Fate/reselect   作:Fate/reselect出張所

58 / 58
Fateシリーズの二次創作です。
最後の戦闘描写、時間がかかりましたがようやく書き上げました(青息吐息)。
※これまでのあらすじ
D先生「これ、プロットでは僕らが出るところまであったって?」
佐藤「コンサートホールでずっとスタンバってました」


第四十七話『足掻き』

四十七話『足掻き』

 

 

 

 デパート『SYOFUKUYA 日坂店』――日坂の中心的市街地である日坂駅前、その向かいに建てられた大型デパートである。

 本来は日夜問わず往来が盛んなこの地域は一昨日の騒動により立ち入り禁止区域に指定され、現在はひっそりと静まり返っている。デパート『SYOFUKUYA 日坂店』もまたその外壁を無惨にも破壊され、玄関口は瓦礫と積雪に埋もれていた。

 そして、夕日に照らされ赤く染まった瓦礫の山の前に二人の男女。魔術師とその使い魔が立ち尽くしている。

「……ここに、聖杯が?」

 使い魔――龍の守護者、ランサーが問う。黒を基調とした洋式の軍服にブーツ、獅子と龍とをあらわした刺繍が施された陣羽織を纏っている。そして手甲に守られた右手には十字槍が握られていた。彼女は案内されるままに、彼をここに連れてきたのだった。

「ああ、七階のコンサートホール……理屈では説明できないが、感じるんだ」

 魔術師――『欠片』の運び屋、読水竜也は血の気のない唇を動かし答える。ランサーの左肩に支えられている彼のハンティングジャケットはボロボロで、商売道具のアタッシュケースも失われている。最早彼の手に残されたのは、コートの内側に隠された一丁の拳銃と彼を支えるサーヴァント、そして過去より受け継いできた魔術師としての血肉だけだ。

「……まだ、あいつらは来てないみたいだな」

「はい……マスター」

 待ちますか? と、ランサーは読水を一瞥し、確認した。

「………」

 その言葉に、読水は目を細める。

 この日坂聖杯戦争において最強の座に君臨しているサーヴァント――国土回復の英傑、セイバー。

 そしてそのマスターであり、聖杯と深く結ばれた存在――奇跡の代行者、シュウジ・アルバーニ。

 彼らもまたあの戦闘を生き延びており、そしてここへ導かれていることだろう。彼らへの対策も、ある程度は考えていたが……。

「……ランサー」

 幾ばくかの沈黙の後、読水は口を開いた。

「残ったのが俺達、二陣営だけだとしても……この場合、遅れた方が悪いと思わないか?」

「……確かに」

「だろ? 連中が悪い……連中が悪いうちに、聖杯を頂いちまおう」

「そうしましょう、そうしましょう」

 読水の宣言に、がくがくとランサーも頷く。

 亜種聖杯戦争の参加者として主従関係を結んでから約二週間、散々地べたを這いずって生き延びた二人だ。今さら勝ち逃げを卑怯と思うような心など、持ち合わせてはいない。

「……しかし、この出入り口からはとても入れませんね」

 ランサーはそう呟くと、周囲を見回す。デパートの被害は外観から見てもかなりのものだ。別の出入り口からデパート内部に入っても、上階へ続く部分が玄関口同様に崩落していては逆に遠回りになるだろう。

「……見たところ、駐車場は無事です」

 ランサーはデパートに隣接された立体駐車場を槍の穂先で示し、その一階から七階、そして通路を通ってデパート七階までをなぞる。

「マスター、あそこから七階へ入りましょう」

「ああ……」

 読水は了承すると、ふと振り返って西の空を見やった。雲の透かして見える、黄金に輝く夕日……その下弦が、ゆっくりと地面に触れようとしている。

「……もう、寒いのは御免だ」

 読水は目を細め、ボソッと呟く。

「日が沈むまでに、さっさと終わらせよう」

 

 

 

 フラット式自走式立体駐車場。デパートの側面に建てられたその立体駐車場は、専門的にはそのような名前で分類されている。

 自動車が各階を移動する際に使われる外付けのスロープは建物の前後、上り用と下り用とに分けられて設置されている。構造を切り分けて見れば、段々重ねとなった骨組みの箱にスロープが螺旋状に巻き付いているように見えることだろう。

 そして読水とランサーは、そんなスロープを一段一段徒歩で上っていた。

「……エレベーター」

 右足に銃弾を受けて尚も聖杯を諦めなかった読水であったが、三階へのスロープを上る頃には弱音を吐き始めていた。

「エレベーターは、使っちゃ駄目なのか?」

 非常電源が働いているのか、幸いにもデパートや隣接された立体駐車場の照明は生きている。エレベーターもまだ使えるかも知れないが、ランサーは読水の提案に被りを振った。

「分かって言っているとは思いますが……もしエレベーターで問題が生じたら、そこで本当に終わりますよ?」

「……このまま歩けば、着く頃にはこっちの命が終わりそうだが」

「ここまで来て、それだけはご勘弁を……」

 横合いから吹き込む冷気に震えながら、読水は何とか三階まで辿り着く。

 少し休憩しましょう。と、ランサーはそう言って建物の奥、駐車スペースまで読水を連れていった。そうして読水はランサーに補助されながら自動車に背中を預け、地面へと頭を垂らしながら、浅い呼吸を繰り返す。

 そんな彼をランサーは黙って見つめていたが、呼吸が落ち着きを見せたのを機に口を開いた。

「……傷は痛みますか?」

「……いや」

 読水はそう答えると、銃創を負った右の太ももを叩く。

 濡れた雑巾を平手で叩いたような、濡れた音が駐車場に響いた。

「マスター……ッ!?」

「……痛みは、もう感じない」

 時間がない。と、唇を震わせて動揺するランサーに、読水はそう告げて視線を送る。

「急ごうか。このまま、ここで終わるなんて……それこそ勘弁だ。嫌じゃあないか、そんなの……そんな終わり方なんて」

「………っ!」

 その言葉を受け、ランサーは決意的に読水に手を回し、慎重に立たせた。

「―――ッ!?」

 しかしスロープへと意識を向けたランサーは突如、読水を抱きかかえると自動車の陰へと押し込む。直後ランサーのいた場所に影が走り、そのまま後方にあった車体に突き刺さる。

 

 それは黒鍵――聖書のページで作られる、代行者が得物に使う概念武装だ。

 

「……運び屋ぁッ!」

 微かな呼気の後、駐車場に轟く男の声。

 その声の主を、読水は知っていた。充分過ぎるほどに。

「代行者……ッ!」

 読水は唸るようにそう呟くと、車の陰から慎重に顔を出した。そして自分達が上がっていたものとは反対側のスロープに立つ二人の影――代行者シュウジ・アルバーニと、そのサーヴァントであるセイバーの姿を確認する。

“やっぱり来ていたか……ランサー、予定通りやるぞ!”

“はい!”

