Fate/reselect   作:Fate/reselect出張所

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Fateシリーズの二次創作です。そろそろ終わりが見えてきました。
※これまでのあらすじ
レオポルディーネ「戦うのちょっと待って! 大事な台詞だし、もう一度言うから……いい?」
アーチャー「………」
バーサーカー「………」
レオポルディーネ「よし……全てのれいzy」
鏡宮「その前にナレーション! 入ります……!!」


第四十四話『背中』

四十四話『背中』

 

 

 

 狂戦士――真名、エギル・スカラグリームスソン。

 彼の『狂化』は、E-からAと一定ではない。自身でも掌握できていない保有スキル『ベルセルク』の影響で、彼の『狂化』ランクは常に不安定な状態にあるのだ。

 そしてその『狂化』はCランクを超えると宝具『狂狼の魔剣(アイッツボウク・クヴェルドウールヴ)』が発動され、『狂化』は不可逆的に上昇し始める。そうなれば、彼はルーン魔術を使えなくなるうえ令呪なしには元に戻れない暴走状態となる。

 バーサーカーのマスターとしては、絶対に避けるべき暴走状態。Cランクという臨界点。しかし逆に言えば、彼はCランクまで『狂化』を上げねば狂戦士としてのポテンシャルを最大限にまで活かせないということでもある。

 そこで彼のマスター、レオポルディーネ・ミローネは彼との共闘の果てにひとつの裏技を思いついた。

 

 

 

()()の令呪を以って命じる! 我を忘れ狂い暴れろ! バーサーカーッ!!」

 

 

 

 マスターが令呪を掲げて叫ぶや否や、バーサーカーの長身は強い衝撃を受けたように揺れ、それからゆらりと上体を下げ背中を丸めた。その体からは陽炎が立ち上り、周囲の景色も歪み始める。

 バーサーカーの顔も意地の悪そうな雰囲気から一転し、どこか朧気なものとなりボンヤリと地面へと視線を落としていた。

 ……令呪で、一気に『狂化』ランクを上げたのか?

 そんなバーサーカーへとゆっくりと歩み寄っていくアーチャーは、これまで受けたダメージを回復させながら冷静にバーサーカーの状態を分析する。

 アーチャーは鏡宮より、バーサーカーの真名やその特徴を聞き受けている。

 ルーン魔術師と狂戦士という二面性、不安定な『狂化』スキル、ランク上昇に伴う戦闘能力の飛躍、三画の令呪という鎮静剤……そして宝具『狂狼の魔剣(アイッツボウク・クヴェルドウールヴ)』。それらは、本来マスターが懸念すべきものだったはずだ。

 しかし彼女――あの小さな魔術師は、敵を討つ為それら全てを爆薬として使い、まさに捨て身の覚悟でここにやって来た。

 ……気に入らねえ。

 アーチャーは舌打ち、矢筒から三本の矢を引き抜いた。

 そうして自身が感じている苛立ちの正体を理解せぬまま、憤然とした態度でバーサーカーと対峙する。

 二人の間はもう一メートルもない。一歩踏みだせば、いや武器を振るえばそれだけで相手に一撃を入れられる距離。

「……ガアアアアアァアアアアアッ!!」

 そんな一撃必当の距離でバーサーカーは顔を上げるや否や獣声を上げ、ビリビリと空気を震わせた。

「……吠えるな、狂犬」

 対するアーチャーもそれに気圧される様子は微塵もなく、顔を怒りに歪ませながら首を鳴らした。

「いいぜ、来いよ……かかってこいッ!」

 アーチャーが吐いたその気炎が、死闘の引き金となった。

「オオァアアアッ!」

 最早駆け引きなど考慮しない。バーサーカーは手にした斧を両手で握り締め、吠え声を上げながら振り被る。

 アーチャーはそれに反応して身を屈めると、そのまま後方へと跳ねた。

 そして凶刃を横殴りに振るわんとするバーサーカーに、閃光が三度走る。

 右肩。

 腰中央。

 左大腿。

 アーチャーは後方に下がりながら、矢継ぎ早に宝具を三連射。速射の為、本来の威力は出ない。しかしその連撃は、身体能力で圧倒的な優位性を持つバーサーカーの初動を完全に抑え込んだ。

