Fate/reselect   作:Fate/reselect出張所

57 / 57
Fateシリーズの二次創作です。終わりまで、あとちょっと。
※これまでのあらすじ
読水「……ランサー。俺は……どのくらい寝ていた?」
ランサー「……丸一日と、半日ほど。今は日中で……ああ、ここは退去区域にあるマンションの一室です。その召し物も、ここにあった物でして……」
読水「退去区域?」
ランサー「あの戦闘の後、一帯は市民が立ち入れない場所になったようです。いえ、そんなことより……いいですか、落ち着いて聞いてください」

ランサー「前回の投稿から空いた期間は……五 か 月 で す」
読水「」
ランサー「マズい……看護婦(ナース)!」


第四十六話『運命』

四十六話『運命』

 

 

 

 どこまでも広がる墓地に、粉雪が降りしきる。

 灰色の空から降るそれは静かで、平等で、残酷なまでに冷たい。

 読水はそんな雪降る墓地の中を、足を引きずるようにして歩いていた。

「……くそ」

 苦しさと寒さに足がもつれ、思わず悪態が口をつく。

 熱を帯びた傷口と、服の上から滲み広がる赤い血。荒い呼吸は肺を焼き、視界は暗く揺れている。

 それでも、彼が歩みを止めることはない。

 いつ始めたのか、いつ終わるのか。なぜこの道を進んでいるのかすら、もはや分からない。それでも読水は、果ても見えぬほどにまっすぐに伸びた道を、ただその為に作られた機械のように進み続ける。

「………ッ」

 読水の両足が痛みに屈し、不意にがくりと体が地面へと落ちた。

 読水は折れる膝に手を当て、辛くもその場に踏みとどまった。次いで視線を落とし、そのままの姿勢で息を整えようと深い呼吸を繰り返す。しかし粉雪はそんな読水の体に積もっていき、色と熱を奪っていく。

「……フーッ……フーッ……」

 視界の端に、灰色に褪せた墓標が映る。名も刻まれていない墓標は作られた時代も宗教も様々なようで、中にはただ剣が地面に突き立てられただけのものさえある。

 しかしその正体が、読水には不思議と分かった。

 ここに眠る者達は、皆自分と同じ。等しく『欠片』を取り巻く戦いの中、道半ばで命を落とした者達だ。

 果てなく続く聖杯戦争。そこに与する理由はきっと人それぞれで、そして結末は皆同じ。

 ……それでも。

 読水は歯噛みしながら顔を上げ、ただ前を睨みながら地面に張り付いた足を引き剥がしにかかる。

 その時だ。

 

「……その先は地獄だよ。竜也くん」

 

 どこか懐かしい声が、道の脇から響く。

 その懐かしい声に読水は驚く。意地にも似た頑固な前進の意思は、その柔和な声色に溶けてしまい、口元にも思わず笑みが零れる。

 ……肉声を聞いたのは、いったい何年ぶりだろうか。

「……ええ、分かっています」

 読水は声の方へと振り向くことなく応えた。

「けど、これが自分の選んだ道です。十年前、俺達は多くを失い、それらを拾い直す為にここへ集うことを約束しました。……けど、その約束を違え、道を選び直すことだって本当はできたはずです」

 貴方を、止めることも……。と、読水は口ごもるように呟く。それは思わず口より零れた、迷いとも後悔とも言える台詞であった。

「………」

「望んだものが奪われたものへの復讐であれ、置き去りにしていた決着への望みであれ……結局この道は、自分の意思で選んだことに変わりない」

 その言葉に、フッと彼が吐息を漏らす。笑ったのだろうか。そして彼は、読水が次に言おうとした言葉を歌うように紡ぐ。

「……だからその最期が、道半ばでの死だとしても……」

「ええ……俺は結果を求めない。例えこれが、本当は運命に定められたものだったとしても」

 

 最期の瞬間、自分という物語の結末まで。

 俺はこの命を運び届ける。

 

 そう告げてから暫しの間、読水は彼の返答を待った。

 しかしそれからというものの、あの懐かしい声は聞こえなくなってしまった。

「……また、会いましょう」

 そう告げると読水は顔を上げ、白く色を奪っていた雪を払うように再び歩き始める。

 その足取りは早く、決意的で、そして止まることはなかった。

 その歩みを止めようと声をかけてくれる者は、もうどこにもいないのだから。

 

 

 

 読水は道の果てに、前を立ち塞がるように立つ墓へと辿り着いた。

 墓碑銘のない、日本式のささやかな墓石。

 読水は足を止め、息を切らしながらジッとそれを見据える。

 読水には、根拠もなしに理解していた。

 きっと、そこに眠るのは……。

 

 

 

 また、静かに雪が降り始めた。

「………」

 ランサーは窓のカーテンをずらし、怪訝な面持ちで灰色の空を見上げていた。

 音もなく地表へと舞い落ちる、白銀の欠片。しかしランサーには、それがただの粉雪ではないことに気づいていた。

 ……僅かだが、確かに魔力を感じる。

 ランサーにとって魔術は専門外の分野だ。この雪が一体どのような効果、影響を及ぼしているのかは分からない。しかしこの降雪現象が、この現代において広く根差したある魔術基盤によってもたらされたものであることは分かる。

