東方幽波紋 〜STAND in GENSOKYO!   作:みかんでない

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むんくいあじけー 〜東風谷早苗、沖縄に行く〜 転

いつの間にか、二人は宿の近くまで戻って来ていた。辺りはすっかり暗くなっていた。

「ところで空条さん、貴方の用事って何だったんですか?普通に散歩して帰って来ちゃいましたけど」

「…………吸血鬼の調査だ」

「吸血鬼!?ってあの、いわゆるヴァンパイア……って奴ですか?」

「そうだ。君になら信じてもらえると思うが……奴らは実在する。夜を駆け、人の生き血を吸う怪物がな。どうやらこのあたりにもいるらしい。私は奴らを根絶しに来た」

「人間が、妖怪に勝てると?それ、凄く興味あります」

妖怪に対抗できる手段があるなら、是非とも幻想郷に行く前に知っておきたい。早苗は切にそう願った。

承太郎は宿の玄関の引き戸を開けた。

「……奴らは確かに、人を超えた力を持つ。が、不死身という訳では無い。必ず、一つか二つは弱点がある。出会ったらよく観察するんだ」

早苗が彼に続いて、家の中に入った瞬間。後ろの扉が、あり得ないほど速いスピードでひとりでに閉じたが、彼らはそのことに気付かなかった。

 

 

 

 

深夜。岸辺露伴は一心不乱に、それこそこの館について調査するという元来の目的を忘れる程、早苗の記憶を舐め回すように記憶に刻み込むのに必死だった。 

「あ、あの……後ででいいのでサイン貰えませんか……」

「サインぐらいいつでもSPECIAL THANKS!!」

そう言いながら、彼は手元を見ずにインクにペンを突っ込み、どじゃあぁっと飛ばす。たちまちドリッピング画報で、漫画の主人公の絵が描かれた。

本になった彼女の記憶の余白に。

「…………これ『私の紙』なんですけど」

早苗は半ば呆れながらそう言った。露伴はむっと口を尖らせる。

「どうだっていいじゃあないか。それより、取材だよ取材!さあ、これをネタに早速漫画を描こうじゃないか!」

意気込む彼とは対象的に、早苗は大きな欠伸をした。

「どうぞごゆっくり。私は自分の部屋で寝ますよ」

「いいとも。さあ、僕の邪魔をせず行きたまえ」

早苗はドアの前で立ち止まって、机に向かう露伴の方を振り返った。

「ふぁあ、全く我儘なお人ですね。私、()()()()()()()()()()()()()

その言葉が聞こえるのと殆ど同時に扉が閉まった。

「…………?」

今日何か、彼女に恨まれるような事を自分はしただろうか。夜はきちんと許可を取って取材をしたし、サインも忘れず渡した。露伴は彼女の放った言葉の意味について数秒思考した。

考え出された結論は、たった一つのシンプルな有り得ない答えだった。

「………………おい、待てッ!!東風谷早苗!!今、なんと言ったんだ!!!」

露伴はただの勘違いだろうと思い込もうとしながら、廊下に飛び出して彼女の部屋の扉をノックする。

返事は無い。

彼は躊躇せずにドアをこじ開けようとするが、木の扉はまるで鉄の扉と化したかのように堅く動かなかった。

「なんてこった……。仕方ない、明日の朝聞くしかないな。いやでもまさか…………僕のヘブンズ・ドアーは絶対だ……僕は確かに、忘れると書き込んだ!まさかそんな筈は…………」

露伴はきっと口を結んだ。

「正直舐めていたよ、東風谷早苗。君にはまだ僕たちが知らない秘密がありそうだな」

「おい、なんの騒ぎだ」

隣の扉が開き、帽子を脱いだ承太郎が顔を出した。余りの騒がしさに寝られないようだった。

「ああ、いや何でもないんだ。ところで承太郎さん、吸血鬼の調査とやらは進んでるかい?」

彼は首を振った。

「いや、さっぱりだ。手がかりすら掴めずじまいってやつだ」

「ところで承太郎さん、僕はこの家に何かあると踏んでいる」

「何?この宿に?」

「どうやらこの家、聞いたところによると人が消えるらしいんだ」

「何だそれは。もしかして君、それを取材しに来たのか?」

「ああ、そうに決まっているじゃあないか。という訳で承太郎さん、早苗も寝ちまったことだし調査に行かないか?正直言うと、僕一人じゃあほんのちょっとばかし不安なんだよ」

「仕方ない、私も付き合おう。後、しっかり部屋のエアコンは切っておいてくれよ」

「それは節電って事かい?妙な拘りがあるんだな」

 

 

