覚醒回
翌日の早朝、俺は荷物をまとめていた。目の前にある背負うタイプのバッグに詰めたのは、俺のスキル『作成』で使用する、アイテム作成のための素材だ。
魔石や特別な岩石、聖水や魔物のしっぽなど、いかにも素材といった品々を、可能な限りバッグへ放り込んでいく。
これから俺が向かうのは、あの町はずれの小屋だ。人目のつかないところで作業するといったら、あの場所以外は思いつかない。
「こんなもんか」
独り言をつぶやき、バッグの紐を固く締めて背負った。今は深夜明けの早朝だし、こんな早くから宿を出る俺を怪しむ者はいない。先ほど確認したが、ナナミもまだグッスリだ。
改めてバッグを背負いなおし、靴を履いて玄関のドアに手をかけた。
「あっ、クル?」
「──っ……!」
ドアノブをひねった瞬間、背後から声をかけられた。俺の耳に入ってきたのは、とても聞き慣れた、明るい声音。
振り返った場所にいたのは、まだ少し眠そうな表情の、寝間着姿のカグヤだった。起きてばかりで顔も洗っていない状態なのか、茶色の長い髪が少しボサついている。
「……はっ、早起きだなっ、カグヤ」
なるべく平静を装って返事をしたが、俺のポーカーフェイスには冷や汗が浮かんでいた。まるで全力疾走をしたあとのように、心臓が荒々しく鼓動する。
昨日の今日、まさかこんなにも早く彼女と会話するとは露程も予想していなかった。
哀れに焦る俺の内心など少しも感じ取っていない彼女は、寝ぼけ眼をこすっている。
「ん~……なんか起きちゃって。昨日……私かなり早い時間に寝ちゃってたみたい」
「そうか……まぁ、睡眠時間が長いに越したことはないからな」
適当なことをほざいてみたが、彼女がこんな時間に起きてしまうほど早めに就寝したわけを、すでに俺は思い当たっている。
──昨晩のギアスキルを受けた彼女は、何度も何度も自分で脳に刺激を与えた後、そのまま気絶してしまった。ぐしょ濡れの状態のまま、ベッドに横たわって。
さすがにその状態のカグヤを放っておいたらもう俺は自殺するしかないので、乱れたベッドや彼女の身体や服装の後始末は、すべてサナに任せた。
あの女も仕事だけはキッチリとこなすようで、カグヤの様子を見るにしっかりと普通に眠っているような状態にできていたらしい。
「クル、もしかして魔物を倒しに行くの? 確かに少しでもレベルアップしたい気持ちは分かるけど、一人じゃ危険だし……そうだ! 回復魔法も使えることだし、私も一緒にいくよ!」
ふふん、と鼻息を鳴らす少女には、まるで昨晩のような怯えていた面影は見えない。
確かに記憶が消えるようにギアスキルをかけたが、まさか、これは……。
「なぁ、カグヤ。一つ聞いてもいいか」
「えっ? う、うん」
「お前───魔物が怖くないのか?」
聞かずにはいられなかった。貞操や命を奪われる直前まで追い詰められ、宿屋に戻ったあともずっと魔物に怯えていた……そんな魔物に対してのトラウマを刻み込まれて震えていた彼女が、今は以前のような肝が据わった女子高生に戻っている。
俺の質問を聞いて、カグヤはポカンとした表情になった。クルは何でそんなことを聞くのか? そんな表情だ。
「そ、そりゃあ最初は少し怖かったけどね。でも怯えてばかりじゃいられないしっ」
ムッとした表情に変わった。カグヤは「女だからといって見くびらないでほしい」と、そんな風に言いたいのだろう。
……そうか、昨日使用したギアスキルは俺の秘密どころか、彼女の魔物に対するトラウマすらも忘却の彼方へ追いやったのか。
(……ハッ! な、なにを考えている、まさか俺は今……安心、してしまったのか?)