 故に信じられないのだ。その魔術基盤――本来物理的な干渉力は弱いはずの神秘によって天候が操作されたという目の前の事実が。

 ……何か、得体の知れないことが起こっている。

 そもそも聖杯戦争は、聖杯に蓄えられた莫大な魔力を基に成り立っている。ランサーを含むサーヴァントの召喚や現界も、この聖杯の魔力なしには成り立たない。

 ……ならば、それを魔力源とする存在がいるとすれば、この現象も……。

「……聖人、か」

 誰に言うでもなく呟いた、ランサーの言葉。

 それに反応したのか、部屋の隅に設置されたベッドに寝かされていた読水が、声を漏らしながら動いた。

「………っ!? マスター!」

 ランサーは驚いた声を上げ、身を起こそうとする読水のそばへと駆け寄る。

「……ん、あ……」

 読水は寝ぼけたようにぼんやりと宙を見ていたが、膝立ちの姿勢で肩を抱きかかえたランサーへとゆっくりと視線をやると、徐々にその眼に理性が戻っていった。

「……ランサー。俺は……どのくらい寝ていた?」

「……丸一日と、半日ほど。今は日中で……ああ、ここは退去区域にあるマンションの一室です。その召し物も、ここにあった物でして……」

 キョロキョロと周囲を見る読水に補足も入れながら、ランサーは上体を起こそうとする彼を補助する。

「退去区域?」

「あの戦闘の後、一帯は市民が立ち入れない場所になったようです。夜が明けてからは大きな戦闘こそありませんでしたが、未だに立ち入りは許可されていない状態です」

「そうか……こちらとしては寧ろ、好都合だな。やりやすくて良い」

 読水はそう呟きながら足を床に降ろして立ち上がろうとするが、力なくよろめいてしまう。ランサーはそんな彼を抱き止め支えた。

「……悪い」

「いえ……マスター。その、貴方の右足は……」

「……ああ」

 読水は何かを察したように呟き、ランサーに支えられながらゆっくりと視線を下ろす。そして部屋着と思われるゆったりとしたハーフパンツから覗く、包帯が巻かれた太ももの傷口を……そして足元に大量に散らばる、血に染まった包帯や布地を見つめた。

「……血は何とか止めました」

 どこか達観した様子でその傷を見つめる読水をゆっくりとベッドに座らせ、ランサーは傷の状況を説明する。

「しかし、あまりに血を流し過ぎている。今は、いえ……もう動ける状態ではありません」

「はは……失血のショックで死ななかっただけ、儲けものだな」

「もう、戦える体では……」

「それに、お前が支えてくれれば……まだ進めるさ」

「マスター……ッ!」

 もう、諦めるべきだ。

 そう諭そうとするランサーの言葉とは裏腹に、まだやれると読水は笑う。そして血色が抜け蒼白となった手を、ランサーの肩に置いた。

「ランサー……アーチャーとバーサーカーが落ち、聖杯が復元された」

「………ッ」

 ランサーは思わず息を呑んだ。

 聖杯の復元――それは即ち、聖杯の器たる『欠片』に願望機として充分な魔力が集まったということ。この日坂の地における聖杯戦争は、聖杯を手にする者を決める為の最終段階に至ったということだ。

 ……そして彼の言葉が確かならば。

 ……自分と最後に戦うべきサーヴァントは、あの……。

「鏡宮さんも死んだ……決着の時は近い」

 聖杯復元の根拠も話さず、しかし確かなこととして読水は告げる。

「……けど、その前に連れて行ってほしい所があるんだ。ランサー」

 そして緊張した面持ちのランサーへと、続けて読水はこう続けた。

「……両親の……墓参りがしたいんだ」

 その願いは、目の前のランサーへと小さく囁かれ。

 それはどこか弱弱しく、気恥ずかしそうでもあった。

 

 

 

 荒い息を吐きながら、シュウジは身の丈を超える剣を手に吹雪く森を進む。

 まともな照明器具も、防寒具さえ着ずに飛び出したシベリアの夜。

 しかし五感として実際に感じたのは、どこまでも見渡せそうな明るさと、身を焦がすような熱さだった。

 シュウジは森を進みながらも、これが夢であることを自覚していた。

 そう、寝ても覚めても決して終わらない悪夢……その始まりであることを。

 五年前、代行者解任の原因となった任務――死徒『灰羽のニペラ』の討伐。

 あの時、撤退命令を無視してまでニペラを追い詰め討ち取ったのは、仲間を傷つけられ、殺されたことへの復讐心からだったろうか。あるいは長年追っていた死徒を討たんとする使命感からだったのか。

 ただ一つ、今にして言えることは……あの時シュウジ・アルバーニは身に宿る何かに突き動かされ、シュウジ自身もそれを受け入れていたということだ。

 そうでなければ、地域一帯の住民をまとめて支配下に置いていた死徒を、一介の代行者に過ぎなかったシュウジに討てるはずはない。

 そしてこの任務の結果は、シスター・セレネントーラに渡された極秘資料には『二度目の奇跡』として記されていた。

 そう。

 この夢の終わりこそが、まさに悪夢の始まり。

 第二百七十四号聖杯の復元と並行して進められた計画――『聖人計画』の実証となったのだ。

 

