レディ・ライネスに捧ぐ   作:東方朔夜

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レディ・ライネスの事件簿まで書けるといいなと思ってはいる。


第一話

帰りの馬車の中で溜息を零す。別に上流階級とのお食事はそこまで珍しいものでは無いとはいえ、やはりなれるようなものでは無い。

貴族の礼儀作法や、どのように立ち回ればいいかに関しては、前任の老執事(ひとでなし)のお陰で身に染み付いている。それだけは、あの言峰綺礼のようなクソ外道執事に感謝してもいいのかもしれない。

でも、アレの指導法のせいで、ライネスから口調に関しては崩すようにと言われているのに、屋敷では未だに従者のそれになってしまうから、やはり感謝などしてやる必要はないかな。

 

それはさておき、どうやら今回の食事にお呼ばれしたのは、明日行われる社交会に参加してくれないか、ということらしい。

ここで勘違いしていけないのは、参加してくれないか、とは言っているものの、こちらに選択権なんてものはない。実際には、お前のような家を呼んでやったのだ、蹴ったりしたらわかるよな?という程度の意味合いなのだ。

この送り迎えの馬車1つとってもそうだ。態々四頭立ての箱馬車なんていう非常に高価なものを寄越して、前ロード・エルメロイが没してから落ち目で借金塗れのエルメロイ家に圧をかけているのだ。

それに、付き人でしかない僕の動きひとつひとつも彼らは見ている。もし、僕が何か不手際を見せてしまったら、それひとつで彼らは鬼の首を取ったように、その場にいるライネスを責め立て、エルメロイ家は消されるだろう。

そんな中に放り込まれていたのだから、溜息のひとつくらい零しても許されるだろう?

 

幸いなことにと言うべきか、そんな僕の姿を見たら喜びそうなライネスは今、自己暗示によって眠りに就いているため、揶揄われることもない。

 

───ライネスは、自分で認める程度の性格破綻者である。彼女自身がそう語っているのだ。

彼女は一般的にサディストと言われる範疇を優に超えている。自己の破滅と天秤にかけられる程度に、彼女は破綻しているのだ。

だからこそ、彼女は僕をそんな場に連れてくる。

しかし、そんな性格でもなければ、彼女が今まで生き抜いて来ることは不可能に近かったことも確かであると思う。

だからこそ、あのひとでなしがそうなるように仕向けたのだと、僕は思う。

いくらそのような性格になる才能──この場合は歪み、の方が適切か──があろうとも、きっかけがなければあそこまではなるまい。

彼女は元来、優しい性格の筈だ。それが、あの様な仮面を四六時中被らなくてはならなくなり、今では仮面と素顔の境界すら曖昧になっている──それを僕は、悲しいと思った。

 

 

 

馬車が現代魔術科の街に到着し、停車する。呼び鈴が鳴ると、ライネスは目を覚まし、伸びをひとつする。

僕は先に降り、馬車の御者に礼を言う。そして、魔術礼装・月霊髄液を擬似的な自律ゴーレムとし、人型をとらせているトリムマウを伴って降りてきたライネスに手を差し伸べ、バランスが崩れないようにする。

 

 

「それで、オウロ。君は今回の件、どのように感じる?」

 

馬車を見送っていると、隣で目薬をさしていたライネスから、そう尋ねられた。

 

「十中八九、何かの陰謀に巻き込まれる予感がするよ。あと、これは勘なんだけど、僕とトリムだけじゃあ手に負えないような気がする。」

 

「うん、君がそう言うなら、ほぼ確実に巻き込まれるんだろうさ。なら、色々と保険をかけておかないと。」

 

彼女は、僕の言葉を聞くとニヒルな笑みを浮かべ、そう言った。

 

「そうと決まれば、早速、現代魔術科の学術練に───我が兄の元へ向かうとしようか。」

 

 

 

 

 

 

ツギハギめいた街並みを歩くこと十分程度、時計塔十二科の中では最も小さいという現代魔術科の学術練に到着する。

ライネスはなんの躊躇いもなく、その中へと入っていく。

魔術師でもない僕の身からすれば、まだ中に入るのに少し忌避感があるのだけれど、そんな迷いで彼女を見失う訳にもいかないのですぐ後に続いて入った。

 

