東方幽波紋 〜STAND in GENSOKYO!   作:みかんでない

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序章 岸部露伴は動かない
むんくいあじけー 〜東風谷早苗、沖縄に行く〜 起


ポコポコと、貝殻の隙間から漏れ出る空気でゆらゆらと揺れる水面を、下からぼーっと眺めていると、自然とため息が漏れてしまう。ここは南国、沖縄の水族館。東風谷早苗は一人、この地に旅行にやって来ていた。

彼女は日本のとある場所にある守谷神社という神社の巫女をしていた。厳密にいうと、巫女ではなく風の神をおさめるための風祝である。そして、彼女の神社で祭っている神は二人だ。戦を司る神と、土着の祟り神。なぜ彼女が巫女になったのかは、もちろん彼女の家系の都合もあるが、それよりも彼女には『視る』力があったからであった。彼女には、普通の人間には見えない色々なものが『視えた』。そのせいで、中高の友達からは不思議ちゃんというレッテルを貼られ、友達と呼べる人間もあまり多くは無かった。

そんな彼女に、人生の転機が訪れる。人間界では信仰を集めづらくなった軍神が、未だ神や妖怪の存在が信じられている現世とは隔離された世界、幻想郷へ移り住むことを決めたのだ。ただ、そこに行くということはこの世界から完全に忘れ去られる、つまり人としての生をリセットしなければならないということだった。それで、軍神は早苗に、私達と共に来て幻想の人間となるのか、それとも巫女を辞めて普通の女の子として暮らすのか、自分の生き方は自分で選べと選択を委ねた。早苗の心は既に決まっていたが、その奥底には何か拭い去れないもやもやとした感情があった。

「私、決めました。ご両人と共にその楽園に行きます」

「本当にいいんだね?そこに行けば、あんたはこの世界から永遠に忘れ去られてしまうのよ。その覚悟は出来ている?」

「…………はい。ですが、一つお願いがあります。私、一生に一度でいいから、沖縄に行ってみたいんです」

彼女はそれを快諾し、直ぐに飛行機のチケットを手配してくれた。いつもは常に軍神と祟神が守護神としてついてきてくれるので、実質3人での旅行だったが、今回は彼女はそれを望まなかった。本当に一人で、この旅行に臨んでいた。

行きたがっていた沖縄に来られたというのに、彼女の心はマイナスの感情に蝕まれていた。それもそのはず、沖縄に行ってみたいという気持ちは八割がた単なる口実に過ぎなかったからである。

「あのときはあんな事を言っちゃったけど、本当は私、幻想郷に行く覚悟なんて出来ていません…………神奈子様、諏訪子様……」

時期的に客も彼女ともう一人しかおらず、彼女の独り言は誰にも聞かれる事は無かった。そのまま彼女は、水槽に張り付くヒトデを眺めながら今まで考えまいとしていた事について考えてしまう。

「怖い……皆から忘れられて、誰にも認知されなくなった人間は、生きているといえるのでしょうか……」

檻に閉じ込められ、見世物にされる水族館での生活の方がまだ良いかもしれない。だって、そこに暮らす生き物達は、死後も全ての人間にその存在を忘れられるという事は無いのだから。早苗は選択の重みをひしひしと実感していた。何処かでこの感情全部に踏ん切りをつけなければならない。そう思うものの、中々それが出来なかった。

彼女がそんな考え事をしていると、もう一人の客が自分が今いる水槽に向かって歩いてきた。一つの場所に長居をし過ぎたようだ。早苗は慌てて、その隣の大きな貝の水槽に移動した。

やって来るその男をちらりと見た時、早苗は、その男の持つ言いようもない気迫に圧倒された。まず、その男は背が高い。とにかく高かった。外国人かと見紛う位の姿をしていた。そして、その男の纏うオーラには、なんとも言えぬ『凄み』があった。まるで、歴戦の戦場をくぐり抜けてきた戦士のような……そんな雰囲気があった。