 読水は念話で合図を送り、ランサーもまたそれに応える。そんな二人にセイバーは悠然と顎を突き出して笑みを浮かべ、身動ぎさえせずに臨戦態勢を整える。

 しかし。

「待て!」

 前方と真横へ、シュウジは静止を促すように腕を突き出し叫んだ。

「運び屋、今すぐここから立ち去れ! そうしてくれれば、俺達はこの不毛な戦争を終わらせることができる!」

「……あぁ?」

 シュウジの言葉が理解できず、読水の思考は一瞬停止する。そして、その口から怪訝な声が漏れ出た。

 その声が聞こえなかったのか、あるいはそれでも尚か。シュウジは二人とセイバー、両者の間に立って説得を続ける。

「俺はもう、マリオ・アルバーニの指示で動いていない。聖杯は、誰の手にも渡らないよう破壊するつもりだ! だからお前に……お前達にも、聖杯を渡す訳にはいかない!」

「………」

 その説得、言葉に、読水の目が見開かれる。まるで口に入れた食べ物の中に想定外の異物が紛れていたかのように、その目が泳ぐ。

 しかし、その動揺も長くはなかった。その言葉の意味を理解し、読水は顔を伏せてクスリと笑った。

「そう……か」

 そう呟くと、読水は左腕で身を起こし、ゆっくりと車の陰から這い出た。そして傍で屈むランサーの静止も無視して、身を晒したまま自分を説得しようと試みている男を見やる。

 二人の視線が、静かに交わされる。

「………」

 一方はまるで聖人のように両手を広げてみせたが。

「……何故だ」

 その顔が、次第に悲し気に歪んでいく。

「……死ななきゃ止まれないのか、読水竜也……っ!?」

「………」

 そう問われたもう一方は、その視線を合わせたまま見せつけるように右手をジャケットの中へと滑り入れ、拳銃を引き抜いていく。

「ここまで……こんな所までやって来て……」

 負傷した状態での、その動きは遅かったが。

 敵愾心を隠そうともしないその瞳と声は、怒りに震えていた。

「てめえ今さら何……[[rb:温 > ぬる]]いこと言ってんだよッ!」

 

 沸々と滾らせていた感情を爆発させた読水は、右腕を突き出すようにしてシュウジへと発砲。

 躊躇なく最後の戦い――決戦の火蓋を、自ら切って見せた。

 

「――シュウジ!」

 読水がシュウジへと銃口を向けたと同時に、セイバーは動き出していた。右手に剣を実体化させながらシュウジの前へと躍り出て、その凶弾を切り落とす。

 故に、一瞬遅れた。

 セイバーの側面へと鋭角に回り込み襲い来る、ランサーの攻撃に。

「―――ッ!?」

 セイバーは一瞬遅れてランサーに反応し、突き込んできた十字槍を剣で受け止めたが、その両足は大きく後方へと滑る。

「ランサー……ッ!」

 受けた剣が首筋の手前にまで迫るも、歓喜の隠し切れぬセイバーの声。

「ああ……決着をつけるぞ、セイバー!」

 ランサーはそう告げると同時、腰を沈めてセイバーをさらに奥へと弾き飛ばす。そしてセイバーを押し込むようにしてスロープを上らせ、二人は上階へと消えた。

「セイバー! ……うッ!?」

 と、シュウジは一瞬振り返ってセイバーを見やるが、すぐに二発目を撃ってきた読水に反応。腕を前方で交差させ、袖下に隠した黒鍵の柄で銃弾を防ぐ。しかし弱った体ではその衝撃を殺し切れず、シュウジはバランスを崩して背中から地面へと転倒する。

「ク……ッ」

 シュウジは呻くも、すぐに後転して体勢を整え、傍にあったコンクリートの柱へと身を隠した。

 読水はそんな彼を硝煙の上がる銃口で狙い、そして観察する。

「やっぱり、弱っているな……出て来いよ、代行者。この戦争を終わらせたいって言うなら俺か、お前か……どっちかが死ねば済む話だ」

 読水は冷淡な口調でそう告げ、ゆっくりと車の陰から広い空間――互いにより戦いやすい場所へと歩き始めた。

「……運び屋、お前……ッ!」

 シュウジは僅かに身を乗り出しながら、そんな読水を歯噛みしながら睨む。

 彼は気づいたのだ。

 ランサーにセイバーを相手取らせ、その隙に、マスター同士での短期決戦を狙う。

 それが、読水の狙いであることに。

「さっさと来い。もう、逃げられないぞ……お互いにな」

 身を隠す場所のない……本来強者が立つべき場所へと身を晒しながら、弱者は吠える。

「決着をつけるのは俺達だ……聖杯は、誰にも渡さねえ!」

 

 

 

 読水が気炎を吐いた、その頃。セイバーはランサーの猛攻に押され、四階まで後退していた。

「……ぬん!」

 しかしそれも、長続きはしない。セイバーは実体化させた左剣の一撃で迫る槍先を弾き飛ばし、ランサーの体勢を崩した。

 力技でもって連撃を崩し、即座に二振りの剣を構え直すセイバーを見てランサーは二の足を踏む。そして両者の間に一定の距離が置かれ、膠着が訪れた。

「……ふう。まったく大したものだよ、お前のマスターも……」

 睨み合いの中でセイバーは苦笑し、緊張を解くように得物を下ろす。

「自分の命でさえ手札の一つとして数えられる、あの捨て身っぷり……そう出来ることではない。もし、彼が彼の思惑通り、俺をサーヴァントとして召喚できていれば……この戦争の結果は、大きく変わっていたのだろうな」

「………」

「……だが、そんなものは今となってはどうでも良い。見たいのは今のマスター、己が主と共に戦ったこの戦争の行方だ」

「なあ、ランサー……お前もそうなのだろう?」

 そう言葉を投げかけて、気配を強めるセイバー。

 ランサーは圧倒的強者であるセイバーの気迫に息を呑むが、それでもセイバーの言葉に応じるかのように真っ向から槍を構え、堂々と対峙する。

「……フッ」

 その様子にセイバーは目を細め、左手に持つ剣を天へと掲げる。

 そして、その真名を解放した。

 

決闘い誅す鋼の剣(コラーダ・デ・デュエロ)。神の御名において、ランサー……俺はお前に、一対一での決闘を申し込む」

 

「な……ッ!?」

 想定外の宝具の使用、そして予想外の申し入れに、ランサーは驚愕する。セイバーはそんな彼女に、決闘の取り決めを滔々と告げる。

「決闘の敗者は、勝者こそ聖杯を有する資格を持つと見做し、以降の手出しを禁ずる。そして勝者は、敗者の主君を処刑しないことを誓う……ルールはこれだけだ」

 真名を解放した左剣――決闘い誅す鋼の剣(コラーダ・デ・デュエロ)は身に宿す神秘を波光のように散らせ黄金色に輝く。セイバーをその刀身をランサーに見せるように地面と平行に構え、宝具に秘められた能力を語る。

