夏物語   作:海野入鹿

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第一話

 夏が来た。

 毎年この季節になると思いだす。

 遠くの街にいる、友人の事を。

 おれと同じ、妖と共に生きている友人の、阿良々木暦君の事を。

 

 

 

 夏目貴志(なつめ たかし)。それがおれの名前。昔から、他人の見えない物が見えてしまう人生を送って来た。両親は俺が幼い頃に他界している。

 

 身寄りの無かった俺は、親戚の家に預けられたのだが、この目のせいで気味悪がられ、様々な家を転々とした幼少期を過ごしていた。

 

「何を黄昏ておるのじゃ? 夏目」

 

 おれの隣、かなり低い位置からおれを呼ぶ声がする。

 

 そこには、丸い、まさに丸い猫がいた。猫と呼ぶのが正しいのかどうかは解らないが、とにかく猫だ。おれの周りの人達からは、猫と認識されている。

 

 本当は、(まだら)と呼ばれる大妖なのだが、封印されていた代物が招き猫であった為、通常はこの形態らしい。

 

 自称おれの用心棒であり、おれの持つある物を狙っている。そのある物とは、おれの祖母である夏目レイコさんが残した遺品。友人帳と呼ばれる、数々の妖の名が書かれた物だ。この友人帳に、名が書かれると、所有者に絶対服従はおろか、生殺与奪の権利まで握られてしまうと言う、物騒ものだ。

 

 その友人帳を巡って、あの夏、おれと猫、ニャンコ先生は小さな冒険をした。その始まりは、ある胡散臭い男との出会いから始まった。

 

「やあ。君が夏目君かい? ずいぶん探したよ」

 

 ニャンコ先生に七辻屋で饅頭をねだられ、店を出た時、その男は居た。アロハシャツに短パンを履き、髪を金髪に染めた男だった。おれの知る限り、最もだらしない男だった。

 

「おれに何か用ですか?」

 

 警戒心を最大限に、おれはそう返した。隣を見れば、ニャンコ先生も体積が倍くらいに膨れ上がっている。

 

「そう警戒しないでくれるかな? 僕は君に用がある訳じゃない。君の持っている友人帳に用があるんだ」

 

 アロハの男は淡々とそう口にする。

 

「あなたは誰ですか! それに友人帳って!」

 

「夏目、気を付けろ! こ奴只者ではないぞ!」

 

 にゃんこ先生からも、注意の言葉が飛んだ。だが、目の前のアロハの男は気にも留めず

 

「ははっ。全く夏目君は元気がいいなぁ。何かいい事でもあったのかい?」

 

 そんな軽口を叩いていた。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 場所を移そう、と言うアロハ男、名は忍野メメと言うらしい。その忍野さんに言われ、おれ達は近くの神社の境内に腰を降ろす。

 

「夏目君、まずは、君が疑問に思っている事を話しておこうか」

 

 そう言って忍野さんは煙草を咥えた。

 

「僕が、君では無く、友人帳に用があると言った事なんだけど……」

 

「あの」

 

 忍野さんがそう言った所で、おれは気になった事を聞いてみる事にした。

 

「火を付けないんですか?」

 

 そう、忍野さんは、煙草を咥えたり、手元で遊ばせるだけで、一行に火を付けようとはしなかったのだ。

 

「これかい? これはそうだなぁ、火を付けると、アニメ化する時に困るじゃないか」

 

 忍野さんの言う事は、おれには理解出来なかった。そんなおれを置いてけぼりにするように、再び忍野さんは口を開く。

 

「話すを戻そう夏目君。実際には、友人帳では無く、君のおばあさん、レイコさんに用があったんだ」

 

「しかし、祖母は――」

 

「そう。レイコさんは、すでに鬼籍に入っている。だから僕はこう言った。友人帳に用があると、ね」

 

「どう言うことですか? あなたは、友人帳を狙っているのでは無いのですか?」

 

 おれの言葉に、忍野さんは驚いた様な顔を見せた。

 

「僕が? 友人帳を? それは心配無いよ。君が友人帳をどう使おうと、僕は関知しない。それでバランスが保たれているのならね」

 

「バランス?」

 

「おっと、話がそれたね。君にはレイコさんがしでかした後始末を頼みたいんだよ」

 

「祖母の、後始末、ですか?」

 

 何故おれが? そんな思いが少しだけ心をよぎった。しかし、そんな思いを忍野さんは見透かしたかの様に、次の言葉を投げかけて来た。

 

「それは、君が友人帳を受け継いだからだ。受け継いだからには、責任が伴う。責任を取るのが嫌ならば、友人帳を捨てれば良い。受け継ぐと言う事はそう言う事だ。良い事も悪い事も、功も責も、ね」

 

 重い言葉だった。

 

 おれは、少しだけ黙りこみ、その言葉を心の中で反芻する。その間、忍野さんは話しかけてこなかった。只、煙草を遊ばせるだけで。

 

「解りました。それで、一体、何をすれば良いのですか?」

 

 答えを決め、おれは忍野さんに問いかけた。

 

 だが、忍野さんの態度は相変わらずの物だ。飄々と、何でも無い、と言う。

 

「簡単な事だよ。ある場所に行って、そこに居る物に名を返してあげて欲しいんだ」

 

「それだけ、ですか?」

 

 拍子抜けする様な事だった。

 

 だが、忍野さんの表情は、硬い物に変わっていた。

 

「それだけ? そう、それだけさ。だけど、それだけの物が起こす災いが、それだけとは限らない」

 

 何となくだけど、解った気がした。おれにとってのそれだけが、他人にとっては、そうとは限らない。忍野さんはそう言っているのだ。君になら解るだろう? と。

 

「それで、どこへ行けば良いのですか?」

 

 おれの問いかけに、忍野さんは一枚のメモをくれた。聞いた事の無い地名だった。

 

「この土地に行って、目当ての物は解るんですか?」

 

「それは僕の範疇を超えているね。それは、君が探さなければならない物だよ。怪異、君の呼び方だと妖、になるのかな? その怪異の名は迷い猫。それを探すのが、君の責任、と言う物だ」

 

「迷い猫」

 

「ああ。そうだなぁ、もし、土地感なんかで不便に感じたら、金髪の幼女とイチャついている男子高校生を探すと良い。きっと力になってくれるよ」

 

「金髪の幼女とイチャついている男子高校生?」

 

 聞くだけで、妖しい人物だ。決して近づいてはいけない部類の人間に聞こえる。

 

「そう嫌わないでくれ。あれでも僕の友人なんだ」

 

「そう、ですか」

 

 その言葉を最後に、忍野さんはおれの前から去って行った。

 

 おれとニャンコ先生、そして阿良々木君と金髪幼女の忍野忍ちゃん。

 

 祖母である夏目レイコさんの足跡を辿る、小さな小さな、冒険の始まりは、こんな日常から始まった。

 

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