二人が館の中を歩き回ること、一時間。結局何も手掛かりを得られなかった彼らは、再び部屋の前に戻って来ていた。

「クソッタレ、やっぱりあの新人編集者の情報が間違っていたのか?」

「明日も再調査しなければな……。ところで、ここらはどうも寒いな」

「ああ確かに、少し今夜は冷えるね。なら僕じゃなく、この宿の人間に言ったらどうなんだい。エアコンを勝手につけるなって」

「…………違う違う、そうじゃあないぞ!」

露伴は彼の顔つきが変わっている事に気づく。そこで露伴もこの空間の違和感に気がついた。そもそも、彼はエアコンをつけた記憶など一度たりともない。

「承太郎さん!」

「ああ、エアコンは違う!エアコンでここまでは冷えない!!」

彼は小型の温度計を鞄から取り出した。

「見ろ、八度だ!急激に館内の温度が低下していってるぞッ!!」

彼は、早苗が部屋の中で眠っていることを思い出した。そして人間は、雪山など超低温に晒された状態で深い眠りに入ると、低体温症になって、最悪の場合死に至る。

「不味い!東風谷早苗!!」

慌てて走り出そうとした承太郎が突然大きく前に沈み込んだ。

「何ッ!」

露伴が彼の足元を見ると、そこは木製の硬い廊下だった筈なのに、まるで泥のようにぬかるんでいた。ずぶりと、一歩踏み出した承太郎の足が沈む。

「承太郎さん!足を取られると飲み込まれるぞ!この床にッ!!」

彼の精神の具現化が横に出現する。

「スタープラチナ・ザ・ワールド!!」

彼は、その隠された能力で世界を置き去りにした。

この世界では、全ての物体が静止を続ける。

例え、それがどんなに柔らかい泥であっても。

「オラオラオラ!」

再び固まった地面を拳で殴り、その反動で承太郎は前に大きく跳躍する。丁度東風谷早苗の部屋の開かずの扉の前に降り立った。

「時が止まっている間に受けた衝撃は、再び時が動き出したとき、一度にその物体を襲う。ならば、やる事はただ一つだ」

 

 

オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!

 

 

スタープラチナの拳が、扉のある一点に集中させて叩き込まれた。

「そして時は動き出す……」

極点集中させた連撃が、いっきに襲いかかった。しかし、その途轍もないパワーの攻撃を受けても、扉には穴が空いていない。

「壊れていないぞッ!スタープラチナのパワーでも駄目なのか!?」

承太郎は、その扉の硬さ故に破壊できない訳では無いことに気づいていた。その扉は床と同じように、柔らかく変化していたからだ。柔らかいと言うことは、ダイヤモンドよりも砕けないということ。ゴムのように衝撃を吸収し、その壁は壊れなかった。

「やれやれ、またも私の自信って奴がぶっ壊れそうだが、これでいいッ!!扉は壊れずとも、中の早苗を起こす事が出来れば!『音』を出せれば!!」

バッチイインという、びりびりと空気を震わせるような音が響き渡った。

「そうかッ!殴った時に出る音も、増幅されているんだ!!」

隣の部屋でがたごとと物音がし始めた。きゃーっという叫び声が聞こえ、ばたんと扉が開く。

「あっ、空条さんに岸辺先生!一体これは、何が起きてー」

「わからない!だが、物凄く危険だッ!床が所々沈み始めているから気をつけろ!」

「こっちだ、脱出するぞ!」

承太郎に続いて二人が玄関口に向かうが、玄関も固く閉ざされていて開かない。そして驚くべき事に、ドアとそれを囲うフレームの間には、僅かの隙間も無かった。

「まるで、ジグソーパズルの凹凸のピースがぴたりと合わさるようにッ!指を掛ける隙間すら無い!これはまさか、新手のスタンド使いか?承太郎さん!」

「私は昔、船や車に取り憑くタイプのスタンドを見た事がある。こいつも同種かもしれんな」

「なら、本体を叩かなければ!この家をも動かすパワー、きっと本体は近くに居る筈だ!」

スタンド使い二人がそう考え、二手に別れようとしたその瞬間。

「待って下さい!!」

早苗の声がそれを遮った。彼女は壁に耳を当てて、目を閉じている。

「少し、静かに…………。何か、聞こえませんか?」

二人も同じ様に、壁に耳を当ててみる。微かな音が、3人の耳に伝わってきた。一定のリズムで、波打つようにドクン、ドクンと鐘を打つような鈍い音が聞こえてくる。それがなんの音なのかは直ぐに解った。

「これは、心拍音か!?まさか!」

「いや、間違い無い。こいつはスタンドなんかじゃあない。妖怪か何かの生物だッ!ならば!!」

シルクハットのヒーローが、露伴の体から飛び出す。

「ヘブンズ・ドアー!!」

それが壁に触れると、壁の一部が本と化し、べろべろと剥がれて開いた。三人はそれを覗き込んだ。

 

 