「軍人……?なんてこんな水族館なんかに……?」

その男は早苗の視線に気づいた素振りも見せず、じっと岩にへばりついているヒトデに見入っていた。

その時である。隣の展示室から、今時の服を着流した、いかにも軟派な三人組が大声で話したり、笑ったりしながら入ってくる。そして、その男達は早苗を見つけると、急にぱたりと黙りこくりひそひそと話を始めた。

何か嫌な予感がするな。早苗がそう思っていた時、その男達が彼女に近づいて来た。どうやら、彼女の予感は当たってしまったようだった。

「ねえねえ、あんた一人かい?よかったら俺達と一緒に回んない?」

「えー……でも私は……」

早苗は、露骨に面倒な事になったと思った。大体彼女がここに来たのは、大勢で馬鹿騒ぎする為ではない。一人で深く考える為にここに来たのだ。しかし、迂闊に断ると場の空気が悪くなる。何とか丁重に断れないものかと彼女は悩んでいた。

ところがその悩む様子を、あと一押しでいけそうだと考えたのか、男達は更に彼女に馴れ馴れしく話しかけた。

「なあ、絶対大勢の方が楽しいって。お前ら、そうだよな」

「当たり前じゃん、なあ」

早苗が中々渋っているのを見て、彼らは強引にでも連れて行こうと思い、早苗の腕を掴もうとした。

「や、やめて下さい!私は一人になる為にここに来たんです!」

「つれないなぁ、いいじゃんかよ。そんな事言わずにさあ〜」

その時である。突然早苗は、隣に先程まで静かに水槽を見ていた男が立っていることに気づいた。突然の行動に、その場に居た誰もが驚き、軟派三人組は露骨に不快な視線を向けた。そして、彼は口を開いた。

「やめな、こいつは私の『姪』だ。あんまりしつこいと痛い目をみるぞ」

そして、彼は早苗に向かって片目を瞑った。早苗は名も知らぬその男の行動に驚き、そして感謝した。

しかし当然男達は、この唐突に介入してきた怪し過ぎる奴を認めなかった。

「ああ!?何言ってやがんだ、おっさんよぉ〜っ!」

「そんな旧時代の子供だまし、通用すると思ってんのかよーっ!?」

「ちゃちな正義感に駆られてるんなら、あんたこそ痛い目みるぜ!」

三人がその男に殴りかかった。自分のために、こんな災難に彼が巻き込まれるならさっさと彼らについていけばよかった、と早苗が後悔し、目を瞑ろうとした、その瞬間。

びしびしと空気を割く音が響いた。

早苗には、彼から何か腕のようなものが飛び出したように思われた。そしてその腕は、彼女が目を開けた一瞬の間に既に消えていた。

「……へ?」

「ぎにゃああーっ!!」

三人は床にふっ飛ばされ、そのまま動かなくなった。どうやら、泡を吹いて気絶しているようだった。

そして彼は三人に近づき、しゃがみこんで口の中を開いて確認している。どうやら、何かを調べているような様子だった。

「まさかとおもうが……うむ、牙は無いな………………ああ、迷惑かけてすまなかったな」

「こっ、こちらこそ……ありがとうございます!」

立ち上がったその男を改めて正面から眺めると、その背の高さと彼の奇抜な格好がよくわかった。彼の羽織っている白色のコートも大概だが、特にその帽子。海洋生物を模したプレートが文字を形作っている。

「ジェイ、オー……?」

「……ところで私は旅行中の者なんだが、あんた、地元の人間だったりするか?」

じろじろと彼の格好を失礼にも眺めていた早苗は、彼のその言葉で我にかえり、慌てて返事をする。

「ああ、いえ、私はただの旅行者です。始めて旅行に来たので、ここのことはよく知らないです……」

「そうか。聞きたいことがあったんだが……それならしょうがないな」

そういったきり、彼は黙りこくってしまう。早苗は先程見えた謎の腕のような物について聞こうかとも思ったが、生まれつき神が視える自分が見たものなど、クラスメイトと同じようにきっと信じてくれない、それどころか嫌われてしまうかもしれないと思っていたので、聞くのを止めた。その代わりに彼に軍人ですかと聞こうと思ったが、そんな事を初対面の人間に聞くのは失礼に思われた。