玄関ホールに入ると、辺りはひんやりとした空気に包まれていて、ホールに施された装飾や、置かれている物も相まって、荘厳な雰囲気を感じる。

しかし、そんな雰囲気は十秒足らずでぶち壊された。

螺旋階段の上の方から、イヤッホーウ!という陽気な掛け声がこちらに迫ってくるのが聞こえたからだ。

トリムがいるから大丈夫だとは思うけれど、念の為に階段の一段目に足を踏み出そうとしていたライネスの前に出る。

 

「ん?うわああ、ごめんなさいいいいい!!」

 

どうやら向こうもこちらに気付いたらしく、謝罪の言葉を叫びながらも加速して迫ってくる。

 

「はぁ...トリム。」

 

ライネスが呆れたような溜息と共にトリムに指示を出すと、トリムは音もなく僕の更に前に歩み出て、片手を振り上げた。

普通ならかなりの速度で迫ってくる少年を片手で受け止めるなんて不可能だし、出来たとしてもお互いにかなりの衝撃が加わるだろう。しかし、トリムは水銀でできているため、衝撃を流して、意図も容易く少年を受け止めてみせた。少年の方も魔術を行使して衝撃を緩和させていたようだった。

 

「さて、何か弁明はあるかな、フラット?」

 

「ほんっとーにごめんなさい!いや、でも、そこに、こんなにも綺麗に磨かれた手すりが俺を待ってるんだから、それはもう滑りに行かないことが失礼じゃないですか!!」

 

ライネスが下手人──フラット・エスカルドスにそう言うと、フラットはそのように返してきた。

いや、でも、男の子としてその気持ちはちょっとわかるかもしれないけれども──

 

「その言い訳も三十七度目だぞ、フラット。」

 

前言撤回。流石に前に三十六回もやってるならそろそろ落ち着いてくれてもいいんじゃないかな。

 

フラットを追ってやってきた少年、スヴィン・グラシュエートはそのままフラットと言い合いを始めてしまった。

 

「ライネス、彼らは放っておいてお兄さんの所へ行ってもいいんじゃないかな。」

 

「いや、面白い見せ物だ。ちょっと見ていこうじゃないか。それに、彼らに聞けば兄の居場所もハッキリとさせられる。」

 

ライネスは本当にその様子を見ていくようだ。

あの二人は──というより、スヴィンが一方的につっかかっているような形なのだが──どんどんヒートアップしている。

 

ライネスのお兄さんによると、スヴィンにとって、魔術とは生態、生理現象のひとつに過ぎないらしい。

だから、感情が昂ったりすると、自然に出てしまうようだ。そう、今のように。

 

「やれやれ、流石に頭に血が上りすぎているようだ。」

 

彼女はそう言ってトリムの手を取ると、調えよ(adjust)、と唱え、息を吹きかけた。

霧状となり吹き上げられたトリムの身体は、頭に血が上り、半ば物理的な威力さえ持ったスヴィンの咆哮を受け止め、呪いを無力化させた。

そこで、スヴィンは漸くこちらに気付いたみたいで、一気に血の気の引いたような顔になり、こちらに頭を下げた。

 

「ら、ライネス様!?し、失礼しました!斯様な無礼を働くつもりは!」

 

「いやいや、面白い見世物だったよ。」

 

どうやらライネスは嫌味ではなくそう言っているみたいで、恐らくは彼らの教師であるお兄さんがこのようなやり取りに巻き込まれていることを思い描いて楽しんでいるんだろう。

 

「ところで、我が兄とグレイは私室にいるのかな?」

 

「学術練を出た匂いはないので、先生の私室にいるのではないかと思いますが。」

 

「ありがとう。」

 

お兄さんの居場所を確認すると、ライネスはフラットに一言諌言して、お兄さんの私室へと向かった。

 

「ライネス、お兄さんと話している間、僕は外していた方がいいかい?」

 

「別に外してもらわなければいけないような内容を話す訳では無いけど、そうだね。オウロには車を取ってきてもらおうか。」

 

「わかった。」

 

丁度目的の部屋まで着いたライネスが入室するのを見送ってから、僕は車を取りに向かった。




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