名前

ムンクイアジケー

 

分類

シャコ貝

吸血鬼

 

行動目的

人間ヲ喰ッテ、新タナ姿ニ進化スル。

 

行動様式

人間達ノ巣ニ化ケテ、オビキ寄セル。夜ニナッタラ水分蒸発デ熱ヲ奪イ、自分ゴト凍ラセテ殺シ、飲ミ込ンデ血液ヲ吸イトル。

朝ニナッタラ地面ニ潜ル。

 

弱点

日光

 

 

「この家は、貝……!」

「こいつはきっと、長い年月をかけて突然変異し、陸上の環境に適合したのだろう。そして、更なる進化の為に動物の血を求め、ここに入ってきた人間を喰らっている……という訳か。思えばこの館の人間も、こいつに作り出された人を釣るための餌だったんだ!僕等の探していた奴は、どうもこいつだったみたいだな、承太郎さん」

「ああ…………しかし不味いな。吸血鬼対策の『アレ』は外に出ないと使えない。そして、これを見ろッ!!」

早苗達が彼のブーツを見ると、それがゆっくりと凍り始めていた。露伴や早苗の靴も、ゆっくりと氷が周りを覆っていく。

「はっ!!他の事に気を取られていたが、温度が物凄く低くなってきているッ!特に、この床の温度……!こいつは不味い!!」

「そういうことだ……もう時間がない。露伴、何か打つ手はあるか?」

「今考えている所だが、どうにも厳しいッ!承太郎さんこそ、何とか出来ないのか!?」

「いくら殴っても、この柔らかな壁は破壊できない!それはさっきの扉で証明済みだ」

「クソ、絶体絶命か!どうすればー」

「空条さんと露伴先生!!!」

それまで黙って何かをじっと考えていた早苗が、急に大声を出した。二人の注目が彼女の方を向く。

「…………策なら、私に有ります」

「何!策が有る、だって!?」

驚く二人に早苗はこくりと頷いた。

「私にはこの状況を打開できる力が有ります。凍ってしまう前に、壁をぶち抜く為の考えが。但し、お二人が私の事を信じてくれなければ、私の力は使えません」

露伴はそれを聞いて思い出していた。不自然に開かなかった彼女の部屋のドア。思えば、あれはこの家型吸血鬼のせいではなく、彼女の力の一端だったのだろう。

「『信じる』だって?その力とは、一体……」

早苗はすうと息を吸い込み、深呼吸した。そして二人の疑問に答える。

「私は確かに神に使える巫女ですが、現人神でもあります。人間の信仰さえあれば、軽い奇跡なら起こすことが出来る」

早苗の目線はじっと二人に注がれていた。二人は早苗が何を言いたいのかを理解し、彼女に向かって微笑んだ。

「君を信じよう」

「僕は生まれてこの方、神なんてものは信じたことが無かったが…………君のことは信頼しているよ、東風谷早苗」

早苗は嬉しかった。こんな場所で出逢った二人の見知らぬ人間が、ずっと求めていた言葉をくれたのだ。

「ありがとう、空条さん、露伴先生……!!では、時間もないので早速いきますね」

早苗がそういうと同時に、二人の体がふわりと浮き上がる。床にも、天井にも触れない高さで二人は飛んでいた。

「おおッ!」

「これが私の第一の奇跡…………空中浮遊。こうすれば、この妖怪に直に接していない二人が凍るまでには、時間がかかる筈です」

浮かんだ承太郎と露伴が早苗の方を見ると、彼女の体は急速に凍り始めていた。あっという間に、彼女の下半身が氷漬けになる。いよいよ、タイムリミットが来たようだ。彼女だけで無く、壁を含んだ吸血鬼全体が急速に凍り始めていた。

「私なら、脱出の時間を稼げる……お二人だけでも、行ってください……!」

露伴は焦って大声を出した。

「僕達のことはもういいから、早く此方に来るんだ、東風谷早苗!!凍って動けなくなってしまうぞッ!!」

「いや、まさかもう足元が凍って……」

そういう二人に、早苗は微笑む。

「私は、理解者と友達が欲しかったんです。始めて、人間の友達で、命を賭けてもいいと思える人ができたんです。悔いはありません」

彼女は既に動けない。二人に向かって右手を伸ばす。第二の奇跡によって、彼らは壁に向かって吹っ飛んでいった。彼女の胸をパキパキという音を立てながら氷が登っていく。

「東風谷早苗ェェーッ!!!」

「貴方達なら、その壁を壊せるはず……そしてさようなら、空条さんに露伴先生……。諏訪子様と神奈子様……!お元気でー」

もう、伸ばした腕を戻すことも叶わない。遂に、顔に氷が這って、彼女は完全に氷の中に消えた。氷漬けで動かない彼女の顔は、晴れやかに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 


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