気がつくと彼はまた、水槽の丸い窓の後ろをじっと眺めていた。早苗は彼の後ろに回り、男が何にそんなに執着しているのか見ようと背伸びする。

「ヒトデ……ですか?」

それは(スター)のような形の真っ青な色をしたアオヒトデだった。男は頷き答えた。

「そうだ。私は世界中を回ってきたが、海洋生物ほど面白いものは無いと思っている」

早苗の彼に関する疑問は解消された。彼の軍人のような体格は、この世界を回る旅人だからこそ持てる物なのだろう。早苗は彼に憧れた。彼の持つ自由に憧れた。

「旅……ですか。いいですね。私も旅に出たいです……」

彼は内心、今正に旅をしてるじゃねーかと思うが、それを口には出さない。代わりに自分の経験を話すことにした。

「君はまだ若い。これからも沢山旅が出来るだろう。気がおけない友人達と一緒にな」

その言葉は、早苗にはとても滲みた。もう旅らしい旅をすることもないのだから。例え幻想郷の事を話したとしても、守谷の二柱以外は誰一人として自身の境遇をわかってもらえないのが辛かった。自分はこれから行く先で、はたしてその場所に馴染めるのだろうか。そこで、友と呼べる人が出来るのだろうか。そんな事を思うと、彼女は涙が出そうな程に悲しい気持ちになる。

「え、ええ。そうですね…………ちょっと……失礼します……」

早苗は自分の泣き顔を彼に見られたくなかった。きっと理解されないだろうという思いが、とてももどかしくて辛かった。堪えきれず目から涙が零れそうになったが、彼女はそれを振り払って早足で彼がいるフロアから逃げ出した。

しかし、彼女は男の横にぼやりとした幽霊のような像が現れていた事に気づかなかった。

その男、空条承太郎の分身であり、ギリシャ神話の英雄のような力強い姿の眼は、彼女の想いとは裏腹にその涙を見逃さなかった。幽波紋(スタンド)と総称される彼の持つ化身、『星の白金(スタープラチナ)』の眼と耳はとても良かったからである。彼は彼女が消えていった方を見つめ、只事じゃないなと確信した。こんな時期に、しかも一人で、沖縄の水族館に来て涙を流している女子高生が何処にいるだろうか。更に彼のスタンドは、彼女が誰にも聞かれていまいと思って漏らした独り言もしっかり聴きとっていた。

「げんそうきょうに行く……?何だか知らねえが、途轍もない予感がするな……」

だが、彼に彼女にこれ以上構っていられる余裕は無かった。何故なら、彼は沖縄にスピードワゴン財団の依頼を受けて仕事でやって来ていたからであった。

沖縄のとある場所で、血を抜かれてべろべろになった死体が最近頻繁に見つかっている。その報告を受け、年老いたジョセフ・ジョースターの代わりに彼がSPW財団から派遣されたのであった。

 

 

 

 

 

 

舞台は変わって、ここは日本のとある県に存在する杜枉町という名の町の、小さな地元のカフェ。そこにある日の光が当たってぽかぽかと暖かくなった椅子に、どっかと座り込んで黙々と読書に励む男がいた。彼の名は岸辺露伴。今、漫画界でもっとも知名度があり、売れているといっても過言ではない男だった。彼は片手で広げた本がひとりでに綴じてしまわないよう格闘しながら目の前の珈琲を啜った。やはり地元の喫茶店はいい、と思う。チェーン店ではなく、地元の人間が経営しているという点がとても大事なのだ。ゆっくり本なんか読んだりして、とても落ち着く事ができる。

