンタル会社、『バルーンスパロー』。この写真は、出資者である弓口青音、それと鏡宮悟と読水奏馬が会社設立時に撮った……。

 と、そんな風に佐藤が思考をより深いところへと沈ませていった。

 その時だ。

「……よく眠れたかな?」

 不意に背後からかけられた声に、佐藤はドキリと体を震わせた。振り返って見れば、鏡宮がそのやつれた顔だけを扉から覗かせ、こちらを見ていた。

「……鏡宮さん」

「……驚かせて、すまない」

 気まずい空気が、二人の間に流れる。

「えっと……あの……」

「向こうに洗面所がある」

「え……っ」

「身支度を整えたら、食事にすると良い……食事はリビングに置いてある」

 鏡宮は佐藤にそれだけ告げると、逃げるように退散してしまう。

「………」

 佐藤は鏡宮が立ち去るや否や、気が抜けたように溜息をついた。

 ……上着すら脱がさず寝かせたことといい。あのよそよそしさといい。

 ……これじゃあ淑女というより、爆弾扱いだ。

 

 

 

 身支度を整え、食事――主に冷凍食と生野菜をスライスしたもので空腹を満たした佐藤は、鏡宮を探して洋館と正門の間にある庭園へと足を運んだ。

 昨夜の雪が積もる外は歩き辛かったが、それでも柵を覆うアイビーの葉や壁に掛けられたプランターで赤く色づいたポインセチアと雪の対比は美しく、佐藤は進むにつれ荒れていた心が癒されていくのを感じていた。

 鏡宮は庭園の隅にいた。彼はプランターの前に背を丸めて屈んでおり、モコモコとした上着を着ているせいか、こちらから見ると変な野生動物がいるようにも見える。

「……鏡宮さん」

「ん……」

 佐藤が声をかけても、彼はそう返事して一瞬振り返るばかりで、また地面に埋め込まれたプランターに目を落としてしまう。

 沈黙に耐え切れず、佐藤は再び口を開いた。

「あれだけのことをして……その、外に出て大丈夫なんですか?」

「ああ。私は臆病者でね。屋敷周辺に敵がいないのは、魔術で確認しているよ」

 無意識に棘のある口ぶりで聞いた佐藤に、鏡宮は腹も立てることなく答え。

「今はそれよりも、この雪だよ……妻が大切にしている庭だ。せっかく育てた植物を枯らしては、妻も悲しむ」

 そう口にして、彼は福寿草を覆った雪を取り除く。

「………」

 福寿草は寒さに強く、雪を払わずとも枯れるようなことはない。寧ろ危険なのは、福寿草の周囲から芽を出しているミントの方だろう。

 しかし彼はそれを知らず、妻が悲しむと黙々と雪を取り除いている。

「……奥さん、大好きなんですね」

 と、佐藤は鏡宮の横に屈み、彼に倣って黄色い蕾を輝かせている福寿草から雪を払い、ミントを根から摘み取っていく。

「すまないね……私には、過ぎた女性だよ。彼女にはいつも、苦労をかけてばかりだ」

「ご家族は今どこに?」

「使用人共々、安全な所に避難させている……友も夢も失った私にとって、家族は残された最後の宝だ。この戦争がどんな形で終わっても、誰にも手出しはできない。そうなるよう、常に注意を払ってきた」

「………」

「皆には……いや君や、この土地の者にも、本当にずいぶんな迷惑や苦労をかけているが……しかし、それももうすぐ終わるだろう」

 よいしょ。と、鏡宮は腰に手をやりながら立ち上がり、一息つく。

「……全てが終われば妻も息子も、使用人達も戻ってこられる。そして春が来れば妻の手でここも、また華やかになるはずだ。戦争で破壊された街も……時間はかかるだろうが、また復興できるよう備えてある」

「……そう、ですか」

 ……その華やかになった屋敷に、復興した日坂市に、貴方の姿があると思いますか?