「この宝具はな、決闘での取り決めを遵守する為に働き、他者からの干渉も結界によって防ぐ。ランサー……この宝具での決闘、決着であれば第三者に聖杯を奪われず、そして互いの主君を死なせずに済む」

「………ッ!?」

「考えてもみろ。俺達にとって最悪のケースは、この戦いにより双方共倒れとなり、聖杯を他の連中に掠め取られることだ」

 セイバーの説得にランサーの視線が揺らぎ、穂先が下がる。

「……この戦い、私達だけで決着をつけようと?」

「ランサー……この決闘を受けるか?」

 そう問いかけ、セイバーは左剣の切っ先をランサーへと突き出す。

「………」

 ランサーは暫しの間、顔を伏せ逡巡していた。しかし彼女は構えを解いて背筋を伸ばすと、決然とした面持ちでセイバーを見据え槍の石突で地を叩いた。

 そんな彼女にセイバーは笑みを浮かべ、溢れ輝く神秘を散らすように左剣を振るった。そして神秘は周囲に散り、立体駐車場全体を覆う結界となっていく。

 

 

 

 セイバーによって提示されランサーが応じた、サーヴァント同士での決闘。

 それに驚いたのは、他でもない彼のマスターであった。

“セイバー、お前何を……!?”

“悪いなぁ、シュウジ”

 読水の銃撃を逃れる為に柱に隠れながら、念話でその独断行動を咎めるシュウジ。対しセイバーは、あっけからんとした態度で応じた。

“だが、これが俺のやり方であり、在り方だ……お前と示し合わせた理想、目的を叶える為のな”

“………”

 シュウジはそんなセイバーの返答に歯噛みするが。

 ……確かに、これが最善にも見える。

 そう感心せざるを得なかった。

 宝具『決闘い誅す鋼の剣(コラーダ・デ・デュエロ)』。この聖杯戦争終盤において、この宝具を突破し横やりを入れられる第三者はもう残されていないだろう。

 そしてこの決闘に勝てば、その宝具の効果によってランサーのマスターを殺すことなく無力化できる。

 ……しかし、問題がない訳ではない。

 柱からゆっくりと顔を出し、シュウジは鬼気迫る表情でこちらを睨む読水の姿を確認しながら念話を送る。

“……ランサーが応じたのは良い。しかし俺や運び屋が先に死ねば、それで何もかも終わりだ”

“そうならぬよう、お前は全力で時間を引き延ばしてくれ。向こうのマスターがオフェンスで、サーヴァントがディフェンス……であるならば、こちらはその逆だ”

“……まったく。この身体で、アレを相手に粘れって……?”

“お前なら、難なくやれるだろ?”

 不満げなシュウジにセイバーは軽い口ぶりで背中を押し、そして『我が主君(エル・シド)』と呼ばれたカリスマとしての、威厳ある口調で告げる。

“俺が勝ちを取りに行く。シュウジ……お前はそれまで、俺達の勝利を守ってくれ”

“……ふん”

 人類史に名を残す英霊の言葉に、シュウジはくすぐったそうに鼻を鳴らす。

 奇跡の代行者、シュウジ・アルバーニ。

 彼もまたその過酷な運命を経て、その重責を背負えるだけの傑物となっていた。

“……分かった。頼むぞ、セイバー”

 任せておけ。と、そう応えるサーヴァントの言葉を聞き受け、シュウジは改めて柱の向こうに立つ読水へと意識を向けた。

 

 

 

 四階。ランサーとセイバー、二人は互いに得物の切っ先を地面へと下げ、無言で対峙していた。

 二人は静かに、ただ静かに計っていたのだ。この決闘、立ち合いの機――両者の気が満ち、合わさるその瞬間を。

 そして――。

「………ッ!」

「いざ……っ!」

 二人は決着をつけるべく、動き出す。

 ランサーは槍を構えながらセイバーを軸に円を描くように歩き出し、緩やかに加速していった。対するセイバーはただゆったりとした所作で右剣を眼前に立て敬礼し、剣を頭上へと掲げる。

「………」

 ランサーは時計回りにセイバーの周囲を旋回しながら、ただ視線だけでこちらを追う彼の隙、付け入る一点を探るが……。

「……ちっ」

 ランサーは舌打ちをしてから地面を蹴って軌道を変え、セイバーから離れるように駆け出す。

 ……付け入る隙など、そんなものありはしない。

 ランサーの目には、まざまざと映し出されていた。彼の剣の届く範囲、その全てが彼の領域であり、ランサーの生死を分かつ境界線であることが。

 まるで剣の結界だ。先ほどはマスターの奇襲に合わせることでセイバーに肉薄できたが、一度身構えてしまった彼を相手に無策で接近するなど、英霊本来の能力を取り戻したランサーであっても自殺行為だった。

 ……ならば、()じ開けるまで!

 意を決し、ランサーは上り用のスロープへと走った。セイバーも苦笑するように口端を上げ、それを追う。

「………」

 ランサーは神経質に周囲へと視線を巡らせつつ五階へ、駐車場の奥へと走る。そして壁際に設置されていた消火器を視認すると、その場で踏み止まるように身を丸め急ブレーキをかける。

 その様子に、セイバーも足を止め身構える。

 しかし、そんな彼の耳に、何かが倒れる音が届く。そしてそれが背後からのものと理解した次の一瞬後には、前方のランサーが丸まった全身をバネにして跳躍、身を翻してセイバーへと飛び掛かる。

 そう。

 ランサーは丸まった自分の体で隠すようにして右手で印を結び、セイバーの背中を目掛けて勢い良く投射。次いで自身もセイバーへと襲い掛かったのだ。

「………」

 背後から迫るものは交通整理用のカラーコーン。重りのゴムごと雑多に重ねられ、重さは一〇キロ近い。そしてそんな投擲物と同時に顔面へと突き出される、十字槍による一撃。

 それらを把握しつつ。

「――ふん」

 尚も、セイバーは口角が下がることはなかった。

 セイバーは左剣を立てるようにして、ランサーの全体重を乗せた一撃を受け止めた。そして刀身から火花を散らせる中で、背後から飛来するカラーコーンを見もせずに右剣で雑多に払い、遠くへと弾き飛ばす。

「ぬん!」

 セイバーは気合の一声と腕に力を込め、受け止めた槍の一撃をランサーの体もろとも前方へと弾き飛ばした。そしてランサーの着地と同時に、返す刀で右剣を彼女の頭上めがけ振り下ろす。

 それは、正に絶対の一撃。これまで数多の敵を屠ってきた、セイバーの渾身の一撃。

 しかし、その一撃こそランサーが待ち望んでいたものであった。

「―――ッ!」

 ランサーは引き攣った笑みを浮かべ、片膝立ちの姿勢で槍を立ててセイバーの一撃を受ける。

 瞬間――ランサーの十字槍が(たわ)んだように見えた、その刹那。ランサーの足元のアスファルトが爆発したように砕け、ランサーの体躯が破砕した破片と一緒に跳ね上がる。そして耳を弄する重い音が、一瞬遅れて周囲へと轟いた。