「すみませぇーん。露伴先生ですよねぇーっ」

彼が本から顔をあげると、そこには大きな封筒を持った若い男がいた。露伴は腕時計をちらと見やる。新人にしては珍しく時間きっかりだった。

露伴はその顔立ちを見て思う。こいつ、本土の人間じゃないなと。これまで何人もの人間と出会ってきた彼にはその微妙な違いがよくわかった。恐らく、彼の出身は北海道の辺りか……それとも沖縄列島といったところだろうか。

「いかにも。で、君は新人編集者君?」

男は頷き、露伴の反対側に腰を下ろした。やってきたウェイターにアイスティーを頼む。

「ええ。私は島袋大地といいます。実はですね、今回資料を差し上げに参ったんですよぉー」

露伴の彼に対する推察は当たっていた。『島袋』という姓は専ら沖縄地方に多いのだ。はるばる沖縄からご苦労なこった、と内心露伴は思う。

「資料?」

島袋は少し口角をあげ、笑った。

「そ。ちょっとした資料ですぅー。人が消える屋敷の……ね」

「何だって?人が消える屋敷?」

「そうなんですよぉー。先生、読み切りのネタ探しをしているとかこの前仰ってたじゃないですかぁー」

露伴は、自分の作品についてはかなりの自信を持っていた。読者が彼の漫画に惹きつけられるのはその、漫画の中にある真実味の力だった。彼は自身の体験を元にして漫画を描く。だからこそ、それには他のものにはない現実味があったのである。

「先生、中々そういう事に使うお時間ないでしょ。代わりに我々のほうで調べておきましたよぉー」

ところで、漫画家というものは一人で仕事をしているという職業柄か、非常に性格に難がある人物が多い。岸辺露伴はその最たる例で、彼の場合はとても取っ付き難く気難しい性格をしていた。

彼は大袈裟にため息をついてみせる。

「あのねぇーっ。そんな、べったべたなネタじゃあ読者は喜んでくれないよ。それに第一、ちょっとその家の雰囲気が悪いからって根も葉もない噂が広がっちゃった、なんてケースが大半なんだからな。本当に信憑性あるのか、それ」

彼は全く遠慮せずにずけずけと自身の思ったことを言った。が、若手編集者は彼のその態度に臆さない。

「ほんとですってばぁーっ。だいたい、信頼できないような情報を私たちが貴方に持ってくると思いますかぁーっ。ただでさえ売れっ子漫画家さんで時間が無い貴方にぃー」

それもそうだな、一理あると露伴は感心する。

「そこ、とあるリゾート地なんですけど、近年何人か、そこから帰ってきてない人がいるんですよぉー。そして、その旅行先で消えた人間は、全員とある小さな宿に泊まっていたことが編集部の調査でわかったんですぅー」

「……唯の偶然だろ。大体、人がそんな簡単に消えるか?とっくに警察とかの手が入っててもおかしくないと思うんだがな」

「それがですね、せんせ。実は、警察はその家を見つけられなかったんですよぉーっ」

「見つけられない?」

「ええ。無いんです。そのもとあったと言われている場所から、影も形もなく消えているんですよぉー。先生、どう思いますぅー?」

岸辺露伴は彼を見て思う。間延びしたようなその口調は非常にとても気に喰わんが、こいつは中々出来る男かもしれない、と。彼は俄然、この話に興味を惹かれていた。

「人を消す屋敷か……いいだろうッ、もう少し話を聞く必要があるな。それで、そのリゾート地ってのは、何処なんだ?」

その編集者はにやっと笑った。そうくると思ってました、とでも言いたそうな表情がまるでしてやられたようでむかついたが、露伴は既に、その場所に取材に行くことを心の内で決めていた。

()()、です。チケットももう、先生のぶんのみですが手配しておきましたよぉー」

 

 

 




あらすじと全然違うじゃねーかと思われた方もいらっしゃると思いますが、そのうち本編に入るので気長にお待ちください。
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