俺のギアスキルはカグヤの恐怖心を拭い去り、彼女を再び戦場で立つことのできる人間に戻した──
(──ふざけるなっ!! ふざけるなふざけるなふざけるなっ!! 何を馬鹿なことを考えている!?)
頭の中にふと浮かんだ、もはや人間のものとは思えないほど卑劣で浅ましい思考を、瞼を思い切り閉じることで押し殺そうとする。
(これは思い込みだっ……! 俺にとって優しいだけの、都合のいい勝手な解釈に過ぎないっ!!)
俺がギアスキルをかけたのは、この力を隠すためだ。彼女の為ではなく、俺自身の、為に……。
「……そっか、それは心強いな」
そう言いながら、ドアノブを捻った。
「あっ、私も行くって!」
「いや、魔道具を作成してくるだけだよ。宿で作業するには、結構うるさいからさ」
俺の言い訳を信じたカグヤは「なあんだ」と興味を無くしたかのように欠伸をした。そんな彼女に首だけ向けた。
「それから……ちょっと遅くなるから、ナナミにも伝えておいてくれ」
「うん、わかった。気をつけてねー」
ひらひらと手を振る彼女に見送られながら、俺は宿を後にした。心の中に燻る罪悪感を、そのままにしながら。
★ ★ ★ ★ ★
夜、俺はマントのように長いコートと漆黒の仮面を被り、崖の上から下に見える大きな施設を眺めていた。
今回のEROとしての目的は、奇跡の
ドートンはかつて革命軍の希望だった男であり、以前のアジトが騎士団に襲撃された際、彼一人ですべての団員を無事に逃がしたという『奇跡』のような経歴がある。
そんなドートンを再び革命軍に迎え入れることが出来れば、大幅な戦力増強につながる筈だ。
各地に散ったという革命軍の残党も、英雄ドートンが戻ったとなれば再び革命軍に参加する。そしてその結果革命軍が拡大していけば『ソル』という男の情報も転がり込んでくる可能性も上がる。
ドートンを取り戻すため、俺はスキル『作成』で、大量の自立型ゴーレムを生産した。これで監獄塔内を錯乱させ、その隙にドートンを救出する。
今回は革命軍のメンバーも大勢引きつれているので、ミスが許されない作戦だ。
……しかし、意外にも俺の心は不安だった。革命軍の前で騎士団の進行を止めた時のような、熱い使命感などが、ない。
そんな俺の様子を見かねたのか、普通の服装状態のサナが声をかけてきた。
「クルス、そんな状態じゃ負けるよ」
飛んできたのは気遣うような言葉ではなく、厳しい現実的な指摘だった。だが、彼女のいう事はもっともである。こんな精神状態では、まともに革命軍を指揮できるわけがない。
幸い、今この場にいるのは俺とサナだけ。俺は仮面を取り外し、それを地面に置いてから何度か自分の顔をバシバシと叩いた。
「わかってる、わかっているんだ」
誰に言うでもなく、自分に言い聞かせるように呟いた。大丈夫だ、じきに落ち着く。
───突然、隣にいるサナが俺の顔を両手で掴んできた。そして自分の方を見るように、グイッと俺の顔を無理矢理向ける。
そうして初めて見えたのは、サナの呆れたような顔だった。失望……とまではいかないものの、その表情は可哀想なものを見る目だ。
「……そうじゃない、そうじゃないよクルス。友人に力を使って気に病んでいるようだけど、キミはそんなことで
「なに……?」
眼前に見える、宝石のように輝く瞳。しかしその奥に見えるのは、決して眩い光などではない。黒く塗りつぶされた深淵のように暗くドス黒い意思が、サナの眼を伝って感じ取れてしまう。
「キミが契約したのは精霊でも女神でもない、悪魔だ。……なぜ、私が騎士団に囲まれていたあの場で、キミを選んだのか分かる?」
「……それはっ……」
なんとなく、理解できてしまった。この女の言わんとしていることを。思わず彼女から目を背けてしまう。
「それはあの場でキミが一番『黒い意志』を持っていたからだよ。革命軍の男を殺した兵士よりも、周囲で悪意を眺める騎士たちよりも、キミが」
「俺はっ、おれ……は……」
「何としてでもやり遂げるという、そのためには手段すらも選ばないという、悪なる強い心をキミに見たんだ。……そんなキミが、私のような得体の知れない悪魔と契約した、その意味が分かるかな」
