Prolog
──懐かしい夢をみた。
その頃の僕は自身を含めた全てのものが怖くて、僕を狙って追いかけてくる人たちから逃げて、隠れて暮らしていた。
食事をまともに取れないことは最早日常で、常に心身ともにすり減らしていた。
当然、そのような生活をずっと続けられる訳もなく、その日はつまり、それまでの無理のツケを払う時が来てしまった日であった。
──何の因果か二度目の生を授かったが、それもここまでか。
──追手に捕まって身体を弄り回されるのに比べれば、ここで野たれ死ぬ方が何倍もマシかな。
そう思って倫敦の路地裏で瞳を閉じようとした時、声をかけられた。
──その時の光景を、僕は忘れることは無いだろう。
透き通った金糸の髪に、白磁器のような白い肌。美しい人形のような、儚げな外見とは対称に、燃えるような焔の朱い瞳。自分と同じように、逃げて暮らしている様であるのに、その瞳から感じられる意志の強さ、気高さ。
まだ幼い
そんな少女の在り様に、僕は、どうしようもないほど惹かれてしまったのだ。
その後、彼女とどのような言葉を交わしたのだったか──
◆ ◆ ◆
何時もより少し早くに目が覚める。
とても懐かしい夢をみた。僕が僕となる為には欠かせない重要なファクターだ。
手早く身支度を済まし、ある場所へ向かいながら回想に耽ける。
僕は所謂、転生者というやつだった。
碌でもない魔術師(一般人の感性からしてみれば、この世界の魔術師なんていうものは全て碌でもないものかもしれないが)の下に生まれ、結果的に追われる身となった。
そんな僕を拾ってくれたのが──
目的地に辿り着き、ここで一旦思考を打ち切る。
何時もの様に扉の前で立ち止まり、ノックをして、声をかける。
「お嬢様、宜しいですか?」
「ん、ああ、君か。宜しい。入りたまえ。」
失礼します、と断りを入れて入室する。
「おはようございます、お嬢様。」
「やあ、おはよう、オウロ。今日もいい貌をしているじゃないか。」
彼女からそう声をかけられ、表情には出さず、内心溜息を零す。
彼女はそんな僕の苦悩を知っていて、くつくつと笑った。もう言われなれているだろうに、と。
彼女は根っからのサディストであり、人の苦痛や苦悩に歪む様子を見て悦に浸るという非常に難儀な性格をしている。所謂、愉悦部というやつだ。
そして僕は自身の顔に、というより身体全部になのだが、コンプレックスを抱いている。
故に、僕が毎朝彼女の元を訪ねる度に揶揄ってくるのだ。
「ああ、この後トランベリオ派の貴族の“お誘い”を受けているから、準備をしておいてくれたまえ。勿論着いてきてくれるのだろう?我が護衛役殿?」
その、今どうとでもないようなことを思い出したかのように告げられた言葉に僕は驚愕し、その様子を見て彼女───エルメロイの姫君こと、ライネス・エルメロイ・アーチゾルテは楽しそうに笑うのであった。