 

 

 誰か。

 あるいは、何かに。

 シュウジは自分が呼ばれているのを感じた。

「………」

 シュウジは誰かに叩き起こされたように目を見開き、一息に覚醒を果たした。それと同時に自分の首筋に迫っていた誰かの手首を掴み上げ、注射器の先端を宙に上げる。

「ヒィ……ッ!?」

 注射器を持っていた男が悲鳴を漏らし、傍にいた者達も驚きの声を上げる。シュウジはそれらに意を返さず、ゆっくりと上半身をベッドから起こした。

 ……今は三十一日の、午後三時。

 ……ここは、聖堂教会にも報告されてないマリオ神父のアジト。ここには彼を含め、武装した兵とスタッフが合わせて三十人ほどいる。

 ……そして生き残っている英霊は、あと……。

 深い呼吸を繰り返しながら、シュウジは思い出すように状況を把握していく。

 一方で周囲にいた聖堂教会のスタッフは、突如目覚めたシュウジに対し恐怖で硬直していたが、やがて這う這うの体で部屋から逃げ出す。そして不運にも手を掴まれた若いスタッフだけが取り残され、無慈悲に施錠されていく扉へと手を伸ばしていた。

「……目覚めたか」

「ぁぁああああ!?」

 シュウジが目覚めるまで、ずっと待っていたのであろう。セイバーが固く閉ざされた扉の前に実体化し姿を見せる。その姿を見て、逃げ遅れたスタッフは絶望の声を上げた。

「ああ……う……くっ」

 シュウジはセイバーを一瞥して口端を上げるも、すぐに痛みに呻き顔をしかめる。

 頭痛――針で刺すような痛みと、高音の耳鳴りが頭の中で響き渡る。咄嗟に手放したスタッフが後退の勢いで地面を転がる音すら、頭の奥底で響き恐ろしく不快だ。

「っ……いつから、意識がなかった?」

 しかし、その痛みに堪えながらシュウジはセイバーに問いかける。

「ここに運ばれた時には、もう気絶していたようだったな」

 簡易的に設置された医務室、あるいは収容室とでも言うべきか。その扉の横合いにセイバーは背を預け、シュウジを見据える。

「傷はもう塞がっているようだが……普通ならまず助からない負傷だった。調子はどうだ?」

「……体は動くが、気分は最悪だ……」

 シュウジはベッドに腰掛け、体に取り付けられていたセンサー各種を取り外しにかかる。しかし何かに気づいたように身を強張らせ、それからジッと右掌に視線を落とした。

 その様子に、セイバーは眉間に皺を寄せた。

「……左目か?」

「ああ……視力がほとんどない」

 シュウジは暫くの間、目の調子を確かめるように瞼を揉んだり、手を近づけたり離したりを繰り返した。

「……怪我による失明ではないな」

 そんな彼に、セイバーは告げる。

「あの夜、お前は本来扱えぬほどの神秘……いや、奇跡を起こしていた。その視力の低下や全身の不調は、いわばその代償。魔術回路が焼き切れるほどの負荷による後遺症だろう」

「みたいだな……でも、まだ動ける」

 シュウジはそう応えると立ち上がり、はだけていた病衣を着直すなど身支度を整えながらセイバーの隣に立つ。

「セイバー……残る陣営は俺達と、ランサーら二組だけらしい」

「……そうか」

「そして『欠片』も、もう聖杯として形を成している」

「………」

 セイバーは瞑目しながら壁から背を離し、不敵な笑みを浮かべる。

「いよいよだな……これが最後の戦いになる」

「ああ。けどその前に……行けるか? セイバー」

「無論だ」

 セイバーは自分の隣に立ったシュウジへと頷き、彼が向く先へと振り返りつつ、その固く施錠されたその扉を蹴破る。

 重い扉はセイバーの蹴りで難なく破壊され、その先の廊下へと破片を飛散させる。そして廊下の角には、武装したマリオの私兵達が緊張した面持ちでこちらの様子を伺っていた。

「この茶番を仕組んだあの神父に、色々と聞かせてもらおうか……」

 セイバーはそう呟きながら、纏った赤いマントを揺らしながらゆったりとした所作で廊下へと踏み入った。

「………」

 シュウジはそんな自分の相棒の背を見守り、そして気づく。泰然と敵の前に立つセイバーだが、その実、その体は決して万全ではないことを。

 キャスターとの一騎打ち、アーチャーの奇襲、そして瀕死となったマスター……度重なる戦闘と不足する魔力供給は、確実にセイバーを蝕んでいる。

「……セイバー」

「何だ?」

 しかし。

 それでもシュウジは、騎士道――神に誓った正義と己の美学を貫くその先達の背中に、その意地と見栄に、不安や不信を投げかけたりはしなかった。

「……殺すな」

「……フフ、分かっているとも」

 セイバーは肩を震わせて笑い、目にも止まらぬ速度で右腕を振るった。そうして自身の脇を飛び抜けシュウジへと迫ろうとしていた麻酔弾を実体化した剣で切り落とし、次いでその切っ先を払うべき障害へと向ける。