 口に出かかったその言葉を、思いを、佐藤は呑み込みミントを摘み取る。

 しかし、これではっきりと分かった。佐藤はこれまでの会話で合点がいき、眉をひそめた。

 この男、鏡宮は件のマリオ神父と同様この聖杯戦争の火種だが、彼は少なくともあのアレクシア・ブロッケンのような怪物ではない。

 いや、だからこそかもしれない。血の通った人間だからこそ、聖杯の神秘に焦がれ、失えば復讐心に駆られる。そしてこれだけの事態を招いた。

 ――人間は、失う恐怖より、獲得の期待に酔うように創られている。

 これはアレクシアが口にした言葉だったが、鏡宮という男はまさにそうなのだろう。彼はかつて友を失うリスクより聖杯の探求を優先し、そして今は妻子の傍にいることより復讐心を優先させてしまっている。

 ……だからきっと、いや今度こそこの人は……。

 ……鏡宮悟。この人がアレクシアのような怪物であれば、自覚のある悪人であれば、どれだけ楽に憎めたろう。

 そんな風に考える佐藤の胸の内を察することもなく、鏡宮は佐藤を安心させるように告げる。

「もう数日のうちに決着はつく。申し訳ないが、君にはそれまでここに居てもらうよ」

 とはいえ。と、顔を顰める佐藤を見て、鏡宮は説明を付け足す。

「まあ、屋敷の敷地外に出なければ、基本どう過ごしてもらっても構わない。若い君には、とても退屈だと思うが……」

「………」

 その言葉を機に、佐藤は立ち上がる。

「……向こうの方、やっておきます」

「うん……ああ、そうだ。頼みがあるんだが」

 鏡宮から距離を置こうとする佐藤。しかし鏡宮は追い縋るように、離れ行く佐藤に声をかけた。

「もし良かったらアーチャーと話し相手になってくれないかい? ……彼はもう、私と話し合う気はないだろうから」

「………」

 その頼みの諾否を口にすることもなく、佐藤は黙って会釈をした。

 

 

 

 ……やはり、年頃の子と話すのは難しい。

 自身から離れるように歩き去る佐藤に、鏡宮は嘆息する。

 ……しかし、聞く耳も持たれずに揉めるよりかは多少はマシだろう……多少、の差ではあるが。

 さて。と、切り替えるように胸ポケットに入れていた煙草に手を伸ばしながら、次の一手に向けて思考を巡らす。

 昨夜の襲撃で、マリオの手元にあった駒は補佐のエンツォ含めほとんど奪ってやった。

 しかしマリオ本人も、奴の計画の要であるシュウジ・アルバーニもまだ生きている。マリオ神父の計画を破綻させる詰みの一手は、まだ打てていない。

 ……手はある。マリオの私兵が動けぬうちにセイバーを引きずり出し、マスター共々殺せる手段が。聖杯とマリオの始末は、その後ゆっくりとつけたら良い。

 鏡宮は煙草を咥え、ライターで火を点ける。そして紫煙を杯に入れながら、ゆるゆると思考を深める。

 ……問題は、どの駒を使うかだ。

 魔術師で構成していた初期のバックアップ要員は、キャスター陣営による魔術師狩り、そしてアレクシア・ブロッケンらによって壊滅した。昨夜の裏切りに使った強襲部隊にしても、再び動かすのには準備に数日かかる。

 そしてアーチャーは……あの有様だ。もう令呪なしに彼を戦わせるのは難しいだろう。

「やはり、バーサーカーだけか……」

 鏡宮はそう呟くとスマホを取り出し、諜報員から得た情報を再度確認する。

「………」

 鏡宮には手駒も、手段も鏡宮にはある。

 しかし、決断にはいつも迷いが渦巻く。人道から外れた行いには、猶更だ。

「……ふふっ」

 鏡宮は自分が迷いを感じていることに自嘲し、声に出して笑った。

「……まったく、何を今更。もう遅いさ」

 そう、鏡宮は雪が止んでも重苦しい雲を広げている寒空へ、紫煙と共に迷いを吐き出した。そしてスマホを操作し、バーサーカー陣営への連絡役――ミローネ家の使用人である轟木へと電話をかける。

「……ああ、轟木君。おはよう……うん、そうだ。これが最後の頼みになると思うよ」

 どう迷ってみせたところで、最後には必ず決断する。実行に移す。

 読水奏馬とサラ……二人の友人を売り生き残ったことに比べれば、この程度なんてことはない。

「隠れたセイバーと、そのマスターを引きずり出したい。……ああ。どうやら市役所に、第八秘蹟会の生き残りが集まっているらしい」

 ……だから鏡宮悟よ、一々迷ってないでやるべきことをやれ。

 ……とっとと地獄に墜ちろ。

 

「バーサーカーには……そこで死ぬまで暴れてもらう」

 

 

 

 

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