Fate/reselect   作:Fate/reselect出張所

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第五話『歯と舌』

 

 

 

 狂戦士のクラス、バーサーカー。

 今や世界中で行われている亜種聖杯戦争において、このサーヴァントほど召喚者であるマスターから敬遠されるクラスはない。

 『狂化』のスキルをもって、理性と引き換えにステータスの強化を図る。なるほど聞こえは良い。しかしそれは英霊の優秀な知性を奪い、それに基づいた能力や技術を捨ててまで、パワーやスピードと言った有り触れたスペックを求めることに他ならない。

 加えて、得られたスペックを維持するにはエネルギー、つまり魔力が必要になる。バーサーカーは格の低い英霊の能力を底上げするのに適すると評する者もいるが、底上げした分の魔力はマスターである魔術師に求められる。バーサーカーは二流でも構わないが、魔力供給を行うマスターが同じ二流では魔力切れによる自滅が起きるのだ。

 理性の喪失と、魔力供給の増大。二つのデメリットを克服できるのは、一人で全ての状況に対応できる理性を持ち、そしてバーサーカーを最後まで戦わせられるほどの魔力供給が行えるシステムを構築できるマスターだけだ。しかし大概のマスターはこれらマイナスをゼロにできず、日を重ねるごとに積み重なるマイナスから自滅していくことになる。

 バーサーカーのクラスは、聖杯戦争を勝ち残るには適さない。それが多くのマスターの見解だ。

 しかし、同時にこういった考えも浮上する。

 序盤におけるバーサーカーは、他のサーヴァントを殺すに足る爆発力がある。

 すなわち、バーサーカーの最初の相手にだけは絶対になるな――という、バーサーカーの危険性への理解に至るのである。

 

 

 

 順調に地雷を踏んでいるな。と、読水は自身の不運に感心してしまう。

 初っ端から最優と称されるセイバーを相手取ることとなった。続いてクラスさえ確認できぬ謎の亡霊に追い回された。そして今、序盤にあって最も会いたくないクラスであるバーサーカーを前にしている。

 いい加減気が狂いそうだ。今すぐこの現実から目を背けたい。何なら拳銃を引き抜いて、頭を撃ち抜いてしまおうか。そんな錯綜する思いは、ランサーがマンホールの蓋を落とした音で、パッと立ち消えた。

“マスター、如何しましょう?”

 油断なく槍を中段に構えたランサーが念話で、読水に指示を促した。読水も手にしていた栄光の右手を鞄にしまいながら、思考を巡らせていく。

“確認した、バーサーカーだ。あの亡霊達が来なくなったってことは、こいつとの接触を避けたか……下手したら、共闘している可能性もある”

“バーサーカーが新選組を操っていた可能性は?”

“ないだろ。戦斧担いだ新選組なんて、聞いたことがない”

“ごもっともです”

 流石マスター。と、ランサーは自然に読水を持ち上げた時だ。

「そろそろ良いか? 待つのは嫌いなんだ」

 そう言って、バーサーカーが歩み出た。その声を聞き、思わず読水の肩が跳ね上がった。

 怪物じみている。歩み出たバーサーカーの姿を改めて見て、そう読水は思った。 バーサーカーと言うよりは、モンスター。それもオーガやトロールといった類の怪物に近い。

 二メートル近い長身、右肩で止めたマントの隙間から伸びる右腕は太くも長い。そして顔、犬歯の先を覗かせたその顔は恐ろしげで醜悪だ。そんな顔の上にある髪の生え際は後退気味で、灰色の短い髪がピンと後方に跳ねている。

 そんな怪傑が、狂化のスキルで理性を喪失したバーサーカーが、こちらに声を投げかけている。その不気味さに、読水の肩が震えたのだ。

「随分と走らされたぜ? てめえらを捕まえるのによお?」

 そう凄んでみせて、バーサーカーは歩みを止める。ランサーとバーサーカーの間には、既に数歩分の距離しか置かれていない。互いに、あと一歩でも踏み入ったら即座に攻撃を繰り出せる。否、繰り出さざるを得ないような距離の中で、彼はただ肩をそびやかしている。

“……マスター”

“狂化のスキルが低い。敏捷なら、お前の方が上だ”

“ありがとうございます”