「さあ、派手に行こうか……っ!」

 

 

 

 読水の両親が眠る墓地は、封鎖された地域からそう遠くはなかった。

 十年前に焼け落ちた読水家の屋敷――ランサーと読水が出会ったあの土蔵だけが残された敷地から、十分ほど歩いた所。公営霊園の隅にそれはあった。

 読水家之墓。

 墓碑にはただ、そう刻まれている。

 そして添える花も、手入れの為の手桶も持たず、二人は無言でその墓石の前に立っていた。

「……(うち)は鏡宮から分家して、親父で三代目……魔術師としては歴史の浅い一族だ」

 拝借した部屋着から、いつもの格好に。既にボロボロになった衣服を身に付けた読水はそう告げながら墓へと歩み寄り、墓石に積もった雪を手で払う。

「だから成り上がる為に、本家の人間と触媒のレンタル業なんて真似を始めたらしい。結果、『欠片』なんて分不相応な代物を手に入れちまった……そして、この有様だ」

「………」

 そんな彼を支え、補助するランサーは何も応えなかった。いや、ただ黙って聞いてあげることが今は一番良いことを、彼女は理解していた。

「母さん……母さんは、過保護な上に不器用でさ。俺とは喧嘩してばっかりだった。親父はその度に困ったように笑っていたけど、上手いこと仲を取り持ってくれた。その度に……母さんの気持ちは分かってやれって、俺に言ってくれたっけ」

 読水は懐かしむようにそう口にしながら墓前にて屈み、そっと墓石に手を添えた。

「……二人とも、良い親だった。死んでほしくなかった。過去のことは知らないし、他の連中にはどう映っていたか知らない……けど俺にとっては『欠片』の、あんなものを誰かが得る為の犠牲になって良いような、そんな人間じゃあなかった……ッ!」

 読水は両親の墓前で思いを、この場所に置き去りにしていた感情を吐き出す。その声は、墓石に添えられた握り拳は、微かに震えていた。

「………」

 ランサーはそんな彼の姿を見まいと視線を落とし、眉間に皺を寄せて瞑目する。

 大志を抱き、散った者。

 そして、残された者。

 その姿を見るのは、何も初めてではない。否、あの幕末から明治にかけての世では、それこそ数え切れぬほどに見てきた。

 しかし。

 ……いつまで経っても、慣れないものだ。

「………っ」

 その時だ。ランサーはパッと顔を緊張させ、振り返り身構える。

「……距離や可視不可視に関わらず、意識が向けられればそこで気づく……流石ですね」

 そう言ってランサーが睨む方向――遠い墓石の陰から、一人の女性がゆっくりと姿を現した。

 黒い眼帯を右目に巻き、着古した修道服を身に纏った女性だ。さらに頭巾の上に被るベールは古く、灰色になるまで脱色している。

「……貴方は?」

「セレネントーラ……聖堂教会の人間です」

「聖堂教会……ッ!」

 女性――セレネントーラの所属を聞いて警戒するランサー。対して読水は募っていた感情を吐き出した為か、落ち着き払った様子で深呼吸を一度し、ゆっくりと口を開いた。

「……マリオの命令で、俺を殺しに来たのか?」

「いえ……ここへは、マリオ・アルバーニの計画を阻止する為に来ました」

「……どういうことだ?」

「私は五年ほど前から、マリオ・アルバーニの動向を探っていました」

 読水の疑問に、セレネントーラはそうはっきりと答えた。

「十年前、彼が強行した第二百七十四号聖杯……通称『欠片』の奪還。その失敗の直後に立案された、この日坂亜種聖杯戦争……聖堂教会の中には当然、その動きを危険視していた者だっています」

「………」

 その言葉を受けて、読水はよろめきながらも一人で立ち上がり、彼女へと向き直った。その様子を見て、槍こそ構えなかったものの臨戦態勢にあったランサーも静かに構えを解く。

「お前もその一人だと? かの聖堂教会も裏じゃあ派閥争い、権力闘争か」

「否定はしません。しかし、今の私は……あくまで一個人として動いています」

「何の為に?」

「私は……私はシュウジ・アルバーニの、同僚なのです」

 そうか。と、読水は頷く。そして続く説明を待ったが、当のセレネントーラは、話はおしまい、と言わんばかりに口を閉じてしまった。

「……それだけ?」

「……はい」

「……それだけの関係で、こんな所にわざわざ?」

「……はい」

「え……本当に?」

「………」

 彼女はそっぽを向き、黙ってしまった。

 暫しの間、重苦しい時間が流れる。

「……マスター」

 沈黙を破ったのは、読水の背後に控えていたランサーだった。

「彼女のことは……信用しても良いかと」

「何で?」

「えっと、何と言いましょうか。おん……あー、いえ、勘働きですかね?」

「………」

「とにかく彼女は、彼の為だけに動いているように思えます」

「……そうか、分かった」

 嘘であった。

 本当は全然分かっていない。

 しかしこれまでの戦いを経て、読水はランサーの判断は信じられると実感していた。この判断も彼女の保有スキルによる洞察力、あるいは幕末――激動にして激戦の時代を生き抜いたからこそ可能な直感なのだろう。

