Fate/reselect 作:Fate/reselect出張所
数分前。
シュウジ達はセイバーの読みを頼りに、新選組の亡霊の追撃を振り切ろうとしていた。
「新選組と言ったか? 中々に追うのが上手い」
セイバーは亡霊を通り抜け際に斬り飛ばし、人気のないマンションの階段を駆け上りながらそう感心した。
「連携が取れている上に、周囲の地形を良く理解している。高所に兵を置いている上に、行かせたい方へと追い込もうとしてくる」
まるで猟犬だな。と、彼は立ち止まり、こちらを囲もうと横に広がる亡霊達を踊り場から見下ろす。追いついたシュウジは一息つきながら、彼に聞いた。
「……それで、いつになったら脱出できる?」
「もう少しだ。さっき斬った奴が最後、偵察兵はいなくなった……見ろ、下で連中がぞくぞく集まっているが、誰一人階段を登ろうとしない。包囲して、他の偵察が追いつくまでの時間を稼ぎたいのさ」
つまり、その程度という訳だ。セイバーは敵の陣営に対し、そう結論づけた。聖杯に与えられた知識によれば、新選組とは都の治安維持の為に組織された剣客集団であったらしい。優れた猟犬ではあるが、二の手、三の手を用意するような策略家じゃあないのだ。
「……なら、ここを振り切れば終わりか」
「まあ待て、まだ周囲の者共が集まり切ってない」
ジッと下を静観するセイバーの言葉に溜息をつき、シュウジも彼に倣った。
しかし。二人はパッと顔を上げて、向かい側に立つビル……その向こう側を睨んだ。
「……セイバー、聞こえたか?」
「刃を打ち合わせる音……サーヴァント同士が戦っているな」
セイバーは探るように目を細めたが、やがて口端を上げた。
「この音の間隔、槍だ。恐らくは、あの……」
「向かうぞッ!」
その言葉を聞き、シュウジは躊躇なく踊り場から地上へと飛び降りた。そして斬り掛かってくる亡霊を強引に突破していく。
「おうおう……仕事熱心なマスターだ」
セイバーは呟き、ヒョイと落下防止の鉄柵を飛び越えた。
新選組の亡霊らを文字通り蹴散らしながら、セイバーとシュウジが読水達のいる橋下へと飛び込んで来た。
読水の姿を目で捉えたシュウジは、間髪入れずに黒鍵を投擲した。読水は頭を下げてそれを避けようとしたが、彼のもとへ来るより前に、黒鍵はランサーの十字槍に叩き落とされた。
読水を守るべく、身を投げ出したランサーは素早く地面を転がり、片膝のまま槍を構える。明らかな隙を見せたランサーだが、バーサーカーはそれに構うことなく斧を下げ、青筋を立てて振り返った。
「誰だ……てめえら?」
殺気立つバーサーカーに、シュウジは身構えながら答える。
「セイバーと、そのマスターだ。お前には……」
「そうか」
聞いてないな。と、バーサーカーは一転してシュウジへと襲いかかる。狂っているとはいえ、戦士として、横入れをしてきた男を彼は許さなかった。
駆け寄るバーサーカーの前に、セイバーが割って入る。狂戦士たる故か、怒りの矛先を変え、一切の逡巡なくセイバーに斧を振り下ろす。セイバーはそれを剣で受け止め、下方に押し流して身をぶつけあう。
十センチほどの身長差を物ともせず、セイバーは吠えるバーサーカーに語りかけた。
「デカい割に、少々軽いな。鎧も……なしか」
「てめえ……ッ」
「ぬん……ッ!」
セイバーは腰を落とし、掛け声と共に肩口でバーサーカーを押し上げた。バーサーカーの両足は地面から剥がれ、五メートルもセイバーから押し飛ばされてしまった。
「悪いが、連中に手を付けたのはこちらが先だ」
ここは引いて貰おう。そう告げて、セイバーは剣先をバーサーカーへ向けた。
