艦とり! 作:あざ=とーす
無限に広がる大海原。
四方をはるかに見渡してみても、ただ海と空の色が溶け合いそうな水平線が映るのみだ。空の蒼と海の碧、ふたつの青に囲まれた世界はどこまでも広く果てない。
まるで青以外の色が存在しないような場所で、白い航跡を引きながら海上を進むものたちがいた。
それは、人のかたちをしている。それも、まだ成人もしていないような少女たちだ。そして、身体の各所に軍艦をもとにしたような擬装を施している。
そんな少女たちが全部で六人。一直線に並び海上を進んでいた。
「こちら神通。光ちゃん、聞こえる? 」
『おう! 大丈夫だぞ。バッチリだ』
「神通隊全艦、作戦海域に到着。これより作戦行動に移ります」
彼女たちこそ、深海棲艦と戦うために生まれた、艦娘と呼ばれる存在である。
深海棲艦。それは突如として海の中からあらわれた、人類の敵対者だ。その恐るべき敵は由来も正体もわからぬまま、突然襲いかかって来たのである。
そして世界には、それに抗うすべはなかった。人類の誇る近代兵器は、深海棲艦相手には無力だったのだ。
銃弾も砲弾もミサイルも爆弾も……レーザーやビーム、核兵器すらも。
かくして人類は海から駆逐された。幸いにも深海棲艦は陸地にはほとんど興味を見せず、人類の生存圏はなんとか保たれた。しかしもちろん、海を抑えられたことで世界は大きな支障をきたすこととなった。食料や資源、移動や輸送など、その影響の大きさは計り知れない。人類は確実に衰退への道を歩みはじめていたのだ。
そんな絶望の中で、ひとつの研究結果が公表された。深海棲艦の不壊の謎が解明されたのである。
『トリオン』
そう名付けられた物質こそが、その秘密であった。トリオンによって構成されたものは、トリオンでしか破壊できない。深海棲艦とは、トリオンで作られた身体をもつものたちであったのだ。
そしてまた、人類にもトリオンを生み出す能力があることもわかった。しかしそれを利用する手段がない。更なる成果を求めて、研究は続けられた。
やがて人類はひとつの希望を手に入れた。それが『トリガー』である。
この機器は、人の生み出すトリオンを具現化することができた。これによって、ついに人類は深海棲艦に対抗する手段を得ることとなる。
しかし、それはまだささやかなものであった。強大な深海棲艦に対抗するには、数があまりにも足りなかったのだ。これは、深海棲艦を倒せるだけのトリオンを持つ人間が少なかったせいでもある。またトリガーの性能にもまだ不足があった。
そんな中、性急過ぎるとの声を抑えて、人類は反撃に出た。それほど人類の文明は追いつめられていたということでもある。
実戦の中でも改良は続けられ、様々な失敗と成功を重ねつつ、敗北と勝利を繰り返しながらも研究は進められた。
そしていくつもの変遷を経て、ついにトリガーはひとつの完成をみた。生身の体をトリオン体に換装し、トリオン製の攻撃を叩き込む多くの武装を備え、さらには使用者のトリオンを増幅する、など。それは人々が待ち望んだ力だ。
ただそれは、まるで軍艦を解体して人体に取り付けたような姿をしていた。また、このトリガーを起動できるのは若い女性のみと、問題もあった。
それでもようやく人類は、深海棲艦を倒しうる能力を手に入れた。これによって、いよいよ反撃の時が来たのである。
あらためて入念に準備は整えられ、戦力を揃えた人類は一気呵成に打って出た。
激戦に次ぐ激戦が繰り広げられ、人類は辛うじて勝利をおさめる事ができた。完全ではないにせよ、海をその手に取り戻したのだ。
しかし、戦いはいまだに続いている。結局のところ深海棲艦が発生するメカニズムは解明できず、根絶するには至らなかったためだ。人類は各地に鎮守府と呼ばれる拠点を築いて艦娘を配置し、防衛を行いつつ未解放海域の攻略を続けている。そこに深海棲艦根絶のカギがあると信じて。
今ここにいる艦隊も、哨戒に引っ掛かった深海棲艦を討伐するために派遣されたものだ。軽巡洋艦「神通」を旗艦とし、軽巡洋艦「川内」及び「那珂」、駆逐艦「初春」及び「時雨」、そして軽空母「龍驤」による六名で編成されている。
『んじゃ、支援入れるぞ。あと川内、索敵飛ばせ』
いささか乱暴な口調で先程から話しかけている少女は、艦隊オペレーターの仁礼光だ。艦隊オペレーターとは、艦隊には同行せず鎮守府から遠隔で支援を行う役職である。鎮守府の一角にある神通隊に与えられた作戦室で、大きなモニターを前に仁礼光は機器の操作を行っていた。
モニターには艦娘たちの映像の他、様々な情報が表示されている。戦闘ともなれば、目まぐるしく移り変わる情報を追いながら支援や指示を行うのだ。
トリガーには通信機能も内蔵されているため、艦娘たちは特に機器を操作する必要はない。さらには、声に出さずとも通信が可能だった。
またオペレーターも、艦娘と違い武装こそないもののトリオン体に換装している。これは、同じトリオン体でないと同時の活動に支障があるためだ。
「はいよっと、夜戦になるかな出来るかな。なったらよろしく~」
『気ぃ早すぎるだろ!』
夜間の視覚支援による視界の確保も当然オペレーターの仕事ではあるが、まだ陽は高い。トリオンで造り出した索敵機を打ち出す川内に、光の呆れたような声が飛んだ。