 読水は既に、敵のステータスは読み取っている。ランサーはその問答を聞き受け、すっと構えを下段に移した。

「正直な話だ」

 そんなランサーを見下ろしながら、バーサーカーが口を開いた。

「てめえらの相手は、さっさと終わらせたいんだ。マスターが五月蝿いもんで渋々付き合ってるものの、他に潰してえ相手がいる」

「……ほう?」

 それを聞いたランサーは、興味深そうに肩を傾げる。

「それでは、どうする?」

 決まってる。と、バーサーカーは笑みを浮かべた。

「今、ここで殺すッ! てめえらはここで終わりだぁッ!」

 バーサーカーは叫び、ランサーとの間合いを躊躇なく踏み潰した。同時にランサーも、鋭く前に足を送る。

 ボールでも投げつけるように、バーサーカーは斧をランサーの頭上目掛けて振り付ける。そのフォームには、防御の考慮は一切ない。例え腹を穿たれようが、足を貫かれようが、こっちは頭を叩き割れば勝つだろうという極めて単純で暴力的な思想が滲み出ていた。

 対するランサーは、その打ち込みに付き合わなかった。踏み出した足で、地面を後方へと蹴り込む。バックステップで斧を躱しつつ、下がり際に穂の横刃でバーサーカーの太ももを引き裂いた。

 踏み込んだ、最も体重を載せた脚を斬られたバーサーカーはバランスを崩す。そこに、ランサーは今度こそ飛び込んだ。反射的に、バーサーカーは左腕で心臓と顔面をカバーする。そこに容赦なくランサーの槍が腹、右胸を穿つ。

 仰け反り、たたらを踏むバーサーカー。それに追い打ちしようとランサーは、更に前へと踏み込んだ。

 しかし。

kano(カノ)!」

 その瞬間、斧の刃は松明を何重にも重ねたような、巨大な炎を纏った。

 バーサーカーの呟きに応じて発火したような、炎の塊。それをバーサーカーはランサーを牽制するように振り上げる。不意に吹き上げ、更には自分の手前を掠める炎にランサーは思わず顔を背け、後ろへと下がってしまった。

 パッと槍先をバーサーカーに向けるランサー。彼女は念話で読水に叫んだ。

“今のは!?”

“分からない……いや、ランサー、声だ。奴の声に注意しろ”

 読水には思い当たる節があった。しかし、これは……。

「……痛ってえな」

 体勢を整えたバーサーカー。裂かれた脚を一瞥し、そしてランサーを睨んだ。その手に持つ斧の刃には未だ炎が灯されており、脚の傷もどこかに潜むマスターの治癒魔法によって回復していく。

 一歩、バーサーカーはランサーに踏み入る。対するランサーは一歩、下がる。

「……ハッ、先程の一連の槍捌き、大したもんだなランサーよ」

 その様子を見て、バーサーカーは口端を釣り上がらせて言った。爛々と輝く炎に照らされて、彼の口から覗く鋭い犬歯の先が輝いているのが見える。

「鋭くも正確な前後の動き、トンボのような女だ。ならば殺すより、撃ち落とすが先か」

 そう言うと、バーサーカーは前に飛び出し、斧を片手で一気に振り上げた。それに伴って尾を引く炎の熱と光、そして炎への本能的な恐れと好奇。これらによってランサーにはバーサーカーの姿が視認し難くなった。

 そこを、狙われた。

hagalaz(ハガラズ)!」

 バーサーカーが握っていた左手を開き、後方に下がっていたランサーに向けて振り付ける。するとバーサーカー手前の炎の壁を突き破り、何かが複数、ランサーへと飛来した。

 それは、散弾のような勢いで飛ぶ氷の塊だった。ランサーは顔面への被弾を槍で防ぐも腹部に氷が当たり、脚を縺れさせて後方の壁に背中を打ち付けた。そこを見逃さず、バーサーカーは炎を突進で散らしながら迫る。

 ランサーの対応は早かった。素早く屈むと、地面を蹴って真横に跳ね跳んだ。バーサーカーの大振りの一撃はランサーの頭上をすり抜け、コンクリートの壁を砕き割った。大振りを躱し、バーサーカーの真横を取ったランサーはステップで更に背後へと回り込む。

「お……っと!」

 バーサーカーはその速度に声を上げる。振り向きざまに横に薙いだ蹴りをランサーは低い姿勢で掻い潜り、腰を据えて白兵戦に持ち込む。

 斧と槍、力と速度、獣じみた攻撃性と研鑽された型の応酬。狂戦士と槍兵の戦いは、激化の一途を辿った。

 間違いない。と、読水は二人の戦いを見守りながら確信した。ルーン魔術だ。バーサーカーの詠唱のような単語は、全てルーン文字の読みの一種だ。

 松明を意味する炎のルーン、kano(カノ)。雹を意味する氷のルーン、hagalaz(ハガラズ)。最初から分かっていた。しかし、異常極まるその魔術に信じられなかっただけだ。

