夏が来た。
毎年この季節になると思いだす。
遠くの街にいる、友人の事を。
おれと同じ、妖と共に生きている友人の、阿良々木暦君の事を。
身寄りの無かった俺は、親戚の家に預けられたのだが、この目のせいで気味悪がられ、様々な家を転々とした幼少期を過ごしていた。
「何を黄昏ておるのじゃ? 夏目」
おれの隣、かなり低い位置からおれを呼ぶ声がする。
そこには、丸い、まさに丸い猫がいた。猫と呼ぶのが正しいのかどうかは解らないが、とにかく猫だ。おれの周りの人達からは、猫と認識されている。
本当は、
自称おれの用心棒であり、おれの持つある物を狙っている。そのある物とは、おれの祖母である夏目レイコさんが残した遺品。友人帳と呼ばれる、数々の妖の名が書かれた物だ。この友人帳に、名が書かれると、所有者に絶対服従はおろか、生殺与奪の権利まで握られてしまうと言う、物騒ものだ。
その友人帳を巡って、あの夏、おれと猫、ニャンコ先生は小さな冒険をした。その始まりは、ある胡散臭い男との出会いから始まった。
「やあ。君が夏目君かい? ずいぶん探したよ」
ニャンコ先生に七辻屋で饅頭をねだられ、店を出た時、その男は居た。アロハシャツに短パンを履き、髪を金髪に染めた男だった。おれの知る限り、最もだらしない男だった。
「おれに何か用ですか?」
警戒心を最大限に、おれはそう返した。隣を見れば、ニャンコ先生も体積が倍くらいに膨れ上がっている。
「そう警戒しないでくれるかな? 僕は君に用がある訳じゃない。君の持っている友人帳に用があるんだ」
アロハの男は淡々とそう口にする。
「あなたは誰ですか! それに友人帳って!」
「夏目、気を付けろ! こ奴只者ではないぞ!」
にゃんこ先生からも、注意の言葉が飛んだ。だが、目の前のアロハの男は気にも留めず
「ははっ。全く夏目君は元気がいいなぁ。何かいい事でもあったのかい?」
そんな軽口を叩いていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
場所を移そう、と言うアロハ男、名は忍野メメと言うらしい。その忍野さんに言われ、おれ達は近くの神社の境内に腰を降ろす。
「夏目君、まずは、君が疑問に思っている事を話しておこうか」
そう言って忍野さんは煙草を咥えた。
「僕が、君では無く、友人帳に用があると言った事なんだけど……」
「あの」
忍野さんがそう言った所で、おれは気になった事を聞いてみる事にした。
「火を付けないんですか?」
そう、忍野さんは、煙草を咥えたり、手元で遊ばせるだけで、一行に火を付けようとはしなかったのだ。
「これかい? これはそうだなぁ、火を付けると、アニメ化する時に困るじゃないか」
忍野さんの言う事は、おれには理解出来なかった。そんなおれを置いてけぼりにするように、再び忍野さんは口を開く。
「話すを戻そう夏目君。実際には、友人帳では無く、君のおばあさん、レイコさんに用があったんだ」
「しかし、祖母は――」
「そう。レイコさんは、すでに鬼籍に入っている。だから僕はこう言った。友人帳に用があると、ね」
「どう言うことですか? あなたは、友人帳を狙っているのでは無いのですか?」
おれの言葉に、忍野さんは驚いた様な顔を見せた。
「僕が? 友人帳を? それは心配無いよ。君が友人帳をどう使おうと、僕は関知しない。それでバランスが保たれているのならね」
「バランス?」
「おっと、話がそれたね。君にはレイコさんがしでかした後始末を頼みたいんだよ」
「祖母の、後始末、ですか?」
何故おれが? そんな思いが少しだけ心をよぎった。しかし、そんな思いを忍野さんは見透かしたかの様に、次の言葉を投げかけて来た。
「それは、君が友人帳を受け継いだからだ。受け継いだからには、責任が伴う。責任を取るのが嫌ならば、友人帳を捨てれば良い。受け継ぐと言う事はそう言う事だ。良い事も悪い事も、功も責も、ね」
重い言葉だった。
おれは、少しだけ黙りこみ、その言葉を心の中で反芻する。その間、忍野さんは話しかけてこなかった。只、煙草を遊ばせるだけで。
「解りました。それで、一体、何をすれば良いのですか?」
答えを決め、おれは忍野さんに問いかけた。
だが、忍野さんの態度は相変わらずの物だ。飄々と、何でも無い、と言う。
「簡単な事だよ。ある場所に行って、そこに居る物に名を返してあげて欲しいんだ」
「それだけ、ですか?」
拍子抜けする様な事だった。
だが、忍野さんの表情は、硬い物に変わっていた。
「それだけ? そう、それだけさ。だけど、それだけの物が起こす災いが、それだけとは限らない」
何となくだけど、解った気がした。おれにとってのそれだけが、他人にとっては、そうとは限らない。忍野さんはそう言っているのだ。君になら解るだろう? と。
「それで、どこへ行けば良いのですか?」
おれの問いかけに、忍野さんは一枚のメモをくれた。聞いた事の無い地名だった。
「この土地に行って、目当ての物は解るんですか?」
「それは僕の範疇を超えているね。それは、君が探さなければならない物だよ。怪異、君の呼び方だと妖、になるのかな? その怪異の名は迷い猫。それを探すのが、君の責任、と言う物だ」
「迷い猫」
「ああ。そうだなぁ、もし、土地感なんかで不便に感じたら、金髪の幼女とイチャついている男子高校生を探すと良い。きっと力になってくれるよ」
「金髪の幼女とイチャついている男子高校生?」
聞くだけで、妖しい人物だ。決して近づいてはいけない部類の人間に聞こえる。
「そう嫌わないでくれ。あれでも僕の友人なんだ」
「そう、ですか」
その言葉を最後に、忍野さんはおれの前から去って行った。
おれとニャンコ先生、そして阿良々木君と金髪幼女の忍野忍ちゃん。
祖母である夏目レイコさんの足跡を辿る、小さな小さな、冒険の始まりは、こんな日常から始まった。