 三度の衝撃にたたらを踏み、前のめりの体勢となって怯むバーサーカー。

「………ッ!」

 アーチャーはそこに勝機を見出し、果敢に打って出た。

 アーチャーは低い姿勢で前へと駆け出し、敵の懐へと飛び込む。そして近間から自分の背より高い顎を目掛けて肘鉄を放ち、次いで仰け反ったバーサーカーに貼山靠――背中を打突部とした体当たりを放つ。

 それらの攻撃により、バーサーカーの体は弾かれるように後方へと倒れこむ。しかし、彼は左腕を背中へと回し、倒れゆく上体を腕一本で支えた。そればかりか、バーサーカーは支えとなっている左腕を起点に身を鞭のようにしならせ、アーチャーの足元を蹴り飛ばす。

 その反応、反撃は、アーチャーにとって予想外のものであった。

「うぉ……がっ!?」

 足を刈り取られたアーチャーは天地が逆さまになるようにひっくり返り、地面へと叩きつけられる。

「ぐぅ……!」

 不意の痛打に、アーチャーは倒れたまま呻く。

 しかし、そんな姿に躊躇するバーサーカーではない。バーサーカーはそんな彼の長い髪を掴んで持ち上げ、間髪入れずに庭園の方へと投げ飛ばす。アーチャーは受け身すら取れず、庭園の花壇へと背中を打ちつけた。

 アーチャーは決して打たれ強くはない。既にダメージは回復した門外での戦闘によるものを上回り、体は言うことを聞かなくなってきていた。

 アーチャーが痛みに震えた四肢に力を入れ上半身を起こすと、もうバーサーカーは目の前。咆哮を上げ、斧を振り上げながらこちらへと駆け寄っていた。

「………ッ!? このッ!」

 アーチャーは一度上体を地面に転がし、その反動を利用してアクロバットに跳ね起きた。そして跳ね起きた姿勢から両脚を力強く突き出し、バーサーカーの顔面を蹴りつける。それと同時にバーサーカーの顔面を足場に、自身は後方へと跳び下がった。

 着地の受け身と同時に、アーチャーは反撃を狙う。後ろ回りに地面に転がったアーチャーは低い姿勢のまま素早く矢を番え、両足での蹴りで怯んだバーサーカーの頭部へと放つ。

「ヌガアァアアッ!」

 英霊の核である頭部を狙ったその一撃を、バーサーカーはあろうことか避けずに額で受けた。

 流星の如く宙を走った矢はバーサーカーの額に直撃、花火のような光が周囲に弾けて飛んだ。バーサーカーの頭部は貫かれぬも大きく後方へと仰け反り、さらに殺し切れていない勢いはそのままバーサーカーを後方へと押し込んでいく。

「……ヌゥウウッ!」

 しかしその勢いが、地面を滑る足が、バーサーカーの唸りと共に止まった。

「オオオオオオッ!!」

 バーサーカーは叫び、逆に矢を弾き落とそうとするように頭を振った。そして宝具『尊射日(リップオフ・フォール・サン)』の強力無比な一撃はバーサーカーの常識外れな耐久力と膂力によって強引に押し返され、魔力と共に掻き消えてしまう。

「な……っ!?」

 その型破りな対応と結果に、アーチャーは呆気に取られる。

 アーチャーは知らなかったのだ。いや、聞いてはいたが、真に理解してはいなかった。

 墓から掘り起こされた頭蓋骨ですら斧で割れなかったという、この狂戦士の額の硬さを。

 そしてそんな身体を造り上げるに至った、彼ら北欧の戦士の戦いぶりを。

「オオオオオオオッ!!」

 バーサーカーは額の出血も構わず、いや、それすらも誇示するように天高く雄叫びを上げる。

「………っ!」

 その迫力に圧倒され、アーチャーは思わず二歩、三歩と後方にステップを踏み距離を開ける。そうしてアーチャーは庭園中央に設置された噴水池へと移動し、生垣を盾にした。

 しかしそんなものでバーサーカーが止まるはずもない。

 バーサーカーは咆哮しながら突進。進路を塞ぐ生垣を斧で軽々と払い飛ばし、猛然とアーチャーへ迫る。

 自身の士気が落ちていることに気づいたアーチャーは、その突進を避けるべく地面を蹴って宙へ跳ぶ。しかしバーサーカーは勢い余ってそのまま噴水へと突っ込み、噴水池の縁や中央の彫刻部を砕き割った。