「私が知る、全てをお話します」

 先ほどの流れを切るように、セレネントーラはそう宣言した。

「そしてこの説明を以って……貴方達には、この戦いから降りてもらいます」

 

 

 

「ぬん……っ!」

 気合一閃。セイバーの放った一撃は立ち塞がる私兵達を蹴散らし、固く閉ざされていた礼拝堂の扉すら押し破った。

 医務室から礼拝堂まで、まるで暴風のように吹き荒れたセイバーの圧倒的戦力。マスターであるシュウジはそんな力に守られながら、まるで無人の野を進むが如く悠然と礼拝堂の中へと進む。

「………」

 礼拝堂は秘密裏に設置されたはずであるこのアジトの規模とは裏腹に、大きな一室に設けられていた。

 その礼拝堂の壁際より、シュウジの周囲を囲むように武装した者達が立つ。彼らは近代兵器で固めた先ほどまでの私兵達と違い、異形の槍や刃に聖句が刻まれた長剣と言った古風な得物を手にしていた。そしてその動きには戦いへの緊張はなく、洗練されている。

 彼らはマリオの私兵であるシプレス碑炎騎士団、その実働部隊なのだろう。しかしシュウジは彼らに視線を向けることなく、ただまっすぐ、祭壇の前に佇むマリオ・アルバーニを見つめていた。

「……シュウジ」

 マリオはこちらへと向き直り、深い皺と傷を刻んだ顔を綻ばせて微笑む。

「あれだけの傷を負い、もう立てるのか。思った通り……いや、予想以上だ。お前の能力には、いつも驚かされる。まさに奇跡だ」

「………」

「エンツォ……君を救った彼は助からなかったが、しかし……彼の行動も、無駄にはならなかった」

 しかし、彼が義理の息子の無事を喜べば喜ぶほど――そんな態度を見せるほどに、シュウジの心には怒りがこみ上げていった。

 ……何を、笑っていやがる。

 今のシュウジには、透けて見えていた。

 欲しいものを手に入れた。そうほくそ笑む、マリオの愉悦の心が。

「……全て、全て知りました」

 シュウジの言葉に、歓迎するように近づいていたマリオの歩みが止まった。シュウジは構わず一歩、また一歩とマリオへと詰め寄る。

「『欠片』の回収任務も、聖杯戦争への参加も……全部計画の一部だった! 『欠片』から聖杯を復元し、俺を聖人に作り変える! その為の!」

 そしてシュウジはマリオの眼前に立ち、養父の胸ぐらを掴んで叫んだ。

「十年もの間……いや今まで、俺を……俺をずっと、騙し続けてきたのか!?」

「………」

 怒りに任せ、これまでの非を責める。マリオはそんなシュウジの剣幕を冷ややかな目で見つめ、そしてシュウジの背後――シュウジを狙わんと身構える部下達と、主を守らんと佇むセイバーを一瞥した。

「……そうか」

 そしてマリオは嘆息し、部下達の行動を手で制す。次いで、シュウジへと向き直った。

「……鏡宮、あるいは上層部の誰かにでも吹き込まれたのだろう」

「……認めるのか? 全部……っ!?」

「そうだ」

「………」

 マリオは胸ぐらを掴んだシュウジの手を振り払い、二人の距離が数歩分退く。それから彼は乱れた衣服を直しながら、平坦な口調で告げた。

「十年前に養子として迎えたのは、お前を可能な限り手元に置いておきたかったからであり……お前がここに来た切っ掛けである『欠片』の回収任務も、ここに呼ぶ為の口実に過ぎない」