サナは俺の顔から手を離し、なおも俺を見つめている。……答えは、自身で言え、ということか。
「……もう、俺は人間じゃない」
その言葉を放つと、サナは少しだけ微笑を浮かべた。
「ギアスキルを手にしたキミは、もう人の世で生きることはできない。たとえ力を使おうと使うまいと、ギアスキルは持っているだけで罪なんだ」
「……」
俯いていると、いつの間にかサナはいなくなっていた。忽然と姿を消したサナを探すことは無く、俺は彼女の言葉を胸の中で咀嚼しながら、飲み込むこともできずに仮面を拾い上げた。
★ ★ ★ ★ ★
鼓膜を破るかのような爆発音、ガラガラと石の壁は崩れ去り、瓦礫へと姿を変えていく。
俺はゴーレムの上に乗りながら、真下を見下ろした。そこには破壊された牢屋の中で座り込んでいる、金髪の大男がいた。
彼こそがドートン。かつて革命軍を救い、狂戦士と恐れられた勇士である。
目論見通り監獄内は俺の作ったゴーレムで混乱し、無事にドートンのもとまで訪れることが出来た。
ドートンは意外にも落ち着いており、ゆっくりと見上げる形で仮面の男と眼を合わせる。
「お前は何者だ」
「私はERO、革命軍を率いてお前を助けに来た。監獄塔周辺には、お前を逃走させるために待機しているメンバーたちもいる」
「……余計な真似を」
仲間が来たという知らせを聞いたあとも、ドートンは喜ぶような反応は見せない。眉間に皺を寄せているその表情は、救助にきた仲間を鬱陶しく思っている……ようではなく、明らかに自責の念から来るものだ。
「俺がいることで革命軍はより危険な目に合うことになる。奇跡などという言葉を信じてはいないが、俺はその奇跡を起こしてしまったらしいじゃないか。そんな人物が革命軍にいると分かれば、王国も本腰を入れて軍を潰しに来るだろう」
「自惚れるなドートン。もはや王国の本気具合など問題ではない、私たちは既に戦争を始めているのだ」
ゴーレムの手を伸ばし、ドートンの前で掌を開かせた。ここに乗れ、という意図くらい伝わるだろう。
「……なぁ、ERO、聞いていいか?」
こんな時に何だ、コイツは。早くゴーレムの手に乗ってしまえばいいものを、何故未だにその場を動こうとしない。
「時間が無い、手短にしろ」
「そうか、なら言わせてもらうが───貴様、なぜそんなに手が震えている」
「っ!?」
いきなりバットで殴られた様な、そんな衝撃が心臓を襲う。仮面の中で冷や汗を流し、右手を確認すると、確かに俺の手は震えていた。
この男、世捨て人のような雰囲気をしているくせに、しっかりと見ているらしい。
──なぜ、手が震えている。戦う恐怖におののいているとでもいうのか。
いや違う、そんなことではない。この男が指摘しているのは、何に怯えているかではなく、なぜ怯えているのか、だ。
「俺の前で虚勢も張れないような人間に、ついていく気はない。大方自分の能力に自信が持てず、俺に奇跡を求めに来たのだろう。そういう者は俺を導く存在ではなく……俺が守らなければいけない人間だ。弱い人間のもとで抗うくらいなら、俺は死を選ぶ」
そう言って瞼を閉じるドートン。もはやゴーレムの手に乗る気配は一ミリも存在しない。
彼は俺を『弱い人間』だといった。能力に自信が持てない、他人に縋るような哀れで脆弱な人間だ、と。
……そうなのか、やはり俺は、友に悪魔の力を使ったことを、忘れられていないのか。
よわい、あまりにもよわい。自分自身が情けない人間だという自覚が、とめどなく脳を駆け巡っていく。
なら、どうすればいいと言うんだ。こんなに強がっているのに、これ以上どんな人間として振る舞えばいいんだ。
カグヤっ……俺は、おれは───
『キミはそんなことで
なぜか、サナの言葉を思い出した。そして同時に、あの時放った自分自身のセリフをも。
『……もう、俺は人間じゃない』
───俺は、人間じゃない。
……ふっ、ふふふっ、ははっ! なんて、なんてマヌケな言葉なんだ!