「く、ぉ……っ!?」

 振り下ろされた剣先が宙へと跳ね上がり、セイバーの右腕から霧のような血が噴き上がる。

 ランサーは掴んだ槍を軸にひっくり返り頭から地面へと落ちて転がっていたが、セイバーはその絶好の好機を前にただ呻いて右腕を庇い、よろよろと後退りをすることしかできなかった。

「……ぐ、ぬぅ……っ!?」

 セイバーの手首から肩、そして体の芯へと伝わる鈍い痛みと痺れ。

 その感覚に、セイバーの脳裏に生前の、少年時代の記憶が過ぎる。

 訓練と称し、遊び半分で木剣を巨岩に叩きつけ……そして後悔した。

 あの時、あの痛みと痺れから学んだ。硬き物を打ち据えた時、その衝撃は手元に返ってくると。

 力の反作用――今、セイバーが感じているのは、あの時に腕を襲った痛みと痺れの、その何百倍もの衝撃。

 効かぬはずがない。

 それは他でもない自身の、セイバーの一撃なのだから。

 先ほどの攻防。ランサーは槍の石突を地面に合わせ、つっかえ棒の要領でセイバーの一撃を受け止めたのだ。結果、セイバーの一撃は槍を通じて硬い地面へとその威力を伝え、その衝撃は同時にセイバー自身をも蝕んだ。

「くっ……グォォオオオッ!」

 まんまとしてやられた。その痛みと怒りに呻き、体勢を整えて槍を構えるランサーに獅子のように髪を逆立て唸るセイバー。

「………っ」

 ……まだ、か。

 もっと追い詰める必要がある。と、ランサーはそんな手負いの獣に踵を返し、上階へと逃げるように駆け上がっていった。

 

 

 

 頭上で起こったセイバーの危機に冷や汗が額に浮かぶも、シュウジは尚も加速しその汗を遥か後方へと飛ばす。

 シュウジの剣技は、そもそも敵として同格の人間を想定していない。代行者として相対していたのは常に格上、故に居着くことがない。そしてそれは、銃器を前にしても同じであった。

 五感を総動員しながら尋常ならざる速度で陰から陰へと駆け抜け、シュウジは遮蔽物のない駐車場中央で陣取る読水にプレッシャーを与える。

 対して読水は負傷した足を庇いながら、片手で拳銃を構えこちらを狙っていた。しかし負傷の為かその動きは遅れ、銃口は時折シュウジから外れている。

 ……残弾は、残り四発。

 シュウジは地面や壁、車体を蹴って駆け回りながら、現状を確認する。

 コルト・ローマン――読水が手にしている拳銃は、回転式拳銃(リボルバー)だ。装填できる弾数は最新の拳銃に比べ圧倒的に劣り、何より再装填には時間がかかる。

 ……まず残っている四発を撃たせ、再装填の隙を与えず一気に抑え込む。

 それで終わりだ。と、シュウジは勝算を立てていた。

 しかし。

「……シィッ!!」

 読水は声に成らない呼気を上げ、自身の正面に構えていた拳銃を真横に向ける。

 そして一瞬遅れて、その射線へとシュウジの体が飛び込んでいった。

「あ……ッ!?」

 読まれた。と、理解したのも束の間、読水はこちらを見もしないまま引き金を引き、銃口から火と弾丸が吐き出される。

 シュウジは足を地面に叩きつけ、前へと進もうしていた体を踏み止まらせる。そして身を捻り、寸でのところで弾丸を回避してみせた。

 ……これで、残り三……。

 読水の拳銃に残された弾丸を数え直し、次いで再び加速しようと走り出したシュウジであったが……。

「……だッ!?」

 前に進もうした右脚が、何かに躓く。シュウジはそのまま勢いよく地面へと転倒し、進行方向にあったコンクリートの柱に体を打ちつけてしまう。

「ぐ……クソッ」

 ……ブロック。車両止めのブロックか、何かに足を引っかけたのか。

 シュウジは身を起こして柱の陰に回り込みながら、荒れた息を整える。

 見えなかった。

 ……分かってはいた。あんな小さな拳銃と能力面では読水竜也を殺さず抑え込む、それがどんな困難な道であるかは。

 ……しかし、それでもやらねばならない。

 決意を改め、シュウジが顔を上げた時だ。遮蔽物の向こう、読水の方から何かが噴出しているような音が耳に入る。

「………ッ!?」

 シュウジは車の陰から様子を伺えば、読水がどこからか調達した消火器を噴霧し、シュウジとの合間に淡い紅色の霧を発生させていた。

投影、開始(かげ、あらはせ)

 消火器を脇に捨てながら、霧に紛れ影となった読水が呟いているのが聞こえる。

「………っ」

 詠唱だ。

 何か企てている魔術師に、時間を与える訳にはいかない。

 彼の行動の意図、それは分からない。しかし頭で理解できずとも、体は反応し行動に映った。シュウジはキャソックの袖から黒鍵の柄を取り出すと瞬時に刃を生成、柱から飛び出すや否や、霧に隠れゆく影へと黒鍵を投擲する。

 しかし、黒鍵の刃が影に届いた瞬間、その形は大きく崩れ霧散した。

 ……幻術!?

 シュウジの顔から血の気が引き、目を凝らして読水を探しながら次の黒鍵を右手に握る。

 実際は投影魔術……とは言え、読水の投影魔術は霧に紛れることで何とか人の姿として騙せるほどで、人間としての機能など何一つ持ち合わせてはいない三流以下の代物であった。

 それでも、今の読水にとっては充分だった。

 左目に異常を抱えた代行者を欺きその真横、柱を越えてすぐそばにまで接近できたのだから。

「――ッ!?」

 気づいたのは、アスファルトを踏みしめた彼の足音、あるいはその殺意か。

 シュウジはこちらの左側面に立つ読水に気づき、慌ててそちらを見やる。読水はそんな彼に銃口を突きつけ、躊躇なく引き金を引いた。

 しかし、気づいてしまえばシュウジはその攻撃に対応できる。シュウジは反射的に上体を横に傾け、紙一重のヘッドスリップで弾丸を躱した。

 ……残り、二発!