 周囲は瓦礫から立ち込める粉塵と水飛沫で濛々と煙り、貯められていた池の水が地面へと流れ広がる。まるで砲弾でも撃ち込まれたかのような惨状の中、アーチャーは油断なく濡れた地面へと着地した。

 しかし休む間すら、バーサーカーは与えてはくれない。突如、視界不良な状態となっていた噴水池から魔力の奔流が溢れ、視界を覆っていた粉塵や飛沫は瓦礫と共に飛ばされていく。

 アーチャーは手で目を守るように庇いながら、その黒い光の柱と化した魔力の奔流の中央……威風堂々と立つバーサーカーの背中を捉えた。

 次いでアーチャーは気づいた。彼が立つ足元を中心部として外へと広がるように水溜まりは凍りついてき、どこからか狼の遠吠えのような音も響き渡っていることに。どうやら、臨界点を越えたバーサーカーの狂気は最早周囲の環境にさえ影響を及ぼしているようだ。

 そしてそのバーサーカー本人にも、変貌が訪れていた。彼の身体から流れ出る血が右腕へと集まり、手にした斧を呑み込むように血の長剣が形作られていく。

 宝具『狂狼の魔剣(アイッツボウク・クヴェルドウールヴ)』――禍々しい形状をした、バーサーカー最強の得物がついにアーチャーの前に現れた。

「……化物が」

 アーチャーはそう呟き、目尻をヒクヒクと震わせる。

 そして、ある予感が頭をよぎった。

 

 ……これほどの怪物を討てば、きっと()()背中にも……。

 

「フゥッ……うおおおおおおッ!!」

 絞り出すような雄叫びを上げ、アーチャーは怖気づいていた心身を奮い立たせる。

 ……矢は、残り三本。

 ……まだ三本。三本も挑める。

「行くぞ……行くぞ! バーサーカーッ!」

 アーチャーはそう叫ぶと、今度は自分から前へと……バーサーカーという怪物へと食ってかかった。

 

 

 

 ……使えるものは全部使った。

 ……後は、どこまでもつか。

 レオポルディーネ・ミローネはバーサーカーの戦いぶりを遠巻きに見守りながら、体の血液を抜かれていくような消耗に耐えていた。

 残っていた令呪二画全てを使い、バーサーカーの『狂化』ランクを一気に上げることでアーチャーを打倒する。

 その作戦は上手くいった。

 自分の守りについても……事前にバーサーカーが用意したルーンがカバーしてくれる。流石にサーヴァントの攻撃には耐えられないだろうが、向こうとてそんな余裕はないだろう。

 ならば後は、狂戦士クラスのマスターに常に付きまとう問題――魔力の消費についてだ。

「……流石に、きっつい、かぁ……」

 レオポルディーネは体を折り、苦しそうに呻く。

 そもそもが燃費の悪い狂戦士クラスだ。それがスキルの影響で強化状態になったのに加え、今では宝具『狂狼の魔剣(アイッツボウク・クヴェルドウールヴ)』まで発動している。マスターである彼女には、かつてない負担が襲い掛かってきていた。

 しかし、それも予測していたこと。

 バーサーカーが暴れている隙に佐藤真波を救い出す……そんな余裕が自分にあるなどと、最初から予想してはいなかった。

 この戦いが終わった後、奇跡的に自分に余力があれば格好良く佐藤真波を助けに向かえば良い。それが叶わなくとも、アーチャー陣営を道連れにさえすれば……彼女のことだ、囚われの身であってもきっと自分で何とかしてしまうだろう。