 直立不動の姿勢のまま、シュウジを試すように視線を交わすマリオ。シュウジもまた、肩を怒らせながらもマリオの視線を避けることなく彼を睨み返した。

「お前が今思っている通り、私の行動は善人のそれとは程遠い。どれだけの人間を欺き、殺してきたか……お前の非難も、私は何一つ否定しない」

 だが……。と、マリオは目を細め、鋭い眼光をさらに鋭利なものにして続けた。

「それが何だと言うのだ。過程の善悪など、問う権利など我々にはない。聖杯の復元と聖人の誕生……それらの聖なる目的の為に、全て必要な犠牲であった。それだけの話だ」

「………ッ!」

「我々は駒だ……善も悪もなく、目的の為に配置された駒に過ぎない。だから私は、目的の為にお前を欺いた」

「………」

「大局を見ろ、沢尻周路……ッ!」

 マリオは押し黙るシュウジに迫り、強い眼差しで言った。

「ランサーを討ち、復元された聖杯を手にすればこの戦争は終わる。そしてお前が代行者として、この世界に光をもたらせ……ッ! 神を代行し、如何なる魔をも討ち払えッ!」

「………」

 熱を帯びる老人の言葉に、シュウジはかぶりを振る。

 気づいたのだ。

 マリオ・アルバーニの本質――この男には善なる目的しかなく、自身が神の教えに背くことやその過程の善悪には一切の考慮がないことを。

 そして理解したのだ。

 彼をどれほど責めた所で、シュウジが欲した言葉は何一つ返ってはこないと。

「……俺は、俺だ」

 シュウジはマリオからの同意を拒むように一歩下がり、宣言した。

「この土地で生まれ、家族を失い、恋人に守られ……貴方に拾われた」

「………」

「そして教えを受け……そして仲間に出会い、別れ……そして多くの犠牲の上に成り立っている。それが代行者、シュウジ・アルバーニだ」

 この土地での悲劇だけじゃない。

 『欠片』を巡る過去の戦争と裏切り、連なる犠牲の道。その道の先に、自分が立っている。

 だからこそ。

「例え神が貴方を、これまでの犠牲を許そうとも……俺の背負った十字架が、何一つ許しはしない」

 お別れです。と、シュウジは告げ、養父に背を向けた。

「……どこへ行く?」

 その背に、養父は言った。

「ランサーは私の部下達に討たせる。お前の役目は……」

「俺の役目は全てを終わらせることです。監督役、マリオ・アルバーニ」

 シュウジはマリオに背を向けたまま、しかしはっきりとそう宣言した。

「これは聖杯戦争。聖杯を得る資格があるのは、俺達……マスターとサーヴァントだけです」

「………」

 その言葉に、マリオは閉口し顔をしかめる。そんな養父を肩越しに見つめ、シュウジはどこか哀れむようにこう続けた。

「聖杯を望むなら、貴方もマスターとして参加するべきだったんだ。鏡宮悟、彼のように……そうなっていれば、こんなにも余計な犠牲を出さずに済みました」

 ……ただ二人で、思う存分に殺し合っていれば良かったんだ。

 そんな思いを口走りそうになるが、シュウジはそれをグッと呑み込み、ただ拳を握る。

「もう沢山です。誰の助けも、犠牲も……もう必要ない」

 これは俺達の戦いです。と、シュウジは沈黙するマリオへと言い放つ。そしてそのまま、力強い足取りで礼拝堂の出入り口へと向かった。

 遠巻きに包囲していた騎士団の団員が、逃がすまいと途端に殺気立つ。しかしシュウジの傍に立つセイバーに気圧され、前に出ようとする者は皆無であった。

 しかし。

「……馬鹿が。そんな恰好で表に出るつもりか?」

 そうして退出しようとしていた二人を、マリオが呼び止める。

「聖具室にお前の服と、予備の装備がある。そこを出て、右だ」

 その言葉に、扉を押し開けたシュウジの手が止まった。そして俯いたまま、振り返ることなくマリオに問う。

「……貴方から離反する俺に、それを受け取る資格がまだあると?」

「あるとも。お前は私の息子だからな」

「………」

「これがお前にしてやれる、最後の世話焼きだ……持って行きなさい」

「……ありがとう、ございます」

 シュウジは俯いたまま感謝だけ述べ、セイバーと共に扉の向こうへ。

 そして今度こそ、彼は養父のもとから離れていった。

 

 

 

 黒いキャソックを身に纏い、シュウジ達はアジト――里山に建てられた雑居ビルから野外へと出た。

 時刻は午後四時。しかし最早、昼も夜もない。一刻も早く、封鎖区域である都市部に戻るべく、シュウジは雪の残る野道を進むが……。

「……どう、思う?」

 最初こそ黙々と道を歩いていたが、やがて抑え切れなくなり、シュウジはぽつりと疑問を口にした。

「どう、とは?」

 シュウジの隣に立ち、言葉を促すセイバー。シュウジの気持ちを察してか、その口調はどこか優しげですらあった。

「彼……マリオ・アルバーニの行動だ。確かめた限り、発信機の類はないと思うが……」

「ああ……」

 シュウジの疑問にセイバーは、まだまだだな、と苦笑し肩をすくめた。

「最後の親心、という奴だろう。あれほどの人物でも、子の前では自分を見失うこともある……そういうものだ」

「………」

「貰っておけ。それが親孝行というものだ」

 そうか。と、シュウジは居心地の悪さを感じながらも、セイバーの言葉を真実として無理やりに呑み込んだ。

「しかし……シュウジよ」

 そんな不器用な親子の一人を横目に、セイバーは口端を上げ、こう続けた。

「……これで、もう俺達だけだな」

「……ああ。分かっている」

 同盟関係は愚か、聖堂教会からの支援もない。

 封鎖区域は既に行政の管理が行き届いておらず、間もなく到着するであろうシプレス碑炎騎士団の本隊は自分達を敵、あるいは捕獲対象と認識しているだろう。鏡宮が生前用意した刺客も、未だこちらを狙っているかもしれない。