 シュウジの脳裏に勝利へのカウントダウンが浮かんだ。しかし超速度で反応した肉体に意識が付いていけず、平衡感覚を失ったシュウジの脚はガクガクとたたらを踏んでしまう。

 そして――。

「て……めえッ!!」

 ギリギリとは言え、読水の工夫を身体能力ひとつで対応してしまう。

 そのシュウジの才能が、読水の内に潜む何かに触れた。

 読水は右脚から血が噴き出すのも構わず、魔術で身体能力を向上させてシュウジへと襲いかかる。

 接近され、眼前に突き出された銃口。それをシュウジは平手で払いのけ外側へと反らすが、続く彼の左拳がシュウジの横面に叩き込まれた。

 シュウジの顔が歪む。技術もタイミングも稚拙なテレフォンパンチを、シュウジは避けることも防ぐこともできなかった。数々の攻撃の末にただ、殴りたい、という激情から強引に捻じ込まれた一発。それがシュウジの対応能力を上回ったのだ。

 シュウジは体を半回転させながらよろめき、後方にあった車に抱き着くようにしてもたれかかる。読水もまた殴った勢いを殺し切れず、四つん這いになるように転んでいた。

「カハ……ッ!」

 痛みと疲れにシュウジは喘ぐ。しかし、同様に疲弊しているはずの読水は待つことも引くこともしなかった。

「ぐぅ……死ね……邪魔なんだよ、てめえはぁッ!」

 読水は獣のように地を這ったまま無理やり右腕をシュウジへと突きつけ、水平に構えた拳銃から火を噴かせる。

 しかし。

「ぬん!」

 シュウジは気炎を吐くと同時に振り返り、黒鍵を振るって銃撃を弾き返した。弾かれた銃弾は読水の顔のすぐそばを掠め、背後にあった自動車の窓ガラスを砕き割る。

「………ッ!?」

 不意のことに圧倒され、息を呑む読水。そして車の警報が鳴り響く中、シュウジは口端の血を拭いながら告げた。

「残り……残り一発だ、運び屋……!」

「代……行者ぁ……ッ!」

 その言葉、結果に、呆けていた読水の顔は見る見る強張っていき、再び殺意を露わにしていった。

 

 

 

 ……向こうは、シュウジの方が優勢と見える。

 ……ならば、そろそろ仕掛けてくるか。

 ランサーを追って六階へと移動したセイバーがそう予感していると、ランサーが駐車場中央で足を止め、十字槍を中段に構えた。

 セイバーも無言で剣を構え、それに対峙する。

 しかし。

 右腕……いや、その腕に握られた剣の切っ先が微かに震えだす。

「……むう」

 思わず唸るセイバー。そしてこちらの不調を、見逃す彼女ではあるまい。

「効くだろう? セイバー……お前の一撃は!」

 ランサーはそう叫ぶや否や、これまでとは打って変わってセイバーへと肉薄。中段に構えた十字槍から、電動式ガトリングによる制圧射撃を思わせるような突きの連撃を放つ。

 セイバーは歯噛みしながらも、その連撃に対応。腰を据えて両の剣を奮い、嵐のような攻撃を防ぎ、捌いていく。互いの得物が激しく打ち合わさり、両者の間には無数の火花がイベントの特殊効果のように舞い散る。

 まるで機関銃の乱射を装甲で防いでいるかのような、激しい攻防。

 しかしその鉄壁のような守りにも、徐々に綻びが生まれていった。

 一撃、また一撃と槍の連撃を防ぐうちにセイバーの対応は遅れを見せ、左右の剣が彼の中心から外へと離れていく。逆にランサーの十字槍はその中心線――セイバーの懐へと徐々に入り込んでいった。

 そして――。

「――オオォッ!」

「――ぬんッ!」

 ランサーは咆哮を上げながらセイバーに突進、槍を突き込む。セイバーもそれに合わせ、右剣を横に薙いだ。

 二人の体は交差し、ランサーがセイバーの脇を抜ける。その直後、セイバーの右腕から血が噴き出した。十字槍に取りつけられた左右の鎌刃、それがセイバーの二の腕に触れ、鎧ごと引き裂いたのだ。

「チッ……やるじゃあないか、ランサー」

 セイバーはそう称賛すると、右腕の出血をそのままに振り返り、ランサーを見やる。既にランサーはこちらへと向き直り、槍を下段に構えながらこちらを牽制していた。

「さあ……続けようか」

 セイバーはそう告げ、いつものように右剣の切っ先を敵に突きつけようとした。

 しかし、右腕が言うことを聞かない。だらりと垂れ下がった腕はただ血を地面へと流し、血溜まりだけを作っていく。

 元々あった腕の痺れから、負傷具合を見誤ったか。どうやら先ほどの一撃、セイバーが思った以上に深かったらしい。

“セイバー……!?”

“問題ない”

 シュウジが念話にて声を上げ、ランサーもまた好機と判断してじわりと前へと歩を進めるが、当の本人は至って冷静だった。

“……ククッ、そうか。心が躍るな”

 そればかりか、セイバーは歓喜していた。

 勝利への障害にはなれど、敗北をもたらすほどの敵ではない。

 それが初めてランサーと交戦した際に抱いた、彼女の印象であった。

 ……それが、今はどうだ?

 姿と共にその能力は成長を遂げ、技を奮い、機転と経験を活かし……果てにはこちらの力までも利用してここまで追い込んできた。

 ……ならば、こちらも変わらねばならん。

「……ランサー」

 試させてもらおう。と、セイバーは口端を上げて呟いた。呟いて、セイバーは彼女に見せつけるように左剣を逆手に持ち変える。

 ……これが、此度の聖杯戦争で俺が学んだものだ。

 セイバーは左剣を胸元に引き寄せると、右肩を突き出して半身に構えた。次いで体を丸め、全身の力を抜いていく。

「………っ!?」

 セイバーの構えを見て、ランサーの顔が強張る。

 その構えはコンパクトで、まるで素手やナイフでの構えに似ていた。これまでの迎え受け、跳ねのけ、必殺の一撃を見舞うセイバーの流儀とは明らかに異なる。

 それはどこか、かの若獅子の導き手――ライダーの姿を彷彿とさせた。

「……ッ、ここに来て……!」

 小技か。と、ランサーが口端を曲げて吐き捨てる。吐き捨てて、ランサーは一気呵成に攻めかかる。

 下段から中段へ、ランサーは構えを切り替えながら間合いへと踏み込み、無数の突きを繰り出す。狙いはセイバーの頭部。半身となることで胴体の側面を垂らした右腕と防具で守り、心臓部も小さく構えた左腕で守っている以上、まともに狙える急所はそこしかない。

 しかしその狙いも、当てられたらの話だ。

 セイバーはある時は仰け反り、ある時は身を捻り、さらにはフットワークさえ使ってそれら攻撃を軽快に躱していく。

 ボクシングのディフェンス技術にも似た、セイバーの防御。無論、左右に刃の付いた十字槍の性質上、完全に回避しきるのは難しい。しかしセイバーは文字通り肉を切らせつつも、自身の命だけは守り切っていた。

 ……なるほど、悪くない。

 セイバーは一人合点して、満足そうに微笑を浮かべる。

 そう、これこそセイバーの新たな引き出し。

 物や死体がそこら中に転がり、完全に平らな地面など望むべくもない。そんな戦場で重い鎧を着て馬に跨り、武器を振るう……かくなる時代に生き、剣士としての極致に至った英霊がこの時代に召喚されたことで利を知り得た技術――極限の先に出会った、新しい伸び代であった。

「シュ……ッ!」

 鋭く息を吐きながら、セイバーは右の肩当てで槍を受け、横へと捌く。

 予想外の力の流れ。ランサーはそれに引っ張られるようにバランスを崩し、前へとよろける。

 ……後の先。

 ……そして、こうか?