バーサーカーはそんな彼と、そのマスターを見る。そして背後のランサー達に意識を巡らせ。
「上等だよ……」
と、両腕を広げ、腰を落とした。斧こそ手にしているが、それはレスリングの構えにも見えた。
「てめえからブッ潰す……正面からだ」
セイバーはその剣幕に怯むことなく、剣を構え直した。
「……付き合おう。おう、シュウジ」
「……話もできそうにないしな」
事を急いだ自分のミスからだ。そうシュウジは自分を納得させ、状況を確認する。バーサーカーのステータス、ランサーとシュウジ付近の状況、そして気になっていた新選組の亡霊達は、後方でこちらを遠巻きに見ているだけだ。
……これなら、やりようはあるか。と、シュウジは右腕を振りつける。斬撃用の黒鍵を袖から出し、刃を生成しながらセイバーに告げた。
「バーサーカーを急いでやってくれ。二人はこっちで捕まえておく」
読水は、自分の血の気が引くのを感じた。
自分がランサーと、そのマスターを相手取る。その宣言は、マスターという役割の許容を超えたものだった。しかし、何の緊張もなく言ってのけるこの代行者が、こんな場面でジョークを言う人間でないのは分かっている。
シュウジはセイバーとバーサーカーを結ぶ直線から離れ、大回りに読水達に歩み寄ってくる。その姿は読水にとって、ゆっくりと歩み寄ってくる死神そのものだ。
しかしこの展開、チャンスではある。サーヴァントと現代の魔術師の力量差は、どう工夫しようが大きい。それは事実なのだ。
“ランサー”
“……少し、待ってください”
念話の呼びかけに、ランサーは迷いを見せた。油断なく槍を構えるばかりで、前に出るのを躊躇っている。
「………」
先に動いたのは、シュウジだった。左手で生成した黒鍵を三本、まとめて読水に向けて投げつけた。
ランサーは読水の前に移ってそれを槍で弾き、即座に右手で印を結んだ。そして先程まで使っていたマンホールの蓋を、浮かび上がらせる。
だが、できたのはそこまでだった。それを見るや否や、シュウジは一気に間合いを詰め、ランサーに右手の黒鍵で斬り掛かった。
不意な攻めに息を呑んだランサーだが、即座に右手で槍を握り直し、シュウジの剣を槍で受けた。反撃とランサーが槍を突き出すと、シュウジは上体を反らしながら、辛くもその一撃を黒鍵で防ぎ、続く二撃目、三撃目を捌きながら後退する。
そして横にステップし、読水に向けてまた黒鍵を投げた。
間違いない。ランサーは槍でその投擲を打ち払いながら、先程からの予感を確信へと変えた。この男は、昨日の戦いで自分の戦法を攻略している。
印を結べば、槍術の使えないランサーに迫り剣で相手取る。槍でもって近づけば、読水を投擲武器で狙ってランサーに守らせる。
読水を守るランサーはシュウジに向かえず、しかし守りに徹したランサーをシュウジが討てるはずもない。結果として、膠着状態を迎える。捕まえておくと宣言した通りの状況を作り出されたことに、ランサーは歯噛みした。
いっそ読水を守りつつ、ここから離れるか。しかし可能か。そう、ランサーが考えた時だ。ランサーの横を飛び抜けた銃弾が、黒鍵を投擲しようとしていたシュウジの腹部を叩いた。
見れば読水は腰だめに拳銃を構え、ゆっくりと煙立つ銃口をシュウジへと突き出していった。
そうか。ランサーは、衝撃に堪え苦い顔をするシュウジに向き直った。読水を狙おうと位置を横に移せば当然、読水にだって彼への射線が通る。
“残り五発だ、ランサー”
読水はランサーに念話で告げた。
“残り五発、俺への攻撃は俺で凌ぐ。その間にケリを付けてくれ”
“承知しました、マスター!”