 ……だから。

 相棒の太い咆哮が、大地を震わせる。

 その力強い叫びに反応して顔を上げれば、バーサーカーはアーチャーが放った矢を右腕の魔剣で弾いている姿が見えた。

「……楽しい? バーサーカー……私もよ」

 レオポルディーネは唇を舐めて口端を釣り上げ、最早止まることのないバーサーカーに呼び掛ける。

「思いっきり暴れなさい……思いっきり戦いましょう……! もう後戻りはできないのだから、一緒に……あいつらに、思い知らせてやるのよ……!」

 レオポルディーネはネックレスを手で力任せに引き千切り、屋敷へと投げつける。

 投げつけたルーン石は鏡宮が用意していた迎撃用の魔術に撃ち落とされるが、それでもルーンが燃え上がらせた炎は空中で広がり書斎の窓を焼く。

 そして、レオポルディーネは書斎の窓――纏わりついた炎の向こうからこちらを静かに見下ろしている鏡宮悟を震える手で指さす。

「……勝負よ、鏡宮悟」

 レオポルディーネは目を血走らせ、掠れた声で頭上の男に宣言した。

 それに対し男は瞑目し、ゆっくりと被りを振った。

 

 

 

 咆哮。

 冷たくも怒気を孕んだ視線。

 天地を変えて振るわれる長い肢体。

 尾を引く黒髪。

 空を切り暴風を生む凶刃。

 荒い呼吸。

 速く、強く、荒々しく、それでいてブレイクダンスのような常識破りの見せるバーサーカー。対してアーチャーの動きは鋭く正確で、機能的であった。

 しかし、それも長くはもたなかった。

「ごふ……っ!?」

 アーチャーは辛くもバーサーカーの猛攻を凌いでいたが、繰り出された裏拳に薙ぎ払われ屋敷の壁に背中を打ちつけた。

 衝撃に臓腑が潰れ、口から血と空気が漏れる。吐き気と共に視界が霞み、鐘が鳴っているかのような耳鳴りと同時に頭痛がアーチャーを襲う。

「………ッ」

 足が地面へと降りるも力が入らず、そのままズルズルと地面へと座り込むアーチャー。しかしその両目は未だこちらへと迫るバーサーカーへと、矢を射かけた各所の傷口へと向けられていた。

 ……やはり、速射じゃ無理か。

 走る勢いそのままに打ち込まれる蹴りを辛くも躱し、壁の破片を被るバーサーカーを睨みながらアーチャーは思考を巡らす。

 弓は引き絞れば引き絞るほどに、その力を増す。それはほとんどの弓兵クラスのサーヴァントが有する術技であり、英霊が持つ弓として当然のように備わっている特性だ。

 右肩、腰中央、左大腿、そして額……これまでに四度、この怪物に矢を当てた。しかしいずれも致命傷には至らず、今や出血さえ見られない。

 ……必要なのは、弓を引き絞るだけの充分な時間。それと……矢に打たれる、という肉体の備え、覚悟を解く繋ぎの一手だ。

 しかし、その二つが如何に困難なものかはアーチャー自身も理解している。

「ガアアアアアァアアアッ!!」

「ハッ……ハァ……ハァ……!」

 二人は再び正面から対峙する。しかし、その消耗の差は明らかだった。

 禍々しい魔力を周囲に放出して猛り狂うバーサーカーに対し、アーチャーの体は生々しい傷に覆われ、息を切らしている。

 しかし、それでも彼は汗を拭い、低く身構えて再び戦闘態勢に入った。

“……このままでは、勝てないか”

 そんな時であった。念話によって鏡宮が、独り言にも近い言葉をアーチャーへ告げた。

“鏡宮……っ! 今さら何を言っている!?”

 バーサーカーの剣戟を寸でのところで躱し、覚束ない足取りで距離を稼ぎながらアーチャーは苛立った声で鏡宮に応える。しかし尚も鏡宮は冷静な声色でアーチャーに語りかける。

“提案だ、アーチャー……令呪を使う”

 だが……。と、鏡宮はこうも加えた。

“この令呪が、お前の為に使える最後の一画だ……悪いが、残りの一画はあてにするな”

 その言葉に、アーチャーは息を呑んだ。

 つまり最後の一画はサーヴァントであるアーチャーの為でなく、マスターの鏡宮自身の為に使う……少なくともアーチャーが生きているうちは失えない保険であると、その不信を鏡宮はアーチャーに告げたのだ。