「ぬぉアッ!」

 セイバーは左フックを振るうように、ランサーへと左剣の刃を閃かせる。それはまさに、セイバー本来の攻撃。この聖杯戦争最強の座に君臨する英霊の、絶対の一撃であった。

「――ッ!?」

 しかし、ランサーもまたこの聖杯戦争を生き抜いてきた英霊。咄嗟に槍を手放して身を翻し、地面へと倒れこむ。そうすることでセイバーの一撃を間一髪で躱してみせた。

「む……っ」

 その機敏さに、思わず舌を巻くセイバー。彼女はセイバーの足元に倒れたが、即座にこちらを蹴って動きを牽制、そして蹴った勢いで後転し飛び退いた。

「……っ。流石だ、ラン――」

 セイバーは賛辞を贈る。しかしランサーはそれを無視し、緊迫した面持ちのまま右手で印を結んで槍を手元に引き寄せ、次の瞬間には上階へのスロープへと駆けて行った。

「………」

 取り残されたセイバーは、そんな彼女の背中を見送り。

「はぁ……まったく、慌ただしいことだ」

 そう嘆息すると背を向け、彼女が上がっていったスロープとは反対方向のスロープへと目をやった。

 

 

 

 別に、退路の先に罠や秘策があった訳でもない。

 気がつけば、足が上階へと向かっていた。

「……っ、ハッ……ハァ……ッ!?」

 七階へと駆け込んだランサーは足を止め、そこでようやく自分が息切れを起こしていることに気づいた。

「……ハァ……ハァ……」

 額からは脂汗が噴き出し、俯いた顔から地面へと流れ落ちていく。五感は現実感がないほどに虚ろで、右手に握る槍さえ地平の彼方にあるかのようだ。

 ……強きこと。己より強大であることは、重々承知していた。

 だからこそ対策を練り、油断なく戦いに臨んだのだ。

 それなのに……。

 ……それなのに! この土壇場で、あの男は変わった! これまでとはまったく違う、異質の怪物に!

 相手が何者か分かっている、想定の枠内に収めることができているから対策も打てる。しかしセイバーは、よりにもよってこの最後の戦いの最中に想定の枠から逸脱し、さらにはその底さえ見えなくなってしまった。

 そして――。

「――少し、待たせてしまったか? ランサー……」

 その怪物が今、再びランサーの前に立つ。

 驚いたランサーが顔を上げると、駐車場の奥、自分が上がったものと反対のスロープからセイバーが上ってきているのが見えた。彼は未だ右腕を治癒し切れずにいるようだが、その顔、動きには戦意が満ち満ちている。

「………ッ」

 不意に、右足が後方へと滑った。そしてその体の反応に、ランサーは改めてショックを受ける。

「……恐れているな? だが、もう待ってやる気はない」

 セイバーはランサーの恐怖を見透かしたようにそう言うが、それでも歩みを止めることはない。そして彼は逆手に持っていた左剣を順手に持ち変え、宣言した。

「勝負だ、ランサー」

「………っ」

 具体的な策が浮かんだ訳ではない。

 しかし、地面を蹴りつけこちらへと迫るセイバーを見て、ランサーの体は自ずと動いた。

「――()()()()!」

 右手で印を結び、ランサーは叫ぶ。その直後、両者の合間に置かれていた物――駐車されていた自動車やカラーコーンといったあらゆるものが、まるで巨大な何かに押しやられているように横へと流れていった。

 それはまさに、セイバーを阻む個体の波。鉄の怒涛。

「いざ……!」

 しかしセイバーは勇んでそこへ飛び込み、ランサー目掛け真っ直ぐに駆けだした。

 宝具によってただただ壁際まで押し込まれていく自動車は互いにぶつかり、軌道を変え、積み重なり、最後には柵を破って野外へと落ちていく。

 そんな只中、セイバーは動く車を蹴りつけ、剣で弾き、切り抜けていった。

 無論セイバーとて、既に余裕などない。深手を負った右腕は未だ動かせず、度重なる連戦によって五体に残る魔力も僅かだ。

 しかし、だからこそその感覚は研ぎ澄まされ、その剣には神秘が宿る。

 恐らく、セイバーは今この瞬間こそ、ベストコンディションなのだろう。

「ぐ……ッ!」

 対して、かつてないほどの宝具の解放、あるいは追い詰められていることへの焦りか、ランサーの顔は血管が浮き出るほどに強張っていた。

 突き出すようにして印を結んだ右手は震え、その向こうでセイバーが見る見るこちらへと迫ってきている。最早、次の一手を考慮する時間も残されてはいなかった。

 ……やるしかない!

 右手で印を結んだままの彼女は迫るセイバーを迎撃しようと、左手のみで持った槍を腰だめに構える。そしてセイバーが間合いに入るや否や、槍をセイバーの胴体へと突き込んだ。

 それは正真正銘、破れかぶれの一突き。

 そんなものが、この絶対強者に通じるとはランサーとて思ってはいなかった。

「ぬん!」

 ランサーの十字槍が、火花を散らして上へと弾かれる。そして瞳に映った白刃が、自身の左横腹へと滑り込んでいった。

 微かな衝撃の後、セイバーも白刃も、ランサーの後方へと抜けていく。次いで、彼の呟き声が耳に入った。

「……あの術を行うには、槍から片手を離さなければならない。つまり槍とあの不可思議な技は両立しない」

「………」

 ランサーは朦朧とした意識で振り返り、セイバーを見つめた。彼は左剣を振るい、刀身に付いた血を払い落としている。

 ……斬られたのか。

 そう、自覚したのがいけなかったのか。

「………ッ!?」

 途端、ランサーの腹部から夥しい量の血が溢れる。ランサーは傷口の熱さと内臓に感じる寒気、その相反する感覚に顔を歪ませて切り裂かれた腹部に手を当てる。

「次は討ち取れる……漸く討ち取ったぞ、シュウジ!」

 勝ち誇るセイバーの声。しかしそれに反応する余力はランサーになく、激痛によって辛くも意識を保つと、踵を変えて後退――ただセイバーから逃げようと、走り出した。

「ハァ……ハァ……」

 暗闇へと落下するような痛みに必死に堪え、ランサーは夢中になって足を前に送る。

「ハァ……うッ!」

 そして不意に、その暗くなっていた視界がパッと茜色に染められた。ランサーは思わず目を細め、傷口に当てていた右手で顔を覆う。

 夕日――気がつけばランサーはスロープを上って、屋上へと辿り着いていたようだ。

「………」

 思わず、我を忘れ見惚れてしまう。

 薄い雲に形を溶かしながらも、その光は涙を誘うように瞳を焼く。

 ……きっと、この光だけは人の世が終わるまで残り続けるのだろう。

 過ぎる予感を胸に、腹部の激痛すらも忘れ夕日の沈む方向へと歩を進めていくランサー。

 しかし。

 