ランサーは頷き、シュウジとの間合いを一気に詰めた。
その時だ。シュウジの背後にいた新選組の亡霊達が、大挙して押し寄せてきた。
「……ッ!?」
シュウジは迫りくる者達に気づき、黒鍵を投げながら二勢力から距離を置こうとする。しかし、亡霊達はシュウジを無視して、ランサーと読水達に襲いかかる。
マズい。ランサーは槍で迎撃に掛かるが、意識をシュウジへ向けようと足掻く。亡霊達の意図は分からないが、ここでシュウジにまで来られれば、読水を守るのに手が回らなくなる。
しかし、当のシュウジは突然押し掛けてきた亡霊達に対して距離を取り、その意を探るように周囲を見回していた。
向こうにとっても予想外なのか。ランサーはそう理解するや否や、意識を目の前の亡霊に向けた。そして急速に槍の回転を上げ、敵の殲滅に掛かった。
力の差は歴然であった。
剣と斧を強く打ち合わせるセイバーとバーサーカー。打ち合わせれば最後はバーサーカーの姿勢が崩され、その度にセイバーは間合いを詰め攻めに回る。
速さが違う、腕力が違う。それでもバーサーカーが未だ健在なのは、防御に回らずに終始攻め手に回ろうとしているからだろう。
事実、セイバーはやりにくさを感じていた。バーサーカーは縮こまらない、ふらつこうがセイバーの殺傷を第一に考えるその破滅的な気性は、この戦いを一つのステップとしか見ていないセイバーの勢いを削ぐ。結果的に、セイバーの一瞬の攻勢は浅くに留まる。
加えて、鎧も着込んでいないのにバーサーカーは頑強だった。浅く斬り裂いた程度では怯みもせず、マスターの治癒魔術であっと言う間に回復してしまう。
しかし、不安定だ。そうセイバーは戦いながら結論づけていた。バーサーカー故か、技量にランサーのような軸がない。自身の暴力性を振り回しているだけで、土台がないのだ。ならば、どこかで致命的な隙が生まれるはずだ。そこを突く。
そう思い、高を括っていたセイバーだったが。
「ざっけんじゃねえぞ、テメェッ!」
引き際、浅傷にバーサーカーを斬り裂いた時だ。数度目になるその一撃に激昂したバーサーカーが、セイバーへと迫った。
薙がれる斧。先程より、ずっと速い。それでもセイバーは問題なく剣で受ける。しかしその衝撃は凄まじく、セイバーは後方へとたたらを踏んでしまった。
さっきの彼の腕力じゃない。何か、ヤバい。そう悟ったセイバーだったが、バーサーカーは更に追撃を加えた。
「uruz!」
そう叫んだバーサーカーは、宝具『歯と舌』の力を開放。uruzのルーン……すなわち、雄牛の強靭性を得たバーサーカーは斧を手に提げたまま、頭からセイバーに突進する。それを見たセイバーは、剣の背に左の手甲をあてがって固定し、その突進を受け止めに掛かる。
そして、バーサーカーの額とセイバーの剣が衝突する。遠くにまで響き渡ったその音は肉と鉄というよりむしろ、重厚な鋼同士の衝突音に似ていた。
後方に押し出されたのは、セイバーだった。しかし、まだ終わってない。額から血を溢れさせながら、バーサーカーは更にセイバーを壁に押し込んでいく。セイバーの顔面に、自身が持つ剣の背がゆっくりと迫ってきていた。
ジワジワと追い込まれていたセイバー。しかし不意に彼は屈み、剣をテコの原理で押し上げる。柄頭でバーサーカーの顎を跳ね上げ、その一瞬の隙を突いてセイバーは横へと飛び下がって逃げきった。
“セイバー!”