 そして、読水竜也とランサー……二人もまた、聖杯のもとへと向かっている。

 最早、味方などいない。

 しかし。

「……それで良い。俺達だけで、もう充分だ」

「そうだな……ハッ、俺だけじゃあ心細いか?」

「まさか」

 セイバーの軽口に、口端を上げる。そしてシュウジは、ふと横合いに広がる平野――都市部の方を見つめた。

 人の営みが消えた封鎖区域。灰色の雲が重苦しく覆う空から、一筋の光明が地上へと降り注いでいる。

 天使の梯子――雲の切れ目から陽光が地上へと漏れた際に見られる現象だ。そしてかつて、人々はそれを天上へと続く道……天国への階段と信じた。

「………」

 シュウジは掠れた視界に苦慮しながら、その光景を睨む。空から差し込まれた光、その先にある建物を。

 駅前にある、外壁が崩れたデパート――それは確か『運び屋』、読水竜也と最初に出会った時の……。

「………」

 ……全ては運命。あの時から、何もかも決まっていたことなのかも知れない。

 ……そして、それが運命であるのならば……。

「……セイバー」

 シュウジは立ち止まり、セイバーを呼びかける。その様子にセイバーもまた立ち止まり、シュウジへと向き直る。

「セイバー……ここまで付いてきてくれて、ありがとう。貴方がいなければ、この土地で何が起こっているのか……俺は自分が何者であるのかさえ、知ることはできなかった」

 そしてシュウジは、宣言した。

 自分が選び、望む……この物語の結末を。

 

「この地で起こった数々の悲劇、それらが聖杯を欲した罪に依るものならば、この先に起こる……残る全ての罰を、俺達が受けるべきだ」

 

 セイバーは瞑目して顔を伏せ、シュウジの決意を真摯に受け止める。

「騎士の本懐、ここに有りだ」

 そして僅かに口端を上げて不敵に笑い、シュウジを見つめその決意に応じた。

「元より、聖杯に望む悲願などありはしない。俺は俺自身の正義と美学の為に、シュウジ……お前の剣となり、盾となろう」

 セイバーの言葉に、シュウジは頷く。

 そうして二人はまた道なりに歩を進め、封鎖された都市部へと……光明が指し示す、聖杯が眠る地へと向かった。

 

 

 

 亜種聖杯戦争を隠れ蓑に計画された、聖杯の復元。

 そしてマリオ・アルバーニが独自に進めていた、聖人計画。

 セレネントーラは自身が知る情報、その全てを読水に伝えた。

 読水は疑心や怒りの感情を向けず、彼女の言葉をただ聞き受けた。それは彼女が話す言葉が、読水の知る事実と合わせても何ら矛盾しないものであったからであり、そして何より――。

「……そして昨日の騒動より、上層部はマリオ・アルバーニの一連の独断行動が聖堂教会の教えから完全に逸脱したものであると判断しました。鏡宮悟……彼からの情報提供によって判明した過去の事実も、判断の決め手に……」

「………」

 セレネントーラが告げた、情報提供者――鏡宮悟の名と、彼が情報を提供したことで起きた結果は、読水にとって大いに価値のあるものであったからだ。

「……それで、奴はどうなる?」

「まず間違いなく……彼の第八秘蹟会としての身分は剥奪される。それも数日以内に。彼が指揮する騎士団も、直に解体命令が下されるでしょう」

「……そうか」

 セレネントーラの見解に、読水は灰色の空を仰ぐ。そしてゆっくりと、一筋の白い息を吐く。

 ……あの人の十年は、無駄じゃあなかったんだな。

「……マリオ・アルバーニの失脚は、確実のものとなった」

 亡き男の念願が果たされたことに思いを寄せていた読水は、異音に気づき現実へと引き戻される。見れば、前で僅かに交差されたセレネントーラの両腕に灰色の鎧甲が取り付けられていき、さらに熾火のような赤熱と火の粉さえ放ち始める。

 灰錠――代行者の多くが使う概念武装だ。

「残る懸念は、あと一つ……貴方です。ランサーのマスター――『欠片』の運び屋、読水竜也」

 両腕に武装を施したセレネントーラに対し、ランサーも読水を守るように前に出ようとする。しかし読水は落ち着いた様子でそれを手で制し、次いでセレネントーラに向き直った。

「……ここで、俺達を消すつもりか?」

「いえ……消耗しているとはいえ、流石にサーヴァントに勝てるとは思っていません。しかし、既に消耗した貴方達をさらに追い詰め、彼らが聖杯を得る一助にはなるでしょう」

「……かもな」

 そうして両者は暫しの間、睨み合いを続けたが。

「……知る限りのことは全て話しました。身を引いてください」

 セレネントーラは口を開き、読水へと勧告した。

「聖杯は既にセイバー陣営……いえ、シュウジ・アルバーニを選んでいる。貴方の本来の役目は、『欠片』をこの土地へ運んだ時に終わっていたのです」

「………」

「真実を知った彼ならば、マリオ・アルバーニの思惑通りには決してならない。貴方達が身を引き、彼らが聖杯を手にすること……それが現状、最善の結果になる」

「……あいつが聖杯を得るのが、運命だとでも言いたいのか?」

「そう定められているように、私には感じます。それが、正しき道だと……」

「………」

 セレネントーラの言葉に、読水は黙って顔を伏せる。

 そんな読水――足を負傷し歩くことさえままならない『運び屋』を諭すように、セレネントーラは説得を続けた。

「十年前の復讐という目的なら、既に充分に果たされたはず。もしそれでも聖杯を求めるのであれば、運命は確実に貴方を……」

 

()()()()()()……ッ!」

 