「令呪を以って命じる……その剣で、運命を切り開け!」

 

 そんな彼女の背後から、ゾクリと強い気配が漂う。

「……ッ!?」

 反射的にランサーは振り返る。直後、圧倒的な熱と光を帯びた光炎が先ほど上って来たスロープからランサーを囲うように左右へと走った。その熱は屋上に積もっていた雪をたちまち溶かしていき、陽炎が周囲に立ち込める。

「………ッ」

 ランサーはその光景に気圧され、ただ体をくの字に曲げたまま呆然と陽炎で歪んだ景色を見つめていた。するとその景色の中から、白熱する剣を右手に携える最強の剣士の威容が現れる。

「……セイバー」

「悪いが、最後の令呪を切らせてもらった……さあ、ランサー」

 潔く散れ。と、セイバーはそう告げ、光炎を纏う右剣――宝具『秤り威示す炎の剣(ラ・ルース・ティソーナ)』の切っ先をランサーへと突きつけた。

「………ッ」

 思わず身を引き、距離を置こうと後退していくランサー。

「あ……くっ」

 しかし、その動揺が災いとなったか、足が車止めの縁石に当たりランサーはバランスを崩してしまう。何とか転倒こそせずに済んだが奮い立つべき戦意はその拍子に挫け、そのままじわじわと後ろに下がっていく。

 セイバーもそんな彼女を油断なく見据え、煌々と白熱する剣を突きつけながら静かにランサーへと歩み寄ってきた。

 そうして気が付けば、ランサーは抵抗の意思すら見せられないまま退路の端――屋上の四方を囲う壁際にまで追い込まれてしまった。

「………」

 何とかこの状況を打開しようと、ランサーは震える瞼に苦慮しながらも左右に視線を巡らすが。

 ……ここまでか。

 その確信がランサーの全身から力が奪い、顔からは険が抜け落ちていく。

 そして最後に残った諦観の笑みだけが、頬の筋を静かにひくつかせていた。

 

 

 

 一方。

 三階では、一発の銃声と鋭い金属音が響き渡る。

「……グッ、アアアアアァァァァ!!」

 そして少しの間を置いて、拳銃を握る男の絶叫が場内を満たした。

「外したな……最後の、一発……」

 息を切らせながら、シュウジは読水に声を投げかける。黒鍵を投擲した直後のその右手からは、今まさに最後の令呪が消失を始めていた。

「惜しかったな、だが……もう、終わりだ……ッ!」

 しかし、そう宣言するシュウジは読水を――左肩に刺さった黒鍵によって、鉄骨の柱に打ちつけられた読水を見据える。

「ァァァアアアア! クソッ! ちくしょう!」

 読水は痛みのあまりに有らん限りの声で叫び、それでも尚もシュウジへと銃口を向けて何度も引き金を引く。しかしその殺意とは裏腹に、拳銃からは撃鉄の軽い音だけが鳴るばかりであった。

 シュウジはそんな彼を油断なく睨みながら、ゆっくりと背筋を伸ばす。

「……上の方も、すぐに決着がつく」

 上階の様子を伺いながら、シュウジは再起を図ろうとしている浅い呼吸を繰り返している読水を説得しようと試みる。

「受け入れろ……もう終わりだ、運び屋!」

「うる、せえ……!」

「………ッ、この……!」

 読水の拒絶に業を煮やし、シュウジは歯噛みして彼へと詰め寄る。

 その瞬間、シュウジの視界は突然不安定に傾き、地面の感触が消える。次いで両膝、それから両手と、シュウジはあっという間に地面に転んでいた。

 読水の新たな魔術――ではない。言うなれば、それはただの眩暈であった。

 そう、これまで蓄積されてきた負傷や疲労はシュウジの身体を蝕み、それが読水との戦闘を経て症状として表れた。あるいは、その聖杯を直接の魔力源とした身で令呪を行使したのが直接の原因であったのかもしれない。

 いずれにせよ、目の前の男はこの好機を見過ごすほど甘くはなかった。

「―――ッ! グ……オオアアアア!」

 事態を把握すると、読水は握り締めていた拳銃をジャケットのポケットへと乱雑に押し込む。そして右手と強い決意で左肩に刺さった黒鍵の柄を握り締めると、人とは思えぬ叫び声を上げながらそれを引き抜きにかかった。

「く……ッ」

 激痛も、溢れ出る鮮血も顧みずに反攻に転じようとする読水を見て、シュウジもまた黒鍵を袖口から引き抜き、立ち上がろうと奮起する。しかし、失われた平衡感覚がそれを阻む。波打ち回転する不確かな天地に苦慮し、一歩、また一歩とたたらを踏んでいるうちに今度は背中を何か固いものに打ちつける。

 振り返って見てみれば、それは駐車場の中心部に置かれた非常階段へ続く扉であった。その扉のドアノブに手を掛けることで信頼できる支えを得ると、シュウジは黒鍵を構えながら立ち上がっていく。

「まだだ……まだ、終わってねえ……ッ!」

 読水はガクガクと痙攣する右腕で黒鍵を抜きながら、誰に言うでもなく呻いた。

「だから……終わらせるんだ……ッ!」

 そして、己を柱へと打ちつけていた黒鍵が抜けたと同時、彼は崩れ落ちそうになる体を押してただ前へと駆けだした。

 血の尾を引いて、遮二無二シュウジへと迫る読水。ただ振り上げ、体ごとぶつかるように振り下ろされる投擲用の黒鍵。シュウジはそれを手にした斬撃用の黒鍵で受け止めるも、その勢いだけは殺し切れずに後方へ――押し開けられた扉の先にある非常階段へと押し込まれる。

 シュウジは押し込まれた勢いのまま腰を手すりに打ちつけ、読水はその弾みでシュウジから離れ階段の手前の手すりに身を預ける。

 ……終わらせる、か。

 シュウジは手すりに掴まった左腕で自身を支え、自分よりもさらに足元の覚束ないと思われる読水の背中を見やる。そして先ほどの、彼の心の叫びを反芻した。

 ……結局、願いは同じだった訳だ。

 だが、その役目を譲ってやる気はまるでおきなかった。

 それはきっと、理屈ではない。

「ああ、そうか……来いよ、運び屋。いや……」

 シュウジは無自覚にも頬を釣り上げながら、読水に告げる。

「行くぞぉ!」

 シュウジは左腕で押しやるようにして、読水の背中へと躊躇なく斬りかかった。対する読水も当然の如く振り返ってその一撃を手にした黒鍵で受け、そしてその拍子に二人は絡み合うようにして階段下へと転げ落ちる。

 階段を転がり落ちる二人に天地の感覚はなく、手にしていたはずの黒鍵でさえ握っているのかどうかも分からない。確実な手応えは、ただ同じように転がり落ちる相手の感触だけであった。故に二人は三階、踊り場、そして二階へと落ちていきながらも相手を掴み合い、拳を打ちつけ、気炎を吐いた。