バーサーカーとセイバーの衝突に、シュウジは念話で呼びかける。シュウジの呼びかけに、セイバーは後頭部をさすりながら応えた。
“大丈夫だ、シュウジ……それより、あのバーサーカーのステータスをもう一度確認してくれ”
“分かっ……クソッ、厄介な相手だな”
その感想に、セイバーもやはり、と頷いた。
バーサーカーのステータスは、先程確認しておいた。しかし彼のクラス別スキルである『狂化』がE-からEへと更新され、それに伴ってステータスも上がっていた。
“狂化と、ステータスが上がっている! このサーヴァント、好きなように狂化スキルを上下させるのか……!”
“自由自在かどうかは判別できないが、更に上る可能性は高いな。……クク、こいつは手強そうだぞシュウジ”
セイバーは笑いを零し、剣を下へと振り付ける。そして、改めてバーサーカーを見据えた。
そんな彼にバーサーカーは唸りながら、姿勢を低くしていく。まるで引き絞られていく弓のような緊張がある、またあの突進を行うつもりだろう。
それを棒立ちで睨みながら、セイバーが口を開いた。
「……俺の故郷じゃあ、闘牛が盛んでな」
「………」
「当時は猛牛相手に騎士が馬鹿やるんだが、俺はやったことがなくてな。やらせてくれって言っても皆が危険だ、何だのと止めてくる……」
「……uruz」
バーサーカーは問答無用に飛び込んできた。
しかし同時に、セイバーもまた大きく左足を前へと踏み出していた。
衝突部位は左拳と、頬。抉り込むようなセイバーの左フックに、バーサーカーの突進と意識は横に弾き飛ばされる。
「ありがとうよ、バーサーカー」
地面を頭から滑っていくバーサーカーに、振り返りながらセイバーは言った。
「長年の夢が叶った」
「てん……めぇッ!」
「来いよ、バーサーカー」
荒い息を吐きながら、それでも奮然と立ち上がるバーサーカーに、セイバーは手招きをする。
「宣告した通り、正面からだ」
その言葉に、狂戦士は咆哮を重ねて前に飛び出した。
激突するセイバーとバーサーカー。
猛攻を加える新選組の亡霊。それを迎撃するランサーと、そのマスター。
そして、亡霊のお陰でフリーになったセイバーのマスター。
……頃合いだろう。
読水達より数キロ離れた所で電柱に身を預けた、その背の高い女学生は頷く。そして声に出して己のサーヴァントに告げた。
「そろそろ行こう、ライダー」
それは、夜に響き渡る甲高い排気音からやってきた。
まだ何か来るのか。読水はそう嘆きながら音源を探す。音は次第に大きく、近くなってくる。
そして、来た。
その軽トラは大通りの方角から急カーブを決めながら現れ、けたたましい音を立てながらこちらへと走ってくる。突拍子のない、そして予想さえしていなかった現代の乗り物の乱入に、この場にいた全ての者がその乱入者に注目してしまう。
そんな中、軽トラを運転していた者が窓から上体を出す。それからハンドルを切って道路脇の境界ブロックに乗り上げると、そのまま片輪走行になり勢い良くこちらへと迫ってきた。顔を見せたその運転手が凶暴な笑みを浮かべているのは、目の錯覚だろうか。
「う、う、嘘だろッ!?」
「マスター、下がって!」
ランサーは読水の肩を掴み、車から遠ざかるよう亡霊達を相手取りながら走らせる。
運転手は軽トラから、宙へと身を投げ出した。そして車の速度そのままに、軌道上にいたバーサーカーに手にした得物を打点とした体当たりをきめた。それは体勢をほとんど横に倒した状態での、車の速度と全身を利用したラリアットであった。
その突拍子のない攻撃に、バーサーカーは避けることも叶わなかった。斧で受けはしたものの衝撃に堪えられず、地面に背中から叩きつけられる。同時に運転手を失った軽トラは、ガードレールに力なくぶつかり、停車した。
