Fate/reselect 作:Fate/reselect出張所
※これまでのあらすじ
后羿「ちなみにこの矢を口で止める噛鏃法は後世に伝わっており、今や様々な戦士が使っている」
后羿「……真似して、良いぞ!?」
逢蒙「さり気ない原点主張」
四十三話『忘我』
西暦八〇〇年より二五〇年。
好戦的で、何よりも名誉を重んじる……そんな彼らが語り継ぐ物語の中には、
しかし時代が進むにつれ、彼らへの畏れは社会倫理に反する存在としての忌避へと変わり、やがてその姿を消していった。
しかしその名だけは、二度と消えることのない爪痕のように、深く人類史に刻み残された。
バーサーカー。
我を忘れ戦う彼らは、忘れられることのないその名を残していったのだ。
里山の暗い林の中。バーサーカーは停車した自動車のボンネットに腰掛け、静かに夜風を浴びていた。
その姿は英霊本来の衣装となっており、既に鏡宮邸の傍まで来ているが……得物はまだ手にしていないし、車のヘッドライトも点けたままだ。とは言え、彼が用心の為に周囲の木々に刻んだルーンは、未だこちらが誰かに発見を知らせてはいない。
そう……だから、もう少しここで夜風を浴びても問題ないのだ。
少なくとも背後、草陰の向こうにいる彼の主人――レオポルディーネが本調子になるまでは。
「う……ぉ……おえええええ……」
「……おーい、だいじょぶかぁ? 我が主―?」
「……うっ」
「うーん、駄目そう」
レオポルディーネの様子に溜息をついたバーサーカーは咳払いをひとつして、また彼女に背を向けたまま天を仰ぐ。
「……無様よね?」
「ん?」
「あんなに格好つけて家から飛び出したのに、この様よ……」
レオポルディーネは苦しそうに息を切らしながら、自嘲のような愚痴をこぼす。
「そもそも……相手が悪過ぎたのよ。封印指定を受けた“時計塔”の魔術師に、“ブロッケン”の魔女、聖堂教会の代行者まで……だいたい何で代行者が聖杯戦争に参加してんのよ。おかしくない?」
「まあなぁ……」
「何とかここまで切り抜けてはみたものの……今度は主催者と聖堂教会が都市を戦場に変えて殺し合っているし……そんな連中に割って入って、生きていける訳ないじゃない……」
「……そうだな」
バーサーカーは瞑目し、レオポルディーネのその弱気な呟きに頷く。
そして、口端を釣り上げて彼女に問う。
「……だが、やるんだろ?」
「ええ……そうよ、やるのよ」
へへっ。と、バーサーカーはその応えに笑う、それから身を起こすと、ヘッドライトに照らされた前方の木へと歩を進めた。
「佐藤さんを助けて、私を都合の良い駒扱いした連中、下に見て侮っていた連中を……思いっきり笑ってやるんだ」
バーサーカーの投げた問いかけに、そう同調したレオポルディ―ネ。そして彼女の呟きには段々と芯が通り、語気もまた力強いものとなっていく。
「例え負けても、絶対消えない傷跡を残してやる。傷を見る度に、私達の名前を思い出させてやる」
「結構じゃあねえか」
レオポルディーネの言葉に、バーサーカーは苦笑し肩をすくめる。そして右手を回すようにして得物の斧を実体化させると、ゴリゴリと木の表面を削るようにして文字を刻み始める。
「結局のところ、栄光ってのは掴み取らなきゃ得られやしねえ。その過程で偶々……たーまーたーま、爪が引っかかって傷物にしたところでそれは仕方ねえ……仕方ねえわなぁ? それを咎める奴は、お高くとまって何もしねえ間抜けだけだぜ」
「ふふ……そうね。そうだった」
バーサーカーは言い分に笑うレオポルディーネ。彼女は森の奥から口元を拭いながら、しっかりと足取りで戻って来た。