 しかし、そんな子供の喧嘩のような取っ組み合いも時間にしてみればほんの一瞬の出来事。やがて突き当りの壁へとぶつかり、その衝撃で掴み合っていた二人の体は勢い良く離れる。

「ぐぅ……!」

 シュウジは痛みに呻きながらも、打ちつけた壁に体を押しつけて身を起こしていく。そして点滅する視界の中で、どうにか床に放り出された読水を捉えた。

 全身を血に染めた読水は、仰向けとなった体を地面から引き剥がすこともできずにいた。

「……ガアッ!」

 しかし、それでも血の泡が混ざった唾を天へと吐き飛ばすように吠え、そして令呪――その最後の一画が輝く右拳を突き上げた。

 

「最後まで諦めるな! ランサーッ!!」

 

 

 

「―――ッ!!」

 今まさに宝具を放たんとするセイバーを前にして、ランサーの顔に再び戦意が(みなぎ)る。

 心臓が強く脈打ち、決着をつけるまでもなく冷たくなっていった肉体に熱が戻るのがセイバーの目にも見て取れた。

 そしてランサーはセイバーを力強く睨みつけるや否や、その視線を外すことなく右腕を鞭のようにしならせて振るい、十字槍を手放す。

 その動きに対しセイバーは反射的に身構えたが、宙へと放たれた槍は横合いにあった貯水槽へと打ち込まれた。貯水槽には大きな凹みが生じ、亀裂から溢れ出た水は屋上の全域へと広がっていく。

 ……何の真似か。

 セイバーは油断なく右剣をランサーへと突きつけながらも、意識は放射状に広がっていく水面へと向ける。まさか、この程度の水量で宝具『秤り威示す炎の剣(ラ・ルース・ティソーナ)』の一撃を凌ぎ切れると思っているのだろうか。

「……すまない。さっきは、お前から逃げようと……余計なことを考えてしまった」

 謝罪を口にするランサー。次いで右手で結ばれた印によって、広がっていた水面は川の流れのように方向性を得てランサーの足元へと集まっていく。

 ひところに集まる流水、その只中でセイバーを見据えるランサーの視線はどんどんと鋭くなっていく。彼女の気迫に呼応しているのか、彼女の足元の水面が沸騰したように震え、やがて複数の大きな水滴となって空中に浮き上がる。

「いいぞ……来い、セイバー!」

「………」

 極まったな。と、セイバーは厳かに右剣――宝具『秤り威示す炎の剣』を天へと掲げることで応じる。その白熱した刀身と纏った光炎はさらに熱量を上げ、張り詰めるような熱風を生み出していく。

 そして。

 一瞬の間を置いて、その剣はくるりと天地を変えた。

「な……ッ!?」

 目を見開き驚くランサーを他所に、セイバーは逆手に持ち変えた炎剣を地面へと突き立てた。

 剣先はアスファルトで舗装された地面を何の抵抗もなく貫き、光炎が高速で建造物の内部を奔る。その熱は表面のアスファルトを、コンクリートを、鉄筋を焼き、熔解させた。地面が音を立てて弾け、噴き出される光炎によって砕け散るそれは、熱によって生み出される爆発そのものであった。

 そう、セイバーは彼女の意表を突く為、宝具『秤り威示す炎の剣』の一撃で以って立体駐車場の屋上を崩落させ、全てを階下へと落下させたのだ。

 焼けた瓦礫と火炎が降り注いでいく七階。その灼熱の混沌の中心に降り立ったセイバーは未だ全力解放状態にある右剣を順手に持ち変え、崩れ落ちた床に呑み込まれたはずのランサーの姿を探す。

 そして、その両目で捉えた。自身の頭上、瓦礫と炎の合間を縫うように旋回する何か――流水で象られた龍の如き存在と、その龍の内側に見える影を。

「……そこか」

 ……宝具で水を纏い鎧とすることで、こちらの一撃を耐える気か。

 そう推察したセイバーは足幅を広く取り、右剣を胸元まで引き寄せて構える。それに応じてか、頭上の水龍もまた唸るような声を上げ、とぐろを巻くように四方の壁を伝いながらセイバーへと近づいてくる。

 そして――。

「ぬんっ!」

 気合一閃。こちらへと飛来する水龍の顔面へ、セイバーは白熱した炎剣を突き刺した。

 光炎を纏う右剣――宝具『』。

 流水で象られた龍――宝具『龍の守護者』。

 両者の宝具による激突と拮抗はしかし、一瞬の間の後に劇的に崩れた。

 セイバーの一撃による熱で、水龍の頭部は急速に水蒸気と化し爆発。頭部より下の流水は爆発の衝撃で周囲へと飛ばされ飛散する。

 しかし、飛散した水の中からは彼女の姿は確認できない。白く煙る世界の中、セイバーの目に映ったのはランサーが貯水槽を壊す為に手放したはずの得物――十字槍だった。

「なに……っ!?」

 十字槍は水蒸気爆発によって緩やかに回転しながら後方へと飛んでいたが、突如静止し、軌道を変えて驚愕するセイバーの頭上と飛び過ぎていく。同時に、爆ぜて周囲に散った大量の水もセイバーの正面から背後へと流れていく。

 そして、十字槍は再び流水を渦巻いて纏い彼女のもとへ。

 燃え盛る炎の中から飛び出し、セイバーへと迫るランサーの手へと戻った。

「―――ッ!?」

「おおぁあああああああッ!!」

 体の各所に火傷を負いながら、ランサーは咆哮を上げセイバーへと飛び掛かる。

 セイバーもまた振り返り際に左剣を振るうが……槍が纏う水の流れがその動きを、彼の絶対の一撃を僅かに鈍らせる。

 

 それは今のランサーにできる精一杯の抵抗、運命への足掻き。

 その足掻きこそが、この聖杯戦争の勝敗を決した。

 

 セイバーの胸から背中へと、重い衝撃が抜けていく。

 それが心臓部――霊核を破壊された一撃によるものであることを、彼は瞬時に理解した。

「ぐっ……ガッ……!」

 セイバーは口から空気を漏らし、両の脚がたたらを踏む。

「……っ、ハァ……ハァ……」

 ランサーもまた限界が近いのか、突き込んだ姿勢を維持できずに両膝を地に落とす。同時に握られた十字槍の位置も下がり、セイバーの左胸から槍の刃先が抜け落ちた。

「………ッ」

 セイバーは歯を食いしばって致命傷に耐えると、眼下の敵を再び捉え、左剣をランサーへと振り上げる。

 しかし。

 ……悪足掻き、だな。

「……見事だ、ランサー」

 暫しの逡巡の後、セイバーは血走っていた目を閉じて息を抜く。

「私の負けだな」

 彼は口端を上げてそう告げると、振り上げた剣を脇へゆっくりと下ろした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。