運転手はバーサーカーを地面に叩きつけた後、地面を転がって衝撃を緩和させる。
そして運転手――ライダーは膝立ちに、この戦いの場に躍り出た。
鳶色の巻き毛、上半身に獅子の刺繍を施したウールの外套を直接纏った優男だ。その右手に持つ短剣には麻縄が鞘と柄巻の代わりに巻きつけられており、その麻縄は今、バーサーカーとの戦いで解けて宙を舞う。
ライダーはその場で立ち上がりはしなかった。左手で宙に舞う麻縄を掴むと、膝立ちの姿勢からセイバーへと駆け出す。
ほう。と、セイバーは少しだけ驚いたように顔を綻ばせ、剣の切っ先をライダーへと向けた。それはセイバーなりの、敵意の表示であった。
ライダーは走りながら、右手の短剣を振りかぶり、そして手放す。手放すや否や、左腕を勢い良く振りつける。
麻縄は短剣の柄頭に引っ掛けるように結び付けられており、ライダーは短剣を縄の操作で横殴りに叩きつけようとしていた。
しかし、振りの大きいこの一撃を受けてやるほどセイバーはノロマではない。顔面に叩きつけられようとしている短剣を、彼は剣を手元に引き戻しながら弾き上げる。続けて迫るライダーに向けて、返す刀で左から右へ、横薙ぎに剣を振るう。
胴へと食い込み、両断しようと走るセイバーの刃。ライダーはそれをセイバーの懐……どころか足元へとスライディングして掻い潜った。そしてセイバーの膝に手を掛けて体を半回転させ、一瞬で真後ろへと滑り込んだ。
普通の闘技とは明らかに異なる、ライダーの身のこなし。加えて膝に横からの力を加えられたセイバーは姿勢を僅かに崩し、対応に遅れた。
それが、致命的な痛手に繋がった。
ライダーはセイバーの肩に手をかけ、一瞬で彼の背に飛びつく。そして縄を引いて短剣を引き寄せ、全体重を乗せてセイバーの左肩口に短剣を突き下ろす。
狙うはサーヴァントの急所、頭と心臓にそれぞれある霊核だ。セイバーは体を傾け、ドスンと倒れ込むように尻もちをついた。それと同時に、ライダーが逆手に持った短剣が閃き、彼の肩口へと消える。
ガキリ。と、痛々しい音が橋の下でくぐもった反響音を響かせる。
やられたか。と、それを見た多くの者はセイバーの死を予感した。しかし……。
「――ガァッ!」
セイバーは吠え、ぐるりと身を翻すと右手の剣をライダーに叩きつける。
ライダーは逆手に持った短剣でそれを防ぐも、弾き飛ばされ、地面を転がされる。
しかし後転して立ち上がり、短剣を順手に構え直して素早く身構えるライダー。対してセイバーは、ゆっくりとした動作で立ち上がっていく。
セイバーの左腕は、だらりと力なく垂れ、地面へと血を滴らせていた。
「……セイバー」
シュウジは思わず彼を呼び掛けたが、セイバーはその呼び掛けに応えない。ただ真っ直ぐに、前傾姿勢のままライダーを見ている。
そんな余裕がないのだ。シュウジも、今さっき目の前で繰り広げられた攻防に目を見張っているのだ。
常識外れなライダーの攻め。左肩筋から心臓を狙う剣先を、セイバーは咄嗟に姿勢をズラして肩当てで受けた。
一歩も違えれば、即死もあり得た。それをセイバーは凌いでみせたものの、代償に左腕に深手を負った。その傷の深さは、急ぎ治癒魔術を行うシュウジには良く分かる。
しかしシュウジにとって何より衝撃だったのは、セイバーが出会って始めて深手を負い、余裕を失ったことだった。そして、それだけの相手が今、唐突に目の前に現れたことだった。
今にも飛び掛かりそうな気配を重厚に漂わせながら、しかし動かないセイバー。それに対しライダーもジッと身構えていたが、やがてゆっくり口を開き。