 ルーン魔術。一度は廃れたが、ある天才魔術師が再生を果たした魔術系統だ。北欧神話における最高神オーディンが世界樹で首を吊ることで見出したとされるその文字は、石や木などに刻むことで神秘を発現させる。

 そう、刻むことでだ。その理に例外はないはず。ならば、これがバーサーカーの真名に行き着くヒントとなるはず……そう。

「……アイスランドのヴァイキングであり、スカルド詩人。アイスランド・サガを代表する、ルーンの使い手」

 読水の言葉に、バーサーカーの動きが止まる。読水は構わず続けた。

「エギル・スカラグリームスソン。バーサーカー、お前の真名だ」

「……おやおや」

 バーサーカーは口笛を吹き、読水の方へ顔を向けた。

「ついつい忘れちまってたが……随分とお利口な魔術師じゃあねえか」

「………」

「それがどうしたって話だよ。勝てるのか? それで? あぁ?」

 バーサーカーはそう言って、歯をむき出しにして笑ってみせた。

 その時、読水は見た。彼の歯の表面に、びっしりとルーン文字が刻まれているのを。

 ガルドルという言葉がある。歌うという意味の『gala(ガラ)』を語源とし、ルーン魔術の祖であるオーディンがもたらしたとされる。神秘の言葉を歌い上げることでその効果を求める――言うならば北欧における呪文そのものを指す。

 三歳でスカルド詩を歌い、七歳には斧によって最初の殺害を犯した、ベルセルクの血を引く戦士。後にノルウェーの血の斧を持つヴァイキング王と争い続けることになった男、エギル・スカラグリームスソン。

 彼はその卓越したスカルド詩人としての才能をもって、己のルーン魔術を宝具として変質させた。それが彼の宝具『歯と舌(スカルド・サガ)』、ルーン魔術を呪文のように扱うという異才の魔術である。

「やるこたあ変わらねえ、自己紹介する手間が省けただけだ……てめえらの死体の上に、殺害者の名を刻んだ記念碑を置いてやるよ」

 俺の名を忘れねえようにな。バーサーカーはそう告げると斧を両手で握り締め、改めてランサーに向き直った。

 その時だ。近くの脇道から騒音と、無秩序に宙を舞う新選組の亡霊を伴い、セイバーとそのマスター、シュウジが飛び出した。

 

 

 

 ランサーらとバーサーカーの衝突。

 バーサーカーの宝具と、真名の露呈。

 セイバーらの介入。

 それら全てを、この女は見ていた。否、もっとそれ以前、この亜種聖杯戦争における戦いの全てを。

 炎のように揺らめいた赤髪が印象的な長身の女だ。黒のワンピースの上にトレンチコートを着たその女はビルの縁に立ち、読水達が戦っている橋の下を遠目に見ている。

 彼女は使い魔を大量に放ち、繰り広げられる戦いをあらゆる角度から観察していた。全てはこの聖杯戦争における情報戦、尻尾の追い合い、ドッグファイトを制す為だ。そして事実として、彼女は現段階において全ての陣営に勝っていた。

 しかし――。

「淑女が、こんな時間に……いくら治安の良い日本でも、これは紳士として見過ごせないですね」

 そう、先程から首筋で感じ取っていた気配。背後からの奇襲という好機を捨てて戯ける男の声に、女は溜息をついた。

「キャスターのマスターかしら?」

「高い所から失礼。お察しの通り、使い魔でご覧になっていた通りです」

 男――ウィリアムは、塔屋の上に屈み込み彼女を見下ろしていた。

「しかし、先程の言葉……貴方には無粋でしたか? 魔女ならこんな時間こそ、相応しいと」

 その言葉に、女はくすりと笑う。そして長い赤髪をなびかせて、振り返る。

 そして同時に、右手で赤黒い光弾をウィリアムに向けて撃ち込んだ。

 ウィリアムは曲げていた脚をバネのように駆動させ、宙返りで軽くその光弾を飛び越える。そして颯爽と塔屋から女が立つ地に降り立つ。

「マスター相手にはどうかと思ったが、君相手なら全てを出したって良いだろう……」

 ウィリアムはそう呟いて、ゆっくりと立ち上がる。

「そうだろう? アレクシア・ブロッケン。悪魔と契約するブロッケンの魔女、その最悪の生き残り」

 その言葉に彼女――アレクシア・ブロッケンは赤髪から覗く切れ目を更に細くして、唇の端を舌でチロリと舐めた。そしてパチンと、指を鳴らす。

 それを合図に、上空を旋回していた使い魔の烏が順に翼を畳み、ウィリアムへと次々に襲いかかった。

 

 

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