「………」

 アーチャーは戦いの最中にも関わらず、重苦しく顔を伏せた。

 ……分かってはいたが、端から信用などされてはいないのだな。

 ぽたぽたと雪面に落ちるその水を見つめながら、アーチャーは自嘲して笑った。

 しかし、今はそれを気にしている場合ではない。否、一画だけでもこの戦いに使える……チャンスがあるだけでも上等と言える。

「良いだろう……!」

 バーサーカーの一打を飛び下がって躱し、アーチャーは雪面を滑るようにして立ち止まる。そして尚も迫るバーサーカーを前に気炎を吐いた。

「使え……鏡宮っ!」

 サーヴァントの叫びに、マスターは令呪をかざして応える。

 

「令呪を以って命ずる――狂戦士の心臓を穿ち、殺せ」

 

 瞬間、アーチャーの全身に高純度の魔力が駆け巡る。ダメージと魔力消費に暗くなっていた視界が一気にクリアなものとなり、サーヴァントの霊核――バーサーカーの心臓部へと焦点が、意識が、狙いが、引き絞られていく。

 そして、意を決しアーチャーは前へと飛び出した。矢筒から引き抜いた矢を、逆手に持って。

 放たれた矢のように突き進むアーチャー。これまでとは打って変わって迎え撃つ形となったバーサーカーは咆哮と共に右腕と同化した宝具、『狂狼の魔剣(アイッツボウク・クヴェルドウールヴ)』を振り被る。

 バーサーカーの大剣が、アーチャーの頭上へと落とされていく。

 しかしその速度は、令呪で強化されたアーチャー相手にはあまりにも遅すぎた。

 ドン。という地響きにも似た音が轟き、周囲の雪片が跳ね上がる。

 そして二人の動きが、敵を目の前にして止まった。

 その時……バーサーカーの剣はアーチャーに届かず、そしてアーチャーが握った矢はバーサーカーの胸に突き立てられていた。

 猛り狂ったバーサーカーの目が、衝撃に見開かれる。

 そしてアーチャーは腹の底から雄叫びを上げながら力を振り絞り、逆手に握った矢をより深く突き入れていく。

「……ッガァアア!!」

 バーサーカーは間を置いて血を吐き出し、堪らず後方へと退きながら体をくの字にして悶える。

 激突した二人の距離が、再び開かれる。

 アーチャーが、そんな隙を逃すはずはなかった。

 次の瞬間にはその間合いを詰め、懐に入ったアーチャーはバーサーカーの顎を蹴り上げると同時に跳躍。空中で弓を緩やかな動作で引き絞ると、顎を蹴られて仰け反ったバーサーカーの心臓部目掛けて矢を放った。

 放たれた矢は一筋の閃光となり、バーサーカーの心臓を貫いて背後の地面を砕く。そして庭園を呑み込むような大きな爆発を生んだ。

 爆風が吹き荒れる中、アーチャーは着地し油断なくバーサーカーの方を睨んだ。

 しかし、出来たのはそこまで。震える両膝はやがて体を支えきれずに折れ、力なく地面に付く。

「……っ、ハァ……ハァ……」

 アーチャーは堪らず右手も地面に付け、乱れた息を整える。

 バーサーカーの動きを体術にて止め、蹴りで仰け反らせて心臓部を曝け出させ、渾身の一矢をそこに放つ。

 一連の三拍子。まさに全ての魔力、体力、意識を集中させたものだった。しかしそれだけに、消耗も激しい。

「ハァ……ハァ……」

 苦し気な呼吸を繰り返しながらアーチャーは口元を拭い、目の前に出来たクレーターを見つめる。

“……やったか”

 鏡宮が、念話にて零す。

“いや……もういい。黙っていろ、魔術師”

 鏡宮の言葉にアーチャーは噛みつき、引き攣った笑みを浮かべる。

“……失敗だ。ふっ、俺達の負けだなぁ……”