「……今のうちに」
逃げろ。と、彼は言おうとしたのだろう。
その言葉より先に、彼が乗っていた軽トラがエンジンを吹かし、この場から離れようと走り出した。
見れば、荷台にはランサーが片膝立ちで乗っている。読水達はこの混乱の隙に、逃げ遂せるつもりらしい。
シュウジは黒鍵を生成したが、そこで腕は止まる。今、治癒魔術をやめる訳にもいかないし、このライダーを無視できる余裕はない。見逃す他ないことを知り、彼は舌打ちをした。
「……ははっ」
その様子に取り残された皆が呆気に取られ、ライダーも吹き出し肩をすくめた。そしてこの場を後にしようと身を翻した時、セイバーが口を開いた。
「どこに行く? ライダー」
「………」
「せっかく聖杯戦争に参加したんだ。三騎士の一角のセイバーと、もう少し遊んでいったらどうだ?」
「……強がるな」
セイバーを一瞥もくれないまま、ライダーは低い声で言った。
「その左腕はまだ使えないはずだ」
その言葉をセイバーは笑い飛ばし、剣を肩に担ぎ歩み寄っていく。
「右手一本でもお前を斬ることはできるさ。それに……」
強がっているのは、お前もだろう。と、セイバーは続けてこう言った。
「さっさと剣を左に持ち替えろ。負傷した手で剣を握る者に、斬り掛からせるつもりか」
「………」
バレていたか。というようにライダーは笑みを浮かべ、カールした鳶色の髪をワシワシと掻く。
セイバーの起死回生の一撃を、ライダーは逆手に持った剣で受けた。結果、ライダーの腕はS字に曲がった状態で衝撃を受けてしまい、衝撃は手首に吸収されてしまった。
「片手と片手、条件は同じだが……なあ、ライダー」
セイバーは首を傾げ、剣を下へと振るった。その剣速は風を生み、鋭い音を立てる。
「お前の、その細腕は、俺を殺せるだけの力と技があるのか?」
「……逃ぃげよっ」
セイバーの指摘にされると、ライダーはそう呟き、読水達が消えた方向へ駆け出した。
その様子にセイバーは高らかに笑い。逃げ去ろうとするライダーの背に叫んだ。
「貴様のマスターに伝えろっ! 俺達に貴様らを狙う道理はないと!」
その言葉にライダーは振り返ることもなく、素早く霊体化して逃げ失せた。
そして訪れる静寂に、セイバーとシュウジは肩を下ろす。そして改めてバーサーカーの方を見た。読水達を追ったのだろうか、気がつけば新選組の亡霊達も見えなくなっている。
「……それで、バーサーカー。そちらはどうする?」
胡座をかいて地面に座り込み、不服そうにこちらを見ているバーサーカーに、シュウジは語りかけた。
「ライダーにも言った通りだ。私らはお前とここで戦う理由がない」
「………」
その言葉に、バーサーカーは項垂れ、肩を戦慄かせる。
「……ダァッ! わぁったよ!」
そして、そう叫ぶと立ち上がり、シュウジ達の方へ拳大の物を投げつけた。それは、ルーンが刻まれた自然石だった。
刻まれたsoweluの文字、望む効果は強い光。その効果に従い自然石は眩い閃光を放ち、その間にバーサーカーは何か捨て台詞を吐きながら飛び出した。
バーサーカーは高くジャンプすると一度付近の路地へと跳び、それからまた闇夜へと跳んでいく。シュウジが薄目に確認できたのは、バーサーカーの脇に抱えられて暴れている、小さな女性の姿だった。
思ったより、近くに潜んでいたのか。シュウジは溜息をつく。ならばバーサーカーの最後の言葉はこちらに向けたものでなく、マスターに対してのものだろう。
周囲を見渡し、他に危険はないかシュウジは確認する。そして危険はないと判断し、ふうと頭を垂れた。
「やれやれ、だな。シュウジよ」
セイバーは肩口に手をやりながら、シュウジのもとへと戻りながら言った。