 セレネントーラの言葉、突きつけられた運命を、読水は憎々し気にそう吐き捨てた。

「正しき道だとか、俺自身の役割だとか……運命だとか! そんなの知ったことか! お前らが語る正義も! 悪も! 俺にはどうでも良い! 俺が知りたかったのは……欲しかったものは! そんなものじゃあないッ!!」

 声を震わせ、読水は叫ぶ。セレネントーラはその剣幕に動揺したように黙り込んでしまったが。

「ここが……ここが最後の分岐点です。ここを過ぎれば、もう……選択の余地なんてない……ッ!」

 絞り出すような声でそう呟くや否や、セレネントーラもまた顔を上げて声を荒げる。

「……もう戻って来られなくなるぞ! 読水竜也!」

「戻ってどうなるッ!?」

「………ッ!」

 振り返りそう告げる読水に、セレネントーラは息を呑み圧倒される。そして戦意を失った彼女を見て、ランサーもまた悲痛な面持ちで静かに構えを解く。

「生きる為に逃げ出して……ずっと暗がりで後悔し続けてきた……ッ! たった一人で、十年もの間、ずっと……ッ! それがあと、もう少しのところで……もう少しのところまで来たんだ……ッ!」

 そう。

 読水は何も未来の為に戦ってきた訳ではない。ただ自身の過去の過ち、後悔をなくしたいだけだ。

 それが例え、全てに望まれぬ行為であったとしても。

 それが例え、運命に背く愚かな行為であったとしても。

「俺が欲しいのは、俺自身の手でつける決着だ! あの後悔の日々を、終わらせる為の……ッ!」

 目尻に涙さえ浮かべ、読水は願いを叫ぶ。

 その願いは建てられた墓石に反響して広がり、やがて積雪へと吸われて消えていった。

 

 

 

「……本当に、良かったのでしょうか?」

 背後で、ランサーが呟く。使える装備の確認を行っていた読水は、その声に反応し視線をやる。

「彼女、何も言わずに行ってしまいましたが……」

「何か思うところがあったんだろ……正直、ここで戦っていたらどう転ぶか分からなかった。ツイていたさ」

 そう言いながら、読水は回転式拳銃――コルト・ローマンの残弾を確認する。

 ……使える弾丸は、よりにもよって十三発か。

 ポケットに押し込んだままの空薬莢や、度重なる戦闘で凹みが付いた銃弾を除き残った.375マグナム弾。その弾数は何度数えても十三発だけだった。

「まあ……何せ、ここまで来られたんだ。ツイてるさ、俺達は……」

 読水は自分に言い聞かせるようにそう呟きながら銃弾を一発ずつ装填し、残った弾を上着のポケットに押し込んだ。

「……ランサー」

「は……はい!」

「これが最後だ」

 読水はランサーに向き直って、そう宣言する。

「この聖杯戦争で最弱と言って良かった俺達二人が、それこそ互いに死線を越えて生き残り……こうして最後まで残った」

「………」

 読水は右手に残る令呪、この亜種聖杯戦争のマスターである証、その最後の一画をランサーに示しながら言った。

「残る相手はセイバーと代行者……あの最強のチームだ」

「……はい」

「……確か開戦初日には、俺達尻尾を巻いて全力で逃げたよな?」

「正直、どうにもなりませんでしたからね……お蔵壊して、すいませんでした」

「俺も触媒に使ったお猪口「、真っ二つにしちまったからなぁ……」

 かつての所業に頭を下げるランサーに対し、読水も唸って腕を組んだが。

「いや……触媒と言えばシュウジだよ。あいつら名コンビ感出してるけど、そもそもセイバーの触媒を用意したのは俺だぞ?」

「そういえば、そうでしたね。あまりにも意気投合しているので、忘れがちですが……盗んだ触媒で戦い出したのが、彼らセイバー陣営でした」

「挙句に優勝までしようとしてやがる……あいつら触媒盗んだこと自体、もう忘れてんじゃねーかな?」

「忘れている、でしょうね……」

 愚痴を零し始める読水にランサーは応じ、苦笑する。そんな彼女の顔を見て、話を戻そうと読水は咳払いをした。

「だけどだ……そんな連中が相手でも、もう逃げ回ることはできねえ」

「……はい」

「ランサー、ここからは俺もお前も、『欠片』だって守らなくて良い……ただ勝ちにいくぞ。そして聖杯を手に入れて、この戦いに決着をつけよう」

「………」

 読水の言葉を聞き受け、ランサーは最初こそ無言であったが。

「最初に生き続けろと言われた時も、言いましたが……」

 と、ランサーは読水の顔を見つめ、口元を綻ばせた。

「……私は、良きマスターに恵まれました」

 そして彼女は片膝をつき、凛とした声で告げる。

「この三吉慎蔵、改めてお誓い致します! 我が(マスター)は貴方であり、私は貴方のたらんことを!」

 読水はその誓いに頷き、傍にあった両親の墓石を名残惜しそうに見やる。

 これが最初で最後の墓参り。そうなると、読水は予感していたからだ。

「……じゃあ、行ってきます」

 

 そうして魔術師の息子は両親へと挨拶し、使い魔を連れて決戦の地へと赴く。

 そして予感の通り、これが彼にとって最後の墓参りとなった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。