「ごめん、お待たせ」
「もう大丈夫なのか?」
バーサーカーはそう言いながら、左手に持っていたペットボトルに入った水を投げて寄こした。
「ありがと……うん。もう消化できるものは全部消化したし、吐けるものは全部吐いた」
それを受け取ったレオポルディーネは、水で口元を濯ぎながらバーサーカーを見やり、首を傾げる。
「……何してるの?」
「落書きさ。俺達みたいな連中の……ま、悪癖みたいもんだ」
バーサーカーはそう言って振り返り、木に刻んだ文字をレオポルディーネに見せつけるように脇へと退く。
「ブッ……」
その文字を見るや否や、レオポルディーネは水を吹き出しそうになる。身をくの字にさせる彼女を前に、バーサーカーはわざと臭く声を上ずらせながらこう続けた。
「で……ええと? このルーンの意味は……お前風に言えば……そう、何だっけ?」
「まったく、自分で書いた癖に……ふん、そんなに私に言わせたい訳?」
「そらもう、聞けりゃあ命だって投げ打てるくらいに」
「………」
そしてバーサーカー――鬼才のベルセルクは彼女を促す。
「ほら、言えよ……ルーンの魔術師、レオポルディーネ・ミローネ」
しょうがないわね。と、レオポルディーネは腰に手を当て、息を吸いながら大きく胸を反らす。
そしてルーン使いとして遥か上に立つバーサーカー相手に、自信たっぷりに言ってのけた。
「それはアンサズ……意味は、『思い知れ』よ」
「………」
「………」
「……へっ、へっへっへっ……」
「ふっ……あはっ」
それから二人は、押し殺した笑いに身をよじる。
それは、公の場にも関わらず下らない冗談を言って笑い合う……幼い頃からの友人の間柄のようでもあった。
「あー……笑った。じゃあレオ、そろそろ行こうぜ?」
バーサーカーはひとしきり笑うと、改めてレオポルディーネへと告げた。
「またお腹痛くなっちゃった……ええ」
行きましょう。
レオポルディーネは頷く。
そして二人は今度こそ迷いなく車に乗り込み、鏡宮邸へと走り出した。
最初に感じたのは、肌に伝わる感触。
隠す気のない、大きな圧力だった。
「………っ!」
アーチャーは手近な窓を開け放ち、ジッと外を睨む。
そして車の軽やかな排気音を耳で拾い、次いで暗闇を切り裂くヘッドライトの光を目で捉えると、アーチャーは窓から身を乗り出すと、屋敷の出っ張りや二階のバルコニーを蹴って屋根へと登っていく。
“……アーチャー”
“ああ、気づいている……バーサーカーだ”
裏切ったのか。と、アーチャーは弓を実体化させながら舌打ちをする。バーサーカー陣営はこちらの味方という話だったが、この土壇場で欲でもわいたか。
“……そうか”
アーチャーの憤りに対して、鏡宮の反応は冷淡そのものであった。
“アーチャー、迎撃しろ”
“鏡宮……ッ! 奴らはお前の手駒だったろ!? なぜそうも冷静でいられる!?”
“私の指示に反し、彼女らはここに来た……来てしまった以上、事実として受けいれるしかない。その対応も、とうの昔に考えていた。それをやるだけだ”
「……チッ」
……達観した物言いしやがって。
アーチャーは舌打ちしながら矢を番え、車両を見据えた。柔らかな新雪を左右後方へと巻き上げながら、高速で接近する重く大きな鉄の乗り物……その開かれた天蓋からはバーサーカーが身を覗かせており、愉快そうにこの屋敷へと得物の切っ先を突き出している。
“私はこれから佐藤真波を抑えに向かう。アーチャー、連中を近づけるな。宝具で二人まとめて仕留めろ”
“鏡宮、お前はもう喋るな……っ!”
