夏物語   作:海野入鹿

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第二話

「それで夏目。これからどうするんだ?」

 

 電車を乗り継ぎ訪れた地での、ニャンコ先生の発した最初の一言がこれだった。

 

「先生。家を出る前に説明したじゃないか」

 

 溜息を吐きつつ、おれは肩に乗る猫に呆れつつ返事を返した。

 

「そうだったか?」

 

 それに対して、こんな返事だ。全く、このデブ猫は。喰う事と、酒を飲む事以外、考えを放棄しているのではないかと時々思う。

 

「えーと、忍野さんのメモによると、私立直江津高校と言う学校を中心に探ると良いらしい」

 

「ほお。それは何処だ?」

 

「……」

 

「知らんのか?」

 

「当たり前だ」

 

「まったく役に立たんやつじゃ」

 

 デブ猫は失礼な事を呟きつつ、辺りを見回しはじめた。十分程経ったのだが、一行に人の気配が無かった。昼日中なのに、不思議なほど。

 

「おい、夏目」

 

 ニャンコ先生が、不意に言葉を掛けて来た。

 

「どうした?」

 

 おれの問いにニャンコ先生は、短い、限りなく短い前足で前方を指していた。

 

 そこにあったのは、小学生くらいの少女の姿。大きなリュックサックを背負った、ツインテールの女子。

 

「背に腹は代えられん。あの蝸牛(かたつむり)に聞いてみたらどうだ?」

 

 もっともだ。

 

 何時来るか解らない大人の通行人を待つより、堅実的だ。おれは急ぎ早に少女を追いかけ、声を掛けた。

 

「あの、すいません」

 

「もうろくしましたね。わたしを見つけて襲いもしないなんて、見損いました」

 

 少女は振り向きもせず、そう言った。

 

 どう言う事なのだろう。少女が日常的に襲われる街など、この日本にあるのだろうか? いや、無いだろう。

 

「すみません。道を聞きたいのですが?」

 

 おれはもう一度声を掛ける。

 

 そこでやっと、少女は振り向き驚いた様な顔をした。

 

「申し訳ありません。知り合いの変質者に声が似ていたものですから」

 

「い、いえ。変質者ですか。それは、気を付けないと」

 

「御心使いありがとう御座います」

 

 少女は礼儀正しく腰を折って謝ってくれた。

 

 しかし、変質者、か。忍野さんが言うには、この街には金髪の幼女とイチャつく男子高校生が居ると言う。それに加えて、こんな少女に日常的に襲いかかる変質者までいるとは。おれは恐ろしい街に来てしまったのかもしれない。

 

「それで、えーと……」

 

 そうだ、名前を言っていなかった。

 

「あ、すいません。おれの名前は夏目と言います。夏目貴志です」

 

「ほうほう、冬目さんですね」

 

「え? い、いや。おれは、そんなイラストレーターみたいな名前では無いです。夏目です。夏目貴志です」

 

「失礼。噛みました」

 

「あれ? わざとじゃ無いんですか?」

 

「これまた失礼。かみまみた」

 

「本気ですか?」

 

 こんな馬鹿な会話、産まれて初めてした様な気がする。でも、悪くは無い。そう思える会話だった。

 

「ふんふん。テンポはいささか悪いですが、なかなか良い突っ込みでした。それで、道をお訊ねとの事、おっと、失礼。わたしは、八九寺真宵と申します」

 

 出来た子供だ。隣に居る猫達磨に、爪の垢でも飲ませてやりたい。

 

「それで、此処への道を聞きたいのですが」

 

 おれは、八九寺さんにメモを見せる。

 

「ふんふん。私立直江津高校ですか。わたし的には近づきたく無い所ですね」

 

 八九寺さんは、そんな物騒な事を呟きながら、目的地の場所を教えてくれた。

 

「それでは、わたしは失礼します。どこかで会う事があったら、気軽に声をかけて下さいね。それでは落ち目さん」

 

 最後に失礼な物言いを残して、八九寺さんは去って行った。

 

「妙なヤツだったな」

 

「ああ。ホントに」

 

 おれとニャンコ先生は、微妙な感想を言い合い私立直江津高校へと足を向けた。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「ここが、そうか」

 

 辿り着いた私立直江津高校は、おれが通う高校とは違い、立派で豪華な建物だった。

 

「それで夏目。これからどうするのじゃ?」

 

「これから?」

 

「そうじゃ! いつまでも此処にいても、仕方がなかろう!」

 

 隣で丸いのが跳ねながら叫んでいる。バスケットゴールがあれば、放り込みたい気分だ。

 

「でもニャンコ先生。迷い猫って言葉だけじゃ、どうすれば良いのか」

 

 おれがそう言った瞬間、後を何かが猛スピードで通り過ぎて行った。

 

「ちょっと待って!」

 

 何故だか、そんな言葉が口から出た。言うや否や猛スピードの物体、ショートカットで背の高い女の子が、靴から煙を出しながら停止した。

 

「おーっと、兄ちゃん。あたしに追いつくなんて、すごいじゃねえか! それとも、瞬間移動が使える様になったのかい! いやいや、皆まで言うな。兄ちゃんだったら、地球の裏側まで背面跳びを決めても、あたしは驚かねえぇぜ! あれ? あんた誰? 兄ちゃんは?」

 

 凄い兄を持っているらしい女の子は、走るスピードと同様に、猛スピードでまくし立てる。

 

「すいません、急に呼びとめたりして。俺は、夏目貴志と言います。少し聞きたい事があるのですが、宜しいですか?」

 

「聞きたい事? おお、良いぜ! 何でも聞いてくれ! あたしは答えるぜ! ズバリズバリと答えるぜ! あたしに答えられないのは、兄ちゃんの性癖くらいだ!」

 

 変身ヒーローの様なポーズを決めて、女の子はそう言った。

 

「変な事を聞くのですが――」

 

「変な事! ちょっと勘弁してくれよ! 変なのは兄ちゃんだけで十分だ! その他に居たら、アタシの究極爆裂拳が火を吹くぜ!」

 

「いえ、その……」

 

「ゴメン、ゴメン。それで、なに?」

 

 屈託の無い、笑顔で何事も無かった様に聞いて来た。おれの周りには居ない娘だ。だが、悪い気はしない。

 

 おれは、金髪の幼女とイチャついている男子高校生と、迷い猫の噂を知らないか? と尋ねてみた。

 

 迷い猫に関しては、知らないと言う事だった。だが、金髪の幼女とイチャついている男子高校生の方は、街でちらほらと噂になっている様だ。この私立直江津高校から、女の子、阿良々木火憐さんの実家までのどこかで目撃されているらしい。

 

 その道順を聞くと、火憐さんは驚くほどあっさりと道順を教えてくれた。おれは、一度腰を折り

 

「ありがとう御座いました」

 

 年下に対して、いささか硬い対応かとも思ったが、礼は礼だ。しっかりしておいて、悪いはずが無い。

 

「なーに言ってんだよ、兄ちゃん似の兄ちゃん。困っている人がいるならば、あたしの正義が火を吹くぜ! あたり一面、焦土と化すぜ!」

 

 そう言いつつ、豪快に笑って走り去って行った。

 

 不思議な街だ。

 

 それに……兄ちゃん似の兄ちゃんってなんだろう?

 

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