身に余る超常の能力を使って友達を操って、そんな事実に心を痛めて……まるで『人間』みたいじゃあないかっ!
そうじゃない、俺はあの悪魔と契約したあの時から『人間』ではないんだ。人の心を……いや肉欲を弄んで哀れな人形にするなど、もはや人間のする事では無い。
そうだ、俺は手段を選ばないと決めた。この世界に来たナナミがあんなにも不安そうな顔をした時から、俺は『何をしてでも』彼女と共に元の世界へ帰ると誓ったのだ。
たしかに人の心を失ってはいけないのだろう。だがそれでも、人の心に引きずられたままでは戦えない。
俺はイザナのような強い戦士ではない、カグヤのような慈愛の癒しでもない。
俺は王道ではなく覇道を進むことを決めたEROだ。EROであり続けるためには、弱い心を断ち切らなければならない。
いまさら人間ぶっても遅い、俺はもう、あの悪魔のような女と契約を交わしてしまっている。サナは俺の半身、逆に言えば俺もサナの半身であり、普通の人間でいられるわけがない。
ならば、答えは一つ。
存分にこのギアスキルを振るい、俺の中で水無瀬クルスとEROを同じ人間にするのだ。
俺はEROであり水無瀬クルス。以前とただ一つ違うのは、俺は『人間』ではないということだ。
やるなら徹底的にだ。友達にギアスキルを使ったことに心を痛めて戦えなくなる……そんな水無瀬クルスでは駄目だ。
この世界で水無瀬クルスとEROを両立させるには、人間としての水無瀬クルスを殺さなければいけないんだ。
「……ドートン、私を弱い人間だと、そう言ったな」
俺の声を聞いたドートンだが、その瞼を開きはしない。弱い人間の言い訳など聞きたくはないのだろう。
だがそれでも聞いてもらおう。これは弱い『人間』の言い訳などではない。
「違うな、間違っているぞドートン。私は断じて脆弱な人間などではない」
「……ならば、なんだというのだ」
呟くドートンを、無理矢理引っ張って立たせた。そしてゴーレムの手にのせ、移動するようにゴーレムに指示を出す。
突然の行動に、焦るドートン。たまらずその眼を開け、俺に問いただす。
「何の真似だ!」
その様子を見て、仮面の中で笑みを浮かべた。
そして漆黒のコートを翻し、彼に背を向ける。
「外壁沿いで待機していろ。弱い人間というお前の言葉を、この身一つで覆す。もしそれが叶わなかったら、貴様の意を組んで見捨ててやる」
「なにを……する気だ?」
怪訝な表情のドートンに、俺は強く言い放った。
「──この監獄塔を俺一人だけで制圧し、再び貴様の前に姿を現して見せよう!」
★ ★ ★ ★ ★
目の前に見えるのは、数分前までゴーレムだった瓦礫たち。どうやら監獄塔の警備員たちに負けてしまったらしい。時間稼ぎが出来ればよかった代物なので、もともと勝てるとは思っていなかった。
そう、勝つのはゴーレムではなく、この俺だ。
「あの仮面の男っ、ゴーレムに率いていたヤツに違いありません!」
通信魔石で他の警備員に報告する男。まずはお前からだ。
黒い仮面の隠されたシステムで、相手に見えるよう左目の部分だけを開いた。
俺は左の眼を見開く。血液や魔力が左目に流れるの感じ、その網膜には『Ψ』の紋章が出現した。
さぁ、人間ではないバケモノによる蹂躙を始めるか。
しっかりと先にいる男の目を、左の瞳で見つめた。
「お前は『三回シコるたびに陰毛を一本ずつ抜いていき、抜いた毛を全て食べろ』!!」
「……わかった」
俺の光り輝く眼を見て命令されたその警備員は、おもむろにズボンを思い切り下げた。じっくりと観察している暇はない、次はこの先にある牢屋の看守共だ。
その場を走り去る俺の背中には、性の奴隷と化した男の叫びが浴びせられる。
「ふぅっふぅ……アヒィッ!! ふっ、ふぅふぅ……ンギィッ!! チン毛抜くの痛いのにやめられ……ヒギィッ!! あむぅぅ──チン毛まじゅいぃぃ!!(ブチブチィ!) アヒャァッ!!!」
あわれである。
囚人たちが収容されている牢屋の前を駆けていると、前から男が三人、振り返ると後ろには体がデカいゴリラみたいな女看守が。
まとめて来たのが仇になったな──!