鏡宮の指示にアーチャーはそう噛みつくと、空を見やって周囲の気象、彼我の合間の風を読み取って頭の中に入れる。
「フー……っ」
その一瞬の間の後、アーチャーは息を緩く吸いながら弓を引き絞り、迫りくる車両に狙いを定めた。
ここまで車を飛ばしたのは、正直なところ初めてだった。
直列二気筒エンジンは低い唸り声を上げ、スタッドレスタイヤが積もった雪を蹴散らしながら目標へと駆ける。開かれた[[rb:天蓋 > ルーフ]]から入り込む冷風は車内を巡り、加速によって運転席に押さえつけられたレオポルディーネの巻き髪を揺らす。
見た目の可愛さと好きなアニメの影響で購入し、普段何気なく乗っていた中古車だったが……アクセルさえ踏み込めば、こんなにも狂暴なマシンになるとは。
「……見えたッ! アーチャーだ!!」
そう叫ぶのは、開かれた天蓋から上半身を出したバーサーカーだ。
「野郎、屋根の上にいるぞ!」
「それってつまり……こっちを狙ってるってことぉ!?」
「当たり前ぇだろ! もっと飛ばせ!」
「限界までアクセル踏んでるって!」
「んじゃあ押してやるよ!」
バーサーカーがそう告げると、限界まで飛ばしていたはずの車は更に加速しだす。
「うわっ……ええちょ……!」
恐らく、出発直前にバーサーカーがやった仕込み――ルーンによるものだろう。急な加速にレオポルディーネは一瞬ハンドルを手放しそうになり、慌ててハンドルにしがみつく。
「来やがれ、アーチャー……ッ!」
文句さえ満足に口に出せない加速。そんな中でバーサーカーは天蓋の型枠に片足を乗せ、手にしていた斧を横に振るった。そうして複数のルーンを展開させ、その力を斧へと付与させていく。
そして――。
「来るぞぉ!」
屋敷の屋根の一角が光るや否や、光が視界の中心から端まで一気に広がる。
レオポルディーネにはそれが、自身へと迫る矢の閃光であるとは理解できなかった。
しかし。
「………ッ!!」
バーサーカーは身を乗り出し、まさに流星の如く迫る矢に複数のルーンを付与した斧をぶち当てる。
展開されたルーンは魔術的な障壁となり、車に当たるはずだった矢の軌道は逸れた。そして矢は道路脇の畑へと飛び、真っ直ぐ線を引くように土壌を抉る。
レオポルディーネには、一連の応酬を捉えることはできなかった。ただ光と衝撃に目と皮膚を、そして一瞬遅れてやってきた音の衝撃波に耳を翻弄される。
「きゃああああ!? ヤバいヤバいヤバい!?」
屋敷から迫った衝撃波は分厚い層となり、積雪を巻き上げ津波のようにレオポルディ―ネ達を襲う。レオポルディーネは悲鳴を上げながらも、それでも道路脇に転落しないよう無我夢中でハンドルを握る。
軽い車体が先ほどの衝撃で左右に揺さぶられ、その度にレオポルディーネのハンドル操作によって進路方向を修正させる。そうして雪交じりの風の壁を突き抜けると、そこには衝撃波によって除雪されたまっさらな道路、そしてその果てに屋敷が姿を現した。
「よぉし、凌いだ!」
「……や、やった? やったー!」
バーサーカーの言葉に、レオポルディーネは思わず声を上げた。
「ナイスよ、バーサーカー!」
「だがレオ! また次が来るぞ!!」
「うん、分かってる! 頼んだわよ、バーサー……」
「分かってない! 今度はお前が躱せ!」
「……ハァッ!? それ私に言ってんのぉ!?」
「ルーンの組み合わせが間に合わねえんだよ!」
「あーもう!!」
……あと、もう少しなのに。
レオポルディーネは毒づき、目を凝らして正面の屋敷を見据える。今や屋敷は目の前、アーチャーが正門の手前に降り立ち、弓をこちらへと引き絞っているのさえ見える。
……次の一射さえ凌げば、取りつくことができるはず。
しかし、それは即ちサーヴァントの宝具を、自分が躱し切ることに他ならない。
それがどれだけ絶望的な壁なのかは、魔術師であるレオポルディーネは充分に理解している。
……相手は英霊、その宝具は射日神話の弓! こっちは三流魔術師に、経費諸々合わせて250万の中古車!
……けど、それがどうした!? それでもやるのよ、これから!!