『あと、そうだな。お前も飛ばしとけ、まな板ぁ!』
「じゃあっかしい! 誰がまな板や!」
光の言葉に、龍驤が怒鳴り散らしながら手にした巻物を広げる。その表面を指先でなぞると索敵機が光とともに実体化して、巻物の上を滑りながら飛び立っていった。
『なんだ、そんなに気にしてるのか。よし、アタシにまかせとけ!』
「別に気にしてへん! て、なんや?」
『トリオン体にたっぷり盛ってやるぞ! 大和にだって負けないくらいにな!』
トリオン体の外見設定は、自由に変えることも可能である。もっともみな生身と感覚が変わることを嫌って、もとの身体そのままにしていた。ただ、髪型などをいじっているものも確かにいる。
「アホかぁ! そんなんしても、むなしゅうなるだけやんか! だいたい、ウチは全然気にしてへん!」
『そっかぁ? じゃ、エグレてるとこだけでも埋めとくか?』
「別に抉れてへんて! す、少しはあるわ!」
初めて神通隊に参加した龍驤には、光の毒舌への耐性がなかった。そのため、つい反応が激しいものになってしまう。そんな龍驤の姿を、他のものたちはやや面白げに見まもっていた。
「まったく、騒がしいことでおますなあ」
「まあにぎやかでいいんじゃない。ボクはこういうのキライじゃないよ」
皆を代表するかのように初春が、開いた扇子で口許を優雅に覆いながらつぶやく。そして笑いながら口をはさんだ時雨に向かって、同意とでも言いたげな笑みを浮かべた。
そうやって龍驤をからかいながらも、光は情報の処理を怠ってはいない。艦隊のレーダーや索敵機からのデータをスクリーンに表示して、敵を探していた。そんな光のもとに、鎮守府司令部から通信が届く。
『うん? 月見さんからか?』
「どうしたの?」
『鎮守府の月見さんから連絡だな』
月見蓮は、鎮守府の統括オペレーターだ。艦隊や鎮守府のオペレーターたちを束ねる立場にあり、大規模な艦隊の編成時にはまとめ役として参加することもある。
光が見ているスクリーンの一部に開いたウインドウの中に、長い黒髪の落ち着いた雰囲気をもつ女性が映っていた。
二人の会話はオペレーターのみの回線で行われているため、現地の艦隊には届かない。待つことしばし、全員に光からの通信が入った。
『どうやら、敵が増えたらしいな。増援送るってさ』
「増援? どこや?」
『神風と那智だと。現在の位置は……』
敵味方の様々な情報が、地図つきで全員のもとに送られる。それらをすべて吟味してから、神通は顔を上げて口を開いた。
「戦闘は合流してからね。ゆっくり進みつつ、索敵を密にしましょう」
「出来れば、先に見つけておきたいところどすなあ」
新たに索敵機を飛ばしながら、艦隊は陣形を整え直して前進をはじめた。
『こちら神風隊、三上です。神通隊、どうぞ』
神風隊は、駆逐艦「神風」を旗艦に同型の駆逐艦「朝風」「春風」「松風」「旗風」によって構成された、高速高機動の艦隊だ。艦隊オペレーターは三上歌歩。砲戦火力はそれほど高くはないが、その戦いかたからある異名を持つ。
『おうおう、神通隊、仁礼だ。歌歩、いいぜ』
『神風隊、作戦海域に到着。光さん、データリンクおねがいします』
ふたつの艦隊の通信網が繋がれ、情報のやり取りが開始された。といっても、神通隊から流れるものがほとんどである。歌歩は情報を取捨選択し、必要と思われるものを艦隊に送った。
「集まってる集まってる。これは腕が鳴るわね」
「神姉さん、油断してはいけませんよ」
「僕らなら大丈夫だって!」
ドヤ顔で腕を組む神風を、旗風がたしなめる。拳を突き上げる松風を横目に、朝風が顔を上げた。
「これ、少し数が足りないんじゃない」
「そうで御座いますね、まだ捕捉できていない敵があるのでしょう」
『そこは那智隊に期待ね。うちはあんまり索敵得意じゃないし』
『那智隊、加賀美です。作戦海域に到着』
那智隊は、重巡洋艦「那智」を旗艦に同型の「妙高」「足柄」「羽黒」に加え、航空母艦「翔鶴」「瑞鶴」とで構成されていた。機動性には欠けるものの、打撃力に優れた艦隊である。今回の作戦でも、間違いなく主攻となる部隊だ。艦隊オペレーターは加賀美倫。
ちなみに、空母の所属に関しては基本的に鎮守府の艦隊指令部直属となっている。そこから作戦に応じて各艦隊に配置されるのだ。
『神通隊、仁礼だ。ちと足りんので、そっちも索敵飛ばしてくれ』
『了解。翔鶴、瑞鶴、お願い』
「はい」
「任せといて!」
ふたりは弓に矢をつがえると、空に向かって放つ。矢は光とともに航空機に変わって真っ直ぐ飛んでいった。
艦隊が揃って通信網が完成したことで、フェイズは作戦会議へと移行する。総指揮官となった那智が中心となり、各旗艦や参謀役のオペレーターとともに現在の情報をもとに作戦がまとめられた。
会議が終了したあたりで、待機中の艦隊に最後の敵影情報が届けられた。待ってましたとばかりに、皆が飛びつく。
「これは……作戦通りでいいようね」
「そうだな、問題ない。プラン変更は無しだ」
「やっとね! 待たせ過ぎだわ」
三名の旗艦が最終決定を下した。オペレーターの同意も得て、那智が号令をかける。
「時計合わせ! 全艦、移動開始!」