 そう、アーチャーは目は既に捉えていた。

 爆心地にてゆっくりと立ち上がり、こちらへと向き直るバーサーカーの姿を。

 彼は粉塵舞う中アーチャーへと歩を進め、煙の中から姿を現した……その左胸には大きな風穴が開いており、そして段々と宝具『狂狼の魔剣(アイッツボウク・クヴェルドウールヴ)』から伸びる赤い結晶が胸を伝ってその風穴を覆っていくのが確認できた。

「……くくっ」

 ……傷口を覆ったところで、心臓部にある霊核は完全に破壊されている。

 ……しかしそれでも、狂戦士は倒れない。

「……狂って、やがるなぁ……」

 アーチャーは呟き、感嘆の眼差しでバーサーカーを見つめた。

 例え心臓部の霊核を破壊されようと、右腕の宝具そのものを核として代用し耐えてしまう。

 そんな常軌を逸したことであってもやってしまう、やり遂げてしまう。

 故に、狂戦士。

 故に、英霊――エギル・スカラグリームスソンのサーヴァントなのだろう。

 ……だから、こそ。

“……アーチャー”

“分かっている”

 鏡宮の言葉を遮るように、アーチャーは理解を示す。

“分かっている……お前はもう、次の手を打っていろ”

 こいつはもう、俺だけの獲物だ。と、アーチャーは鏡宮にそう告げたのだ。

“……すまない、アーチャー”

 その言葉を最後に、鏡宮からの念話は途切れた。

「お前が謝罪を口にするかよ……魔術師」

 アーチャーは鏡宮からの謝罪をひとしきり笑い、それからバーサーカーに意識を戻す。

 バーサーカーは既に目の前に立ち、唸りながらこちらを見下ろしていた。

「……待たせたな」

 アーチャーはそう言うと震える四肢で立ち上がり、右手で矢筒を……矢筒に残った最後の矢に手を掛けた。

「お互い、もう余力なんてねえ……やろうぜ、最後まで……ッ」

 

 

 

 もう弓でなくていい。

 そう心に決め、師を木棒で殺めた後……彼は奪った弓矢を手に大陸中を放浪し、魔獣を狩った。

 そう、かつて師が行っていたことを真似て、朧の中に消えたその背を追う為に。

 そんな彼の最期は、酷く呆気ないものだった。

 雲に濡れた日差しの下。魔獣と相討ちとなった彼は枯れ木を背に座り込み、魔獣と自身の血が混ざり広がっていく地面にただ視線を落とす。

 どんな記録にも口伝にも残らなかったその最期の中、それでも彼は心の中で師の背を思い続けていた。

「……俺は、間違っていたのか?」

 それが、師を裏切った男の最期の言葉であった。

 

 

 

 ……結局、どんな獣を狩っても師に追いつくばかりか、その背中すら見えやしなかった。

 バーサーカーとの、最後の戦いの中。

 上体を反らして額の薄皮一枚を切らすように凶刃を躱しつつ、アーチャーは薄く笑みを浮かべる。

 ……しかし、今なら見える。

 身を翻して旋風脚を放ち、アーチャーはバーサーカーの横面を蹴りつける。

 その蹴りに確かな手応えをアーチャーは感じたが、しかし蹴りに弾き飛ばされながらもバーサーカーは奮い立ち、地面を踏みしめこちらへと牙を剥く。

 その姿、その強さに、アーチャーは目を細めた。

 そう。

 かつてない強敵。嵐の如き狂戦士の力が、迷妄より生まれた雲を吹き飛ばしてくれた。

 ……師匠。

 アーチャーは手にした最後の矢でバーサーカーの右胸――宝具『狂狼の魔剣(アイッツボウク・クヴェルドウールヴ)』から伸びる赤い結晶部分を狙いながら、心の中で師に呼び掛ける。