レオポルディーネは歯を食いしばりながら、せめてもの抵抗とヘッドライトをハイビームへと切り替える。瞬間、眩い照明が屋敷の門を照らし、その手前にいるアーチャーの横顔が、暗い殺意が、影となってはっきりとレオポルディーネの瞳に映った。
「あ、これ死ぃ……ッ!?」
……もし勝てたら、ここに記念碑を建てよう。
そんな勇ましい思いが浮かび上がるのと同時、レオポルディーネは死の恐怖によりハンドルを切った。
刹那、アーチャーの宝具――『
宝具――『
九本の赤い矢と白い弓からなる……大英雄、后羿の射日伝説を模した宝具。
その圧倒的な破壊力を秘めた閃光は、突如方向を変え横腹を見せた車両の後部を捉え、車体の後部を引き千切りながらそのまま後方へと飛んだ。
バーサーカーとそのマスターを乗せた車両前方はその衝撃でスピンし、直後に横転。屋敷へと迫る勢いをそのままに、門へと転がってくる。
「く……っ!?」
アーチャーは地面を蹴って飛び下がり、道を譲るように横転する鉄の塊を避けた。
しかし、その選択は過ちだった。
宙へと跳ね、横切って正門に激突する車両をやり過ごすアーチャー。瞬間、彼の眼には全ての物体の運動がスローモーションのように映りだす。
アーチャーの保有スキル『千里眼』。状況の把握と的確な行動の為、彼の驚異的な動体視力と集中力によっての圧縮される時間。
その時間の中で、アーチャーはバーサーカーの満面の笑みを見た。
「………ッ!?」
ぞくり、と。アーチャーの背筋に冷たいものが走る。
そう。アーチャーは予想さえしていなかった。
回避をマスターに委ね、横転する自動車に巻き込まれても尚こちらを見据え、虎視眈々と機を伺っているバーサーカーのことなど。
「バ、バーサー……ッ!?」
咄嗟に右腕を矢筒へと伸ばしたが、間に合うはずもなかった。
「遅え……uruz!!」
バーサーカーは宝具『
彼のタックルにアーチャーは捕まり、二人は門柱に激突。そのままボールのように跳ね、金属製の扉を内側へと跳ね飛ばした自動車以上の勢いで敷地内へと転がった。
アーチャーはその強引なタックルに自由を奪われるが、すぐにバーサーカーの腹部を蹴って拘束から離脱。地面を何度もバウンドしながら庭園へと転がっていく。
逆にバーサーカーは片膝立ちの姿勢で雪面に素早く着地。次いで自動車も一瞬遅れて敷地内に転がり、庭園の片隅で裏返ったまま滑り込んでいった。
「シィ……ッ!」
してやったり。と、屋敷への侵入を果たしたバーサーカーは頬を釣り上げて笑う。その彼の周りを鏡宮が用意していた防衛装置の魔法陣が取り囲むが、その魔法陣も直後には後方からの光弾で打ち消されていた。
バーサーカーは光弾の元を辿り。
「……へへっ。無事なようで何より」
と、目を細めて笑う。その視線の先には、ドアを蹴破り、車から這い出ているマスターの姿があった。
……滅茶苦茶やりやがる。
アーチャーはそんな周囲の状況と、受けたダメージを確認しながら、ゆっくりと雪に埋もれた身を起こしていった。
鏡宮の思惑や命令など最早知ったことではなかったが、バーサーカーを近づけたくないのはアーチャーも同じだった。
宝具によってバーサーカーのアウトレンジから一方的に射殺す。
それが圧倒的な爆発性を秘めたバーサーカーを相手取る上で、一番手堅い戦術だったのだ。
「……舐めやがって」
毒づき、アーチャーは一歩、また一歩とバーサーカーへと向かいながら矢筒に残る矢に右手を伸ばした。
……残りは、七本。
……充分だ。奴らを殺すのに、充分な数。
……殺してやるぞ。
「バー、サー、カー……っ!」
「へっ……さあッ!」
再び殺意を漲らせるアーチャーに、誇るような笑みを浮かべたバーサーカー。胴に纏わりついたマントを手で跳ねのけ、地を震わせるほどに叫ぶ。
「さあ! やっちまおうぜ我が主! 呆気なく干からびるんじゃあねえぞ!?」
それに応えるようにレオポルディーネも天高く叫び、右腕――二画の令呪が残る右腕をバーサーカーへと突き出す。
「ええ! やっちゃいましょうバーサーカー! あんたこそ簡単に死なないでよ!?」
そして二人は、現状鏡宮が最も恐れていたカードを躊躇なく切った。
「全ての令呪を以って命じる! 我を忘れ狂い暴れろ! バーサーカーッ!!」