「またも連中らを逃してしまった……それに思った以上に、俺達の任は多難なようだ」
「ああ……ああ、そうらしいな……」
シュウジは深い溜息を吐くと、ポケットからケータイを取り出した。
とりあえずは、ここまで荒らしてしまった現場の後処理を監督役のマリオに伝えねばならない。
状況は良く分からないが、分からないままに何とか逃げ切ってみせた。
読水は人気のない道を選びながら、軽トラを走らせていた。
新選組の亡霊の正体、セイバーとバーサーカーの対策、ライダーの思惑、分からないことは多いが、とは言え今は逃げの一手しかない。サーヴァント五騎が絡んでいる場など、どんな戦場、災害地帯よりも危険と言える。
この軽トラも、どう処分したものか。そんなことを考えていると、荷台に乗っていたランサーが突然叫んだ。
「マスターッ! 正面にライダーがいます!」
どうしろと言うのだ。読水がブレーキを踏み、車を止める。すると真正面に、ライダーが実体化して現れた。
「っと、待ってくれ! 話がしたいんだ!」
軽トラの前に飛び降りたランサーにライダーはそう言うと、敵意のなさを示すように両手を挙げてみせた。ランサーはそれでも警戒するように槍を構えながら、読水の指示を待っている。
「……ライダー、一体何の用だ?」
拳銃を抜いて、油断なく読水は車から降りる。ライダーは愛想笑いを浮かべながら、読水の質問に答えた。
「同盟の申し出だ。俺のマスターと、会って欲しい」
「……同盟? 最後は戦うしかない相手に、同盟を求めるのか?」
「色々と込み入った事情があってね。そっちだって、一時でも誰かの助力が欲しい身だろ?」
「………」
押し黙る読水に、ライダーは決まりだ、と笑った。
「どうだい? うちのお姫様と、会ってはくれないかな?」
一方、ウィリアムとの戦いを後、アレクシアはビルを下り、電灯が点滅している寂れたコインパーキングのブロック塀に腰掛けていた。
一人、ではない。折られた腕の治癒を行う彼女のそば、電灯の光が差し込まない暗がりには彼女のサーヴァント、アサシンがいた。
「そう……ライダーも姿を現したか」
これで、ほぼ全てのサーヴァントが出揃った。彼女は今夜に得た情報を分析しながら、次の一手に必要な、足りない情報を洗い出す。
今最も足りないのは、この聖杯戦争の主催者である鏡宮のサーヴァントの情報だろう。ここまで情報から消去法でアーチャークラスだと予想できるが、主催者のサーヴァントだ、万全の用意をもって召喚された一級の英霊なのは間違いない。
次に探るべきは、最後の最後に盤面をひっくり返したライダーだ。ウィリアムが行った魔術師への襲撃をすり抜け、且つあのセイバーに深手を負わせた陣営……まるで得体が知れない。
「……マスター」
考えを巡らすアレクシアに、アサシンが掠れた声で告げた。
「あの者……ライダーの真名、私が存じております」
その言葉に、アレクシアの動きが止まる。
「……おや?」
彼女は腕の治癒を中断し、ゆっくりと首を傾けてアサシンを見た。
「教える代わりに……って、何か条件でも言いたげね?」
その問いにアサシンは暫く黙っていたが、やがてこう答えた。
「……あの男は、私の手で殺させて頂きたい」
「……ふうん」
憎しみを隠し切れないその声に、アレクシアは口角を釣り上げた。
かくして時計塔の魔術師が仕掛けたことで始まった、聖杯戦争の一夜目は明けた。
それぞれの思惑を以って七騎の陣営全てが動いた夜は終わり、魔術師とその使い魔は次の戦いに向けて刃を研ぎ、毒を盛る。
しかし、この先の夜には七騎全てが揃うことはない。
次の聖杯戦争の夜、七騎の英霊のうち、いずれかが欠けることになる。