「そこの『お前たちは3人がかりで後ろのゴリラ女を孕み袋にしてしまえ』!」
「イエス、マイロード!」
本来なら王国の皇帝に使うべき言葉を俺に言い放った男三人は、いっせいにデカいゴリラ女に飛びかかった。仲間が急に三人とも飛びかかってきたことで、ゴリラ女は狼狽している。
「何すんだおまえらっ……離せコラ!」
「抵抗しても無駄だ!」
「ウザってぇ……!」(激怒)
「3人に勝てるわけないだろ!」
「馬鹿野郎お前私は勝つぞお前!」(天下無双)
「繰り出すぞ!」(切り札)
「ゲホッゲホ!!」(致命傷)
「オラ身体見せてみろよオラ」
「あ~やめろお前、どこ触ってんでぃ!」(江戸っ子)
「思った通りいいカラダしてるじゃねぇか!」(天地明察)
……あいつらはもう放っておくか。
さらに先を走っていると、脂ぎった小太りのおっさんが大量の重火器を持って待ち構えていた。その周囲には野次馬のように「やっちまえー!」などと叫んでいる囚人や看守たちがいる。
「ここで死んでもらうぞ侵入者ぁ!!」
お前らに良いものを見せてやろう!
「そこの『小汚いおっさんはゆっくりと服を脱ぎながらストリップショーでもしてろ』!」
「うわぁぁぁおっさんが脱ぎはじめたぁぁ!!」
「うぷっ、気持ぢわるっ、ウボォェェェ!!」
辺り一面は看守や囚人たちの嘔吐物でまみれ、相変わらず脂ぎったおっさんはその肉体美を披露していた。
「ここから先はこの副監獄長が通さんぞ」
俺の前に立ちふさがってきたのは、めちゃくちゃ筋肉質で巨体な男。ついに副監獄長が出てきたか。
副監獄長の後ろには残りの看守たちもいる。やはり、まとまってくれていると都合がいいな。
俺は副監獄長の瞳を見つめ、声を張り上げた。
「いますぐ『性欲が発情期のウサギの50倍ほどあるホモになれ』!」
そんな命令を受け、一時的に沈黙するマッチョ男。そんな様子の彼を不安に思ったのか、後ろにいた看守の男がマッチョに呼びかけた。
「あっ、あの……副監獄長?」
──刹那。心配する看守の肩を、マッチョが鷲掴みした。そして満面の笑みを浮かべながら、一言。
「やらないか」
「へ、へ……?」
「ヤラナイカ」
「やるっていったい何を……ちょ、副監獄長! や、やめっ、アァ──ッ♂」
次々と男たちを掘っていく副監獄長。戦闘力がけた違いなのか、看守たちの中にあのマッチョに抵抗できる男は誰もいなかったようだ。
ついに到着した、エネルギー管制室。ここで俺がスキルで作成した爆弾を起爆すれば、この監獄塔は終わり。俺のギアスキル無双を見ていた連中も全てあの世行きだから情報漏えいは問題ない。
どうせ看守どもは魔王に支配されている魔族どもだ、遠慮はいらない。それに監獄塔に幽閉されているのはどいつもこいつも極悪人。魔王のエサになるくらいなら、葬ってやった方が都合がいい。
「まっ、待て! そこの仮面男!」
「ん?」
振り返ったそこのいたのは、他の看守とは違って金色の帽子を被っている男。副監獄長の帽子が銀色だったし、おそらくこの男は監獄長だろう。