 ……今宵は、貴方の背中がよく見えます。

 我武者羅に迫るバーサーカー。アーチャーは呼吸を整えながら弓を引き絞り、そしてバーサーカーの間合いに入る直前、その刹那に矢を放つ。

 矢は流星の如き閃光となり、バーサーカーの心臓部に当たる。矢は胸を覆った結晶の表面を砕き、周囲の血肉が爆ぜる。

 アーチャーが師より奪った射日神話の白き矢。しかし、その最後の矢さえも魔剣の結晶を貫けなかった。

 一撃を耐え抜いたバーサーカーは吠え、前へと踏み込む。

 次いで下から上へと振るわれた魔剣の刃先が、後方へと跳び退こうとしたアーチャーの胸を深く切り裂いた。

 アーチャーの胸より噴き出した血が、曇天の空を舞う。そして一瞬の間を置いて二人の頭上、雪面へと降り注いだ。

 自身の血を浴びるアーチャーは、致命傷を負っても尚、怯むことなくバーサーカーを睨み。バーサーカーもまた低い唸り声を上げながら、胸に刺さった矢をそのままにアーチャーを見据える。

 降り注ぐ血の中、二人の視線が結ばれる。

 そして血の雨が降り止んだと同時、二人は次の一手を打った。

 アーチャーは微かに体勢を低くし、腰布へと手を伸ばす。その直後、間合いに入ったバーサーカーが間髪入れずにアーチャーへと魔剣を突き出した。

 咆哮と共に繰り出された突き。それは避ける間も与えず魔剣の切っ先はアーチャーへと顔面へと届き、突きの勢いに持っていかれるように両足が地面へと引き剥がされた。

 一瞬の静寂。

 バーサーカーは冷ややかに、魔剣に突き上げられ宙に浮いた状態となったアーチャーへと視線を送る。

 そして、二人の目が合った。

 魔剣の切っ先は、確かにアーチャーへと届いていた。しかしアーチャーはそれを歯で噛み止め、喉を貫かれるのを防いでいた。

 噛鏃法――身に迫る矢を噛んで止める。ただそれだけの技。

 アーチャーが生前、師より教わった最後の技だ。

 アーチャーは両足を浮かせた状態のまま、水平に構えた弓を引き絞る。

 弓に番えた物は、木棒――宝具『逢蒙殺羿(リナウンス・ジ・アーチャー)』。それは忌むべき、裏切りの物語。それさえ武器とした……アーチャーが見出した十本目の矢。

 

 放たれた十本目は、二人の間を黒い閃光で結んだ。

 

 木棒はバーサーカーの心臓部、否、突き刺さっていた白い矢へと当たる。

 押し込まれた矢はバーサーカーの胸の結晶から背中へと貫通し、後ろから続く木棒はそのまま体内へと残る。

 そして直後、宝具『逢蒙殺羿(リナウンス・ジ・アーチャー)』は巨大な根を幾重にも伸ばしてバーサーカーの体内を貫いた。

 急成長を遂げた木棒が楔となり、心臓部を覆っていた赤い結晶が粉々に割れる。それは、バーサーカーの肉体と宝具『狂狼の魔剣』の継ぎ目が割れることを意味していた。

 バーサーカーは右腕ごと宝具を切り離され、霊核の代用品を奪われた。

 

 しかし、それでも彼は狂戦士であった。

 

「……ガアアアアアァッ!!」

 バーサーカーは地面を踏みしめ、その巨躯が崩れ落ちるのを拒む。そして弱々しく地面へと降り立ったアーチャーへと、一息に飛び掛かった。

 全力を出し切ったアーチャーはその動きについていけず、フラフラと前へとよろめきながらその首筋にバーサーカーが食らいつく光景をただ他人事のように呆然と見ていた。

 そして……二人の体は交差し、後方へと抜けていく。

 噛み切った肉片を吐き捨てたバーサーカーはそのまま振り返ることなく立ち尽くし、やがて力なく両膝を地につけて祈るような姿勢で沈黙した。

「………」

 アーチャーは抉られた首筋に手をやりながらそんな彼の背中を見守っていたが、やがて片膝を付き、ごろりと仰向けに倒れる。

 ……これほどの戦士を相手に、死力を尽くせた。

 ……その中で、ようやくあの人の背中を見ることができた。

「もう、迷いはない……」

 彼は小さく呟き、気がつけば閉じていた瞼をゆっくりと開く。

 そうしてアーチャーは気づく。

 見上げた空――戦いの旋風に雲を散らされた夜空に、光り輝く星月が広がっていることを。

「……嗚呼、何と晴れやかな……」

 敗北なのだろうか。

 そうアーチャーは呟き、静かに微笑んだ。

 

 

 

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