ジリジリと距離を詰めてくる監獄長。なぜか発光している右手を見るに、彼は恐らく何らかの魔法が使えるのだろう。
そうと分かればすぐ行動、監獄長が何かをする前にギアスキルをかけてしまえばいい。
どうせ死にゆく命、最後くらいは性欲の思うままにさせてやろう。
「ここまでだぞ、私には触れるだけで相手を爆発させる魔法が──」
「お前は『そのベルトに装着されている太い警棒でアナニーして前立腺絶頂を永遠にくり返せ』ぇ!!」
その発言の瞬間、監獄長は下半身のズボンを下ろしてベルトの警棒を手に持った。別にその光景が見たいわけではないので、さっさと遠隔操作のボタンで起爆できる爆弾をセットし、その場を離れる。あとは外に出るだけだ。
走る俺の耳に、監獄長の声が聞こえてくる。……どうやら、楽しんでくれているようだ。
「あおっ、オォオ!! おごっ! ングヒッアグッ! お゛っ!? オ゛っ! お゛お゛ぉ゛ぉ゛っ!!!」
耳を劈く雑音を無視して、一心不乱に走り抜ける。
後はもう、無事に脱出して監獄塔を炎の海にするだけである。
★ ★ ★ ★ ★
「……本当にやり遂げてしまうとはな」
大爆発後の廃墟と化した監獄塔の瓦礫の上で、俺の隣にいるドートンが呟いた。その顔には汗が滲んでおり、目の前で起きた一部始終を信じられないようだ。
だが、すべては事実。魔王に支配された王国の監獄塔はこの俺が潰し、革命軍の新たな戦力としてドートンを手に入れた。
「これで私が弱い『人間』ではないということ、信じてもらえたかな」
「ここまでしたんだ、当然だろう」
微かに笑うドートン。完全に気を許したわけではないにせよ、どうやら彼からの信用は勝ち取ることが出来たようだ。
すべては計画通り。これでまた、俺はEROとして一歩前進した。
俺がふう、と息をつくと、ドートンが俺の正面に来た。その顔は、覚悟を決めた男の顔。自分が従うに足る人物だと判断し、彼なりに自分の意思を表しているのだろう。
「君のもとで、魔王を倒すために尽力する。再び奇跡を起こしてみせよう」
──そんな彼の気持ちは嬉しいが、その言葉は訂正しなければいけないだろう。
「違うな、間違っているぞ。ドートン、お前は奇跡など起こさなくていい」
「……どういうことだ?」
怪訝な彼の前で、俺はコートを翻した。闇夜を照らす月明かりが、黒い仮面を反射する。
「奇跡を起こすのは他の誰でもない───このEROだッ!!」
そう、人間はそう簡単に何度も奇跡を起こせはしない。そんな天文学的な確立に頼るほど、純粋ではない。
『人間』ではないこのEROが、水無瀬クルスこそが、奇跡を起こす男なのだ。
ギアスキルを使いこなせた高揚感が、胸を透き通る。
あぁ、自分を……いや、世界さえも変えてしまえそうな瞬間を、俺は感じている。
やってやるさ、このEROが! この世界をエロで染め上げ、必ず『ソル』という男を見つけ出して、この手で肉欲の奴隷にしてやる。
すべては俺の大切な人たちと共に、